とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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今週の更新は月水金ではなく、別日にズレています。
10月9日に暗部編を終わらせるためなので、ご理解して頂けると幸いです。


97話:バタフライ・コンフェス

金髪の小さな子供が何枚かの用紙を少し背の低い女性に渡す。

ピンク色のリュックサックを背負った少女に、乏しい表情筋を精一杯働かせて茶髪の女性は口角をあげる。

 

──入賞なんて頑張った方じゃない?

 

──ごめんね。一番になれなくて

 

アメリカらしい広いリビングのソファ、娘が手渡した絵画コンクールの結果をじっくりと見ながら椅子に座っていると寂しい声が狭い部屋で大きく響いた。

特別賞と書かれた紙に悔しがるわけでも、悲しむわけでもなく、大事な娘は申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

腹立たしい。

一番になれとも、特別になれとも言ったことがないのに、ひたすらに親にとっての幸せで自慢になる道を模索する娘にいつも苛ついていた。

 

──そういうところが嫌いって何回いえば分かるの?どうしてそうなるわけ?

 

──自慢の娘じゃなくてごめんなさい

 

──学習能力ないの?そういうこと言うからパパもママもムカつくんだよ

 

──ごめんなさい

 

異常な子供の卑屈な言葉を若い母親は冷たく跳ね返す。それは不器用な母親の愛だった。

自分のために好きなことをやってほしい、自分のために何か興味を持ってほしい。

いつも打算で動く恐ろしく大人びた娘の幸せを願っての言葉だった。

 

けれど高校に入ってすぐ生んでしまった若い母親には子供に優しく問いかけることも出来ず、ひどい台詞で気持ちを吐露してしまう。

きつく言ってしまうのも無理はなかった。

アメリカの歴史や音楽が好きで一人で高校の留学手続きをした自分本位の塊のような母親には、娘の気持ちは理解できない。

旦那もそうだった。日本のサブカルチャー好きの背の高い良い男、彼も自分の興味と好きが原動力の奔放な人。

 

両親は娘の異常さを見抜いていながら、その性質を理解できていなかった。

彼女達が娘を憂いで叱るたび、その異常性が増大していることを。

 

──……あたしがいない方がお母さん達は幸せ?

 

──子供のくせに顔色伺わないで。そんなことも分からないの?

 

困ったように笑う娘に母は冷たく叱る。

子供だと言うのに、子供らしい笑顔ひとつしない娘が怖かった。その考えが正しいかのように、寂しい顔もせず彼女は悟ったような笑顔を貼り付ける姿が恐ろしい。

 

娘が一番大切だと言うのに、本人はそれを理解しようとしない。

だから理解させようと強い口調で言葉を放つ。

 

子供は大人の顔色を伺わず、好きなように生きろと。娘がいない人生が幸せなはずないと。

 

しかし口下手で人生経験の乏しい二十歳になったばかりの母親の気持ちは、正しく伝わることはなかった。

 

──アンタのこと、生まなきゃよかった

 

思わず飛び出た言葉も、真意とは違かった。

 

資産も少なく、若く、祖国と離れた地で子供を育てる自分が役不足なのを彼女は理解していた。

経験もなく、知識もない。この天才的な娘に正しいことをしてあげれない。

きっと環境が違って、親が違っていたら、この子はさらにその才能を発揮できるのに。

 

だから思う。

この子を産んだのが自分ではなくて、頭がよく、金持ちで教養もある、優しく子供に接することができる他人だったら良かったと。

そうだったらこの子は幸せだったかもしれないと。

 

可愛い愛娘を幸せにするには両親を変えなくてはダメだと、自己嫌悪の渦に飲まれていた。

 

しかし今更養子にだせるほど冷徹でもなければ、愛着がないわけではない。

大切な娘のため、できることは全てやってあげたかった。

 

──ねぇ、妹か弟いたら、アンタ嬉しい?

 

──え?

 

彼女がここまで親の顔色を伺うのは寂しさからきているのかもしれないと、母はふと思う。

高校を中退し勝手を知らない異国の地で朝から夕方まで働く母親と、同じく正社員として働く十歳も歳の離れた父。

確かに構ってやれていない。

 

世界一と言えるほど可愛くてよく出来た娘、たくさん愛したいに決まっている。

けれど時間がなければそんなことはしたくても出来ない。

ならばもう一人、遊び相手がいれば異常さも紛れるかもしれないと、安直な考えが真っ先に母の頭に浮かんだ。

 

──そしたら、アンタも落ち着くでしょ

 

一人の時間が多いのかもしれない。

自由すぎる国がいけないのかもしれない。

 

一度考えがまとまれば、母は止まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に生温い風が当たる。閉じた瞼を撫でる柔らかな日差しにゆっくりと視界を開く。

緑が揺れ、水の匂いが鼻を掠めた。

 

「ここは……?」

 

日本庭園のような清らかな水面が続く池に満開の桜が姿を映す。

華やかな桜と、暖かい陽気の中、ここがどこかの公園だということだけは理解出来た。近くにある看板から察するに蚕糸試験場か何かの跡地だった自然あふれる公園らしい。

そこまで分かっていれど、垣根の頭の中のデータにはその公園は存在していなかった。

学園都市の地理も風景も頭に叩き込んだ彼の脳は、ここがどこか答えを出すことが出来ない。

 

学園都市の外。知らない世界の、知らない公園。傍を通り抜けた青い蝶に導かれ、眩しい水面と柔らかな桜に近づく。

熱を持った鉄製のフェンスに手を置き、香る桜を見つめると、目の前を通った蝶に自然と目線が移る。

 

蝶がひらひらと池の近くの東屋へ翅を下ろす。

日本らしい涼し気な木製の東屋の下、ベビーカーと幼い少女が池を見つめて、静かに座っていた。

 

「子供?」

 

沢山の荷物が付いた黒いベビーカーに乗せられた生後一、二ヶ月ほどの赤子と、小学一年生くらいの金髪の少女。

春らしい白色の小さなワンピースを着て、粗い網目の麦わら帽子を被ったその少女は、柔らかな金髪と、茶色と緑のヘーゼル色の瞳を持っていた。

 

違う目の色。人形のような顔。

 

その子を知っている。

いつもよりくすんだ瞳の色と幼い見た目でも、彼女だと分かっていた。

 

「お嬢さん、こんな所で赤ん坊と一人なんて、少し危ないんじゃないか?」

 

どんな姿だろうと、彼女のことはすぐに分かる。

 

話しかけなくてはいけないと、少女しかいない東屋に足を踏み入れる。

明るい地面にかかる影のコントラストが眩しい。

 

「いいの、あたしもうお姉ちゃんだから」

 

「お姉ちゃんねぇ……ブレねーな、夢の中でも」

 

強気な顔で帽子のつばをあげる彼女は小さい天羽彗糸そのもの。

特別なカードで見た夢の中は、どうやら彼女の古い記憶がベースとなっているようだった。

 

「ならお兄さんが危ない人が来ねぇか見ててやるよ」

 

「お兄さんの方が危ない人じゃないの?赤いスーツなんてホストみたいだもん」

 

インディアンポーカーは自分自身が干渉できるものだったか少し疑問を持ちながら、少女の隣に腰を下ろす。

地面に届かない小さい足をぶら下げて大人しく座る彼女はいつもより人形らしさが増していた。

 

「ガキのくせになんつー単語知ってるんだ」

 

「ガキなんて、酷いねお兄さん。あたしお姉ちゃんだもん、なんでも知ってるよ」

 

「……そういえば、両親は?」

 

「ホテル。色々やってるんだよ」

 

小学生が知っているのがおかしい単語に眉を顰めると、幼い赤子と二人きりの彼女は何食わぬ顔で酷い事実を告げる。おおよそ子供が言っていい言葉ではない単語を呟いて、何を考えているかわからない無表情で顔を見上げた。

 

「それ……どんな意味か分かってない、よな?」

 

「……さぁ?何してるか、教えてくれるの?」

 

幼い笑顔に、蠱惑的な声。彼女の言葉が嘘だと気づく。よく知る女子高生の彼女の面影がある子供に冷や汗が垂れる。

哀れな子供の身の丈に合わない言葉になんて返せばいいかわからなかった。

 

「あたしのせいで青春なかったから、遊びたいんだよ。でもね、それでいいと思うよ?あたし、もう()()()()()()()()()()になれたから」

 

「あ?」

 

「もう一人でなんでも出来るの。小学校に入ったから一人で買い物にいけるし、ご飯も作れるし、お留守番もできるの。そしたらお父さんとお母さん、二人でもっと楽しいことが出来るから、幸せになれるんだ」

 

垣根の心境など御構い無しに彼女は心底嬉しそうに呟く。

 

「それにね、この子とずっと二人きりでいれるから、嬉しいの」

 

椅子から降りてベビーカーの隣に立つと、彼女は小さい手でさらに小さい赤子の手を触った。足の動かない赤子を優しく眺める彼女の隣にしゃがんで目線を合わせると、幼い顔で嬉しそうにはにかむ。

ベビーカーより少し高い身長で、この公園まで一人できたのだろうか。彼女の笑顔にただ不安と哀れみが膨れる。

可愛そうな子供の言葉に共感など覚えられなかった。

 

「彼女ね、足が動かないの。だからね、お母さんとお父さんがいない間にたっくさん頑張るの。お勉強して、足を治して、それでね、いつかバージンロードで手を引きたいんだ」

 

無邪気で幸せそうな笑顔だった。笑うと目が細くなる癖は今と同じ。

 

「それ以外に夢はないのかよ」

 

可愛そうな少女の未来を見据えすぎた言葉に思わず彼女の肩を掴む。ずっと、ずっと、ずっと昔から考えを改めない彼女がひたすらに可愛そうに見えて、どうしようもない。

嬉しそうに他人の幸せを語る彼女の姿に感情が耐えきれなかった。

 

「ゆめ?」

 

「お花屋さんになりたいとか、なんかねぇのか。なんだっていいんだ、職業じゃなくたって、猫になりたいでも、宝石になりたいでも、お姫様に、なりたいでも……」

 

小さな少女の肩を掴んだまま項垂れる。希望も夢もない世界で、それを信じる無垢な子供の見当違いな言葉。夢ともいえない拙い願いに吐き気しか感じない。

小学生になりたての可憐な少女のおぞましいほど大人びた感情が、想いが、ただただ虚しかった。

 

「ならあたしの夢は科学者になること!そしたらあたし、幸せになれるんだ」

 

「……幸せ?」

 

「だって大好きな人のために生きるって、とっても幸せなことなんだって!だからあたし、妹のために生きたいんだ!」

 

「ッ、違う、幸せはそんなものじゃ──」

 

無意識のうちに小さな体を抱きしめた。柔らかく小さな体が自分の体に収まり、鼓動が伝わる。

いつもとは違う彼女を抱きしめて、腕の中で感じる体温を強く記憶した。

胸のない平たく幼い体は、いつもと違って体によく密着する。

 

そして、暗転。

 

唐突に眼前がただの黒い空間に染まり、眩しい赤に吐き気がこみ上げた。

 

「ぁ……ッッ!」

 

真っ赤な液体が手を汚す。

液体は車のタイヤ痕のように飛び散り、彼女の体が曲がってはいけない方向に、見えてはいけない肉が見えていて。

抱きしめた少女はいつの間にか大きく成長し、垣根が知る姿よりも少し大きく、顔は大人らしく変わっていた。

 

血液が彼女から流れ落ち、ワインレッドのスーツを汚す。

広がっていく赤を掬って、抱きしめて、嗚咽を漏らした。見たくない光景に、夢の中でも感情が滅茶苦茶に引き裂かれて酷く痛い。

 

その痛みに呼応するように、強く抱きしめた体は崩れていく。

柔らかい肉が公園で視線を奪った青い蝶に生まれ変わり、羽ばたいてどこかへ舞っていった。

 

昔、蝶は神として信じられていたとふと思い出す。

 

宝石のような青い蝶が視線を奪う。

その姿に心奪われ、未練がましく後を辿った。

 

血肉の匂いが消え、黒い世界に光が灯る。突然白に変わった世界に目を閉じると、響いた聞きなれた声が鼓膜を揺らした。

 

「逃げ出すと思ったんだが、好奇心の強い男だ」

 

眩しさを感じなくなった瞼を開くと、そこはゲームセンターに変わっていた。初めて出会った時とよく似ているゲームセンターに驚くも、その奥に佇む女の姿に更に驚きが増した。

 

夢とは逢瀬の場。そこに()()がいるのも不思議ではなかった。

 

足元を隠す白い肩出しドレスを着たいつも通りの幼い顔の背が高い少女。その周りには青く美しい蝶が何羽も舞い、頭上には()()()()が廻っていた。

その姿に息を飲む。

初めて出会った諸悪の権化に、少しばかり目が乾いた。

 

「……お前があの女を並行世界(パラレルワールド)とやらに連れてきた犯人(神様)なのか?」

 

「正解だが不正解」

 

銀河が煌めくような眩い瞳で少しだけ垣根を見ると、それは目の前のクレーンゲームに視線を戻す。

慣れた手つきでクレーンゲームのボタンを叩く神様の髪は天羽とは違って腰まで伸びていた。

 

「ここは並行世界(パラレルワールド)なんかではなく、虚像の世界。嘘が本当になった言葉と絵だけの何も無い世界だ」

 

「嘘?」

 

()の機嫌一つで何もかもが変わる不安定な場所。たった一人の乙女のために具現化した未完成な世界であり、これからも終わらぬ永遠の楽園とも呼ぶ」

 

「どういうことだよ、何を話している?」

 

ひとりでに喋り出すそれに少し狼狽え、意味のわからない言葉に身構える。

冷たい目線でクレーンゲームを続ける神様の声が、誰もいないゲームセンターに響いた。

 

「この世界はフィクションなんだよ、少年」

 

神様の言葉に眩暈が起こる。クレーンゲームのアームを動かす音と、ボタンを叩く軽快な音だけが騒音も音楽もない寂しいゲームセンターに響いた。

 

「彼女がいた世界はここよりすこし時間が進んだ世界。亡くなったのは二〇二〇年のこと」

 

何を言っているのか分からなかった。

 

「しかし未来といえど科学力は学園都市と比べたらチープであり、能力開発などなければ、暗部なんてものもなく、そもそも学園都市もない。他国では戦争も起こっているが、少なくとも日本では起きてない。科学力はないけれど少しだけ平和で、未来の世界だった」

 

「学園都市が、ない……?」

 

「魔術も超能力もフィクションで、学園都市はSF、この世界と比べたら退屈で酷く生温い優しい世界。彼女はそんな世界から来た」

 

真っ白になった思考を現実に戻すように、がこんと何かが取り出し口に落ちる。そしてそれを取り出すと、神は真っ直ぐ目を見ながら表紙を見せた。

 

「『とある魔術の禁書目録(インデックス)』、この小さな本に詰め込まれた言葉こそ、汝らの原型だ」

 

それは一冊の本だった。

黒い表紙の小さな文庫本。白髪で病的に細いキャラクターが描かれた重い雰囲気の表紙に息が上がり、言葉が出ない。

 

それは紛れもなく一方通行(アクセラレータ)だった。

 

喉が冷え、言葉が凍る。生きている人間が、登場人物として描かれている小さな本に恐怖が湧き出た。

信じられない、信じたくない。

けれど、信じるほかなかった。

 

「小説の中にしか居ないキャラクター、都市、能力、理論。全てがフィクション、全てが嘘。虚構の世界に空想の人物、全てが虚像で組まれた存在しない、世界と呼べるのかさえあやふやな存在」

 

「ッ、な、なにを言って……」

 

「向日葵と彼岸花、心の底で汝は気がついていたはずだ。」

 

「ッ……」

 

全てが腑に落ちる。どこか冷めたあの女の目も、濁した言葉も、先回りするような行動も、全てを見透かしたような態度も、誰も愛さないという確固たる真実を盲信することも、全てを知っていると豪語する姿も、断片的な知識も、自分とは違う常識も、どれもフィクションとして知っていたと仮定すればとても自然だった。

 

彼女の部屋で毒々しく咲いていた向日葵と彼岸花が脳裏に焼き付いて離れない。

どこか心の底で感じていた推測が、さらにひどい事実として脳を揺さぶった。

 

そして同時に沸き上がるのは虚しさと怒り。

 

あの可愛そうな子供を、何故こんな酷く汚い世界に堕とした。

誰よりも他人を思う異常者に、何故安寧が訪れない。

あの小さく不幸な少女を、何故世界一好きな人()もいない世界に閉じ込めた。

 

「なんでアイツにそんなことを、おかしいだろ、そんなことしたって──」

 

Omnia vincit Amor et(愛は万物を支配せん。)|nōs cēdāmus Amōrī(されば我も愛に従う)

 

クレーンゲームから離れ、蝶を纏いながら神様は呟く。優しいとは言いづらい笑みに言葉が詰まった。

 

「これは崇高な愛である。私はようやく見つけたのだ、愛に溢れ、慈悲に満ち、誰よりも激しい情動を隠す憐れな乙女を。成し遂げることの出来ない幻想にしがみつき、もがき、足掻き、努力しか出来ない子供が愛おしくて仕方がなかった」

 

メダルゲームの台に設置された椅子に座ると、コインを入れる。動き出した機械を見つめて、ため息を吐くと長い金髪が揺れた。

 

「だから全てを与えた。美貌も、幸運も、なにもかも。ただ幸せにしたかった、何よりも他人の為に努力をする乙女を世界一幸せにしたかった。けれど思惑と違い、殺そうと思った邪魔者()を庇って彼女の魂はこの手の中に収まってしまった」

 

ジャラジャラと大きな音を立てて何十枚、何百枚ものメダルが溢れ落ちる。溢れ出た金色のメダルの一枚にキスを落として目を細めた。

いつもの天羽よりそぶりが色気付いた大人に見える目の前の神様に苛立ちを覚える。

 

「そして世界を作った。最後に見た(フィクション)を麗しい娘に与えたのだ。愛しい乙女のために、平面を立体へと変えた」

 

「……それが神様の愛かよ。要らねぇ世話でしかねぇ」

 

「かもしれない。けれど、この世界は私の愛だ。美しきベアトリーチェを幸せにするための世界。それを彼女は理解しない。自分の都合のいい世界を拒み、自分を嫌い、全てを投げ打って、自分を殺し続けた彼女には理解できない代物だ」

 

「神様ってのにたった一人の女の幸せも考えられねぇんだな。喜劇ってのはテメェらみてぇな独り善がりなものじゃねぇんだよ。悲劇を作りすぎて喜劇を忘れちまったのか?」

 

まるで彼女が自分のものであると言わんばかりの挑発的で余裕な態度が鼻に着く。服装といい、髪といい、カスタマイズされた姿が気にくわない。

細身の真っ白なドレスが所有権を表しているよう。その姿に苛立つ。

 

嘲笑っているようだった。天使が人の手に届かないと言われているとしか思えなかった。

 

「そこまでいうなら、貴様がやればいい」

 

ドレスの裾が地面に擦れ、それは椅子を降りる。

ワントーン下がったおぞましく低い声が体の芯に響き渡った。

 

「……は?」

 

「本来、彼女は汝に記憶だけを送るつもりだった。どう賽が転ぶか教え、無敵の未来予知を与えることだけを目的としてこのカードを作った。けれど、そこまで言うなら仕方が無い」

 

「一体何の話を……」

 

(プロトコル)を経由して新たな端末(キャラクター)に全てを与え、かの乙女を大団円へと導く。汝の説く最適解に力を与えると言っているのだ」

 

ゆったりとした長袖を揺らし近づくと、神は自身の唇を指でなぞる。

蝶が舞い、三角の輪が風車のようにゆったりと廻った。

 

「垣根帝督、汝に物語の全てを託す。異世界の言葉は痛むだろう、けれどこれが汝が望むもの。旧から創、一から二十、表から裏、常識から前提、平面の壁の向こう側を、汝に与えん」

 

突然、脳に荘厳な音が響く。脳を掻き毟り、掻き混ぜるおぞましい記憶の音に言葉にもならない吐き気がせり上がってくる。

知りたくもなかった現実(フィクション)が、無限とも言えるほど多く脳の裂け目に焼き付いた。

 

「唯一無二の主人公(ヒーロー)に仕立て上げ、都合のいい神(デウス・エクス・マキナ)として汝らを幸福(ハッピーエンド)のその先へと連れていく。神の役目を全うし、汝 に救いの糸を垂らしてみせよう」

 

「なにを、ッが、ッッッは!!」

 

Quaecumque est fortūna, mea est.(いかなる運命も私のもの)神の決定に逆らうことは赦されない」

 

痛みの中、寂しそうなしたり顔が視界に映る。

嵌められたと気がついた時にはもう遅い。

 

「美しき少年よ、神の言葉をあの可憐な乙女に伝え、幸福へと導きたまえ」

 

数え切れない蝶が体を覆う。息もままならない蝶の大群に押しつぶされながら、脳が軋む痛みに悶え、苦しんだ。

 

かくして痛みと引き換えに神は新しい駒を手に入れ、垣根は全てを手に入れた。

未来も過去も想いもなにもかも、全てを。

 

「さすれば天上の薔薇が汝に祝福を与えん」

 

瞳を閉じ、祈りを捧げる姿に流れ込んだ記憶が理解する。

 

閉じる眼に映る純白のドレスは、棺桶の中の乙女が着たものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を奪った蝶の大群から視界が開ける。痛みと奪われた酸素に大きく息を吸いながら柔らかいソファから勢いよく体を起こした。

 

「ッ、ハァッ、はッ……今のは、」

 

頭に響く知らない世界の事実に頭を抱えながら息を整える。

色の消えたカードが額から落ちると、ようやく目が覚めた。

 

そして覚めた視界に神様の姿がない。

金も、黒も、彼女を象徴する色が何一つなく、暗い部屋は静まり返っていた。

 

「バカ女……!いつもいつも困らせやがって……!」

 

早く迎えに行かなくてはいけはい使命感に駆られすぐに立ち上がるも、居場所が分からないとその場で止まる。

早まる気持ちを抑え、彼女が渡したストラップをつけていたことを思い出すと、垣根以外の誰もいない静かな部屋で携帯を取り出そうとズボンのポケットに手を入れる。

 

携帯を取り出すと同時にポケットから何かが落ちた。

きらきらした音を立てて落ちたそれは金色のペンダント。剣を模したロザリオのようなそれは、大覇星祭のときに真っ赤に染った天羽から取り上げ、壊さなかった唯一のもの。

 

「……Omnia vincit Amor et(愛は万物を支配せん。)|nōs cēdāmus Amōrī(されば我も愛に従う)

 

神の呟いたウェルギリウスの一節を唱え、ペンダントを拾う。輝きを失うことの無い美しい金色を彼女の代わりに胸元に付けると、もう片方のポケットからケースを取りだした。

 

甘い香りがするケースから一粒、美しい赤の結晶が転げ落ちる。

 

「甘過ぎだ、馬鹿」

 

甘い結晶を舌で転がし、噛み砕く。

軽やかに割れ、とろみのある柔らかい砂糖菓子は口腔の体温に溶かされて消えてしまう。

 

マザーグース曰く、女の子はお砂糖とスパイス、そして素敵なもので出来ている。

けれどあの少女はスパイスも素敵なものもない。

 

静かに、汚く、醜く、ただ愛する人を死の結末から救うため生きている彼女は甘い砂糖だけで出来ていた。




蝶は神の使い。吾妻鏡では厄災。

神様

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