九校戦前夜。明日も試合のない1年生の女子は他愛もないおしゃべりに興じたが、男子はそうではなかった。1年生男子チームが良好な関係づくりに失敗したわけではない。男性と女性の間の性差として、初めて、あるいはそれに近い関係性の同性同士を集めた時に会話が多いか少ないか、それが非常に顕著に出る。そういった実験は既に20世紀後半から盛んに行われてきた。女子と同じように男子も集まっておしゃべりをしようという流れになっていたならば、こうしてアーティが単独行動を取ることは難しかったかもしれない。
(少年………オレと同い年くらいか?)
ブランシュ侵攻の際に現れた式神遣い。十中八九自分と同じく未来から来たであろうあの男(男であったのは式神であって本体は女の可能性もアーティから見れば残っている)がこの九校戦を狙って動いてくる可能性を鑑み、式神やそれに類する使い魔の存在がないかを探っていたのだが、そのアーティの目に映ったのは同い年くらいの少年が精霊魔法の訓練をしている姿だった。敵対勢力の一派である可能性も考えたが、少年の力量と、こんなところで訓練をしていることからすぐにその可能性を切り捨てた。
(こんなところにいるということは九校戦の選手か……一高にはあんな選手はいなかったから、他校の選手か。少しアンフェアな気もするが)
こんな場所で訓練をしている方が悪い、と少々理不尽な言い訳を自分の中で作り上げて十分に離れた距離から彼の手の内を見ることにした。
八雲のもとで古式魔法についても学んでいるアーティだったが、精霊魔法について多くを知っているわけではない。彼が知覚できているのは彼が複数の種類の精霊を使役しているということと、その精霊たちと感覚を同調しているということくらいだ。
幸いにも意識外に飛ばした精霊などの存在もなく、アーティがこうして盗み見ているのはバレていないようだ。そうしてしばらくもしないうちに、少年がハッとしたように動いた。
突如として駆け出した少年を、夜闇に紛れ空中から十分に距離をとって追う。
「!?」
狼狽はアーティのものだ。距離をとっていたとはいえ、少年が気付いた賊の気配にようやく気付いたからである。賊の存在に狼狽したのではなく、十分に距離をとっていたとはいえ、少年に気を取られて賊に気づくのが遅れた事実に、である。見たところ、3人の賊は拳銃で武装しているようだ。魔法師は至近距離では拳銃で武装した相手に基本的に勝てない。指を引くだけで攻撃できる拳銃に対して魔法はCADの出現とその進化によって劇的に発動時間を短縮できたとはいえどうしても先手を取ることができない。
(だが、間に合わない……っ!)
故に呪符を取り出し攻撃を加えようとした少年を援護しようと急いで地上に降り距離を詰めるが、間に合わないことを悟る。自分の魔法も、少年が放った古式魔法も。だが、少年に向けて拳銃が発砲されることはなかった。発砲直前に賊が手にしていた拳銃が全てバラバラに「分解」されたのである。その一瞬後、少年の放った雷撃が賊3人を撃ち倒した。
「誰だ!」
この誰何はアーティに向かって放たれたものではない。今拳銃を分解した魔法の使用者に向けられたものだ。だがアーティも急いで物陰に隠れる。少年を援護した魔法師に勘付かれるのを避けるために。
「俺だ」
「達也?」
以外なことに、少年と達也は知り合いのようだ。
「死んではいない。見事な腕だ」
生け垣を飛び越え倒れている賊のもとに降り立った少年に、賊の脈を取りながら達也が賞賛の言葉を投げる。
「ブラインドポジションから、複数の標的に対して正確な遠隔攻撃。捕獲を目的とした攻撃で、相手に致命傷を与えることなく、一撃で無力化している。ベストの戦果だな」
「………でも僕の魔法は、本来ならば間に合わなかった。達也の援護がなければ、僕は撃たれていた」
「アホか」
冷静な達也の評価に、返された自嘲的な言葉。それに対して放たれたのは、端的な罵倒だった。
「………えっ?」
これには少年も面食らっている。
「援護がなかったら、というのは過程に過ぎない。お前の魔法によって賊の捕獲に成功した。これが唯一の事実だ。それとも何だ?お前にとっての『本来』というのは、至近距離で、複数の賊を相手に誰の援護もなく完璧に相手を一方的に無力化すること。それがお前の目指すべき『本来』なのか?」
「……それは」
「お前はどう思うんだ?援護が間に合わなくて急いで隠れた工藤スチュアート君?」
畳み掛ける達也にたじろぐ少年に達也は隠れているアーティの同意も求める。
「やはり無駄でしたか」
もっとも達也が出てきた時点で自分の存在がバレているのは覚悟していた。名指しで呼ばれては出て行かざるを得ない。
「!?」
さらなる闖入者に少年はわかりやすく狼狽する。
「紹介しよう。一高の1年生選手、工藤スチュアートだ。深雪と同じクラスで、俺達とも仲良くしてもらっている。相当の使い手だ」
「アーティと呼んでください。それで、こちらの方は?」
「そっちは吉田幹比古。俺のクラスメイトだ」
「よろしく、アーティ。見てのとおり、精霊魔法をよく使うんだ。隠れていたことには全く気づかなかったよ。相当の使い手ってのは、本当みたいだね」
達也の紹介にアーティはまた一つ、疑問が生じていた。チーム入りしていない生徒が軍の施設であるこのホテルの敷地内にいることに、である。
「幹比古はエリカと一緒に懇親会の給仕をしていたんだ」
そんな疑問を見通すかのように達也はアーティの疑問に答える。
「なるほど、エリカと一緒に……」
「ああ。ところでアーティ、さっきまでの話、聞いていたんだろう?お前がどう思うのか、幹比古に話してやってくれないか」
疑問も氷解したところで達也が話題を元々の話題に移す。
「ええと、魔法師に求められる力量の話ですよね?『本来』という言葉を争っていたように聞こえましたが」
「その解釈で間違いない」
「ふむ」
達也の振りに一呼吸置いて、アーティはこう続けた。
「そもそも実戦は用意ドン、の競技とは違う。先に敵を探知し、先制攻撃を加えれば発動速度で劣る魔法でも勝算がある。そしてその探知を魔法師は得意とする。1対多をしなければならないときもあるし、多対1の難しさもある。すべての場合が本来の形だし、その結果全てがその戦闘に関わった者全ての実力を示す。そもそも理由なき敗北は存在しないからね。どうでしょう?こんなところでしょうか?」
アーティの意見に、達也は黙ったまま頷く。
「なるほど……全てが本来の形、か」
幹比古はアーティの言葉を咀嚼したようだ。
「ところで、アーティはどうして達也には敬語なんだい?僕には普通に話しているし、誰にでも敬語ってわけでもないんだろ?」
唐突に突き出された幹比古の質問に、アーティは答えに窮してしまう。
「ああ。俺も気になっていた。俺と深雪にだけ、絶対に敬語をやめないんだ」
達也の追い打ちに、アーティはますます逃げ場をなくしてしまう。未来の師匠だ、などと言えるはずがない。
「それは、なんかこう、2人はほら、別格、って感じがするし?どうしても敬語になっちゃうっていうか………」
アーティの返答はどうにも煮えきらないものだ。
「なるほどね。なんか、分かるなぁ」
「わかるのか!?」
だがそれに思いがけず心からの同意を返した幹比古に、今度は達也が狼狽する番だった。
翌日。昨夜の事件は内々に処理が行われ、そのような騒ぎがあったことすら知る者はいない。交通の便が悪い場所にも関わらず1万人以上の観客が押し寄せ、その百倍以上の有線視聴者が見守る中、簡単に開会式を済ませ、早速競技に入った。
「お兄様、会長の試技が始まります」
「第1試合から真打か。渡辺先輩は第3レースだったな」
「はい」
達也たちは、真由美の試合を観戦するべく、スピード・シューティングの競技場に移動した。その後ろには深雪、雫、ほのか、アーティと続いている。のだが。いつも口数の少ない雫が、いつにも増して俯いて黙りこくっている。
「雫?どうかしたのか」
目敏く雫の異変に気づいた達也が心配そうに声をかける。だがその問いかけにも雫はますます俯くばかりだ。その後ろではほのかが所在なさげに手をアワアワとさせている。その様子に、深雪も雫の様子の原因に思い当たったようだ。
「ああ………お兄様。恐らく、心配いらないと思いますよ?」
「?」
なおも怪訝な顔つきな達也に、深雪がこそっと耳打ちをする。
「ああ…そういうことか。そうか、それでこの反応…よかったじゃないか、アーティ」
「えっ」
いきなり話を振られて驚くアーティだったが、達也は意にも介さずそのまま観客席に向かったのだった。
試合で見せた真由美のパフォーマンスは、「エルフィン・スナイパー」の二つ名に恥じぬ完璧なものだった。ここで用いた「完璧」という表現は比喩ではなく、本当に真由美のスコアがパーフェクトだった、という意味で用いている。
知覚魔法マルチスコープで多角的にターゲットを補足し、ドライアイスの亜音速弾で次々に狙撃するという魔法は、原理を理解してもとても余人には真似できない高等技術だった。
「性格はともかく、実力はピカイチなんだよなあ………」
真由美の全試合が終わり、今度は摩利のバトル・ボードの会場に向かう道中、感心しながら、しかし忌々しそうに、色んな感情が見え隠れする声音でしみじみとアーティが呟く。
「以前から思っていたのですが、会長と工藤くんは昔から知り合いだったのですか?」
そんな思わせぶりなアーティの態度に、深雪はかねてより抱いていた疑問を口にする。深雪の記憶ではアーティが真由美に「いじめられて」いるところなど見たことはないが、アーティはどうも真由美を避けているように見えるのだ。気のせいかもしれないと疑問を口にすることはなかったが、今の口ぶりに聞かずにはいられなかった。
「えっ、ああいや……」
「そういうわけじゃないのよ?でも入学式の日、あー君ったらわたしに出会うなりすごく嫌そうな顔で『ゲッ』とか言うのよ。どういうこと?って追いかけたんだけど、逃げられちゃってね。お姉さん、嫌われちゃったみたい」
深雪の質問に狼狽するアーティに代わり答えたのは真由美だった。
「会長」
試合を終えこちらを見つけまっすぐやってきたのだろう、それでも息も切らさずに追いついてきた真由美に少し驚きながらも達也が労いの意を込めて軽く一礼する。
「お疲れさまです、七草会長」
それに続き深雪が丁寧に労いの言葉を口にし、一同もそれに倣う。アーティを除いて。
「みんなありがとう。それで、あー君は労ってくれないの?」
真由美はわざとらしく悲しげな表情を造り、アーティのそばに寄り上目遣いでアーティを見つめる。
「………予選突破、おめでとうございます、七草会長。それと、オレをそのあだ名で呼ぶことはおやめください」
さすがにアーティも逃れられなかったのか、心底嫌そうに顔をひきつらせて形だけの賛辞を口にする。
「………もう。そんなに嫌われるようなこと、したかしら」
その態度に拗ねたようにぼそっと呟く真由美。アーティはこれも真由美の演技だと思っていそうだが、達也には本気で真由美が悲しんでいるように見えたので真由美に同情しながらも、自分でも忘れていた疑問が今解決したことに気付いていた。
(入学式の日、アーティが必死で逃げていた相手は会長だったのか)
それにしても、と達也は心の中で首を傾げる。真由美の態度を見る限り、アーティとの間に何らかの因縁があるようには見えない。それに真由美の悪辣さに気付いているのはこの学校ではごく少数のはずだ。だがアーティはまるで何度もその悪辣さの犠牲になって懲りているような態度を見せる。そのことを合理的に解決する仮説を、達也は最後まで立てることができないでいた。
真実、
(しかもつけるあだ名まで一緒なんてっ!)
真由美から逃げ回るうちにいつの間にやらつけられていたあだ名までもが未来での真由美からの呼称と一致し、アーティの真由美への拒否反応はますますひどくなってしまったのであった。
そんなアーティの胸中を窺い知れるはずもなく、子供のようにそっぽを向くアーティと割と本気で悲しそうな真由美の様子に、達也は一つだけ、深い溜息をつくのだった。
いつ逃げていた相手を明かそうか考えていましたが、自然な流れが見つからずここまで延びてしまいました。覚えていた方いらっしゃったでしょうか。