三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=さんうをぬけていずこへと

無限列車編、あるいは上弦襲来。

※誤字報告ありがとうございました!


#15 三有を抜けていずこへと

 

「父ちゃん、ヒノカミ神楽って知ってるか?」

 

「聞いたことないなあ」

 

「火の呼吸は?」

 

「炎じゃなくてかい。それも知らないなあ」

 

任務に備えて刀の手入れをする息子の隣で童磨も鉄扇に布を滑らせる。何十年も前に特注で作らせた対の扇は血鬼術を施したものではない。ひとつ五キロ程度の扱いやすさと日本刀顔負けの切れ味、敵の攻撃を通さない厚み。優美な見た目に反して非常に殺傷力が高い、手に馴染んだ武器だ。童磨は明かりを反射するほど磨いた鋼に満足してパチリと扇を閉じ、伊之助の方へと向き直った。

 

「下弦の子と戦ってたとき、一瞬だけ炭治郎君の動きが別人みたいに良くなった。あれがヒノカミ神楽かな」

 

「多分そうだ。手合わせで型を見せてもらったが、水の呼吸よりあいつの体に合ってると思う」

 

「うーん、ヒノカミ、ヒノカミねえ」

 

虹色の瞳を細め、童磨は顎に手を当てる。百年以上に渡る記憶の中にはない情報だが、連想できるものはいくつもあった。想像が正しいのであれば、炭治郎が一瞬だけとはいえ下弦の伍に迫ったことも、彼の血縁者である禰豆子が特殊な鬼であることも、理由がつくのかもしれない。しかし何も証拠はなく、確信も持てない想像の域だ。伊之助に話すには早いと判断して、頭を振った。

 

「ごめんね、わからないや」

 

「そっか」

 

小太刀を鞘に収め、伊之助が立ちあがる。今日は炭治郎と善逸が退院する日だ。伊之助は彼らのことを気に入っているらしく、別行動の指令がなければ共に行動すると両親に伝えていた。

 

「そろそろ出る。父ちゃん、蝶屋敷まで運ぶか?」

 

「いや、今日はいいよ。琴葉には家で待ってるって言ってある。行っておいで、伊之助。油断大敵、命を大事にね」

 

「おう」

 

にかりと明るい笑顔を浮かべた鬼に、伊之助はひとつ頷いて背を向けた。薄緑の羽織姿がせっかちな足取りで遠ざかるのを見送る。童磨は久々に一人きりの家の静けさに同化するようにじっと座したまま、考えを巡らせた。

 

(禰豆子ちゃんは人を食わずに血鬼術に目覚めた。普通ならありえないことだ。反して回復の速度は二、三人喰っただけの鬼と同程度。眠ることで回復する。ここら辺がちぐはぐで、鬼舞辻無惨の支配から逃れたからというだけじゃ説明がつかない。ヒノカミ神楽……これが【日ノ神】だとしたら、竈門家はなにか特殊な家系なのか? 山奥住まいの炭焼きの家系。禰豆子ちゃんが鬼になったということは、一家を襲ったのは鬼舞辻自身。どうして一人だけ鬼にしたんだ。炭治郎君が留守にしていたからか? 帰ってきたところを喰わせるつもりだった?)

 

美しい眼差しが虫のそれのように無機質にきょろりと動く。どこを見つめるでもなく、ただ脳内の情報と情報を照らし合わせ、くるくると辻褄と合理を図っているのだ。青白い爪をした長い指がこつこつと手にしたままの扇の表面を叩いていた。

 

(わからない。日、太陽、月。日の呼吸は、黒死牟殿の月の呼吸に関係があるのか? そうならば彼が鬼となった頃に呼吸法として存在し、時の流れの中で消えてしまったのだろうか。しかし、ただの呼吸の一派だろう。所詮は人間が扱う呼吸法と剣技に過ぎないのに、鬼舞辻が恐れるほどの何かが……)

 

こつこつこつ。金属に爪があたる音だけが室内に響くこと数分、童磨はぴたりと指を止めて大きく息を吐きだした。

 

「あー、情報が足りない。動くのは時期尚早か」

 

伊之助が竈門兄妹と行動をともにするなら、結晶ノ御子に情報収集させればいい。たとえ離れて任務につくとしても、御子を一体つければ、炭治郎のヒノカミ神楽も禰豆子の成長も童麿の目を逃れることはない。こういった時のために禰豆子に粉凍りを吸わせたのだ。

 

「色々と動き出してる気がするし、何なんだろうねえ」

 

この百年以上、鬼と人間の関係は停滞している。上弦の鬼の顔ぶれは変わらず、けれど鬼狩りの数を大きく減らすこともなく、鬼も人も雑魚同士が殺しあうに留まってきた。それは今も変わらないはずなのに、逃れ者となり、鬼殺隊とかかわる琴葉のそばで彼らの動向を探っているうちに、何かが変わるのではないかと漠然とした予感を抱くようになったのだ。

 

近いうちに情勢が動く。その時どう介入するか判断するにも情報が足りない。蝶屋敷と伊之助の任務関連で得られる情報には限りがあるのだ。

 

「ずっと琴葉と伊之助と平穏に暮らしたい。それだけなのに、ままならないものだよ」

 

童磨はもう一度ため息をつき、鉄扇の一閃で宙から数十の小さな御子を生みだす。ぱらぱらと床に着地した身の丈四寸の氷像たちは本体たる鬼の指令を受け、日暮れと共に方方へと散らばっていった。

 

 

 

* * *

 

 

 

横転した列車から炭治郎とともに放り出された伊之助は、空中で炭治郎を抱き込んで地面に衝突した。ごろごろと転がる勢いが弱まるまでひたすら耐え、お互いの頭だけは腕で守る。そうして動ける状態になったところで、痛む背中と肩をおして体を起こした。

 

「大丈夫か、三太郎!!」

 

あまり揺らさないよう肩に触れれば、打撲の痣だらけになった炭治郎がぴくりと目を開ける。

 

「た、炭治郎だ。伊之助は、大丈夫か?」

 

「元気いっぱいだ、心配ねえ! 刺された腹はどうだ、内臓は傷ついてねぇか?」

 

「多分大丈夫……でも、すぐ動けそうにない。他の人を助けてくれ、あの運転手は無事か?」

 

「アイツは鬼に加担してやがった。殺す気でお前を刺したんだぞ。あっちに転がってるが、車体に挟まれて大怪我だ。死ぬまでほっときゃいい」

 

「駄目だよ、伊之助。大怪我なら十分罰を受けてる。助けてやってくれ」

 

黒い隊服でわかりにくいが炭治郎の腹の刺し傷は相当深い。懇願を無視して止血処置をしようと腰をおろしかけた伊之助を赫灼の瞳が射貫いた。

 

「伊之助、頼む。人を死なせちゃ駄目だ」

 

「……あんなクズより、お前の方が大事だ。ねず公も紋逸もきっと同じだぞ」

 

「伊之助」

 

炭治郎の手が薄緑の羽織をつかみ、ぶるぶると震える。少しでも回復しようと深く長く息をしている様がひどく痛々しかった。そんな様子でもう一度「頼む」と首だけで頭を下げられては、もう仕方がなかった。

 

「ふん、行ってやるよ。すぐに戻るから、大人しく寝とけ」

 

「ありがとう」

 

伊之助は荒い足取りで横転した車両へと向かい、片足が挟まれて気を失っている車掌を見つめる。潰れた足は複雑骨折しているに違いなく、助けたところで歩くのにも支障が残るだろう。炭治郎に頼まれなければ視界にも入らなかったであろう卑怯な弱者だ。

 

「炭治郎に感謝しやがれ」

 

そう言い捨てて車両に手をかけ、全集中の呼吸で最大の力を振りしぼる。流石に完全に持ち上げることはできなかったが、少しだけ浮かせたところで片足で車掌の体を後方に蹴りのけた。血の跡を残して地面を滑った男は死んだように動かない。その体をつま先で仰向けに転がし、伊之助は男のベルトを引き抜いて巻くことで止血だけしてやった。

 

男を置いて炭治郎の方に戻ろうとしたところで、全身を襲った怖気に息が詰まる。麗しい顔は一瞬で顔色を失い、猛烈な速度で近づいてくる気配の主をさがす緑眼は瞬きさえ忘れていた。

 

(なんだ、こいつッ父ちゃんと同格か!?)

 

一人立ち尽くして暗がりを探す伊之助の視界の端で、轟音をたてて何者かが空から着地した。砂煙のむこうに倒れたままの炭治郎と、その脇に膝をついている炎柱・煉獄杏寿郎が見える。伊之助からは乱入者の背中しか見えなかったが、その背も一瞬でかき消え、炭治郎に殺気が迫ることさえ気配で追いきれなかった。

 

梅色の短い髪に伊之助以上の軽装。肉食獣のような筋肉質な体には暗色の線が走っている。若い男の姿をしたその鬼は、今しがた炭治郎が頸を落とした下弦の壱なぞ比べ物にならない圧を放っていた。

 

(上弦だ。壱はあの六つ目の鬼、弐が父ちゃんなら、あいつは参か肆)

 

鬼と杏寿郎が何やら会話しているが、ここからでは聞き取れない。しかしすぐに戦闘が始まり、目でほとんど追えない応酬に空気がビリビリと揺れた。体を起こそうとする炭治郎のもとへ走る間も、伊之助の目はぶつかりあう二人から離れることはなかった。

 

「い、伊之助、俺の刀を」

 

「やめとけ。俺たちじゃ入れねぇ。あの二人の間合いに入れば死ぬ、ギョロ目野郎の足手纏いになる」

 

現に伊之助は対の小太刀を抜き放ってはいても、今の位置から一歩も動けずにいた。

 

炎柱と上弦の鬼の攻防は炎と火花が目を焦がすかと錯覚するほどだ。いまだ真剣での訓練で童磨に傷ひとつ付けられない伊之助には、鬼に無数に傷をつけている杏寿郎の剣技が眩しく映った。人と鬼との性能の違いは、童麿が一番最初に伊之助に叩き込んだ現実だ。けれど今、その現実が嫌でたまらなかった。

 

「くそ……ッ」

 

炭治郎が全身を震わせながら立ち上がろうとしている。少年らの目の前では、治らない傷を抱えてなお輝きを失わない炎柱が刀を構えていた。

 

「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」

 

よく通る声が夜を裂き、伊之助の耳にも届いた。煉獄杏寿郎の生物としての性能は上弦の鬼に及ばない。この場において強者はあの鬼であり、人間は弱者でしかない。だというのに、あの炎のような男は眩しくて、心から強いと思えたのだ。

 

「紋次郎」

 

「炭治郎だ。どうしたんだ、伊之助。煉獄さんは」

 

「今から俺がすること、誰にも言うな。この場の全員助けてやる。だからぜってぇ誰にも、何も言うんじゃねえぞ」

 

炭治郎の返事を待つことなく、伊之助は押し殺した声を発した。最後の一撃を撃ちあおうとしている強者たちは、こちらのことなど眼中にない。いくつか感じる鎹鴉の気配も、その注意は完全に炎柱と鬼に向いており、耳が良い善逸もずっと遠くに倒れている。呼びかけられるのは、今しかなかった。

 

「父ちゃん、頼む、お願いだ。あの鬼の相手をしてくれ。死なせたくねぇんだ、頼むっ!」

 

ぎゅっと小太刀を握りしめ、少女めいた美貌を強張らせて小声で懇願した伊之助の耳に、仕方がないなあと穏やかな幻聴が届いた。

 

「伊之助、何言ってるんだ……、あ、鬼の臭いが……」

 

血の気を失った炭治郎の吐息が白くなり、辺りが急激に冷え込んでいく。同じように白い息を吐く伊之助が見つめる先で、対峙する二人も異変に気づき、お互いから注意を外さないまま立ち止まっていた。

 

「この冷気、まさか」

 

上弦の鬼がハッと牙を剥いて言いかけたその時。

 

凍える風を引き連れて暗がりから飛び出た四つの影が、その身目掛けて無数の氷柱を降らせたのだった。

 

 




【登場人物紹介】


童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性初心者。家族連れの逃れ者ライフは8年目。炭治郎と関わるずっと前に逃れ者になり、無惨の血の記憶を見ることがないため、ヒノカミ神楽も日の呼吸もわからない。しかし優秀すぎる頭のせいで、さらなる暗躍フラグを自ら打ち立てた。可愛い息子のお願いなら、身バレのリスクを天秤にかけても夜明けまでの十分程度頑張るのも吝かではない。猗窩座殿ひっさしぶり~!!

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。今回出番なし。炭治郎と善逸が完治してとっても嬉しい。見送りの際は、箱の中の禰豆子にもちゃんと声をかけた。伊之助たちが無限列車で激闘してる同時刻、童磨の腕の中ですやすやしていた。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。15歳の新米隊士。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。ほぼ原作どおりに炭治郎とタッグで魘夢を倒した。夢の世界は、無事人間になって70歳ぐらいの爺ちゃん婆ちゃんになった両親が「あなた」「お前」な関係になって幸せに暮らしている内容だった。童磨も琴葉も外見がとっても年老いていたうえ、名前呼びじゃなかったため、魘夢に覗かれていてもセーフだった。神回避。

竈門炭治郎(+禰豆子)
原作主人公。背中の箱に鬼になった妹・禰豆子を入れている。原作どおりに魘夢の頸を切った。車掌に刺されたところまで変わらない。伊之助の突然のよくわからない要求に「?」となったが、鬼舞辻無惨の臭いがしない人喰い鬼(珠世達とは違う)の接近でそれどころではなくなった。煉獄さん!!

我妻善逸
雷の呼吸を使う剣士。原作通りの人物。今回出番なし。原作どおりに禰豆子ちゃんと乗客を守り、人々を守りながら車両から放り出されて気絶した。

煉獄杏寿郎
炎柱。どこ見てるのかわからない超絶格好いい凄腕剣士。原作どおりに活躍し、炭治郎に止血の呼吸を教えた後、猗窩座戦が始まった。熱い勧誘にまったく揺るがない。最後の一撃の構えをとった瞬間、新手の何かがやってきて、無事な左目をかっ開いた。よもよもっ!!

猗窩座
上弦の参。退職まではまだ長い社畜な拳鬼。原作どおりに襲来し、素晴らしい闘気の持ち主こと炎柱を熱く勧誘した。そろそろ止めと思って滅式の構えをとった瞬間、大変いけすかない気配と見知った氷柱攻撃が襲いかかってきた。消えろ、話しかけるな、死ねっ!!

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