緑豊かな研究室で茶髪の少女達が歓声をあげる。
輪になった瓜二つの五人の少女達の真ん中、黒髪の少女が服を見せびらかすようにひらりと回り、その様子を背の高い女性が事務の椅子に座りながら見つめていた。
「ぴったりだな」
「……似合ってる?」
紺色と赤いスカーフのセーラー服。膝を隠す長いスカートのプリーツはしっかりとアイロンでシワを取られ、綺麗に重なる。
円になって揺れたスカートが少女たちの目を引いた。
「とっても似合ってますよ。とミサカ19090号は自分のように嬉しく思いながら褒め称えます」
「ちょっとブカブカなのがいい感じです、とミサカ9982号は可愛らしい姿に微笑みます」
冬物のセーラー服を翻し、杠林檎はほんのりと頬を赤く染める。周りで褒めるミサカ達が見せるいつもの無表情は少し口角が上がっていた。
「ありがとう。早く学校行ってみたいな」
「三学期からだ、あと三ヶ月もねーぞ。それまである程度勉強できるようにならなきゃな」
「うん、頑張る……!」
温かいココアを啜るテレスティーナの言葉に目を輝かせて胸元から伸びる赤いスカーフを握る。初めて着る制服は心をくすぐって、暖かかい。
「しかし、垣根さんたちとは違う学校なのが残念ですね、とミサカ10032号はこの場にいない人の名前を挙げます」
「仕方ありません、あそこは中等部がないのですからと、ミサカ10039号は肩を落とします」
「能力的にも、入るのは少々難しいでしょうしね、とミサカ13577号はなかなか悲しい現実を伝えて溜息をつきます」
賑やかなミサカ達の話を上の空で聞いていたものの、杠は大好きな少年の名前に猫のように目を見開いて反応する。
自分を助けたあの人は今何をしているのか、良く考えれば何も聞いていない。海外から戻ってきたのは知っているが、今日何しているのかよく知らなかった。
「垣根たち、今日はどこいるの?」
「どこって、今日が初出勤なんだよ。仕事だ仕事」
ココアの香りがふんわり舞うテレスティーナの方にきょとんとした顔で視線を向ける。
面倒そうに、可愛らしいマグカップを片手にため息を零し、足を組み直す。
「もっと忙しくなるのかな……遊べなくなる?」
「
「育?」
知らない単語を呟いて、テレスティーナはマグカップに口をつける。
これから面白いことが起きると言わんばかりに鼻歌を歌いながら、彼女は困惑する少女達を眺めて甘いココアを飲み干した。
授業が終わる鐘がなり、小さな先生は宿題を押し付けて呑気に教室を出る。その小さな背中をぐったりとした様子で見ながら後方窓際のお騒がせ三人組はとても大きなため息を吐いた。
「あー、つらいわ。また怒られたし」
「宿題が多すぎるんですたい」
「あぁぁ……あぁぁぁぁぁ……」
ツンツン頭の黒い頭髪を掻き毟り、上条当麻は崖っぷちの出席日数と良いとは決して言えない成績に悩む。
悲痛な声を上げる上条の前の席では土御門元春が出された宿題の山に頭を抱え、隣では青髪ピアスが意味不明な叫びをあげていた。
「なんだよ、そんなに宿題嫌なのか?」
「あれだろ?天羽が転校したのが相当堪えたんじゃないかにゃー?」
「あぁ、金髪巨乳枠が……!軽度ヤンデレ純情系オタクに優しい金髪巨乳ギャルナースお姉様がッッ!!!まさか物理的にも精神的にもNTRを体験すると思わなかったんやでッッッ……!!」
困惑気味に青髪ピアスを見つめていると、唐突に座席から立ち上がり、遠吠えのように一つの空席へ叫ぶ。
金色のあの子が座っていた席にはもう座る人がいない。
見てくれも性格も良く近寄りがたい高嶺の花がいなくなったのは、男子生徒、特に青髪ピアスには大打撃だったようで、ここ最近言動がおかしかった。
「NTRって、付き合ってすらねぇのに何言ってんだこいつは」
「長点上機に奪われ、イケメンギャル男くんに奪われ……!はぁぁん、変な扉開きそうや……」
「多分もう開いてるぞ、その扉」
机にへばりつき、泣き真似をしながら青髪ピアスは唸り声をあげる。無気力に顔を伏せる彼はいささか大袈裟だが、確かにクラスメイトが別れの挨拶もなく何処かへ行ってしまうのは悲しい。
ロシアでも、帰り際に垣根には会ったが、彼女には会わせてくれなかった。理由はよく知らないが、垣根が若干機嫌が良かったのであまり気にはしていなかったが、何かあったのか今更になって気になってくる。
「しかしほんと仲良いな、あいつら。一緒の学校でこれから毎日一緒に登下校して一緒の部屋に……考えてきたらイライラしてきたんだぜい」
「でも長点上機に引き抜かれるのは薄々わかってただろ。そもそもこんな低ランクの学校に
「なんか、泣きながらバームクーヘン食うとる自分の姿が見えるで……」
「なぜバームクーヘン?」
たわいも無い会話を弾ませ次の授業を待つ。どんなに考えても高位能力者の思考なんて分からないのなら、考える必要はない。
それはきっと彼女のヒーローの役目で、彼らは遠くから祝福していればいい。
窓の外、空に浮かぶ飛行船が映す今日のトップニュースをぼんやりと眺めながら、上条当麻は静かに願う。
あの孤独なクラスメイトが今頃笑っていることを。
大家族用のマンションの一室、リビングのソファーにて長くなった白い髪を弄りながら
初めて入れた家族でも無い男のアドレスを見つめて静かに黙る。
電話帳のか行。
垣根帝督、自分より順位が低い、けれど自分よりも
ロシアでもらった連絡先は一度だけ発信履歴があった。
「なーにやってんのぉ?電話帳なんか見て」
「ッ!なんンでもねェよ」
保護者の名前しかなかった連絡先に新しく入れた厳つい名前をぼんやりと見つめてソファーに沈んでいると、背後から誰かが肩を叩いて耳に息を吹きかける。
ニマニマと上から見下ろす少女の姿に苛立ちながらも動じずにそのまま座って、面倒な存在に溜息をついた。
ロシアから連れてきた
「よかったねぇ第一位、ぼっち脱却ってかー?ぎゃは、初めての友達とか、何年生きてんですかー??」
「うるっせェぞ。その口はくだらねェことしか言えねェのか?」
「もう、くっつきすぎ!ってミサカはミサカは二人の距離を離してみたり!」
いつの間にかソファーに上がって番外個体と一方通行の近い距離を懸命に腕を伸ばし、
騒がしい日常に呆れと笑みが浮かんで、心の奥がくすぐったい。
携帯を仕舞い、うるさい少女たちの喧嘩とも言えない言い争いを横目にテレビをつける。ちょうど始まったニュースは何やら延々と緊急速報について報じていた。
全く興味がないとはいえ、今見られる番組はこれしかない。
統括理事会についてのあれこれを話し、記者会見の現場と中継を繋げてレポーターが忙しなく口を動かしていた。
「あ?」
生放送の記者会見。統括理事長交代のテロップと共に現れたスーツ姿のその人に一方通行は目を見開く。
少女にも見える童顔と中学生にしては高い背。地面まで届く黒髪を揺らし、前髪が片目を隠す。
その少年とも少女とも言い難い子供は、男物のスーツを着て、画面の向こう側から優しく微笑んだ。
細い路地裏。治安の悪い廃ビルの裏、スキルアウトの溜まり場で大きな叫び声と悲鳴が上がった。
「浜面ァァァァァ!!!弁当これじゃねぇだろぉぉが!」
「ヒィィィィィ!!!!すんませんんんん!!」
高校生か大学生ほどの女性が長い茶髪を振り回して弁当を持ってきた青年に怒鳴る。ビリビリと体を伝う声量におののきながら涙ぐんで、くるりと背中を向けて青年が財布片手に溜まり場を走り去っていくと騒がしかった空気が一気に静まり返った。
「あちゃー、今日も今日とて元気なわけよ」
「全く、超うるさいですね」
「そんな浜面を応援してる……」
喧嘩の絶えない二人を見つめ、三人の少女たちが溜息交じりに置かれたテーブルを囲む。フランス人形のような金髪の少女と、見たこともない映画のパンフレットを眺める茶髪の少女が眉を顰めてくだらない言い争いから目を逸らす。
唯一心配そうな言葉を呟いた黒髪ショートの少女は、青年が走っていった方向を見つめてピンク色のジャージでソファに体を預けて、そのままぼんやりと空を眺めていた。
「……うるさい奴らだ。軽率に面倒をみると言ったのは間違いだったか」
無気力な少女たちは、これが日常だと言わんばかりに、うるさい声をBGM代わりにして変わらない日々を過ごしていた。
騒がしくなった日常を背に、大きな図体でテレビを見つめて男は少し嬉しそうに軽く笑った。
「駒場のお兄ちゃん、大体、何してるの?にゃあ」
「……少し、感傷に浸っている」
足元から覗き込む小さな金髪頭の少女の問いかけを適当に誤魔化すと、男は型落ちのテレビに映る知り合いの顔に視線を向ける。
これからの未来に少し不安を抱きつつも、他ならぬ友人の背伸びした姿はそれ以上の喜びに溢れていた。
「これはどういうことだっ!!」
長い会議机を苦々しい顔色で大人たちが囲む。総括理事会を全員集めて行われている緊急臨時会議の議題はつい先ほどまで流れていた緊急速報について。
藍花悦が統括理事長に成り代わったという夢と錯覚してしまうような到底理解不能なニュースは、瞬く間に拡散し、直ぐに会議が執り行われた。
「誰がこんな速報を!!管理者はどう責任を取るんだ!!」
「あのクソガキッ!殺したという報告は嘘だったのか!」
黒いオフィスチェアに何人かの年寄りが座り、怒号が鳴り響いて息苦しい。長い黒髪の亡霊を恐れて、いい歳した権力者が責任を追求し、他人を糾弾する絵面は気持ちが悪かった。
「……まさか、あの子が」
一人、上層部の良心と呼ばれる老女は騒がしい会議室の中でポツリと声を漏らす。
第六位の少女とは、
人格が破綻した超能力者たちの中でも比較的まともに話が通じる彼女のことは少しばかり贔屓していたが、今回ばかりは庇えきれなかった。
「早急にあの女を殺──っっぐっ!!?」
論争が激しくなる中、突然勢いよく両開きの重い扉が開くと、満堂水を打ったように静まり返る。微かに聞こえたボタンを押す軽い音にこの場にいる全ての動きが止まった。
奇妙で恐ろしい沈黙の中、少女の柔らかく優しい声が広い部屋へ響く。
「くだらない世界だと思わない?」
短いヒールが艶のある床を叩く。まるで鐘の音のように荘厳で威圧感あるその音にこの場のくだらない大人どもは冷や汗をかいて、喉が冷えるように錯覚してしまう。
脳を刺激する恐怖。思考を握るおぞましさ。名状し難き恐れがこの場を有無を言わさず支配した。
「つまらない世界だと思わない?」
黒いカチューシャで抑えた美しい金髪が揺れる。地面に届いてしまいそうな金髪が微かにはためく度に優しくも甘い香りが舞い上がり、自然と少女に視線が向いた。
生気の抜けた人形のような──この場合はラブドールと表現するのが正解か──整った顔はどこか幼く、危うさと女の色気を感じさせる少女がヒールを鳴らし、甘い香りを纏わせ歩く。
「面白みのない世界だと思わない?」
白いドレッシーなシャツと、ややパーティー向けの短く上品な黒いミニドレス。
特徴的なベスト型のミニドレスは、どことなく気品さを感じさせながらも上半身のボディラインをくっきりと残し、胸元の白いリボンが目を引く。
伸びる長い足はニーハイソックスで隠されながらも肉感的で、艶めかしい。
「子供が消費され、大人が利益を貪る。未来ある子供を食い潰し、大人が愚かにも恩恵を受ける現実離れした阿呆な世界」
「ッッ藍、は、なっ、ぇつっ!なっでっっっっ!!?」
煌びやかで上品、そして高圧的な少女。体も何もかも能力で支配されながら、支配から抜け出そうと誰かが叫びに近い声をあげる。
その姿を見ても、少女は笑顔を崩さなかった。
「せっかく素晴らしい技術があって、素晴らしい教育があるのに、それを囲む豚が卑しくて、気持ち悪い」
「く、そがッッ、この売女──ごはァッッッッッ!!??」
「あら」
椅子の近くを通った少女の髪に、喚く男の手が触れた。瞬間、白い脚が二つ、少女の背後から飛び出し、男は壁際まで吹き飛ばされて大きな衝撃がビルを揺さぶる。
壁に亀裂が走り、男はいとも容易く気を失った。
呆気ない。その光景に全員が息を飲み、脂汗が滲み出る。圧倒的なカリスマと、圧倒的な美貌と、圧倒的な暴力の前に、意見を述べる無謀な愚者はここにはいない。
「うるっせぇおっさんだな、俺らの保護対象に触んじゃねぇよカス」
「言動にはお気をつけて」
男の腹を蹴り飛ばした白く長い脚を戻し、真っ白い少年がふたり、顔を出す。少女の後ろで騎士のように並ぶ二人はどこか浮かれ、機嫌が良いよう。
どこまでも白く、境界線が判りづらい瓜二つの少年は片方が緑眼、もう片方が赤い瞳と黒い白目、そして黒い口腔を持っていた。
「そうやって子供相手に掴みかかろうとするからダメなんだよ、おじさま方。子供を下に見て、家畜として、利益ある物資として見ている傍若無人な子供のまま大人になった年老いたアナタたちに、政治ごっこは早すぎた」
荒い呼吸で気を失う男にため息を吐いて、少女は淡々とした口調で言葉を吐き出し歩き出す。
向かうのは会議机の短辺、一際大きく黒いオフィスチェアがひとつ、背面を見せておいてある場所。真っ直ぐ、しっかりとした足取りで彼女は甲高いヒールの音を響かせる。
「あたしたち子供のほうがまだまともに運営できる。そうは思わない?」
「あぁ、そうだな。全くもってその通りだ」
少女が足を止めてクスクスと妖精のように笑うと、それに呼応して椅子がくるりと回る。
知らぬ間に、そこに人が座っていた。
襟足が伸びた明るい茶髪、鋭く濁った黒い瞳をはめ込んだ切れ長の目、高い背と細く引き締まったスタイル。少女とお揃いのデザインが印象的な細身のベストを着て、少年は薄く笑い、足を組む。
不敵な笑みで見下ろす少年の姿がひどく恐ろしかった。
「第、二位……っ」
「名前があるんだ、そっちで呼んでくれよおっさん」
自信に満ちた少年の声が会議室いっぱいに響いて、静かな部屋を威圧感で満たす。
この世界を変える力があると信じて、少年と少女はここにいた。馬鹿馬鹿しくてくだらない。そんなことができるはずがない。
けれどその自信に満ちた姿は不条理を覆してしまいそうな確たる強さを持っていた。
「ッッふ、はっはは、お前たちっ、程度で、学園、都市の常識、を、払拭できると、思ってっっっ……!」
二人の怪物で支配された部屋は狂気と恐怖で満たされる。その確たる強さと狂気にあてられて、口を噤んでいた男の一人が制御を奪われた体で必死に嘲笑う。
夢物語を否定して、挑発的な笑みを崩したくて、無様な権力者がもがいて蔑んで、机に涎を吐き散らかす。
「常識?常識だって、帝督くん」
「聞こえた聞こえた、誰に向かって言ってんだろうな?彗糸」
その理性なき姿に少女は鼻を鳴らして、椅子の肘掛に腰掛けた。深く椅子にもたれかかる少年に体を預け、手を繋いで、二人は全てを見下して薄っすらと笑みを浮かべる。
どこか神々しいその姿に、誰一人として反論を口にすることはなかった。
「俺たちに常識は通用しねぇ」
「偶像も、常識も、
夢見るおぞましき白痴の魔皇がそこにいた。傲慢なる理不尽の権化は少年と少女の姿をして、人々を導く。
二人の神格はおぞましくも、崇高で、もう誰も彼らに逆らえない。
支配者が誰なのか、もう
「つーわけで、学園都市統括副理事長の垣根帝督と、」
「学園都市統括理事長藍花悦、及び補佐官の天羽彗糸です」
少女たちが名乗る。怪物の名を。おぞましき主人公の名を。
「みんなよろしくね♡」
そして宣言する。
能力者をモルモットと呼んで、決して晴れない暗闇に多くの罪を隠している者にとっては、死刑宣告に等しい挨拶を。
約二年間、読んでくださりありがとうございました。皆様のおかげで完走することが出来ました。
本当にありがとうございます。
番外編も引き続きお付き合い頂ければ幸いです。
理事長ルックの二人を置いておきます
天羽さん
【挿絵表示】
垣根くん
【挿絵表示】
次回月曜にちょっとした設定& 裏話とあとがきを投稿して本編は終了です。(大丈夫ですよね……?ハーメルンの規約的に……)
なので、もし書いて欲しい話題や質問等あれば作者の最新の活動報告へコメント等して頂けると幸いです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=281264&uid=314295
ありがとうございました!