act1:それはすれ違いから始まった
『
それは一人の能力者を進化のその先へと導く暗く濁った学園都市の実験のひとつ。
二万ものクローンを殺害した果てに、一人の怪物が神になるための計画。
そんな悲惨で恐ろしい実験はある不幸な少年の拳によって頓挫した。
ヒーローの拳が学園都市の闇を一つ薙ぎ払い、一人の怪物を救い上げたのだ。
クローンは自由を手に入れ、怪物はヒーローの夢をみる。
闇の深いこの学園都市で彼は光を示した。
だが学園都市の研究者たちは諦めなかった。
知見を集め、計画をアップグレードし、この実験を継続するための知恵を求めた。
そしてひとつの答えに辿り着く。
裏で進化するのが無理なら表で進化すれば良い。
七人しかいない
それが「
そして、意図せず生まれたとある男女の恋愛譚の始まりでもあった。
長い廊下の真ん中。
リハーサルは終わり、本番までのお昼休憩の時間で少年少女らは不満げに感情を吐露していた。
「なに!?第七学区で熊が暴れている!?」
程よい筋肉と聖人君子のような性格が印象的な黒髪の少年は一人携帯と睨み合い、何やらカチカチと返信を返す。そのまま猛スピードで楽屋から飛び出すと、何か雄叫びをあげながら走り去って行った。
ハチマキにジャージ、見るからに運動が大の得意な男、
「はぁー、暑苦しい人達ばっかでやんなっちゃうわぁ」
「女王、アイスティーを入れました」
その様子を面倒だと言わんばかりに眺める長い金髪の美少女は第五位、食蜂操祈。
長身痩躯でグラマラスな体つきの彼女は、髪を綺麗な縦ロールに巻いたマネージャー兼忠実な家来である帆風潤子から冷たい紅茶が注がれたグラスを受け取る。
女王の呼び名通り、中学生とは思えない貫禄とカリスマを持つ彼女は一人お付きとともに優雅な昼を過ごしていた。
「なぁんで楽屋がこのアホ共と一緒なんだよ浜面ァァァ!」
「ひぃぃぃぃ!!」
「うっさいわね!私だって嫌よ!」
「お姉様!」
静かな食蜂たちとは打って変わって怒鳴り声をあげる茶髪の美女は麦野沈利。第四位に君臨する彼女の視線の先には罵声に萎縮するマネージャーの浜面仕上の姿があった。
そんな彼を哀れに感じたのか、それとも騒がしいのが嫌なだけなのか、短い茶髪を揺らして少女が割って入る。
青白い火花を頭の周りでビリビリと発生させ、彼女は低い声で獣のように麦野を睨みつけた。
相手は格上の第三位。
心配そうに見つめるマネージャーであり後輩の白井黒子が見守る中、一触即発の空気は徐々にしぼんでいく。
力量の差に怖気付いたのか、フリルが沢山詰まった衣装で仁王立ちする姿が面白いのか、どちらかは分からないが、威勢のいい彼女を鼻で笑い麦野は口を閉じた。
しかし騒がしさは止まることを知らない。
大声で賑やかに言葉を続ける二人の少年はこの部屋で一際目立っていた。
「何が悲しくてテメェと同じ楽屋になんなきゃいけねぇんだよクソが」
「それはこっちのセリフだクソッタレ。テメェみてェな騒がしいのと一緒になンか誰が好き好ンでなるか」
罵倒し合うのは見た目が全く違う二人の少年。
一人は百八十を超す長身と美貌を兼ね備えたガラの悪い少年。
もう一人は白髪と赤い目が特徴的な涼し気な二枚目顔の細身の人物。
王子様のような煌びやかな衣装に身を包んだ二人のアイドルが、その容姿に似合わない罵倒を口にする。
第二位、垣根帝督。
第一位、
いがみ合い、罵声をぶつけながら彼らは喧嘩とも言えない罵り合いを続ける。
「はわわ、止めないと!ってミサカはミサカは飛び出してみたり!」
「貴方に飛び火するだけよ、やめておきなさい」
その様子を小さなマネージャー二人、
しかし大事な人である一方通行の様子を心配そうに見つめる打ち止めと、またかと呆れる心理定規の視線に気がつくことも無く、彼らは罵声を飛ばし合う。
「つーかさっきの収録のセリフなんだよ。俺のセリフ丸パクリじゃねぇか、自分で決め台詞を考える脳もねぇのかよ」
「テメェこそ、その衣装パクリじゃねぇか。帝国の王子様ってか?似合わねェな。筋肉つければァ?ガリノッポ」
「それはテメェだろ。チビのくせしてなんだその衣装は。王子様って……ふはっ!俺の隣に立つと哀れな低身長がさらに際立つなヒョロガキ」
「十二センチ程度で何いばってンだ。身長ばっかで脳みそに栄養いかなかったからって、馬鹿な価値観おおっぴらにすンなよクソガキ」
「喧嘩売ってんのか?」
「テメェが売ったンだろォが」
加速する罵声に声も大きくなっていく。本格的に喧嘩が始まりそうな緊張感の中、弾けるようにドアが開いた。
「お弁当持ってきたよー!」
一際大きな声で脳天気な少女が朗らかに楽屋のドアを開く。
先がピンクのグラデーションで彩られた肩より長い金髪と麦野と食蜂に並ぶ巨乳。グラマー体型と一昔前なら言われていそうな少女は体に似合わない幼い顔を化粧で覆い、白い衣装で身を包んでいた。
「ねぇ、わたし別で買ってもらってたんだけど、貰ってきたぁ?」
「食蜂ちゃんのはこっちの袋に入ってるよ、お箸しかないけど大丈夫?」
「大丈夫よぉ、ありがとね☆」
「どーいたしまして」
大きなビニール袋を持って楽屋に来た彼女はほぼ爪先立ちのバレエブーツから足音を響かせ、近くの食蜂に持ってきた弁当を手渡す。
元々の長身と異様な高さのヒールで見下ろす彼女はいつものようににこにこにこにこ、朗らかな笑顔を浮かべて他の人にも弁当を配り出した。
「で、麦野ちゃん鮭だよね?」
「浜面に行かせたってのに、相変わらずパシリやってんな」
「悪いな、取りに行かせて……」
「挨拶で回るついでだから、気にしないで。みんな忙しいだろうし。御坂ちゃんの分これね」
「ありがとう天羽先輩」
他のアイドルがフリルが多い可愛い路線やら、パンクロックの甘辛系の衣装やらで身を固める中、真っ白で無機質な衣装を着る彼女は少し浮く。
袖だけのボレロと短パン、そして背中の大きなリボンは真っ白。シャツの代わりに来たミントグリーンのボディスーツ。所々から垂れ下がる鮮やかな蛍光グリーンの紐。
どこか排他的で無機質。SFチックといったらそうかもしれない。
三次元のアイドルの中で、彼女だけが二次元にいるかのような、異質な
「はい、おふたりさんの分」
鮮やかなグリーンを翻し、彼女は優しく一方通行と垣根の間に割って入る。花が香る笑顔で弁当をふたつ渡すと、一方通行はとても嫌そうに眉をひそめて舌打ちを響かせた。
一方通行は彼女が嫌いだった。
「どォも。第六位はよく働くことで」
「どういたしまして。ちゃんと食べるんだよ?」
第六位、天羽彗糸。
柔らかな笑顔の裏に見える狂気に触れたくなくて、一方通行はその微笑みから目を背ける。
「あっ、一方通行、話はまだ終わって──!」
弁当を受け取り、その場から離れようと背中を向ける一方通行に噛み付こうと口を開く垣根に彼女の手が触れる。
その体温に肩を大きく震わせると、開いた口からは音のない息しか出なかった。
「また喧嘩してるの?」
「……うるせぇ」
「ダメだよ、そうやって喧嘩ばっかしてると色んな人が心配させちゃうんだから」
「テメェに言われる筋合いはねぇんだよ。どっか行ってろ」
困った顔をして上から覗き込み、天羽は垣根の衣装を掴む。
赤と緑の不気味な瞳に吸い込まれるようで、垣根の顔がみるみるうちに歪んでいった。じんわりと伝わる彼女の熱が嫌だった。
「そっか、ごめんね。お弁当いらない?」
「要らねぇとは言ってねぇ」
「なら一緒食べる?」
「勝手にしろ」
「じゃあ一緒食べようか」
熱を振りほどくように強引に弁当を奪って垣根は彼女から視線を逸らす。
逃げるように彼女から離れていく垣根の姿を困った顔で追いかけて、天羽達は二人楽屋から立ち去った。
「ほんと、垣根さんって天羽先輩のこと嫌いよね。先輩も構わなきゃいいのに」
「
垣根帝督と天羽彗糸は不仲だ。
「……どうかしらねぇ?」
それが傍から見た彼らの関係性だった。
収録も全て終わり、一日の終わりが近づく。
第七学区の大きな病院、その地下にある研究室で天羽彗糸は湿った髪を乾かしながらため息を吐いた。
「怒らせちゃったよねぇ……」
自室として冥土帰しからあてがわれた一室はパステル調の可愛らしい家具やぬいぐるみで統一され、淡い色合いの彼女に良く似合う。
アイドルとしての彼女のイメージ像とはかけ離れた室内で、赤いTシャツ一枚だけを身につけて深くベッドに横たわると、さりげなく時計をみた。
夜の九時。客人が来るには少し遅い。
(準備したんだけどな)
しかしため息をかき消すように誰かが優しくドアを叩く。
コンコンコン、三回のノック。
部屋に来る客人は一人しかおらず、思いがけない出来事にベッドから立ち上がり、下着を着けていない無防備な姿のまま急いでドアへと走る。
「いらっしゃい!」
「……よう」
勢いよくドアを開けると、茶髪がかすかに揺れて七センチ上の視線が彼女を見つめた。
「垣根くん、今日はもう来ないかと思ってた」
「悪かったな。連絡入れたかったが携帯忘れたんだよ」
「あー、それなら納得」
夏は始まったばかり、外気との温度差のせいか頬がほんのりと赤い彼を涼ませてあげようと部屋に上げると、ローテーブル近くのソファに座らせる。
お茶でも持ってくるかとそのまま背を向けたものの、垣根はそれを止めようとシャツに手を伸ばす。
「彗糸」
「ん?どうかした?」
「これ、お土産」
彼はこの部屋に来ると途端に口数が少なくなる。
持っていた大きな紙袋をぶっきらぼうに手渡し、眉をひそめつつ彼はソファに背を預けた。
「昼、色々言い過ぎたから」
「……昼?」
「バレないようにとはいえ、素っ気無さすぎたからな。いいから受け取れ馬鹿」
「はぁ……そっか」
よく分からないが、垣根が押し付けた上品で高そうな袋を受け取って困ったように眉を八の字に下げる。
なにか気を使わせてしまったようで申し訳ない。
紙袋から大きな瓶を取り出し、テーブルの上に置く。有名な飴らしく、中に入っていた薄いパンフレットには色とりどりのキャンディや金平糖が印刷されていた。
昼のお詫びとはなんだろうか。
一緒にご飯を食べなかったこと?
手を振り払ったこと?
そんなこと、どうだっていいのに。
酷く扱っても壊れないというのに。
傷つくこともないと言うのに。
このキャンディが何を意味するかは分からない。
分かるのは彼が優しいということくらい。
でも、それさえ分かれば十分だった。
「ありがとう、垣根くんは優しいね」
「……そう言ってくれんのはお前くらいだよ」
彼女たちは、いわゆる
男女の仲、恋仲、彼氏彼女。
呼び名は沢山あるが、とにかく彼らは他人には感じたことの無いトキメキを、ドキドキを、互いに感じている。
……はずだ。
「それで……今日は泊まるの?」
「っ!」
男女の仲。それはつまり性行為を行う関係性ということでもある。
彼女の言葉はそれを暗に示しているのは言うまでもない。
付き合ってから一ヶ月ほど。
彼女らは体を重ねたことがなかった。
「
隣にどかっと座り、わざとらしく彼の腕に絡みつく。
下着をつけてなくてよかったと脳の隅っこで考えながら、あざとい言葉を計算する。
どうすればこの男に求められる?
どうすればこの体は望まれる?
どうすればこの身を使ってもらえる?
心を支配するのは恐怖と不安。
彼の望みを叶えたい。
彼を幸せにしてあげたい。
この体でできることは全てしてあげたい。
それが自分のやるべきこと、天羽彗糸にしかできないことだから。
「……お前、この下何も着てねぇだろ」
「それが?どうせ脱ぐなら同じでしょう?」
「俺はそうは思わねぇけどな」
不意に腕を握られ、彼の黒い瞳と目が合った。
とても怒っている。怒りしか感じない濁った瞳に少し恐怖を感じるも、押し付けた胸は彼の腕を離さない。
柔らかい肉、甘い匂い。嫌いだという男はいない。
けれど垣根はいつも彼女に冷たい視線を向ける。
笑わない。笑顔を見せない。
不機嫌そうに視線を逸らして、顔を見ないように立ち上がる。苛立った素振りで優しく体を離す彼の顔は見えなかった。
「え、どこ行くの?」
「帰る」
「は!?えっ!?な、なんで?」
「今のテメェとそういうことはしたくない」
背を向けたまま彼はドアへと向かう。
冷たい声が可愛らしい部屋に響き、鼓膜の奥で反響する。
怖い。
求められないことが。
認められないことが。
望まれないことが。
それは自分の存在理由を否定されているのと同じだから。
「どう、どうして?なんで?巨乳は嫌だった?変えるよ?身長?それとも髪色?ねぇ、教えて、次までには変えるから!」
「……そういうところだ、馬鹿」
縋るように手を握ろうとするも、優しく振りほどかれて彼はついにドアへ辿り着く。
振り向くことも無く、彼は扉を開き小さく別れを呟いた。
最後まで視線は交わらなかった。
「おやすみ」
「あ……」
キスはしないんだ。手も繋がないんだ。
望まれないことが屈辱で、辛い。
誰かのために生きることが生きている理由なのに。
体どころじゃない。
手も、唇も、吐息も、体温も何もかも、彼女らは重ねたことがない。
もちろん感情も、重なることは無かった。
「……なんでよ」
付き合うって、そういうことでしょ。
道具として扱ってよ。
そのためのあたしでしょ。
あたし、なんだって出来るのに!
垣根帝督は天羽彗糸が嫌い。
少なくとも、彼女はそう思っていた。
「早かったですね」
「あぁ、出してくれ」
病院の駐車場、真っ暗な夜の中で黒い高級車がライトをつける。
中で待機していた垣根の部下、誉望万化はアクセルを踏みゆっくりと車を発進させた。
暗い窓の外の景色を後部座席で眺める垣根の長いため息と、エンジン音だけが響く。この静かな緊張感が運転手にとって恐ろしいようで、ちらちらとバックミラーで確認している。
足を組み直し、眉間に皺を寄せて窓を睨む姿はたとえ眉目秀麗な少年と言えど、運転する部下を怖がらせる程度には恐ろしいのは確か。
イライラしている。
他人が見たらきっとそう見える。
(今回の色仕掛けはお粗末だったな)
しかし態度とは裏腹に彼の脳裏にあるのは先程の会話。体温。感触。
腕に押し付けられた柔らかい肉の塊が頭から離れない。たった一枚の薄い布で隠された温かい少女の体の感触が消えなかった。
いつもそうだ。彼女と喋る度、彼女の部屋に入る度、よく分からない緊張が垣根の体を駆け巡る。
いつもと違う一面とか、ギャップとか、谷間とか、そういうものに男は基本弱いのだ。
素っ気ない態度を取ってしまった後悔とか、今日も我慢できて偉いとか、色々な反省やらなんやらがあの柔らかい胸の感触と共に押し寄せて、つい眉が寄る。
「はぁ……クソが」
「っひぇ、俺何かしました?」
「あ?なんでもねぇよ。こっちの話だ」
再び足を組み直し、垣根はぼんやりと移ろいでいく景色を眺めて目を伏せた。
あの柔らかい体に感じる劣情をも上回る虚しさや苛立ちが垣根の心を燻っていた。
(……ああやってねだられるのは興ざめなんだがな。あの馬鹿)
垣根はちゃんと分かっている。彼女が何をしたいのか。何を望んでいるのか。
そして彼が何をすべきなのか。
しかし恋人である天羽彗糸には少し問題があった。
それは彼女の精神の問題。思考の問題。
彼女は、彼に愛されていないと思っている。
この関係は利害の一致で生まれたものだと思っている。
たぶん自己肯定感の低さと彼女の境遇から、その考えが来ているのだろう。
だから体を使って救おうとする。
能力を使って垣根の望みを叶えようとする。
それが彼女にしかできないことで、今まで多くの人にしてきたことだから。
自己犠牲。
自己陶酔。
彼女は彼の愛情を理解出来ず、沼の中でもがき続ける。
そんなのムカつく。
自分が優位に立っているなんて思うな。
幸せにする立場にいると思うな。
(どうやったら、あの馬鹿を治せるんだろうか)
深く目を瞑り、揺れる車に深く体を預ける。
いつか彼女がこの重い愛を理解する日が来るのだろうか。
乙女の姿を見せる時が来るだろうか。
これは難易度EXTREMEの頭脳戦。
そして少女が乙女になるまで、少年が彼女を嫌うまで続く育成ゲーム。
彼らの駆け引きは、アイドルになっても終わらない。
天羽さんは今時+ボカロ+某香水の英語名の三人組アイドルって感じです。
フォニーとかロウワーみたいなオシャレ楽曲から虎視眈々とかアンデッドアリス的なエロとかっこいい曲も歌う……なんかアイドルぽくない人です。
塩梅がむずいですね、アイドル。現実だと基本グループなので……