三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=貴方が生まれた祝福の日に

番外編。一年の節目、あるいは生まれ変わるということ。

本作完結後、人間として暮らす童磨の『誕生日』の一幕。

※ファンブック2のネタバレあり
※童琴伊版深夜の60分一本勝負 お題「はじめての誕生日」より

※誤字報告ありがとうございます!




#??? We long to be close to you

 

「今日で一年だねえ」

 

縁側に並んで座った童磨がこぼした一言に、琴葉は湯呑の中身をじっと見つめて考え込んだ。まだ温かいほうじ茶からあがった湯気で湿った睫毛をぱちぱちさせるも何も思いつかない。仕方なく窺う視線を向けると、優しい虹色と目があった。

 

「俺が人間に戻ってから一年。あっという間だったと思ってさ」

 

「今日だったの!?」

 

「あはは、どうしたの大きな声を出して」

 

からからと笑う童磨は、まるで大したことがないように朝からいつもどおりだ。朝食の後、帝都の友人らからの手紙に返事を書き、昼食前に川沿いの小路に散歩に出かけた。そして家族そろって昼食を取り、ついさっき、小遣い稼ぎと称して近所のご隠居の家に力仕事の手伝いに出かける伊之助を見送ったばかり。本当に、いつもと変わらないのだ。

 

琴葉はそんな夫に眉を下げ、こうしてはいられないと湯呑を盆に置いて立ち上がった。

 

「お買い物に行ってきます」

 

「おや、こんな時間から買い出しかい? 俺もついていこう」

 

「童磨さんはお留守番をお願いね」

 

「あっ、琴葉」

 

追ってこようとする童磨を両手を前に突き出して留める。いくつになっても少女めいた仕草だが、琴葉がそうすると嘴平家の男衆は逆らえないのだ。案の定、立ち上がりかけた長身は中腰で止まり、おとなしく縁側に座り直した。

 

「今日は一人で行ってくるわ。伊之助が帰ってきたら、お風呂をぴかぴかにお掃除してってお願いしてくれるかしら」

 

「風呂掃除なら俺がしておくよ」

 

「いいの。童磨さんはゆっくりしていてね」

 

琴葉はそれだけ言って踵を返し、ぱたぱたと早足で離れていった。その頭の中はもう後の算段で溢れかえっており、よそ行きの雛芥子柄の羽織をまとって玄関を開けた瞬間、財布を忘れたと気づけたのは幸いだ。

 

時刻は八つ時よりやや早く、まだ日は高い。素晴らしい買い物日よりだ。琴葉は機嫌がよい子供のような足取りで表通りへと足を向けるのだった。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

天気が良い日にゆっくり過ごそうとしていたら、可愛らしい妻が急に買い物に出かけてしまい、入れ違いで帰ってきた息子は風呂掃除の言伝を伝えるなり、おうよと風呂場に消えてしまった。童磨は端正な顔に弱った表情をのせ、仕方がないかと縁側に横たわった。

 

まぶたを閉じてもなお明るい日差し。チチチと遠く聞こえる小鳥の声と静かなせせらぎの音。時折、近所の生活音が入り込んでくるも、それさえ穏やかな時間の一部だ。こうしているより琴葉や伊之助と過ごす方が好ましいとはいえ、一人が不快なわけではない。童磨は長い息を吐き出して薄目を開け、落ちはじめた太陽を右手で遮った。

 

「すっかり人間だ」

 

百年以上も暗がりの住人をしていたくせに、すでに陽光に心地よささえ感じている。一年などあっと言う間のはずなのに、一日一日がみっしりと優秀な頭脳に刻まれており、今や琴葉らと出会う前に鬼として過ごした日々よりも鮮明だった。

 

鬼舞辻無惨が倒された後、人間に戻る薬を服用した童磨は三日間、生死の境をさまよった。同じ薬を使った竈門禰豆子がどうであったかはわからない。しかし元上弦の弐であった鬼を只人に戻す反動は凄まじく、童磨は高熱と意識の混濁に苦しめられた。今思えば、体の根本から作り変えたのだから、あの苦痛も当然のことだ。琴葉と伊之助をひどく心配させたことだけが、僅かな後悔として残っていた。

 

三日目の夕方、症状が収まった童磨が最初にしたことは、まだ日がさす寺院の庭に出ることだった。太陽に晒されても燃えない体で、両腕に琴葉と伊之助を抱きしめた。あの時の多幸感は一生色褪せないだろう。

 

「父ちゃん、母ちゃん帰ってきたぞ」

 

「……ん、寝てたかな?」

 

「少しだけな」

 

思い出にふけっているうちに微睡んでいたらしい。声をかけられて目を開けた童磨の真上には、しゃがんで覗き込む息子の美貌があった。散らばった白橡の髪を踏まないようにか、頭のてっぺん側から見下ろしている。

 

「なんか夕飯はご馳走だって言ってたぞ。あと、めちゃくちゃ高い酒買ってきてた」

 

「へえ、どうしたんだろう。琴葉は台所かい?」

 

「そうだぜ」

 

童磨が立ち上がって台所に足を向ければ、伊之助もついてくる。二人して戸口から台所を見れば、髪を結いたすき掛けをした後ろ姿が包丁片手に忙しくしているのが目に入った。童磨は邪魔にならないように華奢な背中に歩み寄った。

 

「おかえり、琴葉」

 

「ただいま、童磨さん。お夕飯はお肉にするからね。えっと、すき焼きとビフテキ」

 

「わあ、随分豪勢だねえ。ビフテキは初めて作るんじゃないか?」

 

「前にいった洋食屋さんに美味しい焼き方を聞いてきたわ。とっても良い人で、お願いしたら丁寧に教えてくれたの」

 

「……そう。確か若い二代目さんだったかな」

 

「ええ。それでね、付け合せもおすすめを教えてもらったの。夫のお誕生日のご馳走だって言ったら、ちょっと元気なさそうだったけれど、どうしてかしら」

 

立派な牛肉の切り身に塩コショウを振りかける琴葉は真剣な面差しだ。すき焼きの方は、すでに火をかけるだけになっているようで、野菜のつけ合わせも何品も用意されていた。嘴平家の食卓はかなり豊かな方だが、今日の献立はいつにまして豪華であった。

 

けれどそんなことより、琴葉が口にした一言が気になった。

 

「夫の誕生日って、俺のこと?」

 

思わず聞けば、美しい満面の笑みが向けられた。

 

「ええ。童磨さんが人間に戻って一年のお誕生日だから、ご馳走にするのよ。お店で一番いいお酒を買ってきたから、お風呂にいれましょうね」

 

妻の返答に、それは誕生日ではないとか、酒風呂にするのはもったいないとか、色々な思考がよぎったけれど、そうではないと口を噤んだ。そんな童磨をよそに、伊之助まで「父ちゃん、誕生日なのか?!」と声をあげる。似たもの親子がお祝いだと盛り上がる隣で、童磨はフッと固まっていた体の力を抜いた。

 

「ありがとう、嬉しいなあ」

 

「「(お)誕生日おめでとう」」

 

「童磨さん」

 

「父ちゃん」

 

瓜二つの顔が心底嬉しそうに笑っている。童磨の百年以上の長い生で、神の子として崇められていた中でさえ、こんな溢れんばかりに祝福された覚えはなかった。

 

「ははっ、本当に生まれ直したような気がするぜ」

 

太い眉をへにゃりとさせた不格好な笑みを浮かべた姿は、きっと誰の目にも等身大の人間だった。

 

 




【登場人物紹介】

童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性初心者。家族連れの逃れ者ライフの終りを迎え、晴れて人間として家族と過ごしている。戸籍上の誕生日は適当に決めたもので、琴葉たちには教えていない。今後、人間に戻った日を毎年祝われることになるハッピーな大黒柱。ちなみに肉料理が好きなのは百年以上の肉食の名残りである。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。童磨の誕生日だと思い込んだらまっしぐら、盛大に祝うために食費に大枚をはたいた。ご馳走と超高級酒風呂でお祝いした後、布団に入ってから贈り物を用意しなかったと気がついたナイスタイミングな奥さん。なお、ビフテキについて教えてくれた高級洋食屋の二代目は、後日、夫と息子を伴った琴葉の来店に涙を飲んだ。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。16歳。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。ぴかぴかに磨いた風呂場で超高級酒風呂を満喫する童磨の背中を流し、風呂上がりにやや痛い按摩までしてあげた親孝行な息子。今後も毎年、童磨の誕生日に母親と一緒にお祝いして盛り上がる。

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