三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル= そうおうえこうのみちづれ

逃亡の顛末、あるいは鬼殺隊登場。




#4 往相回向の道連れ

 

 

硬い声で「目を閉じ、息をするな」と言われてどれぐらい経ったのか。周りは信じられないぐらい寒いというのに、しがみついた父親の体は火がついたように熱く、焦げた肉の臭いと頭上から聞こえる苦しげな声でおかしくなってしまいそうだ。全力疾走で荒々しく揺られ、いよいよ息が続かないという時、ガタガタという騒音がして、世界が傾いだ。

 

「ぐうッ……」

 

ドサリと少しの衝撃とともに地面に転がって、伊之助は父―童磨が倒れたのだと知った。

 

「ガハッ、ゼェ、ゼイ……もぅ、いいぞ、二人とも」

 

しゃがれた声でそう言われ、伊之助は閉ざしていた瞼を開く。目の前の胸元は真っ黒に変色しており、息を肺いっぱい吸い込めば、咽るほどの焦げ臭さを放っていた。伊之助を縛っていた紐は焼け落ちており、途中から抱いてくれていた童磨の右腕は、その囲いから離れようとしただけでぼろぼろと崩れた。

 

「ひっ……父ちゃん、父ちゃんっ」

 

伊之助の大きな翡翠の瞳にみるみる涙が盛り上がり、整いすぎた顔立ちが鼻水を垂らしてぐしゃぐしゃに歪む。そして、黒焦げの童磨の後ろに倒れる血まみれの母を目にした途端、決壊した。

 

「うっ、うぇっ、うわあああああああん!! 母ちゃん、母ちゃん!!」

 

「ゲホッ、元気だなあ、俺にも、わけてほしいぜ」

 

豪奢な髪も彫像めいた美しい顔も焦がした男が、横たわったまま苦笑いを浮かべる。瀕死の虫のような動きで仰向けになった彼は、隣で気を失っている琴葉を見つめ、赤く染まった華奢な右肩にごくりと喉を鳴らした。

 

「琴葉? ん、命に別状はなさそうだ、よかった」

 

琴葉は刀が貫通した肩以外、傷を負っていない。間違いなく重傷ではあるが、大きな血管は外れているようで出血も緩やかだった。健康に生きていくことに支障がなければ、それでいい。童磨自身も、先ほどまで溢れていた黒い血を吐き出しきったのか、苦痛が大分引いていた。あとは末端から順に再生するのを待つだけだ。

 

「伊之助」

 

「ヒック、エグッ、なに?」

 

「助けを呼んできておくれ。この先の町に藤の絵が描かれた家があるから、その家の人にこう言うんだ」

 

優しく命じられた子供は、目が融けそうなほど涙を流しながら、こくんと小さく頷いた。

 

 

 

* * *

 

 

 

朝方に藤の家に飛び込んできた人物は、それはそれは美しかった。輝く黒髪に零れそうな大きな緑の瞳、陶器のような白い肌、それでいてわんぱくそうな体つきの男の子どもだ。上等な布地でできた甚平姿のその子は、ところどころ血の汚れを付着させ、涙と鼻水で花のかんばせを汚していた。

 

「化け物におそわれたんだ! たすけてっ、母ちゃんが死んじゃう!」

 

土間から室内で朝餉をとっている鬼殺隊士らを見るなり、叫んだ言葉。その意味がわからない者は一人もおらず、すぐさま刀を手に立ち上がる。最も年長の丙の隊士が子供に近づき、膝をおって視線を合わせる。

 

「坊主、お母さんのところまで案内してくれ」

 

「よく頑張ってここまで来たな」

 

長身の男性隊士が子供を抱き上げ、丙の隊士のすぐ後ろを走る。最後尾の辛の少女隊士が本部へと鎹鴉を飛ばし、藤の家に滞在していた5人全員が、通りへと駆け出していった。

 

すでに朝日が昇りきっているため、鬼は屋内か影に潜んでいるか、そももういない可能性が高い。それでも油断なく子供が指さす方向へと走り、彼らは町はずれの掘っ立て小屋の前で足を止めた。

 

「この中」

 

「わかった。坊主はここで待ってろ。皆、開けるぞ」

 

「「「「応!」」」」

 

中の様子がわからないため、一人が用心深く戸を切り倒す。外は快晴の青空なので、鬼が飛びだしてくる心配はなかった。

 

「いました、その子の母親に間違いないです!」

 

「こんな綺麗な人に、惨いことを。肩の刺し傷は貫通してるな。この牙の痕……甘噛みのつもりか?」

 

「どこも食いちぎられてないのが不幸中の幸いだな。それに……陽光に焼ける様子もない。かなり出血してるが、肩の傷以外は深くない。止血して隠を待つぞ」

 

むき出しの土の床に血だらけで倒れた女は、首筋が噛み痕だらけで、これで着衣に乱れがあれば人間の男に暴行を受けたとも見えただろう。子供に瓜二つの美貌は青ざめ、豊かな黒髪に埋もれるように横たわっている。

 

「母ちゃん!」

 

鬼がいない確認が取れたため母親の近くに寄ることを許された子供が、地面に座りこんで白い手を握る。そして、ぐすぐすと鼻をすすりながら、狭い室内を見回した。

 

「父ちゃんがいない……」

 

「坊主、お父さんも一緒にいたのか?」

 

丙の隊士が眉を下げ、静かに問う。この場には母親しかおらず、辺りに父親の痕跡は全くない。そういった状況を、鬼殺隊の彼らは嫌でも見慣れていた。

 

「うん。目がいっぱいあるばけものに追いかけられたけど、父ちゃんがまもってくれた。おれ、母ちゃんのために助けを呼んでこいって言われたんだ」

 

「先輩、父親の方はもう」

 

「言うな」

 

子供の父親は、家族を守って犠牲となったのだろう。この場に遺体がないのは、血鬼術で持ち去られたか、体丸ごと喰われてしまったからか。女性の方が傷だらけでも生きていたのは、何か特殊な趣向の鬼だったのかもしれない。一家は朝日が昇るまで逃げたが、鬼が小屋の中までついてきてしまい、どうにか子供だけ外に逃がしたのだ。勇気ある夫婦を想像して、面々の表情が暗くなる。

 

それから半刻も待たずに隠が到着し、美しい母子は保護された。子供は小屋から連れ出されてからしきりに後ろを気にしていたが、藤の家に戻るころには気絶するように眠ってしまった。

 

隊士たちは家主に用意してもらった部屋に親子を寝かせ、彼らの保護を隠に引き継いだ。倒すべき鬼は影も形もなく、足跡を追うことしかできない。それぞれが次の任務へと向かう中、家族を失った親子の幸せを願っていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

琴葉と伊之助が寝かされた八畳の客間から人の気配が遠ざかる。家主の年老いた夫婦は表の方で家事をしており、この奥まった部屋は静まり返っていた。母子を任された隠二名も、しばらく休ませるつもりで離れていた。

 

もぞり、と琴葉の布団の中が蠢き、腰の下あたりがみるみる盛り上がる。そして布団の端から白橡の頭と逞しい上半身がにょきりと生えた。二人しかいないはずの空間に現れた男ー童磨は、室内を一瞥して陽光が入っていないことを確認するなり、一糸まとわぬ姿で布団から這い出た。

 

「うーん、どうやったらあの狭い場所から赤子を産めるのか」

 

疲れた顔を張りつけて独りごち、彫刻のような胸元に手首まで両手を埋める。そうしてしばらく中を探り、引っ張り出した手は着替え一式を掴んでいた。逃亡時に身に着けていたものは布くずになってしまったため、体内で処分済みだ。

 

手早く着替えた鬼は並んで敷かれた布団の枕元にあぐらをかき、眠る二人を見下ろす。刀傷ひとつだけだった琴葉に噛み痕をつけたのは童磨自身だ。鬼に襲われた被害者らしく見せるための演出だが、陽に焼かれて疲弊した状態では拷問に等しく。その後、伊之助が連れてくる鬼狩りの目を掻い潜るため琴葉の胎内に潜りこんだが、美味しそうな匂いと肉感に包まれて、さらなる苦行を味わってしまったのだ。

 

(まったく、腹が減って仕方がないよ)

 

夜になったら何人か喰おうと算段を立てつつ、琴葉の頭をそうっと撫でる。鬼の被害者である母子は、きっと藤の家か産屋敷の息がかかった働き先を紹介されるだろう。寺院からほとんど身一つで逃げることになったため、人間が生きるための住まいも金子も持ち合わせがないのだ。精々鬼狩り共の支援を利用してやることにして、童磨は無意識に嗤った。

 

(もうあの方を感じられない。力も落ちた気がするけど、他の上弦と対峙しないなら問題ないか)

 

鬼舞辻無惨は、童磨が森から飛び出した瞬間、確かに彼を呪殺しようとした。どんな鬼も抗えない死は、しかし童磨自身もろとも太陽に焼かれ、ただの黒い毒となり果てた。あの粗末な小屋に逃げこむまでに、どれだけの血を凍らせて捨てたかわからない。何にせよ、すでに童磨は鬼であっても無惨の端末ではなくなっていた。

 

「あははっ、ははっ、くはははは!」

 

腹の底からせりあがった爽快感が笑いとなってまろびでる。外に聞こえないようすぐに潜めたが、童磨は音もなく肩を震わせ、たまらなくなって眠る女の頬を両手で包んだ。

 

(これで、俺と君と伊之助、三人でどこまでだって行ける。琴葉、琴葉、ずっと傍にいておくれ。君がいないと、また何も感じられなくなってしまうんだ)

 

愛おしげに人の子を見つめる姿は、まるで神仏の絵姿のよう。けれど、あたたかな肌に触れる手は、きっと縋りつく亡者のそれに似ていた。

 

 




【登場人物紹介】


童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛(玩)を知って世界が広がった人間性小学生。このたび家族連れの逃れ者ライフが始まった。性欲はないくせに琴葉とある意味合体したやばい奴。胎の中は狭いうえに色々と拷問だったので、今後は胸の谷間に隠れるつもり。なお、鬼殺隊と藤の家を隠れ蓑に利用する気満々である。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。肩を刺されて気を失っている間に、あらゆる無体を働かれた。でも童磨が言わなければ何も気づかない。きっと知らない方が幸せである。目が覚めたら三人とも助かったことを素直に喜ぶ。

嘴平伊之助
お母さん似なわんぱく坊主。7歳。鬼殺隊士たちと小屋に来たとき静かだったのは、最後に見た童磨は黒焦げで崩れかけだったため、死んでしまったかと呆然としていたから。起きたら琴葉と童磨にくっついてしばらく離れない。

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