本当にありがとうございます。皆様のおかげでここまで続けることができました。
最終回までもうしばらくお付き合いください。
(今回と次回はかなり短くなる予定です……)
掘っ建て小屋のような一室で、小学生と高校生ほどのよく似た姉妹が二人ベッドの上で静かに眠る。
大きい体の
「戻ってきたと思えば、重体の女の子二人も抱えてくるなんて」
「悪いな聖女さん。応急処置はしたんだが、そっちの子は俺らにも治療が無理そうでな」
「全く、治療なら私の精神を何とかしたいのだけれど」
淡い金髪と、暖かそうなダウンコートを着た女性が打ち止めたちに視線を落とし、ため息を吐く。
窪んだ目元が特徴的なその人は、同行してきた茶髪の少年の顔を見て小さく悪態を吐いた。
疲れ切った女性の顔は優しいながら少しピリピリと緊張感を漂わせている。
「……で、どうなんだ、治るのか?」
「結論から言うと、こっちの大きい子は大丈夫。だけどこっちの子は難しそうね」
一方通行の言葉に視線を移すと、女性は再びため息を吐いた。
その表情に影がかかる。未来の確証ができない事実が、優しい女には苦だったよう。
「彼女には毒素が溜まっている。溜まっているだけなら治療は簡単なのだけれど、彼女の場合は恒常的にその毒素が注入されているような状態、一度抜いても意味がないわ」
「そうか……」
曇った女の顔に不安や焦燥が募る。しかしそれ以上の解決策はなく、肩を落として薄い壁にもたれかかった。
どうすればいい。
どうすれば大切な少女を救える。
答えの出ない問題がぐるぐると頭の中を回り続け、黙り込む。
手詰まりだった。
「……取り敢えず、ここにいれば
「あ?」
沈黙が続く部屋で、背の高い少年が扉を開ける。軽い目配せをして外へ向かう彼の背中を追いかけ部屋を退出すると、廊下の真ん中で彼は足を止めた。
「羊皮紙持ってるだろ?」
「……それが?」
「そいつは鍵だ。打ち止めを助けるためのな」
冷たい声だった。
背を向けながら放つ男の声は酷く冷たく、憎悪に富んでいた。
「知りたいか?」
くるりと一方通行に体を向け、高い背で見下ろす。彼の言葉に一方通行の思考は乗っ取られる。
彼はなんといった。
先ほどの金髪が無理といった治療が、彼にはできるのか。
彼なら治療法を知っているのか。
目の前にある一抹の希望に心が掻き乱される。
声が思うように出なかった。
「俺は打ち止めのこと好きでも嫌いでもねぇし、助ける義理もなけりゃ、見捨てる理由もない。けどお前はどうだ?」
そんな一方通行の感情を読み取ったのか、顔の整った少年は鼻で笑って吐き捨てる。冷徹な黒い瞳で見下す彼は思いの外一方通行に恐怖を感じさせる。
長く闇に投じていた分、多くを見てきた。
近くで光を感じていた分、多く絶望してきた。
憎悪も、野心も、後悔も、何もかも。悪感情なんて一方通行のものより遥かに大きい。
「俺の女を殺しかけて、命削ってまで主張したあいつの言葉を理解せずに厨二炸裂させて悲劇のヒロイン気取って、助けてやったのに感謝の言葉もないお前のために、俺がこれ以上何をする必要がある?」
憎悪の籠った瞳が一方通行を見る。
全てを知る脇役は主人公が何よりも嫌いだった。海底のように深い闇に投じていても変わらぬ希望ある未来、愛を教えてくれるヒロインも死なず、
腹立たしい限りだ。
垣根帝督がどんなに努力しても得られなかったものを得て、それを守る力もあって。彼が望んだ学園都市の改革も、目の前の格上がやってのける。
自分がやりたかったのに、全て奪われる。
彼には出来ないと見せつけられるようで、酷く腹立つ。
「……あ」
しかし一方通行がそんな事情知っているはずもなく。細く繊細な見た目と反した低い声を絞り出して、少年に縋り付く。
悪を、プライドを貫いたって打ち止めは助からない。
その事実をヒーローから教わった。他ならない垣根帝督から教わった。
一方通行にとって垣根帝督はヒーローだ。
嫌いな女の死に際に現れて、助けてしまう。嫌いな自分もまとめて殴り飛ばし、ここまで連れてきた。
そして今、言わなくても良いというのに、選択肢さえあれど救いのヒントを与えようとしている。
ヒーローと言わずになんと呼ぶ。
「……ありがとう……色々」
ぶっきらぼうに一方通行は呟く。
真逆。
彼らの感情は真逆だった。けれど、羨望、嫉妬は一緒。
どうやら彼らは、奥底の方では似た者同士だった。
「頼む。あいつのために、教えてくれ」
頭を下げて、最強らしからぬ低姿勢で、一方通行は言葉を吐き出した。
今までの一方通行なら絶対に言わない言葉に少年は小さくため息をついて頭を掻く。どうしたものかと、ポケットに手を入れ意味もなく床の木目を視線でなぞった。
「……打ち止めは前に同じような状況になってるはずだ。記憶を覗け。んで、その治療法の改変に羊皮紙を使え」
苛立った顔でため息をつくと、少年はスーツの襟を正しながら簡潔に話す。これ以上手伝う理由は彼にない。
「歌は得意な方か?」
「歌……?」
適当にヒントを吐き捨てて背を向け歩き出す。
その歩みは止まらず、一方通行を無視して言いたいことだけ言ってどこかへ向かってしまった。
廊下を突き進み、一つの部屋にノックもせずに入ると、垣根は低い声で目の前の生き物を睨む。
「さて、洗いざらい話してもらおうか」
赤い瞳の白いカブトムシ。旅行鞄に入った紙を読む生き物に鋭い視線を向ける。
愚かな下位個体に早く接続しなければ。
彼が匿っていた鮮やかな乙女の居場所を掴むために。
砲撃と銃撃。重い弾丸が地面を抉る音、素早い弾丸が装甲を貫く音。
学園都市の砲撃とロシア軍の攻撃の阿鼻叫喚の中、黒髪の彼は白い雪の中で身を隠す。
上条当麻は一人、先ほどの軍事基地へと来ていた。
フィアンマが来るならおそらくここ。そう目星をつけてやって来たものの、目の前の違和感に困惑する。
「魔術師が、いない?」
見えるのは砲弾と銃弾ばかり。ここにいるべき兵士がいない。
敵を翻弄する魔術師の方が、科学のトップである学園都市の勢力とまだ渡り合える筈だ。しかしここにあるのは下位互換、最底辺の科学装備のみ。
SF小説から飛び出た超常的な科学技術を持つ学園都市に、外の世界の鉛玉は通用しない。そんなことは分かっている筈なのに、なぜかこの場には唯一の対抗手段がなかった。
「どうして、みすみす学園都市を招くようなやり方を……?」
──決まっているだろう。重要な右腕を持ったお前を招くためだよ
疑問に答えを出そうとそこまで良くない頭で考えていると、突然何もない空に声が響く。男の嘲笑が腹の底に溜まる嫌悪を呼び起こし、追っていた赤毛の男の声が纏わりついて離れない。
「フィアンマっ!?」
──砲撃に巻き込まれて右腕が失われるのも困るしな。手っ取り早く回収するためにわざと穴を開けておいたと言うところか
声がどこから来るのか、なぜここにいるのかわかるのか、きっと何かしら細工をされている。焦って右手で服の上から体を触ると、思った通り、ザラザラとした何かを右手が掴んだ。
服の隙間から抜き取ったのは小麦粉でできた白い人型の小さな人形。きっと魔術で作られたGPSのようなものなのだろう。ここまで来ることを予測されていた、ここに来るように仕組まれていた、その事実が上条に重くのしかかる。
右手の能力により崩れて行く人形の姿に唇を噛んで、強く手を握りしめて、ただ後悔していた。
「あの時やけにあっさり引き下がると思ったら、見逃されたってことかよっ……!」
──その答えは、今にわかるさ
最後に聞こえた小さな声を掻き消す音が響く。
地鳴りが体を揺さぶって、吐き気が腹の底から駆け上る。地震とは違う、浮き上がるような地響きだった。
はっと顔を上げ、動く地面に伏せて空を見る。曇り空がとても近い。
体が浮く感覚はない。けれど強い風を感じていた。
「なっ!?」
地面が空を飛んでいた。土の塊が、上条を乗せて空を飛ぶ。彼が立つ地面だけではない。様々な地面が、崩れ、持ち上げられ、天空へと飛んで行く。
土は空の上で一つの塊となり、形を作る。
空に浮かぶ星のような形をした天空の地。厳かな教会や聖堂が集まる不思議な空間に、息を飲んだ。
そしてその頂点。様々な宗教的な建築物が集う星を、おぞましい生き物が見下ろす。
体も顔も髪も、全てが白い想像上の生き物。氷のような翼を広げ、本来目のあるべき窪みで世界を見下ろす生き物が、上条の視界に現れた。
「天、使……?」
遠くに見えるそれは神の使い。
神と繋がるある少女から無理やりひきずり降ろされた天の使い。
名はガブリエル。
水を司る天使。女の姿をした使徒。