とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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act8:支配者の恋

手を繋ぐ。手袋越しに体温が伝わって、繋いだ手から彼の鼓動が体に駆け巡る。

 

その温かさが怖い。感じたことのない想いに戸惑いながら右手を握って、誰もいない廊下を歩いていく。

足音が響いて、静かな廊下に二人の声が混ざった。

 

「滑りやすいから気をつけろよ」

 

「流石に転ばないよ!」

 

「随分前にすっ転んだの忘れたか?」

 

強く手を握られて、垣根が先に階段を降りていく。

初めて握る彼の手。

手袋越しに感じる男の手。

手を引かれ、誰もいない階段で二人、ぎごちない態度で視線が交わった。

 

金髪が跳ねる。ワンピースが揺れる。

どこかいつもと違う。

背広が背筋を伸ばすのか、いつもよりピリピリとした姿の彼に静かな緊張感が廊下に広がっていた。

 

「……で、どこに行くの?」

 

「さぁ?お前はどこ行きたい?」

 

「垣根くんが行きたいところ」

 

「あのなぁ……」

 

階段を一段一段下りていくと、数ステップ下で佇む少年と目が合った。執事らしく軽く手を取って、いつもと同じ仏頂面でため息交じりに肩を落とす。

 

天羽が言葉を発するたび、彼は眉間にしわを寄せて嫌そうにため息をつくばかり。

いつもそうだ。

何か言いたげに、がっかりしたように彼は苛立った目で蔑む。

 

だから誘う。笑顔にしたくて、幸せにしたくて。

この体を使えば、どんな男も満たせるから。

 

「そうだなぁ、強いて言えば……ほら、鍵が掛けれて、防音で、人気の無い教室が沢山あるよ?ヤリたいこと、あるんじゃないの?」

 

「そういうこと、俺以外に絶対言うなよ」

 

「垣根くんにしか言ってないよ、今の所は」

 

しかしアプローチは簡単に跳ね返される。舌打ちを響かせて、握る手に力を入れると垣根は酷く怖い顔で彼女を見上げる。

階段を下りる足がその声に止まって、心臓が一瞬大きく跳ね上がった。

 

いつものことだ。

彼女を利用としない。彼女に触れない。

手を握ったのだって、記憶が正しければ初めてのこと。

しかも手袋越しで、実際にその肌に触れたことはない。

 

そのいつもが、今となっては恐ろしく感じる。

 

「今のあたしは垣根くんのものだから、無闇矢鱈と他人に股は広げないよ」

 

自然と握る手に力が加わる。

 

あなたのものだから、あなただけのものだから、好きに扱って、好きに嬲って。

彼の気を引くためにわざと蠱惑的な声で、仕草で、彼を見つめる。

 

役に立ちたい。

この体で彼を満たしたい。

それが求められているから。

そうしないと、彼の隣にいれないから。

 

「昔と違ってか?」

 

彼の寂しそうな冷たい瞳が、ぎゅっと心臓を握りつぶす。大きくため息をついて、最後の段差から足を下ろすと、彼は面倒臭いと言わんばかりに目を伏せた。

 

垣根は天羽が嫌いだ。

目線をそらして、不機嫌な顔で冷たく返事をする。

 

それでも天羽は垣根が好きだ。

ずっとそばにいたい。

そのためには役に立つしかない。だから体を使って、能力を使って、自分の利用価値をあげている。

けれど垣根は一向に彼女を求めない。

 

やはり、恋をしていないと彼はこの体を使わないのだろうか。

疑問が浮かんでは心臓を蝕んでいく。

この体に意味はないのだろうか。

 

自分に意味がないと言われるのがひどく恐ろしい。

 

「それにしても、メイド喫茶なんて、他の超能力者にはきついだろうな」

 

「……それは垣根くんもだよ」

 

不穏な空気が嫌だったのか、垣根はつまらなさそうに沈黙を破って話題を変える。

もう、その話題に触れて欲しくないようだった。

 

軽やかなステップで残りの階段を降りると、スカートが広がり、自分の香りと彼の香りが混ざるように舞う。

ラズベリーとバラのシャンプーの香りは自分のもの。

少し奥に感じるシトラスと、スパイス、ちょっとビターな甘い香りは彼のもの。

 

「そうか?似合ってるだろ?」

 

「そうじゃなくてさ。人の下につくなんて、できなさそうだなって」

 

星がきらめく彼の香りに喉の奥が鳴った。

邪な感情が見え隠れして、何か嫌な感覚が腹の奥底から湧き上がる。

 

今日の自分は少しおかしい。

消耗していく精神を閉じ込めて、正常を装いながら、彼の手を握ったまま淡々と答えていく。

この感情は多分、理解してはいけないもの。

 

「性に合わねえのは確かだが、仕事だってんなら仕方ねえさ」

 

「仕事でも、人の機嫌伺って、振り回されるの苦手でしょ?」

 

「そりゃそうだろ。むしろ、俺の機嫌を損ねないように他人が気をつけるべきじゃねえのか?」

 

「確かに、それもそうかも」

 

いつも通りのテンションでまた歩き出す。目的もなく、ただ駄弁りながら飾られた学校の廊下を渡る。

とても静かな朝の学校。二人だけの世界のようで、なんだか小っ恥ずかしい。

 

「……お前に振り回される分には構わねえんだけどな」

 

「なにそれ、あたしが問題児みたいに聞こえるじゃん」

 

「実際問題児だろ」

 

「ひどーい。垣根くんよりマシだよ!」

 

ふと顔を上げると、彼の茶色い髪に窓の外から光が差し込んで、微かに反射する。

その横顔が綺麗で、少し足が止まった。

 

「はぁ……うるせぇな。ったく、どっかで休憩でもするか」

 

「ラブホなんてあったっけ?」

 

「そういうことじゃねぇんだわ」

 

「ぇ!?じゃあなに!!?」

 

「一息しようって話だボケ」

 

止まった足に気がついて、彼も歩みを止める。少し戸惑ったように天羽を見下ろして、ムッとした顔で頭を小突く。

その拳は軽く、力加減がされていたが、声は低く、怒気を感じる。

同時にどこか覚めていて、どこまで深く考えてもその感情はよく分からない。

朝日に照らされた顔からはその真意は見えなかった。

 

「なんだ……つまんないの。じゃあ紅茶でも淹れようか」

 

「テメェは何もすんな。エスコートしてんのは俺なんだぞ?」

 

「えー?垣根くんお茶の淹れ方わかるの?」

 

「俺を誰だと思ってやがる。どんな世界の作法だろうが、俺にとっちゃ常識の範囲内だ」

 

「ふーん……あたしは何しよっかな。垣根くんへの御奉仕」

 

今度は明確な目的を持って、周りの教室を物色しながら進む。

二人で休めて、尚且つ人目のつかないところを探しつつ、少し暖かい手袋越しの垣根の手を軽く握り返す。

涼しい朝、ゆったりとした時が進んでいた。

 

「は?要らねぇだろ、そんなもん」

 

「今のあたしはメイドですから、ご主人さま。どんなことでもしてみせますよ?」

 

「なんだそれ、馬鹿みてぇ」

 

くだらない言葉と共に足を止めると、その手を振りほどき、スカートを摘んで軽くお辞儀をする。

下ろした前髪の隙間から見えたのは鼻で笑う垣根の姿だけ。

 

「えー、似合わない?あたし、垣根くんのメイドになりたいんだけどな」

 

「メイドはいらねーぞ」

 

「じゃあ今日だけ」

 

お辞儀をして、広げたスカートの皺が視界いっぱいに広がる。

短いスカートから見える脚と、白いフリルのエプロン。女の子の憧れを詰め込んだ可愛いだけの衣装は着ているだけでも恥ずかしい。

 

だというのに、つむじに集まる彼の冷たい視線のせいで余計に羞恥心が生じて仕方がなかった。

 

(似合うとは言ってくれないんだね)

 

顔に熱が集まる。

その熱に気づかれないように顔をあげて、いつものように馬鹿で抜けた笑みを作りあげた。

 

とても恥ずかしくて、死んでしまいそう。

 

「だとしても、エロい事はすんなよ」

 

「え、メイドなのに……?」

 

「お前の中のメイドは一体なんなんだ」

 

どこか虚しい。

いつもと同じやり取りなのに、今日はやけに重かった。

 

「じゃあ垣根くんはメイドさんに一発ぶちかましたいって思わないの?」

 

「思わねーよ」

 

もう一度手を取られて、今度は正面を向き合いながら彼は嫌そうな瞳を向ける。

そんなに嫌なら腰を捕まえてまで引き止めなければいいのに。

じっと、穴が空くほど不機嫌そうな顔で見つめる彼の行動原理が分からない。

 

「じゃあ、垣根くんは好きじゃない女の子に手は出さない主義なんだ?」

 

疑問から、つい本心が飛び出した。

 

好きじゃない女に手を出さない。

先ほど見た如何わしい本の内容が反響するばかりで、まともに垣根の顔が見えなかった。

 

好きじゃない女に手は出せないのなら、天羽を使わないという意味。

それは、彼女がいらないという意味。

 

あの本の濡れ場を思い出す。

可愛いって言われて、好きって言われて、そんな相思相愛の世界。

それを望むのなら、垣根は天羽を使うことはない。

確信。

天羽が彼を褒めることはたくさんあったが、その反対は今まで一度もなかったから。

 

「俺が浮気する様な男に見えたか?」

 

強く、それこそ骨が悲鳴をあげるほど強く、天羽の手を握る垣根の手に力が入る。

その痛みに心情を察してしまう。

 

「確かに俺はクソな悪党かもしれねぇが、俺は好きな女を裏切るほど落ちぶれてもねぇよ」

 

「……そっか」

 

「だからお前も──」

 

何か続けようと口を開くも、垣根の声は誰かの足音で音が掻き消えた。

小さな靴音と、杖をつく音。

白い髪の人相の悪い知り合いと、隣で微笑む小さな少女が、全く違う表情で廊下の角から現れる。

 

「あれ!二人仲良しだね、メイドさんと執事さんだ!ってミサカはミサカは珍しい光景に興奮しちゃったり!」

 

「メンドクセェのに話しかけンな」

 

白いのっぽと、それにしがみつく茶髪の子供。第三位とよく似ている打ち止め(ラストオーダー)は、垣根と同じ燕尾服を着た一方通行(アクセラレータ)の後ろで笑顔を作ると、明るい声で楽しげにそばに近寄ってきた。

その姿を認識すると、手が振りほどかれて垣根は天羽の後ろに隠れるように下がる。

 

第一位と第二位は仲が悪い。

それは周知の事実。威嚇する猫のように隠れながらイライラしだす垣根に呆れて思わず笑ってしまう。

 

「一方通行くん、燕尾服似合ってるね。細いからかな?」

 

「そういうテメェは相変わらず駄肉がぶら下がってンな。早く痩せろ」

 

仕方がなく、垣根の代わりに前に出て同じように悪態をつく一方通行の前で笑うと、それが嫌なのかさらに彼の機嫌が悪く鳴る。

垣根と同じ燕尾服、執事姿の彼は何やらとても不機嫌なようだった。

 

「あのさぁ、これでも一応モデル体重ですからね?170で60いってないのって結構凄いんだから」

 

「ンなこたァ聞いてねェンだよ、テメェのコスプレはガキの教育に悪いっつってンだ」

 

「服着てるだけで!?」

 

「テメェは生きてるだけで教育に悪いだろ」

 

今まで言われたこともない暴言にすこしたじろぐ。珍しく会話の主導権が奪われて、ペースが合わない。

相変わらずの毒舌でグチグチ、人生のなかで初めて聞くような暴言がグサグサと弱いメンタルに突き刺さった。

 

確かに自分でも今回の服装は似合わないと思っている。

短いミニスカートとフリルだらけの白いエプロンとペチコート。くるぶししか隠さない白いレースの靴下に、リボンがついた丸っこい黒のパンプス。

背が高く、巨乳の女には似合わないのは分かっている。

 

(褒められるとは思っていなかったけど、教育に悪いは予想できなかったな……)

 

だがそこまで言われる筋合いはない。すこし虚しい気分に浸りながらしゅんと顔を下げる。

悲しみはあまりないものの、なんだか心が辛い。

 

「そういうテメェは似合わなすぎて笑えるな、ヒョロガキ。俺の方が執事っぽいだろ」

 

「テメェは相変わらずだなヘタレ。背が高いことでしかマウント取れねぇのかクソが」

 

項垂れていると、ふと前に影がかかる。すっと後ろから出てきた垣根の背中が視界いっぱいに広がって、鼻の先が微かに服とくっついた。

全て分かっていると言わんばかりの上から目線で笑う一方通行と、それを高い背で見下ろす垣根。

何やら感情に整理がつく前に、いつもの喧嘩が勃発しようとしていた。

 

「あわわわ、そんな喧嘩しないで、ってミサカはミサカは腕をつかんでみる!」

 

「そ、そうだよ、二人共似合ってるんだから、張り合わなくても」

 

思わず女二人で相方の腕を掴んで制する。それでも一方通行は勝ち誇った顔をやめず、垣根は物騒な物言いをやめない。

 

「あぁ、そうだな。テメェらにしては珍しく似合ってんな。これからコスプレのままベッドで乳繰り合う頭の弱いカップルの真似だろ?」

 

「死にてえならそう言えよカス」

 

「カスはテメェだろぉがボケ。女振り回してるだけのガキが」

 

「あ?」

 

「わー!!!行くよ垣根くん!!!!」

 

最終手段、片腕を体で包むように絡め取って、強く引っ張り廊下を走る。

この場は離れるのが得策だ。一向に収まらない喧嘩は無理やり終わらせるのが鉄則、体ごと険悪な空気から連れ出せばいい。

 

「もう、張り合わないの!」

 

「別にいいだろ」

 

映像では映さない、物置のような廊下のひとスペースに二人の体を滑り込ませる。

明かりが点いていない薄暗い廊下には誰もおらず、とても狭い。大小様々な道具と装飾、誰かの荷物やペンキが所狭しと置かれた場所は、この時期かなり蒸し暑い。

 

「垣根くんが似合うのは誰の目から見ても一目瞭然なんだから、そんな怒らなくても」

 

「じゃあ誰がテメェのために怒るんだよ」

 

不機嫌そうに黙り込んでいた垣根から腕を離し、肩を落として軽く咎めると、急に圧迫感で押し潰されそうになる。

ものに溢れた狭い廊下。壁に引っ付いた体を見下ろすのは自分より背が高く、恐ろしい風格をもつ男。逃げ道はなく、普段より低い声が命の危険を警告する。

動物の本能が、脳にうるさく警報を鳴らしていた。

 

「はぁ?なんの話?」

 

「馬鹿見てぇに笑いやがって、人の気持ちが理解出来ねぇのかテメェは」

 

「いきなり何?」

 

低く、唸るような声で垣根は声を絞り出す。何か恐ろしい声だった。

真っ黒な目で見下ろされて、暗い影が体を包む。

 

彼の息がかかるほど近い顔、心音が伝わりそうな距離。

恐怖からか、心臓の鼓動が不思議と早まる。胸の高鳴りは近い距離からか、彼の怒りからくる恐怖からなのか、皆目見当がつかなかった。

 

「いつもそうだ、俺の感情なんて気にしないでやれ交合うだとか性交渉だとか、テメェは発情期の犬かなんかか?」

 

「犬!?」

 

「なんでテメェはそういうことしたがる。第一それをしたって俺が喜ぶわけねぇだろ!」

 

「ぁっ」

 

強い力で肩が壁にぶつかる。肩を掴まれ勢い良く壁に体を押し付けられ、思わず上擦った呻き声が漏れた。

その声に一瞬たじろぎ、垣根は視線を彷徨いながら肩から手を離す。

おかげで痛みは無くなったものの、ぎこちない空気はそのままだった。

 

「……テメェがしたいわけじゃねぇからムカつくんだよ。他人の言葉に振り回されてばかりで、自分の考えはねえのか」

 

「自分、の……」

 

垣根の言葉に、またあのやらしい本の内容を思い出してしまう。

 

二人の男女の恋。想い想われ、慕い慕われ。

あの眩しい常識が何か胸に突っかかって、言葉が出ない。

 

彼に嫌われたって構わない。

──本当に?

彼の役に立ちたい。

──本当に?

好きって言われなくていい。

──本当に?

 

捨てられたくないだけ?

 

「垣根!」

 

「ちょっと、走らないの」

 

自問自答で頭に熱が登る、脳の混乱の最中、誰かの声が廊下に響いた。

確か先ほど会った垣根が保護している子供の声。

どうしてか、その甲高い声に微かに苛立ちを感じる。

暗い廊下、二人きりの興奮と恐怖。自分と彼だけの空間に混じる異物に苛立ちを覚えるのは乙女なら普通のことだった。

 

しかし、天羽にとってそれは普通じゃない。

 

「怪我するわよ!」

 

「垣根っ!あっちに甘いふわふわの──!!」

 

少女が走る。清掃したばかりの濡れた床は摩擦やら重力のせいで小さな子供の体を反転させて、大きな音ともに少女がぶつかった。

転倒。

衝撃を和らげようと近くにあった脚立を掴み、地面へ倒れ落ちた。

 

降る。刷毛が、テープが、ペンキが。

脚立の上に煩雑に置かれた誰かのやり残しがくるりとひっくり返って、その先にいた天羽と垣根の頭上に真っ逆さま、落ちてきた。

 

「ったく、誰だここにんなもん置いたのは」

 

「あ……」

 

降りかかる衝撃に構え、目を瞑るものの、一向にその衝撃はこない。なにが起こったのかと不思議に思い、恐る恐る目を開けると白い世界がそこにあった。

真っ白な翼の中、一瞬だけ垣根と目が合う。ふっと息を吐き、目を伏せて、軽く天羽の頭を撫でて白い翼を広げた。

 

「林檎、怪我はねぇか?」

 

「ん……ごめんなさい」

 

「別に構わねぇよ」

 

翼をしまい、彼は急いで少女の元へ向かう。ポツンと一人、取り残されて。

その背中を繋ぎ止めたい。

そんな願いが、静かな心の中で何回も、何回も反響する。

 

恋とは支配。

 

脈絡なく食蜂操祈の言葉を思い出す。

その言葉の意味をようやく理解できた気がする。

この行動の意味も。

 

彼を支配したい。

 

この体で、この能力で、自分だけで満足して欲しかった。

振り向いて欲しかった。

自分にだけ、笑って欲しかった。

 

「どうした?」

 

知らない子供は家に上げて、あたしは呼ばないの?

あたしを撫でた頭で、その子供を撫でるの?

可愛いって、言ってくれないの?

あの本みたいに、優しく笑って、好きって言ってくれないの?

 

(昔は可愛いって、言ってくれたのに)

 

支配者を蝕むのは汚い感情。

傲慢な本能を刺激する支配欲。報われたいと、彼を奪いたいと、支配したいおぞましく一方的な欲求。

 

「あたし、垣根くんが好き」

 

「……んなこと、知ってるっての」

 

人間は好きな女を抱く。だから彼は彼女が好きじゃない。

一生振り向くことがなければ、報われない恋。

 

この支配欲が彼を蝕む。彼の笑顔を曇らせる。

彼が他の女を抱いたら、どんなことをするか分からないから。

彼が他の女に笑うと、酷く心が掻き乱されるから。

 

そんな女、彼の近くにいてはいけない。

 

嫌いな女の劣情なんて、気持ちの悪いもの。

気持ち悪いものを、美しい男のそばに置きたくなかった。

 

天羽彗糸は今日、初めてその感情をあらわにした。

初めて我儘を言った。

初めて、彼のためではない、自分のために言葉を吐いた。

 

 

 

「だからさ、別れようよ」

 

 

 

初めて、ずっと無視してきた自分の感情と向き合う。そのあまりの重さに、唇の体温が奪われていった。

 




めんどくさい人だなって思いながら書いてます。
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