とある科学の肉体支配【完結済み】   作:てふてふちょーちょ

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課題という現実と向き合ってました。


11話:自己嫌悪

ぱちりと深い眠りから目が覚める。

なんだか疲れている体を起こすと窓から入る太陽の光に少し目が眩んだ。

 

「あれ、あたし」

 

「やっと起きたか」

 

タバコと酒の匂いのする部屋の中、布団にいるあたしを見下ろす一人の美しい少年。

 

「あれ?垣根くん?あたしの部屋に……あれ?うちじゃない?ここって」

 

「オマエの担任の家だよ」

 

見覚えのある家だと思ったらそうか、小萌先生の家か。

垣根くんにベラベラ喋って、おぶられながらどっか行ったのは覚えてる。

でもあたしの部屋に入らないでくれて助かった。部屋を見られるのは少し困る。

 

「顔洗ってこい。ひっでぇかおしてるぞ」

 

「知ってる」

 

垣根くんに促され、狭い洗面台に入って顔を洗う。昨日はシフトだったから化粧薄めなんだよね。

よかった。普通の日なら朝起きた時もっと大変なことになってた。

ポッケに入れてた化粧直しを取り出し、ある程度身支度を整える。

家に帰りてぇ……

 

「上条くんは?」

 

化粧直しが済んだところで上条くんと幼女二人がいないことに気づく。

生徒の友人とは言え男女を二人っきりにするのは家主として如何なものか。というか家に置いてっていいのか。

 

「あいつならおチビ先生とチビシスターと買い物だ」

 

「上条くん、ロリコンとして通報されてないといいけど……」

 

青髮くんを虜にする幼女型教師とメインヒロイン幼女、そして不幸な少年……

その三人から導き出された答えは至極真っ当で大変失礼なものだった。

 

「それは確かに心配かもしれねぇがそこじゃねぇだろ」

 

何が?とシラを切るも彼は舌打ちをして睨んでくる。

全く、怖い顔をしていると幸せが逃げてしまうというのに。

 

「昨日の魔術師が今日来るんだよ」

 

「あー、そんなこと言ってたね」

 

布団を片付けながら彼に耳を傾ける。

そんな態度が気にくわないのか背後から尋常じゃないほどの殺気と怒気を感じた。

何そんなに怒ってんの。少しだけ冷や汗が出る。

 

「どう思ってんだよ」

 

「なにが?」

 

それでもまだ分からないフリをするのは昨日のことを忘れて欲しいから。

 

「昨日取り乱して泣いてたやつがなにすっとぼけた顔してんだ」

 

しかしそう簡単には彼が忘れてくれるはずもなく。

 

「……忘れてくれたってよくね?」

 

「絶対忘れねぇな。約束してやるよ」

 

物凄く嬉しそう且つ物凄く勝ち誇ったような顔をしてこちらの動作を眺めていた。

なんでこんなにも悦に入ったような表情をしているのかは分からないが、彼があたしの失態を永遠に忘れてくれることはないことだけ理解する。

誰にも喋るつもりはなかったこの過去、感情。

なんで彼に話してしまったのだろうか。仮にも暗部なんてところにいるこの少年に何故言ってしまったのだろうか。

あの時はなんだか、彼なら受け止めてくれるって思ってしまった。

思ってはいけないのに、頼ってはいけないのに、弱さを見せてはいけないのに。

だってあたしは姉だから。

 

「まじありえん……ほんと、最悪」

 

「テメェは一体なんなんだ?」

 

一瞬で声色が変わる。

彼の問いは一瞬だけ脳を麻痺させた。

あたしの存在?あたしのなにを聞きたいの?藍花悦のこと?

 

どれも答えられない。答えを導き出せない。

 

あたしは一体誰なのか、なんの為にいるのか、自分でも分かっていないのだから。

あたしの持っているものは全て推測。この世界のことでさえなにも分かっちゃいない。

 

「テメェはなぜあの魔術師を嫌う?」

 

「嫌ってないよ。あたしは誰だって大好きだよ」

 

どんな問いを投げかけられても取り乱さないよう、心を落ち着かせていたはずだった。

しかし予想してない問いかけにびくりと体が反応する。

心臓が音を立てて血を巡らせる。身体中を駆け巡る血液は体温を上昇させ、皮膚に塩分が多く含まれた水滴を作り上げた。

冷静に、冷静に、あたしは言葉を紡ぐ。姉として弱いところを見せないように。

彼にあたしを弱いものと認識させないように。あたしは守られるものだと思わせないように。

 

「じゃあ言い方を変えよう。何故テメェは自分を嫌う」

 

「……別に、嫌ってなんかないよ」

 

チクチクと心に針が刺さる。罪悪感と焦燥があたしを蝕む。

言わないで。

 

「いいや、嫌ってるさ。だからこそテメェは昨日、自分と同じ道を辿り、同じような存在の神裂火織とステイル=マグヌスに既視感を覚えて泣いたんだ」

 

「だから、嫌ってないって」

 

ほんの少し声が上ずってしまう。

知られたくない。

醜い感情を、醜い心を。

いつだってあたしは姉でいたい。

強い象徴であり続けたい。それがどんなに難しく厳しいものであったとしても。

 

「そもそも話がおかしいんだよ、普通テメェみたいなシスコンのイカれた女が妹を助けるためになりふり構わずオカルトに走らないのはおかしい。宗教にハマるのは大抵テメェみたいな悲劇の体験者だ」

 

「ここは科学の街だよ?オカルトなんて、神なんて信頼してない」

 

笑みを携え、その場を乗り切ろうと明るい声で言葉を返すが、垣根くんには通用しない。

さらに苛立ち、あたしを分析しようとする。

暴かないで。きっとそれはあたしの世界を覆す。

激しい恐怖と警戒心が脳に警報を鳴らし、焦せらせる。

 

「それはあちらさんも同じだ。科学なんて信用していない。レッテル貼りによる思い込み。常識の範囲でしか行動できないテメェらはよく似てる」

 

「あたしは」

 

「否定はさせねぇ。似た者同士で、似たような思想、似たような境遇に、似たような結末。違うのは彼らは手遅れにならない点か」

 

否定しようとした。けれどそれに被せるように発言してくる垣根くんの前に言い訳も屁理屈も一切通ることはない。

 

「自己を否定するテメェは魔術師たちを否定しなければならなかった。木山と違うのは彼女が行動を起こし、自分の常識さえ通用しないモノを作り上げたからだろ」

 

彼の発言が、彼の言葉が、挙動が、目付きがあたしにナイフのように突き刺さる。

光を映さない彼の瞳が酷く澄んで美しいものに見えた。

 

「テメェは端から魔術なんて信用していない。常識の中でしか生きられない。思考停止。ステレオタイプの枠でしか超常的な現象を測れず、分析できない。タブロイド思考とも言うな。テメェは超常的なものも、魔術なんてオカルトも理解しようとしていない。劇場のイドラ、先入観に苛まれている」

 

「ちゃんと、考えてるし」

 

心の底では分かっている。あたしがなにも分かっていないことを。

それでもあたしは救わなくてはいけない。全ての人を。

姉として、全ての妹と弟を。全ての人間を。

それがきっと呼ばれた理由なのだから。そうとしか考えられないから。

これは傲慢で理不尽な神が与えた気まぐれな救いの糸。

妹を救えなかったあたしが得た名誉挽回のラストチャンス。

だからたとえなにも知らなくてもあたしは救わなくていけない。垣根くんも、神裂ちゃんたちも。

 

だからあたしは虚勢を張り続ける。誰がなんと言おうと、救わなくてはいけないから。

 

「考えてねぇよバァーカ。常識に囚われてるテメェには何も救えねぇし、これから先何も出来ねぇよ」

 

「それ、は」

 

その意思は無残にも打ち消された。

 

「ま、テメェは永遠にそのままでもいいんじゃねーの?常識に凝り固まったテメェがいれば常識の通用しねぇ俺が如何に凄い存在か際立つだろ」

 

付け加えるように、先ほどとは打って変わって軽い声で欠伸をしながら言い放つ。

猫のような仕草は心なしか気持ちを楽にした。

 

「……なにそれ、励ましのつもり?」

 

「愉快な思考回路だな。テメェがそう思うならそうなんじゃね?」

 

弟分に励まされるとは、姉としてはまだまだのようだ。

改めて決意する。

あたしはあたしを使ってでも彼を、全てを救わなくてはならない。

妹を泣かし、助けることのできなかったあたしがやるべき事だから。

 

「んで、妹思いのケイトちゃんは今日も泣くおつもりで?」

 

ガラリと纏う空気を変え、ニタニタとまるでチェシャ猫のように口を釣り上げ笑う彼だったが、これにいつもの調子でツッコミを入れるともっとあたしに遠慮なく痛い言葉を投げかけるに決まってる。

何年間生意気な妹の姉をやっていたと思ってる!姉という生命体はそんなことでヘコタレはしないのだ。

そうこう考えているうちに玄関の方から物音が聞こえ、ラッキー!なんて思いながら急いで確認しにいく。

 

「はぁ、つっかれた」

 

「おー、おかえり」

 

玄関の方に向かうと、そこには沢山の食材を抱えた上条くんがいた。

傍らにはお手伝いをするインデックスちゃん。微笑ましいな。

昔の妹と重なる。

車椅子に乗りながら買い物袋を膝に抱えるあの子はいつも楽しそうにあたしと出かけてくれた。

もういないあの子。

 

「あ?小さい先生はどうした?」

 

「病院に行ったぞ?なんだったか、昏睡状態の生徒が起きたとかで見舞いに」

 

「あぁ、それか」

 

垣根くんと上条くんは玄関近くの台所で何やら作業を始める。

ご飯でも作るのかな?

上条くんが料理上手なのはアニメでわかっていたがまさか垣根くんも……?

確かになんかよく分からないオシャレ飯作って女の子口説きそうな見た目しているけど、まさかそんな。

頭がべらぼうに良くて?顔もイケメンで?スタイルも良くて?背が高くて?金持ちで?骨を折る程度には強くて?社会的地位も高く?しかも料理上手?

この人、もしかして凄すぎるのでは?

現実世界なら無双出来るんじゃね?友達に紹介したら醜い女の争いに発展しそうだ。

 

「けいと、大丈夫?」

 

改めて垣根くんの異常なステータスに恐怖しているとインデックスちゃんが心配そうにこちらを伺っているのに気づく。

可愛らしい顔を不安で歪めてあたしを見上げ手を組む少女はまさにシスターだ。

 

「ん?なにが?」

 

「……あたし、なんにも知らなかった。とうまが急いで私を探しにきて、こもえの家に戻ったらていとくがボロボロのけいとをお布団で寝かせてた。いっぱい泣いたって、聞いた。」

 

震える声で涙を堪えながら懺悔をする少女。

あたしはいつから神父に転職したのか。

 

「私は、なんにも気づかないで、3人が他の魔術師と戦ってることなんて、これっぽっちも考えないで、私は、とうまたちを助けられなかった」

 

「そうだね、無知は罪だ。インデックスちゃんは考えなかった。思考を停止させた。それはいけないことだとあたしは思うよ」

 

目線を合わせるためにしゃがみこみ、その綺麗な緑の瞳を見つめる。

春に芽吹く草木を彷彿とさせるその瞳には心配そうなあたしが映った。

 

「天羽、言い過ぎじゃねーか?インデックスだって」

 

「あはは、ごめんね。でもちゃんと言わなきゃいけないことだから。それで、インデックスちゃんはどう思った?」

 

まるでお父さんのように駆け寄る上条くんに少しだけ謝ると、再び彼女のほうを向く。

 

「どうって、悲しくて後悔した」

 

「ならいいんだよ。取り返しのつかないことに後悔して、悲しくして、そこからまた考える。延々に考えて、後悔すること、それがあたしの思う無知への罰だと思うんだ」

 

シスターでも神父でもなく、あたしはあたしとして言葉を続ける。

 

「だから今いっぱい後悔して、次に生かそう?それがきっとインデックスちゃんのできる事だから」

 

それが今あたしが与えられている罰でもあるから。

永遠に後悔し続ける罰。

妹を忘れずに、後悔し、痛むこと。それが何もできなかった無知な己への罰。

死んでも死なず、永遠に蝕む大罪への罰は傲慢な神が与えたもの。

元はと言えば神の理不尽に翻弄された結果だというのに。

 

「けいと……」

 

しんみりとした空気が嫌でなんとか話題を変えようと立ち上がると、ふと上条くんの包帯が目に入った。

アニメではあの時敗北して倒れたんだっけ。痛々しいその腕に胸が痛む。

それは罪悪感という痛み。

 

「にしても、なにその上条くんのぐるぐる巻きの包帯?」

 

「あぁ、これはインデックスがやってくれたんだよ」

 

ぷらぷらと包帯が巻かれた腕を動かすとニカッと笑う上条くんは強がっているようにも見えて少しだけチクリと胸が痛んだ。

もっとあたしが頑張っていれば、もっとあたしが強ければ、傷なんて、痛みなんて負わせなかったのに。

あたしは強くならなくちゃいけない。誰かを守るため。誰かを救うため。誰かを笑顔にするため。誰かを幸せにするため。

妹を幸せにできなかったから。この世界では幸せを与えたい。

愛しい人間に。

 

「治すためにはそうしとかないとね。魔術みたいにはいかないけど」

 

「そうだな、魔術なんか使わなくても大丈夫だろ」

 

腕を見つめ何かを悲しむように上条くんが呟く。

一人の少女を守ると決めたそのヒーローは誰よりも強く、誰よりも強かった。

そしてそれはあたしの心に影を生む。

強い主人公(ヒーロー)になりたかった、と。不純物(イレギュラー)ではなく、英雄(ヒロイン)に。

そうしたら妹を救えただろうに。

 

「出来ることなら、お前が魔術語ってる時の顔ってあんま見たくないからな」

 

優しい顔で微笑む上条くん。その微笑みに宿る感情はきっとあたしが妹に向けるものと似ているようで似ていない。

そんな笑みにインデックスは悲しそうに目を伏せる。

 

「そっか、私また目覚めてたんだ」

 

「目覚めてた?」

 

「あー、あの時の機械じみた感じのか?」

 

キョトンとするヒーローであったが、頭のいい悪役にはなんとなくピンときたようですぐにそれを言い当てた。

第二位の頭脳は伊達じゃない。もうすでに自動書記(ヨハネのペン)が一体何なのかきっとわかっている。

 

「うん。でもその時のことはあんまり突っ込んで欲しくないかも。意識がない時の声って寝言みたいで恥ずかしいからね。それに、なんだがどんどん冷たい機械みたいになっていくみたいで、怖いんだよ」

 

自分が自分じゃなくなる感覚。それにあたしは身に覚えがあった。

藍花悦と呼ばれた時。

あの名前で呼ばれると自分の定義が崩れていく感覚に陥った。

この体は何?この心は何?この知識は?この声は?この記憶は?何かを忘れている気がする。

()()()()()()

そんな考えが脳を圧迫する感覚。

 

「ごめん」

 

「いいんだよ」

 

申し訳なさそうな上条くんとインデックスちゃんの声で我に返る。

考えてはいけない。一種のブラックボックス。

中身を知ったらあたしはあたしで居られるか分からない。

 

「そうだ、オマエ飯食えるか?」

 

「え?病人じゃないから食べれるよ」

 

なるべく明るく取り繕って垣根くん問いに答えると少し睨まれる。彼は鋭い子だ。

きっと不安を見抜いている。でもごめんね。

これは誰にも話せないことだから。とても馬鹿げたノンフィクションだから。きっと彼には考えつかない。

垣根くんはあたしを助けることなんてできない。

 

「なら作りますか、垣根も手伝えよ?」

 

「あたしも手伝うって!」

 

「あぁ、わかった。あと泣き虫は座ってろ」

 

楽しそうにキッチンに行く上条くんに付いていこうとするも垣根くんに額をまたもや小突かれる。

 

「横暴!」

 

二回も小突かれたおでこは真っ赤になり、ヒリヒリとしたその小さな痛みは心の痛みを塗りつぶした。

 

 

 

 

 

 

 

男子二人組のお料理はムカつくことに絶品で、女子として、人間として、何もかもとして敗北感を味わった。

毎日コンビニ弁当だったり栄養サプリで生きている多忙な看護師なのだ、知識はあれど実践経験は0に等しい。

 

「さて、お客様が来るんでしょ?」

 

「天羽、ほんとに大丈夫か?」

 

美味しかったご飯のお片付けをインデックスちゃんと二人で終わらせ、居間に戻る。

なんだかんだ心配するあたり、あたしは彼に懐かれていると考えていいのだろうか?

 

「うん、垣根くんがいるから、大丈夫」

 

「そーかよ」

 

ちょうどその時、タイミングよくピンポーンと跳ねるような電子音が鳴った。

それを聞いた上条くんが立ち上がって玄関へと向かう。

 

玄関から現れた二人組は昨日少しばかり喧嘩をしたお二人さん。

ステイルくんと神裂さん。

 

「なんで、あなた達がここに……?」

 

酷く怯えた顔をしたインデックスちゃんだったが、一瞬のうちにキッと睨むような顔つきに変わる。

上条くんと彼らの間に入ろうとした彼女の肩に手を置き、垣根くんが止めに入る。首を横に振り全員を茶の間に促す。

 

「俺らの招待客だ。勝手に入れよ」

 

「ここ小萌先生の家なんですが?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

垣根くんと上条くんのちょっとした漫才に空気が軽くなったのかは分からないが、特に問題もなく全員ちゃぶ台の周りに座る。

何だかとってもシュール。

 

「さて、どこから話すか」

 

垣根くんは少し悩むそぶりをしてゆっくりと話し始める。その真相を。

 

「まず、インデックス、こいつらはお前と同じ組織のものだ」

 

「え?どういうことなの?」

 

パッチリとした目を大きく見開きその言葉をゆっくりと噛み砕く。彼の言葉は思ったより理解し難かったのか神裂ちゃんに視線を投げかけた。

それに気が付いた彼女は静かに口を開く。

 

「……私たちは必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師です」

 

「僕達にはある目的があって君を追いかけていた」

 

「目的?」

 

「なんかな、お前の頭はあと3日したら爆発するんだと」

 

怪訝そうな顔で彼らを覗き込むインデックスちゃんに垣根くんが代わりに答えを教えた。

やる気のなさそうに手で爆発を表しながらバーンと効果音までつけるその仕草はシリアスというよりシリアルと言える。

 

「ばっ!?」

 

「ま、嘘だけど」

 

安心させるためなのか只々馬鹿にしているだけなのかは分からないが、ベーッと舌を出してジト目でどこか違うところを見ている彼はどう見ても暗部のリーダーなんて物騒なものに見えなくて。ちょっと悪戯好きの少年にしか見えなかった。

 

「ていとく!なんで嘘つくの!」

 

「もっとも、彼らにとっては真実だがな」

 

ふざけた声が低く、警戒するような声にガラリと変わる。

一瞬のうちに纏う空気が変わった。少年の中に潜む攻撃性。それを表すかのような声色だった。

 

「我々はインデックス、貴方の脳が10万3000冊の魔導書に圧迫され1年で記憶を消さないと死んでしまうと聞かされていました。そして上に命令され何度もあなたと過し、何度もあなたの記憶を消しました」

 

「……すまない。謝って許されることではないのは重々承知だよ」

 

「ごめんなさい。なにも考えず上を信用した我々の責任です」

 

頭を深く下げて謝るが、それはあたしの醜い感情を助長させるだけだった。

あたしは部外者だ。視聴者だ。ファンですらないただの一般人。薄いモニターの外で彼らを見ていただけに過ぎない。

だからあたしがこんな感情を抱くのはお門違い。資格なんてない。

それでも嫉妬の炎はグルグルとまだ胸の中で渦巻いていた。

 

「ったく、こんな小学生レベルで躓く辺り、魔術師ってのはどんだけ現代科学に疎いんだ?まぁ、変な本読まされてたってんだから科学的な考えが浮かばない理由にはなるが……」

 

だが何とか感情を抑えられたのは他ならぬ垣根くんのおかげだった。

もう痛みも赤くもない額が、彼の暖かさをまだ持っていた。その暖かさがあたしの心を落ち着かせる。

それにあたしにはそんな醜い感情よりも他に彼らに伝えるべき言葉がある。感情にのまれるな。

 

「で、でもなんで嘘ってわかったの?」

 

「それは……」

 

「インデックス、テメェはこの金髪頭がなんの職業か知ってるか?」

 

そういって彼が指をさしたのはあたし。

突然振られる話に少し驚き、声が漏れてしまう。

 

「え?」

 

「インデックス知らなかったっけか?でもあの服着てたの知ってるよな?」

 

「あの服?初めて会った時の服のこと?確かに今日とは全然雰囲気違ったけど」

 

初めて会った時は今つけているチャラチャラしてるものは全部取っていたし、髪も上げていた。

パンツスタイルのナース服はあまり病院に行かない人やナースに夢を見ている人にとっては少し珍しいかもしれない。

 

「こいつはな、ナースなんだよ」

 

「つまるとこ、体の仕組みについては俺と同じくらい詳しいわけだ」

 

上条くんの説明の後に、まるで自分のことのようにドヤ顔で紹介する垣根くんは姉を紹介する弟のよう。ちょっぴり微笑ましい。

ただ「俺と同じくらい」発言は少し納得いかない。精神四十路手前なめないでいただきたいものだ。

いや、その精神も今ではかなり疑問だ。四十路だというのに精神は自分で言うのも腹立たしいが自分の精神が肉体と釣り合っているのだ。

若々しい考え、若々しい感性。まるで新しく生まれたように。

チグハグな精神と肉体。

何かが引っかかる。

 

「けいとって、頭いいんだ……」

 

「インデックスちゃん、喧嘩売ってる?」

 

はぁとため息をつくとごめんねと謝られる。謝って欲しいわけではないが、何だか複雑な気分。

ナースになるための試験をコネを使って受けてはいるが、一応実力で勝ち取っているのだ。精神は先ほど述べたように不安定だが、知識は問題ないはず。

 

「んで話の続きだが、お前の記憶の圧迫は嘘だと看破されたにも関わらずこいつらはここにいるのはなぜだと思う?」

 

首を傾げ何のことだか分からないという顔をするインデックスちゃんに今度はあたしが説明する。

もう心は落ち着いていた。

 

「なんか、決まって1年経つとお前にその症状が出るんだってさ」

 

「そう、今回はその件で話をしてるわけ」

 

「え?でも今のところは何も無いよ?」

 

確かに3日前だというのにインデックスちゃんの体調はすこぶる元気で以上は見られない。

しかしステイルくんたちによると本当に苦しむそうで。

 

「でも本当に苦しむんです。苦しくて目も開けられないほど」

 

「脳に異常は見られない、そもそもの話が嘘……なのに本当に苦しむ、それは何故だ?」

 

「……魔術?」

 

顎に手を当てて少し考えたインデックスちゃんは恐る恐るそれを答える。

その答えは出題者の垣根くんを満足させるもので、まるで兄のように悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「正解だインデックス、ご褒美に上条をこき使う権利をプレゼントだ」

 

「えっ」

 

「さっきちょっと話に出てたけどさ、インデックスちゃんと初めて会った時自動書記(ヨハネのペン)が起動されたって言ってたんよ」

 

突然生贄にされた上条くんをシカトし、垣根くんの話に続くようにあたしは少しづつ順番に説明をすることにした。

インデックスちゃんには申し訳ないが少し嫌な話を彼の代わりにするとしよう。汚れ役は姉の役目だ。

 

「あの時は死にかけてたからそれが起動されたと推測するとさ、死にかけになって困るのってインデックスちゃん以外に誰がいる?」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)……」

 

「そ、切り札であるインデックスちゃんを無くしたら1番困るのはインデックスちゃんの上司だよね」

 

紐解いていく。その謎を。ひとつづつ、丁寧に。

今のあたしたちはさながら探偵のようだった。

 

「教会がシスターさんの頭を弄って1年周期で記憶を消さなければ死んでしまうという細工をした」

 

シャーロックホームズ役の垣根くん。

 

「インデックスちゃんが裏切ることのないように、科学に疎い部下が彼らに従わなくてはいけないように」

 

ワトソン役のあたし。

 

「つまり、自動書記(ヨハネのペン)と記憶消去に伴う苦痛はインデックスちゃんを教会から手放さないための足枷、首輪だと予測が立てられるってわけ」

 

「初対面の俺たちがわかるのに長い付き合いのテメェらが分からなくてどーすんだよ」

 

交互に喋るあたし達に他のみんなは黙り込む。

本当は上条くんが気づくはずだったのだ。あたし達の知識と記憶が簡単にここまで導く、導いてしまう。

果たしてこれが未来をハッピーエンドに導くかは分からない。バッドエンドになるかも分からない。

でも必ずしも悪い結果を引き起こすとも言えない。あたしは介入し、改変する。ハッピーエンドへの道を無理にでも作ってみせる。

たとえなにも知らなくても。

 

「それでどうするんだ?インデックスの首輪を絶つには何をすればいい」

 

「上条くん、ステイルくんはルーンを使って魔術を使ってたよね?それってさ、裏を返せば何かに刻めば魔術は使えるってことだよね?」

 

静かな部屋で声を出す。あたしの一言にみんなが唾を飲み込む。

 

「刻まれた魔術。紙に刻まれていたそれを生物に刻んだら、どうなる?」

 

その一文でみんな理解に及んだらしい。

ハッとした表情で一斉にあたし達に目を向ける。

 

「服は上条が触って爆発させたんだろ?フードも俺らが消すところを見ている。となると……」

 

「私の、体……」

 

その声の持ち主にみんなが意識を傾ける。

死の苦しみを刻まれた小さな少女。

それを誰よりも早く理解した上条くんが勢いよくインデックスちゃんの頬や額に右手を当てた。

しかし何も起こらない。

 

「……あれ?なんともなんないぞ」

 

「んな大事な刻印見えるとこにつけとくかよ馬鹿かよテメェ」

 

人体における見えないとこ、何個か候補は浮かび上がる。

口内が正解だが、一応自分の頭で考えてみる。

だって穴なんて正直言って口以外にもある。

というか耳穴の方が脳に近いし誰にも触られないからそっちにすればいいのに。いや、でも小さすぎるのか?

膣は?聖なる母の象徴みたいなものでしょ?聖母マリアに似た存在が聖書に書かれている十字教なら正解かどうかは別として普通に有り得そうなんだよなぁ。

あ、でも聖母マリアは処女だからダメなのか。

てか普通に解剖して内臓にかけばよくね?あ、解剖って十字教ダメなんだっけ?

じゃあ口内が一番いいのか。納得

 

「……口の中かな。脳に一番近く、手の届くところと言ったらそこくらいしか思いつかないね」

 

「だろうな。というか十中八九そうだろ」

 

何だか少しピリピリした空気の中、ステイルと垣根くんが怒りを含んだ声で話し合う。

 

「じゃあさっそく!」

 

「まぁまぁ、待って待って」

 

ガタガタとちゃぶ台に足をぶつけながら立ち上がる上条くんにあたしは慌ててストップをかける。

 

「何でだ?いまやった方が……」

 

「いや、あと三日はあるんでしょ?昨日の今日なんだよ?明日以降でもよくない?」

 

適当な理由をつけて一旦席に座らせると不思議そうな顔で上条くんがこちらを見上げてきた。

今じゃダメな理由、それは人工衛星を破壊しなくてはいけないから。どうしてかはあんまり覚えてないが。

インデックスちゃんの放つ破壊光線じみた攻撃があの衛星を壊さなきゃイベントはおきない、はず。どんなイベントだったかあんまし覚えてないが、アレは確か学園都市のほとんどの実験の演算を担うスーパーコンピューター。アニメ通りに壊しておけばある程度の悲劇は減らせる筈。

わかんないけど!

あたしの記憶はインデックスちゃんみたいに万能ではない。欠落が見られるのだ。

主要人物と大まかな流れしか覚えてない今、あの演算装置が壊れることで起きることを記憶していなかった。

でも今できることはそれくらいだ。アレがない状態で物語が進んでいた以上、あの衛星の破壊は必要と判断する。

 

衛星が真上を通るのは3日後の0時くらい……だったはず。

人工衛星は基本的に1日で16、7周するので逆算して大まかな位置さえ分かれば破壊は可能だが、計算を失敗したら破壊できない。

学園都市のものだから静止衛星だとは思うが、今は昼間。警備員(アンチスキル)もいるし、真昼間からレーザービーム打たせたら捕まる。

それは嫌。

 

「確かに、そうだけど」

 

ついでに言うと、あたしと垣根くんは万全じゃない。だって昨日幻想猛獣(AIMバースト)と神裂ちゃんとの連戦だったんだ。個人的には家に帰りたい訳で。

そんな理由であたしは明日以降への延期を提案しているのだ。

 

「何があるかわからないし、万全の体調で挑みましょう!これはドクターストップです!」

 

「医者じゃねえだろ」

 

それに注射(怖いこと)の前に少しでも落ち着いてもらうのが看護師の役目だしね。

注射(怖いこと)が終わったら飴をあげて偉いねと褒める。小児科の看護師さんの役目。

小児科じゃないけど。

 

「はい、ということで解散!明日の夜にここ集合!夜なら小萌先生居ないから!あの人いっつも夜中銭湯で長風呂してるって友達言ってたし!」

 

彼らを急かすようパンっと手を叩き立ち上がると、納得してない顔をしながらもみんな渋々了承してくれた。

もう話は終わった。そんな表情をしながら魔術師二人は玄関へ足を運ぶ。

背を向け玄関から外へ向かったその二人に小走りで声をかける。

 

「あの」

 

昨日のことについてずっと言いたかったことがあったから。

醜い感情に芽生えた感情を聞いてもらうため。

 

「昨日はごめんなさい。とっても酷い言葉を使っちゃって。今更だけど」

 

頭を下げ、謝罪をする。

昨日の暴言。ずっと頭にこびりついていた。

理論的じゃ無い感情に、感情的な言論にずっとわだかまりを感じていた。

言葉は鋭い。鋭利な刃物にもなる。あたしが言葉で傷つけたのは紛れもない事実。

深々と頭を下げたせいで彼らの顔は見えなかった。

 

「……いえ、謝られるようなことは」

 

「それでも、ごめんなさい」

 

面を上げて真っ直ぐ彼らを見つめる。少しだけ戸惑うと、軽く会釈をし彼らは去って行く。

赦しを得た、のかな?分からない。でも言いたいことは言えた。

もうここに用は無い。

 

「さてと、あたしは帰るかなぁ」

 

「天羽達、帰んのか?」

 

上条くんの言葉に頷き、玄関の扉に手を掛けるとそれに垣根くんもついてくる。

彼も帰るそうで、じゃーなと上条くんに別れの挨拶をしてあたしの後ろでドアを開くのを待っていた。

ドアを開き、玄関から一歩外へ出たところでくるりと上条くんたちに振り向く。

 

「着替えたいしね。そーゆーことで、アデュー!」

 

なるべく笑顔を崩さずにそう言って扉を閉める。

扉が閉まってすぐ、私の肩から緊張が抜けるのがわかった。

安堵から小さく息を吐く。

緊張した。また酷い言葉を口にしないかビクビクとしていた。

泣きださないか、あの日を思い出さないか怖かった。

 

「そんじゃ、帰ろうか」

 

一旦思考を止め、垣根くんと帰宅しようと後ろを向く。しかしそこに彼はいない。

不思議に思い視線をアパートの下に移すと、もう既に道端でムスッとしながら立っている彼が見えた。

 

「帰るぞ」

 

なんだかんだ待っていてくれている彼の元へ急いで走り寄るとそのまま帰路につく。

嫌な思考はもう既にどこかへ飛んでいた。

 

 

 

このままなにも考えずに、神の意のままに進むこともできるだろう。

でもそれは嫌だった。

誰の手のひらで転がされているかはわからない。もしかしたら今この状況すら窓のないビルで一人揺蕩う男のプラン通りかもしれない。

それでも構わない。全てが救われるのなら、あたしは喜んでこの身を差し出す。

 

それがきっと正解に繋がるから。




けいとちゃんの同族嫌悪を当てられた時笑いましたが、まあいいか。同族嫌悪とは少し違いますしね。
常識に囚われたけいとちゃんと常識に囚われない垣根くん。お互いを補うような構成にしていきたいなーと思っています。
なので無双とかないですし、二人の成長物語的な感じになっていくのでそういったものが苦手な方にはこの小説は合わないと思います。
追記:何をトチ狂ったのか静止衛星の降り間違えてました。教えてくれた方に感謝。

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