三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=しこうしかのなかばにて

那田蜘蛛山での死闘、あるいは見守る悪鬼。




#12 四向四果の半ばにて

 

那田蜘蛛山には十二鬼月がいる。

 

今しがた斬った鬼が遺した言葉に炭治郎はごくりと喉を鳴らした。珠世が言っていた鬼舞辻無惨の血が濃い鬼。それがこの山にいるのなら、禰豆子を人に戻す薬に一歩近づけるかもしれない。そう考えつつ、後ろからやってくる伊之助の気配に背筋を伸ばした。

 

「十二鬼月って言ったか、そいつ」

 

「ああ。鬼舞辻無惨の側近、とても強い鬼のことだ」

 

「知ってるぜ」

 

隣に並び、もぬけの殻の白い着物を睨む横顔は厳しい。けして怯んでいるわけではない臭いだが、伊之助の体から立ち上る危機感がぴりぴりと焦げるように香っていた。

 

「十二鬼月ってのは、上弦と下弦の六匹ずつ、鬼の上位十二匹の総称だ。目印に目ん玉に位が書かれてる」

 

「詳しいんだな」

 

「そうでもねぇ」

 

ざり、と枯葉を踏みしめて歩き始める薄緑の羽織姿に続き、暗がりを進んでいく。あの女鬼が操っていた隊士たちを救うことはできなかった。伊之助が死体となった隊士の手足を斬り飛ばし無力化したのを咎めたのは、果たして正しかったのか。手の施しようがないほど傷ついた、まだ生きている隊士らを前に、どうすればよかったのだろう。結局、操り糸をからめて高い枝にぶらさげたところで、糸が繋がったままだった者たちは首を折られて死んでしまった。

 

「……権八郎。お前、先に下山しろ」

 

「俺は炭治郎だ。どうしてそんなこと言うんだ」

 

刺激臭に水の臭いがまじり、川に近づいてきたところで伊之助が言った言葉に、思わず歩みが緩む。二人とも大した怪我は負っていないのだ。ここで背を向ける理由などないというのに。

 

「てめぇが死んだらねず公がひとりになっちまうだろ」

 

伊之助は振り返らない。抜き身の小太刀を携え、小さな蜘蛛をはらいながらずんずんと進んでいく。酷い臭いの中にあって、優美な睡蓮の羽織と美しい姿が別世界のように浮き上がって見えていた。

 

「ありがとう、伊之助。でも山は下りないよ」

 

「いいのかよ」

 

「ああ、俺は鬼殺の剣士だ。自分でこの道を選んだ。どんな鬼が相手だろうと、逃げたりしないよ」

 

「……ふん」

 

端的な言葉でも十分すぎるほどの気遣いだった。背中に背負う箱の中で、禰豆子も聞いていただろうか。まだ出会ったばかりだが、藤の家紋の家やこの山で共に行動することで、炭治郎はこの綺麗な同期のことを少しわかってきていた。きっと伊之助にとって家族は一等特別だ。だからこそ鬼になった妹を連れていても受け入れてくれたのだ。

 

「またいやがった」

 

木々が途切れた空間は月に照らされており、流れる川の向こうには少女の鬼の姿があった。すでに遭遇した女鬼と子供の姿をした鬼によく似た容姿だ。群れない筈の鬼がひとつの山に何体集まっているのか。少女の鬼が身をひるがえして逃げを打つのに、ぎらついた瞳の伊之助が飛びだしていく。

 

「逃げんじゃねえ、クソ鬼ぃ!」

 

「お父さん!」

 

少女の呼び声に応えて巨体が振ってくる。水しぶきの中から迫る丸太のような腕を避けて後退した伊之助が舌打ちする。現れた鬼は見上げるほど大きく、口が裂けた蜘蛛の顔が不気味だ。少女の鬼は、一目散に森の奥へと消えてしまっていた。

 

「オレの家族にぃ、近づくなアアアッ!!」

 

咆哮とともに打ち付けられた拳が川底をえぐり、その腕めがけて振り下ろした炭治郎の刀は皮膚に僅かに食い込むだけだった。炭治郎の背後からその肩を蹴って飛び上がった伊之助が鬼の頸を狙う。

 

獣の呼吸・弐ノ牙 切り裂きーー

 

交差する小太刀は太い左腕に阻まれ、半分ほど肉を斬った。伊之助の麗しの顔立ちが険しくゆがみ、その体が刀を握ったまま柔らかく後ろに反る。ぐにゃりと弧を描く様に目を剥く炭治郎の前で、伊之助のつま先が刀の峰を押し込み、硬い骨まで切断した。

 

「があアアアッ!!」

 

「伊之助!」

 

「ぎっ、くっそがああ!」

 

左腕を斬るなり、もう片腕のなぎ払いで横腹を打たれた伊之助が吹き飛んでいく。追撃しようとする鬼を炭治郎が遮り、刀が通らないまでも素早い動きで切りつけた。横目で伊之助の安否を確かめれば、薄緑の羽織姿がよろりと立ち上がり、暗がりにも輝く翡翠の双眸が燃えていた。

 

カアアアアァと独特な呼吸音が離れていても聞こえてくる。炭治郎が大振りの一撃を避けるのと同時に、飛び込んできた伊之助の小太刀が鬼の両足を切り裂いた。彼が狙ったのは太い脚ではなく指先だ。巨躯の体重を支えるのに、指が一本もない爪先では不十分。ぐらりと傾いだ上半身の影から少年らが逃れるなり、さらなる大きな影が頭上から襲いかかる。危うく巻き込まれかけた炭治郎の襟を伊之助が引っ張り、二人して間合いから転がった。

 

倒れた鬼を押しつぶしたのは、伊之助が切り倒したであろう何本もの大木だった。

 

「伊之助、大丈夫か!?」

 

「なんてことねぇ。早くこいつの頸を……っ」

 

言いかけた伊之助が細い何かを打ち払う。一気に辺りに広がる、この山に入ってから最も強い血臭に、炭治郎は顔をしかめてその出元を探した。

 

それは、二人と幹の下敷きになった鬼から少し離れた木の影に立っていた。白い出立ちと禍々しくも整った面は先に見たとおりだ。血を被ったような鉄臭さをまとい、とんでもない圧を発しているのは、幼い見た目の子供の鬼だった。

 

「父さん、こんな子供二人になに手こずってるの」

 

抑揚が少ない声音で子供が大鬼に話しかける。すると、父と呼ばれた鬼は怯えた獣の唸り声をあげて丸太の下から這い出した。鬼からは、先ほどまで炭治郎らと対峙していた時とは打って変わった恐怖の臭いがしていた。

 

「てめぇが十二鬼月か」

 

伊之助の問いに、子供の鬼はへえと牙を見せて嘲笑う。小さな両手の間には、あやとりの赤い糸が幾何学的に交差していた。隊士らを操っていた女鬼と同じく、糸を武器としているのだろうか。

 

「そうだよ、もう死ぬ君たちにはあまり関係ないことだけど」

 

父さん、と子供がもう一度声をかけた途端、大鬼の体が裂けた。否、皮一枚を脱ぎ捨てて二回り大きくなったのだ。伊之助が斬り落とした腕も戻っており、怯えの臭いがより濃くなっていた。

 

「父さんは家族を守るのが役割なんだから、しっかりしてよ。母さんも兄さんも補充しなきゃいけないし、全く、嫌な夜だ」

 

「があああアアアッ、オレが、累を守るうううゥ!!」

 

大鬼が片手の握力だけで丸太を持ち上げ、炭治郎めがけて振り下ろす。先ほどまでとは桁違いの速度に羽織りが巻き込まれ、しまったと思うと同時に鋭い一閃が引っ張られた裾を切り離した。砂利にめり込んだ丸太を手放した鬼が、間合いに入った伊之助の左肩を爪で捉え、血飛沫が舞う。その赤にハッとした炭治郎だったが、次の瞬間、大鬼の爪は彼の胸を貫かんと迫っていた。

 

「しま……ッ」

 

「健太郎!!」

 

肉を貫く音が、鈍く響く。赫灼の瞳を見開いた炭治郎の前には、桃色の着物の背中。その細い背の真ん中あたりから鋭い爪先が覗いているのを認めるなり、炭治郎の喉から絶叫が迸った。

 

「うああああっ、禰豆子おおお!!」

 

「まさか、鬼か?」

 

ぽつりと子供の鬼が呟いたのは、誰の耳にも入らなかった。羽織を真っ赤に染めた伊之助が大鬼の手首を斬り、炭治郎は胸を貫通されたままの妹を抱えて距離を取る。

 

「禰豆子、禰豆子っ、兄ちゃんを庇って……ごめんな……」

 

「紋次郎、クソ鬼の手を抜いてやれ! 少し待ちゃ治る!」

 

「あ、ああっ。伊之助、ごめん、俺もすぐ戦うからっ」

 

「気にすんな」

 

炭治郎が禰豆子を横たえて手首を抜き取っている間、伊之助が大鬼と子供の鬼に立ちはだかる。左腕をつたって滴る血に舌打ちし、それでも敵から注意を離さない。戦意を失わない美貌など目に入らないとばかりに、子供の鬼は竈門兄妹に見入っていた。

 

「鬼の妹が、身を挺して兄を庇った。本物の絆だ。欲しい、あれが欲しい」

 

「てめぇ、何言ってやがる」

 

一歩踏み出した子供の鬼に伊之助が刀を向ける。鬼は不愉快げに髪をかきあげ、下弦の伍と刻まれた瞳で父親役の鬼へと命じた。

 

「お前は邪魔だ。父さん、その女みたいなのは離れたところで始末しておいて。僕は後ろの子たちに用がある」

 

「近づくんじゃねえ、クソ餓鬼、がっ」

 

接近を阻もうとする伊之助に大鬼が殴りかかり、長い腕で払い除けるように遠く、遠くへと追いやっていく。その間、炭治郎は苦痛に眉を下げる禰豆子の手を握ってやりながら、はやく治れと祈っていた。十二鬼月を前にしての自殺行為だ。しかし、そばまでやってきた子供の鬼は襲いかかることはせず、ねっとりと優しげな声音で口を開いたのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

(畜生がっ、紋次郎たちが危ねぇ)

 

大鬼の猛攻をどうにかかわしながら、伊之助はどんどん遠ざかる三つの人影に奥歯を噛みしめる。出会ったのが炭治郎だけであれば、弱い者が戦って死んでも仕方がないと切り捨てただろう。しかし、彼が鬼となった禰豆子のために刀を手にしたと知ってしまっては、もう駄目だった。炭治郎は似ているのだ。家族のために必死になる姿が、伊之助が慕う養父と愛する母に、とても似ているのだ。

 

(あのガキは下弦の伍……勝てるか? いや、ふざけんじゃねぇぞ、何考えてんだ俺は! まずはこのデカブツを殺る、次はあのガキを、炭治郎と倒す!!)

 

ばしゃばしゃと川の浅瀬を駆け、大鬼の背後へと転がる。そして、痛む肩を無視して両腕で刀を突き上げ、後ろから太い頸を貫いた。相手の体の硬さから、一撃で頸を落とせないことはわかっていた。まして傷ついた肩では技も十全に繰り出せない。それでも、この鬼を倒して下弦の伍を倒さなければ、全員この場で死ぬことになるのだ。

 

「ぎゃああアアアアアアッ!!」

 

「ぐっう、おらああアアアッ!!」

 

伊之助が力の限り腕を薙ごうとするのに、鬼は巨躯を暴れさせ、背中に張り付いた伊之助を下敷きに勢いよく倒れこんだ。

 

(あ…………)

 

少女めいた顔が悔しげに歪む。小太刀を握ったまま浮遊感に呑まれ、伊之助は走馬灯を見た。母親の柔らかい笑みと、それを向けられて普段より不格好な笑顔を返す養父。暗がりの山道で、自分が人に戻してやると宣言した時の、呆気に取られた虹色の瞳。寺院の庭を三人でゆっくり歩いた夜。ぱらぱらと流れていく思い出の中、六つ目の鬼と対峙した養父が鉄扇を振るう姿を見た。

 

盛大な水音とともに飛沫があがり、大鬼は頸に刺さった小太刀もそのままに獣の笑い声をあげた。二振りの日輪刀にかかっていた、頸を切ろうとする力が失われたからだ。

 

「グフフフ、グギャギャギャ、ギャッ……? ア……ァ」

 

仰向けになったまま笑っていた鬼の音が徐々に弱まり、ぴたりと消える。流水の音さえ、ピシピシと固形がたてる音へと変わっていく。血塗れで武器を失った伊之助は、炭治郎らとは逆側の岸に座りこんだ格好で、大鬼が川ごと凍りつくのを茫然と見ていた。

 

伊之助の横には、いつの間にか四寸ほどの小さな童の氷像が立っていた。袴姿に対の扇を構えた姿は彼が初めて見るものだったが、それによく似たものは知っていた。

 

「父ちゃん?」

 

小さな声をかければ、氷の童はこくりと頷き、大仰な動作で凍った鬼の方を指差し、刀を振る真似をして見せた。

 

「わかった、頸を斬ってくる。炭治郎たちを助けてやれるか?」

 

失血でふらつく足で立ち上がり、小さな相手を見下せば、その問いにはぶんぶんと首が横に振られた。当然といえば当然だ。何年も隠れて暮らしている童磨が、家族以外のために動く理由はない。この氷の童は、童磨が伊之助のためにつけた保険だろう。本来なら姿を表すこともない存在なのだから、下弦の伍が伊之助を殺しかけない限り、助力は望めないのだ。

 

完全に凍りついた大鬼の頸に刺さった小太刀に手をかけ、今度こそ切断する。凍りついたことで脆くなった骨肉が足元に散らばり、死んだ鬼の崩壊がはじまった。童が扇を一振りすれば、血鬼術の氷が粉と消え、止まっていた川の流れも再開する。

 

次は下弦の伍だと視線を向ければ、あちらの戦況は大きく動いていた。伊之助の目に映ったのは、見知った男が子供の鬼の頸を落とす光景だ。左右で異なる柄の羽織りを見間違えるはずもない。後方に倒れている炭治郎と禰豆子はちゃんと生きており、炭治郎が弱々しく顔をあげているのに、ホッと息をついた。

 

改めて見下ろせば、氷の童は伊之助の足元から消えていた。気配を探ってももうわからず、替わりに別のよく知る気配が猛烈な速度で迫ってきていた。苛烈な殺気は実に彼女らしく、その矛先も明確にすぎた。

 

「やめろ、しのぶ!!」

 

叫んだ伊之助の声は、水柱と蟲柱の刃の衝突にかき消される。冨岡義勇に庇われた炭治郎が一瞬、伊之助を認めるも、安堵を浮かべる余裕もなく、彼は禰豆子を抱いて森へと駆けだした。

 

「なんですか、冨岡さん、鬼を庇うなんて立派な隊律違反です。正当にぶちのめしますよ? 伊之助君も、さっきやめろって言いました? そんな大怪我して、しかも鬼に与するような物言い、訳がわかりません!」

 

可憐な見た目とは裏腹に猛烈に怒っている胡蝶しのぶに、伊之助の白い頬がひくりと引き攣れる。炭治郎と禰豆子の無事も気にかかるが、この場から無断で離れたら二度と蝶屋敷の敷居を跨げない予感がしたのだ。結局、鎹烏が竈門兄妹捕縛の指令を伝えにくるまで、伊之助は止血の処置をしがてら、怒れるしのぶと何を考えているかわからない義勇の漫才のような戦いを傍観していたのだった。

 

 





【登場人物紹介】


童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性初心者。家族連れの逃れ者ライフは8年目。伊之助につけた結晶ノ御子セコム版は全部で5体。隠密性能をあげるために戦闘力を削っているため、5体でようやく本体と同程度の火力が出せる。お父さん鬼程度なら1体で十分だった。リアルタイムで情報共有できないため、伊之助の大怪我を知るのは蝶屋敷にて。なお、伊之助の鎹烏は山に入った時点で御子が墜落させた。一応殺してないからセーフと思っている。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。息子の無事を祈りながら日々お仕事をしていたが、この後、当の息子が蝶屋敷に入院することになり、覚悟していたとはいえショックを受けることとなる。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。15歳の新米隊士。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。炭治郎と禰豆子はそれぞれ単体ならドライに接することができるが、ワンセットだと無理。全集中の常中まで使えるのでお父さん鬼と原作よりも善戦するも、一歩及ばなかった。童磨がセコムをつけていたことに気付いていなかったが、家族の安全第一な養父なら当然かと秒で納得した。

竈門炭治郎(+禰豆子)
原作主人公。背中の箱に鬼になった妹・禰豆子を入れている。伊之助のことが少しずつわかってきて、彼が何に対して共感してくれているのか不思議に思っている。累戦はほぼ原作どおりの流れ。ラストのすぐ後にカナヲに顎を割られた。なお、柱合会議の裁判も、ほぼ原作どおり進んだ。

我妻善逸
雷の呼吸を使う剣士。原作通りの人物。出番なしだが、ちゃんと一人で兄鬼を倒し、おこりんぼでも治療対象には優しいしのぶに助けられた。

累と愉快な偽家族
全員ほぼ原作通りに死亡。成仏しました。

冨岡義勇と胡蝶しのぶ
しのぶがおこりんぼなままなので、義勇への当たりがややきつめ。でも天然ドジっ子だと思っているのは原作と同じ。しのぶは隊律違反の対応が不要になるなり、伊之助の傷をその場で縫合まで処置した。所要時間5分の超荒い手際だったのはご愛敬。「だって本部に急がないといけなかったから、ちょっと痛かったかもですね。テヘペロです」

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