物心ついた時には、周りには施設の職員の大人たちと、同じく親のいない子供たちだけしか居なかった。それから中学を卒業するまでは、施設で他の孤児と共同生活を送っていた。私みたいに、うまく友人関係を作って何一つ不自由ない学校生活を送ったグループもいれば、私のルームメイトのように『親に捨てられた忌み子』なんて、大層なレッテルを張られたいじめられっ子たちもいた。
私は、仙台の孤児院『天使の園』の前に、小さな籠に入れられた状態で眠っていたという。施設を出る直前、職員の人が話してくれたことを、今でもよく覚えている。親は既にいなかったらしく、この世で私の親の顔を見たものは、ひとりとしていない。それが悲しいだとか、特別扱いしてくれだとか言うわけではないが。
それぞれ細かい理由こそ違えど、あそこにいたのは同じ『みなしご』だ。口にはせずとも、施設にいる多くの子供たちは、固い絆で結ばれていた。見た目だけを気に入られ、金持ちの養子に行ったものもいた。独り立ちに備えて、身分を偽り、夜な夜なバイトに行くものもいた。そして、周りの目やいじめに精神を病み、ついに耐えられず自ら命を絶つものだって…。
十五の頃に、施設を出て高校に入った。奨学金と施設の支援、さらに住み込みで働いていた西早稲田の銭湯『旭湯』の給料でカツカツの生活を送っていた。高校は嫌いではなかった。友人と遊ぶのは、今思い返しても楽しかった思い出ではあるし、勉強は苦手ではあったが、社会に出てもきちんと生きることのできる人間であり続けることの必要性を私は知っていた。せめて、親としての使命を放棄することなく、自分のストレス発散なんてくだらない理由で弱者をいたぶるようなヤツにはなりたくなかった。それで誰かの家族や友人を奪うなんて、あまりにも呆気なさすぎるから。
なんだか偉そうに言ってしまったが、若気の至りでいいちこ一気飲みをするような男の過去など、話半分で流してもらって構わない。
要するに、十二の時に身投げをした、私の人生の中において最大の親友は、トラウマを植え付けるには十分すぎることをしでかしたというだけだ。事実を詳しく語ることさえ憚られるような話だ、大きすぎる何かを一人で抱えていたことは明らかであった。彼が最期に話したのは、何か自分の将来に対する、ただぼんやりとした不安だった。文豪が自分の作品のクオリティに絶望して、服毒するような、気高い死に方ではなかった。でも、この先ずっと、私の記憶に確かに刻み付けるような、何かを訴えかけるような、そんな死に方だった。
かといって、周りの人物にわざわざ闇を打ち明けて回っては、同情を誘ってハーレムを作るようなことはない。共学になった女子高のヒマで怠惰そうな主人公みたいに、カタカナで『ユルサナイ』だとか呟いている適当なヤンデレに依存されている場合ではないのだ。アニメじゃない。本当のことなのだ。人生を無理にドラマチックにする必要はない。作者の代弁ってわけじゃあないが、他作品のゴミの掃溜めと一緒にされるのはごめんだ。
そういえば、ヤンデレとメンヘラはどこが違うんだろう、なんて考えていると、もう昼になっていた。店内では、休日にランチを食べに来た客がいつも通り賑やかに過ごしている。見慣れた顔も、知らない顔も、私の料理の前では純粋に食事を楽しむお客様だ。この普通とは言わないまでも、平坦な人生のなかで自信を持って『生きがい』なんて言えるのは、料理ぐらいしかない。唯一の特技くらいは、自慢したっていいよな。そのほうがいいとも言える。アイデンティティーを大事にするということは、自分自身を大切にして生きるということだ。角をとられないまま育っていくということなのだ。
「こんにちは~っ」
「いらっしゃいませ」
アイデンティティーの塊が来店してきた。見事に角もついている。
「ねえねえ、前に作った『アレ』って、もっかい作れるかな?」
「勿論。今はもうレギュラーメニュー入りしてるから」
「やったぁ~! じゃ、それでお願いしますっ!」
戸山香澄。ガールズバンドのボーカルにして、ガチの電波女。この店の常連だ。高校になってから始まった話ではなく、店を開いた当初からよく家族と来てくれていた。というか、私がこのカフェー『シェリー』を開いた頃には、まだ生まれていなかったが。前に来た香澄の妹さんによると、完全に近所のオッサンとして見られているらしい。だろうな。
戸山一家は、開店当初から家族ぐるみで口コミを広めてくれた、私と『シェリー』の恩人と言っても過言ではない。二人いる娘も、今になっても友人を連れて来てくれる。
先ほど言った妹も、最近小遣いが増えたらしく、高校の友達とよく来てくれるのだが、私のかつてのバイト先と同じく『旭湯』で、これまた同じく住み込みで働いている子が来たときは驚いた。名前は聞いていないが、岐阜から上京してきたらしい。あそこのおばあちゃんは優しくてよく笑うだの、床が滑りやすいだのと話が弾んだことは記憶に新しい。
香澄は中学あたりから髪型を変え、少し明るい髪を角のようにセットしている。どうやってセットしているのか、うちに雨宿りに来るときも、汗をダラダラかいている時も、その形が崩れることは今まで一度たりとも無かった。どうやって形をキープしているのか未だに分からない。本人曰く、『星の髪型は企業秘密なのでーす!』だそうだ。理由に関しては、昔にキャンプ先で星の鼓動がなんとか言っていたな。少し信じ込みやすい、たまにスピリチュアルでポエミーなことを言う子なのだ。不思議ちゃんキャラってほどでもないが。その代わり、彼女のお母さんに似て、笑顔が明るく、素直で優しい子だ。
人の幸せがあれば飛び跳ねて喜び、人の悲しみがあれば泣きながら悲しむ。麦の重さに苦しむ人がいれば助け、けんかがあれば腹が減るだけだと宥める。たとえ数学のテストの点数が低くとも、私は、感情が豊かで、そんな風に人を思いやれる彼女を尊敬している。本人に言うと、それだけで半世紀は引きづられそうなので、絶対に言ってやらんがな。
なんて昔を振り返りながら、香澄に見守られて、数週間前の料理を再現する。ほんの少し、改良はしてあるが。
「お待たせいたしました」
「わーい! いただきまーっす! ……ほぇ? 味付け変わった?」
「赤ウィンナーを入れてみた。苦手だったか?」
「ううん、好きだよ。なんか特別な感じするじゃん!赤ウィンナァァーッ!」
怪獣のようなポーズをとる香澄。思わず、「何だそれ」と笑ってしまう。
「ふふ、美味しいよっ」
「……知ってるよ」
この前の『お嬢様』に負けず劣らず、作り甲斐のあるってモンだ。
私も一休みしようと、厨房のパイプ椅子に座って、水道水を一杯入れたコップを口につけようとしたときだった。店の窓の外に、見覚えのある人影が見えた。『黒い服の人たち』だ。三人ほどが、またこちらを覗き込んでいるかと思うと、こちらに一枚のフリップを見せてきた。東海オンエアが大喜利で使うような、手に持つタイプの白いフリップには、マジック・ペンの太い文字で、こう書いてあった。
『こころお嬢様を
宜しくお願い致します』
シェフじゃあないんだがな、などと思いながらも、私は『黒い服の人たち』にサムズアップしておいた。近くの客が割と困ってしまっているのは、私のせいではない。彼女たちも中に入ってくればいいのに。そこらへんは、SPとしての意地なのだろうか。
「庵廿郎~っ!!」
来るか来るかと身構えておいて正解だった。案の定、ドアを勢いよく開けて入ってくるのは、先日見たばかりの金髪の少女だった。噂をすれば影、の類の迷信は信じていないほうだが、今回に至ってはタイミングがピッタリだ。
弦巻こころ。前に来店してくれたっきりなので、会うのは二回目だ。
「あ!? こころん~!」
「香澄! この店を知っていたのね?」
「……お?」
「紹介するね! 同じ学校の、弦巻こころちゃんだよっ!」
「知ってる」
「うんうん、知ってるのかぁ……なんですとぉっ!?」
今日のこころの服装は、私服だろうか、簡単な恰好…今風に言えば、ラフな服装であった。大き目な赤と白のホリゾンタル・ストライプのTシャツに、ホット・パンツを合わせたようなショート丈のサロペット、手には赤いリボンのついた髪留めを巻いている。
靴はビーチ・サンダル。おじちゃん、最近の服の流行りなんて知ったこっちゃないパーカー族なんだが、さすがに幼すぎるという印象だ。あと、5月にしては涼しすぎるぐらいなのではないか。私だったら風邪をひくか腹をこわすこと請け合いだろう。別に誰に保証するってわけでもないが。
子供は風の子、天気の子。外で遊ぶのはけっこうだが、そのスタイルで、その服装かあ。
「つい先日、知り合った」
「ま、マジすか……」
「マジだ」
「香澄も、最近知ったの?」
「いや、小学校の頃から来てるよ」
「このお店、そんなにやってたのねっ!? 驚いたわ! そのうえ香澄とも知り合いだなんて、聞いてないわよ庵廿郎!」
「言ってないし、聞かれもしなかったからな」
まあ、似た者同士が揃ったものだな。
「香澄は何を食べていたのかしら?」
「『オムライス』だよ~っ」
「オムライス……いいわねっ! 庵廿郎! オムライスをひとつ頼むわ!」
「はいよ。これ、お冷」
こころは、カウンターの一番奥にある香澄の特等席の隣に座る。そこに、私が口をつけようとしたものの、まだ一滴も飲んでいない水道水を渡す。
さては、こいつ『いま食べたいものを直感で』決めたな。香澄はもう完食してるし。まあ、何でも作ると言ったのは私だし、この店においてメニューは飾りのようなものだ。その気になればラーメンだって出してやる。今来ている客の料理は出し切ったし、ちゃちゃっと作るか。
「こんな店があるなら、もっと早く教えてほしかったわ! 香澄!」
「ありゃ? 言ってなかったっけ?」
「そうよ! この前、たまたま違う道でお家に帰っている時に、この店を見たの! そしたら、頭の中にビビッ! ときたのよ! 電気みたいなのが!」
「おぉぉ~っ、キラキラドキドキだねっ! ギュインギュインのズドドドドだよ!」
「まさにソレよっ!」
二人は『波長』が合っている友人なんだ、ということは分かるが、なんつー会話してるんだよ。擬音だらけだし。桐生戦兎じゃないんだから。
というか、珍しいこともあるものだ。先述した、『旭湯』で働いているという客と偶然会ったように、一部の地域で長く営業をしていると、こんなことが稀にあるのだ。四季によって移ろい行く街並みと、そこにある確かな思い出。出ていく人もいれば、入ってくる人もいる。街は決して、変わることを拒まない。少し離れた新宿みたいな大都会だって、こんな下町だってそうだ。広告や小さなビル下のチェーン店。電車のラッピング、垂れ流されている流行りのJ-POP、街路樹。
とにかく、ローカルな店だからこそ、こんな風にバッタリ誰かと会うこともあるということだ。
ノスタルジック、とでも言うべきだろうか。感動……感情が動かされる、というわけではないが、こういうのが『感慨深い』ってヤツなんだろうなというのは、なんとなく分かる。実際に戸山一家が、新しく生まれた妹を連れてきたときは、泣くとまではいかないが、さすがに『ほう……』ぐらいは感じた。元から感情を表に出すという行為が苦手なうえに、普段から何を思うでもなくボンヤリ暮らしている私とはいえ、感情がないわけじゃあないんだ。ラーメンズのコントを見たときなんか、心の底から笑うこともある。
さて、窓の外の彼女たちの期待を裏切らないモノを作らなくっちゃあな。
用意する食材は、白米一人前、冷凍のグリンピースを少々、玉ネギ4分の1コ分、赤ウィンナー5本、生卵3個、トマト缶をひとつ。牛乳を大さじ1杯、バターは大さじ3杯、コンソメとケチャップとオリーブ油を適量。ニンニクをふた欠。塩、コショウ、味の素、砂糖などの調味料。
LESSON1.ニンニクをみじん切りにする。包丁で潰してから入れると風味がつきやすい。フライパンでオリーブ油とニンニクを香りが出るまで炒める。そこにコンソメとトマト缶を入れて混ぜたのち、砂糖や塩コショウで味を調える。バターを溶かし、ソースを完成させる。
LESSON2.玉ネギをみじん切りにしておく。赤ウィンナーは2本を残して斜めにスライスする。
LESSON3.フライパンでニンニクを中火で炒め、バターと玉ネギを入れる。玉ネギが透き通る程度に炒めたら、切っておいたほうの赤ウィンナー、解凍していないままのグリンピースを入れてさらに炒める。
LESSON3.全体的に色が変わってきた段階で、先にケチャップをビャッと入れる。目分量でけっこう。またある程度炒め、米やコショウ、味の素を適宜入れていく。米をほぐし、全体にケチャップが馴染んだら、皿に盛る。
LESSON5.ボウルに卵を割って入れ、溶き卵にして、味の素少々を入れる。フライパンにバター大さじ一杯を中火で溶かし、溶き卵を全て入れる。菜箸で卵全体をかき混ぜる。このとき、フライパンを火から少し離して、適当に温度調整をする。
LESSON6.半熟になったところで、敷いた卵を半分に折るように固め、フライパンの端っこで形を整える。焼き終わったら、閉じた口の部分が上になるように、LESSON3の米の上に乗っけてやる。
LESSON7.残った赤ウィンナーに切り込みを入れ、所謂タコさんウィンナーを作り、ある程度炒めてから、オムライス本体に添える。上からLESSON1のソースをいい感じにかける。
ちょっと手の込んだ、プチ贅沢『オムライス』の完成だ。ソースを手作りしたり、そばにちょっとした飾りを置いておくだけでも、なんとなく特別ッ! って雰囲気の料理になる。細かい努力を怠ることはない、自分のできる範囲で趣向を凝らしてみると、達成感はもちろん、普通のものと比べても一目置かれる料理になるはずだ。毎回やるのはめんどっちぃので、たまにはやってみちゃおうかなァ~♪ ぐらいの気持ちでいい。
オムライスで言えば、ビーフシチューやハヤシライスをかけたり、卵の形をハートにしてみちゃったりすると、特別感が出る。一番手軽なのは、ケチャップで卵の上に文字を書くやつだな。SNSでもよく見るアレンジだ。
カウンターで、文字通り目を光らせて待っているこころの前に、オムライスを出す。
「お待たせしました」
「来たわっ! ……あら? オムレツがそのまま乗っているのね」
「こころん、上のオムレツに、うっすら線があるでしょ? そこをナイフで切ってみてよ!」
「こうかしら?」
香澄がうちのオムライスのギミックを紹介し、こころはそれに従って、真上のオムレツの閉じ口に、これまた上品にナイフを入れる。すると、縦長のオムレツが開き、中身の半熟の部分が出てくる。蝶が羽化するときのサナギのように、縦に綺麗に割れ、ケチャップライス全体に覆いかぶさる。卵液はあふれ、トロトロの表面が店内の照明を乱反射し、輝く。まるで恒星が如く、自分から光っているようにも見える。
この技を完全に習得するのに、3日ほど毎食オムライスだったことがある。数日間にわたって、口の中と部屋からケチャップライスの匂いがとれなかった覚えがあるので、マネはしないでほしい。せめてオムレツだけ作ったほうがいい。寝られないから。
「……わぁっ……」
「ネッ! すっごいでしょ!」
こころは、今まで見たことがない仕掛けだったのだろうか、驚きつつも息を吐いて、開いてゆくオムレツの部分をしばらく見つめていた。その後、右手に握った大き目のスプーンを端っこに突き立てると、すくったケチャップライスと卵を一気に口まで運ぶ。
一通りかみしめて飲み込み、また一息つく。そして、立て続けに二口三口と
「……おいひいわっ」
「おお、こころんがこんなにも真剣な顔を……って、あ゛ーっ!? タコさんウィンナー! ずるいずるい~っ」
皿の隅に置いてあるタコさんウィンナーを、すするように口にするこころを見て、席を立って涙目でこちらを見る香澄。その口に、さっき余分に作っておいたもう一つのタコさんを突っ込んでやると、あち、あち、と言いながらもはふはふしながら食べる。
「お前が駄々をこねるところまでは予測済みだ」
「んふふ、さすがはマスターだね」
「よせやい」
「これ、タコさんだったのね。火星人かと思ったわ」
もうひとつのタコさんウィンナーをスプーンの上に乗せ、まじまじと観察するこころ。いち財閥の家で、こんなの出ないよな。ましてや令和の一般家庭でも、絶滅危惧だと聞く。こんな少しの切り込みに、ほんの少しの手間に、意味があるというのに。
「やはり、見たこともなかったか……」
「ええ。ウィンナーも何故か赤いし。これが美咲の言っていた『赤ウィンナー』ね、初めて食べたわ」
「えっ、それ自体も?」
「そこは予測できなかったみたいだねえ」
「タコさんウィンナーの料金追加するぞ」
「ごめんなちゃい……」
結局、マナーを守ることを完全に忘れた様子のこころは、10年間ジャングルで動物たちに育てられた野生児みたいな食べ方で、オムライスを平らげた。皿についたトマトソースまで、丁寧にスプーンですくいとっている。
「ごちそうさまでしたっ!」
「すごいスピード……」
「ブーメラン映えてるぞ」
「え、刺さってるんじゃないの!? 生えてるの!? 体内から生成された!?」
「いや、インスタ映えの方の『映えてる』」
「ああ、そっちね!?ていうか、あんま難しいボケしないでよぉ!」
「……ふふっ」
こころは、食べている時の至って真剣な顔から、また笑顔に戻っていた。ただ、今回はまた見たことのない、通常時ともロマノフ完食時とも違う笑顔だ。通常の笑顔のようにきりっとしているわけでもなく、かといって先日のように表情筋仕事してませんみたいなのでもない。口角すら少ししか上がっていないというのに、これもまた笑顔に見えるのも不思議な話だ。所謂Cタイプ。いや、誰も言ってはないんだけどさ。
満足や歓喜といった幸福系の感情が、あらかじめ多く用意されているのだろう。用意どころか表に出すことが難しい私からすれば、うらやましいってんじゃあないが、楽しそうだなと思う。見ていても、やはり笑顔というものは心地の良いものだ。彼女のバンドのスローガン(?)である『世界を笑顔にする』という言葉も、彼女自身が笑顔について、笑顔のすばらしさについて良く知っているからなのだろう。この今にも寝てしまいそうな目を見れば分かる。真冬の朝、こたつに入ってあさりの味噌汁を飲んだ時のような笑顔だ。
なんだろう、そもそも彼女自身に対して詳しくないのもあって、上手く説明ができない。
「庵廿郎っ」
「なんだ」
「……また、来るわね。ありがとうっ」
「あ、私もごちそうさま! また近いうちにポピパのみんなと来るよ~!」
ゆっくりと席を立ち、例のごとく三枚の紙幣を皿の横に置き、出ていこうとするこころ。それになんとなくついていく香澄。私はいったんカウンターから出て、ドアを引いてこころの手首をつかむ。振り返ると、こころは何故か目を大きく見開いて、こちらと目を合わせる。
「今更だが。うちにチップの制度はないからな。今度は野口英世あたりを持ってこい」
「ええ、そうするわ! でも渡してしまったものだわ、そのお金は受け取ってちょうだいっ!」
「……マスター、大胆なとこあるなあ……」
こころが外に出た直後、『ゴクローさん』というフリップを見せ、リムジンに帰る『黒い服の人たち』。だから、シェフじゃあないんだってのに。好きでもてなしてるんだし、いいんだけどさ。
そして、こころが置いていった紙幣には、こちらを向いて微笑むベンジャミン・フランクリンがたたずんでいた。後ろの客が軽くどよめいているのが分かった。別に先日のチップで軽く一か月ぶんの料金はもらったさ。なんなら彼女に対してだけサブスク制度を導入してもいいほどだ。
いやしかし、いくら満足してほわほわしてたからといって……。
「ドル札かよ」
To be Continued...