とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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課題という現実と向き合ってました。


11話:自己嫌悪

ぱちりと深い眠りから目が覚める。

不思議と疲れている体を起こすと、窓から入る太陽の光に少し目が眩んだ。

 

「あれ、あたし」

 

「やっと起きたか」

 

タバコと酒の匂いのする部屋の中、布団にいる少女を見下ろす一人の美しい少年。

子供用なのか小さい布団は、彼女の体にあっておらず少し体が出てしまう。

 

「あれ?垣根くん?あたしの部屋に……あれ?うちじゃない?ここって」

 

「お前の担任の家だよ」

 

見覚えのある家だと思っていたら、それを感じ取ったのか垣根は窓のヘリで足を組み替える。

どうやらここは彼女の担任、小萌先生の家のよう。

天羽の家ではなく、ここに連れてきたのは彼なりの気遣いか。

 

「ほら、顔洗ってこい。ひっでぇかおしてるぞ」

 

「……ありがと」

 

垣根にドラッグストアの袋を投げ渡されると、そのまま促されて、狭い洗面台に入って軽く洗う。袋の中身はメイク落とし。

小萌の家にはそんなものなさそうだと判断したのだろう。わざわざ買うとは律儀な人だ。

 

化粧を落として、鏡の中の自分と目が合った。

いつもと違う顔。

綺麗だけど、綺麗じゃない顔。

人形のような冷たくて、ぼんやりとした顔。

 

だからポケットに入れていたポーチを取り出して、もう一回化粧をし直す。

垣根に素顔を晒せるほど、まだ心を開いていなかった。

 

そもそもこの顔が好きじゃない。

美形の父方に似てしまった自分の顔。可愛らしい母とそっくりな妹とは真逆だ。

だから化粧をする。妹を忘れないために。

自分の心を守るために。

 

元々血色感のない肌に赤みを足して。

瞼の上にはピンクのアイシャドウとラメをつけて

眠そうなダウナーの目元には跳ね上げの猫みたいなアイラインを描いて。

涙袋のラインと光を描いて。

末広型の二重にはアイテープを重ねて綺麗に平行にして。

伏せがちのまつげはあげて、濃いマスカラをつけて。

 

これでようやく完成。

天羽彗糸という姿が完成する。

 

「そーいや上条くんは?」

 

「あいつならおチビ先生とチビシスターと買い物だ」

 

化粧直しが済んだところで洗面所から戻ると、上条と幼女二人がいないことに気づく。

どうやら朝ごはんを買いに行ったらしく、お留守番する垣根はつまらなさそうにあくびをした。

 

(生徒の友人とは言え男女を二人っきりにするのは家主として如何なものか。というか家に置いてっていいのか)

 

この状況に教師としてなんとも思っていないのかと、少し不安になるも今度は別の不安がよぎる。

青髮くんを虜にする幼女型教師とメインヒロイン幼女、そして不幸な少年。

その三人が一緒に並ぶ光景を想像すると、嫌な考えが浮かんでしまう。

とても下品で考えすぎな予感が。

 

「上条くん、ロリコンとして通報されてないといいけど……」

 

「それは確かに心配かもしれねぇがそこじゃねぇだろ」

 

天羽にとってはかなり不安な想像だというのに、垣根には微塵も伝わらず。何が?とシラを切るも彼は舌打ちをして睨んでくるだけ。

真剣な彼の目から目を逸らして、なんてことないように振る舞う。

 

「昨日の魔術師が今日来るんだよ」

 

「あー、そんなこと言ってたね」

 

布団を片付けながら彼に耳を傾ける。嫌な視線がチクチクと背中に刺さって、心がザワザワして、やりにくい。

そんな態度が気にくわないのか、徐々に背後から感じる殺気と怒気が膨らんでいくのが感じられた。

少しだけ冷や汗が出る。

彼が怒ってるところはあまり見たくない。

 

「どう思ってんだよ」

 

「なにが?」

 

それでもまだ分からないフリをするのは昨日のことを忘れて欲しいから。

 

「昨日取り乱して泣いてたやつがなにすっとぼけた顔してんだ」

 

しかしそう簡単には彼が忘れてくれるはずもなく。

 

「……忘れてくれたってよくね?」

 

「絶対忘れねぇな。約束してやるよ」

 

物凄く嬉しそう且つ物凄く勝ち誇ったような顔をして垣根は笑う。

悦に入ったような表情の理由は天羽には分からない、しかし彼がこの失態を永遠に忘れてくれることはないことだけは分かった。

 

誰にも喋るつもりはなかったこの過去、感情。

なんで彼に話してしまったのだろうか。仮にも暗部なんてところにいるこの少年に何故言ってしまったのだろうか。

少しばかりの後悔が心に溜まっていく。

 

あの時はなんだか、彼なら受け止めてくれるって思ってしまった。

 

思ってはいけないのに、頼ってはいけないのに、弱さを見せてはいけないのに。

 

(だってあたしはお姉ちゃんだから)

 

冷たい空気の中、自分の体温だけがはっきりと感覚に残る。

ぎゅっと胸元のペンダントを握りしめて、ようやく垣根と視線を合わせた。

 

懐疑的な目、試すような目。見定める目が少し怖い。

 

「テメェは一体なんなんだ?」

 

一瞬で声色が変わると、垣根はさらにその眼光を鋭く光らせる。

彼の問いはあまりにも曖昧で、一瞬だけ脳を麻痺させた。

 

何を聞きたい。

存在の定義か?真実か?隠し事か?それとも正体(藍花悦のこと)

 

どれも答えられない。答えを導き出せない。

 

彼女はその答えを持っていない。

自分が一体誰なのか、なんの為にいるのか、どうしてここにいるのか。

彼女の持っているものは全て推測。この世界のことでさえなにも分かっちゃいない。

 

「なら質問を変える。テメェはなぜあの魔術師を嫌う?」

 

押し黙る天羽に垣根は痺れをきらし、言葉を変えて言葉を引き出そうとする。

これは単純な言葉の攻防戦。

天羽の態度を崩したい垣根と、それを阻止する天羽の戦い。

 

「嫌ってないよ。あたしは誰だって大好きだよ」

 

どんな問いを投げかけられても取り乱さないよう、心を落ち着かせて言葉を返す。

けれど体は正直で、心臓が音を立てて血を巡らせる。身体中を駆け巡る血液は体温を上昇させ、皮膚に塩分が多く含まれた水滴を作り上げた。

冷静に、平静に、言葉を紡ぐ。姉として弱いところを見せないように。

体内を調整して平静を装う。

自分を弱いものと認識させないように。守られるものだと思わせないように。

 

「じゃあ言い方を変えよう。何故テメェは自分を嫌う」

 

「……別に、嫌ってなんかないよ」

 

「いいや、嫌ってるさ。だからこそテメェは昨日、自分と同じ道を辿り、同じような存在の神裂火織とステイル=マグヌスに既視感を覚えて泣いたんだ」

 

「だから、嫌ってないって」

 

ほんの少し声が上ずってしまう。嫌な声。垣根に聞かれたくなかった。

 

知られたくない。

醜い感情を、醜い心を。

いつだって彼女は姉でいたい。

 

強い象徴であり続けたい。それがどんなに難しく厳しいものであったとしても。

 

「そもそも話がおかしいんだよ、普通テメェみたいなシスコンのイカれた女が妹を助けるためになりふり構わずオカルトに走らないのはおかしい。宗教にハマるのは大抵テメェみたいな悲劇の体験者だ」

 

「ここは科学の街だよ?オカルトなんて、神なんて信頼してない」

 

笑みを携え、その場を乗り切ろうと明るい声で言葉を返すが、垣根には通用しない。

彼女の分析しようとするその目が怖い。

暴かないで。きっとそれは彼女の世界を覆す。

激しい恐怖と警戒心が脳に警報を鳴らし、焦せらせる。

 

「それはあちらさんも同じだ。科学なんて信用していない。レッテル貼りによる思い込み。常識の範囲でしか行動できないテメェらはよく似てる」

 

「あたしは」

 

「否定はさせねぇ。似た者同士で、似たような思想、似たような境遇に、似たような結末。違うのは彼らは手遅れにならない点か」

 

否定しようとした。

けれどそれに被せるように発言してくる垣根の前に言い訳も屁理屈も一切通ることはない。

 

「自己を否定するテメェは魔術師たちを否定しなければならなかった。木山と違うのは彼女が行動を起こし、自分の常識さえ通用しないモノを作り上げたからだろ」

 

彼の発言が、彼の言葉が、挙動が、目付きが。彼女の精神にナイフのように突き刺さる。

光を映さない彼の瞳が酷く澄んで美しい。

その見透かしたような目に見つめられると、魔法にかけられてしまう。

 

「テメェは端から魔術なんて信用していない。常識の中でしか生きられない。思考停止。ステレオタイプの枠でしか超常的な現象を測れず、分析できない。タブロイド思考とも言うな。テメェは超常的なものも、魔術なんてオカルトも理解しようとしていない。劇場のイドラ、先入観に苛まれている」

 

「ちゃんと、考えてるし」

 

心の底では分かっている。彼女がなにも分かっていないことを。

それでも彼女は救わなくてはいけない。全ての人を。

姉として、全ての妹と弟を。全ての人間を。

 

それがきっと呼ばれた理由なのだから。そうとしか考えられないから。

これは傲慢で理不尽な神が与えた気まぐれな救いの糸。

妹を救えなかった彼女が得た名誉挽回のラストチャンス。

 

たとえなにも知らなくても彼女は救わなくていけない。垣根も、神裂たちも、全てを。

 

だから彼女は虚勢を張り続ける。誰がなんと言おうと、救わなくてはいけないから。

 

「考えてねぇよバァーカ。常識に囚われてるテメェには何も救えねぇし、これから先何も出来ねぇよ」

 

「それ、は」

 

だがその意思は無残にも打ち消された。子供を馬鹿にして、下に見て、あやすような声。

 

「ま、テメェは永遠にそのままでもいいんじゃねーの?常識に凝り固まったテメェがいれば常識の通用しねぇ俺が如何に凄い存在か際立つだろ」

 

付け加えるように、先ほどとは打って変わって軽い声で欠伸をしながら言い放つ。

猫のような仕草は心なしか気持ちを楽にした。

どうしてだか分からない。けれど天羽はそれを、遠回しの励ましだと受け取った

 

「……なにそれ、それで慰めてるつもり?下手くそ」

 

「愉快な思考回路だな。テメェがそう思うならそうなんじゃね?」

 

弟分に励まされるとは姉としてはまだまだのようだ。そんな見栄を張って、畳んだ布団を押し入れにしまい込む。

本当に優しい子だ。

本当に本当に根の良い人。

 

そんな人に心配されるような身分じゃないというのに。

 

この身を使ってでも彼を、全てを救わなくてはならない。

妹を泣かし、助けることのできなかった彼女がやるべき事だから。

 

それだけが、彼女の存在理由だから。

 

「んで、妹思いのケイトちゃんは今日も泣くおつもりで?」

 

「っ、そーゆーのやめて」

 

「面白いからヤダ」

 

押し入れから体を離すと、彼はガラリと纏う空気を変えてニタニタとまるでチェシャ猫のように口を釣り上げ笑う。顔を覗き込んで笑う彼に一瞬驚き、逃げ出したくなるほど。

けれど押し入れと彼の間に挟まれて身動きが取れない。たった七センチの身長差が、やけに大きく感じた。

 

「はぁ、つっかれた」

 

「おー、おかえり」

 

微妙な空気に静まり返っていると、玄関のドアが開く。この空気から抜け出したい一心で開いた玄関に慌てて向かうと、そこには沢山の食材を抱えた上条たちがいた。

傍らにはお手伝いをするインデックス。微笑ましい光景に思わず笑顔が浮かんだ。

 

昔の妹と重なる。

車椅子に乗りながら買い物袋を膝に抱えるあの子はいつも楽しそうに彼女と出かけてくれた。

もういないあの子。

その姿を少しだけ思い出して、なんて言葉を言えば良いのかうっかり忘れてしまった。

 

「あ?小さい先生はどうした?」

 

「病院に行ったぞ?なんだったか、昏睡状態の生徒が起きたとかで見舞いに」

 

「あぁ、それか」

 

彼らが買い込んできた食材を受け取って、垣根と上条は玄関近くの台所で何やら作業を始める。

ご飯でも作り始めるのかと興味本位で覗き込むが、どうやら買い込んだものを冷蔵庫に入れる作業のよう。

 

しかしふと疑問が湧く。

この男、垣根帝督は果たして料理が上手なのか。

 

上条が料理上手なのはアニメから知っていた。貧困一歩手前の貧乏学生。男料理だが自炊にたどり着くのはセオリーで、そのセオリーに当てはまる上条は料理など手慣れたものだ。

 

しかし、垣根はそう見えない。外食しているシーンはあったが、料理シーンなどあるはずなく。

ホストのような見た目の金持ち少年。確かになんかよく分からないオシャレ飯作って女の子口説きそうな見た目はしているが、料理上手とは思えない。

頭がべらぼうに良くて、顔もイケメンで、スタイルも良くて、背が高くて、金持ちで、人骨を生身で折る程度には強くて、社会的地位も高く、しかも料理上手と来たら全てを持ちすぎである。

現実世界なら無双出来るステータスは、にわかには信じ難い。

 

「けいと、大丈夫?」

 

垣根と場所を交代しようとするも適当にあしらわれ、インデックスと共に部屋の隅で待つ。絶対に垣根より料理上手な自信があったが、無理やり押し込まれた部屋の隅で待つことを命じられたらもうどうしようもない。

 

「ん?なにが?」

 

「……あたし、なんにも知らなかった。とうまが急いで私を探しにきて、こもえの家に戻ったらていとくがボロボロのけいとをお布団で寝かせてた。いっぱい泣いたって、聞いた。」

 

隅っこでつまらなさそうに待っていると、インデックスは不安そうに天羽の顔を覗き込む。

 

これはちゃんと聞かなくてはいけない。

変わる空気をきちんと受け止め、視線をインデックスに移す。

 

「私は、なんにも気づかないで、三人が他の魔術師と戦ってることなんて、これっぽっちも考えないで、私は、とうまたちを助けられなかった」

 

「そうだね、無知は罪だ。インデックスちゃんは考えなかった。思考を停止させた。それはいけないことだとあたしは思うよ」

 

あたしも人のこと言えないけどね。

 

そんな野暮なことを思いながら、インデックスの隣に座って静かに呟く。

インデックスの綺麗な緑の瞳と目が合った。春に芽吹く草木を彷彿とさせるその瞳。

純真無垢の緑の瞳は、天羽の緑のような禍々しさはない。

 

「天羽、言い過ぎじゃねーか?インデックスだって」

 

「あはは、ごめんね。でもちゃんと言わなきゃいけないことだから。それで、インデックスちゃんはどう思った?」

 

会話に気がつきまるでお父さんのように駆け寄る上条に少しだけ謝ると、再び彼女のほうを向く。

 

「どうって、悲しくて後悔した」

 

「ならいいんだよ。取り返しのつかないことに後悔して、悲しくして、そこからまた考える。延々に考えて、後悔すること、それがあたしの思う無知への罰だと思うんだ」

 

一人の何もできなかった姉として言葉を続ける。

 

「だから今いっぱい後悔して、次に生かそう?それがきっとインデックスちゃんのできる事だから」

 

それはまるで自分を言い聞かせるような言葉だった。

 

永遠に後悔し続ける罰。妹への裏切りに対する重い罰。

妹を忘れずに、後悔し、痛むこと。それが何もできなかった無知な己への罰。

死んでも死なず、永遠に蝕む大罪への罰は傲慢な神が与えたもの。

元はと言えば神の理不尽に翻弄された結果だというのに。

 

インデックスではなく、自分への言葉。

それを感じ取ったのか否か、インデックスはただ寂しそうな顔をしていた。

 

「けいと……」

 

「ま、あたしはそんなやつだからさ。あんま気にしないで、あんたは自分のこと考えてな」

 

しんみりとした空気が不愉快で、なんとか話題を変えようと立ち上がるとふと上条の包帯が目に入った。

それは上条の腕。ぐるぐると包帯が巻かれたその腕はあまりにも異様で、ツッコミを入れざるを得ない。

 

「にしても、なにその上条くんのぐるぐる巻きの包帯?」

 

「あぁ、これはインデックスがやってくれたんだよ」

 

ぷらぷらと包帯が巻かれた腕を動かし、ニカッと笑う上条は強がっているようにも見える。少しだけチクリと胸が痛んだ。

もっと頑張っていれば、もっと強ければ、傷なんて、痛みなんて負わせなかったというのに。

罪悪感と力不足の苛立ち。

 

強くならなくちゃいけない。誰かを守るため。誰かを救うため。誰かを笑顔にするため。誰かを幸せにするため。

妹を幸せにできなかったから。この世界では幸せを与えたい。

愛しい人間に。

 

「治すためにはそうしとかないとね。魔術みたいにはいかないけど」

 

「そうだな、魔術なんか使わなくても大丈夫だろ」

 

腕を見つめ何かを悲しむように上条は呟く。

一人の少女を守ると決めたそのヒーローは誰よりも強く、誰よりも強かった。

 

その強さが羨ましい。

 

強い主人公(ヒーロー)になりたかった、と。不純物(イレギュラー)ではなく、英雄(ヒロイン)に。

そうしたら妹を救えただろうに。

 

「出来ることなら、お前が魔術語ってる時の顔ってあんま見たくないからな」

 

優しい顔で微笑む上条が少し眩しくて目をそらす。

その微笑みに宿る感情は天羽が妹に向けるものと似ていた。

 

「そっか、私また目覚めてたんだ」

 

「目覚めてた?」

 

「あー、あの時の機械じみた感じのか?」

 

「うん。でもその時のことはあんまり突っ込んで欲しくないかも。意識がない時の声って寝言みたいで恥ずかしいからね」

 

そんな笑みにインデックスは悲しそうに目を伏せる。

キョトンとするヒーローであったが、頭のいい悪役にはなんとなくピンときたようですぐにそれを言い当てた。

第二位の頭脳は伊達じゃない。もうすでに自動書記(ヨハネのペン)が一体何なのかきっとわかっているのだろう。

少し不適な笑みを浮かべる彼が、ちょっとだけ怖かった。

 

「それに、なんだがどんどん冷たい機械みたいになっていくみたいで、怖いんだよ」

 

「う……ごめん」

 

「いいんだよ」

 

自分が自分じゃなくなる感覚。インデックスの言葉に少し肩が跳ねる。

 

その感覚は身に覚えがあった。

藍花悦と呼ばれた時。

あの名前で呼ばれると自分の定義が崩れていく感覚に陥った。

この体は何?この心は何?この知識は?この声は?この記憶は?何かを忘れている気がする。

 

()()()()()()

 

そんな考えが脳を圧迫する感覚。

考えてはいけない。一種のブラックボックス。

中身を知ったらきっと、彼女は彼女でいられない。

 

「そうだ、お前飯食えるか?」

 

「え?病人じゃないから食べれるよ。なんなら食べなくてもいいし」

 

落ち着いた垣根の声で我にかえる。考えても仕方のないこと、今自問自答を繰り返しても答えは出ない。

きっとそれに垣根は気づいたのだろう。彼の声はそう感じさせた。

 

彼は鋭い。

どうせ不安も見抜いている。その不安の原因を知りたがっている。

 

しかしどんなに鋭くても彼に理解できるはずがない。

これはとても馬鹿げたノンフィクションの話。フィクションには理解できない。

彼がこの女を助けることなんてできないのだ。

 

「なら朝ごはん作りますか、垣根も手伝えよ?」

 

「ちょっと!あたしも手伝うって!」

 

一気に明るくなった空気に垣根たちはゾロゾロとキッチンへ向かう。しかし今度は違う不安が襲って思わず垣根のシャツを掴んだ。

未元物質(ダークマター)ならぬ失敗料理(ダークマター)を生み出すのではないかという一抹の不安。

しかしそんな不安を消し飛ばすように、垣根は天羽の額を軽く小突いて鼻で笑った。

 

「泣き虫は座ってろ、バーカ」

 

「横暴!」

 

不安は消えない。案外美食家な彼女には、ただ不安ばかりが募っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹が立つことに、男子二人組のお料理はムカつくことに絶品美味しかった。

とはいえ聞き耳を立てている限り上条がかなり指示を出していたようで、上条が少しやつれている。

やはり垣根は少し料理が苦手らしい。

 

だが天羽も人のことを言えない。前世なら妹もいてアメリカのおいしくない食事を回避するため日常的に料理していた生粋の自炊派。だがこの世界に来てからというものの体内を自分で調整できるのだ、ご飯を食べなくても生きていける。

それにコンビニ弁当が美味しい。毎日おいしくて違うものを選べれる。

もはや食事は娯楽であり嗜好品、基本栄養サプリだけで生きている彼女はここ十年料理をしていない。

 

「さて、お客様が来るんでしょ?」

 

「テメェ、ほんとに大丈夫か?」

 

美味しかったご飯の片付けをインデックスと二人で終わらせ、居間に戻る。

あとは次に控える来客を待つだけ。

 

「うん、垣根くんがいるから、大丈夫」

 

「そーかよ」

 

どうやらまだ垣根の心配ごっこは続いているようで、彼はじっと黒い瞳で天羽を見つめる。その真意はよく分からない。

けれど、彼がかなりのお人好しということだけは伝わる。

 

ちょうどその時、タイミングよくピンポーンと跳ねるような電子音が鳴った。

玄関のベル。待っていた来客に上条が迎えに行くと、ギシギシと床が軋みながらその人たちは部屋へと案内される。

 

「なんで、あなた達がここに……?」

 

玄関から現れた二人組は昨日少しばかり喧嘩をした二人。

ステイルと神裂。

 

その姿に酷く怯えた顔をすると、インデックスはキッと睨む。

元々は彼女を殺そうとしてきた、そう勘違いを生んでいた。なので警戒するのは当たり前の話。

 

「俺らの招待客だ。勝手に入れよ」

 

「ここ小萌先生の家なんですが?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

しかし垣根が彼女の方に手を置いて止める。インデックスにわかりやすく首を横に振ると、ようやく全員が揃う。

茶の間でちゃぶ台を囲んで座る彼らに冷たい麦茶をおくが、一向に喋り出す気配がない。

 

「さて、どこから話すか」

 

静寂を打ち破ったのは垣根だった。

 

「まず、インデックス、こいつらはお前と同じ組織のものだ」

 

「え?どういうことなの?」

 

少し悩むそぶりをしてゆっくりと話し始める。その真相を。

そしてパッチリとした目を大きく見開きその言葉をゆっくりと噛み砕く。だが彼の言葉は思ったより理解し難かったのか、神裂に視線を投げかけた。

それに気が付いた彼女は静かに口を開く。

 

「……私たちは必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師です」

 

「僕達にはある目的があって君を追いかけていた」

 

「目的?」

 

「なんかな、お前の頭はあと三日したら爆発するんだと」

 

怪訝そうな顔で彼らを覗き込むインデックスに垣根が代わりに答えを教えると、一瞬時間が止まる。

やる気のなさそうに手で爆発を表しながらバーンと効果音までつけるその仕草に、インデックスは当然慌てふためき、声を上げた。

 

「ばっ!?」

 

「ま、嘘だけど」

 

安心させるためなのか只々馬鹿にしているだけなのかは分からないが、ベーッと舌を出してジト目でどこか違うところを見ている彼はどう見ても暗部のリーダーなんて物騒なものに見えなくて。ちょっと悪戯好きの少年にしか見えない。

 

「ていとく!なんで嘘つくの!」

 

「もっとも、テメェに被害が出る、ってのは真実だがな」

 

ふざけた声が低く、警戒するような声にガラリと変わる。

一瞬のうちに纏う空気が変わった。少年の中に潜む攻撃性。それを表すかのような声色だった。

 

「我々はインデックス、貴方の脳が十万三千冊の魔導書に圧迫され一年で記憶を消さないと死んでしまうと聞かされていました。そして上に命令され何度もあなたと過し、何度もあなたの記憶を消しました」

 

「……すまない。謝って許されることではないのは重々承知だよ」

 

「ごめんなさい。なにも考えず上を信用した我々の責任です」

 

「ったく、こんな小学生レベルで躓く辺り、魔術師ってのはどんだけ現代科学に疎いんだ?まぁ、変な本読まされてたってんだから科学的な考えが浮かばない理由にはなるが……」

 

頭を下げる魔術師たちを尻目に、垣根は足を組み直す。片膝を立てて上から見下ろすような仕草は、まるでこの光景がつまらない、興味がないと言っているようなもの。

 

「で、でもなんで嘘ってわかったの?」

 

「それは……」

 

「インデックス、テメェはこの金髪頭がなんの職業か知ってるか?」

 

真剣な雰囲気の中黙っていると、突然垣根に話を振られた。あまりに唐突なことに少し驚いて声を漏らすが、垣根は構わず続ける。

 

「え?」

 

「インデックス知らなかったっけか?でもあの服着てたの知ってるよな?」

 

「あの服?初めて会った時の服のこと?確かに今日とは全然雰囲気違ったけど」

 

うーんと思い出すインデックスだが、初めて会った時の服装のナース服はあまり馴染み深くないのだろう、少し頭を捻って眉をかしげる。

この世界のナースはスカートスタイルが定番、そして時代遅れなナースキャップ。ナイチンゲールのような白衣の天使を思い浮かべる。

だが天羽は仕事をするために病院にいる。そんな可愛い仕事着が似合うとも思っていない。

そのため基本はパンツスタイルのナース服と、髪をあげてアクセも外している。

そんな姿はあまり病院に行かない人や、ナースに夢を見ている人にとっては少し珍しいかもしれない。

 

「ナースなんだよ、天羽。近くの病院でバイトしてんの」

 

「つまるとこ、体の仕組みについては俺と同じくらい詳しいわけだ」

 

上条の説明の後に、まるで自分のことのようにドヤ顔で紹介する垣根は姉を紹介する弟のよう。ちょっぴり微笑ましいそれにニコニコしていると、意図も容易くばれてばしっと頭を叩かれる。

しかし「俺と同じくらい」発言は少し納得いかない。精神四十路手前なめないでいただきたいものだ。

確かに今は肉体年齢に引っ張られるのか、学生の頃のように元気でパワーに溢れている。だがその精神は確かにあの日死んだものと同じ。

若々しい考え、若々しい感性。まるで新しく生まれたようなチグハグな精神と肉体。

何かが引っかかる。

けれど、それは今考えるべきことではない。

 

「けいとって、頭いいんだ……」

 

「インデックスちゃん、喧嘩売ってる?」

 

はぁとため息をつくと、ごめんねと謝られる。謝って欲しいわけではないが何だか複雑な気分で、笑顔が引き攣ってしまう。

確かに、未成年の彼女がナースになるためには色々とコネを使った。試験を受けるコネ、特別枠で働かせてもらうコネ。しかしそれら全て実力で勝ち取っているのだ。

精神は不安定だが、知識は問題ない。高校一年生の体に詰まった四十年の知識ならそれくらい造作もなかった。

 

「んで話の続きだが、記憶の圧迫は嘘だと看破されたにも関わらずこいつらはここにいるのはなぜだと思う?」

 

「んー……?」

 

話の流れを変えるように垣根は一つひとつ紐解いていく。しかし頭のいい人らしく、いつも言葉足らず。

首を傾げ何のことだか分からないという顔をするインデックスに今度は天羽と上条が説明する。

 

「なんか、決まって一年経つと()()()症状が出るんだってさ」

 

「そう。んで、今回はその件をどうしようかと話してるってわけだ。爆発は垣根の適当な嘘だが、インデックスが苦しむことは嘘じゃない」

 

「え……?で、でも今のところは何も無いよ?」

 

インデックスの言葉通り、三日前だというのに彼女の体調はすこぶる元気で、異常は見られない。

しかしステイルたちによると、インデックスは本当に苦しんでしまうのだ。だからこそ彼らは陰謀に気がつけなかった。

 

「でも本当に苦しむんです。苦しくて目も開けられないほど」

 

「脳に異常は見られない、そもそもの話が嘘……なのに本当に苦しむ、それは何故だ?」

 

「……魔術?」

 

顎に手を当てて少し考えたインデックスは恐る恐るそれを答える。

嫌な答えだが、それしか考えられず。

たどり着いた答えに、出題者はまるで兄のように悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「正解だインデックス、ご褒美に上条をこき使う権利をプレゼントだ」

 

「えっ」

 

「さっきちょっと話に出てたけどさ、インデックスちゃんと初めて会った時自動書記(ヨハネのペン)が起動されたって言ってたんよ」

 

突然生贄にされた上条をシカトし、垣根の話に続くように天羽が口を開く。

インデックスにとっては聞きたくない現実の話。しかし誰かが言わねばならない。

汚れ役は姉の役目、そう言わんばかりに垣根よりも早くその事実を伝え始めた。

 

「あの時は死にかけてたよね?死にかけて起動されたと推測すると、死にかけになって困るからそうなるようにしたわけで。じゃあインデックスちゃんが死にかけて困るのって、誰?」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)……」

 

「そ、切り札であるインデックスちゃんを無くしたら一番困るのはインデックスちゃんの上司だよね」

 

「教会がシスターの頭を弄って一年周期で記憶を消さなければ死んでしまうという細工をした」

 

「インデックスちゃんが裏切ることのないように、科学に疎い部下が彼らに従わなくてはいけないように」

 

紐解いていく。その謎を。ひとつづつ、丁寧に。

 

「つまり、自動書記(ヨハネのペン)と記憶消去に伴う苦痛はインデックスちゃんを教会から手放さないための足枷、首輪だと予測が立てられるってわけ」

 

「初対面の俺たちがわかるのに長い付き合いのテメェらが分からなくてどーすんだよ」

 

交互に喋る垣根と天羽に、彼らは黙り込む。

本当は上条が気づくはずだったのだ言葉を、台本をなぞるように喋るだけ。ヒーローの役割を奪って、舞台装置として動くだけ。

 

果たしてこれが未来をハッピーエンドに導くかは彼女には分からない。バッドエンドになるかも分からない。

でも必ずしも悪い結果を引き起こすとも言えなくて、彼女は介入し、改変し続ける。ハッピーエンドへの道を無理にでも作ってみせる。

たとえなにも知らなくても。

 

「それでどうするんだ?インデックスの首輪を絶つには何をすればいい」

 

「上条くん、ステイルくんはルーンを使って魔術を使ってたよね?それってさ、裏を返せば何かに刻めば魔術は使えるってことだよね?」

 

静かな部屋で声を出す。彼女の一言にみんなが唾を飲み込む。

 

「刻まれた魔術。紙に刻まれていたそれを生物に刻んだら、どうなる?」

 

その一文でみんな理解に及んだらしい。

ハッとした表情で一斉にインデックスに目を向ける。

 

「服は上条が触って爆発させたんだろ?フードも俺らが消すところを見ている。となると……」

 

「私の、体……」

 

その声の持ち主にみんなが意識を傾ける。

死の苦しみを刻まれた小さな少女。

それを誰よりも早く理解した上条くんが勢いよくインデックスの頬や額に右手を当てた。

刻まれた首輪を壊すため。

 

「……あれ?なんともなんないぞ」

 

「んな大事な刻印見えるとこにつけとくかよ馬鹿かよテメェ」

 

しかし何も起こらない。勢いだけの上条に呆れてため息を吐く垣根だが、彼の言葉は正しい。

この首輪は体内にあるのだから。

 

「……口の中かな。脳に一番近く、手の届くところと言ったらそこくらいしか思いつかないね」

 

「だろうな。というか十中八九そうだろ」

 

人体における触れられないところ、そしてルーンを刻めるところ。そうやって絞ると複数候補が浮かび上がる。

眼球、膣内、臓器、外耳道、そして口内くらい。

そこからさらに絞る。

眼球に刻むのは失明の可能性もあり、ハイリスクのためハズレ。

膣内は十字教にとっては純潔でなくてはいけない場所、触れてはいけない聖域のためハズレ。

臓器に刻むのは解剖が必要となり、十字教では解剖は禁忌、同じくハズレ。

外耳道、耳は狭くてルーンを刻むことなどできないのでハズレ。

 

そうなると原作通り口腔内が一番確率がある。

 

「じゃあさっそく!」

 

「まぁまぁ、待って待って」

 

袖を捲って「やってやろう」とノータイムでことを進めようとする上条に、慌ててストップをかける。

ガタガタとちゃぶ台に足をぶつけながら立ち上がる上条を抑えると、置いていた麦茶が揺れた。ギリギリこぼれなかったものの、ゆらゆらと揺れたまま。

 

「何でだ?いまやった方が……」

 

「いや、あと三日はあるんでしょ?昨日の今日なんだよ?明日以降でもよくない?心の準備とか色々さー!」

 

思わず上条の腕を掴むと、彼はきょとんと困惑した表情で向き直る。

今ここで解除だれるのは少し困る。だがそれをそのまま上条にいうこともできず、それらしい言葉で引き留めることしかできない。

 

「確かに、そうだけど」

 

「何があるかわからないし、万全の体調で挑みましょう!これはドクターストップです!」

 

「医者じゃねえだろ」

 

簡潔に言えば、彼女は垣根を心配していた。幻想猛獣(AIMバースト)と神裂との連戦があったのは昨日のこと。

たとえ規格外の力を持っていても、彼は子供だ。

姉ならば、彼に無理させないように動くしかない。

 

「それに、お前が心配するようなことは何もねーよ」

 

「へ!?いや、何が!?」

 

「無用な気遣いに涙が出るな。テメェの方がボロボロだってのに」

 

「……垣根くんて、テレパシーも持ってたっけ?」

 

「分かりやすいんだよ、お前」

 

だが垣根にはそれが全てばれているようで、軽く小突かれる。

 

「上条、いいぜぶちかまして。この女の面倒は俺が見るから、何も問題ない」

 

「ちょっと!人が心配してんのに!」

 

「その心配が的外れなんだよ」

 

まさかラスボス前の会話とは思えない少年少女の浮き足だった青春らしい言葉の応酬。

この暗い空気には不似合いなその会話に、上条はただ不幸を嘆く。

 

「……これから女の子を救うってのに、こんな賑やかでいいのかよ?」

 

時間が過ぎていく中、上条の呆れた声だけが響いていた。




けいとちゃんの同族嫌悪を当てられた時笑いましたが、まあいいか。同族嫌悪とは少し違いますしね。
常識に囚われたけいとちゃんと常識に囚われない垣根くん。お互いを補うような構成にしていきたいなーと思っています。
なので無双とかないですし、二人の成長物語的な感じになっていくのでそういったものが苦手な方にはこの小説は合わないと思います。
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