とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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12話:救えない

深夜、誰もが眠る丑三つ時。

暖かい光を発する電球に六人の人間が照らされる。

赤毛の神父、不思議な格好の女性、茶髪の少年、ツンツン髪の少年、そして金髪ギャル。そして囲まれる白い修道服の少女。

おかしな組み合わせの六人組は、各々難しい顔をして狭いお茶の間に佇んでいた。

 

「さて、時は来たわけだけど」

 

時計の針が全て十二をさした時、小萌先生、家主の知らぬところで大変なことが始まろうとしていた。

これから起きるその()()に、誰もが緊張感を持っていた。

 

「インデックス、大丈夫か?具合は?」

 

「大丈夫なんだよ、ほんとに」

 

修道服の少女、もといインデックスはツンツン髪の上条に心配の眼差しを向けられていても健気に笑う。

明後日には記憶を消さなくてはいけない魔術をかけられている彼女、それを救うために集まっているのだ、全員が心配するのも当たり前の話。

人を救う緊張感。それはひどく重々しく、空気がまずい。

 

「上条くんの不思議パワーがあればなんとかなるっしょ!」

 

「異能の打ち消しなんざ意味わかんねー代物なら異能力相手に負ける事ねーだろ。ムカつく野郎だ」

 

「なんで上条さんは垣根に敵対視されているのでせう?」

 

嫌な空気を紛らわせようと、ギャルらしい明るい声で天羽がハキハキと喋ると、意外なことに垣根がそれにのっかって来た。

二人の小悪魔が上条をダシにして馬に合わない明るい言葉をかけ始める。

少しずつ、緊張が解けていく。

 

「喧嘩ならコテンパンにできるが俺の未元物質でコテンパンに出来ないのかムカつく」

 

「物理なら勝てると……自信過剰だねぇ」

 

「どっちにしろ俺をコテンパンにしてーのかよ!」

 

負けず嫌いな悪役は悪役らしからぬからかいを続け、上条と漫才のような会話を繰り広げる。暗部が関わっていなければ、かなり普通の男子高校生だ。

少し自嘲がひどく、全てを諦めた目をしていても、彼が人と喋り関わる様は普通の少年。

 

猫被りが得意で、普通に成り済ますのが得意。

けれどその心はぐちゃぐちゃで、救いを求めているというのに破滅に向かう。

深層心理と表層が乖離した人。

 

天羽にとってその姿は、どうも不思議だった

わずかな時間しかアニメに出ておらず、本だって白くなった彼を除けば一巻分しか出てないらしい。スピンオフも一冊分。

圧倒的に彼の情報が少ないというのにこの垣根帝督には人間と呼ぶに相応しい程度には感情が詰まっており、ただの途中退場キャラクターにはどうしても見えなかった。

まるでこの世界が足りない設定をそれらしく補っているかのようで、なんとも不思議だった。

 

「だけど本当に彼の力で助けられるのかい?」

 

「確かに、魔術を打ち消すとは言え……」

 

男子二人による漫才が行われている中、インデックスよりも不安そうな表情をした魔術師二人組、神裂とステイルが言葉を零した。

不安になるのも当然か。ついこの間まで大事なシスターが死ぬのを信じていた二人には、突然不思議な力でそれを治せると言われても簡単に信じられず、不安しかないだろう。

 

「出来るよ。誰であろうとなんであろうと、行動すれば何かが起きる。でも行動しなければ何も起きない。行動できるものをあたしはヒーローって呼ぶんだと思う」

 

彼らの不安を和らげるように、天羽は限りなく明るい声で力強く答える。

そしてそのヒーローの方に振り向くと、自分にできる精一杯の笑顔で彼に言葉を掛けた。

君にはヒーローになる資格がある、そう認めさせるように。

 

「だからさ、お姫様助けてヒーローになろうよ、上条くん!」

 

「……おう!」

 

「ヒーローねぇ……」

 

垣根の呟きは他の人には聞こえていなかったみたいで、特に誰も反応しなかった。

全てを諦めて、嘲笑う彼の声。

 

そんな彼に天羽は微笑みかける。

君もヒーローだよ、そう意図して。

けれどその意味を理解したのかしていないのか、彼はすぐに視線を逸らした。

 

「口ん中に指入れるが、大丈夫か?」

 

「うん、とうまのこと信じてるから」

 

彼女たちを余所に上条は窓を背にしたインデックスの口の中にその指を入れる。

まるで歯医者のように真剣な顔で口の中に指を入れて探すように弄ると、何かが割れるような音がした。

 

それはパキンと何かが壊れる音。そしてそのわずかな音を掻き消すように、少年の体が吹き飛ばされて、障子にぶつかる音が鈍く響いた。

 

「うわっ」

 

「上条くん!」

 

「警告、第三章第二節、第一から第三までの結界の貫通を確認。再生を準備。失敗。自動再生は不可能」

 

吹き飛ばされた彼の前には、インデックスが冷たい瞳で立つ。立つ、というより浮いているの方が正しいか。少し地面から足を離しており、浮いている。

美しい緑の目に血のように赤い魔法陣を刻んで、まるで人ではないような姿で、インデックスはそこにいた。

まるで悪魔のような姿。

 

(さて、彼女にあたしは通用するのかな?)

 

その姿を見て、天羽は演算を組み立てる。いつもの大能力者(レベル4)としてのドーピング、ではない。

言ってみればハッキングだ。

 

藍花悦の能力、「不死者(アンデット)」は半径二キロくらいまでなら触らずとも肉体に干渉できる。

かなりの広範囲、人の生死を突っ立ってるだけでできる彼女は正しく国一つ滅ぼせる超能力者(レベル5)

もちろん、それなりに演算の負荷とデメリットはある。だが、目の前の少女をどうにかするくらいなら造作もない。

 

「現状十万三千冊の書庫の保護の為、侵入者の迎撃を優先します」

 

インデックスの冷たい声に目を閉じる。その体に潜り込むため。

精神を塗り替えるため。

 

天羽の力は第五位のような精神干渉は得意ではない。脳の水分と脳の動きについては知らないし、どう影響し合うのかわからない。

そもそも専門外で、彼女の力だけではできない。

だから体そのものに影響を与える。

脳の電気信号をいじり、心拍数を変えて、ホルモンバランスを変える。体の現象から感情を錯覚させる。

感情を、思いを、自分から誤認させる力。

 

彼女の力は万能だ。

生きてる人を死人に変えることも、死人に生を与えることもできる神如き力。

 

「書庫内の十万三千冊により結界を貫通した魔術を逆算、失敗。身体へリアルタイムで書き換えを行う魔術を感知。逆算、失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用のローカルウェポンを組み上げます」

 

「あは、バレた」

 

演算が複雑で負荷があること。動く人間に対して追尾するように演算を続けること。命令は一律になり、複数の処置ができないこと。

そして何より集中しなくてはいけないこと。それはつまり、彼女本体は無防備になるということ。

 

天羽の干渉を完治した自動書記(ヨハネのペン)は冷たく正気のない目で天羽を見続ける。

ロックオンされた、そう思わせる瞳。

 

「侵入者一、天羽彗糸に対して最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。命名、神の正義を執行せよ(lustitiae pugione)即時発動します」

 

小さな白い魔法陣がまるで窓のようにインデックスの周りに出現すると、それは白い短剣を生み出していく。天羽が持つペンダントと、似たようなデザインの短剣たちは、まるでダーツのように空を飛んだ。

的は天羽。

肉体干渉で無防備になった、普通の少女に向けて。

 

(干渉しても数値が元に戻される!まずった……っ!?)

 

「侵入者一、天羽彗糸に対し魔術の遮断、逆流を試みます。命名、禹神招来(ウジンショウライ)

 

「えっ」

 

避けるため、遠隔から自分へと目標を切り替えて回避に専念する。しようとした。

しかし。

しかし、なぜか体が動かない。

 

ポンプが逆流するように、押しても押し戻されるように

演算が跳ね返されている。

拮抗した力は、彼女の動きを止めた。

今まさに攻撃の雨が降るはずの彼女に。

 

(やば、まぁ死なないしいいか)

 

白い短剣が降る。神の正義を執行せよ(lustitiae pugione)、だなんてなんて馬鹿げた言葉か。

これじゃあまるであたしが神に裁かれているようで腹立たしい。冗談じゃない、神に正義なんてないだろうに。

 

立ち止まったままその剣を受け入れる。制服が破れようと、変えはいくらでもあるのだ、別に裸になるのが怖いわけでもないし、それでよかった。

 

だがそれに苛立つ人は別にいる。

 

「ちょっ!!?」

 

「知ってるか?刺されると人って死ぬんだぜ?」

 

腕を引かれ、半歩後ろに下がった。甘い香りが広がって、思わず体勢を崩す。

それに合わせて短剣が凄まじいスピードで向かってくるも、何かに遮られてその場に落ちていく。

後ろを見なくてもすぐに誰だかわかる。

 

「あたし死なないし、いいかなって」

 

「それで、テメェ一体何したんだ?侵入者のお前のために構築した魔術、だってさ」

 

疑うような目の垣根が、雑に天羽の二の腕を掴んで佇む。

何かを探るような、観測するかのような目。

 

「わー、何のことだか……」

 

「誤魔化すな言わなきゃ殺す」

 

「……後でね。今はこっち優先!」

 

その目から逃れるように苦笑いで立ち直すと、彼は苛立ちを隠さずに舌打ちをする。しかし言い訳と誤魔化しは後でやるしかない。

今はこの現場をどうにかするしかない。

 

「君の翼で何とか攻撃を防げないのかい?」

 

「んー、やってもいいが、もう少し観察したい。インデックスの使う術式が全て同じではない以上、全てが違う物理法則、違うルールに則る。そこから逆算はできるが、もう少し情報が欲しいな」

 

「なら囮やろっか?」

 

「おいおい、一番囮に適任のやついるだろ」

 

「ん?」

 

未だ剣を飛んでくる短剣から身を隠すように障子に隠れると、垣根はにっこり、とても胡散臭くて嫌な予感のする笑みを浮かべた。

その笑顔は天羽ではない、その隣、上条に向けていた。

 

「ツーことだ。おら!そーれいっけ、かっみじょう!」

 

「垣根ぇぇ!!???」

 

「え!?ちょ、上条くん!?」

 

垣根によって投げ飛ばされた上条がインデックスの前に立ちはだかる。迫り来る短剣を全て右手で打ち消し、難なく攻撃を防ぐが、その顔は非常に焦りを見せていた。

それとは真逆で、投げ飛ばした本人はなんだか愉しそうな顔をしている。子供っぽく笑う彼は、ただの男子高校生にしか見えない。

 

「垣根ぇ!恨むぞ!!━━っっ!!?」

 

「侵入者ニ、上条当麻の妨害を感知。侵入者に対して最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。これより特定魔術、聖ジョージの聖域に切り替え、侵入者を破壊します」

 

その高校生らしい少年二人の掛け合いは、冷たい少女の警告で中断された。

 

彼女の声で空間が切り裂かれる。

 

二つもの魔法陣が展開され重なり合う。その重なった先、切り裂かれた空間の隙間、その奥におぞましい何かがこちらを見ている。

決して何かがそこにいるわけではない。

ただ、その空間になんとも冒涜的でおぞましく、酷く恐ろしい何かがいる。

そのなにかは白く眩い光の柱をその隙間から伸ばす。天をも貫く光の柱。

彼らへ一直線に伸びるその柱は間に立つ上条の右手によってその力を打ち消されるが、絶え間なく伸び続けその威力を完全に消滅させることはできなかった。

あの先には人は入ってはいけない。そう人間としての本能が囁きかける。

 

それでもなぜか天羽は心の奥底では恐怖を感じていなかった。神の領域を感じさせるその恐怖の塊は何故だか彼女を高揚させた。

未知の力、未知のもの!

研究者魂からくる高揚感なのか、心の奥でくすぶっていたなにかから得られる感情の昂りなのかはわからない。

恐怖と快哉。矛盾した感覚が脳を激しく揺らす。

 

けれども事実としてここに宣言しよう。

この胸の高鳴りは恐怖からではなく昂奮からくるものだと。

 

「なんだなんだ、すげーエネルギーだな。流石の上条も無理か」

 

「手伝えよ!」

 

「俺が?お前を?」

 

「あ、あたしいくから!」

 

感情の波の中、垣根たちの声が聞こえた。

戦いの中だったと、逃避行していた思考が元に戻る。白い光線をの圧は強く、部屋のものは舞い、辺りが崩れ始める。

そんな目の前で膨大な量のエネルギーを上条一人で打ち消すのは難しい。

 

例えどんな異能を打ち消せても、そこから二次的に生じる風や熱には勝てない。

仕方ないと慌てて彼の背中を押さえ、踏ん張る上条に力を貸す。彼に筋肉増量や体力強化(バフ)の能力は使えない。だから彼が吹っ飛ばないように背中を支えることしかできなかった。

 

「それにしても、魔術は使えないはずでは……」

 

「あのなぁ、魔術使えねーのは能力者と原石くらいなんだろ?魔力を錬れないとか言ってたが、超記憶持ちがそんな特殊体質持ってるとかどんな偶然だよ」

 

「それは……」

 

「自動防衛システム組み上げとくのは普通だ。そしてそんな大掛かりなプログラムにはエネルギーがいる。魔力だって、エネルギーの一つだろ?無意識のうちにその防衛システムに使われてたんだな」

 

そこまで言い終わると突然体に加わる力が重くなるのを感じた。

光を打ち消し続けている上条くんの手から鮮血が飛び散る。

大嫌いな赤色の液体。

血管も皮膚も切れ、痛みに耐えながらも必死に力を打ち消していく上条はやはりヒーローだ。

 

「聖ジョージの聖域は侵入者に対して効果が見られません。他の術式へ切り替え、侵入者の破壊を継続します」

 

しかし無慈悲にも自動書記(ヨハネのペン)はそのヒーローを殺そうと力を振るう。

だがここには上条以外にもヒーローがいた。その者たちも一人の少女を助けるために力を使う。

 

「……fortis931!」

 

「salvare000!」

 

最強の名を持つ者と救いを差し伸べる者、その名を高らかに叫ぶと炎の渦とその赤い光を反射する糸が部屋に張り巡らされた。

熱に気を取られた自動書記はその糸に気付かず攻撃をし続ける。

その瞬間、糸が足元の畳を引っ繰り返す。それは自動書記の照準を狂わせ上条によって打ち消されていた光の柱を天へと向けた。

 

空を断ち切るその光は天まで届き、永遠に広がる空間へ伸び続ける。

 

その光はきっと空に浮かぶ忌々しい演算装置を破壊してくれることを祈りながらその光り輝く柱を見上げた。

見上げた先、天井にできた大きな穴から何やら落ちてくるのが見えた。

 

「なんだ、これ」

 

それは白く美しい羽根だった。天使の落とし物。

何枚もゆらゆらと落ちてくる月明かりに照らされたその羽根は暖かさも生も感じることがない、なんとも無機質で異質で気持ちの悪い羽根。

垣根のものとは違う、嫌な予感をもたらすその羽根になんとも言い難い感情を抱く。

 

神の世界から落ちてきたもののようで、心の奥から気持ち悪さを感じていた。

 

「これは……竜王の殺息(ドラゴンブレス)!伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です!それにたった一枚でも触れてしまえば大変なことに!」

 

「なら変換も含めて演算してみればいい」

 

神裂の言葉に、垣根は高らかに笑う。その背には、白く輝く美しい六枚の翼が展開されていた。

その翼は垣根の手足のように動く。綺麗な翼、それが降ってくる一枚の羽根に触れた。

 

バチンと音が鳴ると彼の翼の一部がまるで熱に溶けたようにドロドロと原型を留めずに崩れる。

その光景を、垣根はただ静かに見つめていた。その瞳には興味と探究心が見える。

 

羽根が床に落ちても床が溶けない。であれば彼の翼は生物として認識されているのか。

なぜ羽の光に触れると破壊されるのか。

そこのエネルギー源は何か。

きっと垣根の中で答えは出たのだろう。羽根の形を元に戻すと笑みを浮かべ静かに魔法陣の奥に潜む獣のような得体の知れないそれを睨みつける。

 

救いを拒み、勇敢に立ち向かう悪役の後ろ姿は天羽にとっては少し怖いものだった。

彼が強いからではない。彼がその強さで、天羽の救いを拒んでしまいそうだったから。

 

「垣根くんってなんでもありだよね……羨ましい!」

 

「そう褒めるなよ。確かに俺はテメェより強いがテメェも上条と同じくらいには強いんじゃね?」

 

「うっわムカつくねぇ」

 

その感情を誤魔化すように皮肉を込めて笑いかけると、彼は悪い顔して天羽を見下してくる。

でもその小悪党な振る舞いがなんとなくこの感情を押さえ付けてくれた。

彼女はなにがなんでも助けなきゃいけない。この可愛らしい少年を。

そのためなら神に牙を向けたって構わないのだ。

覚悟は十分。それが彼女の役目なのだから。

 

「ステイルから聞いてはいましたが本当に天使みたいな見た目とは……」

 

神裂が一人呟くと、彼の美しい翼がみるみると大きさを変えて巨大なものとなった。

その翼の一枚は上条を守るように彼を覆い、光の柱を遮断する。

 

「うおっ」

 

「逆算完了だ。気にせず行け」

 

顎で指す垣根に上条は頷き、そのまま自動書記(ヨハネのペン)の元へ走り抜けた。

逆算された光の柱は未元物質(ダークマター)で作られた翼に傷一つつけることもできない。

 

「警告、第六章十三節、新たな敵兵を確認、戦闘趣向を変更。戦場の検索を開始。完了。現状最も難易度の高い敵兵、上条当麻の破壊を最優先します」

 

原子崩し(メルトダウナー)と原理は似ているな。あれと違うのは出力の違いと性質の違いってところか。質がバラバラで逆算がちょい面倒だったが、その程度じゃ俺の未元物質(ダークマター)は壊せねえよ」

 

学園都市第二位は余裕の笑みを携えて自動書記(ヨハネのペン)を嘲笑う。

 

「警告、第二十二章第一節、未知の力による術式の逆算に失敗。天使の力(テレズマ)を用いた魔術と推測します。対魔術の構築を開始。構築まで二十秒。その間聖ジョージの聖域の出力を上げ迎撃を試みます」

 

しかし挑戦的で挑発的なその笑みは人ではない今のインデックスには効かない。

平坦な声でただ攻撃を重ねるだけ。

 

「いけ上条!」

 

「おう!」

 

切り札が動く。

全てを打ち消す力をもつ右手を魔法陣の亀裂のその先へ伸ばした。

 

「この世界がっ!神様のシステム通りに動いてるってんなら!まずは!その幻想をぶち殺す!」

 

手が触れた。

空間の間に隠れていたおぞましい何かは呆気なくその力を失い消滅する。

そして目の前にいる魔術師にその手が当たるとそれは一人の少女に戻っていく。

 

「警、告、最終、章、第◯、首輪、致命的な、破壊、再生、不可」

 

空気を纏い、ゆっくりと床に倒れ込む彼女を上条が受け止める。そこには普通の少女が眠っていた。

波が引くように、異様な空間は消え失せる。静寂と舞い落ちる羽根だけが残された。

 

「終わった……?」

 

「上条くん!」

 

少女は救われた。

それを確認したと同時に、疲れ果てたのだろう、インデックスに重なるように上条もその場に崩れ落ちてしまった。

 

だが少女は救われても、全てが終わったわけではない。

その頭上には白い羽根。

 

触れたら全てを壊す、不幸な羽根。上条の頭上へ舞い落ちるそれは、天羽の視界にこびりつく。

 

体は自然と動く。不幸な少年を守るために。

舞い落ちる羽、天羽を呼ぶ誰かの声。

全てが混ざり合い、溶け合う。

 

「天羽!」

 

ぎゅっと目をつむり、二人を守るように覆いかぶさる。

姉としての正しい行動。

 

最後に見えた景色は部屋一面の白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、ハッピーエンドに導かれた。

 

「はぁ」

 

「なーに不貞腐れてんだよ」

 

「そりゃあねぇ。万能な翼が全部何とかしましたって、オチとしては最悪じゃない?」

 

しかしその結末は天羽によって作られたものではなかった。

 

第七学区のとある病院。天羽の勤務先。

そろそろ午後の診療が始まる慌ただしい院内で、天羽はエスカレーターに乗って小さなため息をついた。

彼女のシフトにはまだ早い時間、ナース服に着替えてついてきたもう一人を見下ろすと、してやったと言わんばかりに垣根は笑みを浮かべた。

後ろをついて回る彼は、彼女と一緒にエレベーターで登る。

何がしたいのかわからない彼に、今回ばかりは苛立っていた。

 

今回の功労者は彼だった。

 

未元物質(ダークマター)を最適化した彼の翼はいとも簡単に上条と、覆いかぶさった天羽に降り注ぐ羽根から守ってしまった。

そしてその事実は納得のいくようなものではない。

彼の翼が羽根に生物とカウントされていた時点で、彼の翼も天羽にとっては傷つけてはいけない大事な彼の体の一部。

光線から身を守る盾にさせた挙句、全てが終わった後も彼女の盾となった。

 

彼女は彼を傷つけてしまったのだ。

自分の力で上条を救ったわけではないのだ。

彼女の存在理由が大きく揺れる。なにも成せない。なにも起こせない。

 

お前なんて力のない弱者なんだよ。

神にそう言われているようで、腹立たしい。

そんなことを言われるくらいなら、あの羽根に記憶を消して欲しかった。

こんな屈辱的で絶望的な真実をなかったことにして欲しかった。

 

でないと、この世界にいる意味が分からなくなってしまうから。

なにも成せないのなら、なぜ自分はここにいるのか。

答えが出せなくなる。

 

答えを求め続ける彼女には、それは地獄のようだった。

 

「なに悩んでるのか知んねーけど、お前が庇ってなけりゃあいつは助かってなかったんだ誇っておけよ」

 

エレベーターをおり、誰もいない廊下を進むと、突然歩みが止まる。目の前に立ち塞がった少年は追い討ちと言わんばかりに天羽にデコピンをかますと、どこか真剣な瞳で見下ろしてきた。

目線が逆転する。

 

「どういう意味?助けたのは垣根くんじゃん」

 

「はっきり言っとくが、俺はお前を疑っている」

 

疑問を投げかけると彼は直球に疑いを告白した。あまりの直球勝負に一瞬思考が真っ白になるが、静かな空間が嫌で言葉を返す。

動揺していた割には冷静な声色が口から溢れてしまい、それはそれで驚いてしまった。

 

「……まぁ、だろうね。自分で言うのもなんだけど結構怪しいっしょ」

 

「それもそうだが、まぁここではそこまで話すつもりはない。とりあえず疑っている事実があることを覚えておけ」

 

「それで?あたしへの疑いと上条くんを助けたのはどんなカンケーがあるわけ?」

 

彼が何を言いたいのか、何を伝えたいのか分からない。

自分の脳みそに絶対的な自信を持っているわけではないが、理解できない言葉の羅列に少しだけ苛立ちを覚える。

 

「テメェが上条に覆いかぶさってなきゃ、俺は翼で守っていなかった」

 

「……なんで?理解が追いつかないんだけど」

 

言葉を整理する。彼の思考を、彼の思いを理解できるように。

しかしどんなに整理しても、どんなに考えてもそれを掴むことはできない。

彼女の頭ではスペックが足りない。

 

「いいか、テメェは俺に疑われている」

 

「うん」

 

そんな彼女をみて呆れたようにため息をつくと、優しく、一から説明を始める。

噛み砕いて説明されてなんだか子供扱いのよう。()()()()()にはなんとも惨めな光景だった。

 

「んでそんな奴が俺に後で教えるとほざいた」

 

「げ、なんで覚えてんの」

 

惨めな女をさらに惨めにしようと、垣根は言葉を畳み掛ける。その言葉に天羽の少しだけ肩が震えた。

適当に有耶無耶にしてしまおうという作戦は効きそうにないく、どうやって誤魔化すか考えるしか今の彼女にはできなかった。

 

「俺のハッキング技術を持ってしてもほとんど情報が見つからないテメェが、俺に、教えると言ったんだ。頭吹っ飛んで情報抱え落ちなんてふざけた真似してみろ、ムカついてここら一帯更地にする」

 

「そんなにあたしのこと気になんの?なんであたしに執着すんのかいまいち分からん」

 

彼の言いたいことは、天羽の足りない頭でも理解できた。しかし何がそこまでして彼に天羽への執着心を産むのか。

根は真面目で、優しい、悪に成り切ろうとして成りきれない中途半端。救いたいと願っても、自分なんかじゃ救えないと全てを諦める冷えた人。

 

「……テメェが嫌いだからだ。嫌な奴の情報は持ってて困ることはない」

 

「なるほど?分かるようで、わかんねーような?」

 

つまるところは嫌悪と負けず嫌いな性分ゆえの執着か。

マイナスの感情が向けられているのは少し残念だが、逆に好都合かと考えを改める。

天羽にとって、彼とつながる運命はなんだっていい。

 

プラスには絶対にならないと確信しているから。

だからその感情が何であろうとどうでもいい。

 

「テメェがこっち側に落ちたら厄介なことになるしな」

 

「こっちってどっち?そっち?」

 

「それこそテメェに関係ねぇ話だよ」

 

小さく呟かれた言葉を拾い、問いかけてみると嫌そうな顔で舌打ちをされる。

こっち、まあ普通に考えて暗部のことだろう。

彼女が堕ちたらどんな厄介事がくるのだろうか。殺した相手を治されたら困るのだろうか。

気になることは多いが、考える必要はなかった。

 

「あっそー、垣根くんが教えてくれないのならあたしも教えんくていいよね?」

 

「は?殺す」

 

だがこれはいい誤魔化しの理由になる。

そう思って再び歩き出す。

 

「どうぞ?情報抱え落ちになっちゃうね!聞きたかったら言わせたくなるようにしてご覧なさーい!」

 

「あっ、テメ、どこいくんだよ!」

 

「上条くんとこ!来る?」

 

忙しい廊下を進む。無視されたことに嫌な顔をする少年は、苛立ちながらも素直に隣に並んでついてきた。

素直じゃないヤツめ、そう思ってくすくすと笑うともう一回デコピンをお見舞いされた。

 

「あー、あいつまだ起きてねーんだったな」

 

「疲れてたんっしょ?しゃーなししゃーなし」

 

「もう昼間だっつうのに、呑気に十一時間睡眠、しかも点滴つきなんて贅沢なことで」

 

昨日の夜のこと。疲労から倒れてしまった上条と、眠るインデックスをおぶってこの病院に連れてきてから約十一時間は経っていた。

寝過ぎは体に良くないが、昨夜のことを考えるともっと寝かせてあげてもいいくらいだ。

それよりも心配なのはインデックスと二人部屋なこと。ヒーローのことだ、ラッキースケベ的な素敵なサムシングを起こしていないか不安だ。

 

「そーいやインデックスちゃんどうなったか知ってる?」

 

「あー赤毛の、ステイルから聞いたが、あの後教会の方に脳と魔力に関して騙してたことに説明を求めたら様子見、回収は先送りになったらしい」

 

「先送りねぇ、普通首輪外れたら着け直す為に連れ帰りそうだけど」

 

「それこそ逆だろ。今あのシスターたちは全員教会に不信感を募らせてるんだぞ?そんな中回収命じたら魔導図書館が抵抗するだろ」

 

なんだかんだでアニメと同じ道を辿っているのかと、垣根からのつまらない報告にただ相槌を打つ。それが良いのか悪いのかはわからないが、一人のヒーローが誕生したことに代わりはない。

 

「それよりもインデックスの破壊光線で学園都市の衛星が撃ち落とされた方が気になるがな」

 

「マ!?撃ち落とされたん!?」

 

ぼーっとしていた脳内に衝撃的な言葉が耳に入る。

どうやら知っている物語と同じ末路を辿っているようで、無事正史と噛み合った。

諸悪の根源みたいな節がものが無くなれば、今後の展開は彼女の知るものと同じになるだろ。

そうなれば彼女も動きやすくなる。

 

「なんでそんなに喜んでんだよ」

 

「秘密!あーよかったよかった」

 

「あの衛星の何を知ってるんだ」

 

素直に喜んでいると軽く睨まれる。

路線変更。彼が天羽の正体を暴くことで縁を繋げられるなら、性格も捻じ曲げてしまおう。

彼女にとって、それくらい何でもなかった。

 

「だーかーら、あたしに何か喋って欲しいなら喋らせるようにしてみなよ!あ、拷問は効かないからね?痛覚遮断できるし」

 

「上等だ、覚悟しろよ?」

 

ベーっと長い舌を出して挑発してみると、眉をヒクつかせてみるからにイラついていた。

苛立った表情で親指を顔の前で下げて態度で「死ね」と宣言して来るあたり、かなり気に障ったのだろう。単純で沸点が低いところは子供らしい。

 

「うんうん、お姉ちゃんは弟の挑戦に受けて立ってあげよう!」

 

「弟じゃねえ!」

 

歩く彼の前に立って堂々と胸を張るとチョップでツッコまれる。

 

「大声出しちゃダメだよ?病院内ではお静かに!」

 

「テメェが言える立場か!」

 

賑やかな廊下の中、少女たちは二人でヒーローを迎えにいく。

クーラーの涼しさが体を通り抜け、心地の良い空気が少女たちを囲む。

幸せを感じる昼下がり。

この幸せが永遠のものならどんなに素晴らしいか。

最後を知る少女は祈る。神ではなく少女自身に。

 

彼らに永遠の幸せが訪れますように。そう願う。




誰もお前を愛さない(例の画像)
という事でインデックス戦でした。存在意義と結果の間で葛藤してるのを見るのが好き。

誤字報告いつも感謝しております。ありがとうございます。
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