とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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前回のまえがきはちょっとニュアンスおかしかったので変えました。暗部編終わってもまだ少し続けるつもりです。


96話:舞台の上

そこに立っていた女は初めて出会ったあの日の夜に瞬いていた星を瞳に輝かせて、たった一人の主人公(ヒーロー)の前に悪役として立ち塞がった。

 

色のない灰色の空の下、艶やかな女の目線に一方通行(アクセラレータ)が舌打ちを鳴らすと、道行く通行人が彼に一斉に殴り掛かる。

その光景にため息を着くとすぐさま電極を付けて上に飛び、女と同じ目線に立つため街頭へ降り立つ。目の前の女が押したボタンと連動して、必死に上に登ろうと柱に掴む軍勢の喧騒が酷くうるさかった。

 

「テメェ、救いを差し伸べるとか御大層な願望持ってたくせに、このザマか。救えねェな、藍花悦さンよォ」

 

「天羽彗糸で結構よ。それに救いを差し伸べているのに変わりないから」

 

にこにこと冷たい笑顔で見下す女、天羽彗糸は、前の面影を残したまま盲目的な救いを信じて目を細めて笑う。

大人の体で大人の服を着た子供の顔をした我儘な子供。彼女の支離滅裂な言葉に一方通行(アクセラレータ)が薄く笑うと、傲慢な女はヒールで上げた高身長から馬鹿にするように見下した。

 

「これが救いか?目ン玉機能してンのかよ」

 

「他でもない愛する人のためさ。彼のためならあたしは死ねる、どんな罪でも背負ってみせる」

 

「愛だァ?そンな軽いもののためにテメェはこの第一位に喧嘩吹っ掛けたのかよ?頭のネジ何本かねェンじゃねェか?」

 

ほのかに赤く染めた頬で、彼女は一瞬だけ随分と前に見たおぞましくも優しい笑顔に戻る。

その姿は恋する乙女にも、神を信じる異端者にも見える。心の底から嬉しそうに自殺願望を呟く彼女は、未知を知ろうとしない一方通行(アクセラレータ)にとっては理解の出来ない毒物でしかない。

背筋が凍り、虫が這うような感覚が押し寄せ、侮蔑の言葉を吐き出すしかできなかった。

 

「侮辱するなよ、ノータリン。これは最強のお前には分からない崇高な愛だ。弱者(あたし)にしか出来ない孤高で幸福で鮮やかな愛の形。この正しく清らかで、何よりも美しい愛をその体に刻み込め。お前に出来ない愛の形に永遠に劣等感を感じてろ!」

 

「劣等感だァ?!テメェみてェな何も出来ねェガキの自慰的な快楽なンて、知りたくもねェよ、クソアマァァ!!」

 

歪んだ考えが拙い子供の幸福を捻じ曲げる。煩い理論に奥歯をかみ締め、一方通行(アクセラレータ)は可哀想な女の叫びに街灯を強く蹴り、彼女の元へ勢いよく飛びこむ。

だが握りしめた拳を振りかぶり強烈な一撃を繰り出すも、突如消えた女に拳は届かず、寂しくも固いランプしか壊せなかった。

 

「快楽を求めて何が悪い?幸福とは所詮ドーパミンとオキシトシンの作り出す絶頂だ。人間がそれを望んで何がおかしいの?」

 

「テメェのオナニーのために一般人巻き込むなンて随分と思想を変えたンだな、白衣の天使様」

 

「だってそうでもしなきゃアナタに勝てないもの」

 

忽然と消えた女の声が下の道路から聞こえた。飛び降りる素振りもなく、唐突に。

声のする方へ苛立ちながら体勢を立て直してみると、そこで微動だにしない結標淡希に抱きつきながら彼女はせせら笑う。人混みを縫うようにひらひらと逃げ進む女の眩しい金髪が目に焼き付く。

長い前髪から覗く赤と緑の恐ろしい両の瞳にチカチカと瞬く星が嫌に鮮やかだった。

 

「さぁ、テメェに歯向かう無実な一般人に傷一つ付けずにあたしを殺せる?それとも死ぬのは一方通行(アクセラレータ)くんかな?」

 

「ハッ、自分で手を下さねェ臆病者に何言われたって響かねェよ」

 

「随分とチンケな挑発だけど、いいの?あたしを怒らせたら酷い目見るのはそっちだよ?」

 

沢山の一般人に囲まれて彼女は愚かにも身を守ったつもりでいた。

そして勝ち誇ったような腹立たしい顔で下にいながら見下す。殺してしまいそうな顔を無意識ながら嫌っている自分がいることに気が付かないほど一方通行(アクセラレータ)は鈍感ではない。

 

「ハッ、テメェが怒ったって何も怖かねェ──」

 

打ち止め(ラストオーダー)、今どこにいるだろうね?」

 

「ッッ!!テメェ……!!」

 

「言っただろ?あたし()異邦者(グリゴリ)だと。何故もう一人いる可能性をなぜ考えない?」

 

含みのある言葉が目眩がするほど大きく鼓膜に反響する。

生気のない一般人に紛れて聞こえる不快な声にどうしようもない吐き気がこみ上がり、唸るように鋭い眼光で女を睨んだ。

 

「ブッ殺す」

 

「殺されるのはテメェだクソもやし」

 

「なァァに言ってンだクソ女!あのガキに手を出した時点で、テメェが負けンのは確定事項なンだよ!!」

 

怒りが湧く。あの子供に手を出さんとする最低な女に最高の地獄を見せなくてはいけない。

 

街灯から飛び降り、女の頭上目掛けて踵を振り下ろす。

民間人がいる以上、流れ弾に当たることを危惧して飛び道具などは使えない。

だから完璧な照準で、ブレーキが効く体で女を迎え撃つ。

 

瞬間移動(テレポート)を使う女に効くかどうかは分からない。

しかし瞬間移動(テレポート)の演算によるタイムラグを利用して、演算を繰り返せば、この拳は必ず届く。操ってるだけの格下の人形師に勝てる自信は大いにあった。

 

けれど、その自信はたった小さな笛の音で消え失せる。

 

「この空間の支配者はこのあたしだ。テメェの能力くらいなんとでもなる」

 

「うがァァッ!!!!!!?」

 

彼女が足に着けたポーチから取り出したのは小さな笛。スポイトのような膨らみを押して空気を送る不思議な形の笛は少し前に出会った木原数多が持っていたもの。

音によって乱された演算は体を地面に打ち付け、痛みを広げる。

天羽彗糸の足元で無様にも痛みに悶える姿にプライドが欠けて、羞恥心と苛立ちが湧いた。

 

「木原の……ッ」

 

「能力に頼って生きてきたツケだな、第一位。お前が守ろうとした一般人に暴力を振るわれて、自分より背の高い女に嬲られて。なあ、今何を考えている?何を思っている?知りたいよ、お前のこと」

 

能力で補強された脚力が放つ蹴りが一方通行(アクセラレータ)の胃を圧迫させ、鋭い痛みに胃液が食道を通る。

口に広がる不愉快な酸味に嘔吐く暇もなく、天羽は更にピンヒールの先でみぞおちを抉る。

黒いビジューが散りばめられた高いブランドの靴に自身の汚い液体がかかり、輝きをなくして澱んでいった。

 

「クソ女、ッ!ガ、ゔァ!」

 

「なんとでも言え。その程度、傷一つつかないさ」

 

「ッあ"ガァァァ!!」

 

細い爪先が胃を捻じり、一方通行(アクセラレータ)の薄い体を足の力だけで宙に浮かせて強烈な回し蹴りをぶつける。

凄まじい勢いで蹴飛ばされた軽い体は笛の音で演算もままならず、勢いを落とさずに傍の建物にぶつかった。

 

小さい瓦礫が頭の上を汚し、口は胃酸を吐きながら細かい呼吸を繰り返す。

あまりの衝撃で内臓が破裂し、骨が砕けているのが薄い体によく伝わり、冷や汗が止まらない。一方通行(アクセラレータ)の細い身体では受け止めきれないほど大きな衝撃だった。

 

「アーァ、呆気ない。第一位もこの程度か。こんな人間に彼が遅れを取っていたのかと思うと残念でならないよ」

 

「ッはァ、さっきから、彼、彼、彼、うっせェな。テメェは自分の意思もねェのかよ」

 

地面を踏み締めるヒールの音に顔を上げる。

隙間のある太ももを揃えて両膝を着くと、地面に蠢く虫を見るかのように冷たい目線で左手に掴んだ笛を見せびらかした。

 

リモコンを大きな胸の谷間にしまい、わざわざ無防備な状況に体を晒す。

まるで狙い撃てと言わんばかりの余裕の笑みに、一方通行(アクセラレータ)が怒りを覚えるのも無理はない。

 

「……彼のためがあたしの意思なの、それがこの愛なの、分からない?」

 

「ハッ、どこの誰に恋してンだかしらねェが、テメェみてェな女の彼氏なんて、ロクな奴じゃねェなァァ!!??」

 

挑発的な笑みが近づくと、腰に入れた軽い拳銃を手に取り照準を合わせた。

一方通行(アクセラレータ)は知っている、拳銃如きではこの女を殺すことが出来ないことを。そして同時に、彼女が避けないこともよく知っていた。

 

不死身の余裕と驕りを見抜けぬほど馬鹿ではない。

 

だから狙ったのは彼女の長い指。小さな笛を挟む指を弾き飛ばし、目論見通り笛も指も裂けて少量の血液と笛の部品が飛び散る。

放たれた弾丸の僅かな風で揺れる金髪の隙間から、十字のピアスが下品に光を反射するのがよく見えた。

 

「……これは性愛なんか霞むほどの大きな愛。誰かに全てを捧げたい。人生を、命を、この感情を。そんな、尊ぶべき愛の形だ」

 

悲鳴すらあげず、代わりにドスの効いた声がふっくらとした唇から滑り落ちる。口をなぞる左手はもうすでに修復され、怪我の跡もない。

人形のような顔で冷たく見下ろし、大きな女の影が伸びた。

 

「この愛を見誤るなよ。汚らしい感情だと決めつけて、この思いを貶すんじゃねぇ。この愛の為ならば、あたしは命だって惜しくない。命に等しい愛を汚らしく思うな」

 

ゆっくりと立ち上がる彼女の顔は長い前髪のせいで分かりづらい。

逆光の中、高い背で佇む彼女の厳かな強い口調になにか恐ろしさを感じてしまうのは人間の防衛本能故だった。

 

「この愛すら理解できないお前に、あたしの全てが掌握できると思うなよ」

 

苦々しい言葉を吐き捨てる彼女はおもむろに緑とピンクのストラップが飛び出た太もものポーチから、ミントタブレットのような無地のケースを取り出す。

その中から出てきたのは血のように赤い結晶。

 

「浅い底だ、掴むまでもねェよ」

 

一粒、それを飲み込む隙に演算を取り戻す。しまった洗脳の要(リモコン)と、壊れた笛に勝機を見出し、一方通行(アクセラレータ)は拳を突き出す。

触れてさえしまえば、後は好きなようにかき混ぜられる。

そう信じて、拳を握った。

 

けれど浅はかだった。

 

「底が浅いのはテメェだろ、愚鈍が」

 

「ガハッッ!!なッ!!?」

 

理解した時には既に頭は地面にめり込み、折れたあばら骨が肺を傷つける。

思考が止まる。みぞおちと脳に響く痛みだけが現実で、コンクリートにめり込んだアスファルトの冷たくごわごわした感触がどこか現実離れしていた。

 

「テメェは脳ミソがデカいだけのなんてことない人間だ。なら話は簡単、脳の電気信号が伝わるより早く、テメェをぶん殴ればいい」

 

「ッうガァァ!!!!!」

 

横腹を蹴られたことだけ理解した頃にはもう既に別の壁に体が埋まり、大きなヒビを広げていた。

 

あまりの衝撃に血反吐を吐くも、徐々に鮮明になる視界に演算を始める。不愉快な笛の音が無くなったおかげで、一方通行(アクセラレータ)の体の中の切れた血管や内臓が辛うじて生きれる程度に保たれた。

 

そして鮮明になった視界を白い何かが埋め尽くす。

雪のような場違いな白色にゆっくりと視線を向けると、思わず息を飲む。

 

「それ、は…………!?」

 

「言っただろう?異邦者(グリゴリ)だと」

 

ワインレッドのジャケットとシャツを地面に落とし、下着が見え隠れする黒い不透明なベビードールが風に揺れた。

暗い空の中、コントラストを強める白が少女を守る。

 

血液の通る完璧な鳥の骨格と、細やかな解像度の羽。

乙女が背負っていたのは七対十四の翼だった。

 

「その筆頭は七対の翼を持った天使、アザゼル。神の御使がお前を殺すと言っているんだ」

 

「神、だァ?テメェ、いつから厨二病になったンだよ」

 

「この身を偶像とすれば、あたしはそれに()()。変幻自在の神の魂はそれくらいには耐えられるの。知らない人にはただの戯言だろうけど」

 

服を貫き、影を落として背の高い彼女の等身を際立たせる。

意味不明な言葉の羅列を並べる天羽に、一方通行(アクセラレータ)はただただ混乱する他なかった。

 

「オカルト信じる口だったのかよブス」

 

「テメェがものを知らねぇだけだよ、陰キャコミュ障。まともに学校も行かねぇから他人と知識にギャップが開くんだよ」

 

「……テメェに何が分かる」

 

「分かるさ、同じ超能力者(レベル5)だから」

 

混乱しながらも体を起こし、残り僅かな電極の充電を気にしながら一方通行(アクセラレータ)は立ち上がる。天使の言葉は彼にはただの戯言でしかない。

彼とは違う過酷な現実を生きた大人の少女の正論は、この世界ではただの気味の悪いものでしかなかった。

 

「別に学校に行くことが全てじゃない。けどな協調性、社交性ってのは会話で生まれる。それが皆平等に提供される場所が学校ってだけ。親とも、研究員とも、通行人とも話せないテメェにはわからねぇかも知んないけど、学校とは勉強しに行く場所ではないんだ。社交性を身につけ、他人と関われるよう子どもを手助けする施設。」

 

長い金髪のその奥、毒々しいほど眩しい赤と緑の瞳が朗らかに笑う。軽蔑を含んだその笑顔に、息が吸えず、溺れそう。

 

「友達と遊びたかったからクローンを一万も殺した馬鹿野郎には分からねぇかもしれねぇが、友達ってのは最強だから出来るんじゃねぇ、愛嬌と笑顔で出来るのさ」

 

彼女の笑みは一方通行(アクセラレータ)の記憶に一生残るほど、今まで見せた笑顔の中でとびきり可愛い笑顔だった。

その笑顔で彼女は物語と同じように、彼の激情を言葉で揺さぶる。

 

「今のテメェは立派にオンオフが出来ないほど能力が扱えない低能なのか?違う、その可愛い頭に詰め込まれたでかい脳ミソは制御を知っている。ならばお前は少し背伸びして『手は繋げないけれど、君を守って君と遊びたい』って素直に言えば良かったんだ。テメェに友達が出来ねぇのは環境でも能力でもない、お前のくそ高いプライドとメリットを合理的に考えられない足りない脳ミソのせいだよ」

 

コツンと、ヒールが瓦礫を弾く。優しい笑顔はいつの間にか酷く恐ろしい嘲笑に変わっていた。

それは神が惚れた反逆者の決意にみなぎる強者の顔。

物語に現実を組み込む能無しの言葉を、見守ることを義務付けられた天使は叫ぶ。その思いが本心なのか虚像なのかは知らない最強は、彼女の想いを受け取ることができない。

 

「このぼくも、第三位も第四位も第五位も第七位も、お前と同等の第二位でさえ出来ている!他人と関係を繋げば得られるメリットを考えられず蔑ろにしたテメェのせいだ!」

 

「うるせェ……うっせェンだよォォォ!!!」

 

全てを蔑ろにした究極の理想論は何も知らない子どもにはただただ痛いだけ。目論見通り、彼女の言葉は感情を揺さぶった。

身の丈に合わない正論が一方通行(アクセラレータ)の心を抉り、痛みが増していく。力を放出して、目の前の乙女を殺さんと意を決する。

 

一流の悪党として、彼女を殺すと。

 

「神を知らない無知なる強者め、図星突かれて逆上か。いいよ、返り討ちだ」

 

白く眩しい七対の翼が大きく広がる。

見守る者(グリゴリ)が愛する誰かのために全てを投げ打つ先には破滅しかない。

その結末を分かっていながらも彼女は役目を成すため恐怖に勝ち、そこに立っていた。

 

「テメェにコンティニューはねぇ!何も知らぬまま、何も出来ぬまま、後悔の果てで朽ちていけ!」

 

右手につけた爪の長いグローブで髪をなびかせてはっきりと彼女は叫ぶ。

 

最高に美しい(エゴ)を成就させるため、彼女は幸せ()を捨てて、命を捨てて、プライドを捨てて、優しさも捨てて、何もかもをたった一人の不幸な少年のために捨てる。

全てを捨てる覚悟の女には、最強など怖くない。

 

人を傷つけることももう、恐怖ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い手が氷が入った二つのコップにオレンジ色の液体を注ぐ。

からんと溶けて満たされたコップを小さな客人と小さな居候の前において、一人の人間、一人のクローンと、借り物の姿の人工物が安いローテーブルの周りを囲んだ。

 

「天羽、どうしたの?」

 

「な、何がですか?」

 

「なんか、元気ないの?口調も変だし……ってミサカはミサカは尋ねてみたり……」

 

勘のいい茶髪の少女、打ち止め(ラストオーダー)は不安そうに顔を覗く。

変化した金と桃色の髪が揺れる視界に言葉を躊躇い、カブトムシ05は口を噤んだ。

 

「……天羽って呼ばないで」

 

「え?」

 

「ここに天羽はいないよ」

 

「……どういうこと?天羽はここにいるよ?ってミサカはミサカは優しく質問してみる」

 

静かな部屋に杠林檎の小さな声が響く。顔を下げたまま呟く彼女の表情に、もう騙し続けることが不可能だとカブトムシ05は分かってしまった。

 

「……私は、マスターである垣根帝督が作った人工物です。ミサカネットワークを真似た未元物質(ダークマター)で繋がる喋る物。あなたと違って、人間の肉すら持たない、肉に似たような物質の塊です」

 

「っ、体が、変わった!?ってミサカはミサカは……」

 

「私達は人間ではないのです。それを活かして、保護対象に貴女を攫うよう命じられました」

 

形を変え、材質を変え、少女が少年へと変わる。

どこもかしこも白い薄幸の美少年、乙女が夢に見る王子様のような完璧な少年は、製作者とは違う柔らかい表情をすこし堅くして冷たい床に正座した。

 

「なんでそんなことを?理由が分からないよ、ってミサカはミサカは小さな声で訊ねてみる」

 

「マスターたちは一方通行(アクセラレータ)を狙っています。そういえば、あなたが置かれた状況が何と無く分かるかと」

 

赤裸々に全てを伝えた理由は05にはよく分からない。まだ人間になりきれていない生命体は、命令との矛盾だと分かりながらも何故か自分が守るべき主人が不利になる行動を取ってしまった。

 

「……05はいいの?天羽って多分ミサカたちにとっての一方通行(アクセラレータ)のことなんだよね?05たちは、ここにいていいの?ってミサカはミサカははっきりと聞いてみたり」

 

「私は、マスターと保護対象のために生まれました。それを背くことはできません……それに、私は結局、貴女のように魂と意識を持った生き物ではないので」

 

「でも、背きたいって思ってるんでしょ?ってミサカはミサカは理解したよ」

 

打ち止め(ラストオーダー)の悪意のない眩しい言葉に緑の瞳が歪む。

棘のある言葉にもかかわらず、打ち止め(ラストオーダー)はその瞳を見続ける。知らない感情に苛まれた緑の瞳は寂しそうに見えていた。

 

「私は、保護対象が幸せになれるなら、なんだっていいんです。それが生まれた理由で、私は……」

 

「……幸せになるためなら、天羽に手を汚させてもいいの?」

 

「分かりません……人工物(プログラム)には、分からないんです。『幸せ』なんて」

 

「大切な誰かを『自分』で幸せにしたくないの?ってミサカはミサカは最後に聞いてみる」

 

少女達の言葉に、感情が分からない少年は顔をあげる。よく分からないとだけ呟いて黙り込んだ彼に困ったように笑うと、打ち止め(ラストオーダー)は水玉模様のキャミソールと大きなシャツを翻して立ち上がる。

 

「05はお留守番!宿題ね!みんなと帰ってくるまでに考えとくこと!ってミサカはミサカはお姉さんぶってみたり!」

 

「どこに行くの?」

 

「あの人たちのところ!ってミサカはミサカは手を差し伸べてみる!」

 

突然立ち上がった打ち止め(ラストオーダー)に首をかしげると、差し出された手に困惑する。裏切っているという事実を何と無く理解していた林檎には打ち止め(ラストオーダー)の手をとる資格がないと思っていたのに、それでも手を差し伸べて彼女は笑う。

 

「……私も、行っていいの?」

 

「もちろん、お友達だもん!ってミサカはミサカは手を握りかえすの!」

 

希望は希望を蔑ろにしない。

手を取り合った二人の少女は、精一杯の笑顔で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された一匹の生き物は残されたコップを眺めながら項垂れる。オレンジの液体を呆然と眺めて、白いジャケットにしわを作った。

 

打ち止め(ラストオーダー)の言葉に思い出すのはいつかの夜のこと。

眠るマスターと杠林檎、そしてそれを眺める彼女の横顔。他人が幸せになることが幸せといったあの少女とほぼ同一の思考を持つ人造の天使はその問題に答えが出ても認めることができない。

 

「私は……」

 

経路を辿り、ネットワークを泳ぎ、その考えを押し込める。

ただひたすら、マスターと共有する不純な思いを()()()に押し付けるしか方法ができなかった。

 

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