とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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話数的にはまだ95話ですが、投稿数が100話になりました。めでたい。
リクエスト等があればメッセージボックスへお知らせください。


95話:想定外

アジトとして使うホテルの豪華な一室、大きなソファに座りながらピンセットを弄っていると静かな部屋にドアが開く音が聞こえた。

豪華な部屋に入ってくる女にため息を着くと、彼女は困ったようにドアを閉めて笑う。

 

「どこいってたんだ?」

 

「麦野ちゃんたちの根回し。あと彼女達の上司とかのゴタゴタをまとめて解決してきた」

 

「んで、その靴は?」

 

「汚れちゃったから。ごめんね」

 

相変わらず優しく笑う彼女、天羽彗糸は黒い髪を揺らして部屋に入る。

買ってあげたものとは違う15センチはある折れそうな黒いピンヒールを履いた彼女に舌打ちを鳴らすと、更に眉を下げて彼女は隣に座った。

 

「あとね、飲み物買ってきたの。ほら」

 

「それ……」

 

「そういえば垣根くん飲んでたなって思って買ってきちゃった」

 

彼女が手に持っていたのは黒豆サイダー二本。

結露のついた黒いアルミ缶は、少し前の八月、上条当麻と彼女の三人で飲んだものだった。

 

「……飲めるのか?」

 

「大丈夫でしょ、テストされてんだろうし」

 

舌で思い出す水っぽく味気のない黒豆の刺激にはらはらと缶を開ける彼女を見守る。

あの日に飲んでいたものを覚えていることに喜びも感じるが、なんだかんだグルメな彼女に黒豆の甘ったるい炭酸水が口に合うとは思えず、その成り行きを見つめていた。

 

「……………………どうやら、この会社の製品開発部と試飲テスターの人達とあたしの味覚は相容れないみたいだね」

 

「はぁ……仕方ねぇ女だな」

 

予想どおり一口飲んだ彼女は隣で悲しそうな顔をする。

絶望に浸る子犬のような寂しい顔で項垂れる彼女から空いた缶を奪って、ため息をついた。

 

「……いいの?」

 

「間接キスできて嬉しいだろ?」

 

「いや、べつに」

 

心配するような目線を向けられながら一気に炭酸を煽ると、天羽の不機嫌そうな頬を撫でる。

複雑な表情の彼女にの彼女に薄く笑うと、さらに眉間に皺が寄った。

 

「それで解析は終わったの?」

 

「あぁ。だがこれだけじゃアレイスターと交渉するにはやはりまだ足りないな」

 

「……まぁいい情報はあんまりなさそうだよね。なんだかんだちゃんと対策してそうだし」

 

ピンセットについた手の甲に光る小さなモニターを見ようと、体を寄せて覗き込む。

一生懸命覗き込む彼女の近い顔から目を背けて、体に張り付く柔らかい脂肪を感じないように視線をカーテンで閉じられた窓の方へ向けた。

明かりもつけておらずカーテンも閉じられた暗い応接間、広いソファの上で体を押し付ける暖かい体に絆されないよう、意識は手を覆うピンセットに集中するほかない。

 

「もうひと押し、必要になるな」

 

一方通行(アクセラレータ)を殺すの?」

 

静かな部屋に響く彼女の恐ろしく優しい声に体が強ばる。

彼女が言っていいような優しい言葉ではない、酷く残酷な言葉に一瞬唇を噛んだ。

 

超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター、通称ピンセット。

 

磁力、光波、電子などを利用して素粒子を掴むこの機械はアレイスターの持つ監視システム、学園都市にばら撒かれた五千万機もの目に見えない監視カメラである滞空回線(アンダーライン)から機密情報を奪い取り、アレイスターへ突きつけるための器具。

この器具から奪い取った情報の多くに機密情報はある、けれど交渉の席に着くには材料が少なく、これだけで交渉へ向かうつもりは毛頭ない。

 

残る手段は一方通行(アクセラレータ)の殺害。順位を繰り上げ頂上に立つことでアレイスターとの交渉の場に向かう。

 

それくらいは理解している。

ただその事実を天羽彗糸という少女が言うことに酷く腹が立つ。

汚れてはいけない完璧な少女がその単語を出すことに唇を噛むと、湧き出る苛立ちを抑えて空き缶をテーブルに投げ捨てた。

 

「……それしか方法はねぇ。メインプランを潰せば俺を無視できないだろ?」

 

「もう一つ、方法はあると思うよ」

 

「あ?ッ、な、何してんだよ」

 

彼女から視線を外し、ピンセットについた携帯電話のようなモニターを触りながらソファに体を深く預けると反対に彼女は立ち上がる。

 

白いエプロンが地面に落ち、水色のワンピースのボタンが一つずつ外れていく音が焦燥感を湧き立てた。

紫のカーテンから漏れる淡い日光が部屋を色付ける。水色のワンピースが体を通ってするすると落ちてい木、艶やかな黒が現れる。

 

「アレイスターへの突破口、それはきっと未来にあるんじゃないかな」

 

「はぁ?」

 

光沢のある黒いミニドレス。艶やかな布地から伸びる足にはポーチ付きのレッグホルダーをぶら下げており、動く度に黒い下着の紐が見え隠れする。

劣情を煽るような格好からは想像もつかないほどおぞましい無表情で、彼女は高い背から見下ろした。

 

「だからね、他でもない君の為に天羽彗糸の全てを託したい」

 

「……これは?」

 

「門であり鍵、そして全てだよ」

 

足の間に膝を滑り込ませると胸の谷間から取り出した一枚のカードを見せる。自分が渡した高性能なピンクと緑のストラップがポーチから飛び出て揺れる光景に目が動かない。

 

エロティシズムの塊のような少女の動作に心音が跳ね上がる。

指で掴んだ眩しいホログラムで彩られた黒のインディアンポーカーに首を傾げると、おぞましい無彩色の瞳が星を輝かせ人形のような冷たい顔で呟いた。

 

「は……?」

 

「あたしの全てがこの小さなカードに詰まっているの。前世で見た事、知ったこと、その全てが」

 

「なら解析に、ッ」

 

視界に広がる彼女の顔と、牢獄のように垂れ下がる髪から逃げ出そうと体を傾ける。

しかし強くソファに押し付けられた肩に、体は思うように動かなかった。

 

「夢を見て、それが神へと繋がる唯一の方法だから」

 

「……なんでだよ。データにした方が楽だろ」

 

「データはアレイスターが盗み見ちゃうからダメ。この世界にたった一つしかない神への道を、アナタにあげたいの」

 

張り詰めた空気にか弱い女のか細い声が震える。その声に動くことは叶わない。

足を拘束するように上に座る彼女の肉の着いた下半身が太ももを圧迫し、逃げ道を塞ぐ。

纒わり付く花の香りと瞳の中で輝く星に逃げる気力さえ奪われ、反抗することすら出来なかった。

 

「……俺が寝てる隙になにかする魂胆じゃねぇだろうな?」

 

「そう思う?」

 

「体晶を渡せ、そしたら信じてやるよ」

 

「……わかった」

 

仕方なく武器(体晶)を奪って言う通りにカードを受け取る。

彼女の同じ花の香りが微かに感じる不気味なカードと、からからと音がする体晶の入ったケースを手に入れため息をついた。

 

「はぁ、ソファで寝ると体痛くなるんだよな」

 

こんな時に昼寝をする羽目になるとは思わず呆れてしまう。寝るという単語に反応したのか、気が緩んではいけないという日なのに欠伸が出て眠くなってきた。

 

「シャツは?シワシワになっちゃうよ?」

 

「……面倒臭せぇな、ほんと」

 

ポケットの中身と没収したケースはそのままズボンのポケットに移し、ジャケットに手をかける。

ジャケットを脱ごうとするも、天羽の不思議そうな顔にシャツごとジャケットを脱いで寒そうな格好の彼女の肩にかけてソファに横になった。

 

「垣根くん、寒くない?」

 

「俺はいいんだよ。お前の方が寒そうだろ、そんな下着一枚で」

 

「……ありがと」

 

ただの服に控えめに喜ぶ彼女の顔をデコピンで弾いて「バカ」と呟いた。

シャツとジャケットは彼女には少し大きいようで、ただでさえ胸のせいで大きく見えがちな肩が更に広く見えた。

機嫌のいい少女を内心喜びながらからかうように笑って手の中に収まったインディアンポーカーの薄いフィルムを剥がす。

 

「おやすみのキスはねぇの?」

 

「そんなことしなくたって、眠れるはずだよ」

 

「どういう、い、み……?」

 

額に置いたカードを避けるように女らしい薄い手が頭を撫でる。唐突に襲う眠気と、脱力感に思考がハッキリとしない。

ローテーブルに置かれた二人で飲んだ開けたばかりの炭酸ジュースが軽い音を立てて落ちる。

不可解な眠りに違和感を覚えても、もう遅かった。

 

「あたしね、体液の成分を変えられるの。AtoB、体内の違う物質に。生き物が扱う毒物にも、科学で作り上げた薬に似たものにもね」

 

「おまえ、……!」

 

「どんなに仲良くても同じコップでものを飲んじゃダメだよ、お馬鹿さん」

 

前髪を搔きあげ、長い髪が黄金へ変わる。隠していた左目も、露出していた右目も、バラバラになった前髪の隙間から垣間見え、鮮やかなステンドグラスのような瞳の色に戻る。

 

「バイバイ垣根くん。これからもずっと、愛してるよ」

 

微睡む視界の中、抗えない眠気の底で部屋を出ていく彼女に手を伸ばすも、その手は輝く髪を掴むことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路地裏から明るい表通りに出ると、杖を着いたままため息をつく。

仕事を終わらせ汚れた服で来るはずの送迎車を待った。

 

「アァ、つっかれた」

 

「今日は一段と仕事が多かったな。こんな日が続かなければいいが」

 

「そうね、でも今は取り敢えず病院行かなくちゃ」

 

「海原の野郎はもう行っちまったがな」

 

「仕方ないわよ」

 

染めた金髪が痛々しい土御門元春と、足元から流れ出る血液をかばいながら歩く結標淡希。

今はいない海原光貴の腹立たしいすまし顔を思い出しながら静かな道を出た。

 

「しかし、なンだか妙に賑やかだな」

 

「別の場所で親船最中が午前中に狙撃されただろ?多分そのせいで道路に規制がかかって、迂回のためにこっちに人が来てんじゃないか?」

 

「アァ、そっちの進展はなンも聞いてねェな、別の組織やらがとっ捕まえたのか?」

 

路地裏から表通りに向かうと、賑やかな大通りに出る。

午前中に起こったテロ行為のせいだとはいえ、いつもより賑やかな道だった。

 

「こっちに仕事が回ってこないってことはそういうことじゃないの?早く病院行かなきゃいけないし、私はパスだけど」

 

「あれ?でも結構治ってねぇか?結構浅かったのな」

 

「え?そんなに浅い感じじゃなかった気がするけど……」

 

しかし人の多い道に気にも止めず、結標は自分の怪我を指さし肩を竦める。

仕事でやらかした怪我は彼女が思っているほど深くなく、大量の血液で汚れていたはずの包帯は既に乾き、傷は塞がっていた。

その傷に、一方通行は少し前に出会った気味の悪い女を思い出す。美しい黄金と甘い桃色が目に付く気色悪い天使様(ナース)のことを。

 

「第七学区の病院になンでも治す看護師がいる、そいつに頼めばすぐ治るンじゃねェか?」

 

「お前、あいつのこと知ってたのか!」

 

「あ?なンだ、テメェも救いとやらを押し付けられた口か?」

 

「いや、ただの知り合いだ。表のな……」

 

その女のことを口にすると、土御門は慌ててサングラスに隠れた目を見開く。

恐ろしいナースの広い交友関係にこちらが驚きたいくらいだったが、彼の慌てようを見る限り、その交友関係はいいものでは無さそうだ。

 

「なんて子なの?怪我を治すなんて、結構すごい能力じゃない」

 

「天羽彗糸、金髪頭の看護師モドキの高能力者(レベル4)だ」

 

天羽彗糸と呼ばれたあの女のおぞましい頭部が、思い出の中で宙を舞い、吐き気を感じた。

永遠の肉体を豪語する愚かな女の純粋無垢な笑顔と柔らかそうな細い四肢、そして蛇のような緑と赤の瞳に寒気が背筋を這う。

 

「天羽?待って、天羽ってもしかしてギャルっぽい背の高い子?」

 

「テメェも知ってンのかよ」

 

「その子、私がボロボロになって入院した日に助けてくれた子よ……」

 

「なっ、本当か!?」

 

彼女の名前に結標が傷口から目を離して顔を上げる。

驚いたことに、天羽彗糸の交友関係は恐ろしく広く、土御門に至っては先程とは比べ物にならないほど声を荒らげた。

 

「ふーん、アイツ、どこでも慈善活動してンのか」

 

「いや、恐らく違う……」

 

「ア?」

 

「あの恐ろしい女が、慈善活動程度で収まるわけが無い」

 

壁に背をつけ、土御門は随分とシリアスな声で呟く。

 

「なンでそう言いきれる?」

 

「逆にそう思うのは彼女を知らないからだ。あんな謎の多い女、なぜ信頼出来きる?」

 

「謎?自分の名前も所属先も職場も全部ぶちまける人間が謎ってか?」

 

「知らないのか?あの女は──」

 

微かに目を見開く土御門の声が止まる。

それだけじゃない、通行人から車の音、全てが動きを止めて立ち竦む。

 

途端に静かになった周りに鋭く警戒すると、かつんと、フルートのように高い靴音が静かな街に響いた。

 

「あら、こんなところにいたのね」

 

頭上から聞こえた優しい女の声に顔を上げて視線を向けた。

 

太陽を背にして街頭の上に立つその女は優しくも胡散臭い笑顔で佇む。

踵まで届く恐ろしいほど長い金髪と、両目を微かに隠す長くも隙間のある前髪が風で巻き上がり、甘い香りをここまで飛ばす。

ヒールで傘増しした自販機を超える身長と、そのインパクトに負けない大きな胸。その上に着た黒い薄手のキャミソールワンピースからは曲線的な下半身が伸びる。

圧倒的な存在感に声が出ない。

 

肉体の支配者(ドミニオン)』……!」

 

主天使(ドミニオン)?違う違う、そんなものじゃないよ」

 

掠れた声でわけの分からない言葉を呟く土御門に少女は柔和な笑みを浮かべる。

太ももに着いた合皮のレッグホルダーと細い踵の黒いピンヒールが騒がしく音を響かせ、肩にかけたワインレッドのジャケットと白いシャツが風に吹かれて羽ばたく。

右手に付けた長い二本の金属製の爪が特徴的な手袋で頬を撫で、人形のような長いまつ毛を伏せた。

 

「あたし達は異邦者(グリゴリ)、神を欺く天使の軍団さ」

 

天羽彗糸、それとも藍花悦と呼ぶべきだろうか。

化粧と黒が無くなった女は、この間出会った女々しい男に瓜二つだった。

 

「アナタを殺しに来たの、一方通行(アクセラレータ)

 

かちりと手に持った小さなリモコンを押すと、鋭い痛みが肩を貫く。

可愛らしい童顔の笑みに気を取られていた体を貫いたのはなんてことない短い鉄の棒。

瞬間移動のように突然生えた鉄に驚き、咄嗟に近くの瞬間移動能力者に目を向ける。一瞬のうちに正気を失い、呆然とした表情の同僚たちは意識を保っているようには見えなかった。

 

「ッ!?気でも狂ったのか……!」

 

「もう彼女たちに言葉は通じないよ。天使の御言葉しか脳に伝わらないからね」

 

じんじんと痛みが広がる肩を庇って後退ると、この場にいる全ての人が一斉に視線を向ける。

無数の目が体を刺す感覚がおぞましくて、恐ろしくて、声が出ない。

 

「さぁ、第一位様!学園都市全てを敵にした時、お前は逃げ切れるかな?」

 

神のように嘲笑う女の声が静かな世界に響く。

煌びやかな女の姿が嫌というほど目に焼き付いて、脳から離れることがなかった。

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