とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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今回は結構長いです。
またフェス垣根でませんかね。


act11:偽物と、冷たい鎧

文字を読む。

 

『大好き、大好きだっ!だから、つ、付き合ってくだちゃいっ!』

 

『っぷ、はは、大事なところで噛んでんの!馬鹿だな、お前。その言葉は俺からだろうが』

 

薄い紙の本に書かれた台詞を頭の中で何度も復唱して、想像に耽る。

 

「……なんて陳腐な台本」

 

台本の上では、天羽も垣根も、幸せの塊のような存在だった。絶対に見せることのない笑みで、嘘の言葉を吐いて、彼女に触れる。

楽屋の中、冷たい瞳で鏡の中を見つめると、ひどくやつれた女と目があった。

 

『大好きだから、キスしてもいい?』

 

『許可なんて必要ねえよ』

 

反吐が出る。こんな台詞も、こんな女も、人間という器も。

なら大罪と呼ばれる感情が龍のようにとぐろを巻いて心を掴む。言葉にすらしたくないおぞましい欲は、確実に少女の心臓を蝕んで、膿を溜める。

 

こんな醜い感情を持つくらいなら、人として生まれなければよかった。

そう思うほど、小さな少女は酷く憔悴していた。

 

「なぁにしてんのぉ?」

 

溶けていく感情を照らすように明るい少女の声が天羽の頭上から聞こえた。蜂蜜のような甘い香りの少女、食蜂操祈は不思議そうに首を傾げて天羽の後ろから腕を回す。

似た者同士の少女は今日も仲良く、お揃いの金髪で二人駄弁り始めた。

 

「台本確認。今日のシーンちょっと嫌だなって」

 

「仕方ないわよ、恋愛ものなんだから」

 

「そうだけど……」

 

「そういえばその主役は見かけた?垣根さんいないみたいなんだけど」

 

食蜂の言葉に顔あげて楽屋の中を見渡すと、確かに垣根の私物はない。ここにいるのは女子二人とつまらなさそうに座る一方通行(アクセラレータ)、そして荷物だけおいて何処かへ行った他の女性陣。

削板は別の仕事でいないため、今回呼ばれた中では垣根だけが仕事場にきていない。

非常に珍しいことだった。

 

仕事に関してはかなりストイックで、仕事への熱意のようなものが超能力者(レベル5)の中でも強い垣根はいつだって仕事に時間通り来る。

その彼がいないのは、不可解ともいえた。

 

「確かに、まだいないね。一方通行くんは何か知らない?」

 

「ア?知るわけねェだろ」

 

「でも仲良いし、連絡とってないの?」

 

「テメェの目は見えてンのか?仲良いように見えるなら眼科に行け」

 

少し心配になりつつ、平静を装い一方通行に軽く話を振ると、彼は嫌そうに悪態を吐くだけ。

人を傷つける冷たい態度に少し眉を顰めるが、一方通行の態度はいつも通りのため咎めることもなくそのまま流して考え込む。

 

仕事はもうすぐ始まる。だと言うのに未だ来ていない垣根に不安を覚えてしまう。

もう付き合いはないと言うのに、事故や病気、様々な恐ろしい自体に不安が煽られ怖かった。

 

「そっか。でも心配だね……事故とかじゃないといいけど」

 

「ないわね」

 

「ないな」

 

「ないかー」

 

しかし相手は垣根帝督。超能力者(レベル5)の第二位で、かなうとしたら一方通行くらい。事故に遭うとは思えなければ、病気もあまりピンと来ない。

 

「……()()()のとこかもな」

 

一方通行の答えが一番現実的だった。

 

脳を横から殴る言葉に声が出ない。天羽から一方的に別れたとはいえ、もう垣根とお付き合いをしているわけでもないので別に気にする事はないはずだ。

だが、何故か天羽の心臓はぎゅっと締め付けられる。他の女と手を繋ごうが、ベッドで寝ようが、もう関係の無い話だと言うのに。

 

「ねぇちょっと。今日の撮影中止ですって」

 

ぐわんぐわんと無駄な考えに思考を巡らせていると、突然扉が開いて御坂美琴がため息交じりに楽屋に現れた。

同時に吐いた言葉は、天羽たちの思考を止めるには十分。

呆れたようにどかっと椅子に座り、そのまま帰宅の準備をする彼女に慌てて金髪二人組は立ち上がる。

 

「御坂ちゃん?え、それ本当?」

 

「さっきプロデューサーに言われたわ。全く、面倒ったらありゃしない」

 

「でも急にどうして……」

 

「大変!大変!第二位さんの交通事故により撮影中止になったって!ってミサカはミサカは大慌てで報告してみる!」

 

がたんと勢いよく立ち上がって御坂に詰め寄ると、今度は小さな御坂が扉から飛び出た。

一方通行のマネジメントを手伝う打ち止め(ラストオーダー)は、御坂そっくりな顔でぴょんぴょんと飛び跳ねながら可愛い声を荒らげる。

あまりにも突然でしばしその内容に混乱するが、意味を理解した三人の脳は同時に大声を上げた。

 

「はァァァ!!?」

 

「ちょ、ちょっと、え!!?」

 

「おいテメェら!テレビつけろ!!」

 

「今度は何!!?」

 

「いいから!!」

 

だが大声はさらに大きな麦野の怒声に上書きされる。打ち止めが開いた扉を叩き、次に現れたのは麦野沈利。

戸惑う天羽を押し退け、興奮した様子でズカズカと楽屋に置いてある壁掛けのテレビの前へ行くと素早く電源をつけた。

 

真っ暗だったテレビのチャンネルを1のニュース番組に変え、焦ったように音量を上げる。低かった音量が上がるにつれその声がはっきりとクリアになった。

 

『本日をもって、俺は、垣根帝督の垣根帝督による、垣根帝督のための個人事務所設立を行う!』

 

テロップに映し出された緊急記者会見の文字と垣根帝督の声。

不穏な組み合わせにこの場の誰もが驚いた。

 

「緊急記者会見!?」

 

「え、事故の話は?」

 

『記者諸君。 いずれこの件は正式な案内を行うから、 楽しみに待ってろよ。そして、一方通行、これを見ているか?俺は必ずやお前を第一位の座から引きずり降ろす!』

 

大胆不敵な告白とともに笑う垣根の声が響く。そのあまりにも突拍子な発言に驚き、騒がしかったはずの楽屋が一気に静まり返った。

 

「ど、どういうこと!!?」

 

「事務所って、アイツとうとう頭おかしくなったのか?」

 

「あ、あたし確認してきますぅっ!!!」

 

混乱した頭のまま天羽は楽屋から勢いよく飛び出す。衣装のブレザー姿のまま楽屋から抜ける彼女の顔は酷い焦りが見えていた。

別れたといっても天羽の感情は変わらない。

人が何かハプニングに巻き込まれているのならば、それを助けるのが彼女の信条である。

相手が垣根なのもあってか、その足取りはとても早かった。

 

「ちょっと!!」

 

「……無鉄砲馬鹿だな、相変わらず」

 

好きな人の為ならば彼女はどんな地獄にも落ちる。

愚かな少女の背後から、ひどく大きなため息が聞こえたのはきっと空耳ではない。

 

だがそんな音はただの事象。

ただの事象が彼女の走りを止める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場から離れ、少し緑が豊かになった街の中。一方通行は金色の髪を探して視線を動かす。

少し離れたところで金髪でとても目立つ少女の姿を見つけると、背の高い彼女に向かって杖をついて歩き出した。

 

「事務所は……こっちか」

 

「違う」

 

キョロキョロと頭を動かす彼女はしきりにスマートフォンと前方を確認し、ようやく答えが出たのか進み始める。しかしその方向は彼女の目的地に続いていない。

どこに行こうとしているのか、その先は記憶によれば行き止まり。

流石に目の前で間違った道を行こうとしている彼女を放ってはおけなかった。

 

「えっ、あれ?一方通行くん?なんでまた」

 

歩き出す少女の後ろからワイシャツの襟を引っ張ると、彼女はすんなりと足を止める。わずかな身長差のせいか、襟を掴みづらい。

突然のことだというのに、彼女は怒りもせず、目をまん丸にして一方通行に振り返った。

 

底抜けに明るい少女の姿に、一瞬目を細める。

この明るい笑顔が苦手だった。

 

「地図読めねェのは誰だったか」

 

「……読めるし」

 

スマートフォンに映し出された地図とは違う方向に行こうとするおつむの足りない少女は、鮮やかな緑と赤の眩しい瞳をしていた。

闇に近しい人間にはおぞましいその瞳を、好むのは垣根くらいだろう。

 

可能ならば本当はすぐにでも立ち去りたい。

けれどあの夏の日、無謀にも手を伸ばしてきた少女には多少なりとも恩があった。

 

「ならこの公園突っ切る方が早いって知ってたか?」

 

「知ってる!から!お気遣いなく!」

 

愛する男のところに行くための手伝い位はしてやろうと、彼の事務所までの道を指差す。

目の前にある大きな公園を通り抜け、交差点を渡り、道順に歩けば目的地。少女は嫌がっているが、これぐらいの手伝いならば、あの小さな恩に見合うだろう。

 

「……どうやら通行止めのようだな」

 

「えっ!嘘、撮影!!?」

 

そう思って公園へ二人赴くも、仕事上見慣れた撮影クルーやスタッフが取り囲み、どうも通り抜けはできないようだった。

何が起こっているのか、通り抜けが可能か聞くため、少しそれに近づいてみるも、その足は聞き覚えのある声で止まる。

いや、止まらざるを得なかった。

 

「今更名乗るまでもねぇが、俺こそが学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督だ。俺の『未元物質(ダークマター)』の可能性をお前らで測らせてもらうぜ」

 

「第二位の兄ちゃん、だよな?」

 

「なんか微妙に違うような?」

 

そこにいるのは削板軍覇、いつぞやのヒーローと白いシスター。

そしてもう一人、濁った黒い瞳、明るい茶髪と長身、そして切れ目が印象的な美少年。

彼らが探していた垣根帝督、その人だった。

 

「……はぁ!!?いるじゃん!!?」

 

「元気だな」

 

「では早速!『焼きそばパンの大食い対決』で勝者を決めるんだよ!」

 

「おっしゃーーーーっ!勝負開始だっ!」

 

打ち止めやテレビとの情報と違い、すこぶる元気で口に焼きそばパンを詰めていく垣根の姿に2人はしばし固まって唖然と見つめていた。

事故にあったと言う話はどうしたのか、彼は非常に元気で、心配するような姿をしていない。

 

「垣根くんも焼きそばパンなんて食べるんだ……」

 

「お前アイツのことなンだと思ってンだ?」

 

その様子に驚いているのか、天羽も目をパチパチと瞬きしながら呟いた。

混乱しているのか少しずれた意見だが、確かに彼女の疑問も尤もで、その言葉に思わず垣根の手元に目がいく。

 

垣根はあまり多く食べない。

長身で、一般的な男よりも引き締まったスタイルの良い野郎だと言うのに、食べる量は一方通行以下。

ダイエット中のオシャレOL並みである。

その垣根があろうことか大食いに出場し、胃袋の許容範囲外の焼きそばパンを食べているのはおかしな話だった。

 

「お、天羽!ちょうどいいところに!!」

 

「上条くん……」

 

呆然と立ちすくんでいると、天羽のもとに司会をしていた少年が歩いてくる。うれしそうに小走りでやってきた少年は喜々として少女の手を引っ張りカメラに映る位置へ誘う。

上条と呼ばれた彼もまた、あの夏に一方通行を救った男。面識があった。

 

「一方通行も!お前ら司会やってくれよぉ……俺はなんか巻き込まれただけだしさぁ」

 

「え、あ、ちょっと!」

 

手を引かれ連れていかれたのは垣根のすぐ隣。

困惑しながらもテレビカメラの前でアイドルらしい笑顔を作るあたり、プロ意識はあるようで、いつも通りの態度で突然の撮影に出演する。

 

だがやはり困っているようだった。

生放送では無いので編集をすれば問題は特にないものの、突然の撮影とはいろいろリスクがつきものだ。

彼女もそれが分かっているのであろう、いつもよりその笑顔は険しい。

 

「彗糸」

 

彼女が隣に立つとすかさず垣根は顔を上げる。優しく名前を囁いて、細めた目で見つめると普段の彼からは想像もできない甘い顔を作った。

 

見たこともない光景だった。

彼が人の前で彼女の下の名前を呼ぶことも、ラブシーン三秒前の顔をすることも、今まで一方通行たちは一度も見たことがなかった。

強烈な違和感。

垣根の姿に感じたこともない違和感がまとわりついて、疑問ばかりが浮かぶ。

 

目の前の男がよく知る第二位だと思えなかった。

 

「……ねぇ、アナタ、本当に垣根くん?」

 

彼女もそれを感じたのか、獣のような低い声で目の前の男を睨みつける。

不穏な空気の中、パタパタとスタッフやクルーを眠らせて、都合の良い舞台を作り上げると、彼女はようやく本題に移った。

 

静かだ。

 

大勢の寝息と、超能力者(レベル5)、あるいはその友人の唾を飲む音が聞こえる。

秘密の話をするにはカメラが邪魔だったが、人の目がないだけでも十分。

天羽彗糸がいる限り、この世の生き物はその全てを支配される。彼女なら人の耳に自分たちの言葉が入らないようにすることぐらい簡単だった。

 

「試してみるか?」

 

「何を?────っ!?」

 

カメラ以外安全な空間で垣根は彼女の頬に触れる。

触れた手は距離を近づけ、二人の体温が混ざった。茶色い髪と金色の髪が交差して、生ぬるい風に二人の香りが舞う。

 

髪が交わるその奥。

吐息が消えた。

彼女の息は重なり合った唇に奪われた。

 

「っ!!離れて!」

 

「照れてんのか?かわいいな」

 

キスをしていた。

ほんのわずかの一瞬、彼らはカメラの前で唇を重ねた。

アイドルとしてはあるまじき態度、スキャンダルを呼び込む事態に一方通行の体が動きを止める。

 

誰も予想できなかった。

いつもの彼からは想像のできない出来事に唖然とする。

 

「……誰だ、テメェ」

 

「垣根帝督、それ以外に見えるか?」

 

「俺の知ってる垣根帝督は、女相手に突然セクハラするようなやつじゃねェ」

 

「合意の上だ。セクハラじゃねぇよ」

 

突き飛ばされ、垣根の姿をした男は少しよろめいてたにもかかわらず、とても楽しそうに笑う。

しかしその意味は、あざ笑うかのようなひどく上から目線の腹立たしいものだった。

 

「……削板くん、クルー撤収させて。映像も叩き割って」

 

「おう、スキャンダルになるのはお前のファンが困るからな」

 

「もぐ、もう食べないの?」

 

「インデックス、お前はあっちで食べてなさーい?」

 

スタッフやその場にいる人を移動させ、削板やシスターがいなくなると、男は馬鹿にするように鼻で笑った。

不愉快な顔。

いつもの能天気でプライドの高い阿呆な笑顔とは違う敵意を向きだした笑みにひどく苛立って仕方がない。

 

「オイオイ、いいじゃねぇか、バレたって。俺らの仲だろ?」

 

「悪いけど、アンタみたいな知り合いはいないわ」

 

「酷え言い草だな。愛する男じゃねえか。忘れたなんていうわけじゃねえよな?」

 

互いにこう着状態が続く。

 

唇を拭って、ひどく恐ろしい声で威嚇する天羽と、不敵な笑みを見せるだけの垣根に似た男。

二人して出方を伺っている。

垣根の姿をした見知らぬ人、強さは計り知れない。

 

「……彼はキスもしなければ、かわいいなんて言う男じゃないの」

 

「そういう男だぜ、垣根帝督は」

 

「いいや、違うな」

 

緊迫した空気に冷たい声が響いた。天羽の前に立ち塞がって、交わった視線を上条は切り捨てる。

 

「上条くん?」

 

「垣根はそんな強引で最低な男じゃねぇよ」

 

ヒーローの背中が少女を守るように前に出た。

 

いつかの夏の日と同じ。守りたい人を守る、ヒーローとはかくもそういうものだった。

一方通行が憧れるヒーローの姿。

ただただまっすぐ芯のある強い目が彼は得体の知れない男を見る。

 

「いっつもヘタレな文句ばっかの奴が、昨日今日で突然そんな俺様系になれるか」

 

吐き出す言葉は強く、何も無い公園に重い空気が漂う。

 

「何が起きてるのか分かんねーけど、垣根が大事にしたいって言ってたもんを軽々しく冒涜するなら、俺はテメェに容赦しねぇぞ偽物」

 

ぐっと拳を握りしめて、強く目の前の得体の知れない男を見つめる彼は一方通行には少し眩しかった。

 

「……さすがに分が悪いか」

 

その眩しさに躊躇ったのか、目の前の男も同じように苛立った顔で舌打ちを響かせる。

そして垣根の能力のコピーか、大きな翼を広げると体が宙に浮く。天使と見間違う能力は、よく知る彼とそっくりだった。

 

「あ、待ちなさい!」

 

「おい!」

 

何も考えていないのか、飛び立った男を追って天羽は走り出す。彼女の気持ちからそうするのはわかっていたが、あまりにも無計画な彼女に驚き、慌ててその後を追った。

 

焦る乙女の背中を追って、人のいない路地裏へと進んでいく。

面倒に巻き込まれてるとは自覚している。

けれど愚かな少女について行かない選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天羽を追って、路地裏に滑り込む。

 

「どこ行った!?」

 

建設中のビルが囲む人のいない空き地に三人で探るように足を踏み入れるも、先程の男の姿はない。

人の目のない狭い場所、ここに来るのはおそらく意図的だった。

 

「なぁ、これって……」

 

「完全に誘い込まれたな」

 

「あぁ、その通りだ」

 

誘い込まれたその先で、真っ白な男がたたずんでいた。

白い髪に白い肌、少しだけ色味がかった白いスーツと、どんよりとした赤い瞳と本来白いはずの黒い結膜。顔もスタイルも身体も垣根と同じなのに、色だけが先ほど見た男の姿とは随分かけ離れていた。

 

そしてその後ろにいるのは巨大なカブトムシ。

 

白く、ロボットのように統率の取れた、車のように大きなカブトムシだった。

 

「これは夢か何かか?」

 

「か、カブトムシ!!?デカ!!?」

 

予想外の出来事にさすがの一方通行たちも目を見開いて驚く。

普通のカブトムシだったら気持ち悪いの一言で済んだのだろう。しかし目の前にいるのはあまりにも大きすぎる白いカブトムシ。

赤い目を光らせて彼らを凝視するカブトムシの軍勢はあまりにも非現実的で、得体の知れない恐怖が湧き上がる。

 

「『アイドルの頂点に立つために支障をきたす要因を残らず殲滅』します」

 

「……アナタの仲間?ってことは、アナタもカブトムシなのね」

 

だが一方通行たちとは反対に、天羽は眉一つ動かさず淡々と白い男を見つめていた。

その表情に感情は見られない。

冷たい顔が普段と違う彼女を余計に際立たせて、何か恐ろしかった。

 

「あぁそうだ。俺たちは未元物質(ダークマター)で作られた分体。垣根帝督をベースに生み出された兵器だ」

 

「ふーん……兵器ねぇ……」

 

「あぁそう、だァッ!!!?」

 

冷たい言葉を吐き出して男へ向かって歩くと、天羽は勢いよく拳を振り上げた。

容赦なくその拳は男の顔面にめり込む。

大きな音が狭い路地に響き、男の体は工事の骨組みをなぎ倒しながら吹き飛ばされた。

 

一瞬の出来事だった。

少女の細腕が男の頬に勢い良くぶち当たる。

人が好きだと豪語し、一度もその能力を生き物を傷つけるために使ったことがない少女が誰かを殴るのは初めてで、普段の人畜無害な笑顔から想像できない圧倒的な腕力に誰も言葉が出なかった。

 

「相手が人間じゃないなんて素敵だわ」

 

砂利を踏む音が聞こえる。茶色いローファーが薄汚れて、灰色のブレザーが風に揺れ、甘い香りが漂う。

 

「殴ったって、蹴ったって、殺したって、誰も泣かないもの」

 

「は……え、この顔を躊躇なく、っ!!?」

 

冷たい瞳で男を見下ろす天羽は、悪魔のようだった。

 

「誰に喧嘩売ったかそのちっこい脳みそで理解しな、ゴキブリ共」

 

 

 

 

そこからはまさに地獄だった。

 

 

 

 

「どうしたの?足をもがれて動けないの?」

 

蠢く脚を引きちぎり、大きな虫をひっくり返してその足で内臓を掻き回す。

 

「アナタ達はカブトムシと同じ回路なのかしら?ならその脳みそも支配できそうね」

 

ツノを折り、カブトムシの脳みそにそれをぶち込むと彼女は高らかに笑う。

 

「ねぇ、カブトムシって同性でセックスするらしいけど、()()が硬すぎて腹が裂けて死ぬんですって?ね、面白そうだから見せてよ」

 

屈託のない笑みが酷く恐ろしい。

 

「カブトムシも狂犬病とか狂牛病みたいなのってあるのかな?苦しんで逝けっ」

 

目尻を下げて笑う彼女があまりにもおぞましくて、強大な力を持つ一方通行ですら背筋が凍る。

 

「天羽を怒らせない。これ鉄則」

 

「さすがに治療法が確立されてない病気には勝てねェからなァ」

 

単純な攻撃力では一方通行の足元にも及ばない。弱い女。

しかし彼女の強さは物理的なものではなく、その汎用性にある。

 

脳髄を弄り、細胞を掻き乱し、電気信号をめちゃくちゃにし、体の奥から全てを支配する。

学園都市の科学技術でも未だ解明されきれていない肉体を操る彼女は、彼女が望めばどんな人間でも殺害できるポテンシャルを秘めていた。

 

「……けど、あいつなんで殴ってんだ?」

 

「あ?どういうことだよ」

 

彼女の勇姿を見つつ、カブトムシたちを捌いていると、ふと隣でカブトムシを殴る上条が呟いた。

 

「触れずとも病気に出来るってことは、触れずとも殺せるんじゃないか?」

 

それは単純な疑問。何でもできて、すべてを支配できる少女に対する些細な疑問だった。

下手をすれば一方通行ですら死に至らしめる彼女の能力なら、簡単にすべて殺せると言うのに。

 

「やっぱり所詮は虫ね。ガラクタみたい」

 

「言ってくれるな」

 

「自分で考えることすら出来ず、ただオーダーのみを遂行する。性欲がないなら本物以下じゃんか。ガラクタと呼んで何が悪い?」

 

カブトムシの体液を浴びて、少し粘ついた汚れの着いたブレザーが生ぬるい風に揺れる。

初めて聞く冷たく低い声をカブトムシに吐き捨てる彼女は、なにか人間とは違う生き物に見えて、恐怖が煽られるばかりだった。

 

「あーぁ、おっかねぇ女こんなんじゃ、垣根帝督に愛想つかされるのも当然か」

 

その恐ろしい形相に、垣根に似た白い男が嘲笑を浮かべる。建物の上から挑発して、安全圏の中、少女を見下ろす彼はどこか楽しげだった。

 

しかし彼の言葉に天羽の足は止まる。

垣根帝督という名前は彼女を止めるのに十分で、ほんの僅かな一瞬、彼女の集中がふっと切れた。

 

「止まるなよ」

 

「っ!!?」

 

隙が生まれる。

その精神の隙間を見逃すほど、相手は愚かではない。

 

白い翼が広がり、少女に向かって数枚の羽を飛ばす。鋭利な羽は地面に突き刺さり、白い肌に傷をつけた。

 

「どうして邪魔をする?」

 

「……我々は同一個体ではありますが、思考パターンには個体差があります。そのため自分自身で考え、行動するべきだと私は思います」

 

だがその白い肌は、別の人のもの。

 

「退け」

 

「この個体は『アイドルの頂点に立つため』……すなわち垣根帝督の口頭命令を 『競い合い頂点に登り詰めてこそ真のアイドル』と理解しました。よって 『他のアイドルをせん滅』 することに私は異を唱えます」

 

「退けっつってんだろ」

 

「これよりカブトムシ05は『垣根帝督からの口頭命令を完璧な形で最適化するため』あなたを保護する側に回ります」

 

天羽の前にいたのは男と同じ、垣根の姿をした真っ白な人。

カブトムシの群れから現れた、緑の瞳をした美少年が天羽の前で静かに立っていた。

 

その姿に翼を広げた男は苛立ったように舌打ちを響かせる。

同じ姿の美少年二人、違うのは瞳の色とまとう雰囲気くらいで、あまり見分けがつかない。

敵意を放つ赤目の個体と、輝く緑眼を持つ個体。

二人の視線は火花を散らしているかのように交わり、互いに譲らない。

 

「なんだ、仲間割れか?」

 

上条の言う通り、仲間割れをしているようで、静かな緊張に包まれた。

緊張の最中、一方通行は現れた新しい男の背を見つめて黙ったまま少し思案に耽る。先ほどの光景と、彼らの言葉が何かぴったりとくっつくように感じて、何か違和感が心の中で蓄積されていた。

 

(個体差、か)

 

さっきのキスと、高みの見物をする赤目の少年。

それぞれ個体差があるという言葉がどうもひっかかった。

 

「ひどいことをしたのに、守るなんていうの?」

 

「酷い?殺せる相手を殺さない貴女は十分優しいと思いますよ」

 

「なにそれ」

 

カブトムシ05と呼ばれた緑眼の少年に、天羽は少し訝しんで後退る。その姿に垣根の顔で微笑むと、少女との開いた距離を縮めて彼女の手を握った。

 

「貴女は垣根帝督が作ったものを本気で殺せるような度胸なんて持っていませんから。保護対象」

 

「…………過大評価ね」

 

触れた手に警戒する一方通行たちをよそに、緑の目をした少年は朗らかな笑みを見せる。彼の紳士的で明るい微笑みは不思議と年相応の可愛げがあった。

その姿に緊張がある程度ほぐれる。

敵意は感じない、それだけで今は十分だった。

 

「テメェら、俺を無視してんじゃねぇ!!」

 

「うぁっ!!?」

 

しかし腑に落ちない人が一人いた。もう一度翼を広げて単調な攻撃を繰り返すと、怒気を含んだ大声で地面に降り立つ。

それを避けるためカブトムシ05は天羽を横に抱いて空を飛ぶ。同じ三対の白い翼で空に浮かぶ彼は、どこか神々しくて、輝いていた。

 

「野蛮な男は嫌われますよ、ナンバー50」

 

「はっ!キスもできねぇヘタレに何言われたって響かねぇよ!!」

 

「ヘタレなのはマスターである垣根帝督で……って、ちょっと待ってください。キスと言いましたか?」

 

険悪な雰囲気が続く中、50と言われた赤目の個体の言葉にカブトムシ05が眉間にしわを寄せ、王子様のような甘い顔を険しく歪ませる。

 

「あー、さっきされたね。それより降ろしてくれると……」

 

「は?なぜその情報を送信しない?」

 

「するわけねーだろボケ」

 

明らかにキスという言葉に反応した。

彼らの違和感、その姿に一方通行の仮説が立証される。

 

殲滅するのなら、キスのついでに毒でも入れればいい。

肌に触れれるなら、その場で殺せばいい。

天羽と同じ、殺せるはずなのに殺さない違和感。

 

「……あいつらは垣根をベースとしてるって言ってたよな?」

 

上条の言葉に喉に唾が落ちる。

 

「もしかして、この時間って世界一不毛なんじゃないか?」

 

「言うな……」

 

違和感は全て解けた。

 

それは彼らの天羽への感情が起因する。

垣根をベースに作られているというのなら、差異はあれど似たような思考を、思想を持つ。

ならば女の好みも同じになるのは、理論的に考えればわかることだった。

 

彼らの行動は垣根の感情とよく似ている。

片方は優しくしたい保護欲。

片方はキュートアグレッションから外れた行き場のない支配欲。

男が苛まれる二つの感情が二つに分離しているかのよう。

だからこそ、彼らは天羽本体の蹂躙を甘んじて受け入れていた。

 

「あの……話すならとりあえず降りて話さない?」

 

天羽の言葉にカブトムシたちは静まり返る。さっきとは打って変わって従順な態度に、一方通行は一人ため息をついて抉れた地面を見つめていた。

 

恋とはなんとも厄介な感情だと、少し呆れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、とりあえず色々教えてもらおうかしら?」

 

土ぼこりが落ち着いた空き地で天羽は垣根とそっくりな二人に落ち着いた表情で問いかけた。

 

「私たちは垣根帝督のオーダーを遂行したのみ。それ以上のことはなにも」

 

「あ、テメェ!」

 

「早い者勝ちです」

 

先の戦闘と比べると随分従順に飼い慣らされた二人は、互いに悪態を吐きながら天羽の前で火花を散らす。

同じ顔で全く違う反応をするのが何だか物理法則から外れた鏡を見ているようで気色が悪い。

 

「垣根は今どこにいる?何をしている?それくらいは分かるだろォが」

 

「なんでテメェに教えなきゃなんねーんだよ」

 

「事務所ですよ。怪我をされているので、安静にしなければなりません」

 

「あっ、おい!」

 

「やっぱり怪我はしてるんだ……」

 

有益な情報を言わないそっくりさんに嫌気がさし、本当に知りたいことを聞くと、彼らはあっさり垣根の居場所を漏らす。

聞いていた通り垣根本人は怪我をしているようで、事務所へ向かうという最初の目的は正解だった。

それを聞けて一方通行は満足だったが、気絶したカブトムシの一匹に座りその話を聞く天羽は酷く不安そうな顔を見せる。

 

彼女にとって大切なのは垣根が事務所にいることではなく、彼が動けないほどの怪我をしているということ。

聖母のような気持ち悪い慈愛に満ち溢れた彼女にとっては彼女自身を拒否する彼の気持ちより、彼の痛みの方が優先順位が上だった。

 

「じゃあここの三人で見舞いに行くのでいいかな?カブトムシ達の処遇もどうにかしてもらわなきゃいけないし」

 

「それでいいんじゃないか?」

 

「いや、ダメだ」

 

いてもたってもいられないと急いで天羽は立ち上がるが誰かに腕を掴まれ、もう一度カブトムシの背中に座り込む。

腕を取ったのは白い垣根の二人だった。

 

「ええ、それだけはダメです」

 

「なんで?」

 

「私たちは『アイドルの頂点に立つための行動』をするようにオーダーされていますが、もう一つ、オーダーが下されています」

 

「それが天羽彗糸、テメェをマスターの事務所に近づけないことだ」

 

悪意と善意、二人違う性質を持っているはずなのに、ぴったりの呼吸で彼らは天羽の腕を取った。

恐らく垣根が命令した中でも最重要なオーダーだったのだろう、真剣な顔つきは先程と違う。

 

「え……」

 

「なんでだよ、彼女に看病されるとか、男の夢みたいなもんじゃねぇか?それに天羽に関しては元看護師だぞ?嫌がる理由あるか?」

 

「でも、あのヘタレらしい行動とも言えるな」

 

垣根の命令の内容はおおよそ想像出来る。

天羽彗糸を事務所に近づけない、または垣根と接触させない。そのような内容だったのだろう。

おそらく彼のプライドから、彼の恥ずかしさからそういった命令が出た。

 

わかりやすい。

恋人に対して無駄なプライドと、かっこつけを止めない垣根が命令しそうな内容だ。

怪我した自分を見せたくない、格好悪い自分を見せたくない、そんなプライドが原因だろう。何とも馬鹿げた話だ。

 

「あの、落ち込まないでください保護対象。彼の真意は簡単なものではなく……」

 

「……大丈夫、分かってるよ。一方通行くん、お見舞い、よろしくね」

 

天羽も垣根も、互いの感情が行き過ぎてすれ違う。

お互いを想いすぎて、互いを傷つける二人が馬鹿みたいだった。

 

「お前はそれでいいのか」

 

「垣根くんが幸せなのが一番だから。あたしもう行くね、男ばっかのところパパラッチされたら困るし」

 

「あ、お待ちください、保護対象」

 

「置いてくんじゃねえー!!」

 

一人寂しく少女は帰路につく。愛する人にそっくりな偽物を連れて。

 

「……面倒な奴らだな」

 

残念なことに、一方通行には二人の感情は嫌という程分かってしまう。

たくさん人を傷つけてきた悪党が、ようやく見つけた光を大切に、愛おしく守ってしまう心理は腹立つことに身に覚えがあった。

 

むず痒い。

酷く不快だ。

彼らのもどかしい恋愛なんて、見てるだけで吐き気がする。

 

「そういう時に友人がなんとかしてやんねーとな。な、一方通行」

 

「垣根なら友人じゃねェぞ」

 

「またまたぁ!」

 

彼女とは反対に道を進む。

足が重い。しかし頼まれたのだから仕方がない。

うるさいヒーローを連れて、頼まれた面倒な知り合いへの見舞いへ向かうのだった。

 

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