『暁の』空に『祈り』を捧げたわんこの話。
『守りたい世界』と双璧を成す『暁の祈り』の物語
1、私の一生はだいたい10年から15年くらいです。あなたと離れるのが一番つらいことです。どうか、私と暮らす前にそのことを覚えておいてください。
2、私にたくさん話しかけてください。返せる言葉には限りはあるけれどちゃんとわかっています。
3、貴女がわたしをどのように扱っても、私はそれを忘れないだろうということを覚えておいてください
4、私を長い間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないでください。あなたには他にやることがあって、楽しみもあって友達もいるかもしれない。でも私には貴女しかいないのです。
5、私を信じてください。私はそれだけで幸せです。
6、どうか愛情深く接してください。仲良くしてください。その分だけあなたに愛を返します。
7、私は十年ちょっとしか生きられません。だから、できるだけ傍にいてください
8、私には貴女しかいません。が、貴女には学校や友達もいます。どうかその事をよく考えてから私を飼ってください。
9、いつか私が死んでしまう時が来たら、お願いです傍にいてください。
10、沢山の思い出を振り返ると貴女がいて私は幸せです。どうか覚えていてください。私は生涯あなたが好きなんだよって。
だから、ありがとう。アリサ。
これは、あたしと出会ったある子犬の話なの
残酷な描写は冗談でも何でもないから。今なら、まだ間に合うから。
そういう話が苦手な人は引き返して。
特に、ペットとか動物が大好きな心の優しい人は。
一応、警告はしたから、さ。
………だいしょうぶ?
なら、聞いてくれるかな? あたしとジャックの話。
優しくて、どこかエッチだったけど。
いつも一緒にいてくれた。
大好きなあの子の、はなしを……
神様。
もしも、生まれかられるのなら。
誰からも愛される存在になりたいです。
あと、誰かを護ってあげられるような素敵な存在になりたいです。
かしこ。
「くぅ~~ん」
そうして生まれ変わって、彼はお犬様になったみたいでした。気づいたらわんわんおです。それでも彼は今日も元気に生きていました。
微かに人間だったころの記憶を持ちながらも。走り回るのが大好きで、お腹がすいてぶっ倒れるくらいには元気でした。
子犬の姿になったとき周りを見渡しても、親兄弟の姿はなくて。とりあえず街を散策しようとしたり。何だか楽しくなってしまって、獣の本能?で公園を駆け回ってたら日が暮れてしまったりと。好き放題過ごしていました。
人間だったころと比べて、地面がとても近く(低く?)感じられるけど、早く走り回れるのが楽しくてついつい時間を忘れてしまうのです。子犬の彼が人間だったころは、走るのが好きで好きで堪らなかったので、その影響かもしれません。
何せ歩くよりも、走ることの方が大好きだったから。じっとしていられないのでしょう。
そうして腹ペコになって倒れてしまったのでした。
彼も生まれ変わって三日間くらいは、商店街に居るらしい猫の匂いがするお姉さんに、「お前はノラとしての矜持が足りないのだ」とか言われながらも。何だかんだで水とエサを恵んで貰って、何とか食いつないでいたのですが。それも、もう限界のようです。
きっと、しばらくしたら保健所のおじさんにでも、連れて行かれるんだなぁと呑気に思いながら。彼は公園の木陰で倒れるようにして休んでいました。
人間だった頃に、のんびり時間が過ぎるままにすごしていた彼は、自分の命さえもどうでもいいと思って過ごしていたので。その影響なのかもしれません。なるようになるさが彼のモットーでした。わりと適当で。わりとのんびり屋さんで。わりと気分屋です。
そして、わりと未来を諦めているような。そんな寂しい人生だったから。
だから、何が起きても受け入れるように。自然に身を任せたままでいて。
「大丈夫?」
そしたら、心配したのか通りかかった女の子が、彼の傍に近寄りました。どこかで見たことあるような気がしますが、よく思い出せません。人間だったころの記憶は、もう曖昧でした。
「くぅん」
「あんた、人懐っこいね? もしかして元は飼い犬? それとも迷子かしら? でも、首輪なんてしてないし……」
小さな体を抱き上げられて、どこか怪我してないか確かめてくる少女に、彼は懐きます。伸ばしてきた小さな手を舐めてみたり。柔らかくて暖かい毛並みをすり寄せてみたり。
優しい人は好きです。商店街の猫のお姉さんも、何かと可愛いといって撫でてくれる人も。
「……別に寂しくなんてないけど」
「……でも、放っておけないし」
だから、心配性なのか、単に寂しがり屋なだけなのか分からないけれど。一度、面倒を見てしまったからには、放っておけない程度に優しい、この女の子の事も好きでした。
「よし、決めた。あたしがしばらく面倒見てあげる」
「わんっ!」
「そうと決まれば、名前を考えてあげないと」
「くぅん」
腰まで伸ばした金色の髪に、翡翠色をした瞳。優しい色合いの赤いワンピースを着た女の子のことを彼は覚えているのか、いないのか。それでも彼は、優しくしてくれるご主人様?に既に懐いている様子でした。
「よし、決めた」
「あんたの名前はジャックよ」
「あたしの名前はアリサ・ローウェル」
「よろしくね。ジャック」
「わんっわんっ!」
こうしてひとりの女の子と、眉毛の上におじゃまろみたいな、白い点がある見た目シベリアンハスキーな一匹の子犬は出会ったようでした。
◇ ◇ ◇
「こらジャック! おとなしくしなさい!」
「くぅ~ん……」
ジャックと名付けられた子犬は、日中は海の近くの公園で遊び、近くの森で二匹の子猫と一匹の小狐(人間の子供に変身する)を追いかけて遊び。そして夕方になったら様子を見に来てくれるアリサに飛びつくようにして懐きます。アリサの匂いを感じ取った瞬間、嬉しそうな顔をして駆け寄って行くくらい。彼はご主人様の事が大好きです。
最近はアリサにブラッシングまでしてもらってご機嫌な様子でした。あまりの気持ちよさに目を細めて、しまいにはお腹を上に向けて
「こ、こら、ジャック。あんまりレディの顔を舐めたらダメなんだから。きゃっ、くすぐったいっ!」
「わんっ♪」
アリサの手で頭を撫でられるのも大好きで。ついついご主人様の顔を舐めまわしてしまうくらい彼女に懐いています。それくらい、アリサが大好きです。
「ほら、ジャック。お手」
「わんっ」
「おすわり」
「わんっ」
「三回まわってワンと言え」
「わんっ」
「う~ん、子犬にしては頭がいいわね。ちゃんと言うことも聞くし」
そして人間だったころの記憶が残っている影響なのか。アリサの言葉を理解して、行動で示すくらいには知性がありました。アリサが寂しそうな顔をすると寄り添ってきて、柔らかい毛並みの身体をすり寄せたりもします。だから、そんな人懐っこいジャックに、アリサも少しずつ心を開いていきました。
「ジャックは優しいね」
「いつもあたしの傍にいてくれる」
「くぅ~~?」
アリサの言葉に、ジャックは理解してるのかいいないのか、可愛らしく首を傾げます。
「ほら、あたしってこんなだからさ。友達いないんだ……」
「あんまり、同じ年の子と話が合わなくて」
アリサはIQ200越えの天才児です。四つの知能開発教室に通い。塾にも通っています。教えがいのある生徒として学校や塾の教師たちに期待されている存在でした。けれど、頭が良すぎるゆえに周囲の子供たちと打ち解けられなかったらしいのです。両親も既に他界していて。いわゆる孤児で。彼女はいつもひとりぼっちでした。
そんな寂しい思いをしていたアリサとジャックの出会いは、彼女の心の隙間を埋めるには充分すぎたのでしょう。最近は、ジャックの傍にいることが多いようです。
ジャックはアリサのなんでもない話をちゃんと聞いてくれます。学校のこと。勉強のこと。日々の暮らし。その日何があったのか。彼女の隣で、ころんと横になりながら耳を傾けてくれるのです。尻尾もぶんぶん振って嬉しそうな感情表現をします。
そして、ジャックはそんなアリサを慰めるように傍にいてくれて。そして、いつも楽しい気持ちにさせようと、一緒に走り回ったり、じゃれついたりしました。アリサが投げた骨ガムやボールを拾いに行くのも大好きでした。
そんな風に親身になってくれて、自分に懐いてくれるジャックのことを。アリサも大好きになっていきます。
「こっ、こら。スカートの中に顔を突っ込まないの!」
「くぅ~ん……くぅ~ん……」
「うっ……ダメなものはダメよ。甘えてもダメなんだから!」
でも、ちょっとえっちな所もあるジャックに困ったりもします。もしも、アリサに猫をたくさん飼いそうな大人しい親友がいたら、その女の子のスカートの中にも顔を突っ込むかもしれません。
一人と一匹は、そんな何でもない日々を、楽しそうに過ごしていました。
◇ ◇ ◇
「また、スカートをずりおろそうと~~……!!」
「この、アリサ・チョーーップ!!」
「待ちなさいジャック! 今日という今日こそは怒ったんだから!」
「きゃんきゃん!?」
ひとりの女の子と一匹の子犬が出会って、だいたい一ヶ月後くらいが経ちました。相変わらず海沿いの臨海公園で、アリサとジャックは遊んでいます。アリサも普段は勉強をしているのですが、学校の休日などはずっとジャックの傍にいます。そんなジャックもアリサをずっと待っている日々です。
まあ、偶に近くの神社に遊びに行ったりしているようですが。最近は、そこで日向ぼっこをしている子狐の飼い主さん。那美という可愛らしい巫女さんにご飯を分けてもらうのがジャックの日課のようです。
本当はジャックの事を飼ってあげたいアリサですが、寮で暮らしている彼女にはとても難しい相談でした。学校に内緒で飼うのも難しいですし、協力してくれそうなルームメイトもいません。アリサは学校でも一人なのでした。
それに誰かに見つかったりしたら、ジャックがどうなるか想像もつきません。だから、仕方がなく臨海公園で放し飼いにしている状況です。ジャックの頭の良さをアリサは信頼していましたし、ジャックもアリサを待っているかのようにほとんど公園にいます。
そして、ジャックに付けられた首輪は、せめてもの苦肉の策でした。せめて、誰かが飼っているんだと思わせるために。
今は飼える場所を探すか、せめて引き取ってくれる里親がいないか、伝手を使って探す毎日です。といっても、その伝手は知り合った親切な動物病院の女医さんなのですが。
「槙原先生。今日はよろしくお願いします」
「ジャック。いい子だからおとなしくしてるのよ?」
「わんっ!」
アリサの言葉にジャックは頷きました。
孤児のアリサは教育費が免除される程の天才です。寮費も学校が負担してくれて、月に一度お小遣いも貰っています。それでも動物病院にかかる医療費は子供にとってとても高いものです。どうしようかと困ってしまいました。
そんな時にジャックの案内で、商店街の猫の匂いがするお姉さんと出会い。彼女に紹介してもらったのが、怪我をした野生動物を無料で治療しているという槙原動物病院(なのはたちがユーノくんの治療に連れて行った場所)でした。
「あらあら。本当にこの子は聞き分けがいいのね」
「その、すみません。何から何まで面倒を見てもらっちゃって」
「いいのよ。野良の子は無料で治療するが当院のモットーだし、それにアリサちゃんの事情もちゃんと理解してますから」
「お金ならその、将来働いて返します」
「子供がそんな事気にしなくていいの。でも、貴女が大人になってそれでも返したいというなら、その時に払ってくれればいいから」
当然ですが犬にしろ、猫にしろワクチン接種は必須です。そうしないと思わぬ病気や感染症に掛かってしまいます。アリサもペットの飼い方の本などを読んで、そのことを学んだのですが。何しろ誰にも秘密にしているのですから、誰かに相談しようにも無理な話。
そんな困っているアリサを導くように、ジャックは商店街まで彼女を導いて、とあるペットショップのお姉さん(アルバイト)と出会わせたのです。何かと親切にしてくれる猫の匂いがするお姉さんなら、何とかしてくれると。
だけど、それはジャックにとって誤算だったのかもしれません。
ジャック。なんと注射が苦手だったのです。いえ、する前は平気だったというか楽観視していたのですが。実際に犬として注射の痛みを経験したことで、ちょっと苦手意識が芽生えてしまったのです。
彼も最初は我慢するのですけど。
「ふっふっふっ、ジャック? 今日はお注射の日なのだ」
「わふぅ!? きゃいん! きゃいん!」
「あっ、こら逃げるな」
「待ちやがれなのだ~~!!」
こんな風に動物病院でお手伝いをしている商店街の猫の匂いがするお姉さんが、にやりと笑いながら注射器片手に近づいてくるものですから。ちょっと怖くなって部屋の隅に逃げてしまうようなのでした。
他の入院している動物を怖がらせないように配慮するあたり、ジャックは変なところで気を使います。診察室を飛び出したり、暴れまわったりすることはありません。
けれど、商店街のお姉さんから逃げ回って、困らせることで。注射をうやむやにしたい気持ちはあるのかもしれません。獣の浅知恵ならぬ。子犬の浅知恵です。いえ、彼もワクチン接種の重要性は、人間だったころの記憶で分かっているのですが、それでも痛いのは嫌なのです。
「こらこら美緒ちゃん。あんまりジャック君を怖がらせちゃ駄目ですよ」
「わんっ❤」
「……なんか納得がいかないのだ」
けれど、優しい槙原先生にすぐに懐くあたり、ただ単に美人のお姉さんが好きなだけなのかもしれません。彼は猫のお姉さんを自分と同じ動物の仲間として見ている節があります。猫の匂いがするからでしょう。
獣医さんに抱えあげられて、診察台の上に大人しく座りなおしたジャックにアリサが近づきました。
「ジャック、元気がでるおまじないよ」
「くぅん?」
「痛いの痛いの飛んで行け~~。痛いの痛いの飛んで行け~~」
「わんっ!」
そんな注射が苦手なジャックを、アリサは傍で見守ってくれます。ジャックのことを安心させるように撫でてくれます。そんな彼女に、ジャックは応えて、撫でられる頭に目を閉じながら、安らかな気持ちで、じっと注射を我慢するのでした。ご主人様の手をぺろぺろと舐めたりもします。
「ふふっ、それじゃ、お注射しますね~~」
「ほら、ジャックは男の子だから頑張るのだ。こう、女の子の前でカッコイイところ見せるかんじで」
そんなひとりと一匹を獣医の女医先生と猫のお姉さんが優しく見守ります。
「わふぅっ!?」
でも、それはそれとして、やっぱり注射は苦手なジャックなのでした。
◇ ◇ ◇
結局、里親は見つからず。ジャックはしばらく槙原動物病院で面倒を見てもらえることになりました。まるで、アリサの傍を離れたくないという運命を感じますが、気のせいでしょう。最近はリードを握るアリサの手を引きながら、一緒に商店街を散歩するのが彼の楽しみです。
「あっ、あの時の子犬さんだ」
「かわいいいっ!」
「くぅん!」
一緒に遊んだこともある子狐の匂いがしました。どうやら女の子の背中の改造リュックに乗せられているようです。知り合いに会えて、元気そうで良かった挨拶する子狐を、ジャックは立ち止まって見上げます。それに女の子のこともどこかで見たことあるような気がしました。
明るい栗色の髪をふたつのおさげにして結った女の子です。どこかで見たことあるけど、ちょっと違うような白い制服を着て、白い制帽を被っています。
でも、思い出せません。ジャックは首を傾げます。
「ジャック、どうしたの」
「この子と狐が気になるのかしら?」
ぺたんと座り込んで、お尻を付けたジャックに、アリサも立ち止まって不思議そうに声を掛けます。
「あの、すみません」
「わたし、高町なのはっていいます」
「私立せいしょーふぞく小学校の三年生です」
「この子はくーちゃん」
「くぅん」
そんな様子を見かねたのか、それともアリサが気になるのか。小狐を背負った女の子が、ぺこりとお辞儀をして自己紹介をしてくれました。
「あっ、どうもご丁寧に」
「あたしはアリサ・ローウェル。私立聖詳付属小学校の小学五年生」
「この子はジャックよ」
「わんわんっ!」
だから、アリサも礼儀正しく自己紹介をします。もっとも、彼女はあまり人と接してこなかったので、急に話しかけられてちょっと困惑気味です。相手が小学校の後輩にもかかわらず、何を話せばいいのか迷ってしまいます。
「この子、偶に見かけてたんですけど、妙に人懐っこい子で気になってまして」
「でも、わたしは喫茶店の娘なので、動物を飼ったりすることができなくて」
「あんまり面倒見てあげられなかったんです」
「だから、元気そうでよかったです」
「くぅん!」
そんな時に、なのはちゃんから話しかけてくれるのは、とても助かりました。
「良かったら、抱っこしてみる?」
「いいんですか!?」
「その代り、その子狐を抱っこさせて貰ってもいいかしら?」
「久遠です。この子の名前。くーちゃんも、いいかな?」
「くぅん!」
そうして二人の女の子は、それぞれの親友で、ともだちで、家族みたいな子犬と子狐を優しく抱っこして。そのもふもふ具合を堪能したのでした。二匹もいっぱいもふもふされて、どこかご満悦そうです。
「あの、良かったら、わたしのおかーさんが経営している喫茶店に来てください」
「精一杯おもてなししますよ?」
「いいの?その、迷惑だったりしない?」
「そんなことないので大丈夫です」
「それと、良かったら友達にでも」
「えっ、その、あのっ、あたしなんかと友達に、あの……」
そうしてとっても社交的で、人懐っこいなのはと、どこか勝気だけど寂しがり屋なアリサは、なまえをよんで友達になりました。
「くぅん?」
「くぅ?」
「「くぅん♪」」
それを二匹の動物たちが優しく見守っているのでした。
そんな風に新しい出会いを繰り返しながら、いろんな所をアリサと一緒に散歩するのが大好きなジャックですが。一番好きなのはやっぱり海鳴臨界公園で走り回ることなのでした。
「ジャック。大好きよ」
「ジャック♪」
「できれば、ずっとそばにいてね」
「約束よ」
「約束」
「わんっ!」
ジャックにリードを引っ張られながら一緒に公園を駆け回って遊んでいたアリサの一言に、ジャックは元気よく返事をします。
いつの間にか一人と一匹は家族同然の絆を育み、ふたり一緒にいることが当たり前になっていました。だから、ジャックも暁の空に、この子を守りたいと願うようになるくらいアリサが大好きでした。
できればずっとそばにいてあげたいと思うくらいに大好きでした。一人と一匹はとっても幸せでした。
「あいつ、いつも一人で友達もいなさそうだぜ」
「へへっ、ならやっちまっても誰も気にしないし、ばれなさそうだなぁ?」
「あの犬っころはどうする?」
「なぁに、学校帰りを襲ってちょっとやっちまえばすぐに済む」
「じゃあ、近いうちに決行な。へへっ、楽しみだぜ。ガキは締りがいいからなぁ」
「ちょうどいい薬も手に入ったし、泣き叫ぶ姿が最高にそそるからな」
けれど、ああ、何ということでしょう。
そんな幸せそうに過ごしているアリサに魔の手が迫っているなどと。
誰も気付くことができなかったのです。護ると誓っていたジャックでさえも。
まるで、彼女の運命はあらかじめ定められたかのように。
アリサ・ローウェルという一人の少女を不幸にしようとしていました。
「やめてっ! 離してよ!!」
「おらっ、大人しくしろや!」
「この辺、この時間帯なら誰も通らないからな。やりたい放題だぜ」
「むぐっ!? 誰かっ、だれか、たすけて……!!」
嗚呼、嗚呼、何ということでしょう。
結局、この世界でもアリサという女の子は救われないのでしょうか。
ジャックを散歩に連れ出そうと、学校が終わった帰りに歩いていたアリサは、男たち三人掛かりに力付くで誘拐されて。こうして路地裏まで連れ込まれてしまいました。
このままでは薬を打たれて、男たちの欲望のままに汚されてしまう。そうして、散々好き放題された挙句。犯行がばれそうになった男たちに、証拠隠滅もかねて口封じに殺されて。悔しさと、自分を想って泣いてくれる友達がいない寂しさにひとり地縛霊となるのです。
それが、バニングスではない。アリサ・ローウェルという少女がたどってしまう末路でした。
だから。だから。いつまで立っても迎えに来ないアリサを、心配して。吠えて、吠えて、様子を見に来た商店街の猫の匂いがするお姉さんにリードを外してもらいながら。すぐに飛び出して。
「ぐるるるる!!」
「お、おい……なんだよ……」
「野犬がいるとか聞いてねえぞ……」
アリサの匂いを必死にたどって、大好きなご主人様の悲痛な叫び声を聞いて。
ジャックが『俺の妹に何してる』という風に怒り狂うのも無理はありませんでした。
「ジャック……!!」
制服の前を破かれて、隠れていた下着が露わになってしまったアリサが、いろんな感情がない交ぜになったような声でジャックの名前を呼びます。来てくれて嬉しい気持ち。どうして来てしまったのと心配する気持ち。
そうして男の一人に羽交い絞めにされたまま、力が抜けて動けないアリサの前で。
「グルアアアアアァァァァ!!」
「うわぁ!! 飛び掛かってきた」
「あああっ!! 俺の、俺の腕を噛みやがった!?」
ジャックはアリサを助けるために、男たちに飛び掛かっていきました。
アリサを傷つけまいと、決して向けることのなかった鋭い牙と爪で噛みついて、男たちの服の下にある肌を引き裂くように爪で引っ掻いて。でも、まだ成長途中の子犬だから力が足りなくて。
それでも、ジャックは吠えに吠えて、暴れに暴れたました。
騒ぎを聞きつけてくれば誰かが助けに来てくれる。様子を見に来てくれるはず。
人を襲った自分は悪い犬として処分されるかもしれないけど、そんな事はどうでもよかったのです。目の前でアリサが酷いことをされている。なら、鋭い牙で思いっきり噛みついて、爪で引っ掻いて、とにかく大好きなアリサからこいつらを引き離そうと必死に戦いました。
もしかしたらアリサが殺されてしまうかもしれないのです。絶対に引き下がるわけにはいきませんでした。
「このっ、クソがっ!! クソ犬が!!」
「死ねよ、おらあっ!!!!」
「きゃいんっ!?」
ジャックが噛みついた男に蹴られました。育ちきってない身体では吹き飛ばされてしまいます。それでも、アリサを守るために立ち向かおうと、立ち上がろうとしました。
「させっかよ。俺が抑えてるからやっちゃって」
「おっ、よくやった。待ってろクソ犬。1000倍にして返してやっからな」
けれど、他の仲間が、倒れたジャックを動かないように押さえつけて。それから蹴る。殴るなどの酷い暴力を受けて。あまりの痛みにジャックの口から犬の悲鳴が零れ落ちてしまいます。
それでも彼は力の限り叫びました。吠えました。戦おうとしました。
僕が護るんだと。人間だったころの臆病な自分を奮い立たせて。
だってアリサは優しくしてくれたのです。大好きな人なのです。愛して、愛される経験があまりなかった彼を、たくさんたくさん撫でてくれて。寂しい時も悲しい時も一緒にいてくれた大切な人なのです。
そんな大好きな女の子を死なせるなんて彼にはできないのです。だから、絶対に護るんだと。
けれど、多勢に無勢で、二人がかりで抑え付けられてしまっては抵抗もできません。
「へへっ、剥製にしてやっからよ」
そうして男が刃物を取り出して。ジャックの前足の肩のあたりを鋭いナイフで刺しました。
「~~~~~!!?」
あまりの痛みに声にならない悲鳴が上がります。
「ジャック!! ジャック!!」
「お願い! もう、やめてよ!」
「あたしは、どうなっても構わないから!」
「ジャックにひどいことしないでっ!」
「ジャックを殺さないで」
そんなあまりの惨い仕打ちに、見ていられなくなったアリサが、自分の身体に必死に力を込めて。ジャックの元へ駆けつけようとします。けれど、打たれた薬の効果と、子供と大人ほどの体格差がある大人の男に押さえつけられては、アリサも動くことができません。
ただ、目の前で行われる。人と思えないような仕打ちがジャックを襲い。何度も何度も小さな命を傷つけるような、人間によって行われる残虐な行為を、涙を流しながら見ていることしか出来ないのです。
「こいつの飼ってる犬かよ。」
「殺してから、くそ犬の死体の前で犯しちまおうぜ」
「絶望に染まった顔を見ながら犯すの堪らないよな」
「おら、早く死ねよ。クソが。思いっきり噛みやがって」
「躾のなってない犬は殺ってしまいましょうねっ、と。保健所の代わりに殺処分だぜ」
それをアリサは見ていることしかできなくて。ジャックは何も出来ない自分が悔しくて。
「ジャック。お願いっ! 逃げて!!」
お願い。アリサ。今のうちに逃げて……
「誰か、ジャックを助けて!」
誰か、アリサを助けて。
初めてなんだ。こんな風に大切に思えたの。たくさん優しくしてもらった。寂しいときも、ひとりで俯いているときも傍にいてくれた。こんなボクの為に毎日、欠かさず会いに来てくれた。頭を撫でてくれて、柔らかい毛並だねって何度も撫でてくれた。優しくしてくれた。
いっぱい。いっぱい遊んでくれた。
嬉しくて、嬉しくて、毎日がしあわせだった。
はじめてなんです。こんな気持ちになれたの。
だから……
かみさまがいるなら。どうかやさしい、ごしゅじんさまを、たすけて……
そんなジャックの祈りを聞き届けるかのように。
「お前ら!何やってるのだ!!」
「このっ、人の風上にも置けないクズがっ、なのだ!」
駆け付けた猫の匂いがするお姉さんが木刀片手に、ジャックを痛めつけていた男の一人をぶっ飛ばしました。反撃しようとしたもう一人の男も、アリサを人質にしようとした男も、猫のようなしなやかさで近寄ってボコボコに痛めつけて。
ジャックの分までやり返すように。けれど、決して殺さぬように。
そうして猫の匂いがするお姉さんは、あっという間に男たちを叩きのめして。ジャックとアリサを守るように立ちふさがったのです。
手も足も出ない男たち。余裕を見せる姿で、だけど顔に凄まじい怒りの表情を浮かべながら、激情を露わにする。猫の匂いがするお姉さん。
どちらが優勢なのかは、火を見るよりも明らかでした。
「てめぇ、顔覚えたかんな」
「それはこっちの台詞なのだ! てめえら絶対ただじゃ済まさないのだ!」
そんな捨て台詞を吐きながら去っていく男たち。
そうして怪我をしながら逃げた男たちは後に、同じような事件を起こそうとして警察に逮捕されるのですが。再びアリサたちと彼らが会うことはありませんでした。生きているのか、死んでいるのかもわかりません。そんなことアリサにはどうでもいいことです。
「ジャック、ジャック……お願い。死なないで……」
今は消えかけている温もりを、何とかして助けてあげるほうが先決でした。
◇ ◇ ◇
アリサと猫の匂いがするお姉さんは、弱りきったジャックを抱えて、急いで槙原動物病院まで駆け戻りました。
急な急患にも槙原先生は慌てず、事情も聴かず。ジャックを助けるために最善を尽くします。猫の匂いがするお姉さんも助手として必死に動きます。
「ジャック……」
「くぅ、ん……?」
アリサはジャックを励ますように必死にそばに寄り添いながら、ジャックの顔の前で心配そうに涙を流して。傷ついたジャックの姿があまりにも痛々しくて、あのとき何もできずに守られてばかりだった自分が悔しくて涙が止まらないようでした。
そんなアリサを慰めるようにジャックは小さく、弱々しく鳴きます。彼の心の内は安堵でいっぱいです。アリサが無事でよかったって、そればかり考えています。もう、痛みも苦しみもあまり感じません。
「死なないで……」
「ずっとそばにいてよ……」
「ジャック……」
何となく自分が瀕死の重傷なんだとぼやけた頭で理解していました。
それでも、ジャックは泣いているアリサの頬に顔をすりよせて一生懸命舐めてくれる。まるで、慰めるように。
けれど……
何度も殴られ、蹴られ、たくさんの血を流してしまったジャックは………
……致命傷でした。
……輸血しても、点滴を打っても、怪我を縫合して治しても、おそらく助かりません。血の混じったおしっこが、彼が受けた仕打ちの惨さを静かに表しているようでした。今、ジャックが起きていられるのは槙原先生や猫の匂いがするお姉さんの懸命な治療と、意識を失うまいとするジャックの必死の精神力によるものです。
起きているだけで痛いのです。苦しいのです。身体が熱くてたまりません。けれど、ジャックはそれも感じないほど弱っているのです。
徐々に寒くなっていく感じがします。それから、だんだんと眠くなっていってしまう。気を抜けば今にも眠ってしまいそうです。それでも、目を閉じようとしないのは、きっとこれが最後になるって彼も分かっているから。
「っ………」
「やだ……やだ、やだやだやだ!!」
「ああああああっ! こんなのってないよ!!」
「お願い。死なないで。死なないでよジャック!」
「ずっと、ずっと傍にいてよ!!」
だから、何となくそれが分かってしまうアリサも、猫のお姉さんに取り押さえられるくらい。みっともなく泣き喚いてしまって。
「くぅ……ん……」
そんなアリサに必死に応えようと、ジャックも弱々しく返事をしてくれて。
槙原先生がごめんなさい……とアリサに謝りながら静かに首を振ります。アリサも本当はわかっています。ジャックは、もう、助からないんだって。楽にしてあげるべきなんだって。
だから、アリサは猫の匂いがするお姉さんの胸の中で、涙が枯れてしまうくらいに泣き叫んで。肩を震わせて。猫の匂いがするお姉さんも、辛そうに顔をしかめながら優しくアリサを抱きしめてくれて。
槙原先生が苦しそうな表情を浮かべながら、注射器を用意しました。いつかくるお別れのときに、辛そうにしている子達を優しく送るためのお薬……
ふと、ジャックの頭の中で、思い出のようにアリサの姿が過ぎ去っていきます。大好きなアリサが明るく笑ってくれている。そんな笑顔ばっかりの思い出で、自分はそんなアリサが大好きで、いつも傍に駆け寄って懐いている。夢みたいな映像です。大切なジャックの思い出です。
――ジャック。大好きよ。
――ジャック。
――ずっと傍にいてね。
――約束よ。
――約束。
ごめんね。アリサ。やくそく……守れそうにない。でも……
神様。お願いです。
ボクのことはどうなってもいいから。
アリサを守ってあげてください。
どうか死の運命へ、アリサを連れて行かないでほしい。
きっとこの先の未来は明るくて、楽しいことがいっぱい待ってるから。
だから、どうか幸せに……
アリサ、大好きだよ。
いつまでもいつまでも。
そうしてジャックは泣いているアリサの背中を見つめて、それから安心させるように声を掛けてくれる槙原先生と、辛そうに謝る猫の匂いがするお姉さんの声を聴きながら。大好きなアリサの、けれど悲しくて泣いている声を聴きながら。
彼は静かに目を閉じて。
それっきり動かなくなりました。
――わたしの名前はアリサ・ローウェルよ
――よろしくね。ジャック。
最後に大好きなご主人様の笑顔を浮かべながら。
◇ ◇ ◇
「アリサ。ごめんなのだ……」
「あたしがもっとはやく駆けつけてれば……」
「ぐすっ……ううっ……ジャック……」
「……美緒ちゃん。いまは、そっとしておいてあげましょう」
「……うん」
「アリサちゃん……力、及ばなくて、ごめんなさい……」
「ごめんね……」
「ひっぐ、ぐすっ……」
「ジャック……ジャック……」
「ごめんなさい……」
「あたしの、せいで……あたしが、さらわれたから……」
「あたし……わたし……」
「せいいっぱい……いきるっ……」
「ジャックが、くれた……いのちだから……」
「こんどは、わたしが……ジャックを、たすける、から……」
「あぁ、ああああああ!!」
「ごめんねっ、ごめんねっジャック!!」
「わたし……わたし……」
「ぐすっ……」
「ジャック……ありがとう」
「わたし、お医者さんになるね」
「ジャックみたいに怪我をした子を助けたいの」
「それが、助けられた私の償いだと思うから」
「ねえ、ジャック。もしも生まれ変われるのなら……」
「ううん、なんでもないよ……」
「ジャック」
「ばいばい、ね?」
「それから、ありがとう」
「あの、槙原先生。美緒姉さん」
「ジャックのお墓をつくってくれて、ありがとうございます」
「この子もきっと、安らかに眠れると思います」
「槙原先生」
「わたしを、私に、勉強を教えてください!」
「ジャックみたいな子を助けられるようなお医者さんになりたいんです!」
「だから、よろしくお願いします!!」
◇ ◇ ◇
続く
無事に生まれたよアリサ。
本当に!? お父様!!
こんにちわ。わたしの小さなパピー。
わたしはアリサ。
アリサ・バニングスよ。
あなたはジャック。
ジャックよ。
これからよろしくね。ジャック。
生まれてきてくれてありがとう。
くぅん♪