九校戦日程8日目、新人戦5日目。この日は、困惑の空気とともに幕を開けた。
前日の新人戦モノリス・コードで、前例のない悪質なルール違反があり、そのために負傷・試合続行不能となった第一高校チームは、通常ならば残り2試合が不戦敗になるところを、大会本部の裁定により一部メンバーを入れ替えて試合の順延が認められた。このような事態は前例がなく、不満が出なかったわけではなかったが、モノリス・コード自体を中止としたりモノリス・コードの得点を計上しないといった措置を取らないための補填とも言えるので、特に反対意見が具申されるようなことはなかった。
ではなぜ困惑の空気に包まれていたかと言うと。
第一高校が用意した代替チームが、昨日の試合から回復した一人を除き元々登録されていた選手ではなかったからである。一人はエンジニアスタッフ、そしてもうひとりはチームの一員ですらなく、応援に来ていた生徒だったと言う。このことに、各校は困惑したのである。
ある高校は一高の人材の層の薄さに同情し、そしてありがたい展開だと言った。ある高校は一高から完全にマークを外した。ある高校は達也が担当試合を全てショウリニミチビイタエンジニアだと見抜き警戒している。だが、ひときわこのチームを警戒する二人組がいた。
「出てきたね、彼が」
「そうだな。選手として出て来るとは思わなかったが」
「2丁拳銃に加えて、右腕にブレスレット……同時に3つのデバイスなんて、使いこなせるのかな?」
「アイツのやることだ。ハッタリじゃないだろう。回復した選手もバトル・ボードで飛行魔法を使ったと聞く。残る選手もなにか隠し玉があると見て間違いないな」
「工藤選手だね。まともに試合をした五高との試合では、彼の立案かはわからないけど絡め手で危なげなく勝利を収めている。隠し玉には警戒したいところだね」
「ああ。だが工藤選手は昨日の時点では相当重篤な状態だったと聞く。万全な状態じゃないならば、アイツも見ているだけとはいかないはずだ。複数デバイスの同時操作、その狙いを見せてもらおうか」
第一高校と第八高校の試合。その試合開始を、第三高校一条将輝と吉祥寺真紅郎が、獲物定めをする蛇のような観察眼を一高チームに向けていた。
「森林ステージか……八高相手にはきついな」
「すみません、達也さん。結局作戦会議、満足にできなくて」
「問題ない。俺と幹比古はある程度煮詰めている。今回任せるのは防御だから、相手のオフェンスを止めてくれればそれでいい」
早朝から予定していた作戦会議であったが、結局アーティの体調の回復が遅れアーティはほとんど会議に参加できていない。ほとんどぶっつけ本番状態であった。
「……任せてください」
まだ少し足元が頼りないが、ここに至って幹比古も達也も大丈夫か、とは問わない。どのみち退路はないのだ。とはいえ、野外実習に力を入れる八高にとって森林ステージは庭のようなものであり、チームの連携に不安のある状態で迎え撃つに些か以上に不安があることは否めない。
不安を残す一高サイドに対して、得意ステージを引き意気軒昂の八高サイド。しかし開始のブザーはそんな彼等を待つことはなく、今、試合開始を告げた。
森林ステージでの彼我のモノリスの距離は800m。会敵を警戒しつつ走り抜けると慣れば、10分はかかろうかという距離だが、戦端は八高サイドのモノリス付近で開かれた。八高ディフェンダーの前に躍り出た達也の姿が、観客用モニターに映し出される。あまりに早い敵襲に八高ディフェンダーも粟を食っていたが、すぐに身構えて対応しようとする。
「速い……!」
「自己加速術式か?」
その様子を見ていた将輝と真紅郎は達也の身のこなしに舌を巻いていた。
「いや、移動に魔法を使っている様子はないけど……あっ!」
かなりの速度に魔法の行使を疑う将輝だったが、真紅郎によって否定される。その会話の間にも、達也と八高ディフェンダーの駆け引きは目まぐるしく進んでいく。
達也は
達也の攻撃の合間に、八高サイドのオフェンスの一人も、一高サイドのモノリスへと肉薄していた。モノリスの前を陣取るアーティの目の前に、八高のオフェンスが躍り出る。どうやら、幹比古の精霊魔法と交戦中だったようだ。一時的に、遠隔とはいえ1対2をやってのけたチームメイトに心の中で礼を言ってから、アーティは左手に握る情報端末型CADを短く操作する。使用する魔法は偏倚解放。アーティの得意魔法であり、ショートカットキーで設定されているために操作にかかる時間は特化型CADを操作するのとほとんど遜色ない。
幹比古の精霊から辛くも逃れたばかりのオフェンスは、自分が
「ガフッ!」
猛スピードで回避のため横に跳んだオフェンスが、見えない壁にぶつかる。見えぬ壁に受け身も取らずに直撃した衝撃にふらついたオフェンスは、その直後、壁に阻まれたことによって回避しきれなかった圧縮空気による衝撃波を受け、意識を失った。
「今のは!?」
「十文字先輩の『ファランクス』!?」
八高オフェンスに対して見せた、魔法障壁。それは、十文字家の十八番、ファランクスに酷似して見えた。だが、それは背後で試合を眺める摩利によって否定される。
「五十里。あれは『ファランクス』じゃない。単なる魔法障壁だ」
そう苦笑いしながらも、摩利も内心舌を巻いていた。魔法障壁の強度が、情報強化を施している魔法師の、しかも移動魔法を行使した魔法師の移動をあそこまで完璧に妨げるほど高いことは稀だ。
十文字家はこと魔法障壁に対して高い適性を持っているがゆえに彼等の繰り出す魔法障壁は絶対の壁となる。凡百の魔法師が魔法障壁を作っても、それが意味のある壁になることは稀なのだ。それを鑑みれば、あそこまで完璧な障壁を十文字の魔法と同じものだと勘違いしたのも頷ける。
(魔法の暴走から干渉力が高いことは分かっていたが、よもや「鉄壁」を再現するほどとは)
アーティの回復具合を心配していた摩利だったが、アーティが今見せた干渉強度と、異系統の魔法のマルチ・キャストを見て、ひとまず十分回復していると見ていいだろうと胸を撫で下ろした。
アーティが敵オフェンスを無力化している頃、その間幹比古は「木霊迷路」で敵遊撃をロストさせ続け、達也も無系統魔法「共鳴」を用いて敵ディフェンスを無効化、開いていたモノリスのコードを入力、送信し、一高対八高の試合は一高の勝利に終わった。
「勝った!勝った!」
「すごいすごいすごい、完勝よ、完勝!」
達也たちの勝利に観客席は沸きに沸いていた。
「……アーティ、調子戻ってるみたいだね」
「………ううん。まだ本調子じゃないと思う。あの『偏倚解放』、速度を優先して効果範囲を小さめに設定してた。いつものアーティならあの八高選手の反応でも避けられなかったけど、あのときは速度優先にした『偏倚解放』でも明らかに間に合わないって分かったから、魔力障壁を急いで作ったんだと思う」
ほのかの言葉にも、雫の表情は明るくない。
「そっか。最初からあのコンビネーションで倒すくらいなら、『偏倚解放』の威力範囲を大きくすればいいんだもんね。2段構えの攻撃になったっていうのは、アーティ自身自分の発動速度を読み違えたってことだもんね」
「うん」
計算されたようなコンビネーション攻撃に、摩利のように安心した者もいたが、その実雫の言葉が真実であり、これを見抜いている者は雫だけではなかった。
「ジョージ、どう思う」
「司波選手のこと?」
「それは無系統魔法と振動系魔法のCADをの使い分けで説明がついただろう」
将輝と真紅郎は既に達也の攻撃に対してリアルタイムで分析を終えている。今の真紅郎の返しは、その分析の再開ではないのかという確認だ。
「じゃあ、工藤選手のことだね。彼はまだ本調子からは程遠いんじゃないかな」
「やはりそう思うか」
「うん。あの偏倚解放、もともと魔法障壁と組み合わせるつもりで撃っていないはずだ。避けさせないように、速度重視で効果範囲を小さめに設定したけど、思ったよりも発動に時間がかかってしまって避けられそうだったから慌てて魔法障壁を出した、って感じだと思う」
「それで魔法障壁を間に合わせたことも、魔法障壁自体の強度も驚くべきことだが、彼が本調子でないことは確かだろうな」
「そうだね。吉田選手はよく分からなかったけど、吉田家といえばあの古式魔法の吉田家なんじゃないかな」
「そうか、古式魔法か。それにしても、あの工藤とかいう選手」
「工藤選手、やけにこだわるね」
「いや。偏倚解放は俺も得意とする魔法だ。偶然な気がしなくてな」
「顔もどことなく似てるしね。髪とか顎の形とか。もしかしたら、生き別れの兄弟とか?」
真紅郎の冗談に、将輝も苦笑いを返しながら否定する。
「ウチは茜と瑠璃だけだ。親父がああなのはジョージも知ってるだろ?」
「ははは。分かってるよ。でも、戦っている彼を見て思った。彼はどこか将輝に似ている。将輝もそう思ったから、彼のことが気になってるんでしょ?」
その真紅郎の言葉に、将輝は返答を返すことはなかった。ただ、少しおぼつかない足取りで引き上げていくアーティの後ろ姿の映像をじっと眺めていた。
「アーティ、調子はどうだ?」
30分後とかなりハードスケジュールに組まれた次の試合に備え選手控室で休んでいるアーティに、達也が声をかける。達也の後ろでは、深雪が楽しそうに達也の肩を揉んでいる。
「ええ、大丈夫です。この調子なら午後にはほぼ本調子でしょう」
達也には虚勢は通じないと分かっていて、正直な見込みを告げるアーティの隣には、甲斐甲斐しく汗を拭いたりスポーツドリンクをついでいる雫の姿がある。
チームに選ばれてはいるものの、今この瞬間、幹比古は自分がひどく場違いな気がして、今すぐにでも出ていきたい衝動に駆られている。
そんな幹比古にとっては救世主にも等しい闖入者が現れる。
それは、真由美とあずさだった。前触れ無く入ってきた2人は達也と深雪、アーティと雫の姿を見るとたっぷり3秒固まった後、心から同情する視線を幹比古に送った。
「もう何も言わないわ」
そう呆れ声で切り出した真由美の目は、達也とアーティへの非難の色を雄弁に含んでいる。
「次のステージが市街地に決まったので、伝えに来たの」
真由美の言葉に、達也が絶句する。ちらりとアーティの顔を見遣るが、アーティの表情に変化はなかった。
「………昨日あんな事があったばかりで、ですか?」
「ステージの選定はランダムだもの。そんなことは考慮されないんでしょうね」
真由美の表情がツンとしているのは懸念が消えたからか。たしかに今のアーティを見て心配し続ける気にはならない。これはこれでアーティなりの周りへの配慮なのかもしれないと、今なお楽しそうに肩を揉む深雪を止めようともしない自分を棚に上げ、達也はアーティへの評価を改めていた。
市街地ステージに設定された一高対二高の試合は、五階建てのビルの三階に一高側のスタート位置を設定するという、ともすれば昨日の事故は運営の過失ではないと誇張するかのような
一方で、達也が2人を撃破したことでモノリス・コードでの躍進が達也の功績によるところが大きいという印象が残り、後々のしこりになる。試合終了後、かなり調子が戻ったと肩を回しながら朗らかに笑うアーティの様子にホッとしつつも、達也は密かにそんな懸念を抱き内心ため息をついていたのであった。
この結果により、決勝トーナメントの組み合わせが決定された。準決勝第1試合、第三高校対第八高校。第2試合、第一高校第九高校。
決勝トーナメントは、正午から開始予定。
アーティは最後の休憩だと、昼食もそこそこに仮眠を取りに行ってしまった。雫とほのかもついていったので寝過ごすことはないだろうとそちらは彼女たちに任せ、達也と幹比古は三高の手の内を見るため、観客席へと向かった。