魔法科高校の訪問者 ~真紅の双子~   作:冬元 鈴

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嬉しいことにUAが2000を超えました。これほどたくさんの方にご覧いただけているという事実で身が引き締まる思いです。


入学編Ⅲ

登校したばかりの1年A組のクラスルームは、雑然とした雰囲気に包まれていた。

その雰囲気を一口で説明するのならば。

 

「…………アリンコかよ」

 

植生の管理が進み、また舗装が著しい進歩を遂げた影響により蟻の大群を子供が観察する機会もめっきり減ってから半世紀が経とうとしているが、一つのものに群がる集団への揶揄としては未だに用いられる。

教室に入ってきたのが何も知らない生徒ならばその騒ぎの正体がつかめず若い好奇心を満たすためにその蟻の一員になったであろうが、アーティにはおおよそ見当がついていた。

 

「深雪さん、だろうな」

 

常日頃聞かされていた深雪からの話では深雪のクラスはA組。加えて昨日はホームルームには連絡事項も授業もないとはいえ人がいなさすぎた。ほぼ確実に深雪はこのクラスに居る。昨日の深雪の答辞は見事なものだった。加えてあの美貌。さらには「国立魔法大学附属第一高校の新入生総代」というのは特別な意味がある。慣例として新入生総代は一年生の時分から生徒会に入ることになっており、歴代の生徒会長の多くは新入生総代を務めた生徒だった。全国の魔法科高校の中でもトップに君臨する第一高校の生徒会長を務めるということはこれからの魔法師社会においてリーダーシップを執っていくということだ。彼女に今のうちにお近づきになっておくのは彼等が背負う家のためにも必要なことなのだ。ここまで予備知識を持っているならば、あの集団の中心に佇むのが誰かを当てるのは基本的な四則混合計算を解くよりも簡単なことだった。

 

幸いアーティは図らずも昨日深雪に挨拶は済ませている。深雪を取り囲む集団を通り過ぎ深雪の3つ前の席に着く。そのアーティの背中に、思いがけず声がかけられる。

 

「あらアーティさん。昨日ぶりですね。貴方もこのクラスだったのね」

 

慌ててアーティが振り返ると声の主は深雪だった。周囲への返礼に嫌気が差した深雪が人だかりの外に突破口を求めてのことだろう。深雪が自ら声をかけたという事実に取り巻きたちの空気が止まる。アーティはほんの僅かな逡巡の後、ここは深雪に助け船を出すことに決めた。クラスメイトには少々睨まれることになるが、ここで少しだけ恩を売っておいて深雪に近づくことを優先することにしたのだ。

 

「おや、深雪さんですね。昨日の答辞は見事なものでした。お兄様も大変喜んでおられると思いますよ」

 

普段は間が抜けていてポンコツとの誹りを免れないアーティだが、彼も聡明な優等生である。この単調な返しにいくつもの牽制を含んでいる。

まず下の名前で呼んだこと。兄の達也のことを知らない殆どの生徒にとっては司波といえば深雪のことなのでまずは皆彼女のことを司波さんと呼ぶ。ところが昨日兄と一緒に紹介を受けた彼にとっては彼女の呼び方は深雪で違和感がないのだ。その事情を知らないクラスメートにとっては、何らかの予めの繋がりを感じさせるほど親密に見えるのである。加えて兄についての言及。家族構成をも知る仲であると暗にアピールしてみせたのだ。そして一番大きな影響はと言うと。

 

「そうなのです!兄も大変喜んでくれまして、褒めていただいたんですよ!」

 

深雪のテンションが数段上がって食いついてくること。この深雪の反応に、2人の会話に水を差すまいと取り巻きの生徒たちは退散した。

その様子を目で追いほっと息をついたアーティを見て深雪もアーティの思惑に気付いたようだ。

 

「お気遣いいただいてありがとうございます」

「いえいえ、少々行き過ぎていましたから。もうそろそろ始業ですし、ちょうどよかったでしょう」

 

昨日の朝の印象も少しは回復できているといいな。そんな都合のいい願望を胸にしまいながら、アーティは始業の時間を待った。

 

 

 

 

 

 

いかに国立魔法大学附属第一高校が勉学・魔法教育ともに国内トップクラスの水準を誇るとはいえ、入学二日目でいきなり授業を始めるほどゆとりがないわけではない。今日行ったのはガイダンスに履修登録、それからいくつかの専門課程の見学だった。MMA部の練習も勧誘期間が始まるまでは放課後は行われない。荷物をまとめて校門をくぐろうとしたアーティだったが、入学二日目で早々に面倒事に巻き込まれることになる。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか?深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むような事じゃないでしょう」

 

苛立たしげに響いたその声は、アーティにとって聞き覚えのある声だった。好奇心を覚え騒ぎの渦中に体を寄せ声の主を確認したアーティは驚きを禁じ得なかった。

 

(あれは…入学式の時の)

 

達也の隣りに座ってきた二科生の一人。柴田美月と名乗った少女であった。

 

(あんなふうに怒るタイプには見えなかったけどな)

 

そして声を張り上げている主の隣に台風の目を見て今度はアーティは溜息をつくことになる。

 

(またこの人達か)

 

そこにはアーティが半ば予想していた二人の姿があった。

 

「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。なんの権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

こう続けた美月の言葉でアーティは大体の状況を理解した。どうしても深雪と帰りたいが二科生と帰路を共にすることなど御免だと考えた一科生が達也を排除しようとしたのだろう。それに深雪を含めた周りのメンバーが反発した。

 

(しかし、引き裂く、って。水晶眼は物事の真理を見せる力もあるのかな。もうあの2人の真相にたどり着いているだなんて)

 

そう冗談めかしてひとりごちるアーティを傍目に事態はますます緊張感を増していく。

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

「そうよ!司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

美月の言葉は正論であったが、一科生たちはなおも食い下がる。そんな彼等に、

 

「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」

 

そう二科生の男子生徒が返す。どうやら達也の連れのようだ。

 

(物怖じもせずに言い返すか。二科生も非差別意識に沈む者ばかりではないということだな)

 

そうアーティに安堵させるほど、その男子生徒の反論は勇ましいものだった。

 

「相談だったら本人に予め同意をとってからにしたら?深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんな事も知らないの?」

 

その反論に息ぴったりに続けたのはこれまたアーティの知る顔、千葉エリカだった。エリカの嘲るような言い草に、一科生たちはなおもヒートアップする。

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

ウィード、ブルームという言葉は差別用語として使用を禁じられている。それでもその差別意識は根強く残っておりこの言葉を使う者も決して少なくない。新入生の間にも既にそのような差別意識があることが浮き彫りになる一言だった。

そんな言葉に反応したのはまたもや美月だった。どうやら彼女は誰にもまして芯の熱い所があるらしい。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなた達ブルームが、今の時点で一体どれだけ優れていると言うんですかっ?」

 

売り言葉に買い言葉。だがルール違反の発言である先ほどの一科生の発言とはまた違った意味で、これは禁句だった。

 

「………どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

一科生として選ばれこの高校の門を叩いた彼ら一科生にとって、その言葉は彼らの冷静さを失わせ実力行使に踏み切らせるのには十分すぎた。数秒後の展開が読めたアーティは即座に地面を蹴る。彼の前にはまだ人垣があるが、彼はまるでそんなものは存在しないとでも言うかのように駆け抜けていく。

 

「はっ、おもしれえ!ぜひとも教えてもらおうじゃねえか」

 

これまた売り言葉に買い言葉。だがこの言葉が重大なルール違反を犯そうとする一科生の背中を押してしまった。

 

「だったら教えてやるっ!」

 

ついに堪忍袋の緒を切らせた一科生の生徒が腰につけたホルスターから拳銃型のCADを抜く。

 

「特化型っ!?」

 

男子生徒が取り出したCADが発動までの時間が短縮されより実践的に用いられるCADの型であることを理解した二科生が悲鳴のような声を上げる。周りにいる誰もが、次の瞬間、そこには魔法使用による無残な光景が広がるものと目をつぶったが、その魔法が発動することはなかった。

 

「ぐはぁっ!」

 

人垣を文字通りすり抜けて走り込んできていた赤髪の一科生に投げ飛ばされていたのだった。

 

「流石だな。死角からの不意打ちでも最低限の受け身を取れるとは」

 

投げ飛ばした相手の首の後を完全に抑え込みながらアーティは自分が投げ飛ばした男子生徒に賞賛を送る。

 

「だが。魔法師社会の中でリーダーシップを発揮していくことが望まれる一科生が、魔法の不正使用を行うなど、言語道断だ。そして君」

 

そう言ってアーティは目の前にいる喧嘩を買っていた二科生に向き直る。

 

「今、彼女のCADを素手で掴もうとしただろう。出力された起動式は時にはそれに触れた魔法師に拒否反応を起こさせることもある。今後はやめておいたほうがいい」

「お、おうすまないな助かったぜ」

 

突然の闖入者の言葉に慌てて頷く二科生の生徒。彼の横ではエリカが伸縮型の警棒をまさに構えている状態だった。アーティが乱入しなくても、魔法の発動より一瞬早くエリカの警棒が一科生のCADをはたき落としていただろう。先を越されたエリカが昨日知り合ったばかりの闖入者に声をかけようとするが、鋭く背後を振り返り身構えたアーティの動作によってそれは中断された。

 

「―――っ!!!」

 

アーティが振り返った先では一科生の女子生徒が腕輪型の汎用型CADへ指を走らせている。ここに至って初めてアーティはたった今投げ飛ばした生徒と目の前の女子生徒がA組のクラスメイトであることに気付いた。深雪のクラスメイトなのだから当然のことだが、朝の件以降必要以上にクラスメイトから睨まれることを嫌ったアーティは深雪と極力離れて行動することを選んでいたため、積極的に深雪と行動をともにしたがったクラスメイトへの印象は薄い。そこまで睨まれないように慎重に立ち回っていただけに、このような大立ち回りを演じて敵対してしまったことでアーティは慙愧の念に駆られてしまった。

目の前の女子生徒は新入生とはいえ一科生に選ばれた優秀な魔法師である。ただでさえ後手に回っていたアーティは、その刹那の逡巡により女子生徒の魔法の発動を阻止する手段を失った。

 

「しまっ、―――」

 

アーティには展開中の魔法の起動式を読み取り発動する魔法の種類を予測する技能はない。その女子生徒が得意とする魔法の系統もわからない。故にアーティにできることはできるだけダメージを減らすために防御姿勢を取ること、攻撃対象の自分の近くにいるエリカと二科生の男子生徒を突き飛ばし巻き添えを食わないようにすること、あとは女子生徒の発動した魔法ができるだけ危険度の低い牽制タイプの魔法であることを祈ることのみである。

 

しかし。

すぐさまそのすべてを実行し地面に伏せたアーティに、いかなる魔法攻撃が飛んでくることはなかった。

今目の前でアーティのクラスメイトが展開していた起動式に、外部から想子(サイオン)の塊を撃ち込まれ、起動式の想子(サイオン)パターンが撹乱され、魔法が未発のまま霧散したからである。

 

防御姿勢を取ることに尽力したアーティはその知覚が一瞬遅れたが、すぐさま響いた声にアーティもすぐさま事態を理解した。

 

「やめなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

決して迫力のある声とは言えない。だがその毅然とした口調から聞く者に威厳を感じさせる声の主は、アーティのクラスメイトの魔法を無力化した張本人の声だと、その場にいる全員が直感的に理解していた。

声の主の姿を認めて、アーティたちに攻撃魔法を使用しようとしていた女子生徒は顔面蒼白となった。よろめいたその女子生徒を他の女子生徒がしっかりと抱きとめている。

女子生徒の魔法を無効化し、警告の声を発したのは、入学式でも登場し新入生も皆知るところとなっている、生徒会長・七草真由美だった。

攻撃魔法の使用未遂。すなわち魔法犯罪の未遂の現場を、生徒会長に抑えられた。その衝撃は大きく、その場に居合わせた全員が完全に凍りついていた。

 

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついてきなさい」

 

先程の生徒会長の口調に比べればいささか異常に冷たい、という印象を受ける声でこう命じたのは、真由美の隣に立つ女子生徒。入学式の生徒会紹介によれば、彼女は風紀委員長、渡辺摩利という名の三年生だ。

摩利のCADはすでに起動式の展開を完了している。それは地面に伏しているアーティにも知覚できている。下手に動けば武力行使に出るだろう。それをこの場にいる全員が直感的に理解している。故に、動けない。ついてきなさいという命令を無視しているのではない。摩利と真由美の迫力に気圧され身動き一つ取れなくなっているのだ。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

 

そんな中、全く動けないでいる同級生たちを尻目に泰然とした足取りで前に出てきて達也が言い放った一言に、当然ながら摩利が訝しげに疑問符を返す。

 

「はい、森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学のために見せてもらうだけのつもりだったのですが、あんまり真に迫っていたもので、あちらの生徒が危機を感じて手を出してしまったようです」

 

(うわぁ………)

 

達也の明らかな嘘に突っ伏したままのアーティは言葉には出さずため息をつく。それまでの経緯をまるっと嘘の説明で塗り替えてしまった上に、事態が急変したのをアーティの責任にしたのだ。

 

「ではその後に1-Aの女子が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

 

達也の説明を鵜呑みにしない摩利は冷笑を達也に向けながら質問を重ねる。

 

「彼が投げ飛ばされたことに驚いたんでしょう。条件反射で起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生ですね」

 

真面目くさった表情で達也も返すが、流石に白々しい。

 

「あの攻撃範囲では君の友人も巻き込まれていたかもしれん。それでも悪ふざけだと主張するのかね?」

「攻撃と言っても、彼女が発動しようとした魔法は目くらましの閃光魔法ですから。それも、失明したり視力障害を起こしたりするレベルのものではありませんでした」

 

再び、息を呑む気配。起動式から発動魔法を予測することなど、アルファベット数万字の情報を一瞬で読み取りその意味を理解することに等しい。そんな事ができるとするならば。それはもはや異能と呼ばれるべきものだ。

摩利の態度も、冷笑から感嘆に変わる。

 

「ほぅ…どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

にわかには信じがたい達也の意味するところを、明確に言葉にして確認する。

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

これがでまかせなら、この男子生徒は魔法技能よりも演劇の才能があると言っていいだろう。異能とも呼べるその技能を、達也は「分析」の一言で片付けた。

 

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

値踏みするような、睨みつけるような、その中間の眼差し。

ここでただ一人矢面に立っている兄をかばうように、深雪が進み出る。

 

「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

達也の言葉をにわかには信じられない摩利だったが、深雪に小細工無しで高も深々と頭を下げられては摩利も毒気を抜かれてしまう。

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当にただの見学だったのよね」

 

ここでの真由美の助け舟が追い打ちになり、ようやく事態は収束に向かう雰囲気になった。

 

「生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。このことは一学期のうちに授業で教わる内容です。魔法の発動を伴う自習活動は、それまでは控えたほうがいいでしょうね」

「会長がこう仰せのことでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことがないように」

 

真由美と摩利の総括に、そこにいる一同は呉越同舟ながら慌てて頭を下げる。地面に伏していたアーティとアーティが突き飛ばし同じように地面に伏せていた2人の達也のクラスメイトも、それに倣った。

そんな彼等に見向きもせず真由美と摩利は踵を返す。だが摩利は一歩歩を進めたところで足を止め、背中を向けたまま問いを発する。

 

「君の名前は?」

 

それが達也に向けられたものであることは明白である。

 

「一年E組、司波達也です」

「覚えておこう」

 

こうして色んな人に目をつけられていくんだな、と心のなかでため息をついたアーティの目の前で、入学二日目にして起きた事件は収束したのだった。

 

 

 

 

 




少し長めになりましたが、今回はこの辺りで。
短くて物足りないよりは長めになる方がいいかなと考えております。上長で読みづらくない文章を心がけてまいります。
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