魔法科高校の訪問者 ~真紅の双子~   作:冬元 鈴

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九校戦編Ⅷ

 

普段なにかに執着するということが少ない雫が、今回深雪との試合に拘ったのには理由がある。

雫は才能あふれる少女だ。そんな雫は幼少からおよそ周囲の人間に何かで水を空けられるということは皆無に等しかった。その雫が、第一高校に入って初めて、この少女には勝てないと、悟った。今までに負けたことがないわけではない。親友のほのかとは僅差で毎回勝ったり負けたりしている。だが、今の自分では何をしても勝てないと、そう思わせられたのは、深雪が初めてだった。

屈辱感は、なかった。それほどまでに、深雪は完璧な少女だった。雫は深雪に出会った瞬間に、深雪に勝てないことを心から許容していた。深雪に負ける自分を、何の抵抗もなく許していた。

 

だが。

こうして深雪と正面から勝負をする機会があるのならば。

逃げるわけには行かなかった。雫は、深雪に負けることを許容している自分を良しとしなかった。

 

それに。

普通にやっても優勝くらいできるであろうあの少年が、自分の限界に挑戦した。聞いたところでは、あの魔法力でも例の飛行魔法を成立させるには干渉力がギリギリで、慣性中和魔法を使わずにその加速度に生身で耐えているらしい。勝てない戦いを勝てるようにするためならば、十分理解できる。でも、あの少年は普通にやっても十分に勝てる戦いで、「ベストを尽くす」ために必死でアイデアを絞り出し、それがどんなに苦しいものであっても挑戦してみせる。

そんな姿を前にして。

同率優勝などという甘言に、乗るわけにはいかなかった。

 

やるからには、勝つつもりで。深雪と戦うために温めておいた秘策を胸に、雫は静かにステージに上がる。

彼我の氷柱が並べられたエリアの向こう。清廉な巫女の衣装に身を包む深雪は、いつも隣で見るよりもずっと大きく見えた。

始まりを予告するライトが点灯する。決着の刻は、すぐそこまで来ていた。

 

開始とともに、雫と深雪の魔法が同時に発動する。その発動速度は、完全に互角。

熱波が雫の氷柱を襲う。深雪がこれまでの試合でも見せた『氷炎地獄(インフェルノ)』だ。だが、雫の氷柱がみるみるうちに溶解していくことはない。雫の『情報強化』が、雫の氷柱の温度改変を拒絶しているのだ。

そして雫は守るばかりではない。深雪の陣地を地鳴りが襲う。だが、その地鳴りが共振となり氷柱を破壊する前に、深雪は自陣全域の運動・振動を抑える範囲魔法を、自陣の地下部分にまで範囲拡大させたのだ。

 

雫と深雪はお互いの魔法をブロックしながら、事象改変の手を少しずつ相手の陣地に伸ばしていく。深雪相手にこれほどの時間試合を続けられた選手も、雫相手にこれほどの時間試合を続けられた選手も、お互いが初めてであった。

彼女らの高レベルな駆け引きは、互角に行われているかのように見えた。だが、当人の認識は異なるものだった。

 

(届かないっ……!さすがは、深雪……)

 

雫の魔法は深雪によって完全にブロックされている。だが、深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』の熱波は、直接雫の氷柱を加熱せずとも、雫の陣地を覆う大気の温度を著しく上昇させ、それが雫の氷柱をじわじわと溶かしている。

雫が自陣の氷柱にかけている『情報強化』は、その対象が受ける魔法による改変を防ぐものであり、これによって『氷炎地獄(インフェルノ)』による氷柱の温度改変を防いでいる。だが、高温に熱せられた大気によって氷柱が熱せられるのは自然現象であり、『情報強化』で防ぐことはできない。あるいは、雫が自陣全体に『領域干渉』を行い自陣全体を雫の支配下とすれば、深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』自体を無効化できたかもしれない。だが、領域に対する干渉力は明らかに深雪の方が上。雫は個に対する『情報強化』でしか深雪の領域魔法に対抗する術を持たないのだ。

 

(だったら!)

 

このままではジリ貧。雫はCADをはめた左腕を、右の袖口に突っ込んだ。引き抜いた手に握られていたそれは、拳銃形態の特化型CAD。

通常ならば、一度に複数のCADを用いれば、想子(サイオン)信号波の混信を起こし両方の魔法が不発に終わる。だが、高度に想子(サイオン)を制御できれば、複数のCADを同時操作することができる。そしてそれは、魔法師同士の駆け引きにおいて大きなアドバンテージとなる。

 

果たして、雫は想子(サイオン)信号波を混信させることなく、2つ目のCADの起動処理を完了させてみせたのだった。

深雪の陣地に、雫の新たな魔法が襲いかかった。

深雪の氷柱から、白い蒸気の煙が上がる。これまで文字通り指一つ触れられなかった深雪の氷柱に、初めて有効なダメージが入る。

振動系魔法『フォノンメーザー』。超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とし、対象を急激に加熱する超高等魔法。映像ですらなかなか見られない超高等魔法の登場に、会場は大いに沸き返っていた。

 

(これなら…いける!)

 

氷炎地獄(インフェルノ)』が自分の氷柱を溶かすよりも早く、『フォノンメーザー』で深雪の柱を溶かし切る。雫の瞳に、確かに勝利への道筋が見えた瞬間だった。

 

「!?」

 

深雪の氷柱の融解が止まっている。自分の『フォノンメーザー』は作動している。深雪の氷柱を、『フォノンメーザー』の加熱速度を上回る冷却効率で冷却する魔法を、深雪がキャストしたのだ。

広域冷却魔法『ニブルヘイム』。北欧神話に登場する9つの世界のうち、最下層の氷の世界の名を取ってつけられたその魔法は、最大レベルならば擬似的に広範囲に絶対零度を作り出すこともできる超高等魔法だ。

策が尽きた雫は、そのでたらめな冷却魔法の威力に一瞬怯んでしまった。深雪はその隙を見逃すほど、甘い魔法師ではなかった。

 

深雪と雫の陣地を覆うように発動された『ニブルヘイム』によって発生した液体窒素。それらはお互いの氷柱の根元に大きな液溜まりを作っていた。

そこで深雪が再び『氷炎地獄(インフェルノ)』を発動させる。

結果として。

雫の陣地のみが急激に加熱され、大量に凝縮した液体窒素が、今度は急激に蒸発する。その膨張率は、700倍にものぼる。液体窒素の気化爆発によって、雫の氷柱は一本残らず爆砕されたのであった。

こうして、新人戦女子アイスピラーズ・ブレイクは決勝戦までの日程を終了し、1位2位3位を第一高校が独占するという結果に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、夕刻。

準々決勝、準決勝、決勝と例の魔法を用いていずれもゴールタイム5分を切り決勝戦においては4分37秒という大会記録をマークしたアーティが、一高テントに向かっている途中だった。

 

「優勝おめでとう、アーティ」

 

彼を出迎えたのは、雫一人。それもそのはず、一高のテントまではだいぶ距離がある。アーティが通るルートによってはここまで来てはすれ違う可能性がある。それでも、雫はこのルートで待つことを選び、アーティもこのルートから帰ってきたのだ。

 

「ありがとう。雫こそ、準優勝おめでとう」

 

アーティも決勝戦前、雫と深雪の決着については聞いていた。

 

「ありがとう」

 

互いに言葉をかわすと、ゆっくりと一高テントの方へと歩き出す。

 

「………深雪さんとのこと、聞いたよ」

「……うん」

「残念だったね」

「…………うん」

「強かった?」

「うん」

「悔しい?」

「………………………うん。悔しい。悔しいよ」

 

実は雫は既にほのかに慰めてもらい、達也のおごりで深雪と話しながらお茶をして一度は整理をつけている。それでも。悔しい気持ちは、消えはしない。

 

「そっか。すごいね、雫は」

「………?」

 

故に、すごい、と褒めるアーティの真意がわからなかった。

 

「オレはさ。入試で深雪さんに負けて。入試制度に腹は立ったけど、深雪さんに負けたことについては悔しくもなんともなかった。負けて当然だ、って思ってるんだ、オレは」

「………」

 

アーティの言葉に、自分だってそうだ、と心の中で返す。

 

「でも雫はさ。同率優勝もできるのに、深雪さんに挑んで、負けちゃったけどちゃんと悔しいんだ。それは、すごいことだよ」

「………」

「オレも負けてらんないな。オレ、明日からのモノリス・コード、正直プリンスには勝てないだろうなって思ってた。多分、このままモノリスに参加してたら、当たり前にプリンスに負けて、プリンス相手だからって悔しくも思わなかったんだろうな」

「………アーティ?」

「オレ、勝つよ。モノリス・コード、プリンスにも勝って、絶対優勝する。でさ、優勝したらさ………」

「………?」

「いや、なんでもない。絶対勝つから。約束だよ」

 

そう言うと、アーティは歩く速度を早めた。といっても、元々がゆっくりだっただけで、今でも普通に歩くのと変わらないくらいだ。

 

「……期待してるから」

 

雫の発破に、アーティは応えない。だが、雫が見上げるその一文字に結ばれた唇が、アーティの覚悟を物語っていた。

 

「ところでさ、アーティ」

「何?」

「深雪さんのこと、前から知ってたの?さっきの、そんな口ぶりだったよね」

 

雫の何気ない質問に、アーティの顔が露骨にしまったという表情に変わる。

 

「秘密なんだ」

「………うん」

「じゃあ、黙っててあげる。でもそのうち教えて。お姉さんのことも」

 

そう、少し意地悪な表情を浮かべながら言い残すと、雫はテントの方に先に走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ)

 

我ながら思い切ったことを言ってしまったものだ、と雫が走り去った道をテントの方へ歩みを進めながらアーティはひとりごちる。

 

(父さんに、達也さんや他の大人たちに怪しまれない範囲に制限された力で勝つ。正直、厳しい)

 

だが、とアーティは心の中で続ける。雫の悔しさに心打たれたのは事実だ。彼女を見ていると、諦め妥協しようとしている自分がひどくみっともなく思えた。

しかし、明日のモノリス・コードに意識を向ける一方で、アーティには気がかりなことが残っていた。それは、あの式神遣いのことである。アーティは式神遣いが何者かに殺されたことを知らない。式神遣いの脅威は去ったが、アーティ達を襲う苦難に気付くこともなく、アーティは的はずれな心配をしながらテントへと戻った。

 

 

 

 

テントへ帰還したアーティを待っていたのは、賞賛の嵐であった。特に新入生男子の熱狂ぶりは特筆すべきものだ。新人戦では男女で完全に明暗が別れてしまった。そのなかで、アーティの華々しい結果は男子たちにとって希望そのものだった。

そこで初めてアーティは自分の魔法について解説をした。アーティがバトル・ボードで見せた魔法が加重系魔法技術的三大難問の一つ、飛行魔法そのものではなく、圧縮空気の必要気圧から要求される高い干渉力によりごく一部の魔法師にしか再現できない、極めて限定的なものであるという種明かしには少々の落胆も見られたが、裏を返せばアーティがそれほど限定的な高難度魔法を使いこなし新記録を樹立したということは、アーティの魔法師としての実力は現時点で相当なものであるということを指す。そのことに対して、やはり一高一年男子は沸きに沸いたのであった。

深雪と雫の見事な戦い、それにほのかとアーティのバトル・ボードアベック優勝。まだまだ予断を許さぬ得点状況ではありながら、この日は一高首脳陣も枕を高くして寝たと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。九校戦日程7日目、新人戦4日目。

この日はミラージ・バットとモノリス・コードの日程が始まる日であった。男女それぞれ特有の種目であり、得点も他の種目の倍ということで各校はこの競技に特に力を入れる。

 

アーティは朝一番から、チームメイトの森崎、山中とともに準備運動をしていた。モノリス・コードは直接攻撃こそ禁止なものの、九校戦の種目の中でも随一の体力要求量を誇る種目だ。古典的な準備運動もしっかり行わなければならない。

 

初戦、五高との試合。三高と当たり父を打倒するには、こんなところで負けてはいられない。

山中、森崎もそれぞれの思いを胸に、一高新人戦モノリス・コード出場メンバーは会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 




次回、アーティ死す。デュエルスタンバイ!
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