三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=夢のような、シャボンのような

番外編。はじけてきえた、あるいは添い遂げるまでの軌跡。

寺院時代~本編完結後、シャボン玉遊びをする童磨と琴葉。

※童琴伊版深夜の60分一本勝負 お題「シャボン玉」より

★誤字報告ありがとうございました!




#??? Our Dreams in Floating Bubbles

 

伊之助が三歳の残暑の頃、夕涼みにあわせてシャボン玉遊びばかりしていた時期があった。

 

虹の光沢をはなつ泡がよく見えるように篝火を用意して、万世極楽教寺院の中庭でサボンを溶かした水に浸した麦わらに息を吹き込んだものだ。童磨は二、三回やってみせたら手を止めて琴葉と伊之助が遊ぶ様子を静かに見ていた。揺らめく灯りがなくとも鬼の夜目には可愛らしい親子のはしゃぎようがよく映えた。

 

夜風にあおられたシャボン玉がぐんぐん空にあがっていくのを伊之助が追う。幼児のたどたどしい足取りを追って転ぶ前に抱き上げるのは童磨の役目だった。

 

「どーまさま、ふわふわがにげるぞ!」

 

「おっと、立ち上がると危ないよ、伊之助。手を伸ばしても届かないから諦めなさい」

 

「あのシャボン玉がお空の星になるのかしら」

 

「その前に弾けて消えてしまうだろうねえ」

 

琴葉の欠けた視界ではそう遠くまで見えないのだろう。童磨が次々と弾けていく泡を見ながら答えても、彼女は美しい横顔で暗い空を見上げていた。

 

あのシャボン玉のひとつでも、琴葉がいうとおり星になっただろうか。夜風にあたりすぎないようにと最後まで見届けずに室内に戻ってしまったから、結局は誰にもわからずじまいだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

琴葉が蝶屋敷で働きはじめた頃、花柱の庇護下で看護婦の真似事をしている三人の幼い女児のことがよく話題にあがった。鬼に家族を殺されて孤児になった子どもたちだ。剣士に向かない性格だと判断されたのか、それとも花柱が幼い子どもを鬼殺の道に入れたくなかったのか、三人とも蝶屋敷に住み込んで医療の勉強をしているらしい。

 

「お勉強ばかりじゃ疲れてしまうでしょう? なにか休憩の時間に楽しめる遊びがないかしら」

 

「あやとりとか鞠つきはどうかな」

 

「それがね、すみちゃんがあやとりが苦手で、なほちゃんは鞠つきが好きじゃないみたいなの」

 

「それなら身体能力が関係しない遊びがいいね。シャボン玉とか」

 

「シャボン玉! それがいいわ、ありがとう、童磨さん!」

 

ぽんと両手を叩いて頷く琴葉。きっと子どもたちに混ざって遊ぶのだろうなと想像して、童磨はゆるく微笑んだ。

 

明日さっそく遊ぶのだという彼女に、石けん水の作り方や丁度いい麦わらの硬さや長さについて説明して、上手い泡の作り方のこつを実践で教える。息を吹くだけの動作を真剣に行うのが可愛らしくて、つい魅入ってしまったのはご愛嬌だ。

 

居間から台所がある土間にむけてシャボン玉を吹く琴葉をしばらく見つめていたが、そろそろ石けん液がなくなるところで、ふと思いついて麦わらを手にとった。

 

「琴葉、よく見ていてごらん」

 

大きな翡翠の瞳がじっと童磨の手元の筒を見つめる。童磨は器用にいくつもシャボン玉を作り出し、重さで落下していくのを取り出した鉄扇でそうっと上に煽った。同時にはなった僅かな冷気が透明な円形に触れた途端、隣に座る琴葉が「あっ」と小さく声をあげた。

 

「綺麗……」

 

ふわふわと落下して土床についたシャボン玉は割れず、うっすら半透明な姿で凍っている。童磨が何度も同じように繰り返した後には、土間は一面大小の真珠で覆われたようになり、幻想的ですらあった。

 

「凄いわ、童磨さん。シャボン玉がころころして可愛くて、あっ、壊れちゃった……」

 

「薄い膜だからすぐ割れてしまうけど、綺麗だよねえ。寺院でシャボン玉遊びをした後にちょっと実験してみたら、思いの外見栄えがよくてさ。いつか見せたいと思っていたんだ」

 

鬼の力だから蝶屋敷の子たちには見せられないけど、と付け加えれば、琴葉は残念そうに眉をさげた。真珠の海にしゃがんだような彼女が眩しくて、童磨は目を眇めてその姿を見つめていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「懐かしいなあ」

 

「あら、どうしたの? 童磨さん」

 

縁側に夫婦ならんで座ってシャボン玉を作っているうちに、何十年も前のことを思い出した。思わず口に出した童磨に、琴葉がシャボン作りの手をとめて首をかしげた。彼女の華奢な手にあるのは麦わらではなくセルロイド製のパイプだ。いまだ美しい琴葉の豊かな髪はすっかり濃灰色で、最近は童磨の白橡の髪も白銀が混じりつつあった。

 

「伊之助が三歳の時に、はじめて三人でシャボン玉遊びをしたんだよ。八月から九月の終わりまでだったかな。高く飛んだシャボン玉を取りたがる伊之助を肩車してあげたっけ」

 

「そうだったわ。あのシャボン玉……」

 

「「お空の星になったかしら」」

 

二人の声が重なって、きょとんとした琴葉と少年めいた表情をのせた童磨は一瞬見つめ合い、そろって破顔した。笑う琴葉の目尻には重ねた年の証が刻まれている。

 

「琴葉、シャボン玉を凍らせて見せたのは覚えているかい?」

 

「ええ、ええ! あれはとっても綺麗だったわ。触ったらすぐ壊れてしまったけれど、ころころふわふわしていて、泡の海みたいで、私感動したの」

 

「俺も感動したよ」

 

君があまりに可愛らしくて、と内心つけたしてシャボン玉の道具を下ろす。このシャボン玉セットは、復興目覚ましい東京の『友人』が送ってくれたアメリカ製の最新のおもちゃだ。伊之助の下の子どもたちにと贈られたものだが、何セットもあったため、健康のための日向ぼっこを兼ねて遊ぶことにしたのだ。

 

外国との大戦に敗北した日本は混迷しながらも前に進みつづけている。童磨の『友人』の多くは敗戦により地位を失い、中には命を失った者さえいたけれど、新たな政府の指導者となった『友人』らの相談にのる日々は、これまでと同じだ。幸い、嘴平家が住まうこの城下町は戦火を逃れ、陸軍学校務めであった伊之助が罪に問われることもなかった。

 

「もう一度見たいわ、凍ったシャボン玉」

 

「あれは血鬼術で作ったものだ。科学技術で再現できるだろうけど、一般家庭では難しいよ」

 

「そうなの? 童磨さんは凄いのね」

 

「あの頃は強い鬼だったからね」

 

童磨はからからと笑い、後ろの床板に両手をついて空を仰いだ。琴葉は笑顔で「今は素敵な人間ね」と返し、再びパイプ型のおもちゃを口に咥えた。専用に改良されている石けん液は少し息を吹き込むだけで無数のシャボン玉を生み出す。晴れの青色に天の川のように連なる透明の泡が眩しかった。

 

しばらくして石けん液がなくなってしまい、遊びも終わる。童磨は簡単に片付けをして、大人しく待っていた琴葉を縁側から抱き上げた。昨年の暮れに転んで怪我をしてから、彼女の体はめっきり弱くなってしまった。足腰が萎えて杖が手放せないのだ。食もめっきり細くなり、体重も落ちた。

 

「そろそろ子供たちが帰ってくる。居間で待つかい?」

 

「ええ、お願いします。いつもありがとうね、童磨さん」

 

「どういたしまして。俺としては役得さ」

 

家のことは同居している息子夫婦と孫たちが率先してしてくれるので、童磨はおはようからおやすみまで琴葉の世話をしている。それが嬉しくて楽しくて、一緒にいるだけで幸せだと彼女は知っているだろうか。もう遠くないいつか、琴葉が長い眠りにつく時まで、ずっとこうして二人でいたいのだ。

 

シャボンだまとんだ、やねまでとんだ、と小鳥のさえずりのように琴葉が歌う。孫たちが学校で習ってきて、歌は上手いがあまり歌詞を覚えられない祖母に根気よく教えたのだ。かぜかぜふくな、と一緒に口ずさみながら、童磨はシャボン玉にふれるように優しく愛を抱いていた。

 

 




童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性中級者。家族連れの逃れ者ライフの後、人間として家族と過ごすこと30年以上。いまだ青年ばりに健康で元気だが、妻より一日も長生きするつもりがない心中予備軍。脳みそグリグリしなくても琴葉と伊之助関係のことは一言一句すべての挙動を思い出せる。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人おばあちゃま。上の孫は成人してるけど、ナイスミドルになった息子と姉弟だと思われがちな春の妖精にして、大戦を経ても心の美しさを微塵も損なわなかった善性の持ち主。体を悪くしてからほぼ出歩けなくなったが、童磨が日々楽しませてくれるし、伊之助一家と仲良く同居中でとっても幸せ。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系ナイスミドル。出番なし。現職は県警察の武術顧問で、警察庁のお偉方に昔の子分(生徒)が多い。お嫁さんも子どもたちも童琴夫婦に懐いており、琴葉が体を悪くしてからは家族全員で気を配っている。動物的な勘で別れが近いことに気づいているが、そんな素振りを見せずに親孝行を心がけている。

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