九校戦編おしまいです。
九校戦日程9日目。新人戦は終わりを告げ、本戦が再開される。
摩利の負傷により摩利が出場予定だったミラージ・バットに代役でエントリーした深雪が、1年生の中では唯一本戦に出番を残していた。
「いくら深雪でも………本戦に出場しなくちゃいけないなんて、少し荷が重いんじゃ……」
深雪の応援のため観客席に集まったアーティ達は少し早く席を取ったために深雪の出番を待っているのだが、ほのかの言葉は他の1年生達の心情を少なからず代弁していた。
「さすがになぁ……あの達也がついてて負ける姿は想像できねーが、それでもいきなり本戦ってのはヤバそうだぜ」
レオも心配そうにそう同意を重ねている。しかし、何の心配もしていないという表情でその言葉を否定したのは雫だった。
「大丈夫。達也さんは深雪のためだけに特別な魔法を用意してるから。みんなきっと驚くよ」
雫の言葉に一同は返す言葉が見当たらない。雫の「
「………アーティも知ってたんだ」
少し意外そうに雫が呟いたのは、アーティがその雫の言葉にコクコクと頷きながら待ち遠しいという表情を隠そうとしないからか。
「えっ。ああ、うん。実はそうなんだ。バトル・ボードのアレも実はそこから着想を得てて。……っと、これはネタばらしになっちゃうかな」
アーティが航空魔法をバトル・ボードで使用することにしたのはここで飛行魔法がお披露目されることを強く意識していたからだった。だが、危うくネタばらしをするところになったので、慌てて口をつぐむ。
横でほのかがあっという表情をするが、即座にアーティは目で「ストップ」をかけ事なきを得た。
ミラージ・バット本戦は深雪による飛行魔法の披露という大きなサプライズもあり空前の盛り上がりを見せた。
本来ならば起こったかもしれない事故も起きなかった。
克人の出場するモノリス・コードではなくこのミラージ・バットに最後の妨害があると確信していた達也は、肩透かしを食った気分を味わいながら、国防軍の藤林響子から呼び出しを受けていた。
「お呼びでしょうか、藤林少尉」
「来てくれてありがとう、
ビシッと背筋を伸ばし響子に声をかけた達也に、響子は軍での呼称ではなく親しげな、友人としての呼び名で応じる。その響子の態度に達也も幾分か肩の力を抜き、黙って頷いて響子に先を促す。
元々今回の九校戦にちょっかいを掛けていた
「今回、私達が達也くんと一緒に殲滅する予定だった『
響子の言葉は信じられないものだった。達也に動揺するという状況はありえない。彼はそのようにできている。だが、それでも彼は自分に許された範囲で最大限の驚愕を今感じていることを、冷静に理解していた。
「では、今日何も起こらなかったのは」
「昨夜彼等が殲滅されていたせいね。妨害の命令を出す彼等が殺されたわけだから、大会本部に潜り込んだ協力者も動かなかった。明日も、何らかの妨害工作が行われることはないわね」
響子の言葉は本来ならば喜ぶべきことだ。だが、達也は苛立ちに似た感覚が自分を支配していることを、冷静に理解していた。また、その苛立ちの根源も。
(ブランシュ殲滅の時の感覚に似ている。アレはスポンサーによる口封じかと思ったが、この2つが繋がっているとしたら、あるいは)
暗躍している影は案外身近にあるのかもしれないと、達也は自分の想像力の暴走だろうと半ば思いながらも、そんな事を考えていた。
翌日の九校戦最終日は本戦モノリス・コードで幕を下ろす形のスケジュールだった。辰巳・服部・克人の超実力派揃いのチームで取りこぼすことなど万に一つもあろうはずがなく、最後の決勝戦は克人一人の相手に文字通り何をもさせぬ完封によりその幕を下ろした。
この演出の裏には新人戦において一条のプリンスがまさかの敗北を喫したことにより十師族の求心力低下を懸念した十文字家本家よりの要請があった。その効果は覿面で、将輝が敗北したことにより確かに十師族を相手にしても望みがあると考えた若者は多かったが、彼等が残らずその希望を失うに足る、完膚無きまでの粉砕劇であった。
かくして一高の優勝に終わった九校戦は幕を下ろし、ここからはノーサイドの精神での交流会が待ち受ける。
ノーサイドの精神、と一口に言っても全力を注いだ勝負になかなかこだわりを捨てきれぬものだが、この交流会は文字通り全国の魔法科高校の選りすぐりたちが集う交流会であり、毎年この場で少なくない遠距離カップルが誕生することは既に有名な話である。そのような若者にとっては魅力的なイベントへの若い期待が、勝敗への邪念を忘れさせる。そのためか、毎年ほとんどトラブルの類いが起こることはない。
九校戦最終日の翌日、交流会に参加したアーティはてんてこ舞いという言葉を己の身を以て体現していた。
「なるほど。あれは飛行魔法ではなく、圧縮空気翼による航空魔法だったのですね!」
「表面効果を使うだなんて、思いつきもしませんでした!」
アーティの周りには、男女を問わず幾重にも人だかりの層が彼を取り巻いていた。バトル・ボードでの奇想天外な戦法と大会記録に加え、誰もが優勝確実と目した一条将輝率いる三高チームを破ってのモノリス・コード優勝。彼が本大会でマークした成績を鑑みれば、この状況も納得がいくものだが、だからといって渦中にあるアーティの苦労が低減するというわけではない。
にこやかな笑顔を貼り付けながら、求められる説明を簡潔にこなし嵐が去るのを待つアーティだったが、その紳士的な対応がさらなる「客」を呼び込むことになっていることには、結局アーティは最後まで気付くことができなかった。
いくらか時間が経った後、生徒たちと交流していたお偉方が退出し、管弦の音楽が鳴り始める。ダンスパーティの開幕を告げる、生演奏だった。
自分を取り巻く生徒たちもダンスの相手を求め散り散りになり、束の間の嵐の止み間にほぅと息をつくと、すぐ先で同じように人だかりから解放され息をつく深雪の姿があった。その奥には、ちらちらと深雪を窺いながらソワソワしている男子生徒が数名。付かず離れずの距離から深雪をダンスに誘う機会を伺っているようだ。はたと気が付いてあたりを見回すと、同じような視線を自分に向ける女子生徒の姿も見えた。
(これはwin-winの関係……のはず)
見ず知らずの相手への対応は疲れるものだ。その直後に見ず知らずの相手と踊るというのは些か以上に過酷がすぎる。少なくとも自分はそんなのは御免だと心の中で呟いてから、アーティは悠然と深雪の方へ歩を進める。その様子に、深雪の方を伺っていた男子生徒たちからは諦めのため息が漏れる。
(申し訳ないけれど……これも役得だ)
心の中でそんな男子生徒たちにこっそり謝りつつも、数歩前にまで近づいた深雪に声をかける。
「1曲、お願いできますか?」
「ええ、喜んで」
恭しく差し出されたアーティの右手に、深雪は花も綻ぶような笑顔で応じた。
九校戦新人戦で間違いなく男女それぞれナンバーワンの活躍を見せた2人。それも、スラリと伸びた背に、それ以上にスラリと伸びた長い手足。絶妙なスタイルの体格に、燃えるような赤髪。彼の名を知らぬ者はもはやここにはおらず、その名からも分かる通りハーフであるアーティは一種日本人の憧れを集めるような雰囲気を纏っている。それに応じるは、完璧な美少女という表現が過不足無い、雪のように白い肌に美しい瞳が性別問わず見る者全ての心を奪ってやまない深雪。この2人が組んでダンスをしている間は、周りのペアもダンスを止めて見惚れていた。
曲の切れ目。ゆったりとした時間を楽しんだ2人は、ゆっくりと手を離し、一礼を交わして別れを告げる。踵を返したアーティとすれ違うように深雪の前に出たのは、将輝だった。
「2日ぶりだな、工藤スチュアート」
そのまますれ違うかと思われた将輝が、アーティを呼び止める。
飛び上がるようにビクリと反応した後、恐る恐るアーティは振り返る。
「ふっ」
そんなアーティの怯え方が余程おかしかったのか、将輝はそれまで浮かべていた真顔を崩し、吹き出した。
「もう試合は終わったんだ、そんなに怯えられては俺が威圧しているみたいじゃないか」
将輝は自分の友人に話しかけるような口調でアーティに話しかける。
将輝にとってアーティは苦杯を嘗めさせられた相手なのだが、不思議と目の前の同い年の少年には不自然なほどの親近感を抱いていた。
その将輝の口ぶりにアーティもいくらか緊張を緩め将輝に向き直る。
何も言わずに差し出された将輝の右手を、アーティがしっかりと握り返した。
「………ところで、ツメもワキも甘いお坊っちゃんとはなんのことだ?」
そのままアーティにだけ聞こえる小声でにこやかな顔のまま放たれた質問に、アーティの顔が再び凍りつく。
わかりやすい目の前の少年の狼狽ぶりに満足したのか、将輝はゆっくりと手を離しながら、今度は周りにも聞こえる声で宣言する。
「工藤スチュアート。来年は、負けない」
一条将輝の勝利宣言。いや、この場合は挑戦といったほうがいいか。それはダンスパーティの趣旨から外れるものだが、周囲からは拍手が沸き起こる。アーティはまだその表情を凍りつかせていたが、将輝のこの言葉にみるみる顔色に活気を取り戻し、
「いえいえ、来年もまた、勝たせて頂きますよ」
そう不敵に応じたアーティの言葉に、再び会場が沸いた。
95年入学生の名物勝負の誕生に沸き返る会場を尻目に、アーティはゆっくりと将輝に近づく。
「それはそうと、深雪さんと踊るつもりならお早めに。彼女は後半はお兄さんと過ごすでしょうから」
「兄、だと?」
そんなものは初耳だという表情の将輝の目の前に、タイミングよく本人が現れた。彼もまた先程までその優れたエンジニアリングの成果を認められ多くの「客」の対応に追われていたようだ。
「お兄様」
お兄様、という呼称の行く先を認めて、将輝はゲッというような表情を浮かべる。先程のアーティに対する表情とは明らかに正反対のようだ。
「司波………まさか……」
将輝の狼狽ぶりに達也だけでなくアーティまでもが心配そうな目を向ける。
「もしかしてお前……彼女と兄妹か!?」
「今まで気づかなかったのか?」
達也の呆れ声の成分が濃い返答は、横で見ていたアーティの心情をも代弁していた。
「一条さんには、わたしとお兄様が兄妹に見えなかったのですよね」
そんな将輝を庇った深雪は、なぜか少し嬉しそうな顔をしていた。
「えっ、いえ、その……ハイ」
言い訳をしようとしたが出てこなかったという風情の将輝を、深雪はニコニコと笑みを浮かべて見ている。
「いつまでもここに留まっているのも邪魔だし、深雪、一条と踊ってきたらどうだ?」
達也の台詞に嬉しそうにガバっと顔を上げた将輝だが、その直後、アーティに右足をこれでもかと言わんばかりに踏みつけられ、危うく悲鳴を上げそうになる。何をするんだと目で抗議するが、アーティはツーンとそっぽを向いている。突然の奇襲に戸惑う将輝を、深雪の言葉が我に返らせる。
「一条さん?」
小首をかしげて「どうしますか?」とばかりに微笑みかけた深雪に、
「是非……一曲お相手願えますか」
上ずりそうになる声を精一杯抑えて、将輝は恭しく、深雪に作法通りに一礼した。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
そう答えた深雪の顔を見て今にも飛び上がりそうなほど喜んでいる将輝の後ろ姿を、ジト目でじっと見つめるアーティ。達也には、アーティがそんな表情をする理由がわからなかった。
だが達也のその疑問はすぐに霧散することになる。その答えを得たからではなく、達也の意識が別のものに向いたからだが。
今なおうきうきと深雪と踊る将輝に殺意のこもった視線を送るアーティの方を軽く叩く。
「?」
振り向いたアーティに達也が黙って顎で指し示した方向には、雫とほのかがいた。アーティの顔が見る見る間に赤くなる。本当に分かりやすい奴だと思いながら達也はアーティを置いて踵を返そうとするが、不意にガッシリとアーティに腕を掴まれていた。
「何だ?」
「何、って」
達也の質問にアーティはもう呆れ顔だ。だがそんな表情をされる理由がわからない達也はますます混迷を極める。その答えは、不意に現れたエリカによってもたらされた。
「お客様、こういう時は、男性の方からリード致しませんと」
背後からエリカが指し示した先には、もじもじと上目遣いで達也を見るほのか。
てっきりアーティと踊りに来た雫に付き添ったものと勘違いしていた達也は、この状況を持て余していた。横にいるアーティは、達也の困り顔を見てニタニタとしている。達也はそのヘラヘラした顔面を一発殴りつけたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて目配せする。
その目配せに、アーティはわざとらしく「あ~あ~、本当にしょうがない人なんだから達也さんはぁ」とでも聞こえてきそうな表情を一瞬浮かべた後、雫に向き直り
「雫。ダンスパーティが終わるまで、オレと踊ってくれないか」
そう恭しく一礼しながら右手を差し出す。雫も慣れたもので、美しい所作でアーティの手を取り、一言
「喜んで」
と返した。そのままアーティと雫は流れるように達也たちから遠ざかっていく。去り際にアーティが達也にだけ見えるように器用に残したウインクが様になっていて少し腹が立ったが、達也にとって今はそんなことをしている場合ではない。
「………ほのか」
達也はおずおずと、目の前でまだ上目遣いで恥ずかしそうにこちらを見つめるほのかの名を口にする。
「はいっ!」
ほのかの元気良い返事に、達也も覚悟を決めた。
「………踊らないか?」
「喜んで!」
覚悟を決め気合を入れたにしては間があり自信なさげな疑問形だったが、それでもほのかには十分嬉しいことのようだった。
「アーティ」
達也たちから自然に遠ざかり踊っていた雫が、不意に口を開く。
「なあに?」
アーティも一通りダンスの作法は心得ている。苦手なわけでもなく、少しくらい会話をしながらでもステップを間違えるようなことはない。
「さっきのは、キザすぎた」
「うっ」
達也の困り顔というめったに見られないものに舞い上がっていたとはいえ、ダンスパーティが終わるまで、はやりすぎたと後悔していたアーティに、雫の言葉は効果抜群だった。
その動揺を示すようにコテッとステップを間違えたアーティに、雫は上品に笑ってみせたのだった。
そんな2人を、幸せそうに微笑みながら見守る女の影が窓に映り込んだのは、現実か、幻か。しかし、その事に気付いた者は誰ひとりとしていなかった。
本編では描けなかった寸劇を少しだけ。
アーティ「父さんったら、もう深雪さんに完全にメロメロでさ。達也さんに助け舟まで出されて、ヘラヘラ踊ってたんだよ」
リーナ「ふーーーーん………………」
将輝「……………………」
アーティは未来に吉報を持って帰れるのでしょうか。