とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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初めまして
お手柔らかにおねがいします。


2020
最終回


彗糸(ケイト)お姉ちゃん!おかえり!」

 

日本を世界と繋げる空の玄関口。これから他国へ向かう人や帰国してきた人、愛する人を送りに行く人や迎えに来た人でごった返す空港のターミナル。

その中のソワソワしながら車椅子に座った女子高校生は金髪を翻して愛する姉を呼ぶ。

 

「ただいまぁ、元気してたかぁ?」

 

到着ロビーから少女と同じ金髪を揺らす女性が眠そうに語尾を伸ばしながら車椅子に近づいていく。

 

彼女の名前は天羽彗糸(あもうけいと)

 

女性にしては背が高く、日本人らしくも他民族の血筋が伺える不思議な顔立ちは美しく、周りの目を引いていた。

気の強そうなメイクとヘソだしtシャツにジーンズ。日本の男性平均を少し超える高身長も相まって美しさよりも怖さの方を振りまいていた。

 

「お迎えはアンタだけ?お父さんたちは?」

 

「あー、パパたちお姉ちゃんのおかえりパーティの準備してるから来れないって」

 

彗糸を見上げ、少女ははちきれんばかりの笑顔を向けたが、反対に姉は酷く困惑した顔で妹の目を覗き込む。

ハンドルに手をかけ、そのままタクシー乗り場までゆっくりと進み始めた。

 

「……それって秘密にするやつじゃね?」

 

「あっ……わ、私なんも言ってないから!」

 

「はいはい、ったく、あたしの妹なのに変なとこで抜けてんだから」

 

ガラガラとキャリーケースを滑らせ、出入口から外に出ると白く輝く太陽が彼女たちを迎え入れた。

九月だというのにまだまだ日本は暑い。湿気と暑さがジリジリと身体に襲いかかるこの感覚は帰国したばかりの彗糸には少しばかり辛いのか、懸命に汗を腕で拭っている。

 

「というか車椅子大丈夫なタクシーってあるん?呼ばなきゃダメなんじゃね?」

 

きょろきょろとタクシーターミナルを見渡しながら話しかけるが、その様子を見て車椅子に座りながらくすくすと妹が笑いだした。

 

「あのワゴン車がそうだよ、お姉ちゃんも抜けてるねぇ」

 

「お?院卒のこのお姉様に喧嘩売ってる?」

 

ぐっと腕をのばし、後ろからハグをするように妹の柔らかい頬をその長い指でつねると、余程痛いのか妹は涙目になりながら姉の腕を叩き、一生懸命抵抗の意思を見せた。

 

「うっふぇにゃい、うっふぇにゃいあら!つにぇんにゃ!」

 

姉が指を離すと妹が涙を浮かべた顔で彼女を睨んだが、まるで効いていないのか彗糸はヘラヘラと笑いながら年頃の妹の頭を撫でる。

 

「にゃはは、めんごめんご」

 

「もー、ほらタクシー乗るよ!」

 

「はーい」

 

呼び止めた大きいタクシーにガタンと車椅子を乗せ、そのままタクシーに乗り込んだ。

「姉妹で仲がいいね」と優しく笑う老いた運転手に会釈をし、行先を簡単に伝えると妹の隣の席に座る。

 

「はぁ、つっかれた〜!マジ秒で帰りたい……」

 

ぼふっと大きく音を立てて椅子にもたれかかった彼女は溜息をつきながら長い脚を組み直した。

 

「そーだ、お姉ちゃんさ、おすすめしたアニメ観た?」

 

随分と演技ががったセリフだなと一瞬違和感を覚えた彗糸だったが、何を妹が求めてるのかを理解すると本日二回目の溜息をつき、妹を軽く小突いた。

 

「アンタ、もしかしてそれ聞きたいがために迎えに来たん?」

 

「ち、ちがうよ!それもあるけどお姉ちゃんに一番に会いたかったから!」

 

図星か。

姉にしてみれば中々ショックではある。

が、そこは姉。妹の性格を熟知していた彼女はそんなとこだろうと思っていた。

そしてその優秀な頭脳で姉が導き出した次の行動の最適解はひとつ。

全力でからかうこと。

 

「それもあるって……あーあ、お姉ちゃんマジハートブロークンだわぁ、これは感想なんて言えないにゃあ……」

 

悲しそうな表情を綺麗な顔に浮かべ隣を見ると、慌てているのか腕をブンブンと縦に振る妹の姿が写った。

 

「えっ!それはだめ!言って!」

 

「えぇ〜?どーしよーかなぁ〜?」

 

「彗糸さまぁ!!」

 

まるで神に祈るかのように両手を合わせる妹の姿に彗糸は少し笑みを浮かべ、意地悪そうに囁いた。

 

「しかたないにゃあ?」

 

「うぅ、ありがたや……」

 

くすっと妹の醜態に笑いながら話を彼女がしたい話題に変えてやる。

 

「で、なんだっけ?アンタおすすめの……えーと、」

 

「とある!!とある魔術の禁書目録!」

 

姉は別に忘れていたわけではなかった。

ただ、日本のサブカルに縁がなかった彗糸にとって馴染みがない長いラノベのタイトルを声に出して言うのは少し恥ずかしかっただけ。

しかし大好きな作品のタイトルを忘れられたと勘違いした妹はなかなか出てこないタイトルを大きな声で答えた。

 

「あーそれそれ。一応それのアニメ一期から三期と……レールガン?だっけか、それと、あと一方通行のアニメと……あ、そうそう、漫画のスピンオフ、垣根くんのやつは読んだ。」

 

まぁほとんど二倍速で観たけど、と心の中で付け足した。

 

「……ばっちりハマってんじゃん!つーか垣根くんのスピンオフ私まだ読んでない!」

 

「ハマってねーよ」

 

結構な量の作品だというのにアニメだけとはいえほとんど観た彗糸に妹は驚きを隠せなかった。

 

「まぁ、面白かったと思うよ?でもなんでこれあたしに観せたかったわけ?」

 

「だってお姉ちゃん頭いいし」

 

単純な疑問に対して酷く単純な答え。

しかしその答えはあまりにも単純で情報量が少ない。どんなに妹の思考回路を分かっていても情報量が致命的にまで少ないとさすがの姉でも理解不可能であった。

 

「は?」

 

「お姉ちゃんめっちゃ頭いいアメリカの大学に入ったじゃん?その後は今日まで大学院で研究?してたわけで」

 

「……だから?」

 

姉は懸命に努力し、見事アメリカの有名な大学で学ぶ権利を得た。それだけでなく、卒業した後彼女はそのまま大学院へ。そして今年卒業した。現在二十四歳。

急に褒められ少し照れたが、その内容は彼女の中で答えと結びつくことはなく。

 

「だからだよ!頭良いお姉ちゃんがこのアニメ観れば私に科学側の説明とかしてくれるじゃん!」

 

「……アンタさー、あたしの専攻なんなのかわかって言ってる訳?」

 

あまりにも自己中心的で生意気な考えに呆れを通り越して愛おしさも感じるが、やはり少しズレていた。

 

「……わかって言ってないけど」

 

きょとんと首を傾げる妹に苛立ちを覚え、つい大声で叫んでしまう。

 

「あのさぁ、あたしの専攻はざっくり言えば生物物理学!体の仕組みを研究する学問!医学!コンピュータとかプログラムとかは範疇外なんすわ!」

 

「へー……」

 

まるで興味が無い。

 

「アンタねぇ!あたしがなんのためにその分野の研究してると思ってんの!」

 

「……なんで?」

 

あまりの間抜け具合に声を荒らげたら、すこしだけ運転手に睨まれた。

しかしそんなチンケな睨みだけで怯む姉ではなかった。

 

「こんっの!お・ま・えの為だわ!アホか!アンタの足を動かせるようにしたいんだわ!このドアホ!」

 

「あーそういえばそうやんね」

 

ケラケラと他人事のように笑う妹を殴ってしまいたくなりながらも、彗糸はその拳を納める。

 

六歳差の可愛くて生意気、自由人で沸点の低いおバカな妹。

そんな彼女は先天的に足が不自由だ。

 

永遠に治らない。

 

姉として出来ることを考えて考えて考えまくった結果、アメリカに生物学を学びに行ったのだ。

彼女は救いたかった。目の前の少女を。

自分の頭脳が人を幸せにするのなら、彼女は喜んで自らを差し出した。

妹を、愛する人を、隣人を、すべてを幸せにするためならこの姉はなんだってする。してしまう。

究極の善人。自分が誰かを助けるために生まれてきたと信じて疑わない聖人。

 

正の異常者。

 

それが天羽彗糸という女であった。

 

「はぁ……もういい……」

 

「あは、それで?感想、感想!ハリー!」

 

両腕を広げ感想を催促する妹は嬉々とした表情で姉を見つめる。

 

「はぁ……そーだなぁ、話は面白かったけど主人公がなぁって感じ?」

 

「え!?なんでさ!!?」

 

主人公、それは物語の中心的人物。

大抵の主人公は読み手に一番近い場所におり、読者が嫌いになる要素はあまりないはずの人物。

それなのにこの女は好かないと答えたのだ。作品の大ファンで、主人公が推しである妹にとってはあまりにも衝撃的な言葉だった。

 

「だぁってあたし説教くさい人嫌だもん。いい子なのはわかるけども。御坂も一方通行(アクセラレータ)も、なんだかなぁって」

 

「はぁ、お姉ちゃんは分かってない!ほんと分かってない!ほんとに見たわけ!?…てかなんかなぁってなにさ」

 

まぁ捻くれ者の姉だ、しょうがないと心の中で思うと同時にその感想に酷く興味を惹かれた。

あのヒーローたちを嫌うだなんて!

そんな子供のような、オタクの厄介な感情が妹の中で渦巻く。つまらない姉を持ったと、心の中では不貞腐れていた。

 

「ん?この子の能力って基本的にはベクトル操作っしょ?作中でもあったけど、これってフツーに病気治せたりするんだわ」

 

「うんうん、それで?」

 

相槌を打ちながら姉の話に耳を傾ける。

 

「一方通行くんは最初反射で人を傷つけるのを嫌がって、無敵になれば誰も襲ってこない=傷つかないって考えた訳で。それってさお姉ちゃん的には逃げだと思うんよ」

 

「逃げ?」

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う。彼は責任から逃げて自分が一番楽になる道を探ったのかなぁって感じるわけ。彼は自己中心的で、自分が傷つかない道を選んだ。その力が薬にもなることを知らずに、いや知ろうとせずの方があってるかな?」

 

そう、と言葉を続け、腕を窓にかけながら彗糸は足を組み直す。

どうやらマジレスしたくなるくらいには真剣に見てくれていたようだった。

 

「ともかく、全てから逃げて一万人殺して、そこでやっと責任に気づく。なんというか、彼に対する哀れというか、学園都市に対する怒りというか、医学者としても人間としても酷い気持ちになったかなぁ。歩んだ道が違えば、そんなことも起きなかったと思うと、なんか寂しいよ」

 

「……結構真面目に見てたんだね」

 

「ほとんど二倍速だけどねー」

 

肩を竦めて困った顔をする彗糸はやはり「姉」であり、「下の子」を第一に考えて行動してしまう。

二倍速にしてでもきついスケジュールの中妹の薦めるアニメを見終わったのだ。

 

「じゃあ他の超能力者(レベル5)はどう思う?」

 

ピンポーンとタクシーが高速道路に乗った音が聞こえた。

 

「垣根くんは能力も性格も結構好きかな。あとは、麦野ちゃんはいいキャラだよね。食蜂ちゃんはよく分からないけど見た目は可愛いと思う。で、六位の藍……あー、まだ分からないんだっけ……七位も、アニメには出てなかった、よね?」

 

「じゃあ話は?面白かった?」

 

「うん、それは面白かった。ただ、登場人物みんな哀れで見てて辛かったかな。個人的にはお腹いっぱい」

 

「なるほどなるほど……じゃあ好きなシーンは?」

 

「うーん……垣根くんのバトルかなぁ、やっぱり」

 

イカれた捻くれ者の姉のオキニのシーンは読者である妹にとっては予想もつかない所だった。

垣根帝督、まさかそのシーンとは思ってもいなかった。

フィアンマのシーンやら一方通行の実験シーンやら風斬氷華のシーンやら、作画も話も良いシーンは他にわんさかある。まさかピンポイントで主人公の上条当麻が出てこないシーンを上げられるとはヒーロー至上主義の妹には考えられなかったのだ。

 

「え!?は!?そこ作画良くなくてみんな悲しんでるとこやぞ!?」

 

「そーなん?未知の法則って研究者ならどの分野でもワクワクすると思うけど」

 

少し寂しそうに語る姉に妹はある感情を読み取った。それはアニメオタクを語る上で欠かせないもの。

妹でいう上条当麻のこと。

 

「……もしかして、垣根推しか!??」

 

そう推し。

 

オタクと推しは互いを語る際に切っても切れない関係にある。

オタクとは対極の位置にいるパリピという人種である姉にまさかと否定はしたものの、姉本人からは肯定の言葉が投げかけられたのだ。

 

「かもね、見た目も結構好きだし。」

 

「まじか……あーでも、お姉ちゃんギャルだもんね!ホストに惹かれるのは運命だもんね!」

 

驚きに満ちた顔をした妹ではあったが、惹かれる理由が思いついた為かすぐに腑抜けた顔に戻る。

そんな様子を姉に睨まれたが、気にしないのが妹という生命体なのだ。

 

「……垣根くんのスピンオフ読んで泣きそうになるくらいには好きかな。哀れな子だと思うよ。」

 

「え、お姉ちゃんが泣きそう……って私読んでないからネタバレしないでね!」

 

垣根帝督のスピンオフ。

少し前に発売されたが妹的には別に推しでも無ければ原作で死んでしまうキャラクターの話だ、お小遣いに余裕ができたら買おうと買わずにいたのだ。

 

「うーん、垣根くんはねぇ、なんか、可哀想というか。ヒーローになりえたのに一位にぜーんぶ持ってかれちゃった子。報われない不幸な子ってこういう子のことを指すんだろうなぁって思う。」

 

「ふーん、好感高いの?」

 

「何かを守るために、世界を変えるためにがむしゃらに頑張る男の子はお姉ちゃん的に好感高いよ。助けてあげたくなっちゃう」

 

これまで人を助けることを目標に生きてきた女なのだ、慈しみの心は妹だけにとどまらず全ての人に向けられる。善人だろうが悪人だろうが。

 

「でも彼氏いたことないお姉ちゃんが誰かに好感を持つってすごいことだと思うよ?」

 

ただただ素直に純粋に、妹は嬉しかったのだ。

 

全ての者に慈愛を向ける姉であるが、誰か一人に対して好感を持つことはなかった。

究極の博愛主義者。それが妹の持つ姉の印象。

超常現象を操るアニメのキャラクターと言えど姉が誰かに興味を持つのはありえないと思っていたのだ。喜ぶのも当然だろう。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ!せっかくモテるのに!」

 

「うっさいなぁ……恋とかよりも研究してる方がドキドキワクワクするし、セックスなんてつっまんない行為も興味無いし」

 

天羽彗糸は博愛主義者であると同時に、無性愛者でもあった。

他者に恋愛感情も性的な欲求も抱かないのだ。

天使が人間と恋には落ちないように、彼女もまた人間に特別な感情を抱かなかった。

彼女が抱く感情は二つ。慈愛と憐れみ。

 

彼女にとっては妹も、家族も、隣人も、悪人も、善人も全て救うべき人々。悲しませてはならない人々。

誰もを平等に愛する。

 

彼女はまさに地上に降り立った天使そのものだった。

 

「せっ、えっちと言いなさい!ふしだら!」

 

「……アンタが話振ってきたんだけど。なんて呼称しようが関係なくね?」

 

突然切り込まれたそういう話に妹は慌てふためき顔を赤らめるが、姉は微動だにしない。

生物学を専攻する彗糸にそういったジャンルの話は特別恥じらうようなものでもなく。

 

「ある!あるある!ちょーあるってば!」

 

「あっそ」

 

ぶっきらぼうに話を切り上げるところをみてこれ以上この話を続けても無駄だなと妹は心の中で思案する。

 

「でも垣根帝督かぁ、意外っちゃ意外」

 

どうせ恋バナなんて姉は興味無い。性愛なんて理解してくれない。

そんな姉と恋愛話を続けたって、無意味なのはわかりきっていた。

だったら、珍しく興味を持ってくれた存在に話を戻した方が有意義だ。

 

「そう?」

 

「うん、悪役とか嫌いじゃん、お姉ちゃん。」

 

「そうでもなくない?信念を強く持って行動する人ってかっこいいと思うけど」

 

「上条は違うの?」

 

その理屈なら上条当麻だって当てはまるじゃないか!とイラつきを覚えたファン、もとい妹だったが、しかしそんなこととは露知らず、姉は話を続ける。

 

「……あれは信念とかそういう次元じゃなくてさ、ただ説教して物理で攻撃してくるやつが苦手なだけ。仕方ないんだけどね。もっといい解決法あるのになぁってもどかしくなんだよね」

 

「ふーん、まあお姉ちゃん人が怪我したり死ぬ作品全般苦手だもんね。でも垣根推しねぇ……」

 

別に垣根帝督が嫌いというわけではない。ただ心配しているのだ。

原作を読んでいる妹にはその後の垣根帝督の扱いが分かってしまう。そう考えると姉の気持ちが可哀想なものにも見えてくる。

先輩オタクとして推しが死んで悲惨な目に遭うという恐怖体験に姉がついていけるのか、心配になってしまうのだ。

 

「まぁそんなイケメンホストも工場長からカブトムシになるんですけどねぇ……」

 

「は?」

 

もちろん原作を読んでおらず、なんなら卒業関連で忙しくアニメを見る時間が取れなくて垣根帝督以外のシーンをほとんど二倍速で観たニワカでオタクですらないギャルの彗糸にはなんの事かは分からなかった……ことは無かった。

 

そう、ネタバレwikiを読んだのだ。

 

論文を書き、研究に明け暮れる姉にはアニメを真面目に視聴する時間はほとんどなかった。垣根帝督のスピンオフ漫画程度を読む時間はあったがアニメは時間がかかる。論文の作業中にほとんど二倍速でバックグラウンドミュージックと化した状態で観ていたのだ。

しかしそんな状態でも基本情報は入っており、フィーリングで語ることができるのは頭の良さ故か。

しかし妹は必ず彼女に感想を聞いてくる。アニメをちゃんと見ると約束した手前、下手に感想を述べて違うとツッコまれるのは癪だった。

そのため姉はスマホでほとんどのキャラ、事件、用語のネタバレwikiを読み漁った。具体的に言うと一巻から最新刊までの全部。

まぁwikiだけでなく、SNSやらイラスト投稿サイトなんかに転がっている二次創作なんかも拝見しているので知識にかなり偏りがあるが。

 

そんなわけで今の姉は垣根帝督が真っ白のカブトムシになってしまうことも、超能力者(レベル5)第六位の名前が藍花悦ということも、一方通行が総括理事長になることも、学園都市が「徹底的に科学の形に擬態させたテレマの僧院そのもの」であることも知識として知っている。

 

「いや、原作の話。お姉ちゃんには後で貸すから。」

 

「……おけまる。楽しみにしとくわ。」

 

そんなこと一ミクロンも思ってもない妹に原作の小説を押し付けられる未来に少し期待する。そのまま同じ話題で盛り上がれれば良いな、と希望を胸に抱きながら姉は笑みをこぼす。

 

「ふふふ、お姉ちゃんもアニメオタクに……!」

 

「いや、ならんから」

 

そんなこんなで感想大会に終わりが見えてきたころ、事は起きた。

事と呼ぶには大きすぎる出来事。

 

不幸とは全ての者に平等に、そして唐突に訪れるもの。

それを今日、自ら経験することになった。

 

「あれ、なんかおかしくね?」

 

ふと妹から目を逸らした姉の目に入ったバックミラー。

 

「んー?何が?」

 

「……後ろの車、速くね?」

 

「え?」

 

バックミラーに映る大きなトラックは普通よりも早く大きくミラーに写っていく。

徐々に大きくなるトラック、その運転手の目は固く閉ざされ、光を写していなかった。

 

「おじさん!後ろからっ!」

 

「なっ、」

 

状況を理解した運転手がハンドルを切る。

隣のレーンに移り安堵したのもつかの間。

 

トラックはスピードを落とさず前に突き進んだ。

結果、

 

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

トラックは横転、前を走っていた不運なタクシーは巻き込まれぺしゃんこに。

しかし幸運なことに車に乗っていた内の二人は無事だった。

そう、二人。

慈愛の精神に満ち溢れた美しい女は愛する妹を助けた。

自らの命を差し出して。

 

「お姉ちゃんっ!なんでっ!」

 

横たわる女性からは赤く光る液体が溢れ出した。

シートベルトやエアクッション程度で全ての衝撃から身を守ることは不可能だと彗糸は分かっていた。

車椅子は車に固定され、身動きが取れない妹。大事な、大事な妹。

 

「なんでぇ、なんで、おねえちゃん、がっ、」

 

当たり前じゃん。

アンタの姉なんだから、医学者なんだから、人を助けるのは当たり前っしょ。

 

そう答えたくとも口からは空気と血と、掠れた音しか出てこない。

 

「おねえぢゃ、おねえちゃん、ぅ、あ、」

 

泣かないで、愛しい妹。

アタシのシュガー。

 

あたし、ダメなお姉ちゃんだったなぁ。

 

アンタの足を治す方法を研究するためにアメリカ行ったのに、肝心な妹であるアンタのことを構ってやれなかった。

 

「な……かぁ……ぁ、ぃ、て……」

 

泣かないで。

 

最後の力を振り絞って出した言葉。

 

アンタを泣かせたくなかったんだ。幸せにしたかったんだ。

 

冷えていく手先、体から溢れる生暖かい赤、朦朧とした意識。

最期に見た景色は涙で瞳を満たした愛しい妹。

笑ったアンタの顔をずっと見ていたかったのに。

 

あぁ、神様、もし、もしも次があるのなら、あたしは誰も泣かせません。

全部、助けます。

だから、チャンスをください。

全てを変える、チャンスを。

 

彼女はやはり最後まで天使であり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな天使の願いは神の手によって聞き届けられた。

 

暗闇に沈んだ意識が何かを掴む。

天の糸、あるいは救いの糸。

 

空へ落ちていく感覚。

浮遊感と風を感じとり、あるはずも無い瞼を開いた。

 

そう、()()()()()

 

「……え?」

 

目の前に広がるのは明るい天井。

窓から差し込む太陽の光がベッドで横たわる彼女を眩しく照らした。

 

「いき、てる?」




長い文章で申し訳ないです
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