九校戦編Ⅰ
西暦2095年、7月中旬。国立魔法大学附属第一高校は1学期の定期試験を終え、生徒たちのエネルギーは一気に九校戦へと向かっていた。
九校戦。全国魔法科高校親善魔法競技大会。
この国に存在する9つの魔法科高校で執り行われる、夏の一大イベントだ。日本の魔法師の未来を担う魔法科高校の学生たちに、学校単位で競わせることにより団結させ、切磋琢磨させる。そのために開かれるのが、この夏の九校戦なのであった。
そんな中、生徒指導室の前で心配そうな面持ちで人を待っている集団があった。そして彼等は意図せず目立っていた。エリカにほのか、雫は間違いなく美少女に類する顔立ちをしている。美月も普段深雪とエリカに挟まれているがために地味な印象を持たれてはいるが顔立ち自体は癒やし系の美少女で、密かに一部の上級生たちから人気を集めていたりする。そんな美少女に囲まれているレオもゲルマン的な彫りの深い顔立ちでクラスの女子からは「ちょっと気になる男の子」の地位を獲得している。しかも彼等は一科生と二科生の枠を超えてともに行動しているのだ。周囲の奇異の目を集めるのは当然と言えた。
「達也」
「レオ………どうしたんだ、みんな揃って」
生徒指導室から出てきた達也にレオが声をかけると、達也も驚いた面持ちで応じる。深雪がこの場にいないのは、生徒会役員として九校戦の準備のためにどうしても先に行かなければならないことは達也も知っている。だから自分を待つ者などいないと思っていたために、達也も少々驚かざるを得なかった。
達也が呼び出しを受けていたのは実技試験に関することだった。魔法実技と魔法理論は、ある程度正の相関関係がある。実技ができない者は、高いレベルの理論を肌で感じることができずに理論が身につかないのだ。しかし達也は実技は二科生の中でも低い水準でありながら理論は堂々の学年トップだった。それを実技試験について手抜きをしたのではないかと疑われたのだと言う。
「それより、アーティはどうしたんだ?」
達也へのあらぬ疑惑に怒る同級生の様子に、早急な話題転換の必要性を感じた達也はここにいない同級生の名前を使って話題転換を試みる。彼の、雫への秘めたる思いを知る達也にしてみれば、特に用事のないはずの彼がここに射ないのは少し不自然なようにも思えた。
話題転換の為と軽い気持ちで水を向けた達也だったが、返ってきたのは重い沈黙だった。
「………おいおい、一体どうしたんだよ」
ほのかと雫の態度にレオも思わず口を突っ込んでいる。
「工藤くん、最近すごくピリピリしてて………」
「それにちょっと、私達も工藤くんのことが少し怖くなっちゃって」
ほのかと雫の返答に達也もしまったと臍を噛む。ブランシュの侵攻以降、アーティは自分の部活がありそもそも達也と接する機会が少ないために達也もうっかり失念していたのだが、達也の目から見てもアーティの様子はどことなくピリピリしていた。加えて、報告で聞いた、アーティが敵の式神を破壊した件。その目撃者に目の前の2人の少女たちの名前もあった。実戦経験のない彼女たちにとってはさぞ凄惨な光景だったに違いない。
「そうか。いや、済まなかった。この前の件は風紀委員として君たちを守るためにやったことだし、今アーティがピリピリしているのはきっと九校戦に向けてあいつも自分のメンタルを作っているんだろう」
「たしかに。あいつは出場確実だもんな」
達也の精一杯のフォローに、そんな達也の内面など知る由もないレオが頷きながら同意を重ねる。何も理解しない者の闖入ではあったが、この場合達也にとってプラスの方向に作用しているのは疑う余地がなかった。達也はこの単純(?)な友人に心の中で礼をしつつ、やはり誰の目から見ても少しおかしいアーティの様子と、ブランシュのアジト突入の際の心底興味のなさそうな冷たい瞳を連想するのだった。
8月1日。ついに九校戦に向けて出発する日が来た。アーティは定期試験が終わってからもしばらくピリピリしていて近づきがたい雰囲気が出ていたものの、九校戦のメンバーが発表され、彼も新人戦のバトル・ボードとモノリス・コードに出場することが発表され、チームのメンバーと交流を持つようになってその雰囲気も鳴りを潜めた。しかし、凄惨な現場を見られたほのかと雫との間には、未だにぎくしゃくとした雰囲気が横たわったままであった。
道中事故に巻き込まれかけたが深雪と十文字の見事な対応により一高側に死傷者を出すことなく会場入りし、一高チームは今、懇親会に出席していた。
「お飲み物はいかがですか?」
聞き覚えのある声にアーティは振り返る。だが遠く離れたこの地で同席者ではなく給仕の声に聞き覚えがあるというのは不自然なことだった。だが彼がその違和感に気づくよりも前に、彼は素っ頓狂な声を上げていた。
「エリカ!?なぜ君がここに!?」
周囲の注目まで集めるほどの過剰とも言える驚きっぷりに、エリカはご満悦の表情だ。千葉家のコネで今回のアルバイトに潜り込んだという説明を受けたアーティはようやく納得した様子で落ち着きを取り戻した。
「アーティ、最近ピリピリしてたって聞いたから。今の様子見て安心しちゃった」
素っ頓狂な反応と落ち着きを取り戻してホッと胸を撫で下ろしているアーティの姿にエリカも安心したという表情で胸を撫で下ろす。
「いやあ、この前あんな事があったものだからやっぱりああいうことに巻き込まれることもあるんだな、としみじみ思ってね」
あけすけなエリカに心配されたという事実がアーティに決まりの悪さをもたらす。右手で頬をポリポリとかきながら言い訳をするアーティの姿は、しかしそれはそれでスラリと伸びた背と手足に整った顔立ちも相まって女子生徒からすれば母性をくすぐられるような一種の可愛らしさを醸し出していた。
「はあ……アンタって大事なトコ以外でいっつも決めにかかってるのよね。それが無意識だからなおもタチが悪い…」
そんなアーティの姿を正面からぶつけられたエリカも流石にきまり悪そうに、アーティには聞こえない声量で文句を垂れる。
「何だって?」
「じゃ、あたしは達也くんとこいってくるから!ほら、二人共こっち来て!それじゃ、またねー」
聞き返したアーティに突如エリカは別れを告げ走り去っていく。なれない給仕服でグラスを持ちながら大した運動神経だと感心しながら見送るアーティに、近づく影が二つあった。
「工藤くん」
声の主は、雫だった。
「北山さん。それに、光井さんも」
声の主に驚きながらも、エリカの差し金であることに気付いたアーティは、エリカを恨むべきか感謝すべきか一瞬迷う。その迷いが、返って彼に一層気まずくなるような間を作らせずに間髪入れない反応をさせた。
「いやまさか、エリカがここに来てるなんてね。アルバイトだって。話は聞いた?」
気まずさを紛らわせようと、アーティも個々に彼女らと自分を引き合わせた張本人の話題を出す。
「そうですね。エリカさんから声をかけられたときは、びっくりして思わず転びそうになっちゃいました」
「オレも、思わず声を上げちゃってさ。視線を集めちゃって、恥ずかしかった」
エリカ被害者の会を突如結成したほのかとアーティが気まずさを置き去りに会話をはずませる。しかしそれは、気まずさを克服したのではなく気まずさから逃げているだけの、逃避行動だった。
「工藤くん」
そんな有耶無耶になりそうな空気を破ったのは、アーティに声をかけて以来ずっと押し黙っていた雫だった。
「………はい」
逃げてもどうにもならないことを悟っていたアーティは、おずおずと雫に向き直る。一緒に気まずさから逃れようとしたほのかもまた、俯いて雫の次の言葉を待つ。
「テロリスト襲撃のときは、ありがと。それから、避けちゃってごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる隣の雫に倣ってほのかも頭を下げる。空気を読んで周囲に合わせることが得意なほのかには、このように流れを切って謝ることなどできなかった。お互いの苦手な部分をお互いにかばい合う。長年、この2人はそのような良い友人関係を築いてきたのだろう。そんなことが伺い知れるワンシーンだった。
「こちらこそ、怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい。それに、最近のオレ、ちょっと変だった」
どちらかと言うとマイペースと言うより場に合わせてしまいがちなアーティにとっても、マイペースな雫の謝罪は都合のいいものであった。格好の機会を得たりときまり悪げに頭を下げる。
「そんな、工藤くんは風紀委員として私達を守ってくれたんです!謝るようなことじゃ……でも最近、確かにピリピリしてましたね。どうしたんですか?」
恐縮するほのかだったが、最近のアーティの態度には疑問が拭いきれないらしく問いを重ねる。
「い、いやあ…この前の一件で、一高は俺が思っているより平和じゃないんだな、って。そう思うとずっと緊張しちゃって」
これまたきまり悪そうに頬をかきながらそう答えるアーティに、ほのかと雫もようやく胸のつかえが取れた思いを抱くのであった。
「じゃあ、私達は先輩方にご挨拶してきますね」
気まずさが晴れ、一通り会話も進んだところでほのかが席を立とうとする。雫もそれに倣おうとするが、その試みはアーティの声によってかき消された。
「あ、あの!」
思いつめたようなアーティの制止に、2人は動きを止める。
「お、オレ、苗字で呼ばれるの実はそこまで慣れていなくて……よかったら、アーティ、って呼んでくれませんか」
当然だが、アーティが名字で呼ばれることに慣れていないのが工藤という彼の苗字が偽名であるからだということは2人は知る由もない。だがこの申し出は思いの外あっさりと受け入れられた。
「わかりました、アーティさん。わたしのことも、ほのか、でいいです」
「うん、アーティ。私も雫でいい」
その日、アーティがえらく上機嫌で鼻歌を歌っている姿が一高チームの少なくないメンバーによって目撃され、「風紀委員の実力派美少年」という密かに与えられていたブランドが音もなく崩壊していったことを、ついぞアーティは知ることがなかったのであった。
少し短めですがキリがいいので切ります。