とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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無事延命しました。あととあるifで垣根帝督に清き一票をください。お願いします……


131話:世界の真理、あるいはメタ的考察

揺れが酷くなる星の上、瓦礫が散乱した広場で二人の少年はその惨状を苦々しく眺めていた。

 

「もう終わったところか、クソ」

 

「あぁ、どうやらそうみたいだな」

 

赤毛の青年が気絶して横たわる地面には無数の穴。そして大きなエネルギーがぶつかったのか、美しかったはずの建物は瓦礫に成れ果て、見る影もない。

散乱した瓦礫の中から上条が壊れた筒を右手で拾う。力のなくなった小さな霊装を見つめて、言葉なくそれを握りしめる。

 

やるべきことを奪われた主人公。ここにきた理由は理不尽な存在に解決され、やり場のない感情をぶつけるあてがなくなった。

それでも彼は立ち上がる。倒れたラスボスの手を掴んで、崩れていく星から逃がすために肩を支えた。

ヒーローとは何も殴るだけじゃない。目に付く誰かを全て救い上げるからこそ、ヒーローと呼ばれる。

彼女と同じように。何も出来なくても、出来ることをする。

 

「とりあえずコイツを避難させて、天羽を……」

 

「あのバカは俺だけでなんとかする。お前はそいつと避難しろ」

 

そしてそれは垣根も同じ。ラスボスは倒され、星が落ちるこの場で、彼はまだ少女を諦めていない。

 

「はぁ?お前、天羽どこにいるか分かんねぇんだし、手分けして探したほうが……」

 

「いや、まだ近くにいる」

 

なぜか自信ありげな顔で、垣根は辺りを見渡す。

彼だけが、未知を知る彼だけが感じる何か。第六感的なそれを信じる彼の瞳は自信に満ちていた。

その姿に上条は軽々しくノーとは言えなかった。

 

「それに、顔見知りの男女の馴れ合いなんて見たくねーだろ?」

 

「……モドリマス」

 

そこまで言われたら仕方がない。

下で待ってる、と最後に言って、上条はフィアンマを運びながら早歩きで進む。聞き分けのいい主人公は引き際をきちんと分かっていた。

 

あの少女のことなら彼に任せたほうがいい。

それだけはよく分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会うのは初めてだったな」

 

教会が立ち並ぶ異様な光景で、背が異様に高い少女の背に誰かが声をかけた。

少し年老いた、男か女か分かりづらい声。喉から出ているのかいまいち分からない不思議な声色で、その人は少女の背後で顔を顰めた。

 

「こんな辺境の地へ何の用?」

 

「キミを消しに来たのさ、第三候補」

 

裸足が汚い地面を踏み、瓦礫が少し崩れる。広い星の中で動く彼女をようやく見つけて、彼はここまできた。

この長いエラーに終止符を打つために。

 

長い銀髪を翻し、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えるその偉大な魔術師は神を名乗る愚かな少女を見つめた。アレイスター=クロウリーもまた、その他大勢のように彼女にいい感情は抱いていない。

彼とは対照的な白と黄金で彩られた少女。黄金の空の下で祝福される偽りの神。

反吐が出る姿に腹が煮えくり、少し言葉に怒気が含まれていた。

 

「三番目、三とは素晴らしい数字よね。生活の中、多様に紛れた三は時を測るのに、量子コンピュータは三つでできて、お前は三を女帝とし、神は三で構成されている。多様性の象徴だ」

 

振り向いた少女は人とは言い難い瞳を持っていた。二つにくくって長い金髪を引きずって、露出の多い真っ白なレオタードを着た少女がコンパスのように尖った異形の足でゆったりと彼の方へ向かう。

底辺のない三角の光輪を頭上で揺らし、少女は不定形の瞳でアレイスターを見下し、ただ笑っていた。

 

「全てに通じるあたしも、三番目。幻想殺し(イマジンブレイカー)にも、加速器(アクセラレーター)にも、ネットワーク構築の材料(クローン)にもなれる、都合のいい全てへ通じる三番(スペア)。神と同じ三番、ネーミングセンスは良いみたいよ?」

 

「神とは過大評価だな。確かに、貴様の力は能力や魔術とフォーマットが違う。魔術とも、超能力とも、原石とも違う。神の祝福と言っても、差し障りはないだろう」

 

穏やかに笑う少女の余裕そうな口ぶりに少しばかり苛立ち、声を抑えながら息を吐く。腕を伸ばして、どこからともなく空間の中から青白い光を纏う杖を取り出して、少女に向かって少し乱暴に吐き捨てる。

 

「だが残念ながら、君を神と解釈する理論はこの場にない。所詮模造品、神のお気に入り。多様な神を模し、神という漠然とした恐怖の記号を取り入れた偶像の理論も当てはまらない偽物。天使と呼ぶので精一杯な贋作物だ」

 

「そんな偽物を、わざわざ殺しにきたんだ?随分と暇なのね、統括理事長ってものも」

 

「殺しに来たのではない。消しに来たのだ。その力の源ごと」

 

手元に呼び出したねじくれた銀の杖で地面を叩き、歪な偶像へ死を宣告した。想像を超えて力を手にした愚か者(イレギュラー)は、彼の計画(プラン)の中で大きくエラーを出す。未来も過去も、彼女に全て踏みにじられてしまう。

それだけは避けなければならない。彼の野望のため、彼の願いのため、彼は神如き強者を殺しにきた。

 

「んふ、そぉねぇ、あたしはキミにとって異分子(イレギュラー)。上条当麻の中身も知っているし、アンタの計画の全貌を知っている。外側からの観測者がいると、キミはちょぉっと困るもんね?」

 

「よく理解しているではないかアバズレ」

 

「やだ、アバズレはお前だろ外道」

 

「垣根帝督の犬であるお前がアバズレ以外のなんだというのか、淫乱女」

 

余裕綽々な態度を続ける少女は、アレイスターの言葉に少し眉を動かすも、再び余裕な態度でただ笑っていた。

その笑顔の下には、きっと多くの憎悪があるのだろう。たった一人の男の名前で微かにうろたえた女に勝ちを確信する。

 

弱点の多い娘。

あまりにも哀れな姿に少し笑いがこぼれた。

 

「……犬、ねぇ。神様に歯向かうとは恐れ知らずの愚か者だこと」

 

「お前が神とは笑える。神に憧れ、恐怖に取り憑かれ、畏怖する生命体を様々な宗教のモチーフから合成した創作上の神、もといキメラ。神は神でも嘘っぱち、アザトースと呼ばれる創作物だ」

 

少女の正体に前々から()()()はつけていた。

能力によく似た別の力。原石とも言えない不思議な異能。この世界とは違う位相と繋がる、聖人とよく似た何かだとは学園都市に受け入れたときから分かっていた。

特別な子。神の子。選ばれた子。

上条当麻とはまた違う存在。誰にも求められていない、物語を掻き回す異分子(イレギュラー)

 

天使とよく似ている。

都合よく人々の前に現れて、神の力を振るい、主人公の運命を変えてしまう神の使徒。

決して神ではない。

天使。神の力をもらって粋がる子供。

 

くだらない女。幼い少女。

吐き気を催す邪悪。

侮辱の言葉はいくらでも思いついた。

 

「命なきフィクション。聖書をベースに練られた、現代の恐怖。今の君にお似合いだ」

 

「確かにアナタたちにとってぼくはアザトースでしょうね。深淵で眠り、世界を夢見る万物の王。キミは神を求める登場人物で、あたしはその最果て」

 

だが彼女は笑顔を崩さない。

 

「でも、そう理解してしまった時点で、お前はもうあたしには勝てない」

 

「──ッは」

 

衝撃が地面を走る。星の瞬きのような光で視界が一瞬乗っ取られ、体が教会の一つまで吹き飛ばされる。

声が出ない。胃の奥が痛い。どんな攻撃がされたのか理解が及ばない。

 

「お前は物語に翻弄されるただの駒。嘘で出来た記号の集合体。それらしい設定と、それらしい想いをもった嘘っぱち(フィクション)

 

ガラガラと荘厳な扉が崩れ、講壇の前まで一気に体が投げ飛ばされると、肺から全ての空気が漏れ出す。

嫌な音とともに背中に大きな衝撃が加わり、地面に波紋を広げて巨大なエネルギーが広い聖堂に分散した。

 

「アナタはキャラクターで、あたしはアザトース。あたしの上にラブクラフト(本物の神様)がいる。あなたは脳の奥でそう理解してしまった。アナタ達はそうとしか理解できなかった。だって、物語の中の世界しか知らないんですもの。だから同じように物語で解釈する。物語で例える。ここが、()()フィクションだと、本能の奥底で、キャラクターとして分かっているから」

 

バージンロードを少女が進む。

蠱惑的な声で、魅惑的な吐息で、少女は地面に座り込むアレイスターを高い背から見下ろして、妖精のようにせせら笑う。

 

「解釈するならば、アリス=リデル、もしくはベアトリーチェ。二次元(創作物)に干渉し、神と通じた三次元(人間)。現実から生まれた紙の中の神様。ご都合を全て吹き飛ばす、創造主と通ずる都合のいい神様(デウス・エクス・マキナ)。それがこのあたし」

 

丸だった瞳が三角に変わり、鮮やかに光る。

回る光輪がピタリと動きを止め、長い脚が倒れたアレイスターの眼前で音を立てた。

ステンドグラスの色とりどりの光が針のような白い足に反射し、目を細める。思いの外眩しかった。

 

「だからあたしには勝てない、逆らえない。お前はあたしによく似ているけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その時点で負けは確定している」

 

「っっ、なに、がッッッ!」

 

光が霞むほどの衝撃が倒れ伏したアレイスターにぶつかる。上から押し潰されるような長い衝撃は、魔術でも、科学でも説明がつかない。

理論上は可能、でもこの世の人間にはどう足掻いてもできない。そんな神にしか成し得ない原理や理論を超えた所業。

 

彼女が司るのは言わばバグ、グリッチ、乱数調整で重ねた奇跡。この世界でできることを全て詰め込んだ夢見る支配者。

神様だから。アリスだから。ベアトリーチェだから。

神が与えた()()()()()()()で、彼女は主人として放縦に行動する。

 

それがどれほどまでおぞましく、恐ろしく、力ある存在か。彼は未だに理解できていない。

 

「キミは知らないだろうけど、この世界において『異世界転生』という経緯は恐ろしいほど魔術的な意味を持つ」

 

「がはっ、はぁっ、転生?お前は一体何を、言って」

 

「本物が、偽物の中に紛れ込む。死を体験し、神の干渉という儀式を持って再び命を与えられる。別の位相から新しい命として、人の中に紛れ込む超次元の存在。この物語の、この小説の、()()()()()()()()()(メタ)から来た本物。舞台を舞台だと分かっている役者」

 

彼は知らない。ここがフィクションであることを。

キャラクターには次元の壁など認知できない。だから彼には少女の言葉はただのノイズでしかなく、意味のない音の集合体にしか聞こえなかった。

 

「ある科学者は説いた。次元は一方に干渉できないと。点は線に、線は立体に干渉することは出来ない。認知すら、感知すら出来ないと──けれど、反対はできる。立体は線に、線は点に、干渉、認知、なんだって叶う」

 

おぞましい言葉の羅列を続け、彼女は微笑む。

天使のような屈託のない純粋な美しい笑みに、悪魔のような人を見下し愚かさを嘲笑う声色に、彼は見出す。

神の面影を。

厄災の恐怖を。

誰も逆らえぬ、運命という支配者のおぞましさを。

 

「つまりね、お馬鹿さん、神様(三次元)お前(二次元)を殺せるけど、お前(二次元)(三次元)を殺せないんだ」

 

「っっっ!!!!??ッうぐぁッッ、なにっ、が……」

 

「神の視点。読者は作り手と世界を共有し、アリスは夢を自在に操り、ベアトリーチェは物語の中で天の力を得た。あたしが貰ったこの世界で、ぼくはなんだってできる。この小説の、この世界の一言一句、点から線まで、全てできる。三の地位を与えた時点でお前の負けだ」

 

彼女が目を細めると、全てが歪む。磁場が、空間が、視界が、体が、痛みが歪む。認知できない世界からの干渉。理不尽の権化。

()()()を使った、人では到底できない神の力。

胃液を掻き混ぜ、脳髄が吹き出してしまいそうな、全身を焼くような痛み。脊髄を掴まれ、引っ掻き回すような熱さが体中を駆け巡った。

 

「っ神に股を開いた、()()()()()が。幸福を勘違いする能無しめ、今すぐ死んで欲しい限りだな!」

 

「口悪いね、アレイスターくん」

 

「っは、反吐が出る顔の女を前に、汚い言葉くらい出るだろう?」

 

「……やっぱり、キミは好きになれそうにないな」

 

痛みが減り、じわじわと精神を蝕む。吐き出した憎悪を前にしても、神如き支配者は眉ひとつ動かすことなく、淡々と言葉を零す。

侮蔑の表情を浮かべて横たわるアレイスターを冷たく見下ろす彼女は、まるでアリの行列を眺める幼い子供のよう。

 

「あたしはね、信念のある、誰かのための仕方の無い迷惑なら赦すよ。まっすぐ前を見て、必要な人だけに攻撃して、意味のない人は見逃す、白黒わかっている人を。傷つけることに怯えながら、矛盾を抱えて、悪夢に苛まれる人々を、あたしは赦したい。救ってあげたい、助けになりたい」

 

ポツリポツリと、優しい雨のように冷たい言葉が降り注ぐ。酸性の、痛みある言葉。

画面越しで見ていた、強く、正しく、美しい女の面影はそこにはなかった。

 

「でもキミは違うね。火花という理不尽な運命を消すためにここまで上り詰めたのに、キミはその理不尽を与える側になっている。大事で、大切な、愛おしい子供を理不尽に奪われたのに、キミは他の誰かの大事で、大切な、愛おしい子供を理不尽にも奪う。倒したかった理不尽そのものに自分がなって、どう落とし前付けるの?」

 

ただひたすらに冷たい表情で、彼女は全て知っているような口ぶりで呟く。答えが決まっている疑問を投げかける彼女の傲慢な口調に苛立つが、それでもアレイスターは負けるとは思っていなかった。

 

神がなんだ。異次元がなんだ。

ここにいる彼を相手にしている時点で、彼女はただただ無駄な時間を浪費しているだけ。

 

ここにいる彼は結局無数の自分のうちの一人。

魂の輝きの結果。様々なifを束ねて顕現している今の自分を殺しても、根本は死ぬことがない。

結局のところ、彼女はチョウチンアンコウの光で惑わされる魚に過ぎなかった。

 

「お前には私は殺せないさ」

 

「どうして?まさか、自分が10億人もいるから、ここで殺しても意味がないとか言わねぇよな?」

 

しかし少女は()()()()()、とうの昔から知っていた。

10億8309万2867通りの自分。もしもの世界の自分を束ねて、今ここに顕現していることを彼女は知っている。

インターネットに接続して数秒でヒットする情報なんて、彼女にとって価値などない。ネタバレを読めばすぐに分かる情報なんて、取るに足りない。

 

「っ!?」

 

「その件はね、結構簡単な解釈で壊れるの」

 

「どこまで知って」

 

「この世界は文字と言葉で出来ている。結局は存在しない世界。設定はいつだって書き加えられ、()()()が出れば昔の台詞が伏線だと認識されるとても不安定な世界。物語通りに進み、物語通りに終わる。一人の視点で、神の視点で書き連ねられた結末ありきの一本線」

 

文字。即ち言葉。世界を象るもの。

 

『ヨハネによる福音書』にこう書かれてある。

初めに、言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。

 

つまるところ、彼女は確かに神だった。

 

「フィクションとして生まれたお前に、10億もの可能性なんてない。だって結末は決まっていて、10億ものifなんて六十六冊の聖書にだって書かれてないのだから」

 

神を出し抜くにはそれ以上が必要である。ページに刻まれていない新しい設定か、

世界(原作)に出力されていない力でないと、彼女には勝てない。

逆に言えばここがフィクションで、彼女が()()で、彼がキャラクターでなければ、彼女は勝てなかった。

 

彼女の運が良かった。

そして、彼の運が悪かった。

ただそれだけ。

神に愛されたか否か。それだけの些細な違いだった。

 

「そんなでたらめで、嘘くさい論法で、この魂の輝きは──」

 

次元を超越した神(メタフィクション)として、このページを一から十まで、全部なかったことにできる。このフィクションにメタを持ち込むことが許されているのがこのあたし。あたしが顕現した時点で、勝敗は決したのよ」

 

──反転した世界なら、神に勝てるとでも思ったか?

 

そう囁いて、少女は立ち上がり足をあげる。尖った足先がアレイスターの眼球に迫り、醜い痛みが貫いた。

 

「天網恢恢疎にして漏らさずというでしょう?お前は今日、全ての結果を受け入れなくてはならない。まさかこの日がこないとでも思ったか?」

 

「──ぅごがァァ!!?」

 

「『とある魔術の禁書目録(この物語)』のセオリーはそういうもの。悪は結局、主人公以外の手で始末され、惨めに全てを奪われる。あたし、間違ってないよ」

 

目玉が潰され、海馬を掻き乱され、骨が砕かれる。感じたことのない痛みが、考えたこともない恐怖が一気に心を埋め尽くす。

嫌な水音が、ボウルに入った白い生クリームを掻き混ぜるような重い音が、脳みそを守る頭蓋骨の中から響いて、鼓膜の奥でミミズが這うような気持ち悪さがアレイスターの神経を駆け巡る。

 

「そうね、手始めに統括理事長の座を書き換えましょうか。そもそもの目的はそれだし」

 

「ごはッ、あガァ、おっ」

 

喉に引っかかった吐瀉物を空気とともに吐き出すと、彼女は明らかに顔を歪めて舌打ちを鳴らした。

一度足を引き抜いて、今度は喉へ鋭い足先を突き刺す。声を出そうとするたびに、突き刺さった足と開いた穴から空気が漏れ出て、うまく音にならない。

ノイズ交じりの耳鳴りが酷く鼓膜にこびりついて、思考もままならなかった。

 

「おい。誰が吐いていいって言った?返事は、か・し・こ・ま・り・ま・し・た、でしょう?」

 

「……カっっっ、じィ、KO、まっ、ィり、まぁま、SHI、ィだっっっ……!!!?!? 」

 

思考が飛ぶ痛みに言葉にならない悲鳴がアレイスターの穴の空いた喉から吹き出る。まるで台本のように頭に浮かんだ言葉をなぞって叫ぶように答えると、なぜか彼女は嬉しそうに歪んだ表情を花が咲くような明るい笑顔へと変えた。

 

「あぁ、その()()、アナタから聞けてよかった!」

 

酷く安堵した表情で、恋する乙女が花のように笑う。今まで見た中で、一番の笑顔。

血に濡れた頬が更に赤みを増して、優しく目尻が下がって、とても、とても彼女らしい笑顔だった。

 

「あがっっっっ!!」

 

「お前は殺してきた子供達を思い出しながら、この巨大な墓で静かに、誰からも思い出されることなく死んでいけ。そしてやり直すといい。お前の求めた完全なる物理法則に縛られた世界で自らの幸福を論じ直せ、インチキオカルティスト」

 

喉から足を引き抜いて、もう一度しゃがんで顔を近づける。頬に息がかかり、優しい何かが触れた。

その感触に体が燃えるように熱くなる。この世界から乖離していく痛み。死へと繋がる恐怖。彼の願いの代償が一気に体の奥底からマグマのように湧き上がった。

 

「ありえない魔術も行き過ぎた科学もない、アンタが望んだオールトの雲へ、やり直すための切符を差し上げましょう」

 

「お、がッッッっ、お前はぁっっ、ぃったいっっっっっっ……!!?」

 

体が溶けていく。自分と世界の境界線が分からなくなって、気持ちよく溶けて、けれど痛みを伴う快楽に絶叫する。

白くなる視界で見えた人形のような少女の顔が、何よりも恐ろしい。

名状し難い感情に支配され、肉体は動きを止めた。

 

「ただの犬だよ、Dog」

 

恋する乙女の顔をして、おぞましき神は吐き捨てる。

消えていく体を見つめる心臓の形をした瞳で少女は幸せそうに、けれどとても苦しげに微笑んでいた。

 

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