とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。


109話:覚悟

開いた窓から吹く風がカーテンを揺らす。茶色い髪を撫でる優しい風は、少し騒がしい病室に新鮮な空気を入れた。

 

「垣根さん、元気ないっスね」

 

「せっかくケーキ買ってきましたのに」

 

「ずっとこんな感じなの」

 

病衣を着込み、見舞客に目もくれずベッドの中で本を読む垣根の姿に彼らは困ったように顔を見合わせる。

いつもの輪っかをつけていない誉望万化に、落ち込んだ表情を向ける弓箭猟虎と杠林檎、そして彼女の上に乗った白いカブトムシ。何も見えない、何も聞こえない、そう言わんばかりに垣根は露骨に体を逸らす。

 

虫の居所が悪いというのに、呑気に心配──誉望の場合は怒りが爆発することに怯えているだけだが──されて押しかけられて、うるさく読書の邪魔をされるのが腹立たしい。

 

「そっとしておいてあげなさい、天羽さんが行方不明で傷心中なのよ」

 

「えっ、ついに逃げられたんスか?確かに、垣根さんってDVモラハラ気質ありそうですもんね」

 

「あっ、誉望さん、それ禁句……」

 

「え“」

 

心理定規が肩をすくめると、誉望は自分の発言がいかに悪手だったか顔を青くして理解してしまう。

殺される、誰もがそう思った。

 

しかし予想と反して荒んだ声で凄まれることも、大きな打撃を受けることもなかった。

 

「怒らない……?あの垣根さんが……?」

 

「本当に元気ないわね。変な病気なんじゃないの?」

 

「垣根さんが落ち込んでるとこ、なんか新鮮ですね」

 

あの少女の部屋で散乱していた本の束から無断で拝借してきてもらった複数の本の紙の匂いが垣根の鼻をくすぐる。

彼女の話によくでてきた『神曲』とウェルギリウスの詩集、教育学、医学の専門書、アイザック・アシモフやらラヴクラフトを筆頭とした英語やドイツ語の小説、政治哲学で有名な『リヴァイアサン』。

手に持った旧約聖書もその一つ。

異様に多い知識はここからかと、偏ったジャンルにため息が出る。

 

年季の入った本の手触り。その感触に持ち主の面影が脳裏に浮ぶのも無理はなかった。

 

「……天羽、早く帰ってこないかな」

 

「私たちが探してあげられないんですか?」

 

「あの人機密情報多いし、俺らの権限じゃ無理かと……」

 

どう考えても、空っぽになった垣根の状況は、いなくなってしまったあの眩しい少女が関わっている。そう思っても、部下と保護下の幼女には出来ることはなく。

黙ったままの垣根を見つめ、突破口を必死に考えることしか出来なかった。

 

「貴方、この監視カメラ(カブトムシ)沢山いるって話してたじゃない。自分で探せないの?」

 

「……無理だ」

 

ようやく、呆れたような心理定規の言葉に垣根は固く結んでいた口を開く。

読んでいた本を閉じ、ため息混じりにこめかみに手を当てる彼はどこか寂しげだった。

 

「その……お恥ずかしながらマスターに内緒でデータのバックアップをしていたサブの個体を彼女に奪われまして……」

 

「アカウントのバックアップから喋ることも人の姿になることも出来る個体だ。しかも、自分に忠順な05のデータ、監視の目もどうにかできる」

 

垣根曰く、探し人である天羽彗糸は味方を作り出して彼の監視網を内部から崩してるとのこと。

 

つまるところ、彼に天羽彗糸を捕まえるのは不可能であった。

それに、『外』にいる彼女を見つけるのは困難である。

 

二度と会えない。そんな馬鹿げた妄想が垣根の脳裏に蔓延る。

あの金髪の眩しさを、血肉の柔らかさを、もう感じることは出来ないと、そんなありえない想像。考えたって仕方がないというのに。

 

「他にも色々理由はありますが……『本人』がいないので強硬手段に出れないと申しますか……」

 

「『本人』?」

 

「いえ、何も」

 

彼女は消えてしまった。全て、消えてしまった。

残るのは生活の痕跡だけ。

彼女の肉体も、能力の権限も、すべて奪われ消えた。

 

肉体さえ残っていれば接続を切ればいい。

能力の権限さえ残っていれば全員洗脳して無理矢理にでもイギリスに向かえばいい。

けれど、学園都市(ここ)には何もない。何も残されていない。

 

だから垣根は静かに病院に隔離されていた。

第二位という(タイトル)が邪魔をし、スクールという立場が妨害する。

 

無力だった。

 

改めて気づかされる事実に垣根の口からはため息しか出ない。

 

「それで、皆様はどのようなご用件で?ただのお見舞いに来るような方々とは思えないのですが」

 

「あぁ、そうだった。お仕事の話をするついでだったのよ」

 

「仕事?」

 

落ち込む中、ノートパソコンがひとつベッドサイドの机に置かれた。

何の変哲もないノーブランドの黒いノートパソコン。それが何を意味しているのか、垣根帝督はよく分かっていた。

 

「こんな状況で仕事って……つかスクールは()()()()()()で謹慎くらっただろ」

 

「まぁ、()()()は何故か伝達不足の認識齟齬による不運な事故って処理されてますしね」

 

十月九日以来、彼らは暗部組織として活動を停止させられていた。それも責任を問われずに。

それは喜ばしいことではあるが、喜ばしいからこそ不穏であった。

怒らせたはずなのに静かに笑っている人のように、得体の知れない怖さを感じる。当たり前の叱責を受けないこと、それが異常にも恐ろしかった。

 

「でも休みも働くって垣根さん可哀想ですね……よっぽどの用件なんでしょうか」

 

「さぁね。ものは届けたし、私たちは帰りましょ?」

 

パソコンを受け取ったことを確認すると、生意気な部下達は見舞いの品をおいてさっさと病室から出ていく。

面倒事に巻き込まれたくないのは誰しもが考えることだが、こうもあからさまにされると少し腹が立つのが人間というもの。

 

一気に静かになった病室。

あの子が居れば静かにならないというのに、なんて、見当違いのむしゃくしゃする腹立たしさをどこかへ消えた妹にぶつける他なかった。

 

「林檎も、家戻ってろ」

 

「また後でね」

 

「ご心配なく、マスター」

 

上目遣いで心配そうに見つめる林檎を05と共に退出してもらうと、大きくため息を吐いて、意を決してパソコンを開いた。

フルスクリーンにされた通話画面。soundONLYの文字列に強烈な嫌悪感が垣根の中で湧き出ていた。

 

「携帯没収されたし、連絡手段がないとはいえ、部下にこの姿を見せるのはどうかと思うんだよな、クソ野郎」

 

『そう悪態吐くなよ、お前にとって悪い話じゃないだろうしな』

 

手に持ったパソコンがプレッシャーを生む。善人に絆されすぎた今の垣根にはその重みは耐えきれない。

 

「つか仕事は俺じゃなくていいだろ。第一位にでもやってもらえ」

 

『ほう、君が言うならそうするが。でもいいのかい?君の妹を第一位に預けて』

 

話したくもない相手、口も利きたくないというのに、軽い口調の通話相手は垣根の感情を気にすることも無く話を始めた。

それも、彼の関心を釣り上げるかのようにわざとらしく彼女の存在を匂わせて。

 

「んだと?」

 

『彼女が今イギリスにいるのは知ってるね?』

 

「あぁ、それが?」

 

()()()()を得ない発言に、机の上に置かれたパソコンに目を向ける。

思わせぶりな口調。駆け引きがしたいのか、回りくどく本題に移らない報告者に、苛立ちが増す。

かと言って喜ぶように話に食いついてもいけない。

 

『そのことで上が少しピリピリしていてね。君に白羽の矢が立ったわけさ』

 

「俺にその駄犬を躾直して引き戻して来いってか?」

 

『いいや、違うよ第二位。女を知って丸くなってしまったかい?自分の仕事すら忘れたとは』

 

「あ?」

 

読んでいた本がカーテンから流れる風に揺られ閉じる。

緊張感がひりひりと垣根の体を焼く。

 

『死を持って償わせろ、()()の罪を』

 

舌が冷える。喉が干上がる。

パソコン越しの無機質な人の声が静かな病室に響く。

 

「ッな……」

 

『彼女は学園都市の敵だ。それを叩くのがスクールの役目、分かっているな?』

 

淡々と、言葉が突き刺さる。

逃げ場のない命令に口が動かない。

 

『早く迎えに行ってやれ』

 

通話が途切れる間際に聞こえた小さな呟きを聞き逃さなかった。

ブラックアウトした画面に写った彼の端正な顔に薄っすらと笑みが浮かぶ。

 

見つかった抜け道に、乾いた笑いを浮かべながら強く聖書を抱きしめる。音のない病室で彼は瞼を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪華絢爛な屋敷(マンション)の前に少年は立つ。垣根帝督そっくりな少年はある程度の見回りを終え、主人の待つこの大きな屋敷に帰ってきたところ。

しかしこの屋敷は主人のものではなかった。

 

大きな玄関を通り、長い廊下を進む。落ち着いたインテリアで統一されたクラシックな空間。

奥の大広間から香る紅茶のような甘い匂い。フルーツと木々が香る煙が纏わりつく。

 

「……まーた人が増えてねぇか?」

 

香りの強い一室の扉を勢いよく開くと、何十人もの人間が一人の少女に群がる光景が真っ先に彼の視界に入る。

 

「根回しは必要でしょ?」

 

「そうかも知れねーけど、だからと言って多すぎ」

 

星が輝く瞳を持つ女や男に囲まれ、煙を吐き出す美しい少女。彼の赤い瞳と黒い眼球と目が合うと彼女は眩しい緑の目を細めて笑う。

個体ナンバー50の飼い主。白いパイプに口づけを落として甘い吐息を吐く姿は十歳前後の子供とは思えないほど狂気的だった。

 

「仕方ないよ。議会の人間ってのは一人洗脳した程度じゃダメだし。民間の企業も、マスコミも、それぞれ最低一ダースの手駒は必要なんだにゃー。時代はチームワークだぞ?」

 

「国の乗っ取りなんて洗脳解かれたら終わりじゃねーの?」

 

「魔法が解ける前に法的に全て奪えばいいだけだよ。どんな手を使ってもね」

 

煙たい部屋で肩をすくめると、主人の近くの床に散らばった紙を拾い集める。手に取ったそれらには名義変更やら相続権、株、その他諸々一般の女子高生が扱うとは思えない内容が並んでいた。

署名された『天羽彗糸』の名前にため息しか出ず。

真剣な瞳で大真面目に世界征服を企む小さな子供が面白くて、とても面白くて、酷く呆れてしまう。

 

「どんな手でも、ねぇ?そのロリ体型でこの場の男たちに尻でも振ったのか?」

 

「冗談言ってないで、書類まとめといてくんない?こっちは足動かないんですけど」

 

「何怒ってんの?生理?だから売春してない証拠ってか?」

 

「この年齢じゃまだ来てないっての、たぶん……だからしねーって言ってんだろ」

 

「じゃあ()()()使ったのわけ?自分の体とはいえすげーな」

 

二人の視線は窓のそばに置かれた大きなスーツケースに移る。

マスター、彗糸の本体。

一切腐臭のしないカバンの中身は、その外見からは想像も出来ない犯罪臭漂うものだった。

 

「いい加減にして。あれは()()ためにもってきただけなんだから、傷つけるわけないでしょ」

 

「治すって、オリジナルの許可がなきゃ治癒能力使えねぇんじゃねーの?」

 

「それをなんとかするためにイギリス(ここ)に来てんだよ!!」

 

感情を抑えるような引き攣った声で叫ぶ。その声に反応するのは自我のある50番のみ。瞳に星を輝かせる手駒たちは、何を考えているか分からない顔で盲目的に主を見つめ、静かに命令を待っていた。

 

「……ごめん、うるさかったね」

 

はっと失態に気がつくと手の中に収まったリモコンで人を操作し退出させ、疲れた顔で再び彼女はパイプから煙を吸って吐き出す。

一体いつから片付けていないのか、灰皿に溜まったタバコの葉と、ロミオとジュリエットの名を冠した葉巻が乱雑に机の上を汚していた。

 

「はぁ……最近怒りっぽいけど、そんなにオリジナルに会えなくてさみしーのかよ。俺じゃダメなわけ?」

 

「そういうわけじゃない。そういうわけじゃないって、わっかんないかなぁ……?」

 

ぐしゃぐしゃになった白い髪が垂れ下がり、苦々しい顔で産みの親(マスター)は頭を抱えて俯く。

弱々しい言葉が反響する広い部屋はとても寂しかった。

 

「ぜんぶ、ぜんぶ彼のためなのに、彼に頼るなんて馬鹿な話じゃんか……」

 

彼女の不可解で、性格らしからぬ行動はたった一つの言葉から肥大したおぞましい愛から来るもの。

人を、神を、愛を、何もかもを蹴落としてでも彼の願いを叶える。

『アレイスターと交渉する』そしてその先にあるはずの願いを、必ず。

 

もうあんな酷く哀れな表情など見たくない。悲しみなど感じて欲しくない。

 

だから彼から離れた。彼に傷をつけないために。

だから一人で成し遂げる。責任を自分だけが負うために。

自分が背負えば全て上手くいく。彼女はそう信じていた。

 

「自分のためとは言わないんだな」

 

しかし、ナンバー50にその言葉は響かない。

彼らは(マスター)と指定された保護対象のために作られ、守ること、願いを叶えることが生きる理由である。

主が不幸になるのは許されない。05のデータを持つ彼は尚更、その思想が強い。

 

「黙っててよっ……」

 

小さく呟いて、音を掻き消すためにサイドテーブルに載ったラジオを付ける。

ちょうど午後のニュースが始まる時間。

お天気の前に今日の出来事を力強い口調で伝えるニュースキャスターの声が静かだった部屋を少しだけ賑やかに変えた。

 

「……50(フィフティー)、お客さんにお茶を」

 

「客?」

 

「時間が来たの」

 

ユーロトンネル爆破事故について喋る女性の声をつまらなさそうに聞きながら、誰もいないドアを見つめて50番に視線を投げかける。

どんよりとした緑色の目は輝きを失い、ふと暗い顔で目を閉じて煙を吐き出し、車椅子に深く背中を預けた。

 

「忠告は無視したのね、ミスター」

 

ドアが開く。彼女の問いに答えるように、筋骨隆々とした背の高い男が豪華な部屋に足を踏み入れた。

 

「あたし、なんでも分かるんだから」

 

生気を失った目に星が輝く。

その眩しい光に逆らうことができるものはこの世に居ない。




パイプ×ょぅじょ。英国紳士向けですね
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