魔法科高校の訪問者 ~真紅の双子~   作:冬元 鈴

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少し長めになりました。






「真紅」と「夜」

 

 

 

 

アーティの夏休みは、先日のバカンスのような楽しい日々ばかりではない。むしろ授業がない夏休みにしておくべきことは山ほどある。アーティはMMA部に所属しているので部活動に費やす時間も多いが、部活動以外の余暇はほとんど調査に費やしていた。

 

「直近で魔法系の部隊に加入した経歴不詳の魔法師はヒットせず、か……タイムマシンの性能限界と式神遣いの言葉、両方を信用するならやっぱり2095年なんだけどなあ」

 

アーティが調査しているのは大亜連合軍の魔法師に関する人事の情報。当然機密情報なのだが八雲の情報網を借りて調査をしている。時間旅行というものの性質上、アーティと同じく敵対する未来勢力が2095年にやってきているとは限らないのだが、当時の技術の粋を集めた「De Lorean」でも25年の遡行が限界だった。それ以上は慣性中和の干渉力要求量が跳ね上がってしまうために不可能だったのだ。世界最先端の技術でも25年が限界であり、そして仲間に「伝えておく」と暗に言った式神遣いの言葉からは、既に仲間がこの時代に到着していることを指している。

 

「調査可能な場所にいるなら、そもそも匂わせないか」

 

わざわざ式神遣いが匂わせた時点で足取りを掴むことは諦めていたが、ダメ元というやつだ。ダメ元は期待通り、徒労に終わった。

成果が得られないのなら、八雲のネットワークを開いたままにしておく理由はない。速やかに回線を閉じて座ったままアーティは思慮に耽る。

 

(未来勢力の敵対によって、達也さんと深雪さんを守るという使命の難易度は上がった)

 

アーティとしては達也を悪目立ちさせなければ目をつけられることもなくなり、少なくとも達也と深雪にあのような悪意が向けられる時期を先延ばしすることはできただろう。だが、達也が世界を滅ぼすと知っている者が他にもいるならば、その意味はかなり薄くなる。

であれば、アーティが取るべき対策も自ずと自分の望みからはかけ離れてこざるを得ない。

 

(確実なのは)

 

達也と深雪を抹殺してしまうことだ。簡単な方法、ではなく確実な方法である。成功したならば確実に目的を達成できる方法。そしてその実現可能度についてだが。

 

(先手を取れれば確実に可能だ)

 

現時点でアーティは今の達也ならば先手を取れれば斃すだけの力を持っている。問題は、未来における達也に対してはアーティが先手を取れたとしても恐らく勝てないであろうことだ。これは、達也達を抹殺するのが先送りになればなるほど、確実な手段は実現可能度が下がっていくということを示す。

 

(達也さんたちがオレを弟子に取ったのは、万一の際に自分を止める存在を作るため。いざというときには躊躇してはいけない)

 

この思いが結局の所、達也と深雪に対してイマイチ心理的距離を詰められない要因となっている。未来を変えられたと確信できなければ、達也が対処不能な存在になる前に抹殺しなければならない。その事実が、達也や深雪と接する度にアーティの心に重くのしかかる。

 

(その未来を変えるハードルが格段に上がったことは確かだ)

 

アーティが達也達を手にかけずして未来を変えたと言える条件は1つではない。1つは、達也たちが表舞台に立つことを防ぐこと。そして1つは達也たちに仇なす勢力を滅ぼす事である。

 

(だが、そのどちらも確実ではない)

 

結局の所能ある鷹に爪を隠させても見抜く者は見抜くし、それで火の粉がかかれば振り払う。達也たちが表舞台に出ることを完全に阻止するのは不可能だし、そして達也が世界を滅ぼす力を持つと知れば敵対するのは大亜連合だけではない。文字通り世界が敵に回る。

 

(だが、達也さん達を抹殺する以外にも一つだけ、確実な方法がある)

 

それは、達也を超える存在に自分がなること。だが、今のアーティでは未来の達也には勝てない。アーティには時間が必要だ。その時間を稼ぐために、できる限り達也が目立つことを避け、敵対する勢力の力を削ぐことが必要だ。今自分がするべきことはそれに尽きると再度結論を出してから、アーティは席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

調査に行き詰まり気分転換にと夜風を求めて夜の街に出る。夜とはいえ真夏の熱気はビルの立ち並ぶ地区ならばまだ残っており、故に外を出歩く人々の服装は軽装だ。

その中でベストを羽織っているアーティの姿は少し暑苦しい。だが魔法師は所持するCADを誇示しながら歩くわけにもいかない。まだまだ社会の中では魔法師は兵器であり忌むべきもの、恐ろしいものと認識されているのは25年後の未来でも同じだ。もちろんCADの小型化が進み選択しているCADの形態によっては気楽な格好をできる魔法師もいるのだが、アーティの使用する情報端末形態の汎用型CADはそこそこ大きさがあり、ベストの内ポケットにしまわなければ人目についてしまう。

 

だが不意にアーティはすれ違う一般人の数が減っていることに気が付いた。特段夜遊びをしに来たわけではない。ふらふらと足を向けるうちに人通りの少ない住宅地に入ったあたりでアーティは違和感に気が付いた。

 

(住宅地とはいえここまで人が通らないものか)

 

そう怪訝に思いながら魔法発動の兆候を探るが、感じ取れた兆候はない。魔法発動の兆候がない以上は自然現象であるように思えたが、アーティはこのまま警戒しながら夜歩きを続けても気分転換にならないと考え踵を返した。

 

「ほう。完全に気配は断ったはずだが」

 

踵を返したアーティの背後から聞こえてきたのは、低い男の声。アーティはその声に振り返ることをしない。男の声とともに、複数の魔法師の気配が同時に現れたからだ。

 

「ふむ。場数も相当踏んでいると見える。これで経歴が一切出て来ないのはますます不自然だ」

 

値踏みするような視線が四方からアーティの身体を舐め回すように注がれる。その視線は愉快なものではなかったが、アーティを凍りつかせたのはその次に聞こえてきた声だった。

 

「ありがとう、貢さん。後は私が話をするわ」

 

アーティはこの声を知っていた。だがまさかこんなところで聞くとは夢にも想っていなかった。

 

「四葉真夜………様………」

 

思わず振り返り声の主を確かめたアーティは、自分でも意識せぬ間に声の主の名を呟いていた。

 

「私を知っているのね」

 

その呟きに対して目を細めて発せられた真夜の声は人の神経を凍てつかせるような冷たさを放っていた。

 

「!?」

 

その殺気とも呼べる気配にアーティが気付いたのが先か後か。アーティと真夜を取り囲む空間から、あらゆる光が消滅した。もともと仄暗い住宅地の路地ではあったが、星の明かりに月の明かり、街灯の明かりなどで真っ暗というには程遠かったのだが、この瞬間にはあらゆる光が存在しなかった。いや、厳密に言えば、あらゆる光は収束され、真夜とアーティを取り囲む空間の上部に無数の光点となったのだ。

 

一瞬後、その光点から無数の光の筋が放たれた。

収束系魔法、「流星群(ミーティア・ライン)」。指定空間内の光を収束させ、まず光の筋が通る場所を確定させ、その軌道上に存在する物体を気化させて光が通る状態を後から確保するという調整運命的な発動機序を持つ、「夜」とも呼ばれる四葉真夜の固有魔法である。

 

2人を包んでいた夜の帳はゆっくりと消滅し、そこには真夜のみが立っていた。

 

「よく間に合わせたものね」

 

感心したように呟く真夜の声に呼応するように、真夜に対峙するアーティが姿を表す。

完全光学迷彩。対象物の光透過度を100%にすることによって隠密行動を補助する魔法だが、光が通れない場所に光を通すために穴をあける、という理屈の真夜の「夜」を完全に無効化することができる。だが真夜の知る限り、完全光学迷彩魔法はまだ研究段階であり、実験レベルでも成功はしていないはずだった。

 

「貴方のことに興味がわきました。貢さん、彼を本宅にお招きしたいと思います。お連れしてください」

「………御意に」

 

真夜の奥から真夜の言葉を受けて先程アーティに声をかけた男、黒羽貢が前に出る。

 

「あら、貢さんのことも知っているのね。貢さん、その子は丁重に扱ってあげてくださいな」

 

貢の顔を見たアーティの反応からアーティが貢を知っていることを見抜きそう声をかけた真夜の言葉に、アーティと貢は同じように顔をしかめた。アーティは貢を知っていることを気取られたことに、貢は目の前の見知らぬ少年が自分を知っているという事実に。

 

丁重に、と言われ拘束することを諦めた貢の手招きに、アーティも抵抗することなく応じる。四葉に目をつけられて逃げ切ることは不可能。それを理解しての行動だった。

 

 

 

 

 

貢の運転する車に揺られること2時間。八王子を出たあたりでアーティは目隠しをされ知覚系魔法が使えないようにキャスト・ジャミングのジャミング波を当てられている。四葉本宅の場所を覚えさせないための措置とはいえ、特にキャスト・ジャミングがアーティには辛かった。2時間もの間キャスト・ジャミングを当てられフラフラになったアーティは、長野県と山梨県の間に存在する、地図にはない村に連れられていた。

本宅前で目隠しを取られたアーティは、フラフラとした足取りで貢の後に続いて四葉家本宅へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

四葉家本宅へ入るなり、女中が出迎え、上着とCADを預かると言われた。アーティは一切逆らうことなく上着とCADを渡し、女中に連れられるまま今へと通された。

 

「窮屈な思いをさせてごめんなさい。今年はいい茶葉が入っているの。楽しんでもらえると思うわ」

 

既にテーブルの奥でティーカップを手にしている真夜からアーティに労いの言葉がかけられる。真夜の席の向かいにはティーカップが一つ置かれており、そのティーカップからは湯気が立ち上っている。

作法に則り直立して真夜の言葉を待つアーティに、真夜が手振りで座るよう促すと、申し合わせたように女中が現れ椅子を引いてアーティを座らせた。

 

「それで」

 

中身を改めもせずに口をつけたアーティの度胸に感心しながら、真夜はティーカップを置き切り出した。

 

「今回貴方に近づいたのは、貴方が何者かを直接お聞きしたいと思ってなの」

 

真夜の言葉にアーティは顔色ひとつ変えずに、いきなり本気で殺しに来たくせに、と内心ひとりごちる。

 

「そうしたら私のことを知っているものだから、つい、ね?」

 

そんなアーティの心の中を読んだのか、ニコリと笑いながらごめんなさいね、と形だけの謝罪をする。

 

「貴方のことは調べさせてもらったわ。反魔法組織の壊滅、香港系犯罪シンジケートの壊滅。この2つの事件を起こしたのが貴方だというところまでは調べがついたの」

 

アーティの中で四葉に現時点で目をつけられる理由はそれしかなかった。だがこんな早くに目をつけられるとは思っていなかったのだ。昔から(とはいっても未来においての話だが)四葉家には恐ろしい印象を持っていたが、それでも認識不足だったとアーティは悔やんでも仕方のないことを悔やんだ。

 

「でも貴方本人のことになると何もわからない。達也くんと同じ、九重先生のお弟子さんということしか、ね」

 

淡々と言葉を紡ぐ真夜の表情は、内心に抱えるものを一切感じさせない不気味さを纏っている。

絶体絶命とも言えるこの状況を、しかしアーティは深刻に考えてはいなかった。

 

(もともと四葉には取り入らなければいけなかった。これはこれでチャンスと言える)

 

達也と深雪を守るには彼等に近づかなければならない。そのうえで四葉と関係を待たないというのは現実的ではなかった。アーティは四葉というものに対して強く苦手意識を持っていたがゆえに具体的な段取りは決めていなかったのだが、回避できない状況に陥ってこの機会を活用しようと思い至ったのだ。

 

「真夜様」

 

口を開いたアーティの、真夜への呼称が変化していることに気付いた真夜は初めて、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「オレは未来から来た、未来人です。2120年から、時間遡行魔法を用いて25年を遡行し、この2095年にやってきたんです」

 

真夜は突拍子もない話に怒るのでもなく、驚くのでもなく、笑うのでもなく、ただ真剣な眼差しで続きを促している。

 

「2120年においては、貴女の甥である達也さんが世界を滅ぼしました」

 

この言葉にも、真夜は顔色ひとつ変えない。

 

「オレはその未来を変えるために、未来からやってきたんです」

 

ここまで聞いて初めて、真夜が口を開いた。

 

「それなら達也さんを殺してしまうのが早いんじゃないかしら」

「もちろんそうです。ですが達也さんはオレの恩師です。できることなら、別の方法で未来を変えたい」

 

その質問を皮切りに、真夜は様々な質問をアーティに投げ、それにアーティは全て嘘偽りなく答えた。

時間遡行魔法の理論、アーティの両親、未来での四葉家、未来での達也達、未来での国際情勢。

信じる根拠が存在しないアーティの言葉を確かめるために質問を重ねた真夜は、最終的に、アーティの言うことを信じることにした。

 

「お姉さんのことについては、未来のこととはいえ可哀想なことをしましたね。それで、結論なのだけれど」

 

真夜がアーティをどうするのか。アーティはゴクリと息を呑み、真夜の言葉を待つ。

 

「貴方は既に四葉の秘密を多く抱える存在でありながら、今の四葉にはない技術を多く持つ存在でもある。そんな貴方を他所に取られることは許容できない。でも始末してしまうにはあまりに惜しいわ。どうかしら、四葉の一員になってくれないかしら?」

 

真夜のこの結論は見えていたといえば見えていた。未来においても、達也への対抗策になり得ると踏んだ真夜は真紅の双子を手中に収めることを望んだ。とはいえ、真夜の予想通りの結論にアーティはほっと胸を撫で下ろした。

 

「達也さん達を表舞台に上げたくない貴方の思惑を達成するためにも、この提案は貴方にとって魅力的なものだと思うのだけれど」

 

続いた真夜の言葉に、アーティは目を剥いた。四葉の一員になる。その言葉の意味が予想より遥かに大きな意味を持つ可能性を、真夜の言葉の端から感じ取ったのだ。

 

「真夜様、まさか………」

 

四葉にある数々の分家。その一つに名を連ねたところで達也達を御しきれるはずがない。それを分かっているはずの真夜の口から、なおも達也と深雪の制御に四葉に名を連ねることが役に立つという言葉が出るということは、

 

「あら。大した頭のキレね。選択肢の一つくらいに考えていたのだけれど、もう決まりでもいいかもしれないわね。

ええ、貴方は私の息子ということにします。場合によっては、貴方に四葉の次期当主を任せます」

 

真夜の口から出たように、四葉の棟梁を務めるという意味に他ならなかった。

未来において、四葉の棟梁は深雪が務めていた。真夜がそれを選んだのは、四葉が達也と深雪を制御するに当たって、あの兄妹に対抗できる戦力が四葉にいない以上、達也への楔である深雪を四葉家当主という責務に縛るのが最も得策であると考えたからだ。しかし、ここにアーティというあの兄妹に対抗できる戦力を手に入れた以上、アーティに四葉の全てを握らせることが最善の策だと考えたのは、思えば自然なことだった。

 

「ですが。オレは完全によそ者ですよ」

 

分家の者が黙っていないだろう、というアーティの懸念は、もっともなものだった。だが、真夜がそこを考えていないわけはなかった。

 

「そこは貴方が深雪さん達を味方につければいいのよ」

 

現時点でも達也は分家のものからは疎まれ蔑まれている。それでも未来の四葉継承の折に深雪が当主としての座を勝ち取ったならば、その深雪が支持することと真夜の息子であるという公表があれば十分アーティを四葉の当主にすることができると踏んでのことだ。つい先刻未来から来たというアーティの言葉を聞かされ、既に未来の事象から改変プランを計算している真夜の計算高さにアーティは思わず目を剥いた。

 

「貴方が私の息子であることを公表するのは再来年の慶春会です。それまでに達也さんと深雪さんと仲良くなっておきなさい。それと、ガーディアンのことなのだけれど」

「ガーディアンは不要です。達也さんに勘付かれれば、警戒されます」

「それが賢明でしょうね。有事の際には達也さんに守ってもらえるように、仲良くなっておくことね」

 

達也に守られるようでは共通の目的は達せられないのだが、真夜なりに空気を良くしたかったのだろう。愛想笑いで応じながら席を立とうとするアーティに、真夜は少しだけ、言葉を続けた。

 

「………本当は、達也さんが世界を滅ぼすならそれでもいいと思っているわ。でも、私はあの子が少し可哀想だとも思っている。貴方のような子が未来から来て、あの子を殺すのではなく守ることで未来を変えたいというのなら、貴方に協力することが………いえ、なんでも無いわ」

 

アーティはそれに似た言葉を聞いたことがあった。真夜は姉の深夜は真夜をとある事件の爪痕から救うために真夜のそれまでの経験を全て知識に変質させた。そのことで真夜は深夜を恨み深夜は自分を罰するように魔法の過剰行使を繰り返し体を壊して夭折したのだが、それを晩年になって姉の行為が愛ゆえの行為だったと認識し、悔いたと言っていた。

 

(最近になって、とは。やはり貴女は嘘つきだ)

 

もう既に悔いているじゃないか、と思いながらも、世界中から恐れられる四葉の当主の人間性を目の当たりにしたことを安堵しながら、席を立った。

 

「失礼します」

 

居間を背に歩き去ったアーティを見ながら、真夜は無言で脇に控えていた葉山にアーティを送り返すよう手振りで伝えた。

 

 

 

 

 

 

 







自分なりに四葉真夜という人物を解釈して、オリ主が絡んだらこうするよなと言う展開にしました。キャラへの解釈がずれていればキャラ崩壊と映るかもしれません。その場合にはご容赦ください。




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