目をつけてくださった皆様のご期待を裏切らぬよう、私自身も楽しんで描いていきたいと思います。
新入生総代、司波深雪の答辞は見事なものだった。深雪の、達也への評価に対する忸怩たる思いを知るアーティには「皆等しく」だとか「魔法以外にも」だとか「総合的に」など引っかかるワードを巧みに忍ばせていたが、それを一切の悪意なく全く棘を感じさせない仕上がりになっていた。
深雪自身の美貌と落ち着いていて堂々とした声、完璧と言って差し支えない答辞の内容に、新入生は皆男女を問わず釘付けになってしまっていた。
式の終了後、IDの交付がある。ここで新入生は自分のクラスを知らされる。クラスは1-Aから1-Hまであり、1クラス25名の構成になっている。A~D組が一科生のクラスであり、E~H組が二科生のクラスとなっている。クラス配分は成績順ではなく、完全に無作為のようだ。
「さて、オレは何組かな」
「アーティは一科生だからあたしたちとは別のクラスだねー」
「アーティさんも、頑張ってくださいね」
談笑しながら窓口に並ぶ。IDを交付されるだけなので列はサクサクと進み、あっという間にアーティたちが受け取る番になった。一科生と二科生が同じグループで並んでいることに好奇の目を向けられはしたが、いずれも粘着質であったり悪意があるものではなかった。新入生なぶん、そこまで差別意識に染まりきっていないということだろうか。
「オレはA組だった」
「Aって言ったら、もしかしたらあの総代の子と一緒かもね!司波君は何組だった?」
彼等とクラスは違うと知りながらもアーティは自分のクラスを口にする。それに対するエリカのコメントはやや短絡的だが決してありえない話ではなかった。
「E組だ」
達也の答えに
「やたっ!同じクラスだね」
飛び跳ねて喜ぶエリカ。少々オーバーに喜んでみせるエリカに
「私も同じクラスです」
こちらは心底嬉しいのを極力抑えるような面持ちの美月が続く。
「あー、あたしはG組だあ。じゃあ、またねー」
どうやら連れ全員同じクラスとはいかなかったようだ。あっさりした反応で連れの女子学生は自分のクラスへと向かっていった。
「じゃあ、オレも行くから」
アーティもそれに倣い、達也たちと別れてその場を去った。
達也たちと別れA組のクラスルームに向かったアーティだったが、アーティの予想とは裏腹に、クラスルームにいた生徒の数は僅かであった。
(深雪さんか)
アーティは深雪がA組だったことを知っている。達也と深雪のもとで学ぶときに、休憩時間に達也の「武勇伝」を聞かされるのは日課だったのだ。自分という本来の歴史にはない存在がこうして入学したことにより変わってしまっている可能性もあったが、クラスメイトがほとんどここに来ていないことから鑑みるにそのようなバタフライ・エフェクトは起こっていないようだった。そもそも今日はこれ以降連絡事項も授業もない。ホームルームによるのは必須ではない。であるならば、IDを受け取り自分のクラスを聞かれA組だと答えた深雪がA組のIDを受け取った生徒に囲まれるのは自明の理であった。
(今日はもう帰ろう)
これ以上ホームルームにいても得られるものがないと判断したアーティは即帰宅を決意した。
(朝の件といい、入学式の席のことといい、今日は厄日だ。こんな日は早く帰って寝て、明日を迎えるべきだ)
そう心の中でひとりごちると、アーティは荷物をまとめそそくさとホームルームを去っていった。
高校生二日目の朝。まだ日が出たばかりだと言うのに、アーティの姿は既に一高への道中にあった。アーティは特に何にも乗っていないが、その移動速度は明らかに常軌を逸したものだった。
(飛行魔法が普及して以降はこうして地上で高速移動魔法を用いる魔法師はめっきり見なくなったけど、この時代なら結構いるんだな)
アーティの独白通り、自己加速術式で高速移動するアーティと同じように移動する者としばしばすれ違う。今アーティのいる2095年といえば日本にて飛行魔法が世界で初めて実用化された年だが、当然まだ使用する者はいない。故にアーティも使用するわけにはいかない。魔法の考案者ということになれば身元を詳しく調べられる。せっかくタイムトラベルから数ヶ月で現代社会に生きるための準備をするための
(それに、だ)
アーティは達也の功績を語る心底嬉しそうな深雪の顔を思い浮かべていた。昨日初めて目にした、花も盛りの少女の姿の深雪の顔ではなく、今となっては見ることが叶わない、実年齢を感じさせない妙齢の貴婦人の顔を。
(達也さんの功績を奪うようなことは極力したくない)
これがアーティの偽らざる本音だった。鍛錬の合間の休憩のお茶のお供にと深雪が達也の武勇伝を心底嬉しそうに語り、それをやりづらそうに少し謙遜して達也がかわす。そんなやり取りを鍛錬で上がった息を整えながら眺めているのが、幼少からのアーティにとって最も幸せな時間だったのだ。
(でも)
アーティの使用している移動補助の魔法は決して簡単なものではない。このように考え事をしながら行使できるようなものではないのだが、アーティは慣れたものでほとんど無意識に使いこなしている。
(あの未来を変えるには、達也さんが世界の脅威として認識されないようにすることが一番確実だ)
これがアーティが未来を変えるために出した結論である。これから先、司波達也という規格外の魔法師は数々の偉業を成し遂げ、全世界にその名を轟かせていく。そのなかで司波達也という魔法師はいつしか世界にとっての脅威として認識されていく。人間社会というものは行き過ぎた力を許容しない。司波達也という規格外の存在がその自分の力に飽き足らず、最愛の妹を守るために自己研鑽を続け誰も届き得ぬ超規格外の存在になってしまったからこそ、司波達也は人類の敵になってしまったのだ。
(そのためにまず必要なことは、達也さんの横に立ってその注目度を分散させることだ。すべてを達也さんの仕業にしてはいけない。そのために一高にも入ったし、既にそのための布石も打ってある)
アーティがこれほど朝早くから登校している理由は、一つは彼の
一高正門まで残り3kmを切ったあたりで、アーティはその速度をさらに上げた。
「おはようございますっ!」
「はよっスー」
「ちーっス」
早朝、始業時間にはほど早い一高の武道場に、生徒たちの元気な挨拶の声が響き渡る。もうすぐ新入生勧誘週間だが、
USNA軍海兵隊の本場の
魔法で身体能力を強化して戦うので厳密に言えば素の身体能力自体は必ずしも高い必要はないのもこの競技の特徴であるが、体の使い方というものは鍛錬した者でないと掴むことはできない。故にこの競技に携わるものは大抵よく鍛え抜かれた肉体を持っているものである。
その中にひときわ線の細い男子生徒が混じっている。
「沢木先輩、よろしくおねがいします」
「今日からは君ももう当校の生徒だからね。これでようやく、遠慮なく君を揉んでやれるってものだ」
その線の細い男子生徒に相対するのはそこまで筋骨隆々としているわけではないが高く伸びた背にガッチリとした肩幅からよく鍛えていることが誰の目にもわかる偉丈夫。彼を沢木先輩と呼んだ赤髪の男子生徒も見る者が見ればその線の細い印象は日本人離れしてスラリと長く伸びる手足が形作るものと分かるものだが彼の目の前にそびえ立つ青年を前にしては彼を誰もが細い少年と形容するだろう。
「沢木。程々にな。うちは例外を認めてもらってるんだ。怪我でもさせたらシゴキだってんで勧誘がまともにできなくなるぞ」
「部長。春休みはずっと俺がこいつの相手をしてましたが、こいつの腕前は相当なものです。もう手加減してたらこっちがやられますよ」
「お前をしてそこまで言わせるとは。会頭が目をつけるだけのことはあるな。だが怪我だけはさせるなよ」
「わかってますよ。さあアーティ、いつでもお前のタイミングでいい。かかってきたまえ」
「では、行きます!」
かかってこいと沢木に言われるやいなや気合を入れ正面から飛びかかるアーティ。その初速に魔法は使われていない。相手に重心の移動を悟られぬよう予め膝を曲げ重心を慎重に落としておき、踏み込む瞬間に後ろ足を蹴るのではなく前足を
「速いな」
沢木に部長と呼ばれた男子生徒が腕を組みながら嘆息を漏らす。予備動作を盗ませない技術は横から見たのではわかりにくく、正面から相対した時にその真価がはっきりと分かる。正面の沢木にはほとんどアーティが突然消えたように見えたはずだ。
「しかし、沢木も流石だ」
アーティが初動に魔法を用いなかったということは沢木の側も対応するために魔法を用いる時間がなかったということだ。すなわち一瞬で間合いを詰め放ったアーティの上段突きを首の動きだけで交わし右足を半歩引いて即時に仕切り直したのは純粋に沢木の身体的技術によるものだ。
競技的な
「この初期位置では
最小限の動きでアーティの初撃をかわし半歩とはいえ間合いを取り仕切り直した沢木が手ぶらで待っているはずはない。既に自己加速術式の起動を終えようやく二人の戦いは本来の
「驚いた。入学したてで既にマルチキャストを使うか。彼はこの高校で学ぶことが一体どれほど残っているのか」
マルチキャストとは起動した魔法式の展開、効果時間が終了する前に他の魔法式を起動、展開することで、結果として異なる魔法を同時に複数種類発動させる技術である。相当な高等技術なのだが、移動のための自己加速術式と攻撃のための接触魔法の同時展開は
もっとも
「なるほど。沢木の言葉も最もだ。これほどの体術、そして既にマルチキャストを満足に使いこなす魔法技能があるならば、いくら沢木でも手加減などしようものなら不覚を取るだろうな」
果敢に戦うアーティに向けて呟かれた部長の言葉は紛れもない称賛だ。だがその文脈は彼が沢木の勝利を確信しているものである。
「…………っ!ありがとうございました」
「ありがとうございました」
有効打が入ったやいなや2人は向き直り、礼をする。14合も打ち合ったというのに、2人とも全く息を切らしていない。
「いやあ、あそこまで粘られるとは。春休みからさらに腕を上げたな。自分ひとりで練習できるものでもない、誰かいい練習相手がいるのかな」
「いえいえ、いいイメージが掴めたんですよ。それで動きも良くなったのかと」
「それでここまで動きが改善するならみんな苦労はしないさ。君は逸材だな」
「でも沢木先輩には完敗でした。イメージの中では勝ちきっていたのに」
「ははは、まだまだ新入生に負けるわけにはいかんよ」
こんな会話を交わしながら2人はお互いに酷使した体をストレッチでほぐし合う。
国立魔法大学附属第一高校
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