そしてこの後のとあるIFの生放送が怖い。
来週からは通常更新、毎週金曜投稿になります。
ただストック使い切ったので来週はお休みになるかもしれません。
浮遊した意識を焼く強烈な眩しい光に目を見開く。
ぼんやりとした瞳にうつった蛍光灯の白い光が目に染みた。
「……え?」
目の前に広がるのは暗い天井。よく効いた暖房の風が頬を撫でる。
見慣れない広い景色に掠れた声は響かず、静かだった。
一瞬、意味が分からなかった。
体を襲った圧倒的な痛みの中、確かにこの体は朽ちたはず。だというのに目は開き、口は息を吐き、耳には静かな暖房の音が微かに聞こえ、体を覆う暖かいブランケットの感触が分かり、心音が体を駆ける。
どう考えてもおかしい。
死んでいるはずなのに、まるで体は生きているかのようだった。
「ここは……ッ、体!」
寝惚けていた脳が掠れた声に驚き飛び起きる。
元々の女らしい高くも低くもない普通の声ではない、か弱い少女の声。
嫌な予感で脳が満たされる。
彼のために死んだのに、彼のために悪役になったのに。
想定外の光景に目を見開く。
また全てを変えるやり直しが始まるのだろうか、また未練を償う人生が始まるのだろうか、不安が胸を襲う。
不安を抱き、体に感じる違和感を勘違いだと願いながらベッドから体を起こした。
「ぁれ?」
明るい部屋の中、ベッドの上、体を見た。フリース素材の薄いブランケットが自然と起こした上半身から落ち、鏡を見なくても自分の体がはっきりと見える。
服を着ていない小さな体だった。小さな手、小さな足、控えめな胸、小さな頭。
そして、異常なほど白く色の抜けた体と長い髪。
自分の体と呼ぶには程遠い貧相な体に喉が干上がり、言葉が詰まる。
「あたし、な……?」
ここはどこで、なぜあたしは生きているのか。なぜ小さくなっているのか。
空気が上手に吸えず、息が上がる。
ただただ恐ろしく、訳が分からず泣いてしまいそうだった。
ちゃんと死んだのに。彼の代わりに
神はまだ劇を要求するのか。
そう思った瞬間にはベッドから飛び降りていた。
しかし思うように動かない体はバランスを崩し、派手な音を立ててその場に転倒。全身を駆け巡る痛みに耐えながら力の入らない腕で上半身を起こした。
「ッ、あれ……?体、が……」
右腕と両足が動かない。唯一正常に動く左腕も、利き手ではないため少し動きがいびつだ。
鉛のように体が重い。
体が繋がっていない、そうとしか思えないようなぶら下がった四肢。麻薬などの副作用で手足の感覚が消え失せるなどはありえる、けれど高揚感や倦怠感はなく、その線は考えづらい。
どう考えてもおかしい体に脳の処理は追いつかなかった。
「研究所……?なんで、あたし、」
動かなくても神経は通っており、ぶつけた痛みも、床の冷たさも感じられる。
これは夢ではない。認めたくない現実に目眩がする。
病院の地下、自分のためと貰った研究室の中で静かに辺りを見渡す。
まるでアリスになったようだった。全てが大きくなり、知っている場所が全く違う場所に感じるこの感覚。
孤独な夢の中だったらどれほどよかったか。
夢の様な現実で、部屋のドアが開く。
こつこつと靴音を鳴らし、部屋に入った誰かの吐息が耳に入る。
服も着ないまま地面に倒れたこの状況に冷や汗が止まらない。どの世界線にいるかも分からない今、その靴音は鳴り響く警告音に近かった。
「だ、だれ?」
「……起きたのか、よかった」
力のない左腕で必死に起こした体の前に、背の高い少年が立つ。キャラメル色の茶髪に、切れ長の目、そして見たことも無い安堵した優しい顔。
好きな人の眩しい姿に視界に星が散る。
着る順番が常識外れなホスト服を来た垣根帝督がそこに立っていた。
「って、随分とまた煽情的な格好してんな、誘ってんの?」
「……自分で脱いだわけじゃない」
「分かってるよ、冗談だ」
心底安堵したような顔で笑うと、大きな手で胸と太ももを覆い、お人形のように軽々と裸の体を持ち上げて先程まで横たわっていた簡易ベッドに下ろす。
いつもと違う持ち方に、いつもと違う視界。羞恥心や嫌悪感、全てがぐるぐると混ざって感情が脳を登り詰めた。
「触んないで、なにするのッ」
「何って地べたに寝たままだと汚いだろ?足動かねぇんだから、大人しくしとけ」
この間のようにジャケットを羽織らせ、彼は優しく頭を撫でる。彼の体温がまだ残る服と、頭を撫でる手に絆されそうになりながらも混乱は続く。
彼の首で光る無くしていたはずのダガーのペンダントが揺れ、目を奪った。
「自分で歩け、りゅっ?」
「何言ってんだ、できるわけねーだろ?」
そのまばゆい金色に能力のことを思い出す。
腕が動かないなら信号を通せばいい、足が腐っているのなら作り直せばいい。
なぜ忘れていたのか、演算を始めた。
しかし想いは届かない。
何度試みても何かに阻害され動かなかった。
演算に間違いはないはず、けれどどうやっても腕も足も動かない。
唯一無二に仕立ててくれた神の力が消え失せた。
あたしがあたしたるための武器。この世界で唯一許された神の力。この体に『幸せ』を許した尊ぶべき恐ろしい力。
それが跡形もなく失われていた。
いや、少し違う。
奪われていた。目の前の男に。
もうすでに、この体は演算によって生かされていたとようやく気がつく。
微かに感じる人為的な心音、それは確かに神の力によって作られている。ただ、その管理はあたしの手から離れ、別の何かに乗っ取られていた。
「なっ、これ、こっ、これは、なんっ、なんで?の、能力がっ、」
「予想通り混乱してんな、落ち着けよ」
「ッッ!!???!?ア、やめ、ッ!」
「どうしたんだよ、随分ツンツンしてんな?」
混乱する最中、男物のフルーティーな香水の甘い香りが弾ける。暖かく、硬い筋肉が体を抱きしめ、強く肩を捕まえた。
突然のことに言葉にならない悲鳴が溢れると、ふた回り以上は大きい彼の体に抱き潰されそうになるほど強く締め付けられる。
「やめて、わかんない、わかんないよ、何が起こって、死んだはずじゃ──」
「俺が救ったんだよ」
大切な宝物を扱うかの様に強く、そして優しく抱きしめられる。
その意図が分からなくて恐ろしい。
「ストラップ、つけてただろ?盗聴やらハッキングできる優れものだが、あれの本質は他人のAIM拡散力場を解析して能力を解明することにある」
「それが……?」
「大切な情報が詰まったものだ、他人の手に渡るくらいなら木っ端微塵に相手ごと吹き飛ばす必要がある。そっからは分かるな?」
「自爆装置……?」
「そのおかげでお前は今生きてるんだよ。ま、足はなくなっちまったが」
優しく簡易ベッドの上から抱き上げて、いつも作業をする事務用の回転椅子に座らせる。彼の膝の上に無理やり座らせられているのに、動かない両脚と右腕、そして筋力が低下した左腕では抵抗も意味をなさない。
子供をあやす様な優しい声も相まって、とても居心地の悪い空間だった。
「生き、生きてる?なら、この体は……?」
「あぁ、びっくりしたよな?助けたのはいいが、足も腕もないし、内臓もぐちゃぐちゃ。お前の体は特殊で治癒に長い時間がかかるから代替の体を用意したんだ」
「代替、の?」
「
彼の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。恋人を愛でる様な、人形で遊ぶ様な柔らかな手つきで顔を支え、くるくると椅子を回して開いていたロッカーの扉に正面を向いた。
ロッカーの扉についた縦長の鏡。
そこを見ろと言わんばかりに大きな男の両手が頬を掴む。
そこにいたのは眩しい緑眼の少女だった。
齢十の小さな子供。十歳の平均身長よりだいぶ小さく柔らかい見覚えのある少女。
昔の自分の姿に言葉が消し飛び、吐き気が一気に沸き起こる。
それは子供になったからでも、体を触られているからでもない、ただ鏡の前の異様な姿に感じたこともないおぞましさを覚える。
可愛くもない顔も、幼いくせに肉のついた体も、太ももまで伸びた長い髪も、何もかもが蚕の様に白かった。
その姿が彼の言葉を事実にさせる。
この体は、彼の言葉通り代替品に入れ替えられてしまっていた。
それを踏まえれば、能力が使えないのも、体が自由に動かせないのも、どこか腑に落ちる。
アイデンティティの喪失。
失ってしまった大人の体と、入れ替わった子供の体に絶望しか感じられない。
「ッッ!!あ、あ、あぁぁ!っおぇ、おぅぁぁ……っ」
「よかったな、
「違、うッ、おっぇ……っうぐ……」
あまりの驚きと恐怖に胃の奥から粘ついた液を吐き出す。零れた涙は透明でも、吐き出したものは女の体液とは思えないほど白かった。
「吐き出すほど嬉しかったのか?」
「違う、違う……ヒロインじゃない、それは別の誰かの役目で、」
「認めろよ、俺たちは運命の糸で繋がってんだ」
「意味、分かんないっ、変だよ、そんなこと、ありえるはずが──」
「俺がフィクションのキャラクターだからか?」
吐いたことを気にも止めず、汚れた体を後ろから抱きしめる。優しい抱擁とは違う冷たい声に体が強張った。
核心をつく言葉に言葉が詰まる。
「っ……」
「主人公でも、キャラクターでもないから、愛されないと?」
恐ろしい。
彼の美しい顔を見ようとは思えなかった。
「聞いた、神様から、全部。ずっと、ずっと俺に嘘ついてきたんだな」
「……これが、その罰だと言うの?世界の真理を教えなかったことへの腹いせ?」
「いいや、違う。これは救済だ。可愛そうなお前のためにこの俺が用意した新しい人生なんだよ」
冷たい声が温かみのあるものへ変わる。急激な機嫌の上昇に必要以上に身を構えてしまうのは、人間としての防衛本能からだった。
「救済?この姿が?」
「お前が言ったんだろ?生きることこそ救済だと」
「……何が目的?あたしに何して欲しいの?」
「見返りなんていらねぇよ。俺はただ好きな女に生きていて欲しいだけだ」
彼の性格からは考えられない言葉に困惑も忘れて目を吊り上げる。
そんな優しい言葉を彼が言うわけがない。そんな設定じゃない。なんとも言えない違和感に羽織ったジャケットを強く握った。
「嘘つき。垣根くんがそんな事言うはず──」
「帝督」
「……んへ?」
ジャケットを握った手に大きな手が重なる。突然の自己紹介に驚き、開いた口からは言葉も出なかった。
「呼び方。二人とも垣根だと、他のやつが混乱するだろ?」
「な、なに……どういう……?」
「天羽彗糸はもうこの世に居ない。ここにいるのは垣根彗糸だけ。俺の大切な、たった一人の義理の妹だ」
世界から音がなくなった様な感覚が突如として訪れた。
彼の言葉が理解できない。何を意味しているのか理解できないほど、彼の言葉はナンセンスで意図の分からないただの音の羅列にしか感じられなかった。
妹。
天羽彗糸を表す言葉に相応しくない言葉。
そして彼と同じ名字に乾いた声が喉から絞りでた。
「……ひぅえ?」
「裏のヤツらに知られたからな。藍花のほうはいいとして、天羽彗糸は知られたらまずいし、偽名にする代わりに俺の親と特別養子縁組にさせて、俺の義妹にした」
「ぁ……?ぎ、まい……?」
「だから、呼び名は帝督かお兄ちゃんが適当だ。彗糸」
呼んだこともない下の名前をまるで世界で一番大事なように呟いて、意地悪な笑みをし彼はジャケットの下の素肌を撫でる。
優しく労わるように動かない足を撫でる彼の手つきが気色悪い。
あるはずもない愛情を感じて、こんな女に愛情を持っているかのようで、怖い。
「な、なんで……」
「なんでって、あ、まさか婚姻届の方が良かったのか?」
「は?」
「確かにいっつも俺に熱烈な
「ふざけて……!」
「ふざけてねぇよ。これはただの復讐だ、飼い主から離れて勝手に死のうとした馬鹿な犬へのな」
耳に顔を寄せて、彼は機嫌よく呟く。耳に纏わりつく囁き声がおぞましく、体がびくんと跳ね上がる。
「だって、姉を豪語する女が妹になるなんて、屈辱的で、恥辱で、悔しくて、死にたくなるほど苦痛だろ?」
涙は我慢できなかった。初めてぶつけられた純粋な悪意に喉が干上がる。
黒い瞳を歪めて見下し嘲笑う柔和な笑みに言葉を失った。
好きと恐怖が掻き混ぜられ、煮詰まっていく感情が気持ち悪い。
綺麗な愛だったはずだったのに、何か恐ろしく汚れた感情で上書きされていくようで恐ろしかった。
「俺を置いて死のうとしたこと、永遠に悔いてくれ」
「っ、」
強引な言葉に飲み込まれる。大きな手に無理やり顔を上に向けられ、美しいブラウンの髪に囚われ、動けない。
侵食していく彼の体温と、液晶のような真っ暗な瞳が脳に焼きつき、もう助かることはないと理解する。
名前も、立場も、体も、願いも、思いも、プライドも、花も、命も、全て奪われて。
今日、天羽彗糸という人間は二度目の死を迎えた。
十月九日終わりです。
垣根くんは死にませんでしたが、デカ天羽さんはちび彗糸さんに変わり、姉から妹へジョブチェンジさせられました。
天羽さん的バッドエンド、垣根さん的ハッピーエンドでこの日が終わった感じです。
妹と同じく脚が動かず、唯一の取り柄だった巨乳もなくなり、誇りの高身長もロリロリにされ、能力も奪われ、最悪なことに姉(という名のプライド)も取り上げられ、死ぬことも叶わず。
言うなれば尊厳破壊RTA。一日で全部失ってるよこの子。
というわけで第一章、完。次回から第二章です。
彗糸ちゃんの尊厳破壊はまだまだ続く……