三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=どこへも続かない道

番外編。停滞する白昼夢、あるいは空虚を悲しむ。

※本編完結後、二十歳の伊之助が単身原作軸に迷い込む前中後編。
※白昼夢≠原作軸の中で数年経過しています。

※作者の試みで、ポっと出の人物の視点になっています。

★誤字報告ありがとうございました!




#??? Somewhere over the rainbow 中編

悲鳴嶼行冥は、つい先日下弦の鬼を討伐し、甲の階級から柱に王手をかけた鬼殺隊士である。まだ入隊一年目でありながら、鍛えぬかれた巌のような体躯と、珍しい鎖分銅と手斧という武器が強烈な存在感を出している才能あふれる剣士だが、何より彼を異色たらしめているのは、その白濁とした盲いた瞳であった。

 

幼い頃に病気で視力を失った行冥は、その他の感覚をもって常人以上に空間を把握することができた。しかし今、凍てつく空気が肌を刺すこの場でぶつかり合う殺気を追うには、彼はまだ未熟であった。

 

「あははっ、何度戦っても楽しいねえ! こんなに俺のことわかってるのは君ぐらいだ! 琴葉と似た顔で一緒にいて心地良いし、いつまでもこうしていたいね」

 

「俺は全然楽しくねえっ、からっ、とっととくたばれクソ鬼ぃ!!」

 

「そんなこと言わないでおくれよ、伊之助君」

 

「ガアアアっ、気色悪い呼び方すんじゃねえ!」

 

ガン、ガンと金属がたてる重たい音と交わされる声から二人の位置を読もうとしても、あまりの速さについていけない。

 

上弦の弐・童磨と獣柱・嘴平伊之助。鬼舞辻無惨に最も近い鬼の一体と、鬼殺隊最強と名高い剣士。彼らが切り結ぶ空間はまさしく異次元であり、間合いに入れば「死」しかないのを肌で感じるのだ。行冥が小刻みに震えながら立ち尽くすのをよそに、二人の強者はひらりとお互いから距離をとった。

 

「親しみを込めて呼んでるんだぜ?」

 

「そんな石っころ見るような目ぇして何言ってやがる」

 

「もう、いつでも刺々しいなあ、君は。何がそんなに辛いんだい? 俺に話してごらんよ」

 

鬼の穏やかな問いかけは、こんな状況でなければ慈愛に満ちているように感じただろう。しかし行冥の耳には、童磨の声ががらんどうを抜ける風のように聞こえた。完璧な優しい抑揚の中に、何の情動も感じられないのだ。

 

「……辛いも何も、テメェの空っぽのツラも態度も胸糞悪ィんだよ。殺してやりたくて堪らねえ!」

 

ギリ、と奥歯を噛みしめてから落とされた低い声は、激情を煮詰めたもの。けれど、それが思い出の中の幼子たちの泣き声に似ている気がして、行冥は知らず鎖と斧を握りしめたのだった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

獣柱と上弦の弐の一騎打ちは、ここ数年繰り返されている特殊作戦だ。童磨は所在がわかっている唯一の十二鬼月だが、彼が教祖として君臨している寺院は一般人の信者たちが住まう大所帯で、鬼殺隊が攻勢にでることが難しい場所であった。下手をすれば教祖を守らんとする信者らとぶつかり、怪我人どころか死者が出かねない。また、それで童磨が居を移してしまうのもよろしくない。そのため、産屋敷の若き当主はこの鬼の討伐を鬼殺隊最強と名高い伊之助に一任していた。

 

伊之助が童磨に挑むのは、決まって他の任務がない上弦の弐の夜だ。彼が寺院の門を叩くたび、あの鬼は理由不明な付き合いの良さで応じ、もう十回以上も決着がつかないまま対峙してきたのだという。昨晩、行冥がその場に同行したのは、産屋敷耀哉じきじきに「上弦の強さを見ておいで」と命じられたからだった。

 

(定期試合と馬鹿にしている隊士らは、あの激闘を知らぬのか。よしんば上弦の弐が手を抜いていたにしても、あの殺気は本物であった)

 

朝日がそそぐ街道を先に行くしなやかな気配から大きな出血の臭いはしない。聞こえてくる足音はドスドスと不機嫌であったが、怪我をした者特有の重心がずれたそれではなかった。行冥は相手の状態を目で確かめることができない。しかし彼は誰よりも怪我や不調に敏感であった。

 

(お互いの手の内を知り尽くした状態で明け方まで戦い、かすり傷しか負っていないというのか)

 

童磨と伊之助の因縁を、行冥は知らない。獣柱の就任と入れ替わりに引退した元岩柱である育手から、最初の上弦の弐討伐作戦で当時の柱が三名死亡したことと、その後の一騎打ちは伊之助が産屋敷に直談判して許可を得たことを聞いていた。

 

「嘴平さん」

 

「おう、どうした玉ジャリジャリ坊主」

 

「……悲鳴嶼行冥です。あの鬼に随分こだわっているようですが、何故でしょうか」

 

早朝の町の物音が近づいている。そろそろ獣柱邸がある町の一角に差し掛かるところで、行冥は気になっていたことを口にした。決闘中の伊之助のただならぬ様子から、どうしても知りたかったのだ。

 

後輩隊士の問いかけに、前を歩く男の足取りは緩まなかった。数歩の沈黙の後、返ってきたのは伊之助にしては静かな声だった。

 

「あいつは俺の母ちゃんを殺そうとしやがった」

 

「お母上が犠牲に?」

 

「ああ、そうじゃねえよ。母ちゃんは元気だ。遠いところで父ちゃんと暮らしてる」

 

「そうですか、それはよかった」

 

語られたのは鬼殺隊ではよくある話だ。けれど伊之助の母親は無事であり、両親ともに存命ならば、彼があの鬼を執拗に狙う理由がわからない。行冥が目の当たりにした伊之助の殺意は、まさしく親の仇に対するような悲しみに満ちたものだったのだ。

 

「あっ、伊之助さん、おかえりなさい」

 

考えこんでいる間に、もう獣柱邸にたどり着いていたらしい。これまで聞いたことがないほど美しいとろりとした女の声が、嬉しそうに伊之助を迎えた。

 

「ただいま、琴葉」

 

「きゃあ! 大変だわ、どうしましょう、血がいっぱい出ているわ! 手当てしなきゃ!」

 

「どれもかすり傷だ、心配ねえ。もう出血してねえし、手当は自分でやる。それより、こいつに朝飯食わせてやってくれ」

 

ぐい、と片手で背を押されて華奢な気配の前に歩み出る。己の巨躯と物々しい武器で怖がらせてしまわないかと案じた行冥だったが、獣柱の妻と思われる女性は慌てた雰囲気から一転して柔らかい声をかけてきた。美しい心根をもっていることが窺える、心地よい存在感の持ち主であった。

 

「ああ、ごめんなさい、動転しちゃったわ。はじめまして、嘴平琴葉といいます。伊之助さんのお友達?」

 

「お初にお目にかかります。鬼殺隊・階級 甲、悲鳴嶼行冥と申します。獣柱様と任務でご一緒させていただきました」

 

「そうだったのね。悲鳴嶼さん、どうぞあがってくださいな。ご飯を用意しますね」

 

「いえ、お構いなく……ああ、行ってしまわれた」

 

パタパタと軽い足音が遠ざかり、隣で伊之助が小さく笑う声がした。

 

「飯食ってけ、遠慮すんな。それと、食い終わったら報告書手伝えよ」

 

「……ありがとうございます。報告書は、隠に書き取りを依頼したいのですが」

 

「俺が書くから必要ねえ。おら、入った入った」

 

ぐいぐいと押されながら門と玄関をくぐり、初めての場所で足を取られないよう気を引き締めながら屋敷にあがる。履物を脱いで廊下を数歩進んだところで、騒々しい足音とともに小柄な気配が駆け寄ってきた。行冥の腰ほどの背もない子供であった。

 

「おやぶん、おかえり!!」

 

「おう、戻ったぜ、チビ助」

 

「こいつだれだ? でっけーな!」

 

伊之助が子供を抱き上げたことで気配が顔面近くまで近づき、聞こえた甲高い声に後ずさりしそうになる。行冥は子供という無垢で残酷な生き物が苦手であった。無意識に顔が強張っていたらしく、子供が「こえー顔してるぞ! こいつ鬼か? やっつけるのか?」と聞き捨てならない勘違いを口にした。

 

「ちげえよ。こいつは悲鳴嶼行冥っていう俺の仲間……子分だ。悲鳴嶼、このチビは琴葉の息子の」

 

「はしびらいのすけ! 五さいだぞ!」

 

かくして獣柱・嘴平伊之助との初の合同任務は、あらゆる面で鮮烈な印象を行冥に残した。氷の悪鬼との因縁も、妻でも息子でもない嘴平親子との関係も、何もかもが不可思議であった。

 

この数ヶ月後に岩柱に就任した行冥は、さらに三度、伊之助の一騎打ちに同行することになる。氷と獣の牙が交差する戦場で、嗤う鬼と猛る剣士が親子のようだと錯覚しようとは、今はまだ夢にも思っていなかった。 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

『……辛いも何も、テメェの空っぽのツラも態度も胸糞悪ィんだよ。殺してやりたくて堪らねえ!』

 

琴葉と同じ翡翠の瞳のぎらつきと、荒々しく押し殺された声。冬山のような冷たい殺気が心地よく、あの美しい顔(かんばせ)が酷く辛そうに歪むのが可愛らしい。童磨は、つらつらと昨晩の決闘を思い起こして唇の端を笑みの形につりあげた。

 

片手で閉じた鉄扇がパチリと空気を揺らめかす。夢のような色合いの鬼は高座に胡座をかいたまま、長く息を吐き出した。

 

「不思議な子だなあ。あんなに俺を理解して追い求めてくる人間は、これまでいなかった」

 

童磨が本気でかかれば、たとえ鬼殺隊最強の剣士であっても敵ではない。それなのに伊之助が何年も生きているのは、毎回絶妙に手加減しているからだ。伊之助はとっくにそれを理解しているだろうが、彼は激昂するでもなく、好都合とばかりに腕を磨いて挑んでくる。その諦めの悪さがなんとも面白いのだ。

 

「次も俺を楽しませておくれよ、伊之助君」

 

くすくすと嗤い声が教祖の間に広がり、誰にも聞かれることなく消えていく。豊かな黒髪の美しい娘も、彼女にそっくりな赤ん坊も、もういない。

 

「ああ、そういえば……」

 

長いまつ毛を伏せ、口元に扇をあてて呟く。

 

「琴葉はどうしているだろうか」

 

小さな問いかけに返ってきたのは、強靭な鬼の心臓をさざめかせる僅かな不快感だけだった。

 

 

 

 




【登場人物紹介】

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美青年。弱肉強食を世の真理としているスーパードライ猪。しかし家族にはウェットな20歳(白昼夢では24歳)。人間に戻った童磨と彼の妻となった琴葉と三人で幸せに暮らしているが、運命の悪戯でひどくリアルな白昼夢に迷い込んだ。獣柱3年目にして、童磨≠父ちゃんとの決闘は十なん回目。上弦の弐討伐を耀夜少年から一任されており、誰にも童磨の頸を譲るつもりはない。陸軍学校での経験を活かし、柱として立派に務めている。

童磨
十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知る機会を得られなかったサイコパス。原作どおりに逃げた琴葉を追いかけ、殺そうとしたが思わぬ横やりが入って逃げられた。獣柱・伊之助との決闘は最初こそ「馬鹿だなあ」と舐めプ対応していたが、徐々にお楽しみイベント扱いするようになった。本気を出せば伊之助を殺せるのにそうしない愉快犯にして、柱一人や二人では絶対に倒せないチート悪鬼。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。白昼夢の中では23歳。童磨が信者を喰っているのを見てしまい、彼のもとから逃げ出した。迷子の伊之助に助けられ、鬼殺隊士→柱になった彼に息子ともども養われつつ、家事を引き受けている。伊之助のことを家族だと思っているが、周りから獣柱の妹だと思われているのは知らない。息子の伊之助が大きな伊之助を「親分」と呼んで慕うのを微笑ましく見守っている。

悲鳴嶼行冥
未来の岩柱。18歳。甲になったばかりの有望な鬼殺隊の剣士。伊之助のことはよく噂で聞いていたが、会ったのは今回が初めて。一騎打ちのただならぬ様子に???となったが、面倒見が良い親分肌な伊之助を尊敬し、後輩の柱として今後も友好的に接する。目が見えないせいで琴葉を伊之助の妻だと勘違いしてしまった。後で他の隊士に訂正されて、さらに???となる。
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