とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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act3:胃袋掴めというけれど

 

 

 

 

三時間目、家庭科室で甘いバニラの香りを漂わせて少女は頬に付いたクリームにそっと手を触れた。

 

金色とピンクのふわふわした髪と、ぱっちりした大きな瞳。

少し背の高い彼女は控えめにフリルが主張する薄緑のエプロンを翻して少年に太陽のような笑顔を見せる。

 

『ケーキを作るのに必要なのは可愛さっしょ』

 

泡立て器を握り締め、手で拭ったクリームを赤い舌で猫のように舐めた彼女は薄く目を細め、結んだ髪が揺れた。

 

『……可愛さだけで飯は食えねぇがな』

 

香るバニラが食欲をそそる。だが目の前の砂糖菓子に触れる勇気はなく、そっぽを向いてぶっきらぼうに突き放す。

 

甘い砂糖菓子なんて、触れただけで壊れてしまいそうで怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カット」

 

 

 

 

 

 

監督の言葉でシーンは暗転し、演技は終わる。

学生服はただのコスプレに。

フリルの多いエプロンはただの布に。ガチャガチャと鬱陶しい耳元の飾りの音が酷くうるさい。

高い位置で結んだポニーテールが三角巾で固定され、足を覆うニーハイソックスも相まって窮屈だ。

 

天羽彗糸のまま、天羽彗糸らしくない服装で身を包む。

もうすでにこの仕事から降りたかった。

 

「お疲れ様。案外演技上手ね、素人とは思えないわよ?」

 

「まー能力的にもこういうのに応用できるからねぇ。感情なんて結局体温と筋肉の信号弄れば見た目だけなら取り繕えるってもんよ」

 

「便利よねぇ、その能力。わたしにも分けて欲しいわ」

 

「それは食蜂ちゃんにも言えるでしょ」

 

ボウルと泡立て器を置いて自分の休憩所へ向かうと、テレスティーナと食蜂操祈がニヤニヤとした笑みで彼女を待つ。

台本の上で繰り広げられる光景が新鮮なのか、楽しげな顔の二人の顔が少し癪に障る。

 

ついに始まったドラマ撮影。

八月の初めから今年の終わりまで行われる撮影はついこの間だからクランクインしており、今日は五日目に当たる。

演技をするのは初めてだが、ベテランに引けを取らない彼女の演技は人の目を引くようで、すんなりと休憩までつっかえることなく終わった。

 

「それにしたってコロコロ表情を変えるのは難しいものじゃない。褒め言葉は素直に受け取るものよ」

 

「ぶりっ子モードのテレスティーナさんに言われてもなぁ」

 

「あら、罵られる方が好きだった?」

 

「本心で喋ってくれるなら罵倒だってウェルカムだよ?」

 

近くにあったテーブルにもたれかかると、少し空気が凍えて静まり返る。騒がしいはずなのに、この場はひどく静かでいたたまれない。

メガネ越しに見えるテレスティーナの瞳は暖かい海のように綺麗だった。

 

「……貴女のそういう所大っ嫌いよ」

 

「フラレちった」

 

眉を寄せてテレスティーナは大きくため息をついてから顔を伏せる。

そんなに嫌だったか。

その姿になんだか申し訳なさと寂しさが天羽の心臓に押し寄せる。

 

嫌われるのは慣れている。

けれど、面と向かって言われるのは何度目だろうと心の裂け目からズキズキと痛みが溢れ出して止まらない。

この虚勢はいつになっても剥がれ落ちることがなかった。

 

「とりあえず、今日はわたしたちしかいないし、垣根さんのところに行ってきたら?あの人も待ってると思うわよぉ?」

 

「そう?すげー不機嫌そうだけど。演技以外じゃ目も合わせてくれないし」

 

「そんなわけないでしょ?好きな人の可愛い姿は直視できないものなのよ」

 

「垣根くん好きな人いるの?」

 

「……それは新手のボケかなにかかしら?」

 

この会話が面倒とでも言いたげに、食蜂は悩ましげに視線を落とす。何か言葉に詰まっているようだった。

苛立っていると肌で感じる。

 

どうしてただの事実確認に怒るのか。

付き合いはそこまで長くない。故に天羽には目の前の年下の少女が何に呆れ、何にため息をついたのかよく分からなかった。

 

「垣根さんは恥ずかしいのよ。今頃家庭的で可愛い姿にトキメキでも感じてんじゃない?」

 

「なわけ!今んとこあの子と視線合ってないよ?いつものことだけど……」

 

彼女の視線が移り、次は奥まったところで休憩をとる背の高い男に向く。

その視線の先には先程までイケメンフェイスで笑顔を作っていた主人公役、垣根帝督の姿があった。

 

ベージュのセーターにチェック柄のズボン、ついでに黒のエプロン。一般的な学生服に身を包み、腕に脱いだエプロンをかける彼は真剣な眼差しで台本を確認している。

とてもかっこいい。

しかしその真剣な姿とは相反して、どこか不機嫌そうな横顔がどこか近寄り辛い。

喋りかけろと言われても、更に怒らせてしまうのではないかと躊躇してしまう。

 

笑顔なのは画面の中でだけ。

機嫌がいいのは舞台の上でだけ。

 

それがいつものこと。今更疑問に思うことはない。

 

天羽彗糸にとって、彼女らの関係性は利害の一致に生まれたものだった。

彼女は垣根のそばで役に立ちたい。

彼は彼女の体を有効的に使いたい。

 

関係性が変わったあの日に呟いた言葉は嘘。

好きだの、恋だの、天羽にとっては縁のない世界。

今になってその常識が覆ることはなかった。

 

「なんでもいいから、あの人のところに行きなさぁい?あなたのアクションを待ってるのよ。自分から話しかけるのが恥ずかしいんでしょうね」

 

「アクション?なんで?」

 

「なんでって、今回のステージ見たら分かるでしょぉ?」

 

しかしテレスティーナたちはそうは思わないようで呆れたように視線で教室を見渡した。

今回のドラマは基本的に学園都市の技術をふんだんに使ったスタジオで撮影を行なっている。

毎回セットが変わり、天羽にはよく分からない技術が使われているそうだ。

 

そして今回使用するのは一般的な学校にある家庭科室。どこの学校にもある設備を前に、答えは出なかった。

 

「……家庭科室、だ、よね?」

 

「あのねぇ……好きな人に手料理を披露するなんて、恋愛モノじゃあるあるでしょ?ここは私用では使えないけど、今日も研究室来るんだから、晩御飯でも作ってあげればいいんじゃない?」

 

その答えは非常に簡単なもの。

キッチンで行う唯一のこと、料理だった。

 

今回の撮影も調理実習がメインの回、確かに家庭科室と調理はイコールで繋がる。しかし食蜂の答えはしっくりくるものの、どこか納得できない。

 

「でもアイドルに手作りとかマナー違反でしょ」

 

「恋人は別。ファンとは土台が違うのよぉ?」

 

「でも、そこまで料理上手じゃないし……第一それはあたしに求めてるものではないんじゃ……」

 

「何言ってるの、大丈夫よ。垣根さん、なんだかんだ甘いから。マズ飯くらい文句言いながら飲み干すわよ」

 

料理は垣根が望んでいるものではない。

そんな誰にでもできることを、第六位の地位にいる女に求めるものではないはずだ。

 

彼の隣にいたい。そのためには役に立たねばならない。

自分にしかできないことで彼の役に立つ。そうすれば、彼の隣にいさせてくれる。

料理に、掃除、そんな誰にでもできるものではその資格は得られない。

 

提供できるのは誰にも真似できない能力だけ。

能力と体を使った快感と理想でしか、彼を幸せにできない。

 

「でも、それだけじゃあたしは役に立てないから」

 

「またくだらないことを……」

 

「前途多難ねぇ」

 

筒抜けの感情に女が二人大きくため息を吐く。

大袈裟に肩を落とし、テレスティーナは天羽を抱き締めるように腕を伸ばすと、くるっと向き合っていた体を後ろに回転させた。

 

「いいから行け。飯食う約束取り付けるまで帰ってくんな」

 

「えー……?」

 

軽く背中を押し出され、よろめきながら仕方なく垣根のもとへ足を向ける。しかしその足は酷く重い。

何を考えているか分からない思い人に話しかけるのは酷く億劫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひらひら、ニーハイソックスからはみ出る太ももの上で踊るミニスカート。

誰かの所有物だと主張する男物のネクタイ。

揺れるポニーテールを抑える三角巾と、乙女らしいエプロン。

仄かな甘い香りが男を惑わす。

 

(随分と珍しい姿だったな)

 

台本を確認しながら深呼吸を繰り返す。ヒロイン役の姿に最低な感情が生まれないようにゆっくりと、深く息をはいて空気を吸う、

しかし呼吸を繰り返す度に肺を満たす甘い空気が嫌という程先程の演技を思い出し、更に自己嫌悪が湧き上がった。

 

── ケーキを作るのに必要なのは可愛さっしょ

 

ただの台詞で、彼女の気持ちとは全く関係ない。台本の上に書かれた意味の無い言葉。

そんな台詞をまるで本心のように言う彼女に、感情が浮かび上がって、強まっていく。

 

(まったく、一体誰だこのドラマ企画を考えたんだ?男のツボを理解しすぎている)

 

台本を読み返しながら垣根は黙々と考える。

 

今回のドラマは学園が舞台の恋愛モノ。

天真爛漫で可愛い物好きの量産型地雷系ギャルのヒロインと、ちょっかいをかける文武両道ツンデレイケメンの主人公。

主人公に何とか振り向いてもらおうとヒロインが友人や家族を振り回して恋を成就させるストーリー。

 

適任じゃないか。

まさしくいつも見る元気はつらつな彼女に。

犬のようについてまわり、健気に愛を伝える。

たまに盛った犬のようになるが、まぁそこはいい。

彼女の姿は今回の役に適任で、演技の上でも本人そのものと会話しているように感じてしまう。

 

きっと、本人とマトモな恋愛をしていたらこんな感じなのだろう。

 

本人すら分かってない朗らかで、無邪気で、無防備な笑顔で駆け寄って、普通の少女のように普通の幸せで、普通の青春を謳歌するのだろう。

 

「垣根くんっ!」

 

そう、こんな風に。

 

「彗……天羽。なんだよ」

 

「台本、一緒に確認しようよ。ちょっとは時間あるし、だめ?」

 

「…………別に」

 

キラキラと曇りなき純粋な瞳で彼女は垣根を見上げる。

七センチ差の身長。

顔が近くて、吐息がかかる。疲れることがなく、会話を続けられる身長差は今まで出会ってきた女とは全く違う。

 

「そっか、よかった!それでさ、今回のシーンなんだけど……」

 

「どれだ?」

 

台本と体を近づけると、揺れる髪が甘い香りを漂わせる。いつもは下ろしている髪は一つに括られて、普段より肌面積が広い。

このシチュエーションでドラマを撮ろうと言った人は変態、それも童貞だろう。

男が求める青春というものを理解している。

 

甘いバニラの香りに、調理という好き合う二人の共同作業、相手の作った料理。

撮影はもちろん美術スタッフの作ったハリボテや、撮影用の工夫がされた食用不可の料理が並ぶが、それでも二人で何かするということに恋する男子は興奮と緊張を覚える。

それは垣根も例外ではなかった。

 

(やっぱ同じ学校に転校すべきだったか。そうすれば不自然なく話せるし、あの三馬鹿から引き離せるし。だが一年下だからな……)

 

リアルなのにリアルじゃない演技に少しだけ落ち込みながら余計なことを考え始める。

 

色仕掛けとか、そういうことにはトキメキを感じない。

日常を感じるふとした愛に心惹かれる。

 

それはきっと彼が人を多く殺してきたから。

ずっと前から仮面を被って、上に言われるがまま、敵を殺して、血溜まりの中で生きてきたから。

だから光に恋焦がれる。

 

汚い欲じゃなくて、綺麗で、かっこいい垣根帝督のまま、彼女と恋愛ごっこをしたかった。

 

「ねぇ、ちょっと、垣根くん聞いてる?」

 

ふと声をかけられ視線ををあげると、丸い目と視線が合った。

 

顔が近い。

彼女の香りで満たされて、まともな思考が出来ない。

 

「……テメェの声が小せぇんだよ」

 

「あ、ごめんね」

 

香りに乗っ取られた意識のまま呟いた声は思っていたよりもぶっきらぼうで、冷たい。本心とは真逆の言葉で返答し、つい強い口調で返してしまうのが彼の癖だった。

 

(しまった、またやっちまった)

 

いつもそうだ。

彼女の前にすると口調が酷くなり、顔が強ばる。関係性を隠すためにはある程度仕方ないが、それでもやはり言いすぎてしまう。

 

仕方ないじゃないか。

可愛がると、愛してやると言っても、まともな恋愛経験がないのは垣根も同じ。

 

正直言って、特徴と要素だけあげれば天羽は完璧な少女だ。

巨乳、高身長、かわいい系の子犬、性的な行動に対し理解があり且つ意欲的、そして一途。

男の夢やロマンを詰め込んだ完璧で完全な少女と言えよう。

そんな少女、たとえ何に対しても動じない精神力と、女に多少耐性のあるイケメンな垣根と言えど感情に乱れが生じる。

 

もっと感情を伝えたい。けれど、この瞳に見つめられると言いたいことが全て消えてしまう。

この感情を汚いものだと誤解されるのが酷く恐ろしかった。

 

「……そのエプロン、お前が選んだのか?」

 

「え?あー、ほら、キャラ付けがかわいい系の子でしょ?だから衣装がこんなんばっかなんだよねぇ」

 

どうにかして冷たい態度から挽回しようと定まらない視線で台本の上と彼女の姿を交互に見つめる。

ひどいことを言ってしまった、ならばプラスの発言をすればいい。

服装や秀でた部分を褒めるのも好印象。

 

控えめなフリルが可愛らしい薄緑のエプロン、同じ色の三角巾。耳元のピアスは魔法のステッキやリボンなど、少女らしい。

アイドルとしての彼女とは全く違う方向の可愛らしい衣装。

服装などなんだっていいが、それが似合うとは感じる。

冷たく言い放った分、感情を込めてそれを伝えるのが得策だろう。

 

しかし、公の場で褒めるのもできず。

 

「……そうか、いいんじゃねーの」

 

「お世辞はいいよ、返答に困るから」

 

結局、在り来りのことしかいえなかった。

 

「世辞じゃねぇけど」

 

「それよりさ、今日来るんでしょ?また準備しておくけど」

 

(話変えやがった)

 

垣根の褒め言葉など気にも留めず天羽は話を変えてニコニコと家庭科室のセットを見つめる。

少し困ったような笑顔なのが気になるものの、無邪気な笑顔に心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚に陥って仕方がない。

 

彼女は垣根の言葉など意に介さない。

自己評価の低さ、自己嫌悪の強さ。

それをどうにかしなくては、彼女は乙女らしい反応を見せることなどない。

 

「……あのなぁ、俺はお前と一緒に居れればいいんだ。変な色仕掛けとか考えてんじゃねぇぞ」

 

「今回は違うよ。でもそうして欲しいなら、ちゃんとするけど」

 

「いらねーから」

 

自己評価を上げたいからこそ、彼女は下手くそな色仕掛けで垣根の役に立とうとする。誰もそんなこと望んでいないというのに。

自分の能力しかないから、体しかないから。恋などされた経験もない乙女が編み出した最低な作戦。

腹が立つのは当たり前だった。

 

彼女にそんなことはさせたくない。

体だけで繋がってるとは思われたくない。

 

垣根帝督という男が下卑た欲で彼女に群がる男と同じだと思っていて欲しくなかった。

 

「晩御飯、食べてくかなって思っただけだよ。なんか作ろうかと思って」

 

「へー、晩御飯……晩御飯?お前が作るのか?」

 

「宅配が良かった?」

 

「絶対ェやだ」

 

だがその考えは杞憂のようで、天羽は垣根が思っていた言葉とは全く違う提案をした。

 

晩御飯を作る。

彼女の言葉を賢い頭で解釈していく。

 

誰が作る?

天羽彗糸。

彼女の料理を知っているか?

知らない。

恋人に手料理を振舞ってもらうのは?

青春っぽい。

 

「行くから、なんか作れよ。絶対だぞ」

 

「……そんなにお腹すいてるの?」

 

答えはひとつしかあるまい。

 

ようやく、ようやく彼女も考えを改めたのか。

その喜びと初めて出来る青春らしい行為に人知れず感情が躍る。

どんな馬鹿でも、恋愛くらいは本能で分かってくれるものなのか。ゲームがようやく終わった。そう感じて仕方がない。

 

今日はいい日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんなことはなく、いつも通りの光景が広がっていた。

 

「お、まえ……それ……」

 

「あは♡このエプロン買取ったんだよねぇ」

 

夜、彼女に呼ばれていつも通り病院の一室へ向かった先、扉を開ける彼女の姿に唾を飲む。

そこに居たのは肌色だった。

男を魅力する露出の高さで、彼女は楽しそうに垣根を出迎える。その姿に言葉が詰まった。

 

「ご飯にする?それともあたし?」

 

「二択しかねぇのか」

 

目の前にいる彼女は撮影で使ったくすんだ薄緑のエプロンに身を包み、上目遣いで垣根を見つめる。

 

そう、エプロンを身につけている。

もっと言えば、エプロンしか身につけていない。

 

それは伝説の装備、裸エプロン。

服も着ず、下着も付けず、一枚の布で前しか隠さない男のロマン。

頭が痛くなる服装に目の前がクラクラする。彼女がようやくマトモな恋愛観に目覚めたかと思ったのはただの勘違いだった。

 

「……帰る。そんな格好した女と飯なんぞ食えるか。ここはストリップ劇場じゃねぇんだぞ」

 

「えっ、たべないの……?」

 

すぐさま帰ろうとドアに背を向け足を踏み出す。だがその足は引っ張られたジャケットによって呆気なく止まってしまう。

彼女の悲しそうで、寂しそうな声色に勝てる男は恐らくこの世に一人としていない。

 

もう勝負は決まっているようなものだった。

 

「……クソっ、食ったらすぐ帰るからな」

 

「ありがとう!ほら、コロッケ作ったの!」

 

「こんな暑い日に揚げ物かよ」

 

ため息を吐いて渋々と部屋に入る。はち切れんばかりの笑顔を咲かせて招き入れる彼女の前で帰ってしまうのはやはり名残惜しい。

 

「食べて食べて!お茶入れるから!」

 

(犬だな、料理する犬)

 

子犬のように周りではしゃぎながらローテーブルへ引っ張ると、胃を刺激する油の匂いが鼻腔に広がる。

とても美味しそうな匂いに腹が鳴って、口の中が空腹感でどうにかなってしまいそう。

 

促されるまま席につき、食器の前で橋を手に取る。

白やパステルカラーの可愛らしい食器と、ハーバリウムというのか透明な持ち手にドライフラワーが詰められたデザイン性の高い箸。

垣根にはどれも似合わないが、目の前の席に座った部屋の主にはとてもよく似合ってた。

 

「こだわりが強いな、お前」

 

「そうかな?」

 

「花とかパステルカラーとか、なんだかんだ女らしいっつーの?」

 

淡いパステルカラーで統一された部屋で、金色と桃色の少女は輝きを放つ。柔らかい肌と大きな目をした彼女はシャープな衣装より、フリルやレースの衣装の方が似合うだろうに、いつも頑なにこういった趣味を表に出さない。

もったいない。

ポテンシャルを生かさないのは売り方としてはあまり良いとは言えないだろう。

 

温かい衣に箸を入れる。じゃがいもと牛ひき肉のコロッケを口に運び、静かに胃に落とす。

レストランほどでは無いが、母親が作るような愛に溢れる美味しいご飯だ。とはいえ垣根は母親の愛など知らないが。

けれど、愛のこもった料理とはこんな感じなんだろう。美味しくて暖かい。

 

「……ごめん、次来る時は使わないようにするね」

 

「は?なんでだよ」

 

「やっぱり男はこういうの嫌いだよね。ここには実験用かあたしが集めたやつしかないからさ、なるべく垣根くんが不愉快に思わないものを選んだつもりだけど、なんかごめんね」

 

だが温まる垣根の心と反して、天羽は見るからに落ち込んでいく。視線を揺らし、定まらない目線で顔を伏せて弱々しく弁明を吐き出す。

突然の脈絡ない言葉は酷く痛々しい。コンプレックスに支配された彼女の発言は聞いていて心地好いものではなかった。

 

喉を通るサラダの味が分からない。ドレッシングの油が気持ち悪くて、吐き気を覚える。

半分まで食べ進めた料理が最早気持ちの悪い物体にしか見えなくて、心が痛みを訴えていた。

 

「……あのな、俺の言葉に裏の意味があると思い込むのやめろ。皮肉じゃねぇんだ、額面通りに受け取れよ。お前らしくていいじゃねぇか」

 

「でも、あたし、垣根くんを不快にさせたくない。垣根くんのためならなんだって捨てる、だから──ッ!?」

 

彼女の言葉に地面が揺れる。苛立ちから展開された能力が床を揺さぶり、重力を狂わす。彼女の頭が押さえ付けられるようにテーブルへぶつかって、鈍い音が部屋に響いた。

怒りが沸き上がって止まらない。

 

コンプレックスは時に人を苛立たせる。

好きな人からの言葉なら特に。

 

「二度は言わねぇからな」

 

「ご、ごめん……」

 

愛を伝えるのが歪とはいえできるのに、なぜ受け取る側になると出来なくなるのだろうか。

頭が悪く、コミュニケーション能力が著しく低い女。

言葉の真意を汲み取れず、深読みばかりで卑屈になる姿が嫌いだ。

太陽な少女が月に隠され闇の中で泣く姿は腹立たしい。皆既日食なんて暗いばかりで美しくもなんともない。

 

「なんでお前はそうなんだろうな」

 

太陽に恋焦がれる向日葵は幸せを願う。けれど失敗ばかりで、彼女の思考回路はショートしたまま直らない。

向日葵は太陽の作る濃い影が大嫌いだった。

 

しかし花は太陽がなくては生きていけない。

溶けてしまうような熱視線の中、壊れかけの少女と歩むことをやめなかった。

それが彼女の愛だと理解しているから。

 

彼もまた、少女と同じようにおかしかった。




恋愛ものってどこまでやらせて(意味深)いいんですかね。
というかそもそも垣根が恋愛感情を持つのか、青春したがるかとも悩みます。
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