服部生徒会副会長、
そんなニュースが出回る羽目にならなかったのは、先の模擬戦が非公開とされていたからであり、その場に居合わせた者たちの中にこのニュースを言いふらそうと考える不埒者はいなかった。
達也が服部相手にとった戦法は生徒会長の七草真由美、風紀委員長の渡辺摩利といった学内屈指の実力者でもすぐには見抜けぬほど高度なものであり、ここに至り服部も含めた面々がこの高校の実技評価システムが必ずしも実力を反映しないという深雪の言葉を真に理解したのだった。
「ところで会長」
ひとしきり説明を終え、深雪に謝罪をし退室した服部を見送った達也が今しがた使った特化型CADをしまいながら先刻から口に出せないでいた疑問をようやく口にする。
「なぜアーティがここにいるのでしょうか。彼もまた生徒会入りするということですか」
アーティがここにいる理由で思い当たるものはそれくらいしかない。しかし、それもまた不可解な話ではあった。達也の知るところだと新入生で1学期から生徒会入りするのは新入生総代を務めた生徒のみ。察するにアーティも相当成績が良いのだろうが1学期に2人の新入生が生徒会入りするにはそれだけでは理由は薄い。故にこの問は言外に彼が生徒会の招集を受けた理由を問うていた。
「いいえ」
しかし真由美の口から出たのはアーティの生徒会入りの理由ではなく、肯定ですらなかった。
「彼は部活連選定枠でウチに入ることになっているんだ。君とは知らない仲ではなさそうだったし、今日顔合わせしてもらおうと呼んでおいたんだ」
予想外の真由美の返答に怪訝な顔をする達也に種明かしをしたのは摩利だった。
「しかし委員長」
返答がまた新しい疑問を呼び、自分の失言に気が付き顔を顰める達也。摩利も当然気付いておりしたり顔で応じる。
「何だ」
彼女を委員長と呼ぶということは風紀委員入りを認めたことと同義である。
「部活連選定枠とおっしゃいましたが、当校ではまだクラブ勧誘すら始まっていません。この段階で部活連から推薦が出るなどありえない」
「例年はそうなんだ。だから明日から始まるバカ騒ぎ週間は卒業生分の補充が間に合わず風紀委員は自転車操業になる。例年は生徒会選定枠も間に合わないことが多いから、今年は達也くんが入ってくれて助かったがね」
失言を逃さず言質を取りにかかる摩利。だが達也はそれには応じず
「バカ騒ぎとは新入生勧誘週間のことですね。それでなぜ今年は部活連選定枠の人選が間に合ったんです」
話題を懸命に本題に戻す。
「これはここだけの話なんだが」
摩利も大人気なく達也を突っつき返すことはせず達也のもっともな疑問に答える。
「工藤は春休み、合格発表直後からウチのMMA部を『見学』している」
「………なるほど。それで十文字会頭の目に留まったと」
「そういうことだ。私の部下にふさわしいんじゃないかとね。彼の方から春休みのうちに打診があったのさ。そういうことだから実力は折り紙付きだよ。今から君にもそれを目の当たりにしてもらう」
「……………はい?」
思いがけない言葉にフリーズする達也だったが、その言葉を理解した後は達也は別の理由でフリーズする羽目になる。
「―――入れ」
摩利が第三演習室の出口に向けてそう声を発すると、先程服部が退室した扉から達也もよく知る顔が現れた。
「――教職員推薦枠でウチに入ることになっている森崎だ」
つい昨日揉めたばかりの相手の登場に、さすがの達也もたじろぐ。
「君でも、慌てることがあるのだな」
「そりゃそうですよ」
ニヤニヤしながら得意げにからかう摩利に、達也はため息交じりに応じる。すると、今度は達也の姿を認めた森崎の顔が歪む。
「なっ、渡辺委員長!なぜ司波達也がここにいるのですか!」
思い切り指を指しフルネームで呼び捨て。相当失礼な態度に深雪の方からムッとした雰囲気が漏れる。だが
「彼は生徒会選任枠でウチに入ることになった。どうした、不満か?」
「―――っ!!」
ここで不満と言う事は真由美と摩利の人選にケチを付けることと同義だ。達也を決して認めたくない森崎だが、ここは口をつぐむよりほかない。
「………さて。今日この演習室がすんなり取れたのは実はこの時間から元々ここを使う予定があったからだ」
森崎から反論がないことを確認した摩利が説明口調に戻る。
「もともとは魔法式の分析をお願いする予定だった達也くんはともかく、工藤と森崎は実戦部隊だ。いくら教職員と十文字のお墨付きでも、あたしはこう見えて自分の目で見たものしか信じないタチでな」
「どう見てもあなたはご自分の目しか信じないタイプですよ」という言葉を飲み込みつつ、頷いて先を促す達也。
「今日ここで、新入生風紀委員同士模擬戦をしてもらう予定だったんだ」
「なるほど」
説明を聞き疑問が霧消したことで、達也は既に親しくなった同級生の窮地に気が付いた。
「………アーティにとっても森崎の風紀委員入りは誤算でしょうね」
「ああ。昨日あの場に工藤がいたのには驚いたが魔法の使用を止めようとしていた立場だったようだし君の方に目が行ったからな」
達也が摩利に目をつけられたのは昨日の件が原因だ。そのことを思い出して達也も黙り込む。
説明の義務を終えたと判断した摩利は達也の元を離れ、既に準備を終え戦闘態勢を整えているアーティと模擬戦のための準備をしている森崎の方へと歩いていった。
(入学式の時の急停止。昨日のあの動き。アーティがただの魔法実技に優れる一科生でないことは明らかだ。そして気になるのは、アーティの動きがそれとなく俺に似ていること…
降って湧いたハプニングだったが、達也はこの状況を好ましく思っていた。これまで波乱続きで注目できずにいたがために解決しなかったアーティの技への疑問を解消する時が来たのだ。
達也は一挙動一投足も見逃すまいと、森崎が準備を終え模擬戦が開始されるのを待った。
「………なんですか、これは」
森崎も準備を終え、誰に言われるでもなく開始位置に着いた2人。その2人を見て、達也は思わず横にいる摩利に尋ねた。
「何、とは二人の初期位置の話かな」
今回は審判役を真由美に譲った摩利は、達也の抽象的な質問にその意味するところを確認する。
「そうです。俺と服部副会長の時より、明らかに間合いが遠すぎます」
達也の言う通り、先程の彼我の距離が5mであったのに対し、今回アーティと森崎の立ち位置は優に15mは離れている。
「十文字から一つ、彼について申し送りを受けていてな」
彼、というのがアーティのことであることは明らかだ。
「工藤もまた、君のように優れた体術の持ち主らしい。彼を前にするのならば、5mの距離では、そもそも魔法を用いた模擬戦である意味がないらしい。加えて森崎の得意な土俵はクイックドロウによる中距離での魔法の撃ち合いだ。始めから工藤の間合いに設定していたのではアンフェアだということで、今回は広い第三演習室を借りたのさ。君と服部についても同様の措置をとる必要があったかもしれないね。服部には悪いことをした」
最後は冗談めかしてなかなか様になっているウインクを交えての摩利の説明に、達也は内心臍を噛んでいた。
(アーティの体術は今回は見られない、か)
それでも、既に仲良くなった友人の、そして今後同じ風紀委員として活動する男の腕前というものを目に焼き付けておこうと、達也は雑念を振り払い目の前の試合が開始されるのを待った。
「では、ルールを説明します」
真由美の凛とした声が演習室に響く。いつものほわほわした可愛らしい声ではなく、どちらかといえば昨日の騒ぎの際に発した、場を収める声に近い。
「直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障碍を相手に与える術式も禁止。相手の肉体を直接損壊せしめる術式も禁止とします。ただし、捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃は許可します。
武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可します。工藤君はもう履き替えているようですが、森崎くんも蹴りを使いたければ今ここで靴を脱いで、学校指定のソフトシューズに履き替えてください」
そこで一旦説明を切った真由美に、森崎が軽く頷いて続きを促す。蹴りは使わない、という意思表示だ。
「勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決します。双方開始位置につき、合図があるまでCADを起動しないこと。また、今回はCADに予め触れておくことも禁止します」
意味のわかりにくい追加ルールに首を傾げた達也に
「これも森崎のクイックドロウが活きる条件を整えるための追加ルールだ。クイックドロウは腰に収めたホルスターに入っている拳銃型特化型CADを即座に取り出し魔法を起動する技術だ。予めCADを手にしていてはこの技術の真価は半減する」
摩利が小声で補足する。達也は追加ルールの意図は理解したもののルールの公平性自体に疑問を感じずにはいられなかった。
(これではあまりに森崎にとって有利すぎる)
この模擬戦は紛争の正規な解決手段として行われているのではなく、2人の実力を確認するために行われているのだから、完全に公平性を期す必要はない。お互いの実力が最大限発揮されればよい。それを理解していない達也ではなかったが、それにしてもあまりに偏りがあると言わざるを得ない特別ルールに、やはり達也は納得することができないでいた。
「えっと、摩利、工藤くんのCADは情報端末型だから、この場合は懐に入れた状態から開始ということになるのかしら?」
審判を務める真由美からも摩利に質問が飛ぶ。
「ああ、このルールは事前に工藤にも説明してある。その上でその形態のCADを持ってきたのなら、工藤もそれで異論ないだろう」
この摩利の返答に達也は思わず目を剥く。それは無理もないことだった。森崎一門のクイックドロウは魔法師業界でも有名だ。魔法力が総じて高く、演算処理速度に置いて高いスコアを叩き出す森崎家の者が発動速度に長けた特化型CADを用いて独自の抜銃術と組み合わせたその技術は、同時に動き出したのであれば相手が懐のCADを取り出し終わる前に起動式の展開を終えることができる。すなわち勝負にならないのである。真由美だろうが摩利だろうが十文字だろうが、このルールで森崎に勝つことは事実上不可能だ。だからこそ予めルールについて打ち合わせを行っていた真由美もわざわざ摩利に確認を取ってきたのだ。
コクリ、とアーティが頷いたのを確認して真由美がルール説明の仕上げに入る。
「これらのルールに従わない場合は、その時点で負けとします。なお、この試合は摩利とわたしが制止用の魔法の起動を完了させた状態で見守ります。危険行為があった場合には即武力介入を行うので、そのつもりでね」
言っていることは恐ろしいことなのだが、にこやかに言っているのと幾分先程より和らいだ口調によりそこまで恐怖を感じさせない。だがその瞳の色はこれが脅しでないことを十分に当事者2人に理解せしめていた。
「昨日の借りを返させてもらうぞ」
一言、開始位置に着いた森崎から発せられる勝利宣言。自分に有利な土俵をお膳立てされており、自分の力量への自信に裏付けられた勝利宣言だった。
「ふふ、入学早々首が回らなくなったら大変だろうから利子は要求しないさ。なにせ今から貸しがもう一つ増えるんだからな」
しかしそんな勝利宣言に気分を害することもなくむしろノリノリで挑発を返すアーティに場の雰囲気が弛緩する。
開始の合図とともにすぐに腰のホルスターからCADを取り出せるよう腰のあたりに手を浮かせ臨戦態勢を取る森崎と、直立不動で泰然自若とした構えを見せるアーティ。
対照的とも言える両者の構えが固まったと真由美が判断し、戦いの火蓋が切って落とされた。
「はじめ!」
開始の合図とともに森崎がホルスターのCADを抜く。その動作は洗練されており一切の淀みを感じさせない。
(………速い)
昨日の、レオに挑発されて見せたクイックドロウよりも数段キレが鋭い。昨日のは二科生に見せるだけのもの。しかし今回はすでに因縁ある、同じ実力ある一科生に向けたもの。森崎の本気度も当然、違う。
起動式の展開速度に重点を置いた特化型CADが、森崎自身の高い演算処理能力によって成熟した魔法師の水準で見ても驚異的な速度でその攻撃魔法の起動式展開を終える。この時間、実に0.38秒。制服のブレザーの内ポケットにある情報端末型CADを取り出すには全く時間が足りていない。どんな技術を使ってアーティはCADを操作するのか。完全思考型CADなど様々な仮説を立てながら15m先に立つアーティに目を向けた達也は、またも目を剥くことになった。
(―――動いていない!?)
そう、アーティは直立不動の状態から少しも動いていなかったのだ。
「諦めたか。これで終わりだ!」
そのアーティと正面から対峙している森崎は起動式の展開を終えた、空気圧を偏位分布させその復元力によって生じる衝撃波で相手を戦闘不能に至らしめる空気圧収束魔法をあやまたずアーティに照準して放とうとした。勝利を確信した森崎には、その魔法の発動直前、静かにアーティが何も持たない右手をこちらに翳したことに、何かの意味があるとは夢にも思わなかった。
「………?」
呆気にとられたのは森崎。身動き一つ取らなかったアーティに勝利を確信していた森崎が、自分の発動しようとした魔法が文字通り霧散したことに気づくのには刹那以上の時間を要した。呆気にとられる森崎の目の前で悠々と懐から情報端末型汎用型CADを取り出すアーティ。その操作は澱みなく、森崎への反撃の魔法を紡ぎ出す。魔法の名は偏倚解放。空気を圧縮し破裂させ爆風を一方向に当てる魔法。威力を高めるならば圧縮空気の量を増やし、方向をより指向的に限定するならば圧縮空気を直接当てる形にすればよいという、威力と効果範囲の細かい調整に長けた使い勝手の良い攻撃魔法である。
「ぐわっ!」
偏倚解放により真後ろからの強大な爆風に曝された森崎は為すすべもなく前方に吹き飛ばされる。受け身を取りながら着地(正確には着弾、と表現すべきか)した場所は、アーティの足元であった。
「―――シッ!」
気合とともにアーティから繰り出されたのは、震脚。力強く前足を踏み込み地面を振動させ相手の動きを封じるという、古武術の動きだ。だがこの技で実際に相手が動けなくなるほど地面が揺れることはない。ならばなぜ震脚を型の基本に取り入れているのか。それは踵からの力強い踏み込みが前方向への重心移動を促し、次の前方向への動作の威力を飛躍的に高めるため、と理解されている。
実際に第三演習室全体が揺れるのではないかというほどの震脚から繰り出されたのは、うつ伏せに倒れた森崎の頭目掛けての下段突き。命中すればあわやという技の冴えであったが、その場にいた者は皆、その突きが途中で止められることを本能的に理解していた。アーティの殺気とも呼べる気配が、震脚を繰り出した時点で霧消したのを全員が知覚したからである。
「―――勝負あり!」
真由美の掛け声で、森崎の頭の先で拳を止め残心の構えを取っていたアーティは姿勢を崩す。当の森崎は偏倚解放の爆風によって吹き飛ばされた衝撃とこの部屋にいる全員が知覚できるほどのアーティの殺気を至近距離で浴びたせいか、失神している。
達也とアーティで協力して部屋の隅まで運び、回復体位をとらせたところで摩利がようやく口を開いた。
「今のは?」
「偏倚解放です。一般的な魔法だと思いますが」
「そうじゃない。森崎の魔法を無効化したあの魔法だ。CADを使ったようには見えなかった」
「あれは
「
「………会長はご存知でしたか」
質問していた当の摩利はその術名に心当たりが無いようだったが、真由美はその術名に心当たりがあるようで、かなりの反応を示している。
「
アーティの口にした術名が信じられないらしく、聞き間違いということはないのだろうが、それでも確認する真由美。
「今工藤君が見せたのはそこまで高度な対抗魔法だったのか………」
「そうよ。
「それほどなのか………道理であたしが知らない術なわけだ。そんな術を使える者など、日本中探しても何人もいるものじゃない」
摩利の言葉に頷く一同。風紀委員新入生の実力を測る程度のつもりが、十師族でも生涯に一度見るか見ないかという魔法を見せられ、一同は唖然とし続けるほかないのだった。
ふと思ったんですが術式解体を使いこなす達也の想子量って一般魔法師の何倍くらいなんでしょうね。記述があったか記憶が定かではありません。