とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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本編地続きの番外編です。
この話には共依存に近い恋愛要素、コロンゾンさん、天羽さん攻め、精神が不安定な垣根くんが存在します。
苦手な方はご注意ください。
一話完結です。


番外編:一話完結
手綱はこの手の中に


彼女は怪物だ。

 

「アレイスターを蹴落とし学園都市を掌握するだなんて、愉快な子でありけるな、アザトース。一体何を考えてなるのかしらん?」

 

「ごめんなさいねぇ、アナタの嫌いな相手を殺しちゃって。色々計画が狂ったでしょう?」

 

パソコンの画面越しに金髪の女が見下すように笑う。地面に擦れる長い髪を揺らし、わざとらしく鼻を鳴らした。

イギリス清教アークビショップ、ローラ=スチュワート。

学園都市総括理事長補佐、天羽彗糸。

二人の女は密やかに会談を続ける。

 

「何を知っているのか知らなりけれど、誰が学園都市を支配しようが、私には関係の無い話なりけるわ」

 

「そう?アレイスターが本当に死んでしまったか分からない。あたしが何を考えてるか分からないんでしょ?」

 

「……ほう?」

 

「メイザースくんとの契約、自分の目的。どう出し抜くか迷ってる。だからこうやって正体隠して連絡取ってきたんでしょ?コロンゾンちゃん」

 

くるぶしまで届く金髪を指に絡ませ、その怪物は淡々と話す。

目の前の少女、、超次元の存在の思考を探るため、腹の探り合いが続く。怪物たちの駆け引きは終わらない。

 

「アンタのところの水道も電気もインフラも、何もかもがあたしの名義になっていて、お偉いさんは洗脳済みだし、電話一本で全て止まっちゃう。でも何にもしてこない。恐怖だよね、アナタを殺せる存在が何もして来ず、連絡もなく、ただ日常がすぎていく」

 

高値で買ったスピーカーから荒い音が漏れる。美しい緑の瞳で見つめ、その怪物は静かに笑ってパソコンの前でため息をついた。

 

「死と隣接する恐怖、尊大な悪魔には少し刺激が強すぎたみたいだ」

 

学園都市を支配する女とイギリスの魔術師を支配する女。

二人の女が言葉の力で互いにねじ伏せようと音を喉から吐き出す。禍々しい空気は回線を通じ、淀んだ雰囲気の中、彼女たちは薄っぺらい笑みを浮かべ談笑を続けていく。

 

「死?誰にそう言っているのか、分かっているのか小娘」

 

「拡散の悪魔、フィクションの産物に言ってるってわかってるよ。だからお前はあたしに勝てない。フィクションはここで打ち切り。デッドエンド、拡散なんて狭い世界の中では波にすらならない」

 

本性をさらけ出し、怪物はおぞましい笑顔を浮かべる。

本能を支配する艶やかな女の笑み。優越感と支配欲、ほんの少しの悪戯心が混ぜ合わさった勝者の笑みは、暗い室内で恐怖を煽った。

恐ろしい。彼女の笑みは悪魔すら恐怖に突き落とす。

 

「世界を偶像とでも思ってるのか。哀れだな」

 

「哀れはお前だ、立体を認識できない舞台上の駒が。第四の壁を超えることの無い()()()()が」

 

「な、にッッッ、ンァ!!!??」

 

その怪物は、次元を超えた。

日本とイギリス、時間的な距離、空間的距離は飛行機を使わないと到底縮まない。

けれど超次元の怪物はそれを手繰り寄せる。立体物は平面を支配し、薄いデスクトップに腕を伸ばした。

 

パソコンを超えて、電子を超えて、平面を超えて、そのおぞましき怪物は悪魔の髪を掴む。

そして薄い笑みを浮かべたまま、握った金色を力任せに引き抜いた。

 

「ここら辺がアナタの最終回みたい。駒にすらならない()なんて要らないし、存在すらしてない肉塊なんてどうでもいい」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!??」

 

どの時代の魔術でもない。ホルスでもアイオーンでも、なんでもない。

時代ではなく、次元の違う神の力。

 

怪物はデスクトップから腕を伸ばし、身体を枠から出し、立体になる。

スクリーンから飛び出た肉感的な女は長い金髪を揺らし、悪魔の命を引き千切って絶叫の中静かに微笑む。

 

「悶え苦しめ、信徒を騙る忌々しき悪魔が」

 

悪魔を噛み砕く邪神を教会のステンドグラスが照らし、祝福するかのように鐘が鳴る。

夢見る魔皇は神の名のもと、不幸な右手で物語の全てを打ち消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぞましき怪物。けれど、最も美しい怪物。

その怪物に心奪われた者がいた。

 

「ただいま」

 

「おー、対談は無事に終わったか?」

 

黒いミニドレスをひらひらと揺らし、胸元のリボンを弾ませ、彼女はゆっくりと扉を開く。

彼女たち好みに魔改造された総括理事長の仕事部屋はとても華やかで、フォーマルな姿がよく映える。

 

広い部屋の奥、大きな机に置いたパソコンを睨む少年は、部屋に訪れた怪物の姿に小さく微笑んだ。

おいでと手招きをし、長い背もたれに体を預けて

彼、垣根帝督は優しく目を細める。

 

彼らは所謂男女の関係にあった。

 

「大丈夫、()()()()手荒になったけど、概ね順調かな」

 

「手荒って、大丈夫かよ」

 

「平気、平気。それよりそっちは作業終わったの?」

 

垣根の手招きに従って、従順に天羽は彼を抱きしめる。軽く唇を押し当て忠誠を示すと、彼女は嬉しそうに体を離す。

そのまま浮かれ気味に奥の扉へ向かい、給湯室の電気をつけた。寝室にバスルーム、給湯室の簡易なキッチンといい、この理事長室は彼女たち好みにリフォームされていた。

 

どこもかしこも、彼女の跡が残る。

 

「あぁ、プロットは練った。あとは会議にかけるだけだな」

 

「暗部の方の調整だっけ?」

 

ザラザラと音を立ててコーヒーメーカーに豆と水をいれ、機嫌のいい彼女は楽しげに垣根の話に耳を傾ける。

豆の状態でも香る質の良いコーヒーの香りが垣根の鼻をくすぐった。

 

「そう、簡単に言えばホワイト化と合法化を進めてる。公的な特殊部隊にするって感じか?」

 

「特殊部隊?テロ対策とか?」

 

「お前の能力のおかげで上層部では裏切り者はでねぇし、研究者も法律を無視した研究ができなくなったからな、俺がやってきたような仕事は不要になっただろ?」

 

「なるほど、原作通り暗部を解体したら失敗するから、逆に表に出すのか」

 

手早くコーヒーカップを出し、満タンになったポットをコーヒーメーカーから外す。

動きに合わせて揺れる赤いピアスと長い金髪が光を反射してキラキラと輝いていた。

 

コーヒーの香りが部屋を満たす。その中に微かに感じるラズベリーと薔薇の香りも相まって、とてもみずみずしい。

女の匂い。彼女の匂い。

幾度となく感じてきた少女の香りが心地よかった。

 

「そういうことだ。殺人だとか犯罪行為はしねぇけどな」

 

「その方が管理しやすいし、いいと思うよ。血の気の多いやつらの捌け口も必要だし、いい塩梅じゃないかな」

 

その香りは特別だった。花のような香りを振りまいて、彼女は垣根を救いあげる、抱きしめる。

コーヒーに混じった神様の香り。

 

救世主(メシア)。その香りは救いをもたらす。

 

暗部を抜け、望みを叶え、隣に完璧な女がいる。

この邪神の気まぐれで垣根帝督にとってこの上なく都合のいい世界が生まれた。

 

誰も不幸にならなくていい世界、夢物語だと思っていた完璧で幸福な世界。

理論に当てはまらない完全無欠の神様は、彼だけに愛を囁き、世界をくれた。

 

黄金の髪、赤と緑のおぞましい瞳、全てを虜にする見た目と、全てに嫌悪される傲慢な思考回路。

 

艶やかな邪神はその夢の中で彼にだけに微笑んでくれる。

 

「どうしたの?」

 

「いいや、なんでもねーよ」

 

都合が良すぎる神の寵愛が時に怖い。

泡沫のように弾けて消えゆく夢のようで。いつかこの幸福が壊れて、溶けて、なかったことにされるのではないか。

砂糖の甘さに慣れてしまって、欲張って、彼女に愛想を尽かされるではないか。

 

そもそも、彼女が一生好きでいてくれるなんて、言葉でしか約束できない。

確証もない口約束。

思い出したように押し寄せる不安が波打つ。

考えれば考えるほど、その不安は波を大きくしていった。

 

「コーヒー入れたけど休憩にしない?」

 

「……そうだな、甘いものが欲しい気分だ」

 

照明を遮り顔に影が差す。コーヒーとカップ、そして冷蔵庫から取り出したスイーツをおぼんに載せて、彼女はいつも通り優しく微笑む。

言い表せない不安に蓋をして、ソファへ移動すると、砂糖と小麦の香りが広がった。

 

テーブルの上に置かれたきつね色のまん丸なパイ。網目模様からほんのりと黄味がかったフィリングが見える。

売り物のような整ったパイは白い粉糖と、緑のミントが添えてあり、甘い香りを漂わせ、腹に響く。

 

「今回はねぇ、アップルパイです。大変だったんだから」

 

「なんでも作れるのな、お前」

 

「次はミートパイにしようかな」

 

「パイ縛りかよ」

 

ケーキ用のナイフが真ん中から一直線にパイを切る。交差したパイ生地がさくさくと音を立てて五等分に切り分けられ、美しい断面が現れた。

 

完璧に計算された断面。

パイを切り分ける彼女とよく似ていた。

 

「……なんでもできるよな、お前」

 

「な、何、突然」

 

「俺は、料理あんまできねぇから」

 

「火力がちょっと強いけど、基礎はできてると思うよ?それに、飾り切りとかあたしより上手だし」

 

ふと、思っていることが口から零れる。甘い香りに誘われて、苦い感情が胃の奥底で熱を持つ。

弱々しい本音は、ヒーローに似つかわしくないのは分かっている。けれど、この神様を前にすると懺悔をしたくなる。

失いたくない。けれど同時に騙したくない。

 

二律背反。アンビバレント。

彼女に対する感情と同じものだ。

 

「裁縫もできるよな」

 

「家庭科で習った程度ね」

 

「俺ほどではないが頭もいい」

 

「まぁ、大学院まで行ったし。というか実年齢垣根くんの倍だし……」

 

切り分けられたパイをひとつ貰い、フォークで突き刺す。砂糖漬けにされたリンゴとシナモンの癖のある味が舌の上で混ざり、胃の中へ落ちていく。

パイ生地は軽く、中の詰め物はしっとりと。想像通りの美味に手が進む。

彼女とよく似た甘ったるいパイに虜になってしまう。

 

好きだ、この中毒的な甘さが。

 

「まさしく全人類が思い浮かべる『理想の女』ってやつだよ、お前は」

 

「な、なんなの突然……パイ不味かった?まずいならマズイって言っていいんだよ?そんなおだてなくても……」

 

「ちげーよ。本当、都合がいいって思ってな」

 

常識もそこそこあって、明るくて、愛嬌と可愛げがあって、顔も可愛い部類で、程よく肉感があって、巨乳で、一途で、健気で、気配りができて、エロくて、彼のことだけが大好き。

そしてなにより、彼女は彼を肯定する。

その後悔を、その懺悔を、その罪を、彼女は赦す。

一番欲しい言葉をくれ、一番欲しい温もりをくれる。

 

おぞましい狂気を孕んでいることを除けば、彼女は一般人が思い浮かべる完璧な女に近い。

ご都合主義な盤上の神様。

誰もが夢見る永遠の淑女。

 

「……何が言いたいの?」

 

「たまに、お前と出会ってからの日々が夢なんじゃないかって思っちまう」

 

ナイフを片手に顔を覗き込む彼女と目が合う。

緑と赤のおぞましい瞳。人間とは思えない禍々しくも煌めく神の瞳。

その瞳に見つめられると、体が強ばり本能が彼女を恐れていた。

けれど同時に惹き込まれる。

 

彼女は美しき幸運の女神であり、破滅を誘う気まぐれな邪神。

ぐちゃぐちゃになる感情が、絞り出すように本音を漏らす。目の前の怪物に、全てを知っていて欲しくて。

 

「本当は寝てて、それこそ原作の()みたいに意識のない状態でこの甘い夢を見ているのかもしれない。そう思うと────」

 

────たまらなく怖いんだ。

 

しかしその言葉は音にならず、代わりに体がソファへ軽く押し倒された。

腰に重い体を乗せ、太ももが足を固定する。肩に置かれた手によって上半身の動きは封じられ、体はピクリとも動かない。

 

「あたしの好きをフィクションにしないでよ」

 

いや、本当は動くのだ。

けれど飼い主が犬に暴力を振るえないように、信徒が神を蔑ろにできないように、本能がそれを拒む。

乙女の姿をした怪物を薙ぎ払うことなど、主人公(ヒーロー)にはできない。

 

「都合がいいのはあたしがそうしたいから、幸せそうにしてる姿が好きだから、なんでも出来る、何でもしてあげたい。あたしの努力をフィクションなんて言葉で解釈しないで?」

 

生き物のように蠢く髪の束がゆっくりと垣根の体に絡みつく。

それぞれが意思を持っているかのよう。足を、腰を、手首を、金色の糸が這い、飲み込まれる。

 

まさしくアザトースそのもの。這い寄る触手が下僕を逃がさない。

悍ましい瞳で捕らえ、美しき美貌で圧倒し、恐ろしき暴力で屈服させてしまう。

 

「……それとも、肉体で、感覚で感じないと分からない?」

 

長い髪が触手のように絡みつき、逃がさないと言わんばかりに強く縛り付けた。柔らかい髪が頬を、腹を、手をくすぐり、薔薇の香りが舞う。

優しく美しい拘束だ。甘くて、力を奪う拘束は垣根の緊張を解く。

動きを封じ、上から覆い被さる彼女の支配者らしい力強い目が魅惑的だった。

 

「そういう行為で満たされるのなら、あたしはなんだってするよ。なんだってしていいよ。好きな男の肉欲くらい、この体で受け止められる」

 

「彗糸」

 

「望むように動いてあげる、触ってあげる。能力を全て使って、都合の女になってあげるから、だから、そんな顔っ……」

 

「彗糸、コーヒーが冷める」

 

支配から逃れようと優しく名を呼ぶ。愛情と肉欲がよく分かっていない無知な子供の背伸びを愛を持って制して、体の拘束を振り解いた。

少し焦った彼女の表情からはいつもの尊大さが感じられない。

 

「……わかった」

 

呼ばれた名前に口を閉じ、不服そうに髪を解き、彼女は膝の上で俯いた。

 

恋愛における愛情表現が分からない彼女は直ぐにそういう行為をほのめかす。

本当に可愛そうな子だ。

今までは隣人愛、家族愛しか知らなくて、それ以外は知りたくもない、汚くておぞましくて気持ちの悪いものだった。だからその感情の表現が分からない。

 

コーヒーを入れるのは隣人愛。

パイを焼くのは家族愛。

一緒に眠るのも、一緒にお風呂に入るのも、一緒に出掛けるのも、全部兄弟愛。

 

なら、恋愛は何で表す?

 

兄弟、家族では禁忌であり、原則恋人や配偶者としかしないもの。

それは肉欲、劣情。それしか該当しない。

彼女の手札は幼稚で在り来りで、勉強不足なものだった。

 

「ったく、お前はいっつも突然すぎんだよ。軽率な行動はやめろ」

 

「じゃあどうしたら不安を取り除ける?あたし、そんな顔みたくない」

 

その怪物は愚かな乙女だった。

 

「ほんと、お前は馬鹿だよな」

 

恋愛とは、特定の行動ではなく感情。

示す必要はない。言葉使いから、態度から、服装から見て取れる。

そして彼女も、恋心が透けて見えていた。

 

それに気がつかない彼女は本当に、本当に、愚かだ。

その愚かさに囚われてしまった垣根が言えることではないが。

 

「あたしは真面目にっ!」

 

「分かってる、ちゃんと理解してる」

 

この不安はきっと永遠に消えない。

この世界が彼女の夢である限り、この世界に永遠はない。

 

けれど、少し不安を口にするだけで世界が終わるかのように焦り、泣き、縋る彼女の姿に溜飲が下がる。

 

この恋が続く限り、この世界は巡る。

彼女が垣根帝督を愛する限り、この世界は終わらない。

 

「……お前がいなくなるわけねぇよな、彗糸」

 

「そうだよ、あたしは前世から、来世まで、ずっと帝督くんのこと愛してるよ」

 

彼女は怪物だ。

運命の糸を引き千切り、自分好みの頑丈で、鮮やかで、温かい糸で運命を手繰り寄せる神に似た怪物。

誰にも抗えないを崩す、第四の壁の向こうから現れた彗星。

鮮やかに煌めくその妖星は、乙女の姿をした怪物。

 

けれど、その怪物と回りくどい恋愛ごっこで愛情を確かめ合う彼もまた、ある種の怪物ともいえよう。

 

「このくだらねぇ会話、あと何回繰り返すんだろうか」

 

「一生付き合ってあげる。あなたが飽きて、捨てるまで」

 

遙かなる魔皇アザトースは恐るべき旅路の果てで、暗澹たる玉座を見つけだした。

そしてその地位はきっと、永遠に揺らぐことがない。

この物語が続く限り。

 




なお次週はアイドル垣根と妹天羽の一話完結です。
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