とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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114話:トラップ

二つに分けた黒髪が軽やかに弾む。

ビルからビルへ、うさぎのように飛び回るレッサーを追いながら、上条当麻は耳元の携帯電話に耳を傾けた。

 

大船の鞄(スキーズブラズニル)?」

 

『えぇ、解析班から詳細が来たの。今彼女たちが使っている鞄のことよ』

 

電話から聞こえるオリアナの言葉を口にしながら、冷たい空気の中を走る。

逃げる少女を見失わないように上を向いて、小刻みに息を吐きながら強く地面を蹴り飛ばす。

 

『礼装の効果としては鞄Aの中身を鞄B、鞄C、鞄Dに、同系の礼装に移動できるってもの。科学的に言えば……瞬間移動(テレポート)?だったかしら。それに似てるわね』

 

「重要なものをラクロスみたいにパス回ししてるってことでいいか?」

 

『その認識で構わないわ』

 

「わかっ、うぉッッ!!」

 

『ちょっと、大丈夫?』

 

目の前に降りたレッサーの投げ飛ばしたゴミ箱に押し潰され、携帯に気を取られていた上条の足がもつれて硬い地面に背中を打ち付ける。

痛みに呻くと、してやったりと笑うレッサーの後ろ姿がよく見えた。

 

そのまま軽い足取りで彼女は走り去る。

明らかに上条をナメている彼女とじんわりと広がる痛み、口論してしまった大事な友人を思い出してついつい苛立ってしまう。

 

『彼女たちの名は新たなる光。四人構成の魔術結社予備軍よ。二人撃破してるらしいから、残りの二人に本命が入ってるはず。急いで』

 

地面に落ちた携帯を拾い上げ、目の前の人影を追う。

アパートメントの側面に取り付けられた階段へたどり着くと、上へ飛ぶ彼女の影が視界を暗くする。眩しい街明かりに目が眩む。

 

「ぬおぉぉ!!!おおぉ!?」

 

レッサーを追いかけて二段飛ばしで階段を駆け登る。

しかし、あと少し、手を伸ばせば届く距離でなにか不穏な音がした。

 

ばきん、と大きな音が響く。

 

金具が外れ、崩れる。アパートに支えられていた重い階段が、音を立てて崩れていく。あと数段、一階、手の届く距離で文字通り梯子を下された。

階段の踊り場に立つ上条も例外なく、共に落ちていく。

 

「うっそだろぉお!!?」

 

しかし彼は主人公。身体能力は恐ろしく高い。重力をもろともせず、落ちてくる階段を跳んで、蹴って、何とか開いた入口へと飛び移った。

 

あまりの身体能力の高さにレッサーは目を見開く。崩れていく階段に飛び移り、非常口にギリギリ間に合うなんて信じられない。

 

硬直したレッサーに手が伸びる。捕まえようとする男の手。

その右手が槍に触れ、ガラスが割れるような激しい音が耳を貫く。あまりにも突然すぎる光景にレッサーは槍を投げ捨てて近くの部屋に駆け込むと、ふっと息を吐いて足を止めた。

 

行き止まり。逃げ場は無くなった。

 

「テメェの狙いは分かってる。他の連中ももう掴まってるぞ」

 

「でも、最後の一人だけはどこにいるか分からない。でしょ?」

 

アパートの一室に追い詰められた彼女を追って、上条は暗いオフィスへと足を踏み入れる。

 

ちょうどオリアナも合流し、ようやく追い詰めた不審人物に上条は問いかけた。

諦めろと、そう言った。

しかし、少女の瞳に光る眩い星はその言葉をものともしない。

 

「私たち三人は中継役。誰を経由しても作戦は成功ということになるのですから」

 

「中継役?」

 

「なんで量産されてるのに気がついた時点で気づかないんですかねぇ?!五個目の大船の鞄(スキーズブラズニル)の可能性を!」

 

高らかに叫び、大きな鞄を掲げると青白い光が大きな窓から差し込む。眩しい光線は鞄を照らし、屈折するかのように鞄を通りまたどこかへ光を飛ばす。

 

パソコンのコードのように何かと鞄を結ぶ光の線。

どこかへ飛んだ魔術的な光に、ようやく分かる。彼女の目的地がここであり、もう後の祭りだと。

 

「お前、一体誰に中身を飛ばしたんだ!一体誰が五個目の鞄を持ってるんだ!」

 

「目的は達成したけど、試合に負けたのは事実。受け入れましょう?口封じするなら今がベストです」

 

鞄を捨てて息を吐く。窓の外に見えた別の光に目を細め、彼女は諦めたように眉を下げて笑う。

 

「ッふ!」

 

一瞬、光が窓の外で瞬く。悪寒のするその光を前に、上条の体は自然と動いた。

軽い少女の体を折り重なるように突き飛ばし、頭を掠めた風に目を瞑る。

 

「狙撃!?」

 

輝いた光は瞬きの一瞬で窓を貫き、目の前の子供の体を狙おうと一直線に宙を裂く。

それはひとつの矢だった。

 

「これは……ロビンフッド?」

 

「なんだって?」

 

「騎士派が使ってる遠距離狙撃用の霊装よ……軍事方面で有名なキャーリサが直属部隊で開発されたもの……まさか」

 

壁に突き刺さった矢を取り上げてオリアナは呟く。

彼女の言葉が真実ならば、新たなる光の口封じに関わっているのはイギリスの第二王女。

 

「私たちが輸送していたのはカーテナ=オリジナル。かつて歴史の中で失われた、戴冠用の儀礼剣にして、カーテナ=セカンドなど遥かに凌ぐ、英国最大の、正真正銘、イギリスを変えるに相応しい剣です」

 

垣根が宮殿で匂わせていた『内部犯』のことが頭を廻る。

何か、恐ろしいことが始まるのではないか。嫌な憶測が絶えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い島国から派遣された白いシスターと、愚かな妹を背にして乗っていた豪華な馬車を降りる。

赤いドレスを照らす月明かりが酷く眩しく感じるのは、きっと彼女の、キャーリサの感情が高揚しているからか。

 

そうだ。

この日のために生きている。

 

フランスを蹴散らし、学園都市を薙ぎ倒し、完全なるイギリスを迎えるため。全てを覚悟してこの場にいた。

 

ローマ正教と学園都市、二つの勢力に板挟みとなる魔術国家であり科学と同盟を結ぶ英国。

その二つの大きな力にいつか巻き込まれる未来は明白である。

 

平和を手にするには武力がいる。

そのために計画し、今この場にいた。

 

問題があるとしたらあの少年。

上条当麻が連れてきたあの背の高い美少年。

 

全てを見通しているかのように見つめる黒い目玉と、威圧感。

ただの疑い深い少年と、傍から見れば思うかもしれない。けれどその奥にある憎悪のような炎は確かにキャーリサに向いていた。

 

しかし彼は上条当麻と別の班で行動中。学園都市の能力者と聞いていたが、離れている今なら脅威ではない。

 

「キャーリサ様」

 

「上手くいったよーね」

 

「ご確認を」

 

煌めく街並みを丘の上から見つめていると、騎士団長(ナイトリーダー)の凛とした声が彼女を呼ぶ。

大きな鞄を持った彼がキャーリサの前で足を止めると、膝を突いてその鞄を掲げる

 

クーデター、そのための武力。

騎士派を使い、魔術師を使い、やっと見つけたそれはイギリスを震撼させる最高峰の聖剣。

 

カーテナ=オリジナル。

消え失せていた幻の剣。王家にしか使えないその霊装は、天使に匹敵する力を持つ。

 

二つ目(セカンド)と同じ銀色の剣が、君主の手に再び戻る。

 

 

はずだった。

 

「あら、開けちゃうの?」

 

鞄の中から小さな声が聞こえた。柔らかく、きらきらとした少女の声。

それは想定外の現象だった。

 

「ッ!」

 

「なにっ!?」

 

妖精のような囁き声に思わず彼は鞄を落とす。二人して、予想外の出来事に息を呑むことしか出来ない。

何が出てくるのかわからなかった。神か天使か化け物か。

 

「あー、狭かった!全く、羽も伸ばせないんだから」

 

かたかたとひとりでに動き、鞄はゆっくりと開く。

 

現れたのは小さな少女だった。狭い四角の中に閉じ込められていた少女の体は真っ白で、瞳と服に散りばめられた緑が青磁のよう。瞳の中で輝く一番星が煌めいて、美しかった。

その姿が瞳に焼き付いて消えない。

人とは思えないほど美しくおぞましい白の少女は薄く笑う。

 

まさしく天使だった。

何枚もの翼を広げ、頭上に丸い光輪を浮かべる少女の姿に、天使以外の何を思い浮かべようか。

 

「天、使……?貴様、一体」

 

「そう、お前らが愛してやまない天使様。ふざけた野望を止めに、神の使いが来てやったぞ」

 

カーテナ=オリジナルを握り締め、少女は月を背にして空に()()()

その姿は偶像に描かれる天使そのもの。神の御使いと同じ姿が月夜に浮かぶ。

 

輝く空に思わず目を細めてしまうほど、直視するにはあまりにも眩しかった。

 

「ふっ、天使自ら鉄槌を下しにきたと?随分と妄想癖の酷い娘だし」

 

「あららら、ら?テロリスト風情にそんなこと言われるなんて思わなかったんですけど。お姫様って立場分かってんの?国の象徴としての機能はなされてないようで」

 

「うるさい盗人が。誰かは知らないけど、人のものを盗んでお説教か?」

 

「国の代表という立場を忘れて国民を巻き込んでクーデターなんか起こそうとしてる人が何言ってるのかな?」

 

しかし彼女は天使を模したただの人だろう。魔術の理論とは違う天使に鼻で笑う。

空から見下ろすその紛い物に苛立ちさえ湧いた。馬鹿にされているようで、愚弄され、笑われているようで、酷く腹立たしい。

 

「少女、それを返せば見逃す。彼女への侮辱も、すべて」

 

「お姫様ならあたしへの侮辱は許されると?とんだダブスタね!殺して奪えよ。出来ねぇのか?」

 

「……最期の言葉がそれか」

 

盗まれた剣を手にする少女の前に、騎士団長(ナイトリーダー)が立ち塞がる。少女が持つ銀色の剣を奪い返さなければ、イギリスは変えられず、計画は頓挫。

それだけは防がなければならない。

 

「あー、殺気立ってるとこ悪いんだけどお前の相手はあたしじゃないの。すっこんでてよ」

 

「なに?」

 

けれど少女は興醒めだと言わんばかりに冷えた目で溜息を吐いて、つまらなさそうに呟く。

その視線の先はキャーリサたちの向こう側、その奥を見つめていた。

 

「久しいな、騎士団長(ナイトリーダー)

 

彼女の視線の先にいたのは大柄な男だった。無愛想な顔と低い声で湿った草を踏み締めて、彼は少女を守るように間に入る。

 

「ウィリアム!?なぜ貴様がここに」

 

「利害の一致した、ただの雇われである」

 

見覚えのある男に騎士団長(ナイトリーダー)は吠える。

彼の名はウィリアム=オルウェル。名誉ある騎士にならなかった傭兵崩れの魔術師。

少しばかり騎士団長(ナイトリーダー)と因縁のある男は少女に目配せして巨大な剣を構えた。

 

「じゃ、後はよろしく」

 

「承知した」

 

炎のような形をした巨大な剣を手に、ウィリアム=オルウェルは地面を強く蹴る。

目にも止まらぬスピードで騎士団長(ナイトリーダー)の腹に拳を入れると、転げ落とすように丘の下へ吹き飛ばす。

 

「ッガはっ!!!?」

 

騎士団長(ナイトリーダー)!!!っ!」

 

なにかすべきだと横切る巨体に振り向くが、足がもつれて地面に落ちる。ぬかるんだ地面に足が取られ、赤い服は緑と茶色で汚れていく。

先程まで乾いていた地面は何故か水を含んでいた。

 

「さて、第二王女。カーテナ=オリジナルを使用してのクーデター、及びテロ行為、全ての証拠は揃っている。天国までご同行願おうか」

 

「はっ、遠慮させてもらう!子供の遊びに付き合ってる時間は無いんだし!」

 

鮮やかな緑の瞳で見下ろす自称天使に背を向け、ぬかるんだ地面から足を抜いて走り出す。

どうにかしてあの剣を取り戻さねばならない。けれど、天使の記号を持つ得体の知れない化け物に策なしで立ち向かうのは危険。

これが最善だと思って疑わなかった。

 

「あぁ、そう。じゃあ地獄へ道連れね」

 

しかし違った。何をしても間違いだったかもしれない。

少女の呟きは風を切り裂く音で掻き消える。

次の瞬間、大きな衝撃が襲う。

 

「ッッ!!がはぁッ!!!!」

 

「わーぉ、斬れ味抜群。ちょっと予想外、ごめんねー?」

 

空気を斬る衝撃が走るキャーリサの足首を斬り、ドレスのように真っ赤な液体が吹き出した。

鋭い痛みに悲鳴が上がる。見えない攻撃に混乱し、叫びが空に反響する。

 

「なんなんだしっ!!それは王室専用のっ……!!」

 

「霊装、だって?べつに機能はいらないの。魔法の杖だって、普通に殴れば人を殺せるでしょ?」

 

「は……ただ剣を振るった、それだけだと……?」

 

「天使が握ればどんなものだって力が宿るのよ」

 

優しい微笑みで少女はキャーリサの前に立つ。立つといっても数センチほど地面から浮いていた。

得体の知れない化け物。理論を無視した怪物。

額から吹き出た気持ちの悪い汗がじわじわと頬を伝う。恐ろしい生き物の前に、恐怖が膨らむ。

 

「そんなデタラメがっ」

 

「通用するの。だって、あたしも()()()()なんだもん」

 

痛む足を引き摺って逃げようと歩き出す。意味の分からないことを繰り返す少女が怖い。

じくじくとした痛みも相まって嫌な想像ばかりが広がる。アキレス腱を切られたか、自然に動かない足に苛立ちを感じてならなかった。

 

「ぐっ……!くそっ!」

 

「万事休す?大人しくしてよ、寝るだけで済むというのに」

 

どくどくと血が流れる。少女の冷ややかな声に体が強張った。

良い状態とは言い難い。形勢逆転の糸口は見えず、少女に圧倒される。

 

逆らってはならない。魔法にかけられたかのように、思考が彼女に逆らおうとしない。

未知の力でねじ伏せられているようで、名状しがたい恐怖が押し寄せる。

 

「ッその言葉を信じる人がいると思う?分からないやつだな!」

 

「……随分と躾のなってないお姫様ね。なら仕方ない。手段を変えましょう」

 

「うぎっぁ!ひっ」

 

地面に倒れた体を剣先で投げ飛ばされる。腹に当たった金属の衝撃に口から胃液を吐き出し、丘を転がり落ちて木々の生い茂る林へと迷い込む。

 

「ッな……」

 

「どうやら武力じゃ()()()()()()()()様だし……?こちらは法と権力を武器にアナタを殺す。降参するのが身のためだと思わない?」

 

木よりも高く浮かんだ少女は大きく翼を広げ、軍隊のように片手を上げる。何かのサインだろうか。

迷い込んだ木々の隙間、静かな空気に聞き耳をたてる。誰かの息遣いと、湿った草を踏む足音。

 

「……警察?」

 

「そう、王室派の皆様よ。言ったでしょ?『ご同行願います』って」

 

硬い制服と、警棒、拳銃。イギリスでよく見かける駐在巡査と、スーツを着た刑事たち。

少女と同じ星を輝かせた瞳で、虚ろな視線をキャーリサに向ける。

何かは分からない、けれど心臓を圧迫する言葉にならない違和感が確かにあった。異界に迷い込んだようなおぞましさ、焦燥感。

 

「脅しか何か?人質とって、天使の名が聞いて呆れるんだし」

 

「二面性を持つ天使はご存知ない?十四の翼を持ち、人を愛するあまり悪魔となった天使の名を」

 

痛みをグッとこらえて、フラフラしながら立ち上がる。

木の幹に体を預けてしっかりと少女を睨むも、全く怖くないと言わんばかりにカーテナ=オリジナルに口づけを落とす。

子供のくせに、妙に色っぽい。ちぐはぐな存在。

 

悪魔の囁き声がクリスマスのチャイムのように鳴り響く。

十四の翼を持った小さな女に名が鮮明に浮かび上がり、思わずその忌々しい名を呟いた。

 

「……アザゼル」

 

「たった一人の人間のために世界を破滅に導いた神如き強者の名だ。その名に相応しく、この国を破滅へと導いてやろうか?」

 

「そんなハッタリで足止めして何の意味がある?騎士派の連中を、ただの鉛玉で倒そうって?」

 

「っぷ、ははは、そんなことないよ!まさか、まさか……魔術や武力なんて野暮なことをする人間に、拳銃ひとつで対抗するわけないじゃん!」

 

細く目を閉じて上品に口に手を添え悪魔は笑う。大柄な男たちに囲まれるように青い草の上に降り立つ彼女は、恐ろしく強大な何かに見えて仕方がなかった。

 

「さっき言ったでしょ、『法と権力』を武器にするって」

 

「魔術師が法を遵守するとでも?なかなかイカれた思考を持ってるよーだな」

 

「……誰に喧嘩売るか、見極めた方がいい」

 

低い声が冷たい秋の風に乗って響く。カチリと何か、ボタンを押すような音と、異様に静かな空気に目を見開く。

 

世界が暗くなった。

 

林の奥から見えていた街の煌めきが、輝きが、瞬きが、何もかもがふっとロウソクの火のように消え失せる。

道を照らす人工の灯りが一つ残らず、全て消えた。

 

計画停電でもあったのか、ストライキでもあったのか、発電所で事件でもあったのか、恐ろしい憶測が脳を飛び交う。喉が干上がり、声が出ない。

 

「ッッッ!???なッ、なにが……!!?」

 

「『法と権力』、それはつまり国そのもの。あたしはね、この国の全てを武器にアナタを追い詰める。この意味、分かるかな?」

 

子供の無邪気な微笑みが歪んで見える。

愛しいと思うべき子供だというのに、その可憐な少女はおぞましく大人びた香りを纏っていた。

 

「発電所も、水道局も、ガス会社も、宅配会社も、メディアも、議会も、軍も、警察も!何もかも!1から100!AtoZ!全て全て全て!ぜぇーんぶ!……アナタが騎士派を手篭めにしたようにね、洗脳してみたの」

 

「……随分と誇大妄想が酷いようだが、そんなものでは私は止められない。嘘を吐く練習でもした方がいい」

 

興奮気味に語るかと思いきや、途端に冷静になって酷く愉しそうに笑う。反論しても、その笑顔は崩れない。

 

「信じないんだ?人の命がどうなろうと、どうでもいいって?」

 

「死……?」

 

「アナタがあたしに喧嘩を売ったから、管に繋がる大勢の難病患者や赤ん坊が死ぬの」

 

嘘のような言葉を並べて、少女はキャーリサの目の前で笑う。小さい体を宙に浮かせて、翼で囲んで、キャーリサの視界は恐ろしい化け物だけで埋め尽くされる。

甘い薔薇とほのかな煙草の香りが鼻腔をくすぐる。

言葉も声も出なかった。

 

「それだけじゃない。電気が止まれば交通が終わる。救急車は動かずに、車の事故が増え、人は多く死ぬ。」

 

「っは、ぁ、いや、何を言って……わたしは……」

 

「水道局に連絡して蛇口を停めれば全国民が水不足で死ぬ。水がないから不衛生な川の水を飲んで疫病が流行り、交通のせいで仕事にも買い物にも行けず、餓死しちゃう。イギリスに終止符が打たれるの。国がひとつ消えちゃうの」

 

くすくす、妖精の笑い声が聞こえる。人を侮辱する笑い声が翼でできた繭の中で聞こえる。

 

「あーあ、何千万も死んじゃうねぇ、アナタひとりのせいで!」

 

愛するイギリスのため、愛する国民のため、全てを投げ打って計画したというのに。

武器も、守りたい世界も奪われ、理不尽にも蹂躙される。

 

まるで神そのもの。宝石のように輝く少女の瞳が人のものとは思えなかった。

 

「ねぇ、教えてよ。どっちをとる?六千万の国民か、アナタの夢か」

 

子供を相手にするような柔らかく甘い声で少女は痛々しい毒を吐く。

 

「武力で殺すだなんて、あたしには出来ないから、とても優しい方法でアナタを殺す。お姫様がクーデターの首謀者だってマスコミが知ったら、国民はどう思うかしら?法廷はどう裁くかしら?やり直しの効く方法で、アナタをぐちゃぐちゃにしてあげる」

 

「ふざけッ──」

 

「怒らないでよ。国民巻き込んで、手下を丸め込んで、親殺しをしてまでイギリスを強い国にしようとやってきたんでしょ?因果応報、自分のしでかしたことが戻ってきただけ」

 

少女の柔らかく冷たい、小さな手がキャーリサの頬に触れる。人とは思えないほど白く、無機質な肌は氷のように冷たかった。

 

「拳だけじゃ解決しないこともあることを、身を持って教えてあげる。だってあたし、天使だもの」

 

ふっと耳元で息を吐いて、キャーリサの首筋にチクリと針を刺す。冷たい液体がドクドクと心音に合わせて血液に混じる。

掻き混ぜられる視界の中、脳の中で火花を散らす。

 

最後に見たのは聖母の微笑み。神の姿をした少女の慈悲深い笑顔だった。

 




邪魔な人は国ごと掌握するタイプのお茶目さんです><
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