とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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125話:代替物の残骸

厳かな教会で、少女が横たわる台に強く両手を叩きつける。焦った様子で儀式場で声を荒げると、彼は僅かに眉を顰めて息を吐き出す。

青年は赤毛を揺らし、肩を大きく怒らせた。

 

「やられた……!」

 

目の前の少女が()()()()()。金髪は白に、赤い布だけが残り、蝋が融けるようにドロドロと溶けて、祭壇にこびりつく。

人ではない人形が、静かに消え失せた。

 

「デコイ……あの時か!」

 

人間ではない白い塊に怒りがとめどなく溢れ出す。

あの時わざと攻撃を受けていたのはこのためか。いけ好かない男の嘲笑うかのような真っ黒な瞳が脳に浮かんだまま離れない。

 

色素の薄い髪、高い背、不敵な笑みと、様になったスーツ、そして整った顔。

自分と似た様な男、それは見た目ではなく中身の話。闇を見て、闇を知り、そして闇に打ち勝つすべを知る。

何より自分に底知れぬ自信を持っている。

科学側の自分と言ってもおかしくないくらい似ていた。

 

わざと負けるような策も、デコイによる妨害も、考えられていて腹立たしい。

 

「クソッタレ!もう一度捕まえに、いや、もうすでにあそこは警戒状態、代わりを……」

 

もうサーシャ=クロイツェフは使えない。一度手の内を明かしてしまったら、聖女様や先程の男が策を練って反撃を許してしまう。

そもそも、もう別のところに逃げたかもしれない。

 

しかし何を代わりにすればいいかと聞かれれば答えかねる。

彼、フィアンマのやりたい事はとても壮大で、恐ろしく、絵空事のような奇跡。それを成すための術式は、天の御使いと関わりのある、もっと言えば天使をその身に宿した人を使う。

 

あの夏起きた大規模な魔術、御使堕し(エンゼルフォール)で天使を降ろした体を素体。

それがサーシャ=クロイツェフだった。

見た目と中身が入れ替わる、それも誰に認識されることも無く知らぬ間に入れ替わっていた。

彼女はその中でも天使と体を入れ替えた。椅子取りゲームのように肉体を、魂を入れ替え、この世界に天使が人の体を受肉し降り立つ。

 

御使堕し(エンゼルフォール)……そうだ」

 

サーシャ=クロイツェフは天使ガブリエルをその身に宿した。

なら、その天使の肉体はどうなった?

 

「天使に成り代わった方を使えばいい」

 

天使の体に入り込んだ魂。天と繋がる魂ならば、代替品が務まるのではないか。

 

「確か学園都市の……」

 

幸い、用心深く用意周到なフィアンマは、一通りサーシャ=クロイツェフと一緒に調べていた。使わないと思っていたため細部は知らないが、その名を知っている。

天使に成った人の名を。

 

「藍花悦、だったか」

 

学園都市、超能力者(レベル5)が一人。

第六位の怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重い雪を踏みしめ、足跡をつけていく。長い金髪に雪が絡まり、重さで歩きにくい。

 

「はっ、はぁ、クソっ……」

 

口の中で弾ける血の塊を吐き出して、汚した服と体を制限された能力を使って綺麗にしていく。

演算と重い体が足取りを重くする。

50の不具合ではないのに、本体の不具合が足を引っ張っていた。元気な思考なのに、体はそれに追いつかない。

車を渡してしまったのは失敗だった。

 

「もう少しだってのに、暴れすぎたっ……あー、もうっ!」

 

50の演算に追いつかず、体が足から崩れ落ちる。鞄を投げ出し、冷たい雪の上へ体を預けた。

力尽きた。マスターの体は歩くコマンドを拒否している。もう、この体を動かすのは難しい。

 

「くそったれ……こりゃ、適当な人間誘導した方がはえーな」

 

四肢と服だけ残し、50は赤く濁った口の中から這い出る。

小さなカブトムシは赤い血を綺麗に消し、雪の中で眠る女の姿を見つめると、少し翅を広げて辺りを見渡す。落とした鞄の上に乗って見える景色は白く、カブトムシの姿を隠してしまいそうだった。

 

「せめてデカくなれればいいが、権限はオリジナルにあるからな。仕方ねぇか」

 

本来彼らは15m程度までは巨大化できる柔軟な生命体。原作と違って隠密行動が主な用途だからこそ使ったことはないが、本領を発揮すれば足のない70だか80cmしかない軽い体くらい持ち上げられるはずなのだ。

けれど、05以外の偵察隊は製作者の許可がなければ巨大になれない。暗闇に紛れて情報収拾するのが役目、だから人目がつく行動は必ず許可がいる。

 

それに05とは少し仕組みが違う。

彼は無理やり自我を作られ、駒にされ、パーツを補い人間の姿をしていた。

天羽彗糸の四肢のない体と、中で流れる垣根帝督の血液から取ったDNAマップを使ってかろうじて保っていた姿は、今はもう演算する力がない。

せめてオリジナルと連絡を取れればいいが、マスターはそれを望んでいない。そして何より、オリジナルがロシアにいるのを接続が切れた(反抗期の)彼は知らない。

 

八方塞がり。

自分の力しか頼るものがない。

 

「ちょっと待ってろマスター、移動手段でも探してくる」

 

国境はもう目と鼻の先。あと6mくらい歩けば着く。このままゆっくりと痛みに耐えながら歩くより、屈強な男でも見つけてこちらに来てもらった方が早そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

50が飛び去り、金色が白い雪の中で置いてかれてしばらくした頃。誰かが雪を踏み、軽い足音が音のない雪景色に響いた。

 

「こんなところで天使様がお昼寝とは、あまりにも無防備だな」

 

中性的な青年が散らばる金髪を手に取って乾いた笑みを浮かべる。30kg程しかない軽い身体を持ち上げて、白い息をふっと吐き出した。

やはり科学側の人間、魔術でのサーチに簡単に引っかかり、簡単に見つけられた。

だが簡単すぎる入手に眉を顰める。

 

不安やら、恐れ。この女でいいのか、サーシャ=クロイツェフでなくて失敗しないのか。少し思うところはあった。

 

「……少し心許ないが、十分か」

 

しかし今はこれしか無い。

拾った体を抱き上げ大きな右腕を振るうと、青年はその場から姿を消す。

 

雪の上に残っているのは大きな鞄だけ。もうそこに天使はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い雪が続く道を歩く。それなりに処置をした打ち止めと番外個体をそれぞれ抱えながら、エリザリーナ独立同盟国へ向かっていた。

白い髪と茶色い髪。一方通行と垣根帝督が穏やかに罵倒しながら歩く光景は奇妙だった。

 

「はぁ……なぁーんでこの俺が仇を安全地帯まで持ってかなきゃならねぇんだか」

 

「おいてくればよかっただろォが。わざわざ俺を起こしてまで移動すンだ、文句言いてェのはこっちだ」

 

「テメェは大事なガキを殴ってきた男に預けられんのか?」

 

「……クソが」

 

呼吸が柔らかくなっていく番外個体の息遣いに安堵し、重い体を背負って見えない道を進む。

発育のいい女が背中に乗っているにも関わらず、垣根の脳には別の女が居座っていた。

その女のことを考えると、たとえくそほど興味もなければ憎悪しか感じない奴相手でも、優しく()()()()()()()()という感情が米粒ほど芽生える。

でなければ、この三人まとめてあの雪に置いてきた。

 

「俺だって、あのバカが泣かねーならテメェらなんぞ雪の中で殺してる。あいつに感謝しろよ」

 

「あのクソ女か……だから年下の女は嫌いなンだ。ほだされて、自分らしさとかいうくだらないもンが崩れていって、クソみてェ」

 

「年下の女に振り回されんのは男なら誰でも通る道だ。それにどう対応するかで良い男かどうか決まるんだよ」

 

ひんやりとした空気に吐いた息は白く色付く。

重い荷物だというのに足取りは軽い。

 

「良い男、な。ナルシストかよ」

 

「少なくとも、あいつは俺のことが世界で一番好きで、世界で一番良い男だと思ってる。だからそう言ったまでだ」

 

「うっぜェ。女の手のひらで踊ってて惨めだな、オマエ」

 

「童貞の僻み……いや、テメェはどっちか分かんねぇーんだったか?じゃあ童貞喪女の僻みか」

 

鼻で笑い飛ばし、小さな最強を見下ろす。勝ち誇った笑みで見下す垣根の自尊心は有頂天に達していた。

パラレルワールドから続く因縁に打ち勝ったのだ、高揚感は底知れない。

 

「死にてェならそう言えよクソッタレ」

 

「殺せるなら殺せよ──あ?」

 

殺意に満ちた軽口を叩きあっていると、顔のすぐ横を何かが通る。

青いなにかがひらひら、きらきら、白い景色の中飛んでいた。

 

それは青い蝶だった。

あの夢の中で息を奪った虫。鮮やかで、艶やかな蝶がふらふらと飛んでいく。

 

「なンだよ」

 

「……ちょっとまってろ」

 

目が奪われた。おぶっていた番外個体を降ろし、蝶の飛ぶ方角へと足が向く。

 

「あっオイ!どこ行きやがる!」

 

胸騒ぎが彼の肉体を支配する。

白い世界の中、その藍が強烈に目に焼き付く。第一位の制止も聞かず、青い道筋を辿った。

 

「──オリジナル?」

 

そこに居たのは赤い目をした小さな白い虫。

そして、彼女が持っていた大きな鞄だけ。

 

胸の鼓動が早まる。

蝶の姿はもうどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗いビルの中、人工的な淡い光が走る部屋でそれは呟いた。

 

『あの邪神が本来の姿を思い出したか』

 

面白いものを見つけたように、ごみ溜めに群がる虫を蔑むように、その白い怪物は薄く笑う。

 

「天羽さんのこと、気にしてないんですね」

 

『私はあの女が嫌いだからな。興味はない』

 

エイワスの嘲笑を目にして、天使のような光輪とうねる光の翼を生やした生き物が眉を顰める。

冬物のブレザーを着込んだ生き物、風斬氷華は昔出会った()()の姿を思い出し、苦々しい顔をエイワスに向けた。

体格と雰囲気がよく似ているその女性の眩しい金髪と甘い顔をよく覚えている。

 

同じ不老不死の怪物の目線で話す恐ろしい人間。

あの禍々しい赤と緑の瞳が、どうしても忘れられなかった。

 

「……これから、どうなってしまうのでしょう」

 

『彼女は邪神だ。好きな人を愛せない世界なら滅ぼすだろうな』

 

「っ!」

 

未来を案じ、うつむき加減に風斬は弱々しく呟く。

その言葉を鼻で笑うと、エイワスは楽しげに声を弾ませた。風斬の苦々しい顔を馬鹿にするような声色が広い部屋に響く。

酷く楽しそうだった。

 

『案ずるな。顔の良い主人公が何とかしてみせるさ』

 

邪神を手懐ける少年に全てがかかっている。

好奇心溢れる化け物は、その事実が何よりもおもしろかった。




ね、寝取らr……
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