素晴らしい人生はどこにあるのか。
幸せとは何なのか。
分からないまま歩いて、
辿り着いた場所で答えを知る。
なら、私は...

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朋也を失ってなお生きる、坂上智代という女性の話。
1人になっても、生きようとする強い意志は変わらない。
生きる残り時間を知ってなお、その人生を輝かせるために。


It's a wonderful life〜その最後の日には〜

 

 私は、1度大切なものをなくしかけた。

 いや、1度なんかじゃない。

 

 私は、何度も何度も大切なものをなくしかけた。

 

 

 その度に誰かに甘えて、弱さを知って、それでも進んできた。

 怒って、泣いて、泣いて、どうしようもなくなるくらいまで泣いた。そしてまた歩き始める。そうやってここまで歩いてきた。

 

 

 

 私は、弱い女だ。

 いや、今も弱いままだ。

 

 

 

 そんな私でも、ここまで生きてこれたのは、最愛の人がいたからだ。

 

 

 岡崎朋也。

 

 

 私が好きだった人。

 私が愛した人。

 ...私の夫だ。

 

 

 どうにもならないくらいまで弱って、それでも歩けたのは、朋也がいたからだった。

 いつも傍にいてくれた。

 

 気づけば、2人だけだった空間には人が集まっていた。

 鷹文が、河南子が、ともが。

 

 それは、とても賑やかな毎日で。

 

 

 

 幸せだった。

 

 その日々は、幸せそのものだった。

 別にお金があったわけじゃなかった。特別高い地位にいた訳でもない。

 けれど、裕福な暮らしじゃ手に入れられない幸せを、私達は確かに手にしていた。

 

それはどんなに周りに振り回されても。

どうにも出来ないことに見舞われても。

一緒に生きていく強さがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 その幸せは、突如として崩れ去った。

 

 

 ある日、朋也が病に倒れたのだ。

 

 原因不明の病。

 1週間で記憶を無くす病。

 

 それはとんでもない理不尽で。

 行き場の無い怒りを私は抱えていた。

 

 

 

 たったそれだけで、私の幸せは終わった気がしていた。

 目を逸らして、耳も塞いで、目の前の現実から目を逸らした。

 

 

 

 

 けれど、そうじゃなかった。

 幸せは、そんなもので終わるものじゃなかった。

 

 

 

 だから私は、沢山悩んで、葛藤して、もう一度朋也と向き合うことにした。

 説得して、確かにそこにあった愛を朋也に伝えて。

 私はその時、『岡崎智代』になった。

 

 朋也は、手術を受けることに決めた。

 私との間の愛を思い出した訳では無いと思う。...けれどそこに、概念的に残っていた愛をきっと朋也は信じたんだと思う。

 

 

 私は、もうそれでよかった。

 それだけで、少し報われた気がした。

 あの幸せな日々は、決して無駄じゃなかった。...それだけで、良かった。

 

 

 そして手術当日。

 鷹文も、河南子も、ともも、あの時、同じ屋根の下にいた人は、みんな集まった。

 みんな、朋也の手術の成功を願って。

 結果は、半分成功で、半分失敗。

 

 

 朋也は、記憶を取り戻した代わりに、生き長らえる力を失った。

 そこからは、少しでも生きてくためのリハビリの日々。

 

 

 確かに辛かったと言えば辛かった。

 

 けど、その毎日の中に確かに、もう一度、幸せを見つけた。

 

 二人で歩いたほんの少しの日々。

 二人の歩幅は違うけれど、ゆっくり歩けば足並みは揃った。

 同じ景色を見て、同じ喜び、苦しみを分かちあって。

 

 二人で、幸せを見つけて。

 

 

 

 そうして、朋也は亡くなった。

 目の前に浮かぶ、綺麗な夕日に染って。

 

「ありがとう。お前のおかげで、いい人生だったよ」

 私にとって、この世で1番悲しい言葉をそっと呟いて。

 

 

 

 そして、また私は1人になった。

 ただ、私は1人になっても歩く術を知ったから。

 だから、ずっと1人で歩き続けた。

 

 

 もう合わすことが出来ない足で、1人未来を目指すために。

 

 

 涙を封じ、上を向いて、それが誰かの希望になるならばと。

 1人で、歩いてきた。

 

 

 

 だがそれも...終わるのは時間の問題だった。

 

---

 

 

 

 

 朋也がいなくなってからも、私は『岡崎智代』として生きてきた。

 誰かと再婚することもせず、世間一般的に「一人で生きている」と言われるような状況で、私は一人歩いてきた。

 

 朋也のいないこの世界で、いつか手にした幸せを思い出しながら。

 

 

 

 

 街を歩くと、時折父と、母と、子供と、家族揃って歩いてる人を目にすることがよくある。

 それが羨ましくなかったかと言えば嘘になる。

 私も、そんな日々を願ってたからだ。

 

 でもそれは他でもない朋也との間での話。

 『岡崎智代』であり続ける以上、私は他の男を愛する資格もなければ、愛するつもりもなかった。

 

 そうした毎日は、気づけばもう十数年も経っていた。

 気を抜いてしまえば、心を失ってしまいそうな日々。

 いつかの愛を、幸せを思い出しながら生きるのも、もはや限界に近かった。

 

 1人未来を目指して歩いて、あれほどの幸せを得ることができるはずもなく。

 鷹文も河南子もすっかり大人になり、ともも立派に育ち、私から離れてゆく。

 本人達と関わりが切れたわけじゃない。...けれど、確かに離れた距離は縮まることは無かった。

 

 

 本当に、一人になってしまった。

 やっぱり私は、いつまでたっても強くなれない。

 

 

 また、寂しさだけが残る。

 ただ幸せを思い出すだけというのは、あまりにも惨いものだった。

 

 

 

 でも。

 

 生きることは諦めなかった。

 諦めていいはずがなかった。

 あの時、残り少ない人生を必死に生きた朋也を、裏切れるはずがなかったからだ。

 

 弱音を吐くことは許されない。

 歯を食いしばって、生きてく毎日だった。

 

 

---

 

 

 春になった。

 今年は少し例年より肌寒い。春になったとはいえども、春を感じるにはまだ早く感じる。

 

 今日は仕事が休みであるため、いつもより少し遅い時間に目を覚ます。

 けれど、朝起きてやることは変わらない。

 

 

「おはよう、朋也」

 

 目の前においてある朋也の遺影に手を合わせてそっと呟く。こうして私の朝は始まる。

 カーテンを開けると、見慣れた景色。

 みんなでいたときも、一人で居るときも、ここから見える景色は変わらない。

 

 

 なんだかんだ言って、私は今いる家を変えることは出来なかった。

 朋也と、鷹文と、河南子と、ともと一緒にいた小さなアパート。それが今も変わらず私の家だ。

 

 変えることなんて出来ない。

 変えてしまっては、思い出を失うことになる。

 

 ただでさえ寂しさを感じているのに、それに追い討ちをかけることなんてできるはずなかった。

 

 

 それから朝ごはんを食べ、洗濯物を干して、掃除をして、ようやく一息つく。

 机の上においてあるパソコンを起動する。

 最近の機種は性能が素晴らしいもので、電源を入れて一分待たずに万全の体制になる。

 目の前の画面には見慣れた画像、文字が浮かび上がる。

 

 

 『森のくまさん』

 どこかのページで私が使っている名前だ。

 初めて名乗ったときとはパソコンが変わってしまったが、今でも変わっていない名前だ。

 

 そうして今日も一通り画面を覗いて、すぐにパソコンを閉じる。

 少しやつれてしまったせいだろうか。もうあの頃みたいに何かを書く気力は残っていなかった。

 

 

「...はぁ」

 

 ため息を一つついてだらしなく寝転がり、天井を見上げる。

 最近はこうやってぼーっとして時間をつぶすことも増えた。

 

 ただそれは、時折私の意志ではない。

 なぜかしら集中できない、意識が飛びそうになることが最近増えてきているのだ。

 

 

「疲れてるんだろうか、私は」

 

 もう一度ため息をついて寝返りを打つ。

 

「なぁ、朋也...」

 

 

 返事は無い。

 代わりに、家のインターホンが鳴った。

 

 

「...いけない、出ないとだな」

 

 身体を無理やり起こして玄関に向かう。ドアを開けた向こうに立っていたのは鷹文だった。

 

 

「おはよう、姉ちゃん」

 

「鷹文か。どうしたんだ、わざわざ家に来て」

 

「そこら辺をふらふらっと歩いてたら、ね」

 

「なんだそれ。...上がるか?」

 

「おじゃまするよ」

 

 

 そうして鷹文は家に上がっていく。さっき掃除をしておいてよかったとひっそりと思いながら、私は台所に向かった。

 

 二人分のお茶を机に置く。

 

「ありがと」

 

「お客様にお茶を出すのは普通だ」

 

「実の弟までにそこまでしてくれなくていいんだけど」

 

「...私の気休めだ。ほっといてくれ」

 

「分かったよ」

 

 

 相手が誰であれ、二人分の何かを出すということは逆説的に一人じゃないということを教えてくれる。それがただの気休めでも、寂しさは紛れた。

 

 

「そういえば、久しぶりにここに来た気がするなぁ」

 

「そうだな。来客もずいぶんと久しぶりだからな」

 

 

 意識して無いのに、どこか悲しい言葉しか出てこない。鷹文もそれを感じ取ったようだ。

 

 

「...姉ちゃん、無理してない?」

 

「無理、か...。確かに、してるかもしれないな」

 

 変な否定はしない。

 強がることは出来なかった。自分でも無理をしてる気がしてる。

 そうなってまでも私を突き動かすのは...、多分の過去の私だと思うが。

 

 

「いつでも頼ってくれていいんだよ? 今まで散々姉ちゃんに助けられた恩返しくらいはしたいんだけど」

 

「ありがとう。...でも、気持ちだけで十分だ」

 

 私は苦笑いを浮かべる。

 鷹文の申し出はありがたかったが、私は、私自身がまだそんな老いたようには感じていないみたいだ。

 

「...でも、もう、姉ちゃんも40か。時が経つのは早いね」

 

「ああ。あっという間に思えるな」

 

 

 顔にはしわが増えた。身体もだんだんと思うように動かなくなってる。

 それらが重ねた年月を確かに物語ってる。

 

 私も、もう若くないんだ。

 

 

 

「...っと」

 

 ふと頭痛がしてふらっとする。前に倒れそうになった身体は、なんとか手で止めた。

 

「どしたの姉ちゃん」

 

「大丈夫だ。ちょっと頭痛がした...だけだ」

 

 

 しかし、頭痛はだんだんとひどくなっていく。

 体中から変な汗が流れる。到底、大丈夫というには程遠い状態だ。

 

 

「本当? 顔色悪いけど...大丈夫?」

 

「だから...大丈夫だって...言って...」

 

 

 

 

 その瞬間、ぷつりと意識が途切れた。

 今度は身体が止まることなく机に打ち付けられる。

 しかし、痛みは感じない。

 だんだんと意識が遠くなっていく。

 

 

 

 ...私は。

 もう、死ぬんだろうか。

 

 

 ...朋也。

 

 

 

 

 最後に聞こえたのは、動揺している鷹文の声だけだった...。

 

 

 

---

 

 

 

 

「...ちゃん、姉ちゃん...!」

 

 

 誰かが私を呼ぶ声で、私はうっすらと目を開ける。

 目の前には、私の手を握る鷹文の顔があった。

 

 

「あ...たか...ふみ...?」

 

「姉ちゃん!」

 

 

 今度は大きい声で名前を呼ばれる。けれど、元気よくその声にこたえることは出来なかった。

 喉がひどく渇いている。声を出そうにもほとんど掠れそうだった。

 

 

 改めて置かれた状況を整理してみる。

 見上げる先は見知らぬ天井。真っ白で、なにもない天井。ひどく寂しい場所。

 

 病院だった。

 私は、その中の病室のベッドの上にいる。

 

 

「私...あの時...」

 

「あのまま倒れたんだよ。それで急いで救急車を呼んで、今こうしてここにいるわけだよ」

 

「...そう」

 

「...姉ちゃん、記憶、ある?」

 

 

 鷹文はおそるおそる私に尋ねる。

 

 そのことを、ようやく落ち着いてきた脳内で整理することにした。

 

 私は最近体調が優れてなくて、それで倒れた。

 

 大丈夫。

 近辺の記憶はちゃんとある。

 

 私の名前は、岡崎智代。

 配偶者は...岡崎朋也。

 

 

 大丈夫。

 全部、思い出せる。

 

 

「大丈夫だ。...ちゃんと、思い出せる」

「よかった...」

 

 鷹文はホッとしたのか安堵して息をついた。

 

 けれど、喜びたかったのは、私のほうだった。

 もし朋也との記憶が無くなってしまえば、私は本当に死んだも同然だ。

 それに朋也のような病気のケースだってある。

 ありえないなんて言葉は出なかった。

 

 

「それで、先生は...?」

 

「目が覚めましたか、岡崎さん」

 

 ドアが開いたと同時に、なにやら医者らしい眼鏡をかけた老紳士が入ってきた。

 

 

 それで何かを察したのか、鷹文は立ち上がってドアのほうに向かった。

 

「じゃあ姉ちゃん、今日は一旦帰るよ」

 

「ああ。ありがとう鷹文」

 

「うん。...いつか、河南子も、...ともも、連れてくるから」

 

 

 そういい残して鷹文は去っていった。部屋には私と医者の先生だけが残っている。

 

「...いいかな?」

 

 何が、とは聞かれなかったが、私はある答えに辿り着いていた。

 先ほどの鷹文の表情から、そして、今の先生の言葉から。

 そして何より、私自身、身体にどこか空白を感じていた。

 

 何かが足りない。

 おそらく、手術でもしたんだろう。

 

 つまりそれは...。

 

 

「...あと何日ですか?」

 

 

 それは、私自身の、余命についてだった。

 

 

 

「...残念ながら、あと一週間だ。君の余命は」

 

「そう、ですか」

 

 

 病気を聞く前に、先に余命を聞くなんて、ほんと、おかしな行動だ。

 でも、そういった言葉が出るということは、私は心のうちどこかで生きることを諦めていたのかもしれない。

 

 だから、目の前の余命宣告にホッとしてしまっている自分がいた。

 

 

 ...生きることを諦めず、生きていたつもりだったのに。

 先が分かると、こうもあっさり折れてしまうんだな。

 

 

 ごめん、朋也...。

 

 

 

「更に言うと、治す方法もない。...未知の病気だ。全く、信じられん」

 

「それでも...余命は分かるんですね」

 

「だんだんとある臓器が能力低下してる分で判断が出来た。そこから割り出された数値というのが一週間という訳だ」

 

「そう、ですか」

 

 

 その言葉を聞いてもやはり、悲しくなかった。

 ここまで来ると理由が分からない。

 

 私が歩んできた人生の意味。

 それって、一体なんだったんだろうか...。

 

 

「...ただし、朗報もある。ここから余命一週間の間、病気箇所に痛みを感じることは無い。眠るように逝けるだろう」

 

「そうですか」

 

「無論、それでも何とかしようと思うなら私たちは尽力する。...けれど、どうしても覆せない結果というものもある。...残りの人生、どうするか考えたら、私に言って欲しい」

 

「分かりました」

 

 

 

 医者は端的に症状を告げて、私の病室から去っていった。

 先生はああいったが、おそらくお手上げ状態なのだろう。

 

 あえて残酷に言ったほうが、生を諦めれるだろうから。

 その優しさには感謝するしかなかった。

 

 

 そして、また一人になった。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 夜になった。

 

 いつもと変わる風景。そこにいる人数は変わらない。

 改めて状況を整理してみることにした。

 

 先生曰く、私が運ばれて目覚める間に一日経ったらしい。

 本来今日は仕事が入ってるはずの日だったが、そこは鷹文がうまくやってくれたみたいだ。

 

 最も、それももうやめることになるだろう。

 これからも生きれる可能性があるなら、休職届ですむかもしれないが...。

 

 

 なにせ、余命一週間だった。

 それはあまりにも唐突で残酷な運命。

 

 なのに、少しも恐れを感じない。

 恐ろしいほどに穏やかな気持ちだった。

 

 

 朋也は自分が亡くなる直前まで、どんな気持ちだったんだろうか。

 少なくとも、生きようとしていた。必死に二人で頑張った。

 

 今の私は一人だ。

 それもあってか、もうもがこうという気が起きなかった。

 多分、このままではすんなり自分の死を受け入れてしまうだろう。

 

 

 でも、本当にそれでいいのだろうか。

 

 私が、辛い思いをして、一人歩いてきた人生。

 その終着点が、果たしてここでいいのだろうか。

 

 

 私の...人生は...。

 

 一体...なんなんだろうな...。

 

 心が折れそうになる。けれど、泣くのはなんとか堪えた。

 

 

 ...朋也と約束したんだ。

 死ぬまで泣かないって。

 

 

 ...でもそれも、もう終わるのだろうか。

 

 

 

 

 考え疲れてしまった脳では、眠りにいたるまでそう時間はかからず、私はいつの間にか眠ってしまっていた...。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 穏やかな朝だった。

 身体のどこも痛まない。本当に一週間後に死んでしまうのが信じられないくらいだ。

 

「おはようございます」

 

 看護師の方が入ってくる。一人じゃない朝は久しぶりだ。

 けれど...空虚さだけは変わらない。

 

 

 

 そうして、全く身にならない朝を過ごす。

 その間の自分の行動は、全く覚えていない。

 

 

---

 

 

 

 

 その日の来客は無かった。

 

 だが、鷹文から電話があった。

 曰く、『明日、三人そろって会いに行くから。...待ってて、姉ちゃん』だそうだ。

 先生にどうするかを告げるのは、それが終わってからにしよう。

 

 

 

 ...鷹文は、本当に頼もしくなった。

 自慢の弟だ。もうとっくに、私を超えて進んで生きてる。

 

 なら。

 

 ...私は、鷹文の自慢の姉であれたんだろうか。

 

 

「...ばかなこと考えるんだな、私は」

 

 そんなこと、恥ずかしくて聞けるはずなんて無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと。

 

 病院の購買にメモくらいのサイズの日記帳があった。

 ページの無駄遣いになるかもしれないが、買うことにした。

 幸い、腕は思うまま動く。

 

 私が生きるであろう残りの一週間。

 せめて、生きた証くらいは残したかった。

 

 だから、今日からここに思ったこと全てを偽ることなく記入することにする。

 

 

 

【3月30日】

 残り一週間の人生が始まった。

 医者もお手上げで、延命も無理。奇跡でも起きない限り、私の命は来週の同じ曜日にはもう絶えてるはずだ。

 だから、ここに日記を記入することにする。

 

 何を書こうかなんて決めてない。ちょっとした愚痴でもいい。どんな夢を見たかでもいい。

 私が生きていた証を、私の心をここに記そう。

 

 遺言書、ではないかもしれない。

 これが私なんだ、と思えるものにしよう。

 

 

 ...私が生きてきた人生を、無駄にしたくないから。

 

 

 

 

---

 

 

 そしてまた日が変わった。

 恐ろしいほどに穏やかな朝が続く。

 相変わらず痛みは無い。ここまで来ると頭がおかしくなりそうだ。

 

 それでもなんとか正気を保って、客を待つ。

 

 今日は鷹文、河南子、ともが来ると聞いている。

 楽しみ(?)なんだろうか。少しばかり気分が高揚していた。

 

 

 

 

 数時間経って、病室のドアが開く。

 約束どおり、三人はそこにいた。

 

「来たよ、姉ちゃん」

 

「...なんだか、久しぶりだな。こうして集まるのは」

 

 

 その懐かしさで、思わず泣きそうになる。

 けれど、その感情は河南子の声でかき消された。

 

 

「...先輩、本当に一週間後に死ぬの?」

 

「ちょっと河南子」

 

「黙ってて。これだけは、ちゃんと聞いておきたいから」

 

 抑制しようとする鷹文の声ももろともせず、河南子は私を見つめてきた。

 河南子はどこか怒りをはらませた声だった。それは何に怒ってるんだろうか。

 

 

「本当に...一週間後、先輩は死ぬの?」

 

「...私も分からないが、医者が言うにはそうみたいだ」

 

「助かる方法は?」

 

「...ない、そうだ」

 

 

 私は、医者の先生から言われたことを端的に河南子に伝える。

 けれど、河南子の怒りは収まるばかりか、増えてくばかりだった。

 

 

 

「...ふざけんなよ」

 

「河南子、これ以上は...!」

 

「ふざけんなよ! ...なんで、なんでこんなに早く死ななきゃいけないんだよ。先輩も、朋也も!」

 

「...」

 

「残酷すぎるだろ...! まだこんなに若いのに...。まだ、なんにもできないのに! 大切な人はどうして! そうすぐに私の前から消えるんだよ...」

 

「河南子...」

 

「ごめん...ちょっと外す」

 

 

 入って数分もしないうちに河南子は病室から出てしまった。それを追いかけて鷹文も部屋から出る。

 部屋には、あの頃のままの純粋な目のままのともと私だけが残っている。

 

 

「...久しぶり、だね」

 

「本当に、久しぶりだ。...最後のあったのがいつだったか忘れそうなくらい」

 

鷹文や河南子とは安易に会える状態ではあったが、ともは違った。

元々、ともとの出会いも中々にねじ曲がった現実から始まったものなのだから、その事後もねじ曲がってるのは当然といえば当然だろう。

 

朋也の手術の時以来、という訳では無いが、ともとは数える程しか会うことがなかった。会うことが出来なかった。

 

「大きくなったな、とも」

 

「うん。...もう、大人になっちゃった」

 

 

まだともの年齢は30に満たない。もう私にはない若さの輝きが、ともにはまだ十分に残っている。

 

 

「...あのね」

 

 

 ともが少しモジモジしながら言葉を切り出す。涙を見せる気配すらないのは、強くなった証拠だろうか。

 

 

「どうしたんだ? とも」

 

「...もし、余命が変わらないなら...、せめて、もう一度だけ、ママと呼ばせて欲しいの」

 

 

 

 それは、かつての思い出。

 私とともに血の繋がりなど無かったけど、共にすごしたあの時間は、間違いなく家族と呼べるものだった。

 

 ともは、母親からの愛情を知らなかった。

 そして、...その後、本当の親からの愛情も、おそらく貰えていない。

 

 

 私がともを愛したことは、今のともにどれほど生きてるだろうか。

 

 ずっと、それを知りたかった。

 

 

 

 それが、今、やっと分かった。

 

 

 

 

 私の生きた証は、ひとつ、確かにそこにあった。

 それだけで。よかった。

 

 

 

「...困ったな。本当に母親になったみたいだ」

 

 この年齢だ。母親を名乗るには十分な歳だろう。

 けれど私に実の娘などいない。

 

 

 

 それでも私は...。

 

 私は、ともにもう一度、『ママ』と呼ばれたい。

 だから...。

 

 

「...私も、もう一度、そう呼んでほしい」

 

「...うん。ありがとう」

 

 ともは満面の笑みでそう言って、黙り込んだ。

 

 

「とも、元気してたか?」

 

「うん。...辛いこと沢山あったけど、頑張ってきたよ」

 

「そうか」

 

 今ではこういえるが、ともがその日々を生きていた時がどれほど辛かったか、容易には想像できなかった。

 私たちの元から離れて以降の日々。それがどのようなものかは聞いてはない。

 ただ、あの年齢で、一人で生きることを強いられたのだ。私が、朋也を失って一人で生きてきた日々よりよほど辛いものだろう。

 

 

 だからこそ言える。

 

「...大きくなったんだな、ともは。本当に強くなった」

 

「うん」

 

 身体を起こし、近寄ったともの頭を撫でる。

 昔もこうやってよく撫でてやってたかな...。

 

 

 本当に、全てが懐かしい。

 そう思うまでに、一人で生きていた時間は空白だったのかもしれない。

 

「...ママ、どうしたの?」

 

「...あ、ああ。なんでもない」

 

 

 今この現状でありながら、私もとももどこか落ち着いていた。死が間近にあることを忘れているかのように。

 ただ、決して忘れてはいなかった。

 

 

「ねえママ...。ママは、どうするの?」

 

「なにがだ?」

 

「あと...一週間...なんでしょ?」

 

 

 気がつけば、ともは泣き出しそうな顔をしていた。その顔を見て、ようやく現状と向き合う。

 

 けれど、一つだけ引っかかったものが、私の涙腺を強張らせた。

 

 

『どうするの?』

 

 

 そうだ。どうしようか。

 生きるのを諦めるのはいい。けれど、だからと言って何もせずに死ぬのは嫌だった。

 

 私が生きる残り数日。

 私は何をしようか。

 

 

 

 そういったところで鷹文と河南子が部屋に戻ってきた。

 先ほどより河南子の表情は穏やかになっており、鷹文がうまく説得したんだろうというのが見受けられる。

 しかし、特別驚かない。

 なにせ、二人はもう夫婦なのだから。

 

 

「先輩、さっきは」

 

「気にするな、河南子」

 

「...うん」

 

「暗い話もなんだ。最近会うことが出来なかったんだ。...いろんな話を、聞かせて欲しい」

 

 

 自分でも無理をしてるのが分かっていながら、私は明るく振舞った。

 

 

 それに、言ってることは嘘ではない。

 

 

 私が自分で掴むことができなくなってしまった幸せ。

 でも、自分の見知る誰かの幸せを聞いておきたかった。

 

 うらやましくないのかと言われたら、きっとうらやましいと答えるだろう。

 けれどそれでも、自分の周りの、自分の大切な人であれば、それ以上に幸せを覚えるのだ。

 

 

 

 

 

---

 

 沢山の話があった。

 けれどそれは語りきれない量で。

 気がつけば、面会時間も終わろうとしていた。

 

 

 それに心なしか、私のほうが疲れていた。おそらく病気で体力が落ちてるのだろう。

 

 

「...なんだか疲れたな」

 

「大丈夫? 姉ちゃん」

 

「大丈夫だ。...ただ眠くなっただけだから」

 

 

 このまま目を閉じて、そのまま目を開けることはなかった、みたいな話にはおそらくならないだろう。

 

 余命一週間。

 

 ...ならちゃんと、一週間は生きさせて欲しい。

 

 で、どう生きるか。

 

 そこのところだけはいまだ決めれずにいた。

 

 

 

「...じゃあ、今日はそろそろ帰ろうか。また来るよ、姉ちゃん」

 

「先輩、また来ますから、元気でいてくださいよ?」

 

「ママ、またね」

 

 

 各々が病室から去っていく。そうしていつも通り、私の元に一人の空間が戻った。

 けれど、心がどこか温かい。何かに満たされていた。

 けれど、どこかに冷たさを感じる。

 

 きっとこれは冷静に自分の命の残りを数える声。

 気づけばそれは言葉となって口から出ていた。

 

「...あと、五日か」

 

 

 

 

 

 

 

【3月31日】

 温かい日だった。

 最後にこのぬくもりを感じたのはいつか思い出せないほどに、温かさで溢れていた。

 

 人のぬくもり。

 それから遠ざかって初めてその温度を知るんだな。

 

 鷹文、河南子、とも。

 みんな大きくなって、気がつけば私の背中を超えていってる。

 あの子たちから見て、今の私は、...あのころの私たちはどう見えたんだろう。

 

 ...なあ朋也。

 

 

 私の人生は、本当に幸せだったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 今日も今日とて穏やかな朝だ。

 けれど、昨日とは違ってどこか胸に何かを抱えてるような感覚に見舞われた。

 

 痛みはない。

 おそらくこれは...精神的な何かだ。

 私の気持ちの問題だ。

 

 

 今日はそれについて向き合うことにしよう。

 

 

---

 

 

 

 夕方になった。

 今日はともが病室に来てくれた。

 

 忙しいはずなのに、その合間を縫ってここにきてくれたのだ。

 

 沢山のことを話した。

 昨日伝え切れなかったともの話を。

 

 辛い日々を乗り越えて、今どういった境遇にいるのか。

 それは半ば愚痴のようなものでもあった。

 

 でも、そんな話でよかった。

 ともが成長していることを実感できたのだから。

 

 もうそこには、私が愛した娘のような小さなともはいなかった。

 けれどそこには、今も愛しているともという立派な女性がいた。

 

 

 それで十分だった。

 

 

 

 

 帰り際。

 ふとした瞬間に、ともは私に泣きついてきた。

 

 

「もっと会いに来たいのに、時間がないの。もっと一緒にいたいのに」

 嗚咽交じりにともが叫ぶ。心からの叫びだろう。

 

 それでも私は泣かなかった。

 

 

 なんせ私は、ともの『ママ』なのだから。

 

 母親なら、子供の前で涙は流せない。

 だから私は、力強く抱きしめた。

 きっと、本当の母親ならこうするだろうと私は思って。

 

 

「...なら、最後にもう一度、会いに来て欲しい。...それまで死なないから」

 

「うん...!」

 

 ともは力強く頷いて、病室から去っていった。

 さて、こういったからには死んでも死に切れないな...。

 

 

 

 それと、今朝考えようとしていた胸にあるモヤモヤ。

 それは、私が今後どういう選択をするか、ということみたいだった。

 

 

 ...ますます分からない。

 

 何もせず死ぬのは嫌だ。

 けれど、長々と延命しようともがいたところで、その日々に寄り添ってくれる誰かがいるわけでもない。

 

 なら私は...。

 

 

 思考は、いつもここで止まるのだ。

 

 

 

 

 

【4月1日】

 4月になった。

 おそらく、私が迎える最後の四月だ。

 エイプリルフールなんて言うが、この死も嘘だったらよかったのにと少し思ってしまう。

 

 

 けれど、これは紛れもない現実みたいだ。

 

 今日はともが忙しい中時間を見つけて来てくれた。

 今日が最後になるかもしれないと泣きついてきたけど、それでも来てくれるだけでありがたかった。

 

 だから、今日はお礼もかねて、ともにメッセージを残そうと思う。

 

 

 

 

 ともへ。

 

 初めて出会ったときは戸惑いしかなかった。

 けど、一緒に過ごせた時間がどれほど楽しかったか。

 実の親子じゃない私たちだったけど、ともは私を『ママ』と呼んでくれた。

 きっとあの時は、親の愛情を知らないまま私をそう呼んでいたんだと思う。

 

 でも、また、私を『ママ』と呼んでくれた。

 

 

 ...とも。

 私は、『ママ』と呼んでもらえるほど、お母さんでいてあげれたかな?

 

 

 もしそうだったら、嬉しいな。

 

 

 

 

 これから人生まだ辛いことがあると思う。

 けれど、あなたはもう一人じゃない。

 寄り添ってくれる誰かと、二人で歩いてくれたら、ママは嬉しいかな。

 

 そうして末永く、幸せになって欲しい。

 それは、私には出来なかったことだから。

 

 

 

 

---

 

 

 いつもと変わらない朝だ。

 本当に死んでしまうのだろうか。こうも何もないと不安になってしまう。

 

「岡崎さん」

 

 朝早く、病室のドアが開く。そこには私の担当医の先生が立っていた。

 

 

「今後の意向は...決まりましたか?」

 

「いえ...」

 

 

 私はそう答えるしかなかった。

 こうして今催促をされているということは、そう長々と待ってもらえる状態ではないということを告げている。

 

 

「あなたも何もしないままでは嫌でしょう。...何か意向がある場合は、今日中にお伝えください。可能な限り、叶えるつもりです」

 

 

 先生はそうとだけ言って部屋からさっさと出て行ってしまった。

 

 意向...やりたいこと...。

 

 

 やはり、その答えはいまだに出ずじまいだった。

 

 

 

---

 

 

 

 昼になった。

 窓越しに温かさが伝わってくる。外はそろそろ花見のシーズンだろうか。

 

 桜。

 私が守りたかったもの。

 

 

 あの坂の、ほんの少しの桜。

 

 ...もう一度、見れたらな。

 

 

 

 

 

「先輩、来ましたよー」

 

 その時、私の病室の扉が勢いよく開く。歳を重ねても相変わらず元気な河南子が入ってきた。

 

「河南子、鷹文はどうしたんだ?」

 

「今日は無理言ってね、あたしだけで来たの。一対一で話したいのについてきてもらっちゃ悪いでしょ」

 

「そうか」

 

 

 昨日はとも、今日は河南子。

 一人で暮らしていたあの場所よりよっぽどこっちのほうがにぎやかなのがおかしいくらいだ。

 

 

「大丈夫。...気持ちの整理くらい、ちゃんとつけてるから」

 

 河南子は真っ直ぐな瞳で私を見つめる。その目にはこの間感じたような怒りはもうなかった。

 それに安心して私はホッと息をつく。

 

 

「...でも、先輩。どうするんですか? 余命が変わらないなんて絶対に言い切れることじゃないですよね? なら、最後まで頑張るのも手だし、...そうじゃないのも、手だし」

 

 

「...私自身がそれをずっと考えてる。...けれど、仮に頑張る道を選んだとして、何のために頑張るのか、その先に何があるのか...。多分、私自身、ずいぶんと後ろ向きに考えているんだと思う」

 

「...少なくとも、あたし達は、先輩に生きてて欲しいですよ。...けど、それってこっちの感情を一方的に押しつけてるだけなんですよね」

 

「河南子...」

 

「鷹文に言われました。『最後に決めるのは姉ちゃんだから、僕は何も言わないよ。生きててほしいのは当然だけど、そうやって他人からの期待を押し付けるのが、姉ちゃんのプレッシャーになるのは嫌だから』って。そのとおりだと思います。...少なくとも、今の私なら、そう思えます」

 

 

 河南子は、その瞳の奥に過去の自分を投影していた。

 まだ何も分からなかった若かった自分の姿。

 口も悪く、他人に当たって怒って、それを繰り返す、そんな姿。

 

 その姿は、今はどこにもなかった。

 

 

 だから、...河南子には、もう話してもいいだろう。

 

 自分の胸中を。

 

 

 

「...私は、変に延命しようともがくのは止めようと思う」

 

「っ...! やっぱり、そうですか...」

 

 

「ああ...。手術まで受けて、最後まで生きようと足掻いた朋也には悪いと思ってる」

 

「なら」

 

「でも」

 

「...!!」

 

「朋也が最後までそうやって生きようとしたのは、自分の成し叶えたいものがあったから、私はそう思ってる。私にはもう、成し叶えたい夢や未来はないんだ」

 

「だったら...」

 

 

 河南子は歯を食いしばって、拳を強く握っていた。

 

 

「だったらせめて、最後くらい、自分のやりたいこと、叶えたいこと、やってまわりましょうよ」

 

「河南子...」

 

「どんな小さなことでもいいんです。あれが食べたい、これが見たい、もう一度、この場所に行きたい。小さな欲望でいいんです。...せめて、悔いなく死んでくださいよ」

 

 

 相も変わらない口の悪さも見受けられたが、河南子の気持ちは痛いほどに伝わった。

 ...何より、私を否定しなかったことが、少し嬉しかった。

 

 延命をしないことへの後ろめたさが少し取れたような、そんな気がした。

 

 

 

 なら。

 

『出来るだけ協力します』

 

 先生がそう言ったのを、逆手に取ればいいのだろう。

 

 

「...分かった、河南子」

 

「先輩...」

 

「今日は分からないと思うが...、やりたいこと、決まったら鷹文を通じて伝える。...だから、最後の日は、協力して欲しい」

 

「...! 分かりました」

 

 

 きっと、マイナスしかなかった選択肢のなかで、河南子はこれを欲しがっていたのかもしれない。

 顔に少しの喜びが前面に出ている。

 

 

「...じゃ、先輩。あたしは失礼します。...死なないでくださいよ」

 

「分かってる。...またな」

 

 そうして、河南子と私は別れた。

 

 

 

『またな』

 

 ...大丈夫、また会おう。

 

 

 

 

---

 

 夕方。

 

 

 

「それで、ここに来たということは、何か決まったんですね?」

 

「はい。...先生、私は」

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

【4月2日】

 

 

 数えてみれば、余命宣告から折り返しを迎えたみたいだ。

 やはり、信じられない。

 

 けれど、そういうのはもう止めにする。

 

 河南子に、背中を押された。

 なら、もういっそ、寿命なんて気にしないことにする。

 

 最初に余命宣告された日付に、『何があっても死ぬ』つもりで生きようと思う。

 

 

 変わりに、その最後の日くらい、朋也と生きた人生くらい素晴らしい日にしよう。

 

 私が欲しかったのは、きっとこれだ。

 

 

 ...やっと心のつっかえが取れた。

 

 

 

 そういえば、昨日の私はともにメッセージを残してたみたいだ。

 ...この際だ。全員に書こうと思う。

 

 

 

 

 河南子へ。

 

 まずは姉として、鷹文を選んでくれたことに感謝したいと思う。

 何度もおじゃまになったけど、夫婦仲もよさそうでなによりです。

 

 

 

 昔の話。もう懐かしいくらい、昔の話をしようと思う。

 

 あの頃は本当に色々あったと思う。すれ違った日もあったし、楽しかったと思える日もあった。

 

 あの日々が河南子にとってどうだったかは分からない。

 ただ、私の勝手な願いだけど。

 

 あの5人でいた日々を幸せに思ってくれるなら、私は嬉しい。

 

 

 

 私は多分いなくなる。...そう遠くないうちに。

 これが読まれる頃には、少なくともいない。

 

 そうしたら、鷹文の近くにいるのは、河南子しかいないことになる。

 

 だからどうか、最後まで鷹文を支えてやって欲しい。

 

 この世に永遠なんて無いから。

 いつかきっと、命はなくなるから。

 

 その最後の日まで、精一杯燃える生き方をして欲しい。

 鷹文と二人で。

 

 

 

 

---

 

 空虚な朝には、もう慣れた。

 ただし、心の仕えはもうない。

 

 昨日、先生に言ったこと、それが多分直接的な原因だ。

 

 

 

『私が生きれるであろう最後の日だけ、退院を許してください。...死ぬのなら、せめて自分の納得のいく死を遂げさせてください』

 

 

 生きることを諦めると言えばそうだが、輝けない日々を生きるよりは、生きれる日々を輝かせたいといった私の判断だ。

 

 ...文句があるなら、そっちに行った時に散々言ってくれ。朋也。

 

 

 

---

 

 

 

 ともが一昨日。河南子が昨日。

 そして今日は、鷹文が病室に来てくれた。

 

 もちろん一人である。

 

 

「...改めて、一対一だね、姉ちゃん」

 

「なんだか照れるな。実の弟とこうして面と向かって話すのは」

 

「いい機会じゃん」

 

「確かにな」

 

 私はそういってかすかに笑う。

 照れくさいのは確かだが、こうした時間ももう限られてる。

 

 最後まで、輝いたまま生きたいなら、この一秒も無駄には出来ない。

 

 

「...河南子から聞いたよ。姉ちゃんがどうしたいのか」

 

「...悪いな、ああいう答えしか出せなくて」

 

「ううん...。姉ちゃんの人生だからね。何を言われようとそれに従うつもりだったよ、僕は」

 

「そうか」

 

 

 昔よりも確実に成長した、心の芯の強さが伺える。

 その姿は、やはり誰から見ても頼もしかった。

 

 だからこそ、その優しさに甘えたくなる。

 

「...なあ、鷹文」

 

「どうしたの?」

 

「私、なんでこうも簡単に生きるのを諦めようとしたんだろうな」

 

「諦める...ってのが、少し違うんじゃないかな」

 

「どういうことだ?」

 

「姉ちゃん、未練はある?」

 

「そういえば...」

 

 

 そういわれて初めて気づいた。

 どこにも未練を感じないのだ。

 

 あがいてあがいて先の未来を見ようとも思わないし、これまで歩いてきた道に何一つ後悔していない。

 

 

「...多分さ、姉ちゃんは、やりきったんだよ。...いつか言ってたよね、素晴らしい人生を歩みたいって。...きっと、その終着点がここなんだよ」

 

「だから、私は...」

 

「うん。...姉ちゃんは、生きるのを諦めたんじゃなくて、生きることに満足したんだと思う。...普通なら、余命宣告されたって生きようとするじゃん。それはきっと、やり残したことを叶えるためなんだと思う。...それがないなら、そういうことだよ」

 

 

「...そうか」

 

 

 

 鷹文の言葉で、全てが紐解けた。

 ...私の人生は、これでよかったんだ。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 やり残していることが、ひとつだけ残ってる。

 河南子と話した、わたしのやりたいこと。

 あとは、それを叶えるだけの人生だ。

 

 

 

 

---

 

 

 その後は、適当な与太話で時間をつぶした。

 やがて鷹文が帰ったあとで、もう一度日記を振り返ってみることにした。

 

 

 弱気な言葉が、そこには並べられていた。

 きっと、自分の歩んできた人生の価値が分からずに不安だったのだろう、過去の私は。

 

 それでも今は、少しは希望に満ちた言葉が書き残せるんじゃないかな?

 

 

 そうして今日も、私はペンを握る。

 

 

 

 

---

 

 

【4月3日】

 

 私が生きてきたことは、間違いじゃなかった。

 何もないと嘆いてきた空虚な日々は確かに意味があった。

 

 悔いの残らない人生。

 確かにそれを、私は歩いてこれたんだ。

 

 だから、死ぬことも納得できたんだ。

 もう、これ以上の幸せはなかったから。

 

 あぁ、でも。

 この人生、もっと朋也と生きれなかったことが、唯一の悔いだろうな。

 

 

 さて、メッセージも残るところ一人になった。

 実の弟に向けて書くのは少し照れくさいけど、ちゃんと言葉にしようと思う。

 

 

 

 鷹文へ。

 

 あの時、自分の身を犠牲にして家族を救ってくれたことから、全てが始まったと思う。

 朋也と、河南子と、ともに出会ったこと。

 全て、鷹文のおかげなんだろうな。

 

 私が病で倒れたあの日。

 恩返しをしたいと言ってくれた事、すごい嬉しかった。

 

 けれど、そうじゃない。

 私のほうが、鷹文に恩を感じているんだ。

 

 家族を救ってくれたこと、家族を作らせてくれたこと。

 私が一人になって、それでもずっと親身にしてくれたこと。

 

 感謝なんて数え切れないくらいだ。

 

 ...けれど、私は何一つ出来なかった。

 鷹文のことだ。いいよって言って許してくれるかもしれないが、それじゃ私の気がすまない。

 

 身体を使って何かをすることは、もうできないから。

 だから、ここに記すことで伝えさせて欲しい。

 

 

『愛してる』

 

 鷹文のような弟を持てて、お姉ちゃんは嬉しかったです。

 

 

 

 

 

---

 

 朝になった。

 

 ...いつもと様子が違う。

 ついに、身体にも影響が出始めたんだということを、私は身をもって理解していた。

 

 身体が、思ったように動かない。手の先も、足先も。感覚が鈍く、動きが思考に追いついていない。

 

 完全に動かないというわけではないが、明らかに昨日までとは違う感覚に見舞われていた。

 

 おそらく、明日はもっと動かない。

 

 

 

 ここに来て、私の命はそう長くないことを理解した。

 

 

 ...けれど、もう関係ない。

 

 いつ死んでもいいのだ。やることは、決まってるから。

 

 

「...帰ろう。私の家に。...二人の、家に」

 

 

 

 先生は私の無理を通してくれたみたいで、今日付けで退院することを許可してくれた。

 だから私は帰る。...立つ鳥後を濁さずとはよく言ったものだ。

 

 ...本当は、濁して濁して、私が生きた証を最大限残そうとしていた。

 けれど、気なんて簡単に変わるものだ。

 

 

 そんな他愛も無いことを思いながら、私は一週間ぶりに家へと戻った。

 

 

 

 

---

 

 

 家に帰ってからは、それなりに忙しかった。

 とはいえ、見知らぬ誰かが退院おめでとうなどということも無く、今日は一人にして欲しいと事前に鷹文や河南子に連絡しておいたので、誰一人、私の元に来る人などいなかった。

 

 一人で、黙々と、家を片付けて回った。

 どうせ明日にはいなくなる。

 

 お世話になったこの家に、最大限の敬意を払って掃除を行う。

 

 

 沢山のものが出てきた。

 

 朋也と過ごしてたころに使っていたもの、五人で撮った写真...振り返れば語りきれないほどの思い出が出てくる。

 

 忘れたくて、忘れられなくて、捨てようとして、捨てれなくて、押入れの奥のほうに押し込んでしまっていたもの。

 

 今こうして見ると、穏やかな気持ちで見ることができるのが、なんとも不思議なことだ。

 思わず笑みまでこぼれてしまう。

 

 

 ...どれもこれも、懐かしい。

 

 

 

「...ふふっ」

 

 ふと、一筋、涙がこぼれた。

 油断していたからだろうか。その一瞬、たった一瞬だが、涙を流してしまった。

 

「...いけないな」

 

 気を引き締め直し、涙を拭って、片づけを再開する。

 傍から見た誰かから、「泣いてもいいのに...」なんていわれるかも知れないが、これは誓いなのだ。

 

 なら、最後まで守ってみせる。

 

 

 

 

---

 

 

 

 夕方になる頃には、すっかり片付いてしまった。

 一人で暮らすことになったときに大方片付けて置いたからだろう。大して手間になることは無かった。

 

 そして何もしないまま、天井を見ながらボーっと過ごす。

 入院で体力が落ちたのだろう。大分疲れてしまった。この様子なら夕飯もいらない。

 

 

「今日は寝てしまおうか...」

 

 なんて口走ったときに、ふと何かを思いついた。

 その本能のままに動くと、気づけば二人分の布団を並べていた。

 

 そのことに驚きを隠せなかったが、片付けることはしなかった。

 ...多分、きっとそこにいるんだろう。

 

 

「...朋也」

 

 

 もう感じられない愛の温もりを、もう一度感じられたら。

 

 そんなことを思って、私はそっと目を閉じた。

 

 

 

---

 

 

【4月4日】

 

 

(この日の日記は、何も書かれていない)

 

 

 

---

 

 

 朝目覚めたとき、いよいよ今日なんだと私は確信した。

 どことなく呼吸が苦しい。

 視界はぼやけ、立ち上がることも厳しいほど足に力が入らず、握力も物がかろうじて持てるほどだった。

 

 言うまでもなく、昨日より明らかに悪化していた。

 

 けれど、まだ私の心は萎えてなかった。一つの意思の元に、私は生きている。

 

 

「...まだ、死ねないな」

 

 そうだ。今日は、やりたいことがあるんだ。

 ...一人じゃない。みんなで。

 

 

 

 

---

 

 

 昼になると、症状は更に悪化した。

 昨日退院した際に借りておいた杖が、まさか役に立つとは思ってなかったくらいだ。

 

 楽に死ねるなんて、よく言ったもんだな。

 

 それでも痛みをあまり感じないぶん、そのことは本当なんだろう。

 

 

 

 さて、約束どおりなら、そろそろ三人が家に着く頃だろう。

 そう気構えていると、昨日日記に手をつけてないことを思い出した。

 

「...三人が来る前に、書いておかなきゃだな。...最後のページを」

 

 

 それは誰に当てた文章だったのだろうか。

 けれど、この日は今までになく、すらすらと言葉が出てきた。

 

 この世に生きれたことの感謝。よいと思える人生を送れたことへの感謝。

 何の気兼ねもすることなく旅立てるであろうことへの幸福感。

 

 そこに、後悔や負の感情は一切綴られなかった。

 

 

 

「...よし」

 

 震える手で最後の文字を書き上げたとき、家のインターホンがなった。

 

 ...が、それに答える声も、立ち上がって出迎えることも出来なくなっていた。

 

「...あ」

 

 喉の奥底のほうから声を絞り出そうと頑張ってみるが、そんなかすれ声くらいしか出なかった。

 それでも、三人を向かいいれるべく、私はなんとか立ち上がり、ドアの鍵を開けた。

 

 

「「「おじゃまします」」」

 

 律儀に三人がそう言ったのを耳でしっかり聞き届けて、私は足から崩れ落ちた。

 

 

「姉ちゃん!?」

 

「先輩!?」

 

「ママ!?」

 

 

 音を立てて崩れたせいか、三人がいっせいに驚いた反応を見せる。大丈夫だと言ってやりたいが、力が入らない。

 瞼も次第に重たくなる。意思で踏ん張るには、もう限界だった。

 

 

 ...だめだ。まだ、やるべきことが...。

 

 

 

 しかし、私の思いむなしく、私の意識は闇へと消えていった。

 

 

 

---

 

 

 暗い世界に放り込まれる。

 死んだのか、そうでないのか、それすらも分からない狭間の世界。

 

 目を開くと、遠く向こうのほうに光が見えた。

 幸い、この世界でならまだ歩けそうだ。

 

 ...私は、その光の先を見てみたい。

 

 

 まるでそれは、私の歩いてきた人生そのものだった。

 あと少し歩けば光に手が届く。

 ならその光は、おそらく『本当の幸せ』だ。

 

 あと少しで、届く。

 

 

 あと少しで。

 

 

 

 

 

 

 私は光の先へ進んだ。

 

 

 

---

 

 

 

「...こ、こは?」

 

 目が覚めたら、私は家の外にいた。

 それだけじゃない。

 

 目の前には、私が一番好きだと思えた世界があった。

 坂に並ぶ、桜の木々。

 私があの日守ろうとした、大切な場所。

 

 ピンクには似合わない夕日に染まって、精一杯輝いていた。

 

 

 

「...起きたんだね、姉ちゃん」

 

「全く、心配したんですから」

 

「ママ、大丈夫?」

 

 

 周りから声が聞こえて、かろうじて動かせる首であたりを見回す。

 

 いつのまにか、私は車椅子に乗せられていた。背後から声が聞こえる当たり、この車椅子を押しているのはおそらくともだろう。

 

 

「...ああ」

 

 

 声が出ないことにはあまり変わらないようで、私は短い返事でその成否を伝えた。

 けれど、そんなの大丈夫なはずが無かった。

 

 

 もう、後数分の命。

 それは、誰もでもない私が一番わかっていた。

 

 

「...綺麗だね、姉ちゃん」

 

「ああ」

 

「朋也が最後に見た景色も、こんな景色だったんですかね」

 

「ああ」

 

「ママ、私、今幸せだよ?」

 

「...ああ」

 

 

 声を振り絞って、みんなの声に返事を返す。鷹文も、河南子も、ともも、私の最後がすぐそこだということを察して、それでも涙を流さず、楽しそうに語った。

 

 

 ...ああ、本当に、いい人生だ。

 もう、思い残すことは無い。

 

 

 でも、朋也。

 そっちに向かうのは、私一人だから。

 

 だから、最後の瞬間は、私一人でいさせて欲しい。

 

 

 

「...鷹文...、河南子...、とも...」

 

「どうしたの?」

 

「あり...がとう。楽しかったよ...」

 

「それは言わないでくださいよ。...堪えるの、辛いんですから」

 

「だよ...な」

 

 

 かすかに笑う。表情筋はほんの少ししか動かなかった。

 

 

 

「...お願いが、ある」

 

「なんでも聞くよ」

 

「...一人に、して欲しい」

 

「...。そう。分かったよ、姉ちゃん」

 

 

 

 鷹文の言葉に合わせて、二人も頷く。

 離れていく三人の背中を見て、これで本当に終わりなんだとしみじみと思う。

 

 

 ありがとう、みんな...。

 

 

 

 そうして、坂道の上には、私だけが取り残された。

 

 

 ...もう、どこも動かない。

 動いている脳でさえ、もう停止することを告げていた。

 

 

 

 

 

 ...私が歩いてきた、40年という人生。

 その短い長いなんて、今となってはどうでもいい。

 出会いも分かれも、幸福も絶望も孤独も経験した。

 

 十分、濃い時間を送れた。

 ...美しい人生だった。

 

 

 

 最後にもう一度、夕焼けに染まった桜並木を瞳が移す。

 

 ああ...最高に、綺麗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幸福に包まれて、私はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

---

 

 

【4月5日】

 

 起きたとき、今日がその日なんだと気づいた。

 けれど、満たされた人生。何も思い残すことはなかった。

 

 ここまで生きてこれたこと。最後まで、全力で歩けたこと。

 支えてくれた全てものに、まずは感謝したいと思う。

 

 

 

 そういえば、一人だけ、私がメッセージを残していない相手がいた。

 忘れてはいけない、大事な人だ。

 

 だから、最後に思いを綴ることにする。

 

 

 

 朋也へ。

 

 お前と別れて、随分と時が経った。

 一人で寂しくなかったかと言われたら、そんなの寂しかったとしか言いようが無い。

 

 だから、そっちに言ったら小言のいくつか、覚悟しておくんだな。

 

 

 ...それでも、二人歩いてきた日々、その幸せがあったから、私は生きていけた。

 一人になっても、お前はいつも、そこにいてくれたんだな。

 

 ...朋也。

 朋也が最後まで全力で生きたように、私も最後まで全力で生きた。

 形は違えど、素晴らしい人生を、私たちは送れたんだ。

 

 もう、これ以上の言葉なんて、いらないよな。

 

 

 

 朋也。

 ありがとう、いい人生だった。

 お前が最後に私に呟いた言葉を、私もお前に伝えよう。

 

 そして...

 

 

『愛してる』

 

 

 

 

---

 

 

 これが、私が生きてきた意味なんだと、ここに記す。

 いつか誰かが、この日記を手に取ることを信じて。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 姉ちゃんの生きてきた人生は、お世辞にも長生きとは言えるものではなかった。

 けれど、最後に浮かべていた顔は、幸せそのものに満ちていた。

 

 姉ちゃんは、素晴らしい人生を過ごしたんだと、その場にいた誰もが感じれるくらいに。

 

 

 

 葬式も終わって、姉ちゃんがすごしていた部屋、僕たちが何度も世話にあったあの部屋を片付ける時が来た。

 

 せっせか動かねばと思ってたけど、ほとんど何も無かったあたり、姉ちゃんがきれいにしたんだろう。

 立つ鳥後を濁さず、なんて言って綺麗にしたんだろうな。姉ちゃんらしいや。

 

 

 そんな中、一つ真新しい日記帳を、部屋の隅に見つけた。

 

 片付けに来た、僕と、河南子、ともの三人でその日記帳をじっくりと読む。

 

 そこには、僕に、河南子に、ともに、姉ちゃんから残されたメッセージが書かれていた。

 

 

 

 

 一人一人に、深い感謝の言葉が綴られているのを読んで、涙を堪えることなんて出来なかった。

 

 

 そうして僕たちは、姉ちゃんがいない、という現実に気づかされた。

 永遠などなかったのだ、と。

 

 

 

 

 いつまで経っても、別れってのは悲しいな...。

 

 

 でも、姉ちゃんが伝えたかったのはそういうことじゃないから。

 だからさ、僕は歩き出すんだ。

 

 姉ちゃんが過ごした、美しい人生を、僕たちも追うために。

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 目を閉じた先は、真っ白な世界だった。

 

 ...いや、違う。

 白く見えてたのは、私の目が慣れてないだけ。

 

 視界はだんだんと冴えてくる。

 始めはぼんやりと、そしてだんだんとくっきりと見えてくる。

 

 

 綺麗な花畑に、私は立っていた。

 黄色に咲いた菜の花で、あたり一面覆われている。

 

 

「ここは...」

 

「久しぶりだな。...智代」

 

 

 懐かしい声が聞こえた。

 ずっと、ずっと聞きたかった声だ。

 

 

「...朋、也」

 

 声の方を振り向くと、私の愛した男が、そこに立っていた。

 

「よっ。久しぶりだな」

 

 

 朋也は笑いながら、片手を上げる。

 まるで、友達にでも会うみたいに。

 

 それがたまらなく嬉しくて、嬉しくて。

 

 私は朋也に飛び込むように抱きついた。

 

 

 

「朋也...朋也、朋也! 朋也ぁ!!」

 

 あふれ出す涙が抑えられない。

 

 

 

 ずっと、ずっと、お前に会う日まで我慢してた。

 もう、我慢なんて、出来るものか。

 

 

「ああ、俺はここにいるからな、智代」

 

 朋也は私を抱き寄せて、頭を撫でる。こうした優しさに触れたのがまた懐かしくて、再び涙が溢れ出す。

 

 

「...ずっと一人で、私、辛かった...! お前のいない人生なんて、生きれるはずないって思ってた! ずっと、ずっと!」

 

「ああ。...それでも、生きたんだな、お前は」

 

「...朋也のせいだ」

 

「俺のせいかよ」

 

「あんな人生を見せられたら、最後まで頑張ろうって、思わされるだろ...!」

 

「そうか。...そうだよな」

 

 

 朋也は一度うんと頷いて、私の肩を掴んで、抱き寄せた私の身体を一度離して、そのまま私に、そっとキスをした。

 

 

「...約束、守ってくれたんだな」

 

「当然だ...! 私は、岡崎智代なんだからな」

 

 

 涙を拭って、改めて朋也の顔を見る。

 そこには、どこまでも澄んでいる笑顔が写っていた。

 

 

「...さて、また会えたな」

 

「そうだな」

 

 

 私は朋也の手を握る。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「これからは、また一緒だ。...目に見えて、一緒だ」

 

「そうだな。ずっと一緒だ」

 

「なぁ、これからどこに行こうか」

 

「どこへでも行けるさ。...そうだろ? 智代」

 

「もちろんだ。私たちなら」

 

 

 

 つないだ手は離れる気配がしない。心の底から大丈夫だと思える。

 

 精一杯、素晴らしいと思える人生を歩いてきた。その過去があるから。

 

 

 ここがどこかは、分からない。

 けれど、私たちなら、どこへでもいける。

 

 

 

 そう、永遠を信じた、二人なら。

 

 

 




穏やかな風が吹く この夏を
僕らだけの歌と名付け 大切に仕舞った
狭い部屋 過ぎ去る思い出と 待ってた 待ってたあの日と同じ空
ひとりで僕らは歩けるか 誰もいなくなって それでも
手を取り 過ごしてきた今日までを まだ見ぬ誰かの明日へと

伸びすぎた髪はもう束ねてる
古い映画のような 出会いなどないまま
大切にしていくものはなに? 待ってる 待ってる きっとあと数歩
ふたりになっても歩くんだ 強さは互いの心と信じた
うまく合わない足でも ゆっくり歩けば揃った

ひとりになっても歩くんだ 誰もいなくなって それでも
ふるえを忘れないこの命は 希望を刻んで進むんだ
口ずさむのは僕らの歌 みんなで描いた青い空
もう合わすことができない足でも 歩けば未来を目指すんだ

life is like a melody

------------------

(まずは。プレイ後、相当時間が空いてたりするので、人〜人への呼び方がおかしかったり、口調が変になってるかもしれません。謝罪します)

この作品は、正直書こうか悩みました。
けれど、自分の言葉で、このもどかしさをどうにかして表したいと思って書き上げたのがこの作品です。

朋也と過ごした最後の日で、智代の幸せが途切れて欲しくなかったので。せめて智代に、報われて欲しかったので。
なので、こんなふうな最後を書きあげました。


納得できない方もいると思います。
そういった場合は、感想の方にいくらでも罵言でもなんでも書いてください。覚悟はしています。
それでも、よかったと思ってくれる方、何か言いたい方がいてくれるなら、作者としては嬉しい限りです。

感想や評価の方頂けたらありがたいです。

それでは、また別の場所でお会いしましょう。

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