とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

10 / 162
小説を書きたい欲と絵を描きたい欲と課題があるという現実に苛まれていたら昨日投稿するの忘れました


8話:闇

「おーおー派手にやってんなぁ」

 

青空の下、少年は綺麗な翼を広げて笑う。太陽を背にし、逆光の中笑う彼は顔の良さも相待って間違いなく今ここで一番美しい。

そんな美しい少年は片腕で同じくらいの背丈の少女を抱える。少女とはいえ十センチ差もない体は鍛えた男でも、両手で抱えなくてはいけないほど重いはず。

だというのに彼、垣根帝督は顔色ひとつかえずそのまま空を飛ぶ。

 

抱えられる側としては不安で仕方がない。

垣根の首に腕を回し、少女、天羽彗糸はひどく落ち着かない様子で地面を覗き込んでいた。

 

「助けに行かないと!」

 

「まぁ、待ってろ。お前の役目は怪我人の治療だろ?」

 

木山を追って向かった高速道路、その上空。

道路上は木山の手で無力化された警備員(アンチスキル)が山のように倒れ、異常な風景が続いている。

血は一つも流れておらず、さすがの木山も手加減してるみたいだが、それでも怪我人は多い。

心がざわつく。

 

誰かの痛みは、みていて気持ちの良いものでもない。

 

「そ、そうだけど!だからって目の前で警備員(アンチスキル)が怪我するところを見てるって訳にも!」

 

「ジタバタすんなよ」

 

「でも!」

 

彼がいなければすぐにでも飛び出して助けるというのに!

 

今すぐ降りてしまおうと体をよじるも、彼が掴んだ腰はびくともしない。上空から落ちようが死にはしないと、天羽にとってはかなり派手に拒絶しているつもりだが、押しても引いても垣根の顔は眉ひとつ動かない。

 

(こいつ、かなりの武闘派か?)

 

そんな嫌味に似た感想が出てくるが、朧げな記憶があっていれば、彼は片足に力を入れただけで腕や足の骨を折るほどの力がある。

前者は初春に、後者は知らないモブキャラ相手に。

 

さて、天羽はふざけた口調と見た目をしたバカみたいな少女だが、医療、生物の知識に関しては医者顔負けである。

そんな彼女にとっては、骨の強さ、強度もその知識の一つ。

 

なので彼女は知っている

人の骨を折るには四〇〇〇ニュートン、換算して大体四〇〇kgくらいの圧力をかける必要があることを。

そしてそんなことができる人間には一七三センチ、五七キロの少女なんて軽いもので、力の入っていない抵抗など虚しいことも、わかってしまった。

 

「はいはい黙っとけチワワ、まずはアレを解析してからだ」

 

「チ、チワっ!?」

 

そんな格上の男は馬鹿にした笑みで天羽を見下ろす。

ひどく軽い侮辱の言葉。なんて醜い言葉か。

 

言い返したい。

けれど、その年相応の少年らしい悪戯な笑みに、全人類の姉を豪語する姉は勝てなかった。

 

「で、バカ、お前はこれをどう考える」

 

「これって、どれすか。あとバカじゃねーっての!」

 

「木山春生の多重能力(デュアルスキル)だ」

 

「え?あぁ、その事か」

 

彼の視線は天羽から地上にいる木山へと移る。青いスポーツカーから降りて交戦する木山は一研究者であり大人。

能力者ではない。

しかし、事実能力を使っている。それも多種多様なものばかり。

時には水を操り、時には風を操り、時には人そのものを操るその姿はどう見ても普通の能力者には見えない。

 

一人につき一つの能力。

この世界においての常識。

その常識を覆す光景が、まさに足元で起きていた。

 

「うーん、そうだなぁ……一万人の能力者をシナプスで繋いだ幻想御手(レベルアッパー)というシステムはいわば一つの巨大な脳でしょ?そんなに大きい脳なら普通の脳では出来ない現象が起こせると仮定して考えると、多分垣根くんが思ってる通りだよ」

 

「AIM拡散力場を通してネットワークを構築する人の能力を他の脳で演算補助して起こしてる現象。そう仮定せざるを得ないな」

 

「実際そうなんじゃない?沢山の能力が仕舞われてる棚から演算方式を取り出して、沢山の人に演算をさせる。だからネットワークの総体、脳を束ねる木山さんが能力を使ってるよう見えるんだと思う。クラウド機能みたいなもんかね?」

 

けれど一度仕組みを知ってしまえば簡単な話で、木山は別に能力者でもなんでもなく、幻想御手(レベルアッパー)のシステムから他者の能力を借りているだけ。

だから結局棚に入った能力しか扱えない。

一度に複数の能力も使えても、能力の複数行使には限界はある。とはいえ一万の脳が処理落ちしない限り(死なない限り)は使える便利で非人道的な代物だ。

 

それでも多重能力(デュアルスキル)、一人が複数の能力を使うという定義には入らない。

 

「ネットワーク上に落ちてるデータをコンピュータで演算補助して使ってるようなもんだしな、概念的には似てるか」

 

「だから結局のところ木山さん自体に能力が宿ってるわけじゃない。ネットワークと分離させてしまえば能力は使えなくなると思うよ」

 

「制限があるとはいえ多重能力(デュアルスキル)に近しいものを作り上げるとは大したもんだ。どんな研究をしてきたんだか」

 

「それは本人に聞くのがいいんじゃない?」

 

空の上での談笑は、居心地のいいものでもなく。早く切り上げたいとぶっきらぼうに返事をすると、その気持ちを見透かしてか垣根はにんまりと少年らしい微笑みを浮かべる。

いたずらっ子の笑み。嫌な予感しかしないその笑みに、少しだけ口角が引き攣った。

 

「なら講義でも受けに行くか」

 

「はえ?」

 

予感は的中。

彼の一言で世界は逆さになった。

 

「え?まっ、あぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「掴まってろよ」

 

青い空から真っ逆さま。紐なしバンジーは初めて経験する。

ニュートンの万有引力は正しかったなんてつまらないことで現実から目を背けるも、体にかかる風圧がそうもさせてくれず。

 

太陽色の髪が風に乗って、頬にあたる。スカートは捲れて、重力が地面へと体を誘う。

空とはこんなにも自由で、こんなにも怖いものか。

初めての急降下に心臓が波打って、彼女を抱える男に全てが伝わってしまいそうで怖い。

 

恐怖の感情を恋愛感情に誤解してしまうと世間では吊り橋効果などと謳っているが、恋愛感情のない天羽には縁のない話。

ただただ怖い。それだけだった。

 

「にどとかきねくんとそらはとばない」

 

「子供みたいな喋り方になってんぞ」

 

別に吊り橋もジェットコースターも怖いと思ったことはないが、自分のことが嫌いな男に抱えられて飛ぶのは色々な意味で心臓に悪い。

もう二度とこの男と空なんて飛ばないと内心泣きながら決意を固めると、垣根に支えられながら地面に降り立つ。

 

「うーわ、警備員(アンチスキル)が全滅かよ」

 

「大変……!」

 

惨状と呼ぶに相応しい光景だった。

十数人の警備員(アンチスキル)が怪我をして倒れており、呻き声があちこちから漏れていて。勇敢にも力を振り絞って立ち上がる者たちも、足や腕にひどい怪我を負っている。

 

真っ赤な血液。道路。横転した車。呻き声。

 

思い出したくものがここにはたくさんあった。

 

「っは、きゅ、救護班です!ん?班?ぇ、えーと、メ、衛生兵(メディック)です!と、とりあえず治療します!」

 

一気に血の気が引く。早く対応を始めないといけないと、心臓が体を突き動かした。

 

天羽の能力、いや、第六位の能力は便利なことに遠隔でも使用ができる。

例えば探知。どんな人間がどのくらいの距離にいるか。その人の生体データを持っていれば個人も特定できるほど。

もちろん体に触れて調整する方が感覚を掴みやすく、細かく調整できるが、それでも簡単な傷の修復なら遠隔でも可能である。

全員に同じ処置しかできなくなるが、皆同じ原因で倒れているなら有効打になる。

 

その便利能力を駆使して人を癒す。

β-エンドルフィン、ドーパミン。倒れた全ての体に同じように命令を下す。

 

肉体の支配者。

その名の通り、彼女は生命の全てを支配する。

 

「おい、花飾りのお嬢さん、起きてるか?……こりゃダメだ、ぐっすり寝てやがる。呑気なことで」

 

天羽が介抱している間に、垣根はスポーツカーに近づいて中を確認する。中にいるお騒がせな中学生はぐっすりと眠っていて起きる気配はない。

どうやら死んではいないようで、最悪の事態ではないと垣根はほんのわずかに安堵する。

 

もし亡くなっていたら天羽もだが、第三位も取り乱すどころではなくなる。

暴れることになったら止めるのは消去法で垣根。それだけは困ると、勝手に心配していた。

 

「天羽さんに、垣根さん!?な、なんでここに!?」

 

そんな第三位は確認が終わった天羽たちを見つけて、関係者用の階段から駆け上がってくる。

携帯電話片手に向かってきた彼女はかなり焦っているようで、目を見開く。

先回りして到着していた先輩たち、そして大量の重傷者。驚くのも無理はなかった。

 

衛生兵(メディック)でーす!」

 

「あれの護衛」

 

「護衛はいらんゆーとるやろがっ!」

 

「うっせーぞチワワ」

 

「やめい!!」

 

驚きよりもまず、大切な友人について。

それで、と御坂はスポーツカーの中の初春を見て垣根に問いかける。

 

友人は何よりも大切な優しい子。

しかし無知なる光の子の優しさは闇を知る者には有毒だ。頭の片隅で暗い場所を知っていても、それを知ろうとしなければただの怠惰。

中学生だから、なんて言い訳はこの世界では通用しない。ひどい世界。

彼女は日常を守るために闇を知ることから背を向けた。

それは決して悪いことではない。ただ、見る人によれば逃げだと思われるかもしれないが。

 

超能力者(レベル5)は大抵が自己中心的だ。

それほどまで自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が強固という意味では当たり前である。

 

自分を守るため、自分が良ければそれでいい。

その思いは天羽とっては唾棄すべき悍ましい思考。

闇を知り、光も知り、与えられたものに疑問が持てる。理不尽に争い、他人のために力を振るう者。

それさえあればいい。

それだけが天羽が救うべき相手に望む倫理観。

 

逆に言えば、それだけあればどんな凶悪な人間でも許して、救ってしまう。

この現状もまた、彼女の救うべき舞台なのだ。

 

「あの、初春さんは大丈夫なんですか?」

 

「ん?あーそれなら」

 

大丈夫。

垣根がそう言い終わる前に煙の奥、誰かが口を開いた。

 

「安心しろ、戦闘の余波を受けて気絶してるだけだ。命に別状はない」

 

それは聞き覚えのある気だるい声。

それは見覚えのある細身の女性。

 

天羽彗糸が救うべき、赦すべき()()()な人。

 

「……木山春生」

 

その名前を思わず口にすると、木山は倒れた患者に寄り添う天羽を鼻で笑って御坂たちを見据える。

 

木山と天羽は相性が良くない。

互いに善人。

けれど片方は闇に堕ちてまで誰かを救う。

もう片方が光として、全ての人に救いの糸を垂らす合間に。

 

「御坂美琴、垣根帝督、学園都市に七人しか居ない超能力者(レベル5)の二人も、さすがに私のような相手と戦ったことはあるまい。」

 

「なんだ、知ってたのか」

 

「君はこちら側では結構な有名人だからね、未元物質(ダークマター)

 

その場で互い睨み合う。互いに譲らない。

しかし垣根帝督が超能力者(レベル5)という情報を知らなかった御坂は少しだけ目を見開く。

名前から推測はできていた。しかし実際に突きつけられるとやはり驚きが勝つようだった。

 

「垣根さんが超能力者(レベル5)……?」

 

「その話は後だ。前に集中しろ」

 

だが今はそんな話をしている場合ではない。敵意を向ける木山から目を逸らさず、そして木山もまた目を逸らさず。

動き出すその時を伺う。

 

「さて君達に、一万の脳を統べる私を止められるかな」

 

「止められるかな、ですって?当たり前でしょ?」

 

最初に動いたのは御坂だった。

地面を蹴り、電気を制御して木山めがけて突っ込む御坂だったが、彼女の蹴る地面は瞬きの間に消えてしまう。

文字通り消える、そこに道路がなかったように穴だけが残された。

 

そしてその穴に視線が奪われたその隙に、巨大な爆発音が空に轟く。

風とともに揺れる地面と空気が熱を持って、この場にいる全ての動きを奪った。

 

「っ!」

 

「天羽!」

 

垣根の声で咄嗟に地面に伏せて天羽はなんとかやり過ごす。

爆発で一番危険なのは爆風だ。

色々なものが飛んでくるのはもちろん、風の威力だけで鼓膜が破裂し、眼底出血を引き起こしたりする。酷い時は肺充血、皮下出血、裂傷、内臓破裂など。

すぐ回復してしまう天羽にはあまり関係はないとはいえ、身を守るのに越したことはない。

 

「天羽、平気か?」

 

伏せた天羽に影が落ちる。差し伸べられた彼の手をとって起き上がると、彼の性格から考えられない焦った顔がそこにあった。

まるで心配するような顔。

 

(反対じゃない。その顔は、あたしがするんだよ)

 

垣根とは物理的に距離があった。スポーツカーにいた彼、重傷者に駆け寄る彼女。

そのため今回ばかりは互いに自分の身を守っていた。突然の爆風で動けなかったから。

 

だから天羽にとっては反対なのだ。

心配するのは天羽の方。心配されるのは垣根の方。

なんだか不思議でたまらない。

心配されるような身分でも、弱者でもないのに。

爆発の前に声をかけて、風がおさまったら駆け寄って。

 

そんな垣根が少し意味不明で、怖い。

 

「え?こんなの大丈夫だよ。てか護衛とか言いながら大したことないね、ていとくん」

 

「……ムカついた、バイク没収な」

 

「え”」

 

所有権が天羽にあるはずの移動手段が垣根の手によって奪われたところで、御坂が口を開く。

その目には、先ほどより大きな警戒心が見えていた。

 

「驚いたわ、ホントにいくつも能力が使えるのね。多重能力(デュアルスキル)だなんて、楽しませてくれるじゃない」

 

「私の能力は、理論上不可能とされるアレとは方式が違う。いわば、多才能力(マルチスキル)だ」

 

ビリビリと空気に電気がまとわりつく。怒りを我慢するような低い声だが、木山は臆せずただ発言に訂正を求める。

最悪の空気に、最悪のシチュエーション。

一触即発の場に、互いの動きを悟らせまいと知恵を巡らせる。

 

「……こりゃ、アイツの推測も馬鹿にできねーな」

 

風が動き出す。木山が腕を振るうだけで空気が力を持ち、襲いかかる。

まるで鎌のように一直線に吹き荒れた風。だが一直線で単調な動きは簡単に軌道を読まれ、いとも簡単にかわされた。

 

「呼び方なんてどうでもいいわよ!こっちがやることに変わりはないんだから!」

 

次は自分の番とでもいうように、高圧力の電撃が御坂から放たれる。真っ直ぐ向かう雷。あと一歩のところだった。

まるでそこに壁があるかのように、そこが世界の終わりだとでもいうように、その雷は不可視な壁に苛まれ弾かれた。

 

見えない絶縁体で周りを囲ったのか。

それとも空気振動で電気を捻じ曲げたのか。

正解はわからぬまま、木山は上から目線に悪どい微笑みを浮かべる。

 

「どうした?複数の能力を同時に使うことは出来ないと踏んでいたのかね?」

 

木山は軽く足でアスファルトを叩く。なんてことないステップ。音すらしない軽い足取り。

しかしその小さな衝撃は大きな波紋になって広がる。

直後、大きな揺れと共に地面が割れた。

衝撃エネルギーを送り込んで圧力波でアスファルトを砕いたのか、軽い波紋は大きく地面を裂き、分厚いコンクリートはクッキーのように砕けていく。

 

「な!?」

 

「ぎゃっ!?あたしまで!?」

 

高速道路が大きな音を立てて崩れ落ちる。その範囲は広く、近くにいなかった天羽たちすらも巻き込まれ、浮遊感と共に堕ちていく。

本日二度目の人体落下。

例え転落しようと、落下物にぶつかろうと、彼女は決して死なない。痛みも感じない、暑さも、冷たさも、ずっと前に捨てた。

それでも突然の浮遊感には慣れず、強く目を瞑る。

地面に落ちた衝撃をただ待つだけだった。

 

「あれ、垣根くん?」

 

「間一髪ってとこか?あとでなんか奢れよな」

 

しかし衝撃は一向にこず。浮遊感もなくならない。

感じるのは男物の香水の香りと、その奥に秘めた甘い匂い。

 

恐る恐る開いた目は真っ黒な瞳とかち合った。

両腕で天羽の体を抱える垣根はどこか優越感と余裕を感じさせる笑みで見下す。

まるで弱いと言われているようで、足手纏いのお姫様とでも思われているようで。

 

ただひたすらにむかついた。

 

「あたし、一応大気圏から落ちても死なない自信あるんだけどな……」

 

「そりゃすげーこって」

 

「冗談じゃないのに!」

 

地面には降りずに崩れた高速道路に戻ると、二人してぽっかり空いた穴から下を覗く。ようやく下されて身動きが取れるようになったとはいえ、その穴から地面に降り立つのは後ろで見張る垣根の圧力で止められた。

もどかしい。戦場はすぐそこにあるというのに。

 

「拍子抜けだな、超能力者(レベル5)というのはこの程度ものなのか」

 

覗き込んだ高速道路の下。余裕綽々と地面に降り立つ木山と、高速道路を支えるコンクリートの柱にまるで蜘蛛のように張り付いている御坂。

どちらが優勢かなど、一目で分かる。

 

「電撃を攻略したぐらいで、勝ったと思うなぁぁ!」

 

自身が押し負けていると、そう言わんばかりの木山の言葉に御坂は半ば八つ当たりのように大きな瓦礫を磁石の要領で持ち上げる。

明確な殺意。それとも木山には効かないとわかっているのか。

人体ごとき圧死させてしまいそうな巨大な瓦礫は、綺麗に放物線を描いて木山目掛けて振り下ろされる。

通常なら死を覚悟する重さ。だが木山は動かない。

代わりに手のひらを見せて、小さな光を生み出した。そこから現れたには、細長い剣のような光だった。

しかしその光の粒子は、それこそ剣のように瓦礫に突き刺さると、凄まじい熱量が放たれた。

 

第四位の原子崩しの劣化版か何かだろうか。全く皆目見当もつかないその光は、巨大な瓦礫を小さな瓦礫に変えてしまう。

その熱量が、ますます御坂の神経を逆撫でする。

 

「こんなのが超能力者(レベル5)の第三位かと思うと涙が出てくるな」

 

「だったら、アンタらも戦いなさいよ!!」

 

同時にバカにする垣根の声も相まって、ますます御坂の怒りが増えていく。

あまりの怒りに垣根の言葉に噛みついて視線を木山から外す。いつもならしないようなミスだというのに。

 

そのわずかな判断が戦況を変えてしまう。

静かに木山は御坂が張り付くコンクリート製の支柱に指を指した。誰も気が付かない小さな動き。

 

びしっっっ!!

 

柱に亀裂が走る。

雷の跡のような亀裂が御坂を囲むように円を描くと、ところてんというべきか、分厚いコンクリートは彼女ごと押し出されていく。

 

「っ!しまった!」

 

慌ててその場から離れるも、かすり傷を負いながら地面に降り立つ。擦り傷、パックリ開いた皮膚、痛そうな傷口に知らんぷりしながら御坂は立っていた。

 

受け身がギリギリな上、かなりの距離から飛び降りたというには軽傷である。

しかし、天羽にとっては治療すべき傷だ。

 

治してあげたい、痛みをなくしてあげたい。感情の赴くままに体を動かす。

穴から落ちて駆け寄ってあげたい。

 

だがそれは一人の少年によって阻止されてしまう。まるでその感情を気持ち悪いものだと言わんばかりに。

 

「お前に何が出来んだよ。大人しく俺と待機してろ」

 

セーラー服の襟をまるで首輪のように掴んで、垣根は冷たい顔で地面を見下ろす。

傍観者の立ち位置でいたい。首を突っ込みたくない。情報だけ持ち帰りたい。

そんなところか。

その横顔から読み取れる気持ちは天羽にとっては邪魔なものでしかないというのに。

 

「もうやめにしないか。私はある事柄について調べたいだけなんだ。それが終われば全員解放する。誰も犠牲にはしない」

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

穴の向こう、御坂の悲鳴に近い怒鳴り声が響き渡る。

その声に、誰もが動きを止めた。それほどまで強い圧を持っていた。

 

「誰も犠牲にしない?あれだけの人間を巻き込んでおいて?人の心を弄んでおいて!?そんなもの見過ごせるわけないでしょうが!」

 

闇を知らない光の子。

みんなが幸せな世界にいる、幸福な子。

 

(あぁ、こりゃ垣根くんとはすこぶる相性が悪いな)

 

闇。学園都市に蔓延る闇を知る者にとって、御坂の言葉はきっと逆鱗に触れるような者だろう。

木山に垣根。彼らのような者には。

 

この世界は腹立たしいことに、大人の都合のいいように子供が使われる。

人体実験、非合法な研究、それらが黙認される世界。

それは仕方がないこと。

歴史を見れば、科学はいつだって犠牲が生まれてしまう。

全員に施される能力開発も同じ。

 

しかしそれを良しとすることはありえない。ありえてはいけない。

それを知っている者は願う。反逆を。謀反を。復讐を。

だからスキルアウトが生まれる。反旗を翻す革命家が生まれる。

 

自分が信じる正義のために、自己を、他者を犠牲にする。

 

そして天羽彗糸という女は、その野心に強く惹かれてしまう。

自分と同じ、理不尽に反逆を願う人に共感してしまう。

揺るがぬ正義と願いをもつ人に心を奪われてしまう。

救いたい。救ってあげたい。

 

誰かがその正義の犠牲となるならば、代わりにあたしを使って。

あたしを犠牲にその正義を成して。

この人生()を使って、使い潰して、あたしだけを犠牲にして。

そのために、あたしはいるのだから。

 

そしたら、きっとあたしも救われるから。

救われないものを救えれば、この体でハッピーエンドを掴み取れたら、きっと、理不尽()に打ち勝ったと言えるから。

 

心の奥底から、人格を形成した赤子の頃から、彼女はそう信じて疑わない。

 

「やれやれ、超能力者(レベル5)とはいえ所詮は世間知らずのお嬢様か」

 

「アンタにだけは言われたくないわ!」

 

「君たちが日常的に受けている能力開発、アレが安全で人道的なものだとでも思っているのか?」

 

世間知らずの光の子。

ヒロインで、ヒーローたる主人公、御坂美琴。

 

天羽には関係のない子供。

 

「学園都市の上層部は、能力に関する重大な何かを隠している。それを知らずにこの街の教師たちは学生の脳を日々開発しているんだ。それがどんなに危険な事か分かるだろう?」

 

木山の言葉はひどく重苦しい。

その重い言葉は投げかけた御坂にではなく、垣根の心に深く刺さる。

 

この学園都市にいい思い出はない。

悪い思い出ばかりが掘り起こされているのだろう、垣根は静かにセーラー服から手を離すと、爪が食い込むほど拳を握りしめる。

 

痛そうな手。どうか綺麗な手を傷つけないで。

 

力んで白くなる手がやけに天羽の視線を奪って、ただ心のままに動いていた。

 

「垣根くん、何か怖いものでも思い出した?」

 

「……別に、ありきたりな悲劇を思い出しただけだ」

 

寄り添うように、横に並んで手を握る。握りしめられた手に優しく触れると、ゆっくりとだが力が抜けていく。

まるで自分の手を代わりに差し出すようにその隙間に自分の手を入れて、肩に頭を預けて、優しく、妹に向けていたような声色で彼に問いかけた。

 

天羽は垣根の過去を知らない。正確にはさわりしかわからない。

描写されていないから。物語になっていないから。

だからなんと言葉をかけるべきか、正解を知らない。

 

でも、目の前で泣きそうな子供がいたら手を握ってあげたくなる。優しく抱きしめたくなってしまう。

大人の、姉の性。

人によっては迷惑なおせっかい、厄介な保護者ヅラにしか感じない。

けれど今は、確かに彼女は必要とされていた。

 

「なかなか面白そうな話じゃない、アンタを捕まえたあとでゆっくりと調べさせてもらうわ!」

 

「残念だがまだ捕まる訳には行かない!」

 

だが御坂にとっては知らない話。なかなか縮まらない距離に苛立ち、助走をつけて走り出した。

その手には剣のように長い黒い塊、砂鉄の塊。その鋭い先端を木山に向かって振り下ろす。

 

しかし黒い砂鉄の塊は盾のように動かしたアスファルトの瓦礫を刺し、その動きを止められた。

木山の反撃に映る。

道路の近くに転がっていた空き缶用のゴミ箱が宙を舞い、空き缶が空に投げられる。

側から見たら、ただゴミが空を舞うだけ。

しかし行動には全て根拠がある。

 

「さぁどうする?」

 

「全部ぶっ飛ばす!」

 

そういえば、先日起こった虚空爆破(グラビトン)事件、犯人はアルミを爆弾に変える能力の使い手だったな。

ふと、天羽はそれを思い出す。

しかし御坂の方が早い。木山の問いにすぐさま無数の電撃を放つと、瞬きの合間に空き缶は一つ残さず空中で爆発、跡形もなく消えてしまった。

 

「どう?ざっとこんなもんよ!もうおしまいな───」

 

誇らしげに笑う御坂だったが、人間気が緩んだ瞬間というのは一番危険であり、狙われやすい。

まだひとつ、空き缶が残っていたのを見落としていた。

 

「うしろっ!」

 

空間転移か、突然御坂の背後に現れたアルミ缶は気がついた直後、凄まじい熱量と共に破裂する。

爆風と熱風が安全圏であるはずの高速道路の上まで伝わり、チリチリと制服に小さな焦げをつけた。

 

「もっと手こずるかとおもったが、こんなものか超能力者(レベル5)

 

派手に崩れたコンクリートの下に埋もれた御坂の姿は、上からでは確認できない。

生きている確信はあった。

けど天羽の心は自分を不安にさせるのが大好きなようで、頭に()()()の痛みと寒さがフラッシュバックする。

いわゆるPTSD。

御坂の痛々しい姿に痛みが蘇る。その痛みは死の痛み。血が流れ落ちるあの感覚。

 

「大丈夫だろ、あんなんでも超能力者(レベル5)だ」

 

あの痛みを知ってほしくないためにここにいるのに。飼い主ぶる男は天羽の願いを叶えない。

 

悔しい。とても悔しかった。

あたしがいれば、あたしが盾になればよかったのに。

そうしていたら、今頃彼女は無傷だっただろうに。

 

垣根にとって無価値な感情は、蔑ろにされ続けて、今にも破裂しそうだった。

 

「恨んでもらって構わんよ」

 

瓦礫の下、埋められた第三位を一瞥して、木山はそのまま立ち去る。

正確には立ち去ろうとした。

 

「つかまえ、た」

 

勢いよく瓦礫が散り、御坂は木山を体を使って捕まえる。抱きしめるように、縛り付けるように。その華奢な体からは考えられない力で木山を逃すまいと、強く、きつく捕まえた。

 

「なっ!?馬鹿な!磁力を操って即席の盾を組み上げたのか!」

 

「ゼロ距離からの電撃、あのバカには効かなかったけど、いくらなんでもあんなとんでも能力までは持ってないわよね?」

 

「くっ!」

 

すぐに抜け出そうと木山はもがく。手近にあった瓦礫を浮かせて攻撃しようとするが、努力は虚しく、通じない。

第三位の順位に相応しく、御坂の電撃の方が圧倒的に素早かった。

 

「遅い!」

 

身体中に青白い電流が流れ込む。側から見ても痛そうだと理解できるほどの威力。

悲鳴に近い叫び声を木山があげて倒れこむと同時に、御坂も焦点の合わない目で立ち尽くす。

 

何かを見たのか。何を見たのか。一人で何かを呟く御坂は、何も知らない他人からすると少し怖い。

 

「見られた、のか?」

 

「なんで、なんであんなこと」

 

本来であれば、このまま回想シーンに移る。しかし御坂しか見ていない過去を天羽たちが見ることはできず。

垣根に至っては、天羽の答えからただ状況を推測するしかない。

 

「あ?何やってんだ?」

 

「うーん、多分木山さんの記憶が御坂ちゃんに流れ込んでるんじゃね?ネットワークの元締めに電気を浴びせたわけっしょ?それってハッキングに近い行為じゃん」

 

「……側から見てると意味わかんねーけど、そうだな。一つ思い出したことがある」

 

「へ?えっ!?」

 

だがその推測ゆえか、垣根は何かを思い出したかのように少し口角を上げて穴へと飛び込んだ。

彼は再び天羽の腰を掴んで高速道路から地上に降りる。突然の出来事に叫ぶ隙もなく、三度目の浮遊感にまた天羽は流されてしまった。

 

「木山春生、なーんか聞き覚えのある名前だったからさっきから思い出そうとしてたんだが、やっと思い出した。お前、木原幻生んとこの研究員か」

 

「……それがどうした」

 

「数ある悲劇の一つだ、そこまで知っているわけじゃねーがなんだったか……置き去りのAIM拡散力場を使って暴走能力者を解析するとか何とか」

 

含みのある言い方で垣根が冷たく笑うと、木山は少しだけ口を結んで、そして苦々しい顔で語りだす。

 

それはどこにでもある悲劇の話。

教師だった彼女が裏切ってしまった子供の話。

闇の一端に触れてしまった哀れな人々の話。

女が狂気に縋って、復讐を願った話。

 

罪の話。

 

しかしその罪を咎めてもいい存在は今ここにはいない。

少なくとも、天羽は石を投げたりしない。

自ら闇を知り、考え、行動した。理不尽に抗うために力を望んだ。

正義の為になしたのなら、天羽にとっては些細なこと。

彼女がその罪を背負い、赦しと慈悲を与えればいい。

 

「暴走能力の法則解析用誘爆実験、もっとも、それに加担していたと気づいたのは後になってからだがね」

 

昔話を語り終えると、木山は足元をふらつかせて立ち上がる。

その顔はひどくやつれていた。

 

「人体、実験」

 

ポツリと何も知らない女の子が声を漏らす。

 

この街はそのものが大きな実験施設だ。人間というモルモットを解剖するし、薬漬けにするし、殺しもする。

どの研究でも同じ。研究の過程でモルモットやネズミを使うのだ。薬漬けにして、電極をつけて、時には殺す。

天羽は元々は学者の卵、大学でも解剖をよくおこなっていた。だからその思想に特に疑問は持たない。理解もできる。

人でないから。

モルモットが叫ぼうが死のうが、興味のかけらも湧かない。

人間が安全に薬を飲むため。人間が安全に化粧ができるため。人間が安全に使えるため。

 

科学はたくさんの動物の死体で成り立っている。

だから実験の必要性も、治験の大切さもよく知っている。

 

でも人間を使うとなったら話は変わる。

人のために生き物で実験をするのだ。人のために人を殺していては意味がない。

人間という生物が好きな彼女には腹立たしいことだ。

誰も泣かせたくない。誰もを助けたい、救いたい。

 

深い隣人愛。

 

他の生物なんてどうでもいい。他でもない愛する人間が悲劇に遭う。

だからこの世界が好きじゃない。

 

「あの子たちは、一度も目覚めることも無く今尚眠り続けている!私たちはあの子たちを使い捨てのモルモットにしたんだ!」

 

「でも、そんなことがあったのなら警備員(アンチスキル)に通報して……」

 

「統括理事会が指示を出してるんだ。警備員(アンチスキル)が動くわけがねーだろ」

 

この世界の理不尽は、子供を愛する教師である彼女にはひどく冷たい。

ただ愛し続けていたいだけだった彼女には、ひどく醜い世界。

過去を言葉にするほど、事実を言葉にされるほど、木山の中で怒りが膨れ上がる。

 

その怒りはもう止まらない。

 

二十三回。そう呟くと、彼女の怒りは溢れ出す。

 

「これがなんの数字かわかるか?あの子たちの回復手段を探るためそして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用を申請した回数だ。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の演算能力をもってすればあの子たちを助けられるはずだった!もう一度太陽の下を走らせることも出来ただろう!だが却下された!二十三回ともすべて!」

 

「だからって、こんなやり方」

 

「じゃあ他の方法を考えてごらん」

 

御坂の言葉に被せるように、天羽は平坦な声を響かせる。

女にしては低くて、優しい、大人びた声。けれど年相応の可愛らしい声。声楽で例えるならアルトか。

その声に誰もが耳を傾ける。

 

「解決策もデータもなしに否定するのは学者じゃない。別の手段の提示をしない限り、彼女の努力を否定してはいけないよ」

 

「あ、天羽先輩?」

 

ほんの少しだけ寂しそうに笑う天羽に、御坂はただ混乱するばかり。

理由があるとはいえ、犯罪者に味方をするような口ぶりがいつもの彼女からは考えられなくて、不思議だった。

 

「あの子たちを救うためなら私はなんだってする!この街の全てを敵に回しても、辞める訳にはいかないんだ!っぁ、」

 

「木山さん!」

 

次の一手を繰り出そうと、木山は腕を振り下ろす。しかしそれがきっかけか、何か鋭い痛みと苦しみが彼女の全身を駆け巡って、言葉が止まる。

頭から響く痛みに耐えられず、木山は頭を抱えたまま糸が切れたようにそのまま倒れ伏した。

 

「なに、あれ?」

 

地面に付した彼女の背中から一本の光の糸が勢いよく空に伸びる。

母と繋がる臍の緒のように。太い糸は天と繋がって、そして一つの塊に生まれ変わる。

 

「胎児……?」

 

頭上に光る輪っかと背中に無数の糸を伸ばす半透明の大きい胎児。生まれたばかりのその子はその眼をあけ、産声をあげた。

ひどくうるさい、空気を切り裂くような声だった。




深夜1時くらいに頭おかしくしながら書いたので誤字脱字見つけたら報告してくれるとありがたいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。