とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

11 / 162
戦闘というより心情メイン


9話:嫌い

巨大な胎児。

その姿は現実離れしており、流石の垣根でも少しは驚いた。

 

肉体変化(メタモルフォーゼ)……?こんな能力、聞いた事……」

 

常識が通用しない能力を持ってるとはいえ、さすがにコレは予想外で。

目の前の大きな胎児から目を離さずに思考する。これは何か、これはどうすれば無力化できるか。

論理的に、計算高く、彼は状況を把握していく。

 

(さて、どうするかな)

 

ポケットに手を突っ込みその気味の悪い胎児を眺めていると、木山春生に近づこうとする影が見えた。

天羽彗糸。嫌いな女

その影に合わせて跳ねる金髪が遠のく。その金色は、見るたびに嫌いになりそうだった。

 

「テメェ、その女に近づくんじゃねぇ」

 

「え?」

 

警告した瞬間、叫び声に似た耳を劈くような高音が鳴り響く。胎児から発生したその音は空気を振動させた。

まるでそれが合図だったかのように強烈な風が胎児から放たれる。真っ直ぐ、敵対心を持つ御坂のと垣根に向けて、鋭利な風が吹く。

しかし相手は第二位と第三位である。この程度の風で傷をつけることはない。

 

「っく!」

 

第三位は瓦礫を積み上げ物理的な盾を作り上げて難を逃れ、垣根は相変わらず翼も出さずに撒き散らした未元物質(ダークマター)で難を逃れる。

瓦礫が積み上がり、普通の人ならばひとたまりもないだろう。

ならばその普通の人はどう防ぐのか。

 

「おいチワワ、死んだか?」

 

「チワワじゃねーっつーの!」

 

この場で一番弱いやつが見当たらず、とりあえず大声で呼んでみると、瓦礫がかたりと動く。

大きな瓦礫の下から現れたその女は血は流してはいるものの、元気そうに立ち上がる。

不死身というのは嘘ではないらしい。

 

「で、どうするよ」

 

「どうするって言われても……こうするだけよっ」

 

役者が揃ったところで垣根は視線を胎児に戻す。人の子供とはいえない怪物の赤子。

動きもしないその怪物に御坂は痺れを切らし、火花を上げる高圧の電流をその怪物に向かって撃ち込んだ。

 

「全然反応しねぇな」

 

彼女が怪物めがけて放った電撃は、確かにそれの透明な肉体の一部を破壊した。

しかしノータイムでその損傷を新しく生えてきたふたつの腕で構築しなおすと、ほんの僅かに胎児が風船のように膨らむ。

その姿はまさに怪物で、気持ち悪い。

 

「……?膨らんだ?」

 

「気味悪ぃな」

 

ぎょろぎょろした赤い目に、妊娠して二ヶ月目くらいの姿の無数の腕を持つ赤子はどっからどう見ても気持ち悪い。

魔術師の次はバケモノ退治。まるでゲームの勇者のよう。

次は魔王討伐にでも行くかと呆れながら、また金髪に視線を移す。

 

(ほんと、アレと出会ってから面倒ごとに巻き込まれてるな)

 

垣根から見れば、彼女は一種の主人公だ。

自ら面倒ごとに首を突っ込み、慈悲を与える。

ヒーローではない、神様のような女の子。

自らを姉と豪語し、救世主ごっこに興じる可哀想な頭の子。

 

大嫌い。けれど、ついていくと面白いことがある。

そんな言い訳を作って共に行動していた。

 

とはいえ今回は流石に面白いを通り越して驚きである。

しかもこの辺りの地理を考えるとさらに面倒なことになりそうで気が滅入る。

 

未来の面倒ごとに内心頭を抱えていると、胎児の顔と思しきパーツがこちらを向く。

目が合った、気がした。

 

「垣根くん!」

 

空気が揺れる。

空気が硬まる。

まるで水晶のように、空気の中から小さな結晶が生まれていく。パチパチと凝縮していき、それはみるみるうちに巨大な物になった。

 

鋭利な結晶は猛スピードでこちらに雨のように降ってくる。単調な動き。

一瞬彼を呼ぶ悲鳴に近い声が聞こえたが、その声は降り注ぐ結晶によって掻き消える。

羽を展開させるまでもない、つまらない攻撃。

そんなもの、垣根にあたるはずがなかった。

 

「御坂さん!」

 

そして今度は違う声が響く。飴のような甘い女の声。気にかけている女のものではなく、もっと幼い声。

降り注ぐ結晶の合間を縫うように、その声が響いた。

高速道路から階段を降りてきたのだろう、御坂の後ろにある柱の影から花を頭に生やした女生徒が心配そうにのぞいていた。

 

「う、初春さん!?どうしてここに?」

 

「あぁ、起きたのか」

 

うるさい戦場に起きてしまったのだろう。初春と呼ばれた少女に御坂が駆け寄ると、ホッとした顔を見せた。

 

しかし垣根には関係ない。降ってくる結晶を交わしながら探すのはまた視界から消えた金髪のこと。

結晶が雨のように降る中で見つけた金髪は、垣根の予想通り主犯を優しく、手厚く介抱していた。

 

「初春さん、大丈夫?」

 

「はい、なんとか……御坂さんの方は……」

 

中学生の少女たちも無事なようで、合流すると少女らしい声色で心配し合う。

子供の高い声。人によってはうるさいと思うかもしれない。

だがその声に胎児は反応しない。敵意が薄れたのを感知したのか、水の中を漂うようにそれは反対の方向に向かって進みだした。

 

「あれ?追ってこない?闇雲に暴れてるだけなの?」

 

「さぁな」

 

何本もの腕を仕切りに伸ばし何かを求める化け物。

どことなく母の愛を求める子供にも見えるそれは、鼓膜を震わせるように超音波じみた奇声をあげて何処かへ向かう。

 

「まるで何かに苦しんでるみたい」

 

花飾りがぽつりと呟く。哀れみの目を遠くへ移動する化け物に向けて、彼女は場違いな言葉を口にした。

 

(苦しんでいる、か)

 

あの女なら助けてあげようとかいうのだろうか。

どこまでも善人でどこまでもお人好し。そんなつまらない人たちなんて、垣根にとってはあの胎児より薄気味悪い。

気持ち悪くて、大嫌いだった。

 

そんな彼女は高速道路の下、柱の影に隠れて木山を介抱する。なんとかして柱の影に寄りかかる学者と、ハンカチを渡してあげる少女。慈愛に満ちた瞳で見つめる少女がいた。

なんだか一種の宗教画みたいで、近寄りがたい。

 

「もはやネットワークは私の手を離れ、あの子たちを取り戻すことも、回復させることも叶わなくなったか、おしまいだな」

 

「木山さん……」

 

「諦めないで下さい!」

 

苦悩が見える木山を座らせ、天羽は心配そうに見つめる。そんな二人の間に花飾りが割って入るが、茶番のような光景に苛立ちばかりが増す。

正義だ愛だ後悔だ、そんなことは垣根に関係がない。

二人の間に強引に入り込むと、思ったより怒気が籠もった声が口から溢れた。

 

「で学者さんよ、あれはなんなんだ?」

 

「……おそらく集合体だろう、AIM拡散力場の結晶。そうだな、仮に幻想猛獣(AIMバースト)とでも呼んでおこうか」

 

本題を促すとやつれた顔の学者は重々しい声で話し始めた。

 

幻想御手(レベルアッパー)のネットワークによって束ねられた一万人のAIM拡散力場、それらが触媒となって生まれた潜在意識の怪物、言い換えればあれは一万人の子供たちの思念の塊だ」

 

学者の言葉がストンと腑に落ちる。ネットワークそのもの、といったところか。

その情報だけで何となく全貌が見える。

そしてこのままでは消耗戦にすら持ち込めないということも。

 

「生霊みたいなものかぁ」

 

「なんか可哀想……」

 

胎児、もとい幻想猛獣(AIMバースト)の泣き叫ぶ声が体を揺さぶる。

眉間に皺を寄せてなにやら難しそうな顔をして金髪がポツリと呟くと、花飾りも同じように呟いた。

 

(可哀想、か)

 

少女たちには悪いが、垣根は可哀想だなんて思えない。

一万の無能力者の塊。力を願った子供の悲痛な想いの塊。

 

自業自得、その言葉がピッタリだ。何も知らず、のうのうと生きていけるのになぜ力を求める。

どんなにデタラメな力があろうと、どんな善人だろうと、暗闇に落ちたら一瞬で黒に染まる。

人を殺す感覚も、人を騙す感覚も、人を貶める感覚も、知らずに済むというのに。

 

希望を信じ、夢を信じ、それでも自ら闇に浸かろうとする子供なんて、垣根には気持ち悪いだけ。

 

「どうすればあれを止めることが出来るの?」

 

「それを私に聞くのかい?今の私が何を言っても君たちは信用しない」

 

「私の手錠、木山先生が外したんですよね」

 

そして希望を信じる子供は簡単に人をも信じる。

まるでもう全てを諦めたかのように呟く木山に、初春は前に進みその腕を見せびらかす。

少しだけ赤く腫れた手首。手錠の痕だと察すると、木山はバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「ふん、ただの気まぐれさ。まさかそんなことで私を信用すると?」

 

「それに、子供たちを助けるのに木山先生が嘘をつくはずありません。信じます」

 

底抜けの優しさ。甘ったるい棒付きキャンディのような優しさは闇を知る者にとっては劇薬だ。

甘えたくなり、頼りたくなり、困らせたくなる。中毒になり永遠に抜け出せない。甘美な迷宮。

守られることに慣れてしまう。弱くなってしまう。

そうなってしまうくらいなら、優しさを拒む。

 

一度食べてしまったら取り返しのつかないことになることを垣根はよく知っているのだから。

 

「木山さん、人のためにたくさん悩んで、たくさん苦しんで、必死に求めた木山さんだから、アナタを信じるんですよ」

 

垣根にとってそれは紛れもなく目の前の金髪だった。

太陽と花を彷彿させる二色の髪。

少女らしい元気で、けれど落ち着いている声。

 

その声は人を突き動かす。

 

それは到底犯罪者なんかに向けられるようなものではなかった。まるで我が子に無償の愛を注ぐ母親。

慈愛に満ちた笑みでどんな人にも向けて、どんな人でもとろけるような優しさで包み込み、力もないのに全てを救おうとし、自分の信じる正義を成そうとするその女はまるで天使のようで気味が悪い。

そのくせ自分自身にはその優しさを欠けらも見せない、自己犠牲の塊。

 

垣根にとっては世界で一番嫌いな女。

 

「まったく」

 

顔を伏せる木山の表情は見えない。

しかし天羽彗糸を一番近くで見てきた俺は何となくわかってしまう。その心を。

 

幻想猛獣(AIMバースト)幻想御手(レベルアッパー)のネットワークが生み出した怪物だ。ネットワークを破壊すれば止められるかもしれない」

 

幻想御手(レベルアッパー)の治療プログラム!」

 

「試してみる価値はあるはずだ」

 

木山の言葉に全員が頷く。

浮遊する幻想猛獣(AIMバースト)警備員(アンチスキル)に何とか食い止められているが、それもそろそろ時間の問題。早めにあれを殺さないと学園都市が滅びかねない。

そんな状況をひっくり返す答えが出たのなら、それを試してみたいと思うのは当たり前。

 

ただでさえ垣根にはまだやることが残っている。

学園都市がこんなところで滅んでしまったら意味がない。

 

「あいつは俺と第三位で何とかしてやる、花飾りと天羽は警備員(アンチスキル)のとこ行ってろ」

 

「何であんたに指図されなきゃいけないのよ!だいたい本当に超能力者(レベル5)なわけ!?」

 

格下だが他の奴よりは使えるだろうと、共闘を持ちかける。しかしそれに異議を唱えたのは第三位だった。

 

「俺は第ニ位、テメェは格下、ついでに年下だ」

 

「に、二ぃ!?」

 

驚きで思考を停止している中学生を置いてバケモノの場所に歩みを進める。

なぜ同じ超能力者だというのに、垣根の存在を知らないのか。

それはただ覚えていないだけ、接点のなさすぎる人だから忘れていただけ。

それに加え、ホストのような外見は正直頭が良さそうに見えないというのもある。

が、垣根にとってはそんなことは些細な問題ですらなく。

 

問題はもう一人のアホの方。

第二位と知りながらもか弱いと勘違いする女の方だった。

 

「ちょ、ちょっと、垣根くんたちを危険な目には合わせられないっての!」

 

「危険?誰に言ってんだよ。危険な目にあうのはどちらかと言うとお前だろ」

 

垣根の近くが一番の安全地帯。それはこの女だってわかってるはずなのに、頑なに垣根たちを戦場に向かわせない。

馬鹿とも形容したくないほど、頭の弱い偽善ばかりの女。

それは愚かにも垣根を守りたいなどと宣うのだ。

 

本当に躾のなってない犬。調教のしがいがあるか弱い女。

彼女の言葉は全て耳障りで、腹立たしい。

 

「あたしは強いよ?死にもしないし、だからっ」

 

「ドーピングの反動でインフルエンザみたいな症状になるのにか?」

 

思い返すはあの時のこと。ただ少し喋っただけの知り合いがチンピラに絡まれていた時のこと。

無視すればいいのに。興味を持たなければいいのに。助けを呼べばいいのに。

彼女は自分の体を無理に使い、力を振るう。自らの体内で毒を分泌し、倒れそうになってでも。

 

あの姿が無性にムカついて八つ当たりをしてしまったあの日。彼は理解したのだ。

この女は頭がイかれているのだと。

 

『正』に位置する精神異常者。

 

それが彼の知る天羽彗糸という女だった。

 

「で、でも怪我して欲しくない!」

 

「はぁ、お前の目的は沢山の人を治療することだろ?それを忘れて俺に浮気してんじゃねぇよ」

 

「っぐ」

 

図星を当てられると少し顔を顰める。

分かりやすい女は、こういう時扱いやすい。

 

「とっとと行け」

 

「……ぅ、今回だけだかんね、丸め込まれるの。垣根くんも御坂ちゃんも、怪我したら承知しない」

 

如何にも納得してない顔だが丸め込めることに成功し、天羽は文句を言いながら背を向ける。

心配そうな顔。

そんな顔をされる経験なんて、垣根にはほとんどない。正確には幼い頃しか経験がない。だからこそ彼女に心配されると少しこそばゆく感じる。

 

本当に鬱陶しい女。

嫌いだった。

 

超能力者(レベル5)よ?大丈夫だから」

 

「怪我のひとつでもしてたら怒るかんね、初春ちゃん行ける?」

 

「はい!」

 

二人が階段の方へ向かっていくのを見届けると、小さな、蚊のような声がかすかに耳に届いた。

 

「ほんとに、根拠もなく人を信用する人間が多くて困る」

 

諦めと、ほんのわずかな希望。

まだ救いを信じる学者はそこで静かに顔を伏せるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背の高い長髪の警備員(アンチスキル)が肌色の触手によって高速道路に叩きつけられる。

防護服がなかったら肋骨くらい何本か折れそうなほどの衝撃。痛ましい声をあげて地面に倒れた彼女は、苦々しい顔で血を吐く。

 

「隊長!っひ」

 

部下と思しき丸メガネの女は、それを見てさらに恐怖を覚える。悲鳴をあげて、目の前の現実を拒もうとしても何も変わらない。

恐怖で涙を浮かべる女にまるでミミズのように蠢く触手が近づいて、先端の赤い目玉と目が合った。

 

「い、いや!来ないで!」

 

赤子のような二本の短い腕が生えているそれはゆっくりと女に滲み寄った。

ゆっくり、ゆっくりとまるで恐怖を煽るかのように近くそれを、女は銃で何発も撃ち抜く。しかし意味はない。

それはすぐに肉体をまた新たに構築する。無限の回復、無限の増幅。

死なないということ。膝が恐怖で震える女にそれは手を伸ばす。

 

「っきゃあ!」

 

死ぬ。

 

そう思ってぎゅっと目を瞑った。

しかし痛みはおろか、衝撃すらこない。

代わりに感じたのは空気。浮遊感。

 

間一髪といったところか、女は何らかの力によって道路の中央に引っ張られる。

銃を手放すほどの吸引力。

まるで磁石が引き合うようなそれに驚き目を開いた。

 

「なにぼやっとしてんのよ!死んでも知らないわよ!」

 

「はぁ、めんどくせぇ」

 

その女を助けたのは電撃使いの少女。

名高い女子中学校の制服を着込んだ、可憐な少女。そして傍には背の高い、顔の整った少年。

どうみても一般人な彼らに、メガネの女はさらに驚く。

 

「あ、あなたたち誰!?一般人がこんな所でなにしてるの!?」

 

「ったく、どいつもこいつも一般人、一般人って」

 

「あいつよりマシだろ。あいつに至っては助けるべき人になってるからな、俺ら」

 

「と、とにかく直ぐにここから逃げなさい!」

 

垣根の言葉にそれもそうねと返し、御坂はバケモノを見つめるが、メガネの女はそれを良しとせず垣根たちに突っかかってくる。

しかしそれが言い終わるのと同時に、またもや触手がこちらに向かう。

標的はメガネの女。

 

足手纏いには退場してもらおう。

メガネ女の襟を掴み上司と思しき女の元へ投げ飛ばすと、距離を取る。

誰か死なせるとあの女が泣き喚いて説教をかまして泣いてしまうのは想像に容易い。面倒が嫌いな垣根には、見殺しにするよりも助けたほうが後が楽だった。

 

「逃げるのはそっち!あいつはこっちが攻撃しなきゃ寄ってこないんだから!」

 

「それでも、撤退する訳にはいかないじゃん」

 

道路にクレーターを開ける触手をいなす御坂に、先ほどまで倒れていた警備員(アンチスキル)の一人が立ち上がる。

見つめるのは垣根でも、御坂でもなく、一つの建物。彼女が指をさすそこには研究所のような大きな施設が見えた。

 

「ん?」

 

「あれがなんだかわかるか?」

 

真っ白い塀で囲まれた真っ白い建物群。

苦虫を噛み潰したような顔で長髪の女が見つめるそこに、垣根は心当たりがあった。

 

「原子力実験炉だろ?」

 

「まじ?」

 

「大マジ」

 

原子力実験炉。そんなところが襲撃されては学園都市は否応なく吹き飛ばされてしまう。

そんなことは困ると、全員が顔を見合わせる。

 

そして顔を見合わせた視界の端、目立つ金髪が太陽を反射して目に入った。

 

その視線の先には先程別れた中学生と高校生の凸凹コンビ。階段を登り、彼女らは目的の場所へと走る。

天羽の背の高さと鮮やかさゆえ、遠くでも目立っていた。

 

「何やってるのあの子!」

 

「あれは天羽!?それに木山の人質になっていた……!くっ、この混乱で逃げ遅れてるじゃん」

 

どうやら天羽を知っている警備員(アンチスキル)は、驚きと困惑、そして不安を顔に浮かべて銃を握る手に力を込める。

推測が正しければ、あの女の学校の教師だろう。そして名前は多分、黄泉川愛穂。

天羽の周りのことなら把握している。彼女のことは何も知らないというのに。

 

「ちがう、天羽先輩と初春さんはもう人質でも逃げ遅れてる訳でもない。頼みがあるの」

 

不安がる警備員(アンチスキル)に御坂は強く訴える。

覚悟を持った光の瞳。

 

少し苦手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピードを出し化け物が大地を走る。

目的地に今まさに辿り着かんとするも、放たれた電撃がそれの腕を破壊し歩みを遮った。

腕を切断された胎児はその大きな体を動かし、切り落とした電撃使いと向かい合う。

 

「あんたの相手はこの私達よ!」

 

果たしてその言葉の羅列を理解したのかはわからない。しかし頭上に淡い光を発生させると、その圧縮されたエネルギー体を少年らに向かって放つ。

流石の圧力に思わず白い六枚の翼が垣根の意思と関わらず展開し、その攻撃を防ぐ。

とはいえあまり大したことはなく、垣根は涼しい顔をしてその生き物を見下ろしていた。

 

「っち、うぜぇな」

 

「羽……?」

 

驚く御坂を無視し、攻撃に備え翼を広げる。だが胎児はもう垣根に関心がないのか、生み出した高エネルギー体二発はあろうことか高速道路の非常用階段の方に向かった。

先ほどまで天羽たちが登っていた場所。あの女に近い場所。

その一撃は階段を木っ端微塵にし、煙がたつ。二発目も同様。

 

あろうことか、垣根を無視してあの女に向かって攻撃した。

幸い攻撃はそこまで届いていないが、その事実だけで垣根の怒りは増大する。

 

「この俺をシカトするとはいい度胸じゃねぇか、ムカついた」

 

再び胎児の頭上で光がボールのように集まっていく。三度目の攻撃。しかしそれは不発となった。

攻撃を生み出す腕が白い鋭利なもので切り裂かれる。

奇声をあげ肉体を再生するも、もう同じ手は通用しない。

 

腹立たしい怪物。

その怪物を見据え、垣根は嘲笑うように宣言する。

 

「アイツに手ェ出すってんなら容赦はしねぇ」

 

ばちっ

 

大きな火花をあげて電撃が、翼が飛び交う。人ならば即死は確実な攻撃。

しかし空を飛び腕を破壊し続けるも、永遠に回復され、一向に埒があかない。

 

(アイツと戦ったらこんな感じなのだろうか)

 

身近な不死身を思い出しながら宙を舞い、考える。

肉体に干渉する未元物質(ダークマター)を引っ張ってくるのも一つの手。

しかし相手は肉体ではない、AIM拡散力場そのものといえる存在。干渉した後、ネットワークを構築する無能力者に影響を与えるのは確実。

垣根にしか理解できない未知の物質、未知の世界。それの影響は未知数だ。

 

「ねぇ、聞いてもいい?」

 

「あ?こんな時になんだよ」

 

「共闘してるのに垣根さんのことあんま知らないなぁって」

 

考え事に集中していると、電撃を放ちながら御坂がくだらない質問を投げかける。

そこにあるのは恋する少女の少しの羨望と、縋り。

永遠に回復する敵にもう飽き飽きしている少女は、垣根に恋バナを振ってきたのだ。あわよくば自分の恋路へのアドバイスでも聞こうかと。

 

「はぁ、随分と余裕だな」

 

「それはそっちもでしょ」

 

「で?何が聞きたいんだ?スリーサイズなら教えねーぞ」

 

「聞きたくもないわ!いや、天羽先輩とはどんな仲なのかなって。随分と仲良さげなのに彼女じゃないって言うから」

 

無数の腕が伸びてくるが、近づいてくるそれを空気と共に切り裂き破壊する。

もはや一種の作業となってきて、飽きていたところ。

暇というものは怖く、御坂の質問を少し真面目に考え出してしまった。

 

(アレとの関係、か)

 

あの金髪頭との関係性なんて、垣根の脳内辞書には当てはまる定義がない。

自分でもわからないものを他人に説明するのは至難の技。

頭の中の辞書をめくってようやく辿り着いた答えも、正直当てはまっているとは思えなかった。

 

「アレは……なんというか、腐れ縁?」

 

数ある関係を表す言葉の一つで表すが、やはりしっくりこない。

友だちではない。恋人でも性的関係を持ってるわけでもない。大嫌いだが殺したいほど憎いわけではない。ましてやアレに父性を抱いてるわけでもない。

上辺だけの関係でも無ければ、踏み込んだ関係でもない。上司とか部下とかパトロンとか、仕事の関係でもない。でもだからと言ってただの知人ではない。

馴れ馴れしいやつだが、俺もそんな態度なのでやっぱり少し違う。息が合うわけでもない。一緒にいて落ち着く?信頼?まさか。

似た者同士、理解者、他人、味方、敵、どれも違う。

 

「へー、付き合い長いんだ」

 

「いや、初めてあったのは6月の下旬だ」

 

六月のあの日、ゲームセンターでアレと会ったあの日から始まった。

なんてことない平日。放課後の遊び。

間違いでぶつかった日のこと。

 

あの日確かに人殺しの少年は太陽を見つけてしまった。

 

明るくて、温かいだけの生き物。

生物学的にも弱くて、社会的立場も弱い、明るさと見た目しか取り柄のない少女。

生物学的にも強くて、社会的立場も強い、垣根とはまるで反対。そんな彼を天羽はただ心配した。

心配。

強者になってからは、久しく与えられなかった感情。

それがどうも心に残る。

 

「えっ、最近じゃない」

 

「アイツが個人的に気になってな、何回か連絡取ってたらこんな感じになってた」

 

その日からアレと連絡を取るようになった。お詫びを口実に会ったりもした。

そして上条と出会い、今までの日常が劇的に変化した。すべては天羽彗糸という女との出会いが垣根の世界を変えた。

些細なことだ。

天羽は毎日のようにちゃんとご飯食べてるかだとか今日は楽しかったかだのメッセージを送ってきて、上条は鬱陶しいほど毎晩勉強を教えて欲しいと電話をかけてくる。

彼女をきっかけに縁が繋がる。

彼女を起点に世界が垣根を引きづりこむ。

 

初めての経験だった。

 

そして人間という生き物は初めての経験というものを強く心に焼き付けてしまう。

気にしてしまう。

解析したくなってしまう。

 

「気になった?」

 

「変なやつだからな」

 

「それは否定しないわ」

 

自分で言っておきながら「変なやつ」という言葉につい鼻で笑う。

 

気になったから、というのは彼女個人だけではなく、その力も含めてのこと。

変なやつ、つまり彼女自身も、彼女を取り巻くものも変。だから気になる。

 

超能力者(レベル5)は客観的に、精神医学的に全員頭がイカれてる。それが通説。

 

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の強固さと精神は比例しているのだ、認めたくはないが理論としては理解している。

超能力者(レベル5)だけじゃない、高位能力者は大体そうだ。

天羽も同じ。

 

しかし彼女の頭のイカレ具合は垣根たちとは正反対、違う性質を持つ。

 

彼らはいつだって自分が一番だ。善人ぶる第三位もそう。

特別な自分が好き。

自分が一般人扱いされるのも、無視されるのも嫌がるのはおそらくそこからだろう。

他人なんて二の次、それが高位能力者の共通点。

 

でも天羽彗糸は違う。

 

全てを平等に愛する彼女の一番はいつだって自分以外。

自己犠牲の塊で、自らを愛さない。自分に興味が無い。

自分が死のうが何されようがなんとも思わないイかれた女。

 

人間誰しも死に恐怖する。それは超能力者(レベル5)も同じこと。

だから第一位は害なす全てを反射するし、第四位は生存本能から最大出力を出せない。

それなのに彼女は死なんて興味も無い。自分の死よりも他者の死に恐怖する。

 

 

インデックスという少女を必死に治癒していた彼女の横顔が頭を横切る。

炎の中自分を顧みず突き進む彼女を垣根が止めていなかったら、何をしていただろうか。

上条と会う前に、お詫びにと渡したストラップ。疑ってなお、細工に気がついてなお、彼女はそれをスマホから外していなかった。

もし理由を聞いたらきっと彼女は何食わぬ顔で「たとえ爆弾でも外したら垣根くんが嫌がるでしょ?」なんて、意味不明な言葉をほざくに違いない。

 

自分を正義の使者だと信じて疑わない、全人類のお姉ちゃんを自称する生死観のぶっ壊れた善人。

それだけじゃない。

その自信につながる彼女の能力もおかしかった。

 

自分も含めた人の治癒というだけなら珍しい能力の範疇だ。ギザギザの十円玉よりは珍しい。

しかし、範囲が少しおかしかった。

 

勝手に調べた書庫(バンク)には「体内の電気信号を操り自他の傷を回復する」とあった。括り的には御坂と同じ電気系統の能力者。

しかし、実際に見た彼女の力それ以上。

 

脳の電気信号を操って、身体能力のリミッターを解除する能力者がいるのは知っている。彼女もそれと似たようなことをしている。

それだけでは終わらない。

電気だけでは説明がつかない。

 

体内のホルモンを変えた。脳内物質を調整した。

彼女は確かにそう言った。

それは電気だけではない。脳の水分の調整、感情の調整、分野が違う。

 

そこで思いつくのは人体そのものへの干渉。脳そのもの、第五位の精神操作や、第三位の電気操作とは違う。人体全てを干渉するもの。

おかしい。そんな学園都市の研究者がいかにも欲しそうな力。

能力の解析に役立ちそうな力。

超能力者(レベル5)だと言われても不思議ではないはずの力。

 

そんな力をひた隠しにするのがさらに疑惑を増す。

嘘の情報に、嘘の言葉。

何もかもが怪しい。

 

気味が悪い。

得体の知れない未知の生物。それを既知に変えるため、彼は不思議な少女と一緒にいた。

 

それに手網は握っておいて損は無い。

何より第二位を心配するお人好し生命体なんて垣根を狙う色々なところから()()()()が飛んでくる。手元に置いておいて管理するのが一番楽であり、飼い主の役目だろう。

 

「ん?なんだこの曲」

 

大空の下、羽で攻防戦を繰り広げていると聞いたことのない音楽が耳に入る。

不協和音にも聞こえるその音は不快なものでもなく、だからと言って安心するようなものでもなく、不思議な音色。

 

その音を引き金に何かが変わる。つまらない考え事をしながら化け物の腕を一本切断すると、その断面は静かに動きを止めた。

いくら待ってもその断面は一向に再生されない。

 

「再生されない?」

 

「……あぁ、これが治療プログラムか。音楽には音楽ってわけね」

 

無限の回復が無くなった。この曲が治療プログラムそのものかと腑に落ちると、動きが遅くなっていくその化け物に視線を向ける。

最初に動いたのは御坂だった。

 

「わるいわね、これでゲームオーバーよ!」

 

青白い電気が少女の周りにバチバチと音を立てて現れる。体の一部のようにしなやかに動くその電流は分散し、網のように怪物の表面に流れた。

電気ショック。化け物といえど、生き物である限りその電流には勝てない。

 

「はぁ、間一髪ってやつ?」

 

「いや、まだ━━━━」

 

「気を抜くな!まだ終わっていない!」

 

大きな塊はその体を黒く変色させその場に崩れ落ちる。しかし垣根にはなんとなく、この曲だけでは意味がないとわかっていた。

同じように気がついた木山が声を張り上げると、緊張感がさらに増す。

生みの親の冷たい声。その声に確信がつく。

 

ネットワークを構築する人間を元に戻した程度でこの怪物が死滅するとは垣根には到底思えなかった。

なぜならこれは一万人の思念体。AIM拡散力場によって肉体を獲得した存在。

ネットワークが破壊されてもこの肉体を現世に縫い付ける何かがあるはず。

 

「ちょ、なんでこんな所に!」

 

木山に気を取られた第三位が叫ぶと、目の前の塊がその触手を振るった。

弱々しくも力強いその腕が抵抗の意思を見せる。

 

「ネットワークの破壊には成功しても、あれはAIM拡散力場が産んだ一万人の思念の塊だ!」

 

「ま、ネットワークから離脱した力の残骸みたいなもんだからな。俺の未元物質(ダークマター)と同じだ、常識は通用しない」

 

「話が違うじゃない!だったらどうしろって」

 

「核が、力場を固定させている核のようなものが、どこかにあるはずだ、それを破壊すれば」

 

AIM拡散力場の粒子の結晶体みたいなもの。ならネットワークの作り上げた核が存在する。

木山の声にそれを肉眼で探してみるが、半透明とはいえ流石にそんなものを遠くから見つけるのは難しい。

 

そう目を凝らしていると、誰かの啜り泣く声がふと耳に入る。

正確には、脳に。

 

「佐天さん?」

 

それは知り合いの声。御坂の知り合い、今もまだ眠る彼女の友人。

聞くに値しない嫉妬、羨望、罪悪感。

ドロドロとした醜い感情を漏らすその声は怪物から聞こえた。

 

「精神干渉か、ゲスいことしやがる。」

 

力を求める誰か知らない人の声。

日常を変えたい、虐げられている日々から救われたい、日常に刺激が欲しい。

くだらない言葉ばかり宣うその声の数々が、垣根の感情を揺さ振ることはなかった。

 

その程度の悲劇で求めるだなんて反吐が出る。闇を知らないくせに、まるで自分が闇にいるかのような口ぶりだ。

垣根にはただ無性に腹が立つだけ。

 

「下がって、巻き込まれるわよ」

 

「構うものか、私にはあれを生み出した責任が」

 

「アンタがよくても、あんたの教え子はどうすんの」

 

だが御坂の心にはその言葉の数々が突き刺さる。

安っぽい正義感に火をつける。

 

「回復した時、あの子たちが見たいのはアンタの顔じゃないの?こんなやり方しないなら、あたしも協力する。そう簡単に諦めないで」

 

彼女もまた、希望やら努力やら信じてるガキだった。それが少し残念で、けれど想像通りで。

それを知ってしまったら、もう興味はなかった。

 

「あとね、あいつに巻き込まれるんじゃない。あたしが巻き込んじゃうって言ってんのよ!」

 

一直線に放たれた電撃。電撃は直撃せず、強引にねじ込んだ電気抵抗の熱で体の表面が消し飛んでいく。

誘電力場と思しきものに遮られても、どんなに攻撃が通じなくても、彼女は垣根と同じ超能力者(レベル5)

その程度じゃ終わらない。

 

「ごめんね」

 

痛みにもがき苦しむ触手が一本の束になり、腕のように振るわれる。

しかし電撃使いの少女に操られた大量の砂鉄によって切り裂かれてしまう。

 

「気づいてあげられなくて」

 

透明な結晶体がいくつも少女に降り注ぐ。

 

「頑張りたかったんだよね」

 

それすらも黒い砂によって砕かれて。

勝負は決まった。

 

「でもさ、だったらもう一度頑張ってみよう」

 

音を立てて一枚のコインが舞う。

 

「こんな所でクヨクヨしてないで、自分に自分で嘘つかないで、もう一度」

 

超電磁砲が一直線に放たれた

核と思しきものを空高くに飛ばされると、まるで砂糖菓子のように粉々に撃ち抜かれた。

 

素養格付(パラメータリスト)のことを考慮すれば、こいつが言ってることは偽善で、ただの嫌味にしか聞こえないだろう。

でも知らない奴には救いになる。

無知が罪なのか、知ることが罪なのか、それはシスターにでも聞いたほうが早い。

 

「これが、超能力者(レベル5)

 

バケモノの姿は塵と化し、その場には何も残らなかった。

 

だが垣根は一人笑う。

この幻想御手(レベルアッパー)騒動で得た知識はかなり有益なものだった。

脳でネットワークを構築する技術、かなり使える。

後はそれをどう使うか。

 

キャラクターが本物になったこの世界。

経験が変わる。

感情が変わる。

行動が変わる。

知識が変わる。

 

確かにこの日、垣根は知り得ないことを知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警備員(アンチスキル)のマークが描かれた護送車の前、今回の騒動の犯人が手錠をその腕にかけられて立っていた。

 

「あのっ!」

 

花飾りの少女と共にその女を見届けていた第三位はおずおずとした表情で、護送車に乗ろうとした木山に話しかける。

二人は不安げな顔をして木山を見ており、その光景は闇ばかり見ていた垣根にとっては見たくもない現場だった。

 

なぜ犯罪者にそんな目を向ける。

丸く収まった?結果オーライ?人を殺してない?

偽善。偽善だ。どんなに足掻いても結局この女が犯罪を犯したことに変わりはないのに。

 

この女が許されてしまえば、垣根が抱える怒りも苛立ちも、全て陳腐なものに変えられてしまいそうで。

理性が恐怖していた。

 

「その、どうするの?子供たちのこと」

 

「……もちろん諦めるつもりは無い」

 

そんな垣根とは反対に、野心家な大脳生理学者は当たり前のように呟く。

 

「もう一度やり直すさ、刑務所だろうと世界の果てだろうと」

 

私の頭脳はここにあるのだから、と宣言するその顔には確固たる意志が宿っているかに見えた。

 

「ただし、今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければその時はまた邪魔しにきたまえ」

 

「ふふ、木山さんはいい人だね」

 

そんな会話が飛び交う中、垣根の隣で静かにしていた女がその学者に歩み寄る。

慈愛に満ちたその女の表情には優しい微笑みが浮かんでいた。

 

その顔が嫌いだった。

 

「木山さん、あたしはあなたの正義に、信念に基づいて考えた結果起こしたこの行動に怒りもなにも持ってないよ。あなたが他人のために理不尽に争ったことは素晴らしいことだと思う」

 

まっすぐ前を見つめて、悪人に近づく彼女は垣根の頭脳を持ってしてでも理解できない文字の羅列のその口から紡いだ。

 

「偉そうなこと言うけど、あたしはあなたの正義のもと、あなたの罪を赦したい。ううん、人を愛するあなたをあたしは赦すよ。だからね、もしあなたがその正義を貫きたいと思ったのならあたしの元においで。待ってるから」

 

「は!?先輩!?」

 

「……面白い子だ、覚えておくよ天羽彗糸」

 

ふっと笑うとその悪人は車に乗り込む。

一万人を昏睡状態に陥れた悪人はあろうことか一人の女に赦しを得られた。

 

それが何よりも腹立たしい。

 

「やれやれ、懲りない先生だわ」

 

「お前はホント何言ってんだよ」

 

「でも、伝えたかったからさ」

 

そんなしんみりとした空気の中、間抜けな電子音が鳴る。

どうやら音の出所は天羽なようでガチャガチャとたくさんのストラップをつけたスマホをスカートから取り出すと断りを入れて電話に出た。

そのストラップには垣根が先日渡したもの。

 

緑のリボンと、彼女が集めているキャラクターのぬいぐるみ。そしてやけに大きいポンポン。

 

あの日渡したストラップは買ったものに少し細工を施したもので、特殊なものだった。

簡単にいえば、スマートフォンのハッキング経路に使った発信機や盗聴もできる優れもの。AI経由で文章化、ログまで残してくれる便利アイテム。

スマホの電波をキャッチし、逆算する。そして逆算したデータは未元物質(ダークマター)を介して垣根の携帯に届く。

 

端的に、プライベートを全て覗き見れる道具。

()()()()()()()()()まで、全て。

 

幻想御手(レベルアッパー)使用者がみんな起きたってさ」

 

静かな場に響く明るい声。さっきまでテロに巻き込まれていたとは思えない元気な声で、彼女は楽しそうに笑う。

そして通話を終わらせ、彼女は事件の幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇が支配する時間、帰路に着く垣根たちは賑やかな光が灯された繁華街を歩いていた。

テロの後とは想像できない、普通の高校生がするようなもの。

適当な話で盛り上がって、適当な相槌で話がはずむ。

なんだかんだ喋りの相性はいいようで、永遠と楽しそうに話す天羽とそれに多少ツッコミを入れながら相槌をうつ垣根の二人は他人から見たら随分仲が良く見える。

 

「なんでお前は木山春生を赦そうだなんて言ったんだ?」

 

明るい空気の中、垣根はふと先ほどのことが思い浮かぶ。

夜の公園、彼ら以外誰もいないそこで足をとめ、彼女の言葉を待つ。

 

ずっと引っかかっていた。

 

この女はあんな犯罪者を許した。

赦しを与えた。

それは垣根には到底理解できない行為だった。

 

理解に及ばない。

 

そう暗に伝えると、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。垣根の手を握り前に立つと、まっすぐ見つめる赤と緑の荘厳な瞳と目が合った。

垣根とは真逆の、色鮮やかな瞳。人間とは思えない色素異常の瞳。

目が離せなかった。

 

「……あたしはね、思うんだ。真なる罪は無知であることだと」

 

「で?」

 

「神の理不尽を知り、それに抗い、誰かを救おうと、誰かを笑顔にしようと全てを投げ捨てる。それがあたしの考える正義。愛する全ての隣人がそれを願うなら、あたしはそれを導きたい」

 

彼女の言葉は神への冒涜。蔑む人間への歪な愛情。

究極なまでの隣人愛。

平等に好きということは、全てに等しく興味がないということ。

 

愛を語りながら人を嫌う。人を信じない。人を見ようとしない。

身勝手な女。

 

「あたしは例え殺人鬼であろうと、反逆者であろうと、その人がその正義に則って行なっているのなら、あたしはその罪を赦すよ。それがあたしの役目だから」

 

まるで母のように、姉のように、天使のように、神のようにソレは笑顔で言った。

 

「だから垣根くん、あなたがあなたの正義を成すとき、あたしは味方だって覚えておいてね」

 

誰よりも我儘で、欲張りで、身勝手な女に振り回される。

振り回されてしまう。

 

 

 

 

 

 

あぁ、やっぱり。テメェなんて大嫌いだ。

 

 

 

 

 

それでもなお、彼女の手を振り解けなかった。




ここまで嫌われる少女が今までいただろうか?
嫌い嫌いも好きの内ということで……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。