三千大千世界を駆ける   作:アマエ

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タイトル=しょぎょうむじょうのむげんのはて

蝶屋敷との関係、あるいはカナエとの遭遇。

*童磨が逃れ者になった影響で因縁の遭遇が二年遅れています。







#6 諸行無常の夢幻の果て

 

 

胡蝶しのぶにとって、嘴平伊之助という少年は非常に腹立たしく、それでいて気が置けない相手である。三つ年下の彼は出会った時点でしのぶより目線が高く、たった一年でさらに育って母親の背も追い越した。今はまだ中背だが、彼の父親は長身で体格に恵まれていたというから、伊之助もきっと大きくなるのだろう。

 

「おら、それもよこせ」

 

「その言い方どうにかなりません? そんなだから荒くれ者って言われるんです」

 

「別にどう呼ばれても気にしねえ」

 

「はあ……」

 

麗しの白皙と勝気な翡翠の瞳が姫武者を思わせるが、態度と声から伊之助を少女と間違えるものはいない。何より、着込むことを嫌う彼は真冬でも上半身裸か前を開いた羽織姿であるため、鍛えられた胸板が性別をはっきりさせていた。

 

今だって、蝶屋敷の薬保管庫で薬箱を棚に収める姿は、美少女の頭に彫像めいた筋肉質な体、そして黒いズボンという珍妙なものだ。ちぐはくなくせに見惚れるほど美しいのだから、それもまた腹立たしい。しのぶ自身も自らの容姿を利用することがあるため、全く飾らない伊之助に負けた気になるのは癪なのだ。

 

何より、先ほど伊之助から聞いた鬼殺隊入隊の話がしのぶの心をささくれ立たせていた。

 

「伊之助君」

 

「なんだよ」

 

「琴葉さんは、入隊についてなんて言ってるんです?」

 

「母ちゃんは反対しなかったぜ。ただ、死ぬなって言っただけだ」

 

上段の棚に薬をおさめて背伸びをやめた伊之助が向きなおり、しのぶと目を合わせる。初めて会った時から生意気な少年だが、きちんと人の目を見て話を聞くのは琴葉の教育の賜物だろう。あの心が綺麗な女性は、ふわふわしているように見えて立派な母親なのだ。

 

(琴葉さん、どうして駄目だって言わないの。旦那さんを亡くしたのに、伊之助君まで命の危険がある道に進ませて、平気なの?)

 

しのぶ自身、姉と二人で鬼殺の道を選んだ身だ。お互いに死ぬかもしれないと理解して、それでも少しでも鬼による悲劇を減らしたくて、文字通り命を削って日々戦っている。姉のカナエが花柱に就任した今も、死は常に近くにあった。

 

「入隊最終選別の参加者の死亡率、知ってます?」

 

愛らしい声をやや強張らせて問えば、いいやと首が振られる。

 

「私の時は28人が参加して、生き残ったのは6人。そのうち2人は手や足を失くし、入隊はおろか普通の職につくこともできなくなりました」

 

一般的な考え方をもつ人間なら、これを聞いただけで鬼殺隊と距離を置く。鬼を殲滅することだけに人生を捧げる若者たちなど、そう関わり合いたいものではないのだ。親しくなっても、数日後には相手が死んでいることはざらで、柱でさえ入れ替わりが激しいのが現実だった。

 

伊之助はきょとんとした顔でしのぶを見つめていたが、すぐに端正な口元を吊り上げる。

 

「そんなことで俺が怖気づくかよ。鬼と殺し合いすんだ、弱きゃ喰われる。当然じゃねぇか」

 

「な……っ」

 

あまり平然と言われたことに、絶句する。伊之助は時折、獣のような生死感を口にするが、ここまで乱暴な物言いは初めてだ。青ざめたしのぶに何を思ったのか、美しい彼は裸の胸で腕を組み、ふんぞりかえった。

 

「心配すんな、しのぶ! この伊之助様は山の王で父ちゃんの息子だ! 俺は強ぇ! そこいらの有象無象とはわけが違うからな!」

 

ワハハッと豪快な笑い声が狭い部屋を満たす中、しのぶは小さな拳をぎゅうと握った。固いてのひらに爪が食いこんで血が滲む。薄紫の瞳がぎらりと睨みつけ、可憐さしかない矮躯から物騒な気配が立ちのぼれば、伊之助もおやと姿勢を戻した。

 

「表に出なさい」

 

「はあ?」

 

「表に出ろって言ってるのよ、この馬鹿!! 山の獣を倒したぐらいで調子に乗るなっ!」

 

 

 

* * *

 

 

 

夜の森で童磨と向かい合う時、伊之助はいつも死を意識する。

 

母を優しく抱きしめる腕が、赤ん坊の頃から遊んでくれた手が、人間の頭蓋を片手で粉砕できる凶器であること。ゆるりとした話し方と動作が身についた体が、目にも止まらぬ速さで襲いかかってくること。暖かい虹色の瞳が、感情をなくした途端に無機物と成り果てること。

 

鉄扇に打ち据えられる度、童磨と自分が性能からして違う生物であることを思い知らされる。童磨は逃亡時に見せた氷の技はおろか、鉄扇もひとつしか使っていないのに、伊之助はいまだ彼に傷一つつけられないでいた。

 

人間の形をした相手と対峙するのは、童磨を除けば、今回のしのぶが初めてだ。隊服姿で木刀を手にした少女を前に、伊之助は相手の力量を図るべく目を細める。

 

(父ちゃんより弱えが……)

 

しのぶの姿がぶれて、一瞬で目の前に現れる。それだけで理解した。

 

(俺より強え、それに速えっ!!)

 

ガキンッ!

 

小太刀の長さに削った木刀を交差させ、振りおろされた一撃を受け止める。しのぶの全体重をかけてもこれだけの威力はでないだろう。童磨が全集中の呼吸と呼ぶ特別な呼吸法による膂力。受け止められると思っていなかったのか、至近距離のしのぶの白皙に驚愕が浮かんでいる。それににやりと不敵な顔を返し、伊之助も鋭く息を吸い込んだ。

 

「えっ、その呼吸」

 

「まだモノにしてねえがな! おらっ」

 

獣の呼吸・参ノ牙 喰い裂きーー

 

内側から外へと切り払えば、しのぶは蝶のように後方に逃れる。きゅっと眉を寄せた彼女が何を考えているのかはわからない。しかし戦意はお互いにまったく減っていないのだ。木刀を構え直し、次は自分から打ち込んでいく。伊之助の動きは半分我流だ。指導してくれている童磨も、体系化された武術を修めたわけではないため、ともすれば完全に我流である。獣のような低い体勢から足を狙うが、しのぶは危なげなくそれを避けた。お返しとばかりに飛んできた突きを、伊之助もぐにゃりと後ろに反ることで躱す。

 

「どうしました、避けてばかりで鬼は倒せませんよ!」

 

「うおっ、危ねえ! てめえ突き技主体かよ!!」

 

しのぶの速さから繰り出される突きは、木刀といえど当たればただではすまない。肌で害意を感じとることができる伊之助だからこそ一つ、二つと避けたが、純然たる実力差から当たった三撃目でたたらを踏み、四撃目で仰向けに押し倒された。少女の小さな足がドンと伊之助の胸を踏みつけ、木刀の先が喉に突きつけられる。

 

「……参った」

 

「ふんっ、思ったよりもやりましたね」

 

勝ったしのぶの方が悔しげに言い捨てる。伊之助が素直に負けを認めたことが気に入らないのか、それとも我流で呼吸法まで身に付けていたことが想定外だったのか。何にせよ、彼女はぷいと目をそらして伊之助から離れた。

 

「すげえな、しのぶ。お前、蝶じゃなくて雀蜂か」

 

「は? なんですか、喧嘩売ってます?」

 

「違え、褒めてんだ。雀蜂は虫の王者。獰猛ですばしっこくて、熊相手でも毒針で何度もぶっ刺す凄え奴だ」

 

立ち上がってそう言えば、しのぶは睨み顔から一転して目をきょろきょろさせ、ますます伊之助から顔を逸らした。

 

「お、女の子に蜂だなんて気が利きませんね!」

 

「何だよ、強い奴に強いって言って何が気が利かねえんだ」

 

「……もうっ、そういうとこですよ、馬鹿」

 

鬼殺隊士としてすでに歴戦の戦士である少女は、ひとつ溜息をついて、やっと伊之助に視線を戻した。愛らしい顔はうっすら赤く、手合わせの前に見せていた怒りはもうなかった。

 

「独学で呼吸までできてるなら、最終選別に行くのを止めはしません。死なないでくださいね、伊之助君」

 

しのぶは鈴の音のような声でそれだけ言い、さっさと背を向けてしまう。黒い隊服に包まれたあまりに小さなその背に、伊之助もただ「おう」と返した。

 

(しのぶは強え。あんなちっこい体から限界以上の力を出してやがる。でも、父ちゃん相手だと秒で殺られるぞ)

 

童磨は十二鬼月という最も強い鬼の一人だったという。あの義父のように強い鬼を相手取るなら、鬼殺隊の死亡率の高さも当然というもの。むしろすでに全滅していないことが奇跡だ。

 

「強くなる」

 

無意識の言葉に自分で驚いて、もう一度、今度は意識して口に出す。しのぶに倒されても手放さなかった二振りの木刀を握りこみ、何度も、何度も繰り返した

 

「強くなる。俺はもっと強くなる。すぐに父ちゃんよりも強くなってやらあ!」

 

ここに童磨がいたなら、貼りつけた慈愛の微笑みで「それ何十年後の話だい?」と煽っただろうが、ひとり蝶屋敷の庭に立つ伊之助の意気込みに水をさす者はいないのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

もうじき夜が明ける頃、路地裏で食事をしていた童磨は、背後からの殺気にしまったと苦い顔をした。気配に気を配っていたつもりが、久々の稀血にありついたことで注意が散漫になっていたのだ。半分ほど食べた体の残りを胸元に吸収し、仕方なく振り向けば、西に沈みつつある月の下、可憐な剣士が佇んでいた。

 

「やあやあ、はじめまして。いい夜だねえ」

 

「……はじめまして。すぐにさようならを言うことになるけれど」

 

凛とした美しさをもつ鬼狩りの女は、童磨が一方的に見知った顔だ。琴葉と仲良くしてくれる心優しい花柱。胡蝶カナエと今夜出会ってしまったのは、お互いの大変な不幸であった。

 

「うん、もうじき夜が明けるね。このままお別れするというのは、どうだい?」

 

童磨が穏やかに問えば、カナエは厳しい表情で抜刀し、それを答えとする。

 

「俺だって生きるために喰わなきゃいけないんだぜ? 人間は毎日ご飯を食べるだろう? 俺の食事は必要最低限、ずっと少ない頻度さ。食事以外で人を害さないし、そも関わり合わない。それなのに問答無用で斬るのかい?」

 

「人を喰う鬼とは、仲良くできないわ。貴方は数が少なければ許されると思っているようだけど、一人でも殺したら同じです」

 

花弁を錯覚するほど華麗な斬り込みを童磨はゆるりと躱し、続く花の呼吸の技からも距離を取る。柱に相応しくよく鍛えられた剣技だが、これだけの攻防ですでに実力は知れていた。勝てないと感じているはずなのに逃げ出さないあたり、哀れな娘だと思う。伊之助ならどうするだろうか、とふと意識が逸れ、その刹那にカナエの日輪刀が頸に迫っていた。

 

「おっと危ない。ごめんね、考え事してたぜ」

 

「最低限しか人を食べないのは、何か理由があるんでしょう? 貴方はここで解放してあげます。もう人を食べなくてもいいの。鬼として生きなくてもいいのよ」

 

鉄扇と日輪刀がぎちぎちと音を立てる中、カナエが言い募る。彼女の慈しみさえ浮かべた紫眼に映った鬼は、それを聞くなりハッと嘲笑った。意識して浮かべたものではない、腹の底からの衝動に象られた表情だった。

 

「余計なお世話だ。優しいつもりで言ってるんだろうけど、その同情は不快だよ」

 

童磨の足元から冷気が広がり、カナエを巻きこんで空気が凍りついていく。異変を感じて後方に跳ぼうとした彼女は、しかし地面から離れない両足に顔色を変えた。瞬時に凍った膝下はびくとも動かない。凍傷が始まって足先から急激に壊死していく感覚があった。

 

「さっきも言ったとおり、食事以外で人を害さない。見逃してあげるから、精々力不足を嘆くがいいさ。君にはその無力感がお似合いだ」

 

パキン。

 

氷が割れる音とともにカナエの悲鳴が薄暗がりに響く。膝から下を失った彼女が仰向けに倒れるのを無機質に見下ろし、童磨はさっさと踵を返した。そして、投げつけられた刀を振り返りもせずに避け、近づいてくるもう一つの足音の主の視界から姿を消した。

 

 






【登場人物紹介】


童磨
元十二鬼月・上弦の弐にして万世極楽教の教祖。愛を知って世界が広がった人間性初心者。家族連れの逃れ者ライフは6年目。伊之助の鬼殺隊入隊に向け、超スパルタ訓練で鬼と人間の性能差を思い知らせ、愛息子の生存率アップに励んでいる。伊之助じゃなかったら心がぽっきりいってるのは気づいてない。カナエさんに粉凍りを使わなかったのは、食事以外で人を害さないと琴葉に約束したため。害=命に関わることと考えているうえに、遊びも様子見もない戦いなら柱一人ぐらい瞬殺するとんでもねえ奴。

嘴平琴葉
ちょっぴり知能に難ありな超絶美人ママ。童磨が鬼であることは逃亡後に本人から教えてもらった。人を食べることも聞かされたが、育った情愛はそれを理由に逃げる段階を過ぎてしまっていた。童磨と「食事以外で人を害さないこと」と「破ったら琴葉が自殺すること」の約束を交わしている。童磨にとっての自分の価値を本能で知っている、ある意味恐ろしい人。

嘴平伊之助
お母さん似な獰猛系美少年。13歳。弱肉強食を世の真理としているスーパードライなうり坊。しかし両親にはウェット。シビアな生死論を持っているが、自分と大切な人達の命を守るため以外にけして人間を殺さないことを琴葉と約束している。しのぶとは気がおけない間柄。今回剣を交わして好感度アップした。

胡蝶しのぶ
花柱の妹にして継子の中級隊士。おこりんぼな16歳。生意気な伊之助のほっぺたを抓ってばかりいたが、鬼殺隊に入ると言われて心配のあまり怒髪天をついた。本当に心配しているだけの優しい子。手合わせしてみて、独学で呼吸法を身につけるような才能の持ち主の入隊を拒むことはできないと説得を諦めた。

胡蝶カナエ
優しく美しい花柱。しのぶちゃんのお姉さん。この度優しい持論が裏目に出て大怪我を負った。命に別状はないが、両膝下を失い、引退を余儀なくされる。童磨が人を食べているところに遭遇したため、話し合いでの解決はありえず、鬼殺隊の柱が人喰い鬼を見逃すはずがないため起こった悲劇である。

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