下は本編と全く関係のない彗糸さんです。
日が落ち街灯に光がつき始めた頃、一台のバイクと大きな車が静かな街で縦一列に走る。
サイドカーのついた大きなバイクと高級そうなスタイリッシュなスポーツカーが明るい街灯に照らされて路面を走り、上条当麻の頬に心地よい風が当たった。
目的地はとあるスパリゾート。
垣根との軽い口喧嘩がある程度収まったとき、『大きな風呂でも入って落ち着け』と女性陣の提案で行くことになったのだ。
少し気を使わしてしまったと少し申し訳なさも感じるが、それでも気遣いは嬉しかった。
「悪いな、バイクのレンタル代出してもらっちゃって」
「いえいえ、資金は沢山頂いているので」
五和の後ろに跨り、街頭で輝くヘルメットを被った上条の声は静かな街によく響く。
完全下校時刻を過ぎた学園都市はあまりにも静かで、後ろで窓を開けて走る垣根たちにもはっきりと聞こえた。
「とうま、私はこの構図に何らかの意図を感じるよ?」
和気あいあいとした雰囲気の中、サイドカーにちょこんと乗ったインデックスが不満そうに口を尖らせる。
運転手である五和に体を密着させ、安全のためと腹のあたりに手を回す上条に注がれた視線はどこか邪気が交じっていた。
「そ、そんなことはないぞ!上条さんはレディファースト的にそっちの席を譲ってるだけであってだなぁ!」
『女の後ろに乗るのは確信犯だぞインデックス。もっと責めとけ、調子に乗るから』
「やめろォ!インデックスの怒りゲージをあげようとすんな!」
『なんの話だか』
弱々しい反論を口にする上条を鼻で笑いながら垣根はインデックスが持った携帯電話越しヤジを飛ばす。
先程の言い争いをまだ根に持っているのか、明らかに上条の不幸を楽しんでいる声だった。
携帯越しからでもはっきりと感じる垣根の馬鹿にするような笑みを思い出すと、鋭い視線を後ろで走る高級車に向ける。幼い少女と二人きりの友人に言葉にできない羨望を抱きながらフロントガラスの向こう側を覗き見ようと躍起になっていた。
「くっ!二人だけ優雅に車なんか乗りやがって!しかもお前絶対無免許だろ!」
『大切なのは
「天羽もなんか言えよ!」
『あたしも人のこと言えないし』
「このヤンキー共……!」
車の中で毛を弄る彗糸と目が合うと、腹立ちながらもため息をつく。
彼らは上条と少し違う常識を持っている。どこか危険そうな雰囲気を醸し出す垣根はもちろん、歪な違和感を微かに覚えさせる元クラスメイトもどこか浮世離れしていて垣根とは違う恐ろしさを時々感じさせる。
その違和感を言葉で形容することはできないが、何かをやらかしていてもおかしくはない雰囲気であることは確か。
無免許運転も何も、怒ったところで改善されることもないと上条は一人呆れてしまった。
「ねぇーあれなに?でっかいジャングルジムがあるよ!」
「え?あぁ、あれは発電所です。第22学区は地下に展開されているので、発電施設が地上に集中しているんですよ」
視線は後ろのフロントガラスから移り、高速道路から見える緑がかったライトが眩しい大きな建物に向けた。
インデックスの言う通り巨大なジャングルジムが並んでいるかのような発電設備が立ち並び、大きなモーターが動くのが肉眼で確認できる。
そこは目的地である第22学区の真上。第22学区の電気を賄う発電所だった。
「そういや、そのスパリゾートってどの階層にあるんだ?」
「えっと、第三階層です!」
地上からトンネルに入ると、光源が白い月から明るいライトに変わる。
螺旋階段を降りるような長く湾曲したトンネルを下り、オレンジ色の眩い光が車体を照らした。
「海藻?ワカメ?」
「そっちじゃねーよ。第22学区は全部で10の階層に分かれてんの」
「この先が第三階層です!」
変わらない景色がぐるぐると回り、永遠に続いていきそうなトンネルがようやく終わる。
眩しい出口に目を瞑り、開いた時にはオレンジの光はどこにも見当たらなかった。
「第三階層の天井は一面スクリーンになっていて、リアルタイムで星空を映し出しています」
「こんなの、本当に地下にあるもんなの?川もあるし森もあるみたいなんだよ」
「やっぱすげーな、学園都市は」
鮮やかな青いスクリーンが空と見間違えるほど高い天井を埋め尽くす。
高速道路の下で建ち並ぶビルと流れる川、そして青々とした木々が更にこの場所が地下にあるということを忘れさせる。
それほどまでにこの第22学区という場所は学園都市の中でも異質で、『科学らしさ』に特化した場所だった。
「ていうか、あたしスパなんて行く気ないからね」
「あ?」
「車椅子は事前に連絡しなきゃダメでしょ。こういうのは前日までとかに連絡入れとくんだよ」
あまり見る機会がない景色に感嘆のため息を吐いていると、上条が乗るバイクの横に垣根たちのスタイリッシュなスポーツカーが並走する。
開けたままの窓から聞こえる会話を上の空で『車椅子って大変だな』と他人事のように高速道路の街頭を眺めてながら聞いていた。
「それに、分かってると思うけど、今日は危ない──」
「俺は一言もスパに行くとは言ってねぇけど」
「ん??じゃあどこ行くんだよ、お前らは」
ぼんやりと聞いていた上条だったが、垣根の冷たい声にようやく彼らに視線を向ける。
この場にいる全員満場一致でスパリゾートへ向かっていると思っていたため、垣根の言葉は思いもよらない一言だった。
「ホテル」
「…………んなァッ!!!??」
続けて呟く垣根に、その場にいる誰もが喉を震わせ口を開ける。運転中だと言うのに、五和でさえ狼狽えながらキョロキョロと視線を動かす。
距離が近い男女がホテルに行くなど、彼らにとっては未知の領域、憧れ程度の夢物語である。
そんな言葉をなに食わぬ顔で言う垣根と少しだけ目を輝かせる天羽に、嫉妬や羨望など、言葉に表せない高校生の拙い思いが増していくのは当たり前のことだった。
白と金のシャンデリアが輝き広いスウィートルームを照らす。部屋に入ってきた垣根帝督と彗糸の姿を反射する開放感あるガラス張りの外には上条当麻達が向かったスパリゾートが見え、道路で見た時よりも
「まさかアンタがそんな人間とは思わなかったよ」
「あ?なんの話だよ」
車椅子はドアの付近に収納され、乗っていた彗糸は横抱きにされながら広いベッドの上に靴のまま下ろされる。
つまらなさそうに体を下ろして窓際の椅子に座る垣根の横顔を眺めるしか、下半身が動かない彼女にはやることがなかった。
「何ってこの部屋の中、このベッドの中で行おうとしてる行為についてだよ」
「ナニ期待してんだよガキ。貧相な身体しといて何言ってんだ」
柔らかい毛布にうつ伏せになると、一向に鋭い視線を窓から外さない垣根に頬を膨らませて眉を顰める。
彼の感情が読み取れない。
ぎゅっとシーツを握りしめて、彼の端正な横顔を見つめ続けても彼が今何を考え、思っているのか彼女には全く理解できなかった。
それでも少しだけ嬉しかった。自分の体を使えば今日の一戦に巻き込まれずに済む。
上条当麻はもういい。垣根さえ幸せになれば他はいいのだ。
だから嬉々として性を匂わせる。一時間、それか二時間、それ以上の時間さえ稼ぐことができれば彼女の勝ちである。
「期待じゃなくて覚悟だよ。アンタが望んだから、あたしはこの体で生きている。神ではなく、アンタが望んだ。ならアンタの願いを叶えるのが道理じゃない?」
処女消失の行為などただの望みを叶える手段。そこにあるのは多少の覚悟と少量の恩義だけである。
天羽彗糸は二度死んでいる。そして二度目の死は垣根の手によって救われた。
それは紛れもない事実で、認めている。だからこそ、彼女は不機嫌になりながらもベッドに無防備に体を預けていた。
神曰く、望まれた故の生だと。望まれなければ死ぬと。
しかし、神が望まられた結末は彼女の死によってもう既に叶えられている。全てを救い、この物語に新たな結末を与えた。
もう天羽彗糸がこの世界で生きる必要はない。
ではここにいる天羽彗糸は誰に望まれ生きているのか。
その答えは、人形のように彼女の体を慈しむ目の前の男が持っている。
ならばその男の為に全てを渡すのが、彼女なりのけじめのつけ方だった。
「お前にんなもん望まねぇよチビ。俺の好みはお前じゃない」
「好みでなくても、重ねてしまう。違う?」
「違うな。お前の言う昔のガキはお前とは似ても似つかない」
「どうだか。似ていなくても年齢や背格好で重ねる精神疾患は実際にあるし」
だが垣根にその理論が通じるはずもなく、こめかみを抑えて面倒と言わんばかりにため息を吐く。
愛想を尽かすほどつまらない話だと彗糸は分かっている。
初恋相手を引き合いに出されて、本来ならば殴りたくなるほどはらわたが煮えくりかえっているはずだというのに。
それでも彼は頑なに彗糸から視線を外して、つまらなさそうに窓の外を眺めていた。
「そんなに俺に好きって言われたいのか?お前」
「……はぁっ!?」
ようやく彗糸のほうに視線を向けると、馬鹿にしたように見下ろし鼻で笑った。
まるで彗糸が特別な感情を持っていると言うような発言に目を見開いて唇を震わせる。
体温が上昇し、心臓に痺れが走り、舌先が硬く固まり動かなくない。
それがどんな表情なのかは垣根にしか分からなかった。
「な、何、突然気色悪いこと言わないでくんない?」
「いい加減素直になれよ、お前が感情に折り合いつけないとなんも進展しねぇぞ」
「これは美しくて変え難い、姉としての愛だよ、垣根くん。女としての汚い恋ではないんだよ」
「誰も恋とは言ってねぇが」
動揺しつつも声を張り上げ奥歯を噛み締めると、僅かに嬉しそうな顔をして垣根はベッドに座る。
哀れな犬を追い込んで、追い詰めて、清々しいほど悪役らしい嘲笑で見下ろし、じわじわとベッドの隅に追いやっていく。
「それで?愛がなんだって?」
精神も、身体も、いつの間にか壁に追いやられ、言葉が詰まる。
「……アンタは妹の代替品で、あたしは初恋の代替品。それ以上でもそれ以下でもない」
「お前は俺の妹で、俺はお前の兄なんだよ。お互いがお互いの『本物』、お前を代替品としてみることは一生ねぇから安心しとけ」
ようやく口から捻り出した答えに間髪入れずに否定され、言葉を無くす。
それでも、家族以外の愛情──その家族愛ですら特殊で怪しいが──を知らない彼女に彼の言葉が響くことは無かった。
「口ではなんとでも言える」
「書類上のまぎれもない事実だ」
「ただの嫌がらせの関係でしょ?」
威嚇する犬にそっくりな声が広い一室に響き渡る。
火花散る二人の視線が交わり、奇妙な沈黙が広がった。
「……それでも、俺とお前は紙の上では家族なんだよ。なら家族らしく振る舞うのが道理だろ?」
「そんなこと、思ってもないくせに」
居心地の悪い一瞬。先に口を開いたのは垣根だった。
永遠に結論を出すつもりがない彗糸に呆れ返って腰をあげると、疲れたように眉を八の字にしながら首に手を当てた。
分かっていないのは彗糸のほうである。
だが人間とは思えないほど清廉で完璧で異常だと、彼女自身は気づくことも無い。
理解不能なプライドと自己否定が織りなす頑固で卑屈な性格と、異常なほど膨らんだ正義感とそつなくこなすポテンシャルからくる揺るぎない傲慢さ。
極めつけに生い立ちから来る外側の思考が理解から遠ざける。
病気の域に近いと垣根は思うが、
下手に矯正し、『
結局彼女が自分で感情に気がつくまで煮え切らない関係が続く。
ただ一言、一緒に居たいと言えば済む話。
それが彼女には難しかった。
「とにかく、俺が帰ってくるまでに頭ん中整理しとけ。俺の気持ちでも考えてろ」
「は?どこいくの?」
「ちょっと、そこまで?」
「……アンタまさか、上条くんとこ──」
ため息をつくと垣根はそのまま外の廊下へ繋がるドアへと向かう。その姿を這うように追いかけながらベッドのへりに寝そべる彗糸を一瞥してからドアノブへと手をかけた。
「そこの窓から眺めてろよ。結構いい眺めだぜ?」
「ッ、この馬鹿、なんでそんなこと!」
足の動かない子供に自分のクレジットカードだけ投げ渡し、反論も聞かぬまま垣根は静かに扉を閉めて部屋から消える。
彼は分かっているはずだ。この日に何が起こるのか。
閉まる扉を悔しそうに見つめながら唇を噛みしめる彗糸の顔を見ることもなく、彼はどこかへ行ってしまった。
子供一人が使うには勿体無い広すぎる部屋に取り残され、動き回ることもままならない。
そしてようやく気づく。彼の目的が軟禁だったことを。
「さいあくッ!」
ベッドから移動しようとサイドテーブルを掴むとぱきりと音が鳴る。哀れな子供一人置き去りにされて、ひびの入ったテーブルが大きな音を立てて崩れていった。
割れた大理石のテーブルがカーペットに散らばり、思いがけない力に喉が干上がった。
ただの非力な子供、自分にテーブルが壊せるはずもなく。誰かが、何かが、第三者の介入を一番先に考えるのは道理であろう。
けれど、ガラスに反射した自分の姿に考えが変わる。
白い体、白い髪、緑の目。
神の世界から引き摺り降ろした物質で構成された体と、天国にいた精神、神の御使いという役目。
偶然が重なった結果だった。
「……偶像の理論、だったか」
ここは偶像の世界。偶然と考察が力を持つ
命を絶ち、生まれ変わった故の世界。
こじつけがいつしか
肉、魂、心、全てに神が関与した彼女は、それに値するのではないか。
ガラスに映った天使は、とても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。