13話:ポルターガイスト
八月五日。
シスターの救出から一週間ほどがたった、夏の暑さと太陽の光が鬱陶しい昼下がりのこと。
特に面白いこともなく、少しだけ平穏な日々を暗部の仕事の合間に噛みしめる数日が続いている今日この頃。
垣根は暑い太陽の下でアイスコーヒーを一口飲んだ。賑やかな色使いのクレープ屋から少し離れた白のテーブル席。木陰の涼しさを味わう垣根の隣には、やたら派手な色合いの女が同じように鮮やかな色合いのアイスクレープを食べていた。
ヘソや二の腕が出るほど小さく体のラインを出す黄色いTシャツ、同じ色のスニーカーヒールに白いジーンズ。
首元にはチョーカーとダガーを模したネックレス。腕にも耳にもジャラジャラ。多すぎる金属類は太陽光を反射してギラギラと品もなく輝く。
色や飾りは華やかな割に、服は装飾なくシンプル。ハイウエストのワイドジーンズは古着のようで、高そうな金属類とは違って安さを求めているよう。
「そういや、ポルターガイストって知ってるか?」
アイスコーヒーを置いて呟くと、随分と能天気にクレープを齧る彼女の頬に真っ赤なアイスがはねた。垣根の言葉に驚く彼女は、その驚きのあまり頬についた
目が泳ぎ、髪の毛を笑顔で搔き上げるその仕草は動揺の印。例えどんなに声色が冷静でもこの女は分かり易かった。
「っぐ、へ?なにそれ?」
「……なんか知ってんのな、テメェ」
この女、天羽彗糸は図星を突かれると笑おうとする。約一ヶ月過ごしてわかったことは名前と、勤務先と、住所と、能力と、それくらい。
それ以外は全く分からなかった。
どこで生まれて、どこの学校に行って、誰と過ごしたか。まるで生まれたての赤子のように、記録が残されていなかった。
だからこそ、妹の話を聞いたときに愉悦感が垣根を支配した。
秘密の共有。
これは秘密を抜き取る、なかなか難易度の高い攻略ゲーム。
面白そうが七割、リスクヘッジのため三割。そんな気持ちで、垣根は天羽についてまわっていた。
「喋りません!」
「テメェが今食ってるそれを払ったの誰だと思ってんだ」
「ぅ……」
頬についたアイスをもらっていたお手拭きて拭ってあげると、彼女は疑り深い目で垣根を見つめ続ける。
しっかりと化粧のされた顔。全てを嘘で隠す少女は姉と豪語していても、家猫並みの警戒心は持っているようだ。
とはいえ、手元にある食いかけのりんごのクレープについて言及すると簡単に諦めて警戒心を解く。
真っ赤で甘い、アップルパイ味のアイスが入ったクレープはもう半分なくなっていた。
奢られる罪悪感があるのだろうか。さっきまで鼻歌を歌いながら奢らせていたのは相手だというのに、今は少し罰が悪そうに目線を逸らしていた。
「はぁ、なら垣根くんがまず話してよ。もしかしたらあたしが知ってるのと同じかもしれないし」
「……ポルターガイストって言ってもここんとこ起きてる地震についたネット上の噂話だ。最近起きてる地震がポルターガイスト、ま、つまりは霊的な干渉かもしれないって噂だ」
「信じてんの?」
「魔術なんてもんがあるんだ、お化けが居たって何らおかしくねぇだろ。だが今回は違うって証明されてる」
ようやく聞く姿勢になった天羽に促され、簡単にあらましを話し始めた。
それは今一番ホットな話題、ポルターガイストについて。
一般的にはいわゆる霊障のことを指す、この科学の街には似合わない言葉。
天羽が驚くのも無理はない言葉だ。
けれど彼らは知っている。この世界には別の側面があることを。
魔術だの魔導書だの非科学的なそれらを、彼はその目で見た。
そもそも垣根の能力は常識に囚われない、柔軟な思考を持っていて初めて扱える代物。
それくらいの現実を受け止めきれないはずがない。
「お化けって、垣根くん可愛いね」
「話を逸らすな」
「はいはい、で?どうしてだって言いたいの?」
揚げ足取りのようにくすくす意図していない言葉に笑う天羽に舌打ちをすると、彼女はその目を細めて静かに笑う。
垣根を下に見るような、傲慢な笑顔。華やかな顔も相まって、腹立たしい。
イタズラ好きの妖精のような邪悪な笑み。
「RSPK症候群って分かるか?」
「……なるほどねぇ」
ひどく苛立つその笑みに打ち勝つように、垣根もまた上から目線で笑みを浮かべる。
垣根は今回の事件についておおよその検討はつけており、霊的な干渉からくるものでは無いとあらかじめ知っていた。
RSPK症候群。
簡単にいえば、能力の暴発によって起きる二次的なポルターガイスト現象のこと。
そして症候群と名付けられている通り、医学の分野で解明されている事象。
病院でバイトをする謎の少女なら、それくらい知っていて当然。さらにいえば首を突っ込んでいてもおかしくない。
そう思って今日、垣根は彼女を甘いスイーツで誘い出した。
彼女といると
隠れた秘密が彼女の元に現れる。
そんな彼女と一緒に行動をするのは、垣根にとっては合理的な作戦だった。
「実はね、病院に通達がきたの」
「通達?」
「ポルターガイスト現象はその症候群の同時多発だから、病院にその症状の患者がいるのなら引き渡せってね」
含みのある言い方に、少し違和感が残る。何かを知っている、でもそれを誤魔化すような言い方。
「あんまり言いふらさない方がいいと思って黙ってたんだけど」
「は?病院より俺を優先しろ」
「さすがにそれはウケるんですけど、って、あっ、つねんないで!化粧落ちる!」
くすくすと女にしては少し低い、柔らかい声を潜めて笑うその姿が妙に鼻につく。
苛立つ。腹がたつ。むかつく。
頬を抓ってみても、なんとも無い顔で笑い続けるこの女が。
この女には拷問なんて効かない。自分の体なんて興味がないのだ。
例え喉を切り裂こうとも、四肢をもぎ取ろうとも、女としての屈辱を与えようとも、きっとこの女は泣きもしないし、叫びもしない。
泣く時は他人のため。もういない妹のため。過去の過ちのため。
仮に拷問で泣いたとしてもそれはきっとお門違いな涙。自分の痛み、自分の境遇への涙ではなく、誰か別のものを思っての涙。
心の奥底から、この女が嫌いだった。
「分かったら洗いざらい吐け」
「垣根くん、尋問苦手でしょ?無理すんなって」
「っ!あっま!」
「そりゃあそうでしょ。砂糖どんくらい入ってると思ってんの?」
お返しと言わんばかりに食べかけのクレープを垣根の口に突っ込むと、天羽は楽しそうにニコニコと笑みを浮かべ続ける。
先ほどの邪悪さが見え隠れする笑みではなくて、子供を見る優しい笑み。
クレープの異常な甘さと、その鮮やかな目が焼きついて離れない。
最近俺に対する遠慮というものがなくなってきていないか。
間接キスとか俺のこと好きなのかよ。気にならねぇの?
てかなんだよこのクレープ。砂糖の塊食ってんのか?
意味の繋がらない考えばかりがシャボン玉のように思いついては消えていく。
彼女のペースに飲み込まれると、全てが夢の中のようで曖昧になる。
変な生命体。
それが垣根の素直な感想だった。
「あれ?天羽先輩と垣根さん?」
腹いせに残ったクレープを平らげると、彼らの元に三つの影が落ちる。
聞き覚えのある声に顔をあげると、見覚えのある中学生二人、そして知らない少女が立っていた。
「あ?こないだの……」
「御坂ちゃんに、佐天ちゃんと、どなた?」
暑苦しいサマーニットがトレードマークの制服を着込む常盤台の超電磁砲、御坂美琴。
一人は涼しそうな夏服を身にまとった黒髪の少女、佐天涙子。
そしてもう一人の少女はオドオドした少女で、面識はない。御坂たちと同じ中学生に見えるが、その態度と一箇所だけ結んだ幼い髪型も相まってさらに幼く見える。
「この子は初春の新しいルームメイトの春上ちゃん!」
「しくよろ〜!あたしは天羽彗糸。こっちは垣根くん」
「……どーも」
「えっと、よ、よろしくお願いします、なの……」
そんな幼い少女に垣根と天羽は刺激が強すぎたようで、不安そうに軽く視線を外した。
ホスト顔の態度が悪い高身長イケメンと、化粧ばっちりピアスびっちりアクセたっぷり金髪グラデ染めの高身長女。
子供は怖がる。その証拠に、天羽が声をかけると春上と呼ばれた少女はビクッと肩を震わせ、しどろもどろに言葉にならない声を発した。
「そんで、御三方はどうしてこんなところに?」
「色々見てまわってるっていうか、そっちこそ。相変わらずセットで仲良いわね」
「よくねーよ。オラ、戻るぞ」
だがその反応は、垣根には好都合だった。中学生とつるむ気はない。
御坂のデリカシーのない言葉に苛立ちながら立ち上がると、食べ終えたクレープの包装紙を近くのゴミ箱に投げ入れた。
軽い音と共に丸めたゴミが狙ったところに入る。
「えー?せっかくだし、話してけばいいのに」
「うっせ。置いてくぞ」
そのまま離れようとすると、天羽も慌てて立ち上がる。犬のように追いかけてくる彼女と帰路に着く。
はずだった。
黒髪の少女が大きな声で二人の前に立ちふさがる。
「せっかくですし、お二人も一緒に行きましょうよ!」
「……どこへ?」
その少女の提案は理解し難いものだった。
◼︎
「さー春上さん!次は何をやりましょうか!あれなんてどうですか?」
「初春ってば張り切っちゃって」
途中から合流した花飾りの少女とツインテールの少女も加え、七人という大所帯で向かったのはうるさく音が飛び交うゲームセンター。
キンキンと様々なところから聞こえる不愉快な電子音と、能天気な客の声。クレーンゲームに、リズムゲーム、プリントシール機、さまざまな音が混ざるここは、垣根にとっては不愉快な場所だった。
「なんで俺らまで……」
「ゲーセンかぁ、色々思い出すねぇ?垣根くん」
「思い出したくねぇけどな」
ゲームセンターはこの腹立たしい女と出会った場所。全てが変わった場所。たくさんの音と、たくさんのゲームの中から、彼女を選び取ってしまった、そんな場所。
知り合いたくなかった邪悪な女、それを引き寄せたゲームセンターという概念が今では苦手だった。
この女は全てを赦してしまうから。罪を知りながら赦してしまいそうだから。
その罪さえ奪われてしまいそうになるから。
この世界を変えるための罪すら、彼女に肯定されてしまうから。
頭にあの子の幻影がちらつく。羽を綺麗だと笑い、悲劇にあったあの子。
昔々の話。綺麗な長い髪の少女が彼を見てくれた宝物の記憶が。
「で?テメェはバイトじゃねぇのかよ」
「オフだから垣根くんと遊んであげてるんじゃん」
「俺が遊んでやってるんだろ」
「えー、お姉ちゃんが愚弟と遊んであげてるんだよ」
「誰が愚弟だ殺すぞ」
あの綺麗な記憶を上書きするように、ふざけたことを抜かす女はニンマリと笑う。
いちいちムカつく女、いつか絶対殺してやる。
垣根を下にみるその態度が気に入らない。
なぜ弟にこだわる。なぜ姉にこだわる。
彼女の狂気じみた行動は全てこれが起因だといっても過言ではない。
なにせ彼女は人生をかけて妹を救おうとしたらしいのだ、悲劇と成り果てた妹を見て気が狂うのも無理はない。
姉としての自分しか彼女は知らないのだ。彼女の話通りなら当たり前のことかもしれない。
見つからない彼女の人生の記録、彼女のものしかない戸籍、天涯孤独と証明した書類の数々。彼女の話が嘘である可能性は十分にあった。
しかし、あの涙は嘘とは思えず。
結果行き着いた仮説は学園都市が絡む悲劇。
少しの同情と、苛立ち。
単純だが十分あり得る話。この街は悲劇のデパートなのだから。
「じゃあゲームで勝負しようじゃないか」
「ほう?俺に挑むとはいい度胸じゃねぇか。ぶっ潰してやる」
「お姉ちゃんに勝てるもんならね!」
そんな冷たいことを考えてるとは微塵も思ってないのか、彼女は奥にあるシューティングゲームを指差す。
明るい彼女は、今日はいつにも増してやけに元気に見えた。
それはきっと七センチのヒールのせい。目線がずっと合っているから、なおのことそう見える。
緑と赤の目。扇形虹彩異色症の悍ましい目。
強気なその鮮やかな目が垣根の苛立ちを助長させる。
「ムカついた、コテンパンにしてやる」
その生意気な子供を黙らせたい。そんなつまらないプライドから彼女の腕を掴むと、人の少ない台を探しに歩き始める。
ちらりと覗き見た天羽の顔はとても嬉しそうだった。まるで弟の我儘を聞く姉のような顔。
余裕のある笑みが腹立たしい。
勝てるわけがないだろうに、負けたら何か奢ってもらおうか。いや、どうせなら洗いざらい話してもらおうか。
そう思って向かったゾンビもののシューティングゲーム。
意気揚々と勝負に向かった数十分後、そこにいたのはぐったりとした二人の姿だった。
「はぁ、垣根くん強すぎる……」
「引き分けとか聞いてねぇぞ……」
結局何回も勝負はしたが何回やっても引き分け。自販機のある休憩スペースで、彼らは息を切らしていた。
シューティング、格ゲー、リズムゲー、それぞれ何回も競ってみたが、納得のいく結果にはならない。
反射神経に動体視力を上げられる天羽、そして頭脳と経験の垣根。違うアプローチで同じような強さの彼らは、一向に勝負がつかなかった。
「全く、垣根くんも強情だねぇ。素直に負ければいいのに」
「接待プレイしろってことかよ」
「諦めろってこと!あー、なんか買おう」
気分が悪いのか、自販機から出てきたジュースの缶を気だるげに取り出すと、天羽はそれをちびちびと飲み出す。
柘榴の絵が描かれたそのジュースは、正直美味しそうには見えない。
けれどどうしてかその味が気になって、気がついた時には自販機のボタンを押していた。
「あれ、先輩ここにいたの?」
ガコンと落ちてきた柘榴ジュースを取り出していると、先ほど別れた中学生共がわらわらと休憩室に入ってくる。
楽しそうな子供たちは、全員手に白いチケットのようなものを持っていた。
「あれ、御坂ちゃん達も休憩?」
「今プリクラ撮ってきたところ」
「えー見して見して!今ってどんな感じ?」
正確にはチケットではなく、プリントシールだったようで、興味津々な天羽は楽しそうに覗き込んでいる。
今はこんなんなんだ、なんて能天気に話す彼女たちだが、どうやら先ほどよりも距離が近くなっているようで会話が弾んでいた。
部下の能力みたく心の距離は見えないが、明から様な変化はすぐに嗅ぎとれた。
「そっちは撮らないの?せっかく来たのに」
「プリクラのフィルター苦手なんよね。垣根くん美人だし、セルフィーで十分だし。ねー!」
「ねーって、おい、写すな」
本当この女に振り回されっぱなしだ。突然スマホを取り出して上に掲げると、彼女は勝手に写真を撮り出した。
いわゆる自撮り。カメラを起動したスマホには垣根がつけたストラップがぶら下がっていた。
天羽がカバンやスマホの裏につけていたキャラクターをわざわざ見つけて、加工した大きめのストラップ。
彼女はそれが何かわかっているようだった。
渡した時の少しだけ苦々しい笑顔を思い出す。監視されているのも承知で、警戒されていることも分かった上で、彼女は垣根と一緒にいる。
普通の人間ならばそんなことはしない。
「写りいいね!待ち受けにしちゃろ」
「やめろ」
「垣根くんにも送ったろ」
「おい」
「待ち受けにしてあげるよ。かーして!」
考えの最中に向けられたスマホの内カメラ。撮られた写真には不機嫌そうな垣根がばっちりと映っていた。
ヒールもあって身長差がない二人は、綺麗に写真に収まってバランスがいい。顔も天羽的には盛れてる部類だったらしく、盗撮の現行犯は悪びれもせず待ち受けに設定していた。
さらに垣根の携帯に送信し、お揃いの待ち受けにしようと躍起になる。
「春上さん?危ないっ!」
断固として携帯を死守する垣根と、腕を伸ばして奪おうとする天羽。つまらない攻防戦をしていると、垣根たちとは違う場所で誰かがぶつかる音がした。
それは天羽ではなく、中学生の一人、春上。そもそも前みたく押し倒しかねないと、力を込めずに腕を伸ばしていた垣根が天羽を倒すことはない。すぐに子供のどれかだとわかる。
「ドンくせぇな」
「あーゆー子が男にモテるんだよ。そうでしょ?」
「同意しかねるな」
音の出所に視線を向けると、そこには春上がおでこを抑えてうずくまっているのが見えた。
目の前には透明なガラスしかなく、容易に何が起きたか想像がつく。大方ガラスが見えてなくてぶつかったのだろう。
まさに子供の仕草。し
鈍臭い子供は好きではないが、天羽の考えは違うようでニコニコと見守っていた。
「大丈夫ですか?」
「あれ……」
「あー、花火大会か」
花飾りが鈍臭い春上に近寄り心配していると、春上はおもむろに何かを指差した。
彼女がぶつかった理由、目を取られたそれは、なんてことないポスターだ。
指の先には今日の夜に川辺で行われる花火大会のポスター。
「今日だったのね」
「ねぇ!みんなで行こっか!」
「いいですわね!」
今日河川敷で行われる至って普通の花火大会の告知ポスターは、中学生にとっては楽しげなイベント。
行きましょう、行きましょうと、中学生どもは楽しそうにきゃっきゃと楽しげに今日のプランに新しいイベントを追加していく。
賑やかな少女たちは、化学反応の塊をみにいくことに決めたようだ。
「中学生はいいねぇ、楽しそうで」
「うるせぇけどな」
ぼーっと眺めていると隣から優しそうな声が耳に入ってきた。興味のなさそうに呟く仕草がなんだか違和感がある。
いつもの彼女ならついていくか、おせっかいをかけるかの二択になるだろうに、今回は特に何もない。
他人に興味があるわけではないのか?行動がチグハグで思考が読めない。
他人のために命を張るのに、他人に興味がないのか。意味がわからなかった。
「垣根さんと天羽さんも!一緒に行きましょうよ!」
「悪いけど、遠慮しとくね。みんなで楽しんできな?」
「俺も」
賑やかな中学生たちに誘われても、彼女は垣根よりも先に断った。
やはり珍しい。にっこりと断る彼女は、何か裏があるかのようで少し違和感がある。
それは少女たちも同じ。まさか天羽に断られるとは思ってもいなかったのだろう、目を丸くさせ焦りだす。
「なんでですか!?多い方が楽しいですよ?」
「うーん、興味が無いっていうか……」
「右に同じ」
ここまで花火について意見が被るとは思わなかった。大抵の女は目の前の中学生たちと見花火がどーの、屋台がどーのとうるさく騒ぎだすものだと認識していたので少しばかり驚いてしまう。
クレープやらケーキやらが好きな彼女のことだ、屋台のスイーツに釣れられて行ってしまうかと思っていた。
「花火といえば絶好のデートスポットじゃないですか!浴衣姿の彼女を見て惚れ直すイベントがあるじゃないですか!」
「そうですよ!天羽さん一緒に浴衣見に行きましょ!」
だが諦めの悪い中学生たちは花火の素晴らしさを力説しだす。身振り手振りで懸命に説得にかかる佐天と御坂だが、何故そこまでして彼らを連れ出そうとしているのかわからない。
確かにデートスポットして賑わう花火大会だが彼らには一切関係ない。
「こいつ浴衣似合わねぇだろ」
「うん、骨格がもうダメだね。日本人離れしてる。華奢じゃないし」
「てかなんでこいつに惚れなきゃいけねぇんだよ」
呆れながら本日何度目かも忘れた溜め息を吐く。中学生に付き合うほど彼はお人良しでも善人でもない。
そもそも少女たちがいう浴衣デートなど、垣根が興味を抱く訳もなく。
男女関係に興味のない垣根と、無性愛者の節がある天羽。フラグが立つはずもなく。
そもそも隣の女はどうみても浴衣が似合うようには見えない。少なくとも垣根の目にはそう見える。
長身で、腰の位置が高く、寸胴とは真反対の体型。体は厚めで、肩幅も女にしては少し広め。西洋系とすぐにわかる体つき。
そして髪色は日本人らしい清楚な黒髪ではなく、金髪にどピンクである。
「でも花火には行くよ」
「あ?行かねぇんじゃねぇの」
「一緒には行かないってこと。熱中症とかで倒れる人がいるかもしれないでしょ?だからパトロールで呼ばれてんの」
しかし本人は浴衣が着たくないわけでも、空に打ち上がる炎色反応が嫌いなわけでもないらしく、申し訳なさそうに肩をすくめる。
どうやらここまで無関心を貫いたのは仕事があるからという、至極普通の理由だった。
「夜勤だから今暇なのか」
「そうそう。見回りしなきゃいけないからね、夜勤扱いなの」
「へー、仕事ぶり見に行ってやるよ」
「来なくていいのに……」
確かに祭りなどには派遣された医療班などが動員されることはある。成る程と納得するが、この女が行くなら垣根も(暇なら)自動的についていく。そもそもついて行かない選択肢はない。
何かを隠す少女に、今日の予定が埋められてしまった。
「この二人って、結局なんなんです?」
「腐れ縁……らしいけど、実際のとこわかんないわね」
「悪友って感じが一番近い気がしますわね」
そんな光景に中学生たちは呆れ返る。仲が悪いと公言する彼らは、どうみても事実とはかけ離れていた。
◼︎
そして時は進み、夕暮れから夜へ変わる黄昏時。蝉の音を聴きながら二人で賑やかな川沿いを歩く。
医療班として祭りに参加している浮かれた女を連れて屋台を周りながらのパトロール。
一般的なナース服の女と、ホスト顔の男。怪しまれると親切なカエル顔の医者が思ったのだろう。二人の腕には医療班と書かれた腕章が仲良くついていた。
「うーんおいしい!」
「テメェ、人のこと財布とでも思ってんのか?」
垣根が買ってもらったスティックタイプのワッフルを食べながら、天羽は楽しげに次の屋台へ垣根の腕を引いてくる。
最近学習したが、どうやら彼女は甘くて美味しいもの、そして珍しいものが好きなようで、いつも食べないようなものに食いつきがいい。
お祭りで見る屋台は珍しいの宝庫だ。りんごあめ、チョコバナナ、冷やしフルーツに、今川焼き(大判焼きだったか?)。
家では作る気にならなくて、かといってお店で売っているわけではない甘いもの。
彼女にとってはここは聖地だ。
「奢るっていったのはそっちでしょー?」
「姉っていう割にはわがままだな。俺を破産させる気か」
「男をたててやってんだよ。あたしが払うとあんたの分も払うことになるけど、アンタそれ嫌でしょ?」
「……別に」
「弟に恥をかかせるわけないし、そもそも垣根くんが破産するほどでもないでしょうーが」
花火大会に興味はなかったんじゃなかったのか疑問に思うほど楽しそうに笑いながら屋台へ足を運ぶ。
ニコニコと邪のない笑みはチクチクと心臓に針を刺す。
いつもは着ないスカートタイプのナース服。膝を隠すスカートは彼女が歩くたびに翻って、視線を奪う。ナースキャップがなければ、ただの上品で清楚な白いワンピースだ。
この女といると調子が狂う。
太陽みたいな女。夏のような女。近づくと焼き殺される。
「……この野郎、いつか泣かす」
「無理なのにねぇ……」
今の彼女は何を言っても笑って流してしまうほどには浮かれていた。
酒でも飲んだのか不安になる程浮き足立っており、鼻歌交じりにスキップをしながら垣根の前をぴょんぴょんと飛び跳ねている。
跳ねるたびに揺れるポニーテールが少し鬱陶しい。
「てか、なんだよその服、色気ねぇな」
「そりゃあ医療班のユニフォームだしね」
「浴衣じゃねぇの?」
「似合わないでしょ」
「否定はしねぇ」
ナース服を翻して彼女は笑う。
制服はミニスカート、私服はダボダボジーンズ、それもカジュアルな古着。そんな彼女がひざ下のワンピースを着ているのは珍しく、歩く人々から奇異の目で見られていた。
せっかくなら浴衣でも着ればいいのになんて、昼間の会話を思い出すもののやっぱり似合わないだろうなと話を切り上げる。
そもそも彼女はここに仕事としてきている。浮かれていること自体だおかしなことだ。
「てかユニフォーム姿で遊んでんじゃねぇよ」
「あ、花火」
「無視すんなアホ」
仕事姿で祭りを満喫しているのはあまり褒められたことじゃないだろう。垣根だって暗部での仕事服と私服は分けている。
現に今は細身のシンプルなシャツと、細めのジーンズを着ている。長袖をまくって、銀のネックレスをつけて、少々洒落っ気がありすぎるが、仕事服ではないので構わないだろう。
というのに目の前の女は堂々と仕事着でサボり中。真面目な性格と思っていたが、それは見当違いだったのか。
「おい、サボり魔。おい!無視してんじゃねぇよ」
そのまま小走りで階段を登り始め、中腹までたどり着くまで一言も彼女は喋らなかった。
何か機嫌を損ねたのか。しかし垣根のだる絡み程度で機嫌を損ねる女とは思えず。
あまり見ない雰囲気の彼女に少し不気味さを感じる。
「真面目にやんなくても今は大丈夫なの」
「あ?なんの話だよ」
階段を何段か登り、残り半分くらいまでになると気だるげな目で遠くに見える屋台の端を指差した。
いつもと違う、化粧の下を感じる顔。笑顔を貼り付けたいつもの明るく可愛らしい顔はない。
やっと開いた口からはどこか嫌そうな、且つイラついた声色が響く。花火の音で搔き消えそうなほど小さい声だった。
「ほら、あれ」
「MAR……?先進状況救助隊か?なんでまた」
彼女が指差した場所には大きな護送車に似た車が複数台停車しており、その車両の側面にはMulti Active Rescue、通称MARの文字が書かれている。
威圧感を発するゴツい車両は祭りの雰囲気には似合わず、強烈な違和感を放っていた。
「あれがあるからあたしが遊んできてもいいんだよね。警備体制バッチリだから」
「……ポルターガイストか」
MAR。先進状況救助隊。
基本的に救助活動を主にした部隊だと記憶している。こんなちっぽけな祭りに現れるような舞台でないことも知ってる。
そもそもここはただの祭り会場。天羽のような医療班用の緊急車両やドクターカー、子供などの軽傷者のための簡単な医療スペースなら理解できる。
しかしあれらは救助隊だ。災害時に救助活動を行う組織。
災害が発生していない今、一番場違いな連中だ。
今起きていない。ならばこれから何かが起きるとも捉えられる。
例えば今話題のポルターガイスト。
「そゆこと。ポルターガイストが発生した場合のためにあれがいる、というか十中八九ここで発生するんだよ 」
「へー?なるほど」
十中八九ここで発生する。彼女の口ぶりに、MARは事前に察知して来ているとわかる。あの組織にはマッドなサイエンティスト、木原の家系が在籍していると知っている垣根なら、それくらいやってのけるだろうとわかっていた。
「MARが場所を特定してるってことはポルターガイストは誰かが人為的に作っているってことか。AIM拡散力場への干渉で発症することもあるからな」
「なーんだ、知ってたの?」
「前に脳をネットワークで繋ぐなんざ荒業やった木山っつー研究員が加担されていた実験が似たようなものだっただろ。AIM拡散力場へ干渉し暴走能力者を人工的に生み出して解析する、なるほどな。MARが駆り出されるわけだ」
RSPK症候群は人為的にも起こせる。前に出会った木山春生が狂った原因である暴走能力誘発実験が似たようなものだった。
色々総合して考えれば、簡単に導き出せる答えだった。
直後、轟音があたりに響き渡る。
「さすが垣根く、んっ!?」
「っ!地震か?」
地震のように地面が揺れ、上の段にいた天羽がバランスを崩し足を滑らせる。
上から降ってきたナースをそのまま受け止め、翼を小さく展開し空を飛ぶと祭りの会場がさらに小さく見えた。
高く飛翔し、状況を確認する。祭りの最中で人が多い。だというのに被害はほとんどなく、倒れている人もけが人も見当たらない。
パニックに陥ってないのは地震大国の国民だからだろうか。
「タイミングバッチリだな……これがポルターガイストか?」
「また飛ぶことに……」
人生二度目の生身で飛行に文句を言うムカつく女の腰を支えながらザッと辺りを飛ぶと、崩れている箇所を見つける。
ちらほらと疎らな人数が見える辺り、人気スポットではないのだろう。
「あ?あそこ崩れてんな」
「急降下!怪我人なら助けるよ」
「俺はタクシーかよ」
半ば呆れながらも彼女の指示通りに道路の真ん中に降りると、街灯に照らされた人影が視界に入る。
異様な組み合わせに垣根は警戒心を抱くも、もう一人はそんなこと微塵も思わなかった。
「救護班です!怪我人は!?」
「天羽さん!」
「祭りの救護班?随分と行動が早いのね」
MARの
オドオドとしていた春上と呼ばれていた少女だった。
「MARの……テレスティーナさん、ですよね?」
「ええ、そうよ。ごめんなさい、報告しなきゃいけないから彼女のこと頼めるかしら?」
「分かりました」
天羽とは顔見知りなのか、ただ名前を知っているだけなのか。テレスティーナと呼ばれたその女は天羽にその場を任せると、崩れた崖の方へ向かう。
「あの、春上さんは……」
「気を失ってるだけだから大丈夫。とくに損傷はないよ」
「よかったぁ」
しゃがみ込み、少女に手をかざし簡単に意識の確認をし始める。
瞳孔や脈拍などを一通り確認すると、立ち上がり他の少女たちの方へ向き直った。どうやら問題はないらしく、心配する中学生たちに微笑みを見せて立ち上がる。
「ごめん、他の人も確認しなきゃいけないから離れるね。二人だけで大丈夫そう?」
「大丈夫です!」
無事を確認すると、彼女は軽く頭を下げて次の場所へ向かう。いつもなら病人につきっきりの彼女が珍しく、その背中をついていっても答えが出ない。
今日はなんだか予想の範囲外の行動が多い。彼女への認識の違いか、あるいは何かを考えての行動か。
考えてもわからない。
「さてと、どうなってるかな?」
向かったのは崖と道を区切る柵。祭りの屋台が見下ろせるそこからは崩れた崖と何かの作業をするMARの姿が見えた。
「RSPK症候群は何者かによるAIM拡散力場への人為的干渉が原因、そしてポルターガイストを引き起こす、か」
「だからこそMARが先回りできたんだけどね」
道の端に設置されている柵から身を乗り出すと、祭り会場のあかりがぼんやりと視界に入った。上から見下ろす花火大会の会場は客の避難誘導と怪我人の対応で忙しそうに見える。
崩れた箇所に群がるMAR。
テレスティーナと呼ばれた女がMARの車両の近くで通話している姿が確認でき、あまりの対応の早さに乾いた笑いが漏れる。
崩れた斜面に何やら機械をかざしている隊員もおり、その用意周到さが窺える。
きな臭い組織だ。
直感的なものではあったが、勘というものは存外侮りがたいシロモノ。
トップにいるマッドサイエンティストのことも考えると、MARには何かしら探りを入れておいたほうが良さそうだ。
それでも何か、別の違和感を感じる。何かが引っ掛かる。
何か重要なことを忘れているような、小さな違和感。
「なんか引っ掛かる?」
その違和感に気づいたかのように、天羽は笑う。
いつもの貼り付けたような天真爛漫な、屈託のない明るい笑みじゃない。妖精のような、悪とも善とも言えない、そんな笑み。
細めた目から見える赤と緑の目は、月明かりも相まってひどく不気味に見えた。
「……
その笑顔に、彼女の言葉を思い出す。
━━あたしはその罪を赦すよ。
そんな砂糖のような甘い言葉。
「……黙秘権を行使しまーす」
「あの女に赦しを与えるとか言ってたのはどこのどいつだっけ?」
木山春生の起こした
その主犯に目の前の底抜けに優しくて甘い愚かなメシアは言った。
そしてあの女に赦しを与えると、あたしの元においでと。
垣根の心をかき乱すような支離滅裂な発言をしたのは他でもない彼女。
天羽彗糸だ。
「さぁ?どこのどいつでしょーね?」
「あくまでもしらを切るつもりか?」
飄々と笑顔を携えてその女は高く跳び、道路と崖を分断する柵の上に降り立つ。
寄りかかっていた柵の上、彼女はただ笑う。
「言ったでしょ、垣根くん」
打ち上がる花火を背に、垣根を見下ろしながら白衣の天使は笑顔を見せるとそれは口を開いた。
「あたしのことを知りたいなら喋らせて見せて?」
悪魔のような笑み。
人を堕落させ、力を奪う魅惑の笑顔。
垣根にとっては、何よりも怖い笑みだった。
ポルターガイスト編です。垣根くん視点でお送りします。
垣根くんはシノビガミでもしているのか?ってほど秘密に固執してますね。まあ自分がそう書いてるんですけど。
課題を滅ぼすことに失敗したので次の更新は多分今週末になりますね。