とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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金曜に間に合わなかった……


102話:しょうもないマウント

十月十三日、秋風が吹き、クーラーから暖房へ変わる季節に神妙な顔をした高校生が机の並ぶ教室で一人の女子生徒を囲んでいた。

 

「アカン!購買のパンは全て全滅や!」

 

「食堂も満席ぜよ!」

 

「完全に出遅れたわね……」

 

「すまん、俺が教師にくだらない質問をしたせいで……」

 

青い髪の青年、通称青髪ピアスは叫びをあげ地面に膝をつき、勢いよく開いた教室のスライド式ドアからサングラスの男子生徒、土御門元春が大声で報告する。

その言葉を聞くと唯一座っていた女子生徒、吹寄制理は大きなため息をついた。

 

悲観に暮れた彼らに申し訳なさそうに項垂れるツンツン髪の生徒、上条当麻の弁解が虚しく教室にこだまする。

お昼休み、腹の虫が鳴き止まない高校生達はあろうことか食事のチャンスを逃していた。

 

進学校とは呼びづらい至って普通の高等学校、食堂の席にも購買の在庫も限りがある。

成長期の生徒が集う高校なら尚のこと。

給食のお代わりや雑談で食堂の回転率は低く、購買のパンは複数買い占められ在庫がなくなるのも早い。

 

「このままだと、空腹を抱えたまま午後の授業に突入……」

 

「無理や!ぼくらはまだまだ食べ盛り!放課後まで持つわけあらへん!」

 

一時間もないお昼休み、彼らは食の権利を行使できない緊迫した状況に差し迫っていた。

悲痛な叫びが生徒達から湧き上がる。

手段を選んでいられないほど、彼らは限界に近づいていた。

 

「……やるか」

 

「やるしかないな……」

 

静かになった教室で上条達はぼそりと呟く。冷や汗を垂らし、唯一残された道を口にした。

 

「よし、脱走だ!脱走してコンビニに行くんだ!」

 

最後の手段を上条は声を張り上げ叫ぶ。

民衆を導く英雄のように、導かれる群衆のように、彼らは強い眼差しで腕を高く突き上げた。

 

 

 

 

 

順調に校舎を抜け出し、学校外へ近づく。先生に会うこともなく、土御門、青髪ピアス、上条当麻の三馬鹿(デルタフォース)と吹寄は校舎から脱出しようと機会を伺っていた。

空腹な彼らは走り出したい衝動を抑え、その一瞬の機会を待つ。

 

いける、そう確信していた彼らだったが、突然鳴り響いた電話にその希望は打ち砕かれる。

 

「Aチーム、逃亡失敗……」

 

「Bチーム、全滅……!あとは、頼む……」

 

クラスメイトの凄惨な雄叫びを最後に電話が切れた。その場にいなくても、電話越しの彼らの悲鳴だけでその惨状が想像できるほど彼らの叫びは切実だった。

残された歩兵は彼らのみ。三馬鹿と吹寄は必ず弁当を買ってくると胸に誓う。

 

「クソっ!残りは俺たちだけか」

 

そう吐き捨て土御門が外へと繋がる設置された緑色のフェンスを登ろうとした時だった。

車のクラクションが高らかに鳴る。

 

「げっ、災誤!自分だけ優雅に外食かよ!」

 

紺色の普通車が門を通り、止まった。窓から顔を出し仏頂面をする教師、災誤と彼ら四人は目が合う。

 

小学校勤務ならまだしも、高校勤務の教師が昼時に外出するのは労働基準法で定められた立派な権利であり、ブラックと名高い教職員にその程度の楽しみくらい許されると世間一般の常識なら思うかもしれない。

普通のことだと。

だが残念なことに彼らは高校生だった。

教職課程の大変さも、残業代が出ない職場環境も、彼らがコンビニまで脱走している間に交通事故にでもあったら誰が責任を取るかも知らない無知な高校生。

 

しかし世間知らずな彼らといえど、最悪な状況になったことは分かっていた。生徒指導の教師に見つけられた以上、罰則は確実。

ゴリラのような体格と顔をした教師の登場に彼らの希望は途絶えたと思われた。

けれど青春真っ盛りの残念な子供達は前に進むことをやめない。

 

「相手にするなカミやん!ここで捕まったらみんなのお昼が……!」

 

「お昼が?」

 

一番先にフェンスにしがみついた土御門が半分まで足をかけた瞬間、上条達は聴き覚えのある声に動きを止めてしまった。

 

高校生と呼ぶには多少大人びていて、少し陰険な雰囲気を持った声だった。最近めっきりあっていなかった友人の声に上条の頭からはお昼ご飯の項目が書き換えられてしまう。

 

「垣根!?」

 

「イケメン君やないか!」

 

「確か天羽さんの……」

 

フェンスの向こう、青髪ピアスや土御門と同じくらい長身で襟足の伸びた茶髪が特徴的な眉目秀麗な少年が立っていた。

モデルか男性アイドルかと勘違いしてしまうほどスタイルの整った美男子。レベル5第二位、垣根帝督その人だった。

 

「お前、どうしたんだよ!天羽といい、お前といい、最近連絡ないと思ったら……!」

 

「悪いな。アイツも俺も、最近忙しかったんだよ」

 

そんな少年が連絡もなく彼らの学校の前にいることに上条と土御門は怪訝な顔をする。

英姿颯爽、前途多望、文武両道。高校生とは思えない財力もある、文字通り完全無欠な彼が、上条達の底辺高校に来ている理由が分からない。

垣根と一番仲が良く、縁を繋いでくれたクラスメイト、天羽彗糸が十月前半から不登校なのを知っている上条たちには尚更考えつかなかった。

 

「……で、何しに来たんだにゃー?」

 

「あの馬鹿の書類手続きとか、色々。テメェが思ってることはなぁーんもねぇよ、残念ながらな」

 

土御門の真意を隠した剽軽でふざけた口調を鼻で笑うと、挑発的に垣根は目を細め笑う。

この場にいる理由ははぐらかしたが、少なくとも彼の言い方からは被害の及ぶようなおぞましいものは感じられなかった。

 

「悪いけど、お昼のこと忘れてない?」

 

「あっ、そうだ、災誤!あれ?」

 

垣根に気が逸れていた上条達は吹寄の声でハッと現状を思い出す。あまりに衝撃的な出会いにすっかり忘れていたが、三馬鹿らはお昼ご飯を求めに外までやって来たのだ。

そして生徒指導の災誤に見つかり、必死にフェンスをよじ登ろうとしていた。

 

しかし視線を垣根から外したはいいものの、問題の先生も車もそこになかった。

 

「飯食ってないのか?なら、これとかどうよ?」

 

「え?……ピザじゃねぇか!なんでんなもんもってんだ!」

 

「通りで美味しそうな匂いが……」

 

疑問に思いながらも、能力を使ったのか軽々とフェンスを飛び越えてきた垣根に気を取られ考えは有耶無耶になってしまう。

 

少し高いフェンスの土台のせいで隠れていたが、彼が持っていたのはピザのボックスを四ついれた大きな袋だった。

その厳つい見た目に腹の中身が空っぽの高校生たちは目を光らす。

飛んだ衝撃で撒き散らした彼の甘い男物のコロンの香りを打ち消し、周りをジャンキーな匂いで食欲をそそらせ腹を空かせるその物体が救世主に見えて仕方がなかった。

 

「上からペパロニ、テリヤキ、エビマヨ、あとチーズ。いるか?」

 

「で、でも元々それを食べるつもりだったんだろ?いいよ、悪いし」

 

神の言葉と聴き間違うほど自分たちに都合がいい彼の言葉に動揺し、吃りながら返事を返す。

折角の申し出、ありがたいことに間違いはなかったが、大切な友人のものに手を出すほど落ちぶれたくなかった。

 

「また買えばいいだけだろ?欲しいならやるよ」

 

「な、なんて慈悲深いんや……」

 

「垣根様……養ってくれぇ!!」

 

「キッッッショ、近寄るな」

 

「っぅご!?ふっ、ふふふはは、今日の上条さんは何されたって不幸じゃありませんことよ!」

 

しかし金持ちの余裕か、全く気にする素振りを見せない垣根に感極まって青髪はその優しさに膝から地面に伏せる。

そしてそれと同時に上条が冗談半分、本気半分に垣根に抱きつこうと地面から飛んだ。

あまりに酷い絵面に上条の顔面を足裏で受け止めた垣根だったが、それでも上条は訪れた幸運に浸りながら笑っていた。

 

「でもありがとうございます、こんなにいただいて。えっと、お名前は……」

 

「垣根帝督。彗糸の義理の兄だ」

 

だがその笑顔も幸福も、長くは続かない。

吹寄に聞かれ何気なく行なった自己紹介を三馬鹿は聞き逃さなかった。

 

義理の兄、英語にすればbrother in law、直訳すれば法律上の兄または弟。

 

三人はエスパーでもないのに同時に思案し、同時に互いの考えを見抜く。

天羽彗糸の義理の兄であると彼は言った。ならば、天羽彗糸は何になるか。

 

ここぞとばかりに思考力がフル活用され、一秒にも満たない短い間に彼らは気がついてしまった。

 

天羽彗糸が垣根帝督の義理の妹になったことを。

 

「あら?でも苗字は……」

 

「手続きの問題だ。あんま気にしないでくれ」

 

義理の妹、それは彼ら─特に土御門と青髪ピアス─にとっては甘美な響きに違いなかった。

 

血の繋がらない全くの赤の他人が書類の記述だけで合法的に同じ屋根の下に住める事実は、同棲というものを夢見る少年たちには興奮材料の一つである。

それだけでなく、義妹は大抵が保護欲や支配欲など満たす年下であり、上手く交渉すれば自らを「お兄ちゃん」と呼んでくれる稀有な存在、好きにならないわけが無い。

 

そして性的な理由でも義妹というものは良い文化だと彼らは考える。

近親でないため官能的な展開になっても罪悪感は薄らぎ、かと言って思いを燃やす程度の背徳感はある絶妙な立ち位置にいるのが義妹というもの。

 

そう思っていた彼らにとって垣根は圧倒的な勝ち組だった。

 

天羽彗糸、彼の義妹となった人物は少々背が高く、根暗で暗鬱とした陰の人々には明るすぎる性格を持った高校一年生。

濃い化粧、金髪にピンクのグラデーション、着崩したセーラー服、短いスカートと靴下、そしてジャラジャラと着けたネックレスや指輪などの装飾品。

完璧なギャル、それが彼女だった。

 

だがオタクという生物はギャルを苦手とする、なのでギャルが義妹になるのはあまり歓迎しない。

趣味を馬鹿にされ、スクールカーストの最上位から下民を見下す悪女こそがギャルという認識であり、恐るべき存在だ。

 

けれど天羽彗糸の場合は少し違う。

どこか抜けており、オタクだろうと先生だろうと分け隔てなく接し、異常とも呼べるほど底抜けに明るく優しい性格で、バイトとはいえナースであり、好きな人(垣根帝督)に一途になれる─ヤンデレともいう─処女の可能性を秘めた乙女。

 

そして何より巨乳である。

凹凸のはっきりした体、それに屈服しないのは今のところロリを好む土御門のみ。

だがその土御門も、今回ばかりは目の前の美男子に嫉妬によく似た感情を抱いていた。

 

三人の思いは同じ。

 

「んだよ」

 

「こんのッ、勝ち組がァァァァァァァ!!!!!」

 

羨ましさや、悔しさ、妬み。名状し難い感情に思春期真っ盛りの男子高校生三人組はゆらりと立ち上がり、その思いを叫ぶ。

 

義妹ロリメイド好き一名、女と称する全てを愛する男一名、そして極一般的な性癖を持つ健全な少年一名の悲痛な叫びがその日空に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が赤く色付き始めた午後、高層オフィスビルの開放感ある商業施設ゾーンのテラス席で垣根帝督は持ち帰りのホットコーヒーを飲んでいた。

 

「つーわけで、転校届け渡して来たから。あと荷物も回収した。長点上機に入んのは元の体が治ってからだな」

 

特注と思われる真っ白い子供用の車椅子に座る髪の長い義妹、彗糸に今日学校に行って来たことを話すと、彼女は甘いストロベリーフラペチーノのストローを噛みながら喉を潤す。

甘いストロベリーの風味が喉を抜け、それを邪魔するコーヒーの苦い香りに彼女は少し顔を顰めた。

 

「そういやさ、上条たちに義兄だって伝えたらすげーびっくりしてたぜ?お前の姿見せたら、ショック死でもすんじゃねぇか?アレ」

 

顰めっ面を続ける彼女に気分が良くなり、垣根はお昼頃に会った知り合い達の慌てようを思い出す。

物語を知り、あの男子高生三人衆の性癖を知ってしまった今、主に二人の悲しみに打ちひしがれた顔の意味が良く分かる。ちょっとした悪戯のつもりだったが、垣根の予想以上に彼らは落ち込んでいた。

 

「上条はともかく、青髪の野郎とクソ魔術師には会わせてやんねーけど。誰が大事な義妹を差し出すかっつーの」

 

口ではそう言いつつも、会わせていたらどうなっていたかを考えてしまう。コーヒー片手に垣根は目を細める。

 

巨乳で高身長、大人であることを誇りに思う彼女が、威厳もない小さな幼女になってると知られてしまったら、天羽彗糸だった幼女はどんな反応をするのか。

なけなしのプライドが砕け散って、惨めに泣き出す姿が脳内で簡単に想像できた。

 

「なぁ、聞いてる?」

 

「聞いてる」

 

「なら返事しろよ」

 

「やだ」

 

あまりにも返事がないのを不審に思い、隣でストローを噛みながら仏頂面を続ける小さな妹に視線を移す。人の話を聞いていないのか、カップの底に残ったクリームの残りを吸い取ろうと一生懸命にストローから吸う彼女は不機嫌そうに頬を膨らましていた。

可愛い見た目なのに人を苛立たせる天才なようで、適当な返事で垣根と頑なに視線を合わせないようにカップを凝視する。

垣根のことは眼中にない、というより垣根を見たくないといった雰囲気で垣根の機嫌を逆なでした。

 

「なんで?俺と話せるんだぞ?」

 

「頭抜けてんの?こんな姿にした人と喜んで喋ると思ってるならめでたい頭してんね」

 

「いい加減素直になれよ。嬉しいくせに」

 

昔の姿とは違って笑顔のない彼女に不満を持ち手に持ったプラスチックカップを奪い取ると、苛立ちを隠さず彗糸は奥歯をかみ締め輝く緑眼で睨む。

 

全てを奪ったこの男が許せないのも当たり前だった。

財や命が奪われるなんてそんな安いものじゃない。天羽彗糸の全てが奪われ、蹂躙された。

精神も肉体も、財も地位も存在さえ、全て垣根帝督のものだった。

 

彼女といえど、いや、彼女だからこそ仕打ちに酷く激昂する。この世界で唯一自分を確立する全てをなくしたことは、違う世界から来た彼女にとっては死にたくなるほど恐ろしい。

 

「嬉しいと思う?」

 

「思うな、だってお前俺のこと好きじゃん」

 

「……どうしてそう思うわけ」

 

それでも垣根のことが好きだと、わかりやすい彼女の心情は見透かされていた。恥ずかしさのあまり唇を噛む仕草がいじらしく、馬鹿にするように垣根は笑い出して小さな体を見下ろした。

 

「言っただろ?俺らは運命の糸で結ばれてるって」

 

「……頭のネジでも外れたの?運命なんて、現実(あたし)虚像(アンタ)の間にはないんだよ」

 

「でも、俺は真実を知っている。お前がひた隠しにしてた世界の真理ってものを知っちまった時点で、俺らは運命共同体なんだよ」

 

からになったカップを二つテーブルに置くと、彼は得意げに笑う。

屁理屈を並べる意地っ張りな少女に現実を理解させたい。彼女に責任を取らせるべく、彼は意地悪な笑顔を浮かべて甘ったるい言葉を囁いた。

 

「それにほら、『ていとく』と『けいと』、俺ら二字違いだろ?」

 

「だから?」

 

「同じなのは『いと』だけ。俺らは運命の『いと』で繋がってるんだよ」

 

強引に小さな手を取り、小指同士が触れ合った。

指切りをする彼らの手は、二人の小さな手と大きな手のせいか少し不恰好で、益々垣根の中の支配欲が増幅していく。

 

前とは違う小さな手。それをいとも容易く包み隠せてしまう自分の骨ばった手を泣きそうな顔で見つめる彼女の顔が最高に子供らしい。

プライドを砕く彼女の姿に一種の安心感さえ覚える。奇行もなく、きちんと()()できる躾の行き届いたペットの姿に安堵するのは振り回されて来た飼い主として当然と言える反応だった。

 

「馬鹿でしょ、アンタ。突然なぞなぞみたいなもの言わないでよ」

 

「口説いてんだよ、女ってロマンチスト多いじゃねぇか」

 

「口説く……あぁ、そういうこと」

 

馬鹿にするかのような彼の言葉に何故か彗糸の熱は一気に解れていく。苦悶の表情は途端に晴れやかになり、無邪気な子供の愛らしい笑顔が咲いた。

その笑顔に悪寒が走る。

天使のような笑みが、悪魔にしか見えなかった。

 

「代替品になれってことだ?」

 

きらめく緑の目の中、怪物のように蠢く淀んだ恐ろしい感情が確かにあった。

たとえ死んでも治らない病を患う彼女には、垣根の言葉は勘違いも甚だしい捏造にねじ曲がる。

 

「子どもの姿も、髪が長いのも、色が白いのものも、そういう事なんでしょ?」

 

白いまつ毛の隙間から緑の瞳で見上げる彼女の思考が読めない。

垣根の中で嫌悪感とおぞましさが膨らみ、心が冷える。 それほどまでに目の前の少女の言葉が恐ろしかった。

 

「初恋の相手に重ねてるんだ?見かけによらず初心(うぶ)だね」

 

「違う……そんなこと、思ってない」

 

彼女の言葉に否が応でも昔言葉を交わした少女のことを思い出す。

幼い垣根帝督のそばにいたあの少女。色素の薄い長く真っ直ぐな髪と、細い手足、そして白い病衣。

一度意識してしまったらもう頭から離れることはない。彗糸の姿と似ても似つかないはずなのに、彼女の言葉に少し感情が揺らぐ。

 

無意識のうちに、なくしてしまったあの子の姿が彗糸の体に反映された。

それが彼女の見解だった。

 

「別にいいよ、あたしだってキミを妹の代わりとして見てた。だったら、今度はあたしが代替品になる番だ」

 

「俺はそんな気持ちでお前をつくったわけじ──」

 

しかしそんなことを望んだつもりはなかった。貼り付けた胡散臭い笑みを続ける彗糸の背伸びした感情に、垣根はひどく掻き乱される。

大嫌いだった彼女と同じ道を歩んでいると言われているようで。

自分の感情も何もかも、嘘だと罵られているかのようで。

酷く腹が立つ。

 

「垣根は、かっこいいね」

 

「ッテメェ、!」

 

彼女の無邪気な演技と、あの子に言われた短い言葉に怒りは最骨頂に達した。

勢いよく腰をあげ、そのか細い首を折ってしまいたいと手を伸ばす。それが意味のない行為だとわかっていても、彼女を垣根自身の手で自分の過激な思いを知らしめたかった。

 

「あっ!いたいた!!おーい!」

 

けれど呑気な男の声が邪魔をする。愛ゆえの加虐は成されることはなく、伸ばした片手は中で動きを止めるほかなくなった。

苛立ちがさらに増す。けれどその思いを押し殺し、腕を下ろして立ち上がる。

 

「……上条、と、また女変えたのか。インデックスはどうした」

 

「えっ、あ、あの、私達はそんな関係じゃ、」

 

「実はさっき会ってな。魔術師の五和さんだ」

 

興醒めだと言わんばかりに舌打ちをして上条に視線を移すと、挿絵で見た記憶のある人物、一人の魔術師を連れ立って主人公が立っていた。

メインヒロインの銀髪シスターではなく、それなりにプロポーションの整ったショートカットの女性を連れて上条は簡素に紹介する。

足に色のついた包帯が乱雑に巻かれているのかと勘違いしてしまうほどボロボロの臙脂色のジーンズと、紫に近い薄ピンクのセーターと短いニットを着た彼女はあっけなく魔術師と告げた上条に目を丸くして驚いた。

 

「い、言っていいんですか!?」

 

「俺の将来の被扶養者、じゃなくて俺の大親友こと垣根帝督だ。神裂たちとも面識あって魔術のことはある程度知ってる」

 

「勝手に俺の籍に入ろうとするな、胡麻すってんじゃねぇ」

 

上条のいたずらっ子のような笑みに脛を軽く蹴ると、垣根は赤い舌を出してバカにする。男子高校生らしいおふざけにいつもの調子を取り戻し、垣根に至っては先ほどの憎悪や苛立ちは微塵も感じられなかった。

 

「つーかもうこいつら扶養してて精一杯なんだわ、他を当たれ馬鹿野郎」

 

「こいつ?……って人形じゃねぇか。お前、まさかフラれて精神が……」

 

自慢げに彗糸の頭を撫でていると、上条はきょとんと首を傾げる。彼に彗糸が本人だと、ましてや生き物だと理解することができるわけもなく困惑したように垣根と少女を交互に見比べた。

 

微動だにせず、表情一つ変えない少女の肌も髪も青ざめるほど白く、淡い緑色と金色が印象的な服を着たそれは琺瑯(エナメル)でできているかのよう。

まるで青磁できた茶器のように可憐で儚い少女が元気溢れる溌剌な天羽彗糸だと、人間だとは思えなかった。

 

「馬鹿、生きてるわ。こいつは俺の義妹、れっきとした()()()だ」

 

「義妹?天羽がなったんじゃねぇの?」

 

「だから、こいつが彗糸だっていってんだろ?」

 

イタズラが成功したような笑顔で垣根は少女を見下ろし、彼女を前に出す。あんぐりと口を開けた上条の狐につままれたような顔が面白くてたまらない。

中国陶磁器のような白く美しい少女。その少女が上条のよく知る天羽彗糸と同じだとは、普通ならば思わないし、逆に垣根を好きな女の幼少期を人形に見出す頭のイカれた男にしか感じないだろう。

 

けれど彼は主人公だった。懐の広さと、訳のわからない状況下での理解度は垣根と匹敵する主人公という圧倒的な存在、それが彼、上条当麻である。

 

「……マジ?」

 

「コンパクトで可愛いだろ?」

 

「上条くんが困ってるんだから、変なこと言わないの」

 

だからあっさりと上条は信じてしまう。人形のような少女の声にさらに信憑性が増し、疑う余地のない事実だと主人公ゆえの理解力を駆使して上条は彼らの言葉を信用した。

信用せざるを得なかった。

 

「なんでそんなことに……」

 

「色々あってな。来月くらいには元に戻るさ」

 

だが信じたからといってその状態になった理由が分かるわけではない。だから彼らの言葉を信じてそれとなく話を聞こうとするも、簡単にはぐらかされる。

教えるはずもない。

上条に真実を伝えるのは悪手だと、垣根も彗糸も分かっていた。というより、この世で最も恵まれた主人公に自分たちの不幸を話したくなかった。

 

「こっちの話より、お嬢さんの話聞いてやれ。戸惑ってんぞ」

 

「あっ……わ、わりぃ、五和」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

面倒になった垣根は蚊帳の外だった五和に都合よく矛先を変え、適当にやり過ごす。

もう既に先の展開を知っているためか、垣根と彗糸はどこかつまらなさそうだった。

 

「あの、後方のアックアという名前を覚えているでしょうか?」

 

「神の右席の一人、だよな?ヴェントって奴とやりあった時に会ったよ」

 

ようやく本題に入れると、五和は安堵しながらも真面目に上条の目を見つめて話し出す。

ふざけた空気から一変し、事件の始まりを感じさせるシリアスな雰囲気が漂っていた。

 

「相変わらず面倒に巻き込まれてんな」

 

「そのアックアからイギリス清教と学園都市双方に果たし状が届いたんです。数日以内に上条当麻を粉砕、いえ、襲撃すると」

 

「なんで俺を?」

 

「なんでじゃありませんよ!それは貴方がローマ正教最暗部の企みを次々と阻止してきたからですよ!」

 

彼らの言うローマ正教最暗部の企みというのは、垣根たちがクーデターを起こす前日にフランス、アビニョンで起きたテロのことである。

原作十四巻、アニメ第三期二話から三話にかけて起こった出来事で、科学サイドである垣根たちには学園都市側の警戒網が薄くなったこと以外あまり関係の無い話。

 

十月九日に全身全霊を賭けていた垣根にとって彼らの話は少し唐突で、本来ならば理解出来ていなかった。

けれど運命を()()()()()()()()、全知全能の怪物から得た知識のおかげで全貌を知る彼は少し俯瞰気味に彼らの言葉を聞いていた。

 

「そりゃ買い被りすぎだよ。俺はただの高校生だって」

 

「お前が普通の高校生とかなんの冗談だ?」

 

「お前と比べたら平均ど真ん中の普通の人だろ!イケメン金持ち天才野郎!養え!」

 

「卑屈になりすぎだっての、現実をよく見ろよ」

 

冗談に本音を少しだけ混ぜてトゲのある言葉を投げかけると、悪意に気づきもせず上条はふざけ半分に垣根に迫真の叫びをぶつける。

卑屈になっているのはどっちだと内心思いながらも、プライドも高く、大事な妹の前で粗相できないのも相まって続けた言葉は少し皮肉めいていた。

 

「しっかし前方左方今度は後方って、次から次へ忙しいな。つか、俺なんかを狙ってるなんてむしろ暇なのか?」

 

「情報によると、アックアには聖人としての力もあるようなんです」

 

「聖人?」

 

「でも心配しないでください!アックアが襲ってきたとしても、私達が必ず守ってみせます!」

 

垣根と彗糸の知るとおり話が進む。

襲撃者の情報をこんな開けっぴろげな吹き抜けで話すとは暗部を知る彼らには少し考えられないが、それを知らない上条は何も思わず話を促す。

きらきらと自信満々に守ると宣言した五和に若干引くも、上条は一番気になることを引き出そうと首を傾げた。

 

「で、五和はなにしにきたの?」

 

「決まっています!護衛に来たんですよ!泊まり込みで!」

 

大きなダッフルバッグを抱えた五和は満面の笑みで答える。

完全に引き際を無くしていた垣根と彗糸はその姿を見ながら確実に巻き込まれる未来を予測し、二人してため息をついて夕焼けの眩しい空を見上げた。




ハロウィンや!お子ちゃまは仮装行列でも行ってもらって……
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