とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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99話:彗星夢死

腕で支える柔らかい肉の甘い香りと血の匂いが混じる。

翼がもげ、左腕以外の四肢を失った天羽彗糸はいつもよりずっと軽かった。

 

「馬鹿女。いっつも面倒ばっかかけやがって、いい加減迷惑なんだよ」

 

長い金髪を掬い、口を閉ざす彼女の体を持ち上げる。

血とアスファルトの破片で汚れ、破れた服から見える肌を隠すように両腕で小さな胴体を抱き締めた。

 

「しかも俺が寝てる間に浮気とは、感心しねぇな」

 

「nks女krs」

 

吹き荒ぶ風の中心地、鼓膜を突き刺すような言葉によく似た雑音が響く。

充血した両目で獣のように唸るそれは、背中なら噴出する竜巻に似た黒い翼で風を起こし、翼の先を勢いよく振り上げた。

 

「おいおい、あげるわけねぇだろカス。胸もデカくて天使みてぇないい女なのは認めるが、テメェみてぇなチンピラにやるかよバーカ」

 

「tszt殺cryn悪wm」

 

天羽目掛けて放たれた攻撃を容易くかわし、強く抱き締めたまま空を飛ぶ。

白髪の薄い体の人間から聞こえる声は人には理解できないものだった。

 

人の言葉が理解できない暴走状態の第一位に舌打ちを響かせ、信号機の上に降り立つ。

一刻を争うというのに風が吹き荒れている。一方通行(アクセラレータ)を睨みつけながら血が流れ出る赤い四肢の断面を未元物質で塞ぐが、それでも彼女の命に余裕はない。

 

病院に行かなくては。柔らかい体が冷えていくのがわかる。

 

「……どうしたもんか」

 

「krs死wmtsgn」

 

台風の中だって自由に飛べ、超電磁砲だって耐えるこの翼なら片腕と両脚のない小さな体を守りながら病院へ行くことくらいなんてことない。

 

けれど、追いかけてくる可能性がある暴走状態の一方通行(アクセラレータ)が飛行の邪魔をする。

この野郎を暴走状態にさせたまま放置しておけば、後を追って病院まで混乱を連れてくる可能性がある。

腕の中の彼女と、どんな怪我人でも治す外科医が巻き込まれる可能性があるのなら、その可能性を叩き潰す必要性があった。

 

たとえそれが無理難題だとしても、やる他なかった。

 

「まぁいい、なら俺が台本をなぞればいいだけだ」

 

羽を伸ばし、飛ぶ。

小説の中の自分と同じように三対六枚の翼を大きく広げ、太陽を背に空を舞った。

 

「ここは俺の世界だ。テメェはお呼びじゃねぇんだよ」

 

回折を応用すれば、太陽光すら害ある光線へと変貌できる。暖かい光が痛みに変わり、一方通行(アクセラレータ)に突き刺さると咆哮に似た悲鳴を喚き散らす。

攻撃が効いた。

教えてもらった未来(フィクション)とは少し違う現状に訝しむが、今回はまだまだ未元物質(ダークマター)を解析してないことを思い出すと腑に落ちる。

 

好都合でしかない。煙をあげる服を爪が食い込むほど強く掴んで言葉にならない叫びをあげる一方通行(アクセラレータ)の姿に再び翼を広げた。

 

「のたうち回ってろ虚弱体質」

 

新しく未元物質(ダークマター)を作り出し、羽のような形で一方通行(アクセラレータ)が立つ地面へ突き刺す。

 

「酸素がなきゃ死ぬのなら酸素を別のものに入れ替えればいい。お前が風で掻き混ぜれば混ぜるほど、酸素は未元物質と反応を起こし、有毒になる」

 

「jksmb息jage……!」

 

「俺には酸素ボンベがいるからいいけど。そのまま惨たらしく死んでろ、一流の悪党サンよ」

 

大事に抱き締めた四肢のない体、当てつけのようにその唇から酸素を吸い上げて暴走する一方通行(アクセラレータ)を見下し距離をとる。

天羽の最後の力か通行人は誰一人おらず、この場には死にかけの女ひとりと、いがみ合う男二人だけ。窒息死に追い込むには絶好のチャンスだった。

 

「反応がねぇのもつまんねぇな。なぁ、天羽、こいつをどうして欲しい?」

 

静かに息が薄くなる。このまま死ぬのか、一方通行(アクセラレータ)は嗚咽の一つすら漏らさずその場で喉を抑えてうずくまる。

0を1に変えられない一方通行(アクセラレータ)から酸素というものを奪うのは、夏の日に本人が言った証言通り正解だったようだ。

 

「この世界も、全部なくなっちまえばいいのにな。そしたら、お前は幸せになれるか?」

 

徐々に息苦しくなる胸に破滅願望を覚えてしまう。

 

この世界は偽物(フィクション)

運命は決まっている。それが天羽彗糸という異分子によって壊れた。

 

上条当麻、テレスティーナ、ミサカ9982号、杠林檎、木原相似、駒場利得、アイテム、浜面仕上、弓箭猟虎、藍花悦。

全ての前提が、結末が、何もかもが変わった。

 

それは彼女の願いから、想いから、正義から、愛から、エゴからくる些細で大きな違い。

生きることこそ幸せだと、前に進めることこそ幸福だと。

誰かのための行いこそ正義だと、幸せにするための行いこそ正義だと。

歪んだ女の価値観から生まれた救済。

 

「勝手に幸せになって、不幸な俺を置いてくのか?」

 

けれど彼女の幸せは違かった。自分を棚に上げ、特別だと信じて疑わない狂信者(メシアコンプレックス)の幸せとは、自分を殺すことだった。

誰かのために生きて、誰かのために死んで、誰かに人生を喰ってほしいと彼女は切に願う。

 

それは誰にも褒められず、誰にも相手にされず、望まれて生まれず、役割を欲した可愛そうな長女(劣等感)の成れの果て。

勘違いした役割を貫けず、死をもって達成した優越感が残る彼女が見出した唯一できる救済。

唯一見てくれた神様に恩を返すため、仇を返すため、彼女は垣根のために死のうとした。

 

それが彼女にとっての幸せだから。他人とは違う幸せを自分だけが味わえると思っていたから。

劣っている自分を特別に感じる異常な精神ゆえの拙く、不幸な幸せだった。

 

「自己中女、テメェなんか幸せにして(死なせて)やんねぇから、ずっと俺の隣で生きる不幸を嘆いてろ、バーカ」

 

そんな自分本位で誰も幸せにならない想いなど、到底許せない。

柄でもない感情を強く作らせるほど一直線でブレーキの効かない愛は恐ろしく高い中毒性があった。

 

人を散々惑わせて、心の中に住み着いて、幸福を説いて、愛をくれて、救いを教えて、温かい肌で頭を撫でておいて、たった四ヶ月で離れるなんてふざけている。

自分がこの能力(武器)で人が救えると口説いた無責任な女に、最後くらい責任を取ってもらわなくては割に合わない。

 

そんな最期で別れるくらいなら、永遠に不幸でいてほしい。

 

「だからテメェは俺のせいで死んでくれ。この女の思い通りになりたくなかったらな」

 

すでに有毒に置き換わり役目を果たした未元物質(ダークマター)は綺麗に溶け消え、息苦しい空気の中には一方通行(アクセラレータ)しか残っていない。

 

苦しみながら喉元を抑えるそれを見下して地面へと降り立つ。覇気を無くしたそれの周りに浄化作用を施した未元物質(ダークマター)をばら撒いて、自分の手で殺しに行く。

ゆっくりと息を戻していく一方通行(アクセラレータ)の憎悪に満ちた顔が腹立たしい。

 

物語と違うと示したかった。

惨たらしく死ぬ『垣根帝督』じゃないと証明したかった。

 

「待って」

 

しかし物語は彼を置いて進む。

 

最後の希望(ラストオーダー)……あ?」

 

「止めに来た」

 

「林檎……」

 

違う役者を連れて。

 

一方通行(アクセラレータ)にしてること、やめてあげて」

 

「……いいだろ、べつに。こいつとお前さえ生きていれば、他の奴らなんてどうでもいい」

 

「天羽は、そう思ってる?」

 

少しずつ荒れていく風に黒髪のショートボブがなびく。

再び覚醒していく一方通行(アクセラレータ)の前、無防備に立つ杠林檎と打ち止め(ラストオーダー)の縋るような目に気まずく視線を逸らす。

 

「天羽のこと、どうするのってミサカはミサカはしっかり話しかけてみる」

 

「……生かすんだよ、他でもない俺の手で」

 

「なら、いるべき所はここ?」

 

少女たちのはっきりとした言葉に抱きかかえた体を強く抱き締める。

 

言われなくたって分かっている。

自分では一方通行(アクセラレータ)を殺すことが出来ないことを。

こんなことをしていたら、腕の中のいけ好かない女が死んでしまうことを。

 

悪役か大切な人(ヒロイン)か。

 

ここでどちらを選択するかで、物語通りの自分になるか、天羽の望んだ自分になるかが変わる。

 

憎悪ゆえの諦めか、愛情ゆえの救いか。

仇を打つか、恩を返すか。

 

物語の垣根帝督ならば前者を選ぶかもしれない。

もう生きられないと、可愛そうな女が願いを叶えて死ぬことをただ呆然と受け入れて、この街に撃鉄を起こすだろう。

 

けれどここにいる垣根帝督は、目の前の馬鹿のせいで物語の可能性を無くした人間だ。

口煩く正義を唱えた彼女の言葉が脳を廻る。

 

誰かを救えることを知っている。

そしてそれが、とても大切な事だということも。

 

「言われなくたって、分かってる」

 

拗ねた子供のような台詞を吐いて飛び立つ。

一方通行(アクセラレータ)も、直接交渉権も、学園都市も、どうだっていい。

 

決められた未来の行く末を知ってしまったら、もう興味をなくしてしまった。

 

 

 

 

 

 

ビルの合間を縫うように通り抜け、軽い体を運ぶ。

見慣れた病院の裏口、急患受付に降り立つと待ち侘びたように一人の男が現れた。

 

「待っていたよ」

 

優しい目をしたカエル顔の医者が呆れたようにため息を吐く。

 

幸運な少女は、死ぬ事が許されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死とは永遠の安息と言われる。

 

カトリックにおいて死とは別れでなく安らぎ。神の元へ行き、復活を待つ通過点でしかないからだ。

それは正しいのかもしれない。

全てを成し遂げ、全てを終わらせた後、神は七日目におやすみになられた。

ならば人も、全てを得た後休むのが道理だろう。

 

誰も望まない生を、ようやく誰かのために捨てることができた。人形として、全てを請け負った。

汚い恋にならぬまま、清らかで美しい愛で全てを終わらせた。

 

だから役目を終わらせたこの体も、安息を与えられた。

 

 

━━あたしは不幸じゃない。

 

 

全てを終わらせ、成し遂げた故の死は幸福であるに決まっている。

 

眼前に広がる暗闇も、願い通り。

体を蝕む痛みも、目論んだ通り。

天へ召されることすら狙い通り。

 

ただ、この寂しさは想定外だった。

 

 

それでも望んだ暗闇に瞼を閉じる。

最後、彼の顔を思い出しながら死に全てを預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい世界を揺蕩う体に優しい誰かの囁きが響いた。

 

暗闇に沈んだはずの意識が何かを認識する。

 

それは誰かの手。骨ばった男の手。長さは一センチ程度しか変わらないのに、全く違う横幅のせいで大きく見えるだけの少年の手。

握れと言わんばかりに彼女に差し出された誰かの掌はどこか見覚えのあるものだった。

 

握ってはいけない。体が強く警告するが、何故かそれに反して自分の右手は恐る恐るその手を握ろうと前に進んだ。

 

ダメだと強く思っても、もう遅い。冷たい世界で熱を帯びたその手に抗えない。

触れるか触れないか、宙をさ迷っていた手はその手に強引に掴まれ、凄まじい力で前へと引っ張られた。

 

空へ降る感覚。

 

浮遊感と風を感じとり、あるはずも無い瞼を開いた。

 

そう、開いたのだ。

 

優しいクーラーの暖房が頬を撫でる。暖かい毛布の柔らかい手触りに、現実が押し寄せた。

 

「……え?」

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