とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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129話:終息への道筋

少し硬いベッドの上に散らばった茶髪を無造作にかきあげて少女は小さくため息を吐く。

疲れ果てた体は動きが鈍く、動きづらい。だから彼女は待っていた。

横たわりながら見つめるUSBを取りに来る憎い野郎を。

 

「頼んでおいたデータは手に入ったか」

 

待ちぼうけだった彼女の苛立ちをかき消すように、ぎぎ、と古ぼけた金具が軋むドアが開く。

待ちわびていたいけ好かない野郎の素っ気ない声色が腹立たしい。

 

「病み上がりの女にやらせる仕事にしては納期が早すぎるんじゃない?このミサカだってお休み欲しいんだけどなぁ?」

 

「手に入ったかどうか聞いてんだ。答えはイエスかノーの二択しかねぇんだよ」

 

「早漏かよ、もう手に入ってる。九月三十日に打ち止め(ラストオーダー)が聞いたっていう謎の歌、その楽譜、疑似音声データ、サラウンド振幅グラフ、お好みはどれかな?」

 

つかつかとベッドの方へ歩み寄り、その野郎、一方通行(アクセラレータ)は少し目を細めて彼女をその小さく白目の多い赤い瞳で見つめた。

 

なんで素直に従っているのかこいつはわかってない。

どうして彼女が、一方通行への悪意をぶち込まれた番外個体(ミサカワースト)という女が、ヘコヘコと仰せの通りにデータを抽出してるか。なんにも分かってない。

 

「全部出せよ、出し惜しみは三下のすることだ」

 

「なら、言うことあるでしょうよ」

 

「あ?」

 

「『ごめんなさい、お願いします』だろ?」

 

ただ無様にプライドを捨てる姿を見たいだけ。それだけのために()を用意している。

それを一方通行は分かっていない。

 

「ミサカァ、第一位がみっともなくイケメンくんに殴られてぇ、大事な子助けられてぇ、謝ってたの聞いてたんですけどぉ?あのイケメンくんには言えるんだ?」

 

「……そォだな」

 

「ミサカには言えないのに、ぽっとでのイケメンくんには言えるなんて、あれ?もしかして第一位、そういう趣味?なぁーんだ!実験中やけに下ネタ言うと思ったら!そういうことだったんだ?」

 

唇で弧を描いて番外個体は笑う。楽しいに決まっていた。

大嫌いな野郎を上から目線で侮辱するなど、どこの誰がしたって楽しいに決まっている。

 

「悪かった」

 

「……は?」

 

「オマエ達のことは騙された俺が全面的に悪い。悪かった」

 

だがその感情は長くは続かなかった。頭を下げた一方通行の姿に続けようと思った罵詈雑言が止まる。

白いつむじを前にして、プライドを捨てた人に対して、なんと反応すれば良いか、少し戸惑った。

 

「……ふーん、あっそ」

 

「っ!」

 

その姿につまらなそうにベッドの上で胡座をかくと、顔を上げた一方通行目掛けて指にひっかけていたUSBを投げつける。

軽く宙を舞って慌てた一方通行の手のひらに落ちたそれから視線を外して、冷たい雪の積もる窓へ顔を向けた。

 

「ミサカそんなのいらないし。勝手に使えば?」

 

「……あンがと」

 

これまた一方通行らしくない台詞に笑いが込み上げ、鼻で笑う。

その言葉を、もっと早く言って欲しかった。

 

「でもどうすんのぉ?その音声、ミサカのスペックじゃ表現できないし、別のパラメーターが必要なんでしょ?音楽が治せるとも思えないし」

 

「手筈は整ってる。あとは助けるだけだ」

 

視線を窓の外に向けたまま、一方通行はぶっきらぼうに吐き捨てる。さもそんな後暗い言葉なんて興味もないと言っているような一方通行の自信に富んだ言葉は、何故か本当に奇跡を起こせるように思えた。

 

きっと第一位なら、どんなにもがこうと、どんなに辛かろうと、打ち止め(ラストオーダー)を救ってみせるのだと。

なんだかそれが気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの声がする。その声は旋律となり、歌として認識される。

荒々しく、どこか寂しい少年の歌声が微かに50の鼓膜を揺さぶった。

 

「ヘッタクソな歌だな」

 

エリザリーナ独立国同盟の少し端にある小さな倉庫で苛立った様子の50は小さく舌打ちを打って目を細める。

マスターに命令された雑用も、保護対象(からかい相手)がいない状況も、酷く腹立たしい。

 

「なぁ、テメェもそう思うだろ?」

 

苛立ちがピークに達し、思わず足元の肉体を一つ壁まで蹴り飛ばす。

マスターに命令されたスパイのお掃除は少々面倒で、何より血で汚れるのが腹立たしい。彼女の血と混ざった肉体に、別の男が入り込むような感覚が気持ち悪い。

 

「はあー、帰りてぇー……」

 

息が遠のいていく数人のスパイを尻目に小屋を出る。

はやく、こんな色のない国から出たい。少女と歩いたロンドンの明かりがとても恋しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を見つめながら上条は走る。モノレールを降りた先のだだっ広い空間を右手で触れながら、先程見た異形の影を思い出していた。

 

「アイツ、だったよな?」

 

バレリーナのような神々しい異形の姿が脳裏に浮かぶ。

顔はよく知るクラスメイトだというのに、身に纏う雰囲気、姿形、何もかもが違っていた。

なにか別の世界から来たような、例えるなら鳩の群れに一羽だけ孔雀がいるような目に見える違和感。

強烈な存在感が忘れられない。あの恐ろしい人の姿に、どうしても嫌な予感が拭えなかった。

 

「……やっぱ、天羽のこと垣根に言った方がいいよな?」

 

「馬鹿がどうしたって?」

 

「垣根!?」

 

ふと先程まで共に行動していた彼女の保護者の顔を思い出すと、背後から声をかけられた。

高校生にしては少し大人びた声。

振り向いた先にいた顔見知りのイケメンに少し面食らって大声を出して後退る。至近距離で直視してしまった美男の顔に驚きつつ、案外早かった友人の登場に張り詰めた緊張が緩んだ。

 

「天使が居ないのはあの馬鹿のせいか?」

 

「あ、あぁ、そうだけど……なんだ、飲み込みが早いな」

 

「下からいろいろ見えてたからな」

 

足を止めて垣根と向き合うと、さすが第二位と褒めたたえたくなるほど彼は早く状況を理解する。そのせいかリアクションは薄めで、特に気にしているようには感じない。

 

「んで?アイツの事見たんだろ?どうなってた?」

 

しかしさすがの垣根と言えど全貌は知らない様子で、上条に話を促す。

何も知らない垣根に思い入れのある人の変貌を伝えるのは少し心苦しく、つい言うのを躊躇った。

 

「あ、えっと」

 

「今更何言われたって驚かねぇよ」

 

「……なんか、エロ──じゃなくて、遠目だったからよく分かんねぇけど、天使と似た感じで、えーと、足と髪がすげー伸びてた。あと空飛んでた」

 

それでも言わなくてはいけない空気に負けて、先程見たクラスメイトの姿を思い出しながら、しどろもどろになりながら簡単に伝える。

随分と簡潔に、そして簡素に伝える。

布面積の少ない白いレオタードと金色のツインテール。どこか成人向けの漫画に出てきそうな彼女の姿を赤裸々に伝えたら、過保護な彼は一体どんな反応をするのか。それくらいは何と無く想像がつく。

なるべく刺激しないように、なるべく何も見てないとアピールしつつ、眉間に皺を寄せる垣根を見上げる。

今の所、怒ってはいなさそうだった。

 

「天使と似てる……か。なるほどな、またクソ野郎と繋がったのか」

 

「……驚いてねぇの?」

 

「まぁ、解釈を重ねれば彼女がここまで力を付けるのは予想がつく。厄介なことになってるのは確かだが……お前よりは対抗策があるから問題はない」

 

表情を変えず、垣根は考える素振りをして視線を地面に落とす。

何を考えているか分からない黒い瞳が不穏で、どこか彼女と似ていた。

高位能力者はやはり例外なくどこか浮世離れしているのか。まったくブレない垣根の声色が何故か不思議で仕方なかった。

 

「けどよ、アイツ、天使と似た姿してたし俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)で……」

 

「無理。お前が消せるのは異能、幻想だけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()でしか成り立たない」

 

「はぁ?どういう意味だ?」

 

対抗策があると豪語し、垣根は不敵に笑う。王者らしい余裕の笑みが頼もしいのは確かだが、彼の言葉に少し引っかかる。

 

上条よりも対抗策があるとはどういうことだろうか。

確かに天羽の能力が効いたことは多々あって、それは体に直接、つまり右手が届かない臓器に干渉していたからだと思っていた。

しかし彼曰くそれは違うらしい。

どんな異能でも、どんな祝福でも、全て壊して消してしまう右手を持つ上条よりも対抗策があるとは一体どういうことなのか、上条の頭脳では広げることが出来ない。

 

「幻想ではなく現実、イメージの世界じゃなくて本当の世界。フィクションが現実に干渉できないように、お前の右手は彼女の現実を殺すことはできない」

 

「哲学の授業かよ」

 

「……多分、あの女が操ってるのは異能じゃねぇんだよ。次元の違う()()、オールトの雲からきた彗星、現実的で純粋な物理法則、誰かの創造を糧にする傍観者。なんて言えばいいんだろうな、このメタ的な解釈を」

 

「お、おー?」

 

思わず疑問を口にすると、垣根はうわ言のようにポツリポツリと理解不能で哲学的な言葉を並べ始める。

次元?オールト?現実的?傍観者?

何を言っているのかはさっぱりで、頭がこんがらがる。別に緊急時だから脳の動きが追いつかないという訳ではなく、これが普通の景色の中で言われていてもきっと頭の良さが怪物並みの彼に追いつくことは無いだろう。

 

だが意味が分からなくても分かることはあった。

 

それは垣根が彼女を良く知っていること。

そして彼が知っていれば、きっといつものように仲直りしてしまうこと。

それさえ分かっていれば彼女の件はどうとでもなると、何となく理解していた。

 

「ま、お前が知ってても意味ねぇし、忘れとけ」

 

「あ、置いてくなよ!」

 

ぐるぐると悩んでいると、垣根は呆れたのか背を向けて先に進む。非情にも置いていく垣根の背に手を伸ばして、慌てて後を追った。

 

「は?お前は戻れよ。さっき脱出コンテナ見たぞ」

 

「そういう訳には──ッ!!?」

 

しかし轟いた爆発音に体が揺れ、予測していなかった動きに地面へ体が衝突した。

地面の奥底まで届きそうな大きな衝撃。絶えない衝撃から察するに、誰かがどこかで暴れているらしい。

 

「どうやら喋ってる暇は無さそうだな」

 

変わっていく空の色。

藍が金色へと塗り代わり、世界が自ら舞台を整える。

 

存外早く目的への道標を見つけた。広がる衝撃を頼りに、二人の少年が走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天使がその身を天へと帰した。

 

その感覚を受け取った青年は酷く驚き、恐ろしいと言わんばかりに汗を垂らして頭を抱える。

 

「何が起こっている!?何故元の位相へ……!??」

 

プランにない、想定にない、よく理解できない。

漠然とした感情に振り回され、赤い髪をかき上げながらフィアンマは吐き出すように呟いた。

 

「──ッ!」

 

酷い悪寒が背中を蛇のように素早く駆け登る。

なにか恐ろしい化け物に見つめられるような気味の悪い視線と気配。何か分からない、けれどその得体の知れない気配はとても甘い匂いを漂わせていた。

 

「貴様……」

 

振り向いたその先にいたのは贄として使った、存在すら忘れていた少女。

彗星のような眩い少女だった。

否。

少女の姿をした異形の生物だった。

 

眩しい金色のツインテールを地面に引きずりながらそれは微笑む。

ゆっくりと歩く酷く長い足は人の足ではなく、コンパスのように先が細い。

フィアンマより頭二つ分は背が高い少女は男の理想のような女体を持っていて、その顔は甘ったるくて、どこか不穏。

彼を見つめる白く異端な瞳は、円から四角へ、四角から三角へ、三角から五角形へ、ころころと形が変わり、不定形。

 

怪物。神になりたかった歪な存在。

少女はおぞましきキメラだった。

 

「……面倒なことをしてくれたな、神のふりした愚か者」

 

「歪みは治り、世界は思い出した。誰が支配者なのかを」

 

フィアンマの言葉など意に介さず、彼女は嬉しそうに言葉を紡ぐ。そして彼女が言葉を言い終わるや否や、少女の体を捻り潰さんと巨大な右手が少し動いた。

大きな衝撃と、爆発。

 

煙と土埃が爆風に巻き上げられ、少女の姿は消えた。

風が少女の柔肌を切り刻み、熱が少女の体を溶かすだろう。

鬱陶しい上から目線な女は好みではないと、煙を見つめて彼は鼻で笑う。灰になった少女は、叫び声一つあげなかった。

 

「おいで、悩み多き青年。キミの叫び、この神様が受け止めてやる」

 

しかし煙が晴れたその先で少女の柔らかい唇が弧を描く。

二の腕まで無機質な白で覆われた右手を差し出して、少女は薄く笑っていた。

 

世界が黄金へ変わる。

それは、神の到来を意味していた。




こっから天羽さん無双です。文字通り無敵状態なので。
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