三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=あしゅらのほうこう、こおれるれいめい

猗窩座戦、あるいは虹鬼の影。




#16 阿修羅の咆哮、凍れる黎明

 

炎柱と上弦の参の死闘の最中、いきなり現れて氷柱を降らせた乱入者は四寸ほどの身の丈の童子の氷像だった。小さくとも精巧な造りの氷の童が四体、猗窩座を取り囲んで着地する。避け損ねた氷の槍を全身から生やした猗窩座は心底忌々し気に新手を睨みつけた。

 

「何の真似だ!? 裏切った挙句、鬼狩り共に与したか!!」

 

血が噴き出るのも構わず氷を抜き去り、殺気を漲らせた鬼が唸る。氷の童たちはのっぺらぼうの顔で無機質に相手を見上げ、そろってひらひらと右手を振った。人形劇なら笑いを誘ったであろう愛らしい仕草だが、猗窩座は盛大に青筋を浮かべ、杏寿郎との間に立った氷像に飛びかかった。

 

「俺と杏寿郎の戦いを邪魔するな、ど……」

 

空中で喉を押さえた猗窩座が不自然に転がる。すぐさま立ち上がるも、獣のような瞳を見開いて咳き込み、端正な口元から大量の血液と固形の青白い塊をいくつも吐き出した。

 

「お”うッ、あッ、きっ、ぁま!!」

 

猗窩座との間に距離が開いたため、奥義の構えをといた杏寿郎は足元に一番近い氷像を隙なく見下ろす。その視線に気づいているだろうに、小さな童子は杏寿郎のことなど一瞥もせずに鬼の方へと駆け出していった。

 

「待て! む……、これは」

 

自らも猗窩座に向かおうとした杏寿郎だったが、足に絡まった氷の蔦と前方に立ち込めた冷たさに阻まれることとなった。空気中に良くないものが漂っている。直感に従い足を止めたところで、横から近づく気配があった。

 

「ギョロ目、こっから向こうに行くと凍るぞ。肌がピリピリしやがる」

 

「嘴平少年」

 

青みがかった黒髪に整いすぎた顔立ちの少年が杏寿郎の横に立ち、ほんの少し先を見据える。彼の気配察知が優れているのは列車の鬼との攻防で気づいていたが、目に見えない術まで察知するとはかなりのものだ。

 

満身創痍でなければ血鬼術による冷気など切り払っていただろう。しかし新手が人間に目もくれず上弦の参を相手取っている今、炎柱・煉獄杏寿郎のこの場での優先事項は入れ替わりつつあった。大勢の怪我人を鬼同士の戦いの余波から守り、もうすぐ訪れる夜明けを待つ。そう定めて、赤く汚れた口元からゆっくりと息を吐き出した。

 

「今動けるのは君だけか」

 

「おう。権八郎は動かせねえし、紋逸とねず公もあっちで気絶してる」

 

「では乗客たちの確認を頼む。この惨状では怪我が酷いものもいるだろう。隠の到着を待てないような者がいたら応急処置をしてほしい。俺はここで守りにつき、どちらの鬼も近寄らせはしない」

 

「……無理すんなよ、ギョロ目」

 

「ははっ、心配無用だ! そして俺は煉獄杏寿郎だ!」

 

伊之助が薄緑の羽織をひるがえして車体の端へと走っていく。その背を見送り、杏寿郎は厳しい顔で鬼たちへと視線を戻した。猗窩座と四体の氷像は凄まじい速度で入り乱れながら遠ざかっている。それが故意に引き離しているのだと気づき、さらに眉を寄せた。

 

(カナエ殿が遭遇した『虹鬼』が、何故この場に現れた。鬼舞辻を裏切ったとはいえ奴は人喰い鬼。よもや、我らの危機に駆けつけたというわけではあるまいが……)

 

杏寿郎が困惑するほどに、拳鬼と童らの攻防はあからさまな時間稼ぎであった。凄まじい猛攻を仕掛ける猗窩座の足元を小さな影がうろうろと逃げまわる。純粋な速度は猗窩座が上だというのに、童らは実にいやらしい上手さで回避しつづけている。そのうえ扇の一振りで白い霞を撒き、氷の蓮を咲かせて猗窩座の手足を凍らせているのだ。猗窩座の方もさるもので、桁外れの回復力で凍傷をものともしていないが、その口元からは大量の血反吐と細かな氷の塊を零し続けていた。

 

(臓腑が凍りついているのだな。あの霞を空気中に散布し吸わせることで体内を凍らせているのか)

 

止血と回復の呼吸をしながら杏寿郎は空恐ろしい気持ちを抱いていた。あの氷の童子らの本体は、間違いなく白橡の髪に虹色の瞳をもつ若い男の姿をした鬼だ。氷の血鬼術を操り、瞬時にして人体を凍結させることができる化け物。二年前に当時の花柱・胡蝶カナエに重傷を負わせた悪鬼なのだ。

 

(恐ろしい第三勢力だ。猗窩座が話せる状態であれば、もっと情報を得られたのだが)

 

耳をすませても猗窩座の攻撃の衝撃音とパキパキという氷がたてる音、そして辺りが壊れて砕ける音しか届いてこない。猗窩座の凍った喉から、虹鬼について何も聞こえてくることはなかった。

 

 

 

* * *

 

 

 

上弦の参・猗窩座にとって、上弦の弐・童磨は心の底どころか細胞一つ一つの根底から気に食わない相手だ。上弦の陸となった童磨との初対面から抱いていた嫌悪は、思い出したくもない入れ替わりの血戦によって位を抜かれてさらに肥大した。爪の先まで凍結させられ完敗した悔しさよりも、あんなヒトガタをした昆虫もどきに弱いと憐れまれることが許せなかったのだ。

 

その童磨が人間の母子を何年も愛玩し、挙げ句にそれらを逃がすため太陽に身を晒したと聞いた時、猗窩座はすぐには信じなかった。

 

(あの方がそう断言されなければ、誰も信じなかっただろう)

 

鬼舞辻無惨は全ての鬼の存在を感知し、対象がどこにいようとも望むままに死を与えることができる。童磨の場合は呪殺よりも先に自ら光の中に飛び出していったが、そこから先は気配が途絶え、完全に消滅したものと思われていた。まさか、かの女鬼と同じ逃れ者となって生き延びていたとは。

 

(アレは危険だ。得体のしれない蟲もどきの首輪が外れたなど、冗談ではないぞ)

 

足元を走りまわる結晶ノ御子らは血鬼術による端末にすぎない。童磨の本体がどこにいるのかの手がかりはなく、幾度もの入れ替わりの血戦である程度この術の性能を理解しているからこそ、猗窩座の表情は優れなかった。盛大に吸いこんだ粉凍りにやられた左右の肺から血液と凍った肺胞を吐き出しながら、足元に羅針を広がらせる。

 

(何故この場に出てきた。鬼殺隊と手を組んだかと思ったが、先程の杏寿郎は驚いていた。何故だ、ここで存在を晒して、こいつに何の得がある)

 

猗窩座のひびわれた双眸が四体の御子のうち一体を追い、微弱な闘気を捉えることで、ついに空式がその身を穿つ。小ささに見合った耐久力しかない御子は粉々に砕け散った。

 

三体に減った氷像が打って変わって攻勢に出る。本体に比べれば大したことはない威力の凍結攻撃を避け、一体、もう一体と砕いていく。最後の一体となった結晶ノ御子が少し距離を離して動きを止め、木々と遠くの山々を背に猗窩座と対峙した。

 

「ゲホッ、じきに貴様自身の息の根を止めに行くぞ。まだあの人間どもと共にあるなら、そいつらも道連れにしてやる!」

 

ようやく再生した呼吸器と喉から低く唸れば、御子ののっぺらぼうの顔が嗤ったように見え、次の瞬間、山間から覗いた朝日が視界を燃やした。

 

 

 

* * *

 

 

 

太陽の一筋に焼かれた悪鬼が絶叫をあげて駆け去っていく。木々の暗がりへと逃れるまでに全身が黒ずみのようになっていたが、速度を落とさず消えていったということは致命傷ではないのだろう。猗窩座の気配が完全に離れた頃には、残っていた小さな氷像も焼け崩れて消えていた。

 

「おい、ギョロ目、怪我人の手当終わったぞ。隠も到着した。てめぇも早く診てもらえ」

 

「煉獄さん、もう立ってなくて大丈夫です! 座るか横になってくださいっ」

 

伊之助と彼に肩を貸してもらっている炭治郎が杏寿郎のもとへとやってきて、明るくなりつつある辺りに隠たちの声と気配が溢れ始める。長い夜が終わったのだと実感が広がり、杏寿郎は握りしめていた刀の柄から左手を離して刃を鞘へと戻した。途端に襲った目眩に立っていられなくなり座り込めば、隣に炭治郎が同じように腰をおろし、眉を下げて顔を覗き込んできた。

 

「すみません、煉獄さん。俺、全然役に立てませんでした」

 

「気にするな、上弦の参は強かった! 柱ならば後輩の盾となるのは当然のことだ。次代の鬼殺隊を背負って立つ芽を摘ませるわけにはいかないからな」

 

片方だけになった目から血を拭いつつ杏寿郎は笑みを浮かべた。竈門炭治郎、我妻善逸、そして嘴平伊之助。いずれも将来性がある少年たちだ。彼らが五体満足で夜を生き抜けたことは、鬼殺隊にとっても喜ばしいことだ。杏寿郎は木箱を背負ってこちらにやってくる善逸を見つけ、炭治郎の肩を優しく叩いた。

 

「竈門少年、俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める」

 

竈門禰豆子は鬼でありながら、汽車の中で民間人を守って戦っていた。傷ついてもけして怯むことない姿は、彼女の兄によく似ていた。杏寿郎がそう褒めれば、炭治郎は赤みがかった瞳に涙をためて深く頭を下げた。立ったままの伊之助も、無言だが口元を少し緩めていた。

 

杏寿郎は集まった少年らに少しずつ声をかけ、胸を張って生きろと告げた。応急処置だけ施され、蝶屋敷への移動のため隠の背におぶさるまで、頼もしい表情を絶やさずにいた。

 

けれど、自らを背負った隠が走り出した後には、宝石のような隻眼を伏せて考え込む顔が険しくなり、脳裏に乱入してきた氷像と猗窩座の戦闘が浮かぶ。

 

(あのまま戦っていたら俺は死んでいた。虹鬼に助けられたとは不甲斐なし、穴があったら入りたい)

 

虹鬼の能力は未知数だ。今回現れた四体の氷の童子が本体に対しどれほどの力を持っていたのかはわからない。しかし、女性隊士として歴代最強と言われていた胡蝶カナエをたやすく下した鬼の実力は、上弦の参に勝るとも劣らないものだという確信があった。事実、火力も速度も劣る童子らは猗窩座の攻撃を巧みにかわし、統率が取れた立ち回りでもって列車から遠ざけたうえ、朝日の存在をも忘れるほど引きつけていたのだ。恐らくは、登場から朝日が登るまでの一連全てが計算された展開だった。

 

(はじめに猗窩座の喉を潰したのも、我らに情報を与えないため。何という鬼だ……)

 

カナエとの一件以来、影も形もなかった第三勢力がついに鎌首をもたげた。波乱の予兆で胸が重くなるのを感じながら、炎柱は赤に染まった唇を噛んだのだった。

 

 




【登場人物紹介】


童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性初心者。家族連れの逃れ者ライフは8年目。猗窩座との対戦時間は10分程度。最初の一手から最後の一手まですべて計算ずく、猗窩座を通して無惨に見られていることまで織り込み済み。セコム用の御子はあまり強くないため、ガチンコで戦っていたら数秒で負けていた。猗窩座殿は親友だけど、琴葉と伊之助を殺すと言ったことは許さない。絶対にだ。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。今回出番なし。寝たふりする童磨の隣ですやぁしていた。ある意味、一番の渦中の人物なのに本人は何も知らず、知らされず、知ることもないかもしれない。無知の内に守られ続けることが本当の幸せなのか考える機会さえ与えられていない人。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。15歳。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。炎柱があまりに眩しくて、童磨がつけたセコムを発動してしまった。身バレのリスクを負わせてしまうのはわかっていたが、上手く立ち回ってくれてホッとしている。セコム発動しなくていいように強くなりたい。嘘をつかずに情報を伏せたり、相手の誠実さを逆手に取ったり、覚悟の上で清濁併せ呑んだりと童磨の影響がそれなりに出ている。

竈門炭治郎(+禰豆子)
原作主人公。背中の箱に鬼になった妹・禰豆子を入れている。伊之助の亡父と助けにきた氷像の関連性がわからず、この後しばらく伊之助とぎくしゃくしてしまう。しかし彼のことを信じるあまり人喰い鬼と家族だとは思いつきもしない。誠実な性格から、一方的な条件だった「誰にも言わない」さえ律儀に実行する。

我妻善逸
雷の呼吸を使う剣士。原作通りの人物。猗窩座が逃げた後に意識を取り戻したため、完全に置いてけぼり。煉獄さんの大怪我と同期二人の様子から、敵がとんでもねぇ鬼だったのは察した。乱入してきた氷像のことも聞いて「ひえええ」となった。炭治郎と伊之助の間のぎくしゃくがとっても気になる。

煉獄杏寿郎
炎柱。死を覚悟していたら人喰い鬼の気配がぷんぷんするミニ氷像たちに助けられた。わけがわからない。それでも冷静に戦況を見極め、鬼の同士討ちを注視しつつ夜明けを待った。右目を失い内臓が傷ついた重傷者。隠によって蝶屋敷に担ぎ込まれた。虹鬼に関しては柱全員に【胡蝶姉妹が報告した情報】が共有されており、この度、炎柱からの報告も追加された。

猗窩座
上弦の参。原作で名前を呼ぶことさえないほど大嫌いな相手(の分身)に再会して何から何まで散々だった。可哀相。元の実力は童磨>超えられない壁>猗窩座だったが、逃れ者になった童磨の出力が下がった今、童磨>>猗窩座まで差が縮まっている。それなのに朝日が出るまで翻弄され、相手が弱体化していることさえ気づけなかった。ショタに猗窩座、猗窩座、猗窩座!!された。





【猗窩座戦の解説、あるいは蛇足】

本文に組み込もうとしたら現状以上につまらなくなったので省いた諸々の情報です。

■結晶ノ御子はAI搭載自走式な分身。ただしリアルタイムで本体に情報フィードバックはできません。童磨のもとに御子が戻ると情報が共有されます。搭載されたAIは本人の思考パターンをベースにしており、高度な自己判断ができます。このため伊之助に助けを求められて、セコムの御子らが本体と同じ判断をした結果、「パパ頑張っちゃうぞ!」となりました。

補足→セコム御子は五体、内戦ったのは四体です。必ずひとつは伊之助のセコムと報告用に残しています。

■四寸ほどの大きさのミニ御子は、原作の結晶ノ御子よりずっと弱いです。一体一体の出力は本体の数分の一。伊之助(や他の対象)を見失わないよう移動速度はそれなり、膂力と耐久は激弱となっています。

■血鬼術によって作られたものは鬼と同じく太陽が天敵。結晶ノ御子も例にもれず、猗窩座戦で四体とも壊れて欠片も残りませんでした。

■原作で無惨と堕姫の会話にあったとおり、柱ともなればひと目で人喰い鬼かどうかはわかります。強さと経験に裏打ちされた勘のようなものかと思います。煉獄さんも、御子の気配だけで使役主が人喰い鬼だと悟ったわけです。氷の術=虹鬼だと関連付けたというのもあります。

■猗窩座殿はちゃんと強いです。単に童磨のあり方と血鬼術との相性が最悪なだけです。ガチンコの中の駆け引きは超一級でも、将棋やチェスのような戦い方は不向き。如何ともし難い教養と地頭の差です。

■猗窩座戦での御子たちの作戦は以下のとおり。なお、四体すべて同じ思考パターンなので、打ち合わせなしでも連携は完璧。

(0)バレる仕様の粉凍りを撒いて煉獄さんを足止め
(1)いらないことを言われる前に粉凍りで喉を潰す
(2)足元をうろちょろしながら嫌がらせの凍傷攻撃を食らわせ、注意を引きつつ煉獄さんから引き剥がす
(3)朝日が近くなるまで撹乱ムーブ
(4)数を減らされ朝日が近くなったら、直前まで注意を引きつける
(5)諸共に太陽バーベキューになる

補足→通常の粉凍りはバレないように氷粒を目視レベル以下まで小さくしています。バレる仕様は血鬼術の存在感を故意に持たせたものです。煉獄さんはこれで気がついて足を止めました。なお、禰豆子に使った粉凍りは琴葉を突き飛ばしたお返しを兼ねてとても痛い仕様、産屋敷夫妻に使ったものは脆弱な体でも耐えうるように痛み皆無で冷たさも抑えたバファ○ン並に優しい仕様でした。ちなみに猗窩座殿に使ったのはバレない仕様+くっそ痛い+凍結力特化Ver。口から両肺までの全てをばきばきに凍らせる、人間なら即死の鬼畜仕様です。

■童磨=通称『虹鬼』に関しては第三勢力かつ討伐対象(人喰い鬼)として柱にのみ情報共有されています。童磨が産屋敷夫妻に言った「邪魔したら殺す(意訳)」を踏まえても、カナエさんの怪我と引退の手前、完全に情報を伏せることはできなかったためです。なお、虹鬼が蝶屋敷に入り込んだことは産屋敷夫妻とカナエさんの間の秘密であり、産屋敷邸まで乗り込まれたことは夫妻の間の秘密です。全てを把握してるのは童磨自身と産屋敷夫妻のみ。

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