とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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夏のうちに水着を着せたかった。
なお水着は今回だけの模様。


act5:面倒な女と面倒な男は交差しない

ジリジリと太陽が砂を焼く。人工的な強い潮の香りと冷たい風が心地良く体を通り過ぎる午前八時。

女性用更衣室と書かれたプレハブで少女たちが白い肌を惜しげも無く晒し、面積の小さい布で隠していく。

可愛らしい少女たちの談笑と波が引き返す音が小さな部屋で響いていた。

 

「ねぇ日焼け止め持ってない?」

 

「あぁ、天羽さんに頼めば?あの人なら日焼けしない体にしてくれるゾ☆」

 

ロッカーから腕輪の着いた鍵を抜き取り近くの鏡で前髪を軽く整えると、麦野は紫色のパレオを揺らして振り向いた。

 

夏真っ盛り、扇風機から感じる風が唯一のオアシスである狭いプレハブで、超能力者の少女たちは水着に着替える。

ヘアメイクなどは全て整い、あとは外に出るだけ。しかし女だけのプレハブは暑くとも少なからず心地よく、彼女たちは男の居ない女子会に花を咲かせていた。

 

「こういう時便利よね、先輩」

 

「あの人がいれば日焼け知らず熱中症知らずよ。一家に一台欲しいわぁ」

 

立ち並ぶロッカーの裏側に食蜂に続き御坂、麦野も揃って立ち入ると、目的の人を探して視線を動かす。

ロッカーをパタンと閉じる音と共に顔を上げた少女の姿に歓声が上がるとその視線はすぐさま一点に集中した。

そこにいるのは目当ての友人。真っ赤な水着を着た背の高い彼女はとても目立つ。

 

「天羽さーん!麦野さんが……あら」

 

「わ、先輩真っ赤だ!」

 

「真っ赤って、確かにそうだけど」

 

桃色の毛先が眩しいツインテールを揺らし少女──天羽は困ったように眉を寄せた。

抜き取ったロッカーの鍵を腕にはめて、なれない髪をいじりながら背を向けると細いリボンが揺れると、かすかに香水の甘い香りが舞った。

 

「ツインテールとかガキかよ。ロリコンくらいにしか受けねーぞ」

 

「ちょっと、それわたしもガキって言いたいの?」

 

背を向けた天羽に食蜂がひっつくと、赤い水着と白い水着のコントラストが強調される。フリルたっぷりの水着はデザインが全く同じで、髪型も揃えている二人はいわゆる双子コーデで固めていた。

同じ水着に、同じ髪型と色、似たような体型、目の色が違ってなければ双子とはいかずとも、姉妹には見えるだろう。

 

「二人ともお揃いなのね。姉妹役だから?」

 

「そうよぉ。でもよかったわねぇ御坂さんが妹役じゃなくて。同じ水着なんて哀れなことになっちゃうもの」

 

「あ?どういう意味?モッペン言ってくれる?」

 

「あら、自分で分からないのかしらぁ?そうねぇ胸部周辺の脂肪といえば、ねぇ?」

 

その姿が珍しい御坂だったが、食蜂の一撃に肩を震わせる。確かに、客観的に見て、他人の目から見て、食蜂と天羽は胸部の脂肪が多い。二人が公表しているサイズを一度ネットで見たことあるが、御坂とは四か五程度サイズが上だった。

 

サイズを知らなくても完敗である。

なんなら勝負にすらなっていないのかもしれない。

だがその客観的な敗北は食蜂にとって最高の“ネタ”であった。

 

「育つわよ!」

 

「どうかしらぁ?ねぇ、天羽さん」

 

「いやー、おっぱいの成長は中二で基本終わるからなぁ……」

 

「天羽先輩っ!!?」

 

天羽の腕に引っ付いたまま嫌味ったらしい笑みを浮かべる食蜂に苛立つ御坂だったが、思わぬ伏兵に目を見開く。

天羽の全く気遣いなく直球な発言に御坂の心は大きく傷つくだけだった。

 

「中学卒業までに十分な睡眠と十分な栄養がないと育たないからねぇ」

 

「そうなの?遺伝かと思ってた」

 

「女性ホルモンの分泌率とかは遺伝関係あるだろうけど……巨乳のお母さんの子供が巨乳なのはお母さんと同じ食事、睡眠のルーティーンしてたら同じように育つよねって話だよ。まあちゃんと解明されてるわけじゃないから正しいかは証明できないけど」

 

しかしその感情を知ってかしらずか巨乳三人組は会話を続ける。

食蜂操祈は意地悪な笑みを浮かべ、麦野はただ感心しながら天羽の話を聞いていた。

 

「でも確かに私は早寝ね。よく食べるし」

 

「同じく私も」

 

「食蜂ちゃんは食事に関してはストイックだよね」

 

「そこはわたしたち相入れないのよねぇ」

 

「あたしあんま食べないからね。食べてもジャンキーなの多いし」

 

もはや先ほどの話とは話題が変わっている。アウェーな話が続くと、流石に御坂の顔が曇っていく。

話の輪に入れないのが嫌ではないのだろうが、ただプライドを刺激されているのが居心地悪いのかもしれない。

 

「けど細い子の方が可愛いデザイン着れるからお得だよね。それ、可愛いよ?」

 

「……天羽さんも似合ってるわよ」

 

「うーん、あたしにはちょっと子供っぽいかな……あたしの売り込み路線とは真逆でちょっと困るっていうか……」

 

だが案外空気が読める天羽が軌道修正を試みる。カラフルなドット柄が可愛らしいフリルたっぷりの水着を見つめ、小さく微笑むとひんやりした空気が柔らかくなった。

 

「仕方ねぇよ、男は可愛いロリ女が好きだからな」

 

「あたし身長いちばん高いんだけどな……」

 

姉と妹のような微笑ましい空気だが、今度は天羽の表情が暗くなっていく。

実に面倒なことに、大人ぶりたい御坂とは真逆に天羽も小さなコンプレックスに苛まれている。

可愛いもの、それがいわゆる天羽の地雷だった。

 

「でも十分ガキっぽい顔だろ。一番は第三位だが」

 

「あ?」

 

「そうよ、かき──ガキっぽいって言うけど、男はみんなあざとくてカワイー女が好きなのよ。これならどんな男でもイチコロだゾ☆」

 

それを分かってるからこそ、食蜂はそれを覆そうと策を練り、言葉で伝える。

 

このフリルだらけの水着も、ツインテールも、全て仕込みだ。

食蜂は天羽に恩がある。ひどく重く、永遠に返し続けなければならない恩が。

 

その恩を返したい。だから彼女が幸せを掴めるように手助けをする。

天羽彗糸の恋路を助け、あの日の恩を返したかった。

 

「そうかな?」

 

(あれ?)

 

だが今日は少し天羽の機嫌が悪いようだった。

 

「そろそろ海行こうか。あたしも終わったし」

 

「海っていうか人工プールだけどね」

 

「学園都市ってたまに頭イカれるわよねぇ」

 

「しかし男どもが興奮しすぎて撮影中止にならなきゃいいが」

 

どこか冷たい言葉を吐いて天羽は更衣室を後にした。暑い日差しに素肌を晒し、超能力者の少女たちは夏の風物詩に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

みずみずしい肌が映える赤、白、黒、柄入りの水着。男の視線を全て奪う姿を前に待ちくたびれた超能力者たちはつまらない言葉を吐き捨てた。

 

「遅ぇ」

 

なんとも面白みのない二文字。そう呟いたのは一方通行で、男性陣たちのイライラを圧縮したその単語が第一声だった。

その単語に女性陣は朗らかな空気を一瞬で緊張感ある冷たいものに変える。女性の身支度の長さを口にするのはタブーだと彼らは知らないようだった。

 

「ズボン穿くだけの野郎とは違うんだよカス。見えねぇのか?この装飾をよ」

 

「それにしたって遅くねえか?」

 

「ロケで来てるんだぞ、ちゃんと時間を守れねぇのは根性が足りてねぇ証だ」

 

「間に合ってんだろうが!」

 

舌打ちをして立ち去る麦野に続き、ため息をついて御坂もスタッフのいるところへいってしまう。イライラとする男性陣に付き合ってられず、女性陣は食蜂以外全員近くの休憩スペースまで呆れながら向かってしまった。

そう、食蜂以外の全員、つまり天羽はこの場にいなかった。

 

「あれ?天羽さん?」

 

おかしい。

垣根帝督が目の前にいる現状、いつもなら鬱陶しいほどつきまとうというのに、しかも今日は水着という装備なら尚更見せびらかしに行くだろうに、彼女はここにいない。

現実ではそっぽを向いて他の女性陣とともに木陰へ行ってしまった。

 

(……垣根さんを避けてる?)

 

どこからどう見てもおかしい。何かが起きているのは明白だった。

ならばサポートする側はどう動くか決まっている。

 

「垣根さぁーん?ちょっとぉ」

 

「んだよ」

 

「あなたたち、喧嘩でもしたの?」

 

大きな声で問題の中心人物を呼び止め、なるべく穏やかに話しかける。天羽と同じように笑顔を作って、穏便に。

 

「……それが分かってたらあんな露骨に拒絶されねぇよ」

 

「でしょうねぇ」

 

思った通りの反応に面倒を通り越して呆れを感じる。本当に面倒な二人だ、食蜂がいなければこのすれ違いは一生続くのだろうか。

 

「……全く世話が焼ける人ね」

 

面倒見甲斐のある友人とその連れだ。

ビーチサンダル越しの熱い砂と浮き輪から感じる熱が不愉快だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劇が始まる。

 

『姉に何か用?』

 

少女は姉の前に立ち塞がり、いけ好かない長身イケメンを睨みつける。

女を食い散らかすような見てくれの男に大事な家族を取られるわけにはいかなかった。

 

『ちょっと、失礼でしょ』

 

『好きなら好きってはっきり言ったらどう?』

 

『この人とはそんなんじゃないってば!』

 

お揃いの水着とお揃いの髪型とお揃いの浮き輪。

困り顔の姉を守るため、妹は茶髪の少年の前でこれ以上ないほどの勢いで凄む。しかしその姿に少年はため息をこぼすだけ。

 

『ならなんなんだよ、お前にとっての俺は』

 

真っ黒な瞳が姉を見下ろす。妹なんていないかのように振る舞う姿が少しつまらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の二人の出番はもうしばらく先。海に似せた屋外プールで二人、白鳥とフラミンゴのデザインをした浮き輪に乗って水の上でゆったりとアイスを食べながら流れていた。

 

「今日は珍しく不機嫌ね」

 

「そう?」

 

ピンク色のフラミンゴが可愛らしい浮き輪に沈みながらメロン味の棒アイスを頬張ると食蜂は掲げた自撮り棒のボタンを押した。

 

「演技に熱が籠ってたから」

 

一口齧ったソーダ味の青いアイスが舌の上で溶ける。何を意図した言葉か測れず太陽を仰ぎ食蜂から視線を逸らすも、彼女は天羽のことをよく知っているようで確信したような口ぶりでチクチクと深層心理に棘を刺した。

天羽の考えなど、心のエキスパートには全て丸わかりだとようやく悟る。

 

「……他人をコピーすれば、自分のことは忘れられるの。自分じゃないなら、心配事なんてないでしょ?」

 

「相変わらず極端ね。垣根さんが心配してたわよ?」

 

「なんでまた。関係ないでしょ」

 

「……本気で言ってる?」

 

「本気も何も、あたしの機嫌は垣根くんに影響を及ぼさないじゃん」

 

彼女の前で嘘は通用しない。

それは今まで関わってきた人とはできないこと。初めて息をつける。

食蜂操祈にとって天羽彗糸が特別なように、天羽も彼女が特別だった。

 

「はぁ、貴女は相変わらず……」

 

「『頭がおかしい』かな?」

 

「自覚してるなら治しなさい」

 

「自覚はしてないよ。みんなそう言うからそうなんだろうなって思うだけ。この感情を理解できない人間の言葉なんて信じるはずないじゃん」

 

隠した本音がこぼれていく。もう一度アイスに口をつけてシャーベットのような中身を口の奥に飲み込んだ。

 

「いつか垣根さんに愛想つかされるわよ。嫌いになられていいの?」

 

「別に彼の言う好きが本物だろうが嘘だろうがどうだっていいんだよ。あたしが彼の為になれれば、それ以外はどうでもいい」

 

「その思考が彼を傷つけてもいいのね?」

 

「傷つかないよ。だって相手はあたしなんだもん」

 

冷たいアイスが胃に落ちる。食道を通る不快感と胃の中を冷やす嫌悪感。物を食べるのはあまり好きではなかった。

支配できない無機物を身体に入るのはとても怖い。

 

「貴女、垣根さんのこと好きじゃないのね」

 

「……好きだよ、多分。恋と定義されたら、そうなのかもしれない」

 

「じゃあ、何に怒ってんのよ。好きな割に、今日はずっと不機嫌で彼に優しくないじゃない」

 

「だって分からないの」

 

彼女の恐怖は未知から始まる。

男性の経験はそれなりで、多くの欲や汚い感情は身を以て知ってきた天羽にはそれしか理解が及ばない。

父も母も、研究所のおじ様も、病院の行ったことも無い病棟の患者さんも、知らない通行人も。

男は女に性を求める。

そう聞かされてきた。

 

「はぁ?何が」

 

「あたしは垣根くんのためにある。自分のものになれと言われたから、あたしは身を全て捧げる。そのためのアクションも起こしてきた」

 

けれど垣根は少し違う。

彼女を見ない。使用しない。男が女に求めるものを求めてこない。

最初は恥ずかしいのだと思っていた。

だから手を尽くして、やりやすいように環境を整え、服装を変え、彼のために頑張った。

 

しかし彼は目を合わせない。

どんなに努力して、彼のために何かをしても、彼は彼女を見てくれない。

 

「けど、彼はそれを望まない。あたしに何も望まない。あたしには垣根くんが何を望んであたしに付き合うだなんて言ったのか分からないの」

 

「相変わらずあなたは……なにも貢ぐことが恋の全てじゃないのよぉ?」

 

「でも、あたしはそのためのモルモットでしょう?誰かに使用されないと、価値がない。せっかく垣根くんの隣にいれるのに、あたしは何もしてあげられない」

 

支配できないものが怖い。

理論が通じないものが怖い。

パターンが読めないものが怖い。

支配者は得てしてそういうもの。イレギュラーに対しての対抗策が見出せなかった。

 

混乱、困惑。

好きな人に何もできないのが腹立たしい。

何もさせてくれないのが心を凍てつかせる。

 

何も出来なきゃ捨てられるのに、彼は何もさせてくれない。

自分の全てを使って欲しいのに、彼は何をするにも許可しない。

 

──ならなんなんだよ、お前にとっての俺は

 

ただの台詞がずっと脳に張り付いて、消えてくれなかった。

 

「垣根くんのためなら、死だって厭わないのに」

 

ボソッと呟いた言葉に少し感情が乗る。

彼のためならなんだってできるのに、彼はそうさせてくれない。苛立ちは募るばかりで、食べきったアイスの棒切れから嫌な音が響く。

 

この感情に名前が欲しい。

ムズムズして、膨張していく感情が、日に日に複雑に変わって、心臓を掴んで離さない。

行き場のない感情が日照りに晒され心奥から漏れ出るばかりだった。

 

「気色悪いわねぇ、本当に」

 

白い浮き輪を穴が開きそうなほど握りしめるとひんやりとした水が手にかかる。ガリガリとアイスの棒を噛み、その水面のきらめきに目を細めた。

呆れたようなため息が聞こえるたびに足先が冷えていって、太陽の暖かさがどこか遠くにあるかのようだった。

 

「でも大体問題はわかったわ。あなた、本当に愛されてるか不安なのね」

 

「別にそういうわけじゃ……」

 

「そういうことでしょ?いいわ、手伝ってあげる」

 

しかし呆れたまま食蜂は優しく微笑む。頭のおかしいのは平常運転、天羽の突拍子も無い発言などとうの昔に慣れていたようだ。

 

「だから、愛されてるとかそーゆーのはあたしには関係ないし……」

 

「そうやってウジウジしてばっかで、何も出来ないから手伝うんでしょお。今の状態のまま過ごして困るのは誰?」

 

「……ていうかさ、それよりももっと考えることあるんじゃ無い?」

 

「何よ」

 

ちゃぷちゃぷと足先で水を蹴飛ばして食蜂は朗らかに笑う。跳ねた水が光を反射して眩く光ると、涼しい風が頬を撫でた。

夏の輝きと水面に映った少女たち。白鳥とフラミンゴの浮き輪の上で、赤と白の少女の目が合った。

 

「食蜂ちゃん、ここから沖まで戻れる?」

 

「……天羽さぁん」

 

「ハイハイ」

 

海を模した人工的で擬似的なプールの真ん中、足がつかないほど遠くにきてしまった少女たちは困ったように顔を見合わせる。

今日ほど自分に泳ぎの才能があったことに喜んだ日もないだろう。

白鳥の浮き輪を渡し、ゆっくりと二人は大きな水たまりの中、静かに水をかき分けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋とは支配よ。自分だけを見て欲しい、自分だけに素を晒してほしい、自分だけがその人と深い関係になりたい、自分だけのものになって欲しい。独占欲や嫉妬といったものはそういう感情からくると思うんだゾ☆」

 

「支配……精神的支配ってことね」

 

モザイクタイルのような木陰で金髪の少女二人が声を潜める。

恋だの愛だの、若者らしい会話に花を咲かせて二人は木陰の中から一人の少年を見つめていた。

 

「そうよ。一般論として、付き合う、結婚するという行為はその支配欲、独占欲を満たすために行うわ。でなければ戸籍を一緒になんかしないでしょお?」

 

「確かに付き合うっていわば自分以外とヤラないでって意味だもんね」

 

「どうしてそう下ネタに走るのかは分からないけど、そういうことね」

 

背が高く、すこしガラの悪い茶髪の少年。天羽彗糸の好きな人。

そして、今一番会いたくない人。

 

彼の挙動一つ一つが天羽の不安を煽る。

嫌われるのは構わない、けれど彼のために何も出来ないことが怖い。

彼の役に立てないことが何よりも嫌だった。

 

しかし彼はなにも望まない。天羽から言わない限り何も求めない。

それがとても寂しくて、怖かった。

 

「つまり、本当にあなたと付き合うことに満足しているのか確認したい、発展のない関係性に終止符を打ちたいわけでしょう?ならばその支配欲を確認することで今後に期待できるんじゃない?」

 

「そうなのかなぁ?」

 

「そうなのよ。というわけで、垣根さんの前で適当に嫉妬するような行動をしてきなさい」

 

「え!!?まさかの丸投げ!」

 

その心理を見透かしている食蜂には、言い訳など通用しない。天羽の後ろ手に回り、胡散臭い微笑みを浮かべながら背中に手を置いた。

嫌な予感しかしないのは何故だろうか。

 

「行ってこぉーい☆」

 

「えぇぇ!!?」

 

とんっと背中を押され明るい日差しの中に飛び出した。ざらざらした砂に足を取られ、赤いコルクサンダルが滑る。

バランスを崩した体は軽い音ともに、全身で痛みを受けいれた。

 

「ぎゃふっ!」

 

「うわっ」

 

しかし、体が飛び込んだのは砂だらけの地面ではなく、誰かの胸の中。

甘い男性用のコロンの香りがふんわりと広がる。

とても甘い香り。

スパイスとシトラス、そして奥に感じる星のような弾ける、彼の能力の香り。手に持ったプラスチックカップから香る上品なコーヒーのビターな香りも混じって、とても甘い。

 

水に濡れて冷たい表面と体温が混じり合って、鼓動に乗って体に巡る。その音が脳にぐわんぐわんと重く響き渡り、足先が少しくすぐったい。

この体温は初めての感覚だった。

 

「あ、あー、ご、ごめんね、ぶつかっちゃってごめんね」

 

「別に。急いでたか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

顔を上げて、鼓動を鎮める。掴んだ腕は離して困ったように笑顔を浮かべれば、なんともないように見える。

けれどそこからなんと言葉を繋げればいいのか分からない。

 

少しの沈黙。

 

顔を合わせず、よそ見をして、頑なにこちらを見ようとしない彼の横顔になんて声をかければいいか分からなかった。

 

「……それで用件は?」

 

「えっと、用件は……」

 

「なんだ?また台本の確認か?」

 

大きなため息で沈黙を破るも、垣根は少し不服そうだった。

目を逸らし、明後日の方向を見ながらぶっきらぼうに返事をするだけ。

 

赤いフリルの水着、そこからはみ出た胸と、珍しく結んだツインテール。

全体的に幼いデザインでも、胸や下半身は大人のそれ。

寄せなくても出来る谷間、水着から見える胸のライン、手足は程よく細く、おしりにはそれなりに肉が着いている。

グラビアによくいるプロポーション。もっと言えば、男性が性的魅力を感じる姿。

その姿に『かわいい』とか、『エロい』だとか、そういう言葉をかける男は多い。

なのに、彼は嫌そうに目を背けるだけだった。

 

いつもそう。

何をしても不満顔。

どんな姿でも顔を逸らす。

話しかけるのは天羽から。休みの日に何をするかも、何をして欲しいかも、提案は彼女から。

それは構わない。

けれど、その提案は却下されるのがいつもの事。

 

笑わない。

目を合わせない。

喋らない。

 

ずっと、彼女の前では機嫌が悪い。

 

天羽に望むのは綺麗なベッドでの睡眠だけ。

本人には何も望まない。

 

そんな男に嫉妬させることなんて、到底無理だ。

 

「削板くんに用があって」

 

「……は?」

 

そう思うと、目の前の男と喋ることが億劫になる。

ベッドが欲しいだけなら、自宅に帰ればいい。

この体が、この能力が役に立たないのなら、それは彼にとって邪魔という意味でしかない。

 

使わない道具は捨てられる。

それは人間関係でも同じ。

 

「削板くーん!今暇―!!?」

 

「うおっ!!?なんだ!?」

 

「ちょっと走り込み付き合って!!」

 

「おう!相変わらず根性あんな!」

 

するりと脇を通り、顔見知りの黒髪に声をかける。サンダルごしに感じる砂の熱が鋭い痛みに似ていて歩きづらい。

 

駆けていく砂浜、波の音。その後ろで、パキッと、何か軽いものが割れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラスチックからコーヒーが香る。圧力で簡単に割れてしまった容器から茶色い液体がぼたぼたと零れ出た。

垣根の感情と同じ。

その感情が甘い香りと交わって、心の傷を化膿させていく。

 

甘くて優しいラズベリーと花の香り。

シャンプーと、香水と、化粧と、汗と、女の子の香りが塩素と混じり、鼻を通ると記憶にこびりつく。

明るい金髪が風に揺れて、水面よりも華やかに光を反射して、少し眩しい。

 

名残惜しい体温が胸の奥をちくちくと痛めて、酷く不快だ。

 

「置いてかれたわねぇ。追いかけなくていいの?」

 

「……あれはテメェの差し金か」

 

どこかへ行った少女の後ろ姿を呆然と眺めていると、意地悪そうな笑顔を浮かべて第五位が木陰の奥で囁いた。

何かを企む女の声色。これからおこることに期待をしている顔がたまらなく腹立たしい。

 

「なんのことぉ?」

 

「あの馬鹿が俺を差し置いて別んとこ行くわけねぇんだよ」

 

「随分信頼してるようだけど、分からないわよ?あの子、第七位の筋肉すごい褒めてたし」

 

「は?」

 

見下すような笑い声に軽く舌打ちをするも、なんともないように彼女は話を続ける。

人の嫉妬心を煽るような、中身のないムカつく話。

明らかに意図のある攻撃的な言葉に苛立ちが増幅して、ポケットの中で握る拳が強くなっていく。

 

「冗談よぉ☆からかっただけ。でも、奪われるのは結構呆気ないのよ。そこに時間なんて関係ないんだから」

 

「……あれが奪われることなんざねーよ」

 

食蜂の笑みから目を背き、再び天羽の方へと視線を移す。赤い水着で胸を弾ませながら、いけ好かない格下と笑い合う姿は腹立たしい以外のものではなかった。

 

ちかちか、眩しい。

水面の煌めきが。少女の胸を伝う水滴が。太陽とおなじ金髪が。おぞましい瞳が。

遠くから眺めることしか出来ない眩さに目を細め、さざ波の音の中でもはっきりと聞こえる明るい少女の声に心臓が跳ねる。

 

夏の暑さじゃない、恋煩いの熱さが脳の機能を停止してしまいそうで、熱を逃がすために大きく息を吐いた。

 

「自信満々なのは結構だけど、あの子も案外乙女だって知っておいたほうがいいわよぉ。失ってから文句言ったって知らないんだから」

 

「テメェはしらねぇだろうが、あれはそんなんじゃねぇよ」

 

「あの子は別に特別じゃないのよ」

 

棘のついた食蜂の言葉に一瞬肩が震える。

その言葉は垣根の認識と掛け離れていて、酷く馬鹿馬鹿しい。

 

「あなたはあの子をガラス細工みたいに思ってるけど、彼女はただの女よ。好きと言えば喜ぶし、求めてくれれば満足するんだから」

 

天羽彗糸は特別だ。

言い換えるなら歪んでいる。

頭のイカれた幼い少女。特別扱いは当然で普通に扱うなんて到底できない。彼女の勘違いに拍車をかけるだけ。

 

「それは『好き』を確かめて満足してる訳じゃねぇんだよ。あれは自分が役に立ってると確認することに喜びを覚えてんだ。他の男がそれで満足したからな」

 

あの少女が抱いているのは普通の恋愛感情ではない。

誰かの役に立ちたい。

誰かの欲を満たす道具になりたい。

被虐的で、自己中心的で、自分を殺した考え方。

 

それは弱ければ、もしくは恋愛感情も同じように強ければ問題はなかったのかもしれない。

求め合う、互いに支え合うような関係性なら、垣根だってここまでストイックに禁欲することは無かった。

全てはあの女のせい。

あの女に狂わされた。

あの金髪に、おぞましい瞳に、精神が歪んでいく。

 

「それじゃダメだ。俺が好きで求めるならまだしも、他の男と同一視して俺を普通の男として接するなんてくだらない」

 

彼女の特別になりたい。

 

男を穢らわしい欲望の塊だと思っている女にとって、完璧で、常識から外れた、紛うことなき王子様になりたい。

哀れな少女を救い出すヒーローになりたい。

 

他の男なんか忘れさせる程、垣根帝督というかっこよくて、賢くて、誰よりも優れた特別を、余すことなく知っていて欲しい。

 

「……あなた、ずっと嫉妬してるのね」

 

そう、結局は嫉妬だ。

 

垣根の本心から目を逸らし、他の男から培った常識で垣根本人を測るなど言語道断である。

 

だがそんなことを本人に言えることも無く。ただぶっきらぼうでヘタレな態度しか伝わらない。

愛情を伝える、好きを理解させると言っておいて、自分が一番伝えることが出来ていなかった。

 

「だからって話し合いは必要よ。その感情を隠してたってなんの役にも立たないわぁ」

 

「つっても、アイツ不機嫌だし、何話したって無駄だろ」

 

「今晩、話し合いの機会でも作ってあげるわよぉ。あの子もちゃんと話したいだろうし」

 

「そりゃどーも」

 

食蜂の呆れた声に苛立ち背を向ける。話し合いと言われても、愚かな少女になにを話すかなど分からない。

困らせるばかりの少女にどう接すればいいか、奥手でカッコつけたがりの垣根には最適解が出せなかった。

 

「キスのひとつくらいしてあげてみれば?大切にするのも良いけれど、優しすぎるのは時に逆効果よ」

 

去り際に食蜂が残した言葉が胸に残る。

 

キス。

 

愛を伝え合う行為。自身の唇で、相手の唇を触れる愛の伝え方。

してみたい、されてみたい。

そう思ったことは少なからずある。

 

「出来たら苦労してねぇよ」

 

それで愛が伝わればどれほど良いか。

それが簡単で心臓に負担がない行為ならどれほど良いか。

 

案外ロマンチストな少年には、そんなことできるはずなかった。




水着垣根実装願ウ……
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