ある日、学校を体調不良で休んだうたのお見舞いに行こうと、ちょっとした花束を持ってうたの家に行くと、不用心にも鍵が開いていた。
呼びかけても返事がないから、寝ているのなら寝顔が見れるかも、と勝手に入り込んだのが運の尽きだったのだろう。
あまりの惨状に、彼は持ってきた花束をその場に取り落とす。
彼が見たのは、酷い有様になった部屋と、制服姿のまま蹲るうたの姿だった。
床には数種類ののど飴が入っていた袋や缶が散らかり、最早形を成していない生徒手帳だったびりびりに破かれた紙切れ達が、うたという存在を否定するかのように一纏めにしてゴミ箱に入れられている。
うたが気に入ってよく座っていたクッションソファーも中身のビーズが引きずり出されている。
壁には凹みが出来ていて、恐らく素手で殴ったのだろう、血痕がついている。
彼は恐怖を覚えながらも、蹲るうたの肩を優しく叩き、声を掛ける。
漸く彼に気がついたのか、振り返るうた。
うたの部屋も酷かったが、本人の状態も芳しく無いものだった。
やつれた顔に、目の下に深く刻まれた隈、血塗れの手は白い肌を赤黒く染め上げている。
自分の喉を何度も引っ掻いたのだろうか、喉元には深い爪痕が刻まれ、少し出血もしている。
そんな様子に彼の恐怖心は更に刺激されたが、うたの蒼い瞳から大粒の涙がポロポロと零れてきたら、怖いとかは言っていられないだろう。
慌ててハンカチを取り出してうたの涙を拭き取り、何があったのか聞こうと、蹲るうたの目線に合わせてしゃがむと、うたは突然彼を押し倒し、喉を引っ掻く。
か弱い女子高生の力を遥かに超えたその腕力に抑え込まれ、本気で声帯を引きずり出そうとしている。
うたの物凄い形相に、彼の恐怖は臨界点を超え、絶叫しながらうたを壁まで突き飛ばしてしまう。
壁に叩きつけられたうたは、彼を殺気の孕んだ目線で睨む。
これ以上はいけない、と本能的に感じ取った彼は、体裁など気にせず、気にする暇もなく必死にその場から逃げた。
落とした花束を踏みつけながらも、必死に。
その道中は殆ど覚えておらず、しかし、目が覚めると彼は自分のベッドの中に居た。
悪夢だったか、と冷や汗を拭い、次の瞬間には遅刻しそうになっている事実に意識が移る。
遅刻間際のギリギリで滑り込んだ教室には、いつもの様にうたが居た。
ほぅと安堵の溜息をつくまもなく、彼は直ぐに席に着く。
遅れてやってきた先生の一言と同時に、うたの口許が少し緩んだ気がするのは、気の所為であってほしいだろう。
「今日も1人、体調不良者が欠席している。体調には気をつけるように。」