雪景色が続くロシアで二人は足を止める。
男子二人、たわいもない話を延々と繋げるのは簡単だった。
「そういえば、お前御坂とはどんな感じだ?」
「はぁ?どんなって、ただの知り合い?ビリビリの考えてることなんかワカンねぇーし」
「アー……かわいそうに。こりゃインデックス一筋な感じか」
「なんの話だよ?」
空を見ながらロシアとは全く関係ない名前をあげる垣根に、上条は首を傾げる。
最近会っていない知り合いの名前に驚きつつも、何か含みのある言い方が引っかかった。
「今回、あいつは参加できなさそうだからな、お前があいつ好きなら可哀想かと思って。可哀想なのはあっちだけど」
「参加?何言ってんの?お前」
「学園都市が発表してるロシアの映像がほぼ全て通行人にモザイクかけてんだよ。これじゃ俺らがどっかで写っても、学園都市側の奴らは気がつかない。あの馬鹿がなんかやったのかね」
「映像?モザイク?」
「ここが原作基準だったら来れたんだろうけど。かわいそーに、学園都市がガチガチにハッキング対策してるから、第三位でも無理だな」
携帯を取り出して垣根はわざとらしく残念そうにため息を吐く。御坂がなにか関係があるのかよく分からなかったが、垣根の薄く笑った表情を見るにそれはいい知らせのようだ。と言うより、彼にとって面白い知らせというべきか。
いたずらが成功した子供のように、面白いと言わんばかりに目を細めて笑う。
そこまで分かったものの、今度は別の疑問が浮かぶ。
彼はどうしてそこまで余裕の笑みを見せるのか。
「……よく分かんねぇけどよ、それって今話す内容か?」
武装した集団に立ち塞がれる目の前の光景に、なぜ彼はそんなにも自由でいられるのか、なんとも不思議だった。
「こっからどうすんだよ、お前緊張感無さすぎ」
「あー、そういえばお前ロシア語喋れないんだったか。仕方ねぇな」
ロシアと小国の国境で、彼らは立ち往生していた。
向けられた銃口と、むき出しの敵意。何にも動じない垣根の余裕ながら面倒と言いたげな顔に上条は心臓がばくばくと波打つ。
「テメェらの上司に用がある。フィアンマっつー面倒な野郎のことでな」
流暢なロシア語の意味がわからない上条には、死の宣告のようにしか聞こえない。
──頼むから、戦闘は避けてくれよ!
そう心の中で念じて、ひたすらに祈ることしかできなかった。
エリザリーナ独立国同盟。
ロシア国内にある複数の国家が独立し、結びついた小さな国。
その小さな国に、銃を突きつけられながら二人は入国した。
フィアンマがわざとらしく呟いた『架空の国』、物語の中心地にようやく来れた。
彼女をようやく見つけられるかもしれない安堵感、そして事件に巻き込まれる不安感。色々な感情が混ざりながらも、垣根は武装した男たちに促され、一際目立つ扉の中へ入った。
「ようこそ、お二人さん」
そこに居たのはデスクでゆったりと書類を見つめる金髪の女性。
エリザリーナ。窪んだ目元、栄養失調にしか見えない痩せぎすな体を長袖のダウンコートで温めるその人はこの国の立役者。
ロシア内の複数の国家を独立させ、結びつけるために活躍した、いわゆる聖女様。
「……身分証も通行手形もない、どっからどう見ても怪しいやつを招き入れるとは、結構危ない橋を渡るんだな、聖女様」
「弱小国家としての戦略よ。それに、目利きはいいつもりなの」
電球があまり多くない薄暗い部屋で、彼女は凛とした笑みを見せる。
体の細さを感じさせない国家元首たる堂々とした振る舞い。怯えを見せない彼女の表情に、トップとしての威厳をひしひしと感じていた。
「で、右方のフィアンマがここに来る、だったかしら」
「あぁ、サーシャ=クロイツェフっつー魔術師を攫いに……って右方のフィアンマが何を指しているのかわかるのか?」
「拙い腕ではあるけれど、私も魔術師の一人よ」
堂々とした笑みに上条は少し狼狽えながら、目を見開く。
しかし彼女はそれを横目に話を進める。もう時間が無いことくらい彼女はよく分かっていた。戦争まで、時間が足りない。
だから急いだように本題に入る。
築き上げた大事な国を滅ぼしたくないから。大事な人々をなくしたくないから。
誰かを不幸にしたくないから。
壁に貼った大きな地図を背に、彼女は立ち上がった。
「右方のフィアンマはこの戦争、いえ、我が国への侵攻に関する重要人物。この機に撃破しておきたい。ただし、交戦によって、独立国同盟市民の命が失われるようなことはあってはならないわ」
「それに関しては譲歩できないな」
「なに?」
だが垣根の一言で、熱意に溢れていた周りは温度を無くす。
冷たい一言だった。
「そもそも、俺たちがここに集まることが罠なんだから」
胡散臭い、嘲笑うかのような笑み。ポケットに手を入れ、全てを見下ろす彼の顔に場が凍る。
疑いの目、驚きの目、信じたくないという目。色んな目が彼を見つめて、チクリと刺す。
全てを知る彼にとって、もはやその光景は茶番でしかない。
『おや、どうやら聡明なやつがいるようだ』
「──ッ!!?」
垣根の言葉に続くように、誰かの声が響く。その場にいる誰かではない。スピーカーのように、部屋全体に聞き覚えのある声が広がった。
そして衝撃。
屋根が潰れ、瓦礫が崩れ、かろうじて見えた白い光線が人を殺すために振り下ろされる。
室内なのに見える快晴が、その人の姿を照らし、舞い上がった埃を可視化する。
「ほーら、のこのことラスボスが来たぞ。避難の準備しとけ!」
「何でお前はそう──!」
「お前はこっちだ、とっとと右手で壊してこい!」
もう一度、巨大な白い光線が剣を振るように空から迫る。一度で甚大な被害が出たというのに、もう一度されたら被害はさらに拡大するだろう。
聖女たちを逃がし、二人でなんとかするしかなかった。
「なるほど、気軽に破るには少々硬い壁だったらしい」
上条の学ランを掴み、物を扱うように乱暴なそぶりで投げつけて右手を使わせると、それはあっけなく粉々に砕けた。その先に現れたのは巨大な右腕を背中から生やす長身の男。
余裕の笑みを浮かべて瓦礫で覆われた無残な基地に降り立つと、その男は愉しげに上条たちを見下ろした。
黄金の目が、品定めするかのように鋭く彼らを見ていた。
「フィアンマッ!」
「お前はメインディッシュだ。食べる前に下ごしらえをしなきゃな」
肩から生える大きな右腕を振りかぶり、息つく暇もなく振り下ろす。垣根の脳天めがけて一直線に腕が迫る。
もう面倒な国家元首はいない。狙われるのは垣根しかいなかった。
しかし彼は一歩たりとも引かず、切れ長の目で見つめるだけ。
自信があった。この勝負に勝つ揺るぎない自信が。
「本物の天使様を見たのは初めてか?ヒーロー気取りのクソ野郎」
六の翼を広げ、薄く笑う。天使と見間違う神々しい姿がそこにあった。
その姿にフィアンマは攻撃の手を止める。眼前に立つ天使にためらいが生まれるのは仕方がなかった。
本物かどうかわからなくとも、それが求めていた存在であることに代わりはなかった。
「……面白い、最初のスープはお前にしてやる」
けれど結局垣根は別解釈の天使。彼が求める天使とは違うプログラムで作られた異形の天使。緩めた手を戻し、もう一度右腕を振り直す。
それだけで風が動く。風を斬る魔術が凄まじいスピードで垣根の首を落とそうと切り掛かる。
だがそれだけだった。翼を広げ、魔力の籠った攻撃を別の法則に組み入れる。別の法則には別の法則をぶつければいい。
彼にはそれができる。
魔術の原理は『理解』している。ネタバレはもう読んだ。
解析に組み込むのは簡単だった。
「それくらい魔術の解析は経験済だ、分解するくらい容易いんだよ」
「攻撃を別の何かに変換したのか。ふむ、対応は少し面倒そうだ」
「ただの面倒で済めばいいがな」
垣根が狙うのは諸悪の根源とも言えるおぞましい巨大な右腕。巨人のミイラと言われてもおかしくない気持ち悪さの赤黒い腕に、広げた翼を羽ばたかせて
腕という物質を別の何かに変える。例えば土にでも変換されたら、もう右腕の
「この腕すら別の何かに変換しようとしたのか?無駄なことを」
「ッ!」
しかし考えが甘かった。
右腕は崩れることなく現存し、彼らの前で猛威を振るう。彼の能力では、右腕の奇跡というパラメータ異常は分解できない。
上条当麻の右手と同じ。抗えない奇跡が、能力の影響を及ぼす前に消してしまう。
反撃をかわし、右腕が迫る。
力不足だと認めろと言われているようで、纏まらない考えをあざ笑うかのようで。
翼を広げ、受け止めることも考えられなかった。
「ッ!突っ立てねぇでかわせよ!」
「あ、あぁ……」
受けた衝撃が垣根と壁まで吹き飛ばす。垣根の腕に張り付いた上条の切羽詰まった顔をみるに、その衝撃は仲間思いの上条のものだった。
必死になる姿に思考は冷静になっていく。
どうすればこの
人体ではないから、灰にはできない。
できたとしても、また生えてきたらどうする?
だからと言って本体に物理攻撃をすれば、『右手の奇跡』で打ち消される。
ならば本人を狙って空気を置き換えたりするべきか?しかしそれをしたら上条に害が及ぶだろう。もしくは空気が右手に触れて失敗に終わる。
それに広範囲な攻撃はしたくない。
無関係な一般人を傷つけたくないのもそうだが、もし、もしもこの狭い場所に彗糸がいたら、今の彼女はきっと避けられない。治せない。本当に死んでしまう。
それだけは避けたかった。
右腕を打破する策がない。
冷たい水滴がこめかみを伝う。どうするか、考えが思いつかなかった。
「……
「無理ゲーってことだな」
「不正解、クソゲーってことだ」
「同じじゃねぇか!!」
つまるとこ、『詰み』である。
インフレしすぎている、そんな意味のない言い訳がましい負け惜しみばかりが頭を回る。
出し抜けるか、このまま物語通り進むか、不安が押し寄せる。
「知っているか?19世紀に確立された現代の魔術師ってのは集団行動を嫌う」
「は……?」
「目の前で殺されそうになっているやつらがいる。これから、さらに罪のない民間人が何百人、何千人と侵攻作戦で殺されそうになっている。そんな状況で、力を持つ魔術師が黙って隠れてられると思うのか」
勝ち誇った顔でフィアンマは壁のように分厚く舞う埃の向こうを見つめる。
彼は目的を達成するのを待っていた。人が悲鳴をあげる騒ぎも、建物が崩れる攻撃も、全てそのためのもの。
サーシャ=クロイツェフ。それが探している魔術師の名。
彼の視線の先、煙の奥から現れた人の名前。目の前で笑う男の目的。
その魔術師は、あの夏の日、天羽彗糸が酷い顔色で冷たい鏡の前に座り込んでいたあの日、身体が入れ替わったと主張したあの日、天使をその体に降ろした人だった。
天使を降ろした貴重な体、魔術の世界ではきっと喉から手が出るほど欲しい一品。
その人を、フィアンマは狙っていた。魔術の贄として。
そして灰色の煙が晴れぬ間に、長い金髪の少女が飛び出した。
「っ!」
「サーシャ=クロイツェフ!」
ウェーブのかかった長い金髪、黒いベルトが巻きついた拘束服、そしてリード付きの首輪。
少女が着るには過激すぎる衣装。
どう考えても普通ではない姿の少女は、大きく宙を飛んで、何か工具を手にして振りかぶる。
だがいとも容易くフィアンマの攻撃を許し、地面に降り立ったときには打撲で力尽きる。
小さな少女が地面に落ちた衝撃は、羽のように軽い。軽い音を立てて垣根のすぐそばに落ちた彼女は、気絶したのか、痛みで声が出ないのか、異様に静かだった。
「今日はラッキーデーだな。まさかこんな簡単に目的のものが二つとも手に入るとは」
静かになったサーシャ=クロイツェフを持ち去ろうと、フィアンマは巨大な右腕を開いて動かす。
だがその手は第三者の攻撃で拒まれる。顔の横を通り過ぎ、風穴の空いた攻撃に辺りは静まり返る。
知らない誰かの足音と、金属が擦れる音。背後から現れたその人に、フィアンマは同時もせずに笑みを浮かべるだけだった。
「懐かしい顔だ」
「別にそいつらに肩入れする義理はないんだけどさぁ!いい加減、あんたがローマ正教引っ掻き回すの、見てらんないんだよねぇ!」
からし色の中世ヨーロッパ風の衣装を着た女が靴音を響かせ前に出る。舌から伸びるロザリオに似た銀色のチェーンを揺らし、その女──確か前方のヴェントだったか──は吐き捨てる。
眉を寄せる化粧の濃い顔は、みるからに悪意に満ちていた。
「得意の天罰は使えんと、報告は受けているが?」
「その程度で終わると思ってるわけ?」
彼女はサーシャ=クロイツェフの付き添い、護衛としてここにいる。だからフィアンマの敵として立ちはだかるのも当たり前の話。
彼女の背ほどある十字架の霊装を手にし、舌ピアスに繋がった鎖を揺らして彼女は立つ。
自信溢れる青い瞳に、フィアンマは薄く笑うだけだった。
「復元されたとはいえ、天罰の復元までは成功していないだろう。仮にそうだとしても、その方法論ではこの俺様を倒すことはできんぞ」
「その右腕、使用制限があるはずよ。そこらの雑魚と遊んでくれたおかげで、もう空中分解してるじゃない!」
「……どうだかな」
二人の魔術師の会話を中断するように、垣根はゆっくりと立ち上がる。スーツについた埃をはたいて襟を正しながら面倒くさそうにため息をついた。
そもそも、フィアンマはこの時点では本気でもなければ、殺しにきているわけでもない。
ただ魚を獲るため餌を撒きにきているだけ。魚が自ら網に掛かるように仕向けにきているだけ。
「あ?なんだ」
「そいつが奪ったのは魔術の知識を全て詰め込んだ少女の脳みそだ。そんな全てを解決する万能な説明書みたいなもん、使用制限を解決するために盗み出したに決まってんだろ」
ならやるべきことは被害を出させる前にさっさとどっかへ行ってもらうこと。
そして計画を頓挫させること。
「聡明なやつは面倒だ……全て知ってるように振る舞われて迷惑極まりない」
「なら聡明だからついでに言っとくぜ、ここは引くのが正解だ。だって、欲しいものを奪いに来ただけだからな」
貰った知識を全て使い、
彼女から貰った知識を盾に、この場を切り抜ける。
「ぅ……だ、第一の質問、ですが、どなた──」
「まだ寝てな、お嬢さん」
側で気絶していたサーシャの腕を引き、スーツの中に隠すように体を寄せる。
つい最近抱きしめた少女と同じような体格、扱い方は心得ていた。自分でも驚く優しい素振りに、少し気持ち悪さを感じてしまうほど。
「それは困るな。頭が回るやつは、敵になるとなかなか厄介だ。だが、理解したところで何になる?」
「妨害くらいならできるさ」
小柄な少女を抱え、翼を大きく広げる。部屋を覆い隠すほど巨大な白い翼は、フィアンマを押し潰そうと空を覆う。
この少女は切り札だ。
この魔術師さえフィアンマの手に渡らなければ、彼の作戦は成立しない。
微かな希望に
「無駄なことを」
「あ?ッぐ!」
「きゃっ!」
だが意味の分からない奇跡に跳ね返され、二人して建物の外まで身体が吹き飛ばされる。
ガラガラと大きな音を立てて、冷たい雪の上に打ち付けられた。
痛みより冷たさが勝る。
身体を駆け抜ける柔らかい雪の衝撃が全身を襲う。切れた唇から溢れた赤い血が白い雪に落ちる。
痛みが体を縛って、動きが愚鈍になっていく。
「もう茶番に付き合ってる暇はないんだよ」
「垣根!!!テメェ!!!」
痛みに雪の中で倒れる垣根の姿に、上条の中の怒りが一気に沸き上がる。右手を握りしめ、拳を振り上げながら叫び、フィアンマの顔を目掛けて拳を振り下ろす。
だが圧倒的な戦力差の前に、上条も同じように身体が吹き飛ばされた。
埋められない差。
力の差。
届かない。力及ばない。酷く屈辱的で、腹立たしい。
「ッッうガッ!!」
「……本当にお前は愉快なやつだな、お前は。一番愉快なのは多くの他者に触発されて自ら基地へと赴いておきながら、結局全ての成果や報酬はお前自身の中へと蓄積されていっているところだな」
「何が言いたい……!」
「お前は自分の行動が本当に正しいことだと確信を持っているのか?俺様は自身の問題を解決するために右腕を振るい、お前は自身の周囲で起こる事件を解決するために右腕を振るう。他人が必死に積み上げてきた努力を一撃で粉々に砕くやり方でな。手段に差はないぞ?」
痛みをこらえながら上条は立ち上がる。
「そして俺様には確信がある。自らの行動が絶対的な善の到来を意味するものであるとな」
「……随分な自信だな、お前の言う善ってなんだよ」
虫を見つめるような冷たい目と、馬鹿を嘲笑う口元。
腹立たしい。
立ち上がる上条の姿に感化され、痛みを掻き消すように体内で能力を動かし、白い雪を革靴でしっかりと踏みつけて垣根は再び立ち上がる。
「なんだ、まだ喋れるのか?」
「善ってなんだよ、言ってみろよクソ野郎。世界中の人を救うこと?世界中の紛争をなくすこと?世界中の問題を解決すること?違うよな?そんなこと思ってる奴が、不況の中生きてる弱小国家をこんな姿に変えるとは思えねぇ」
唇からじんわり滲み出る血を親指で拭き取って、倒れるサーシャを隠すように立ちふさがる。同じくらいの背丈で睨む赤毛の男を鼻で笑って、無造作に両手をポケットに突っ込んだ。
「お前は理想の世界を作りたいだけ。戦争もない、問題もない、不況もない、完璧な理想郷へと新しく作り直したい。自分の考えた、サイキョーでサイコーなご都合展開満載の世界に作り直して、自分基準の幸福論で人を導くメシアになりたいわけだ」
時間を稼げ。
「世界なんて見てやしない。お前が考えてるのはこの世界で生きる人の幸福じゃなくて、自分が考えた完璧で正しい、くっだらねぇ世界の幸福だ」
屁理屈並べて、正論並べて、捻じ伏せろ。
目の前のムカつく男のプライドをへし折ってしまえ。
「薄っぺらいなお前、ツマンネー男。そんなに世界が救いたいなら、まずは好きな女を救えるところから始めろよ初心者」
そこまで言い切った。言いたいこと全て、必要な時間全て確保し、言い切った。
そして次に感じるのは先ほどより重い衝撃。
「がはァァァッ!」
「はっ、うるさい虫だな。小さなガキ一人守れずに、何が初心者だ。笑わせる」
大きな右腕が垣根の腹を殴る。胃の奥から吐き出した液体が雪に散らばって、近くの木の幹に背中からぶつかった。
痛みに腹を抱えて背中を丸める垣根をよそに、フィアンマは少し苛立ったように右腕を振るい、落ちていたサーシャの体を捕まえる。幼い修道女の姿が、右腕の中にスッポリと収まった。
言葉を発さない小さな体は到頭いけ好かない敵に捕まって、もう後がない。
「さて、一つはいただいた。お前はその右腕で輸送を阻害するのでな、あとでまた迎えにこよう」
「待てっ!フィアンマ!」
望んだものを手に入れ、フィアンマは意気揚々とその場を去る。光り輝き、瞬間移動のようにその場から忽然といなくなった。
追うにも追えず、上条が伸ばした右手は空気を掴む。少し悔しげに、伸ばした右手を見たものの、上条はすぐに顔をあげて木の下でのびる垣根のもとに駆け寄った。
「垣根、大丈夫か!」
「あ?平気に決まってんだろ」
血相を変えて駆け寄ったものの、白い翼が繭のように包む垣根はけろっとしており、怪我らしい怪我は見当たらない。
切った唇も、すでに完治していた。
「よ、よかった」
「それより、こっちを心配してやってくれ」
「……え?」
安堵に胸を撫で下ろすと、垣根は翼を少し広げて抱えていた何かを見せる。180を超える身長と、高校生らしい体格にすっぽりと隠れてしまうその何かは、顔を真っ赤にさせて、子犬のように震えていた。
「だ、だ、だ、第二の質問ですがっ!……初対面のくせに、随分と馴れ馴れしいですが、なんなんです……?」
「悪いなお嬢さん、無理させちまったか」
両目を隠す長い前髪からでも分かるテンパリ具合に少しだけ呆れたように垣根は彼女から手を離す。
白い雪の中で少女は恥ずかしそうに自分の体を抱きしめて、真っ赤な顔で小刻みに震えていた。
鈍感な上条は分からないが垣根には分かっていた、それが寒さからの震えではないと。
少し申し訳なさを感じるが、でも仕方ない。
「サーシャ=クロイツェフ!?なんで、じゃあさっき攫われたのは!?」
先ほど攫われたはずの少女の元気な姿に目を丸くすると、上条は交互に垣根とサーシャの顔を見比べる。
まるでマジックのような現象に口をあんぐりと開く。何がどうなっているのか彼にはわからなかった。
「あっちはデコイ、俺の能力で作ったよく似たお人形さんだ。ちっこい彗糸と体格が似てたから、割と早く作れたな」
「か、垣根ぇ!!お前、お前ってやつは……!」
「おうおう、もっと褒め称えろ崇め祀れ」
試合には負けたが、勝負には勝った。彼の想像通りに。
男子高校生らしい、からんとした会話をしながら彼らはしてやったと笑う。しばらく笑い、からかいの応酬をした後でふっと息を吐いて雪の冷たさを思い出す。
「でも安心するには早いぞ。バレるのも時間の問題だ」
「あぁ、早く進もう」
行く場所は見当がつく。少年二人は強く頷いて、崩壊した建物の横で立ち上がった。
この物語の終わりを迎えるために。