三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=凍れども刹那に燃ゆる

番外編。鬼殺隊氷柱・嘴平童磨について、あるいは仮初の世界。



2ページ目 鬼殺隊柱合裁判
3ページ目 柱稽古@万世極楽教寺院




#??? A Frozen Path Not Taken

体中が痛い。特に顎が割れるように痛い。

 

炭治郎は不自由な恰好で横たわり覚醒と昏睡を繰り返していた。全身がズキズキと熱をもって脈打っていて、夢うつつではまるで考えがまとまらない。しかし上から降ってきた大声に揺り起こされたことでハッと目を開いた。

 

「いつまで寝てんだ、さっさと起きねぇか!! 柱の前だぞ!!」

 

後ろ手に縛られた体を起こして見上げれば、そこには彼を見下ろす七名の男女。見覚えがあるのは端に立つ小柄な女性だけで、彼女さえ山で一瞬見かけただけだった。にこやかなのは彼女と、中央に立つ長身の若い男のみ。甘い薄茶色の長髪に嘘のような虹色の瞳をもつ男は、いっそ場違いなほど友好的な笑顔を浮かべていた。

 

(違う、あれはただ表情の形を作ってるだけだ。あの人からは何の感情の臭いもしない)

 

炭治郎は鼻が利く。それは他人の感情さえ嗅ぎ分けるほどで、鬼や獣でさえ臭いで何を考えているのか大まかに理解することができた。しかし、あの綺麗な色の男からは何の感情も嗅ぎ取ることができない。周りの者たちは不快感や怒りや猜疑心、悲しみや無関心等、様々な負の感情を漂わせているというのに、一人だけ無臭で穏やかに佇んでいるのだ。

 

「あなたは今から裁判を受けるのですよ、竈門炭治郎君」

 

蝶の翅のような羽織をまとった美しい女性がそう言えば、他の面々がひどく物騒に殺してやろうと言い始めた。その中で木の上に寝そべる蛇のような男と一人離れて黙っている冨岡義勇の存在にも気づき、炭治郎はいよいよ何が起きているのかと混乱を極めた。

 

自分のせいで義勇にまで責が及ぶ。思わず声をあげようとした炭治郎がせき込むと、蝶のような女性と虹の瞳の男が近づいてきた。

 

「水を飲んだ方がいいですね」

 

優し気な声と沸々たぎる怒りの臭いをもつ女性から水をもらい、潤った喉から声を出そうと息を吸い込む。しかし大きな手で首の後ろを押さえられたことで発声の機会を失った。長い指がぐるりと気道を締め細い呼吸しか刻めなくされたのだ。

 

「何をするんですか、氷柱」

 

「相変わらず刺々しいなあ、しのぶちゃん。名前ぐらい呼んでおくれよ」

 

「……嘴平童磨、その隊士から手を離してください」

 

しのぶと呼ばれた女性の怒りの臭いが一層濃くなる。これはもはや憎悪だ。炭治郎の目には薄く微笑む顔しか写っていないのに、彼女が童磨という男を心底嫌っているのは明白であった。

 

「いやあ、息子の友だちがいらないことを言って不利になるのを止めてあげたんだよ。沈黙は金なりってね」

 

にこにこと返した童磨の視線が炭治郎へと向けられ、太い眉が優しげに下がる。こんなにも慈しみに溢れた顔をしているというのに、しのぶの態度も炭治郎への手荒い扱いも、彼には何の意味もないのだろう。

 

(息子の友だち? 息子……嘴平って、嘴平伊之助!? この人が伊之助のお父さんなのかっ)

 

同期であり那田蜘蛛山での任務でも一緒だった美しい少年剣士を思い浮かべ、まったく似ていない同じ名字の男と頭の中で見比べる。目を剥いた炭治郎に何を思ったか、童磨はことりと首を傾げた。数秒だけそうして見つめ合っていたが、脇の方から騒がしい気配がしたことで虹の視線が外された。

 

「困ります、不死川様! どうか箱を手放してくださいませ!」

 

「鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかいィ」

 

じゃり、と強い足音をたてて傷だらけの男が庭に現れる。白髪に獰猛につり上がった瞳と荒々しい気配が印象的だが、炭治郎は男が手にした木箱から目が離せなかった。追いすがる黒子のような者たちが箱を取り返そうとしているが、男は気にせず歩みを進めている。

 

「不死川さん、勝手なことをしないでください」

 

しのぶの硬い声も無視して男は炭治郎から十歩ほど離れた場所で足を止める。そして彼の妹が入った箱を片手で掲げ、刀を抜き放った。

 

「家族だからって匿ってたんだろォが、甘ェんだよ馬鹿がァ!」

 

「おっと、それはやめておくれよ、実弥君」

 

箱を貫こうとした男の腕を、いつの間にかその隣に立つ童磨が掴んでいた。自由になった喉で妹を呼ぶ炭治郎を余所に二人は対峙し、掴み掴まれた腕は血管が浮き上がるほど力んでいる。射殺さんばかりの実弥に童磨は笑ったままで、しかし振りほどこうとする動きにびくともしなかった。

 

「その箱に入っているのは炭治郎君の妹なのだけど、世にも珍しい人を食べない鬼なんだよ。これは確認済の事実だ。日夜、鎹鴉の監視がついてたから間違いない」

 

「何を世迷い言を言っている、嘴平。そんなこと信用できるか」

 

木の上の男が間髪入れずに言い放つ。童磨は困ったなあとまったく困っていない呟きを零し、しのぶの足元に座り込む炭治郎を見やった。

 

「君たちの意見より、産屋敷殿がこの子らに利用価値を見出していることが重要じゃないかな。もういらっしゃるだろうから、まずは話を聞いておくれ」

 

「お館様だ、この礼儀知らずがァ!!」

 

「うるさいなぁ」

 

童磨の口元が綻び、炭治郎からもはっきりと嘲笑いがわかる形となった。空気がぐんと冷たくなった気がして、次の瞬間、赤黒い羽織をまとった長身が木箱を抱えてしのぶの横に戻っていた。忌々しげに空いた手を下ろす実弥にも、童磨の動きが追えなかったのだろう。

 

この後に続いた裁判でそれどころではなくなり、童磨のことは意識から外れてしまったけれど、これが得体が知れない氷柱との出会いであった。

 

 

* * *

 

 

岩柱の元での稽古を終え、いよいよ最後の稽古場に向かう道で見慣れた背中をみつけ、炭治郎は「おーい」と声をあげた。やや先を歩いていた薄緑の羽織姿がぴたりと止まり、振り返ったことで目に入った顔は相変わらずの美しさであった。

 

「紋次郎、次は父ちゃんのとこか?」

 

「炭治郎だ。そうだよ、嘴平さんのところで最後だ」

 

伊之助は他の隊士よりずいぶん早く岩柱が課した課題を熟しており、二日前には屋敷を出ていた。肉体を酷使し続けて少しやつれた炭治郎に比べ、少女めいた顔はつやつやして血色が良い。もしかして氷柱の稽古は座学だろうかと考えながら並んで歩いていくと、小山に続く石段にたどり着いた。

 

「ここ、お寺か?」

 

「おう、父ちゃんが教祖をやってる万世極楽教の本山だ。信者はいい奴らばかりだぜ」

 

「伊之助はお寺育ちなんだな」

 

「ここは父ちゃんが柱になってからの新しい寺だ。ガキの頃住んでた寺は鬼が襲ってきて住めなくなったから、みんなで引っ越してきた」

 

「……そうだったのか」

 

炭治郎は伊之助の過去をよく知らない。蝶屋敷の少女らから伊之助の母親が大変な美人で素晴らしい女性だと聞いたぐらいだ。しのぶの姉と同期であった童磨が何かと蝶屋敷を気にかけて出入りしているため、彼も伊之助も彼女らと親しいことは知っている。その割にしのぶは童磨を嫌っているが、その理由を聞くのははばかられた。

 

石段を登りきると、小綺麗な門構えの寺院があった。開け放たれた門の向こうには庭先で木刀を振るう隊士らと、彼らの間を行き来する一般人らしい者たちの姿。彼らが伊之助が言う信者なのだろう。

 

「伊之助様、おかえりなさいませ」

 

信者のひとりがそう言うなり、他の信者らも丁寧に頭をさげて挨拶をしてくる。伊之助は適当に言葉を返しながら先を進み、炭治郎もきょろきょろしながら後に続いた。本山というだけあって敷地は広く、いくつもの建物が左右に広がっている。正面にある本殿に足を踏み入れれば、さらに多くの信者とまばらな剣士らが行き交っていた。

 

「おかえりなさいませ」

 

「おう、ただいま。父ちゃんと母ちゃんは?」

 

「教祖様は道場にいらっしゃいます。琴葉様は厨かと」

 

「ん、ありがとな」

 

信者の老人と言葉をかわし、引き続き伊之助の先導で寺院の廊下を進んでいく。炭治郎はこういった施設に立ち入ったことがなかったため、何もかもが物珍しく感じていた。見慣れた町の神社仏閣より色鮮やかではあるが、建物も装飾も特別贅沢というわけではない。柱や壁にところどころ咲く睡蓮の彫り物が目を惹き、うすらと香の香りが別世界のように感じさせた。

 

「道場まで案内してやる。父ちゃんの稽古はえげつねえから覚悟しとけ」

 

「ははっ、他の皆さんの稽古もそれぞれ凄かったじゃないか。悲鳴嶼さんのところとか」

 

「……ゴキッて心折ってくるから気ぃつけろよ」

 

いつも荒々しい友人からの生暖かい視線。今更怖気づくことはなくとも、炭治郎はゴクリと唾を飲み込んだ。童磨とは何度か話したことがあったが、戦う姿は想像がつかない。気さくで穏やかな物腰の氷柱は感情の臭いがしない不思議な人物であった。

 

道場へと続く渡り廊下に差し掛かったところで、逆側から渡ってくる濃緑の着物姿に伊之助が足を止める。長い黒髪に整いすぎた白皙、大粒の翡翠の瞳。初対面の女性であったが、炭治郎は一目で彼女が誰なのか理解した。

 

「あら、伊之助、おかえり。そちらはお友達?」

 

伊之助の母―琴葉がとろりとした美しい声をかけてくる。近い距離で見比べるほどよく似た母子だ。琴葉が少女めいた空気を纏っているため、伊之助が一人っ子だと知らなければ姉弟だと思っただろう。

 

「母ちゃん、ただいま。こいつはかまぼこ権八郎だ」

 

「はじめまして、竈門炭治郎といいます。伊之助とは友だちで同期です」

 

「まあ、貴方が炭治郎君なのね。伊之助のお母さんの琴葉です。この子と仲良くしてくれてありがとうね」

 

「俺の方こそ、いつも助けられてます! 伊之助は本当にいい奴なんです」

 

「うふふ、ありがとう」

 

ころころと笑う琴葉は息子よりもずっと華奢でやや背が低く、春の陽のような柔和な印象だ。善良な笑顔そのままの淡い花の香りがその人となりを伺わせる。

 

「もういいだろ。父ちゃんのとこ行くぞ、炭治郎」

 

「ああ、わかったよ」

 

「二人ともお稽古頑張ってね」

 

伊之助の横顔は少し赤くなっていて、少年らを見送る琴葉は微笑ましげに手を降っていた。

 

「お母さん、とても良い人だな」

 

「当たり前だ。俺の母ちゃんだぞ」

 

「うん、伊之助にそっくりで吃驚したよ」

 

渡り廊下の先には一際鮮やかに睡蓮が掘られた二枚扉。その先には蝶屋敷と同じような道場が広がっており、十人ほどの赤まみれの信者たちと朱色が滴る大きな筆を両手にもった童磨が集まっていた。彼らの足元には、魂が抜けたような様子の真っ赤に染まった隊士が四人尻餅をついている。童磨以外は屋根も床も天井も人もすべてが赤一色だ。

 

「こりゃ酷え……」

 

「うわあ……」

 

伊之助と炭治郎が口をあけて戸口に立ち尽くしていると、白橡の髪の男が彼の代名詞ともいえる笑みを浮かべて言った。

 

「よくきたね! 俺との稽古は民間人を護りながらの防衛戦ごっこさ。俺の頸に一撃入れたら合格、隊士が全滅するか民間人役の信者が死亡したら反省会をしてからやり直しだよ」

 

岩柱の稽古にくらべて随分と易しい内容だと思えたのは、この時だけだ。隣に立つ友人が忠告してくれた「心をゴキッと折ってくる」を炭治郎が思い知るのは、ほんの二分後。童磨の筆が己の防御をすりぬけて女性信者を縦一文字になぞり、死亡判定を奪われた後のことだった。

 

 





※ストックの番外編はこれで最後です。今後の更新は不定期です。


【登場人物紹介】

童磨
元十二鬼月・上弦の弐……ではなく、鬼殺隊の氷柱にして万世極楽教の教祖、対鬼キラーマシンな策略家。原作開始6年前に寺院を下弦の鬼が襲撃、これを撃退したことをきっかけに鬼殺隊に入った。氷の呼吸は水の呼吸の派生だが、育手は鱗滝さんではない。柱就任時に新しい寺院を建ててもらい、教祖の仕事にも復帰。教団は藤の家紋の家ではできない鬼の被害者の一時保護や自立支援を担い、支援された者たちが入信して年々信者数が増加している。なお、今代の柱唯一の妻子持ち。見た目が二十歳の頃からほぼ変わっておらず、年齢不詳すぎて鬼と疑われることもしばしばだが、実は現役隊士最年長。無限城の決戦では、しのぶとカナヲと共に上弦の弐となったカナエと死闘を繰り広げ、鬼より鬼な計略により勝利した。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。氷柱の妻にして万世極楽教本山の留守を預かる働き者な奥さん。寺院で鬼の被害者のお世話を行っている。怪我人の看護で協力してくれる蝶屋敷の少女らとは大変仲良し。童磨との出会いや彼の情緒をミリ単位で育んだのは連載本編と同じだが、童磨が人間であること、寺院が下弦の鬼に襲われたことで異なるルートを辿っている。実はお腹に赤ちゃんがいるが、柱稽古の時点ではまだ気づいていない。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。15歳。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。実は12歳の時にカナヲ同様こっそり鬼殺隊に入ろうとしたが、全てお見通しな父親に強烈な釘を刺され、全集中の常中を叩き込まれてから原作どおりに選抜を受けた。無限列車後に氷柱の継子となり、童磨と行動を共にしはじめたことで、鬼より鬼だと言われる養父の一面を知ることとなる。




【補足あるいは蛇足】

この設定の上弦の弐は胡蝶カナエです。童磨と悲鳴嶼行冥が原作開始前に上弦の弐を倒し、その後にカナエが運悪く無惨と遭遇して鬼化、千年に一人レベルの鬼向き体質だったため超スピード出世してしまったという流れ。無限城では酷い因縁の対決となり、人間時の記憶を失ったカナエが、妹のしのぶに義妹のカナヲ、さらに同期の童磨と対峙。これを予見していた童磨が大怪我と引き換えに珠世から預かった人間に戻る薬を打ち込み、その後は妹たちのタグチームとの激闘の末、しのぶに実は人間に戻っていたカナエが心臓を貫かれるところまで考えたところで、流石にえぐすぎるとギブアップしました……

しのぶが童磨を嫌っているのは、カナエが失踪(死亡扱い、実際には鬼にされた)した際に最後に一緒にいたのが、直前に共同任務で下弦の鬼を討伐した童磨だったから。二人で無惨の気配を追った際、手分けしようと提案したのは童磨で、そのせいで一人で何かしらに遭遇したカナエがいなくなってしまったからです。しかも童磨は彼らしく上っ面だけの悲しみを見せたため、完全に裏に入って拗れました…… なお、しのぶは童磨が嫌いでも嘴平母子は大好きなので、二人とは仲良しです。

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