とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

156 / 162
act♡♡:デートに行こう!

十月九日、学園都市創立記念日。

学生が待ち望んだ休日に、垣根帝督は大規模な水族館のエントランスで人を待っていた。

 

(早く来すぎたな)

 

腕時計の文字盤が指すのは待ち合わせ時間の二十分ほど前。渋滞に巻き込まれたら、ハプニングが起きたら、と色々考えすぎて早めに出て来たが、少し早かった。

しかし近くのカフェで待つのには短く、足りない微妙な待ち時間。

 

エントランスのガラス前、姿身代わりに自分の姿を移し、時間が過ぎるのを待つ。

秋の始まり、薄手の黒いカットソーと、大きなチェック柄が目立つテーラードジャケットのセットアップ。オーバーサイズ気味のシルエットの上半身と、スッキリした下半身、かなり気に入っているブランドの秋物で、ブラウンのセットアップは落ち着きがあり、はたからみてもやはりかっこいい。

 

だがそれでも不安はある。

待ち合わせ相手の反応とか、そういうの。

今は土御門の術で認識が阻害されているとはいえ、雰囲気だけでかなり女性の視線を奪っている。

顔とスタイル、アイドルをするためのように生まれて来た姿は目を引く。昔からイケメンと持て囃されていた上に、自分に絶対的な自信がある垣根には、その視線はもはや当たり前のこと。

しかし、恋人との待ち合わせ、気合の入ったコーディネートは人生で初めてのことだった。

緊張が増すのが嫌という程心臓に伝わって、胃が痛い。

 

「あと二十分か」

 

「なのにもう来ちゃったの?」

 

時計に目を落として針を見つめると、黒い革靴に影が落ちる。

甘い香りをした影は、待ち侘びた少女と同じ、緩やかな曲線を描いていた。

 

「彗糸……来てたなら言えよ」

 

「今来たとこなの。遅れてごめんね」

 

その影に顔を上げる。眩しい金髪が輝き、赤と緑の不思議な瞳と目が合った。

 

そこに居たのはお下げの背が高い女。

金色と桃色の髪に混ざった白いリボン、同じく白い吊りスカートとフリルの着いた薄紫のブラウス。

揺れたスカートから伸びた足は薄手の黒いニーハイソックスに守られてる。

 

(なんだ、なんでやけに目立つ感じなんだ?)

 

一瞬、誰か分からなかった。それほどまでに、目の前の少女は待ち人──天羽彗糸と違う雰囲気を纏っていた。

 

花とパステルで彩られた彼女の部屋を思い出す。

まるで夢見がちなお嬢様のような服装がヒラヒラと垣根の視線を奪って、胸の辺りが気持ち悪い。

 

「……どうかした?」

 

「その……服、珍しい感じだな」

 

「あーね、テレスティーナさん達に選んでもらったんだ」

 

胸焼けがする。心臓がギュッていう。

大きな胸元で弾む黒いリボンが心を乱す。

 

短いスカート、強調された胸、太ももとニーハイの境目。

気持ち悪い。

胸が吐き気でいっぱいだ。

 

「やっぱりちょっときついよね。あたしもヤダって言ったんだけど」

 

「……別に、いいんじゃねぇの?」

 

白いスカートに目が眩む。

似合わないフリルに、際どいスカート。誰かの目線を奪うために重なる布。

キュッと白とピンクのショルダーバックを両手で握って、恥ずかしそうに視線を背ける彼女に胃が空腹を訴える。

 

「そう……かな?なら、えっと、うん、よかった。垣根くんの服、とってもかっこいいから釣り会えるならいいんだけど」

 

「釣り合うも何もねぇだろ。つか名前」

 

「あ、ごめん。まだ慣れてなくて」

 

白い彼女と黒い自分。

コントラストに圧迫感で胸が締め付けられて苦しい。

恋する普通の乙女は、こんな汚い男と一緒にいるべきではないのに。

 

腹が立つ。

少女の眩しさに。

こんな自分のために着飾る彼女に。

褒め言葉のひとつ出せない自分に。

 

「ったく、早く行こうぜ」

 

しかし腹が立つのは彼だけではない。

 

(可愛いとは言わないんだよね、やっぱり)

 

同じように少女も面倒な不安を抱えて彼の後を追う。

十センチ程度の身長差が、今日はひどく遠くに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チケットを切ってもらい、半券を片手に水族館へと入館する。オープンしたばかりで、学園都市の技術を集結させたこの水族館はとても煌びやかで、かなり多くのカップルが見られた。

 

「広いね。さすが学園都市」

 

「金かかってるからな。ジンベイザメもいるらしいぞ」

 

「ジンベイザメ!?飼育大変そう……あんな大きいの」

 

暗い空間の中、床に、壁に、青い海の水面が投影されて鮮やかに彩る。

天羽の軽やかなステップに合わせて映像に波紋が広がる。海の上で遊ぶような映像に白いスカートが揺れて、涼しげだった。

 

「そこかよ」

 

「だってプランクトン大量に食べるんだよ?餌代とか、他の魚との折り合いを考えると……すごい労力、すごい」

 

「動物好きだな、相変わらず」

 

「動物が好きなんじゃなくて、生物が好きっていうか、あ、まって、すごいすごい、エイ、トビエイだよ」

 

波紋の先に進むと、まぶしい影が落ちるトンネルへと入る。魚が泳ぐ海の中のトンネルをイメージした水槽はとても広く、入り口なだけあって、かなり人が多い。

その中ですいすいと人混みをかき分けガラスへ向かう。波に流される彼女に、どくんと不安がおしよせた。

 

「あ、バカ、はぐれるだろ」

 

「でもあたし達目立つし、平気でしょ?」

 

「そういう話じゃねぇ」

 

無意識に体が動く。フリルのついた長袖を掴んで、手首の鼓動が直に伝わる。そのまま手を滑らせて、指の間で捕まえた。

 

温かい。距離が近い。

色々な思考で、会話の返事が疎かになる。ラズベリーの甘酸っぱい香りと、優しい花の香りが鼻先をくすぐり、思考に乱れを生じていた。

 

「えぇ?そうかなぁ」

 

「ほら、進もうぜ。あっちクラゲいるらしいぞ」

 

「クラゲ!どのクラゲかな?やっぱりミズクラゲ?」

 

「はしゃぎすぎ」

 

手のひらから体温が伝わる。暗い室内と、淡い青のライト。自然と近く距離のせいで視線も近づいて、眩しい。

彼女の高い背は、こういう時腹が立つ。

 

「だって、こういうとこ来るの初めてだから」

 

「……あそ」

 

幼い頃の身長差と同じ。幼い頃なくした少女たちと同じ身長差が胸に針を刺す。

昔捨てたはずの少年心が、十センチしかない違いにくすぐったさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トンネルをくぐり抜けると、広い空間が広がる。水族館の目玉と言える巨大水槽の中には多種多様の魚が泳ぎ、床に影を落とす。

 

「おぉぉ!本当にいる、ジンベイザメ。6mちょいのメスか」

 

「かなりデカイな」

 

人の数倍はある大きなジンベイザメが悠々と泳ぐ水槽に彼女は楽しげな顔をして駆け寄る。小走りで走るにつれ、同じように弾む胸とスカートが甘い香りを撒き散らす。

 

大きなジンベイザメが優雅に泳ぐ。

お洒落なドット柄と、ゆったりとした姿。

大きな図体に見合わないつぶらな瞳の可愛い顔。

淡い光に照らされて泳ぐ彼女にそっくりな魚は、水槽の中、スポットライトに照らされたように目立っていた。

 

「いいねぇ、おっきくて。存在感ある」

 

「あぁ……本当にな……」

 

けれども、その魚よりもずっと彼女のほうが目立つ。

と言うよりその一部。

 

「ん?なんかついてる?」

 

「いや……別に」

 

存在感あるのは彼女の胸のほうだ、と口走るのを必死に抑えて、当たり障りのない言葉を呟いた。

 

真っ白な吊りスカートは確かに上品で、際どいミニスカートであることを除けば普通の服だ。

しかし幼い顔にそぐわない凶器のような肉付きが合わさると上品さは消える。

 

正直に言おう。

色々な欲が掻き立てられると。

ハイウエストで強調される胸は、どの男の視線も奪うと。

 

「どしたの?さっきからなんか変だよ」

 

「あのさ……お前、寒くないか?」

 

「え?あたし気温感じないから、特になんとも思わないよ」

 

「寒いよな?」

 

握る手に力が篭もる。魔術で認識が阻害されているとはいえ、透明人間になった訳ではない。

ぼんやりとした輪郭の中見える胸に多くの視線が集まるのは想像に容易い。

 

腹立つ。

この清純な子供に、そういう目を向ける全ての人が。

 

「え?いや。大丈夫だよ?」

 

「そうか、寒いか。ジャケット貸してやるよ」

 

「だから、大丈夫だって。服、せっかく選んでもらったし、その……」

 

「いいから、着ろ」

 

大きめのジャケットを脱いで、無理やり彼女に袖を通させる。垣根にも大きいジャケットは、背が高いと言っても女らしい体型の彼女にはさらに大きく、目論見通り胸元が隠された。

 

「もー、なんなの……?」

 

「ボタンも閉めろよ」

 

(これはこれで目立つが……まぁ、隠せるだけマシか)

 

ある程度山はあるが、先程よりだいぶ良い。長い丈のカットソーだけではオシャレとは言い難いが、苛立ちを解消するためなら自分のジャケットくらいなんともない。

セットアップで同じ柄のジャケットとズボン。少女のコーディネートと全く合わないそれを羽織るということは、所有権を主張しているようなもの。

男がいる女にちょっかいをかけるやつは少数、心配事が一つなくなって、自然と垣根の機嫌が良くなった。

 

だがそれは男の視点のみ。

 

(見苦しい……ってこと?)

 

天羽の目からしたら服を隠され、目に触れなくさせられたようにしか感じない。

適当なことを言っているが、圧の強さは不快だった。

背伸びして似合わないものを着た勇気が、全部否定されているようで、ただ寂しい。

 

「もう、次のとこいこうよ」

 

「そうだな。次は触れ合いコーナー……ここか」

 

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、垣根は強く手を繋いで進み出す。部屋が変わるとガラリと雰囲気も変わり、ロマンチックな空間から明るい、親しみやすい場所に変わる。

いわゆる触れ合いコーナーというもので、低い位置に置かれた水槽には人だかりができていた。

 

「あー、はいはい。ナマコとかヒトデかな?こういうのって海が近いとこでしかやらないものかと思ってた」

 

「学園都市だからな、なんとかしたんだろ……ん?ナマコつった?」

 

「う?うん、ナマコ……あんま好きくない感じ?」

 

水槽に群がる人々が手にしているのはくすんだ色ばかりの生き物。蠢くヒトデ、転がるウニに、ヌメヌメとした黒いナマコ。

 

わざわざ、わざわざ垣根の為に服を新調して、照れながら着てきた彼女にそんなものを触らせるのか。

そう考えると吐き気がこみ上げる。

 

「……好きではねぇな」

 

「まぁ結構グロテスクだもんね。いいよ、その次ペンギンだし」

 

過保護なのは分かっている。

潔癖気味なのも、垣根は分かっている。

 

けれど嫌だった。

危険だらけの世界で彼女が汚れるのが。

また離れてしまうのが。

 

「悪い」

 

「え?垣根くんの服汚れたらヤダもん、あたしは全然、賛成だよ」

 

この子に首輪を付ければ心配なんてする必要ないのに。

 

「ほら、行こう?コウ()()ペンギンと垣根()督のツーショなんて、奇跡じゃん」

 

「…………おう」

 

独占欲はとうに通り越した。

心にあるのは支配欲。

 

 

 

 

それは、彼女も同じ。

 

 

 

 

 

「おー圧巻だな。飼育員は全個体を把握してんのか?」

 

「さぁね?あたしは分かるけど」

 

「はぁー、お前の能力はそういう使い方もできんのか」

 

やってきたのはペンギンの展示コーナー。南極をイメージした氷の柱や、暗い室内を照らす青白いライトが涼しげだ。

 

「可愛いね、コウテイペンギン。垣根くんみたい」

 

「どこがだよ」

 

「色合いと、可愛い感じと、あと結構タフなとこ?」

 

「お前はたまに通常の人間が思いつかないような感想いうよな」

 

巨大なガラス越しに群れる寒そうなペンギン達とは違い、手のひらから伝わる体温が心を温かくする。

 

好きだ。

好き。

 

可愛いものに囲まれて、かっこいい姿が浮く彼が。

困惑気味にペンギンを見つめる彼が。

ずっと手を握ってくれる彼が。

 

「可愛いつったら、俺はさっきのジンベイザメの方が可愛いと思うが」

 

「ジンベイザメ……デカくて見栄えするけど、可愛いかな?」

 

(ていうか、魚には可愛いって言うんだ……)

 

このペンギンみたいに、彼が小さければいいのに。

汚い感情が湧き出て止まらない。

 

この服はダメだったか。何か可愛くない発言をしたか。

魚に可愛いって言うくせに、なんで人間のあたしには言わないの。

 

醜い独占欲と支配欲が体を縛る。

彼が小さなペンギンなら、ずっと手元に置いて、抱き締められるのに。

 

「デカくて目立つのはかっこいいし、あとドット柄がオシャレだろ。おっとりしてて、お前そっくりだ」

 

「あたしジンベイザメなの?」

 

「似てるだろ?絶滅の危険がある希少種で、大食漢、おっとりの人畜無害で、デカくて目立つ」

 

プールの中に飛び込むペンギンを見つめて、垣根は少し嬉しそうに話す。

繋いだ手は力が増して、熱量も上がっていく。

 

「……それだと、あたしも『可愛い』ってことになるけど」

 

「可愛いだろ。アイドルが何言ってんだ?」

 

彼の言葉に一喜一憂してしまう自分が腹立たしい。

 

「そういうのはさ、最初に言いなさいよ……」

 

心臓が破裂してしまいそうで、腹の下辺りに熱が集まる。

見返りなんて要らなかったはずなのに、いざ甘い言葉を貰うとくらくらしてしまう。

 

「あ、まて、ダメだ。それだと俺がコバンザメになっちまう」

 

「何それ、垣根くんはペンギンだからいいんだよ」

 

「ペンギンだと分布違くねぇか?」

 

「そんなこと気にしなくてもいいでしょ?だってそんなこと、些細な問題だし」

 

この人を離したくない。

この人とずっと一緒にいたい。

この人に好きって言われたい。

 

支配欲は独占欲と混じり合い、恋へと変わる。

 

この首に、首輪を嵌めて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼しくて、けれど少し暖かい水族館はもうそろそろ終わる。

もう最終下校時刻。学校がある日ではないが、弱っちい少女が外にいるには危険になる時間、別れが目前に迫っていた。

 

「結構見たな」

 

「全部見て回ったもんね。もう出口だ」

 

「ショップ寄ってから出るか?」

 

「うん。お土産頼まれてるし」

 

もう水族館は終わりに近い。併設されたレストランとオフィシャルショップの前に立ち止まると、天羽は小さく垣根の手を握り返して店内へと向かう。

 

「テレスティーナさんたちはお菓子として、杠ちゃんは何欲しいかわかる?」

 

「それよりお前はどうなんだよ」

 

「え、うーん。あたし自身は特にない、かなぁ」

 

「そう、か……」

 

店内入ってすぐの棚に立ち止まって、可愛らしい缶を手にとった。綺麗な飴が入った缶は綺麗で、それを片手に悩む彼女の姿になんだか寂しさが込み上がる。

帰りが近づくのもそうだが、男としては甘えて貰えないことが不服だった。

 

金もある、垣根自身のスペックも十分で、懐も広ければ愛情は底抜け。

頼まれればなんだって出来る自信はあるのに、プライドが高くて長女気質の彼女は垣根と同じように甘え下手。

甘え下手で過保護な垣根と、同じく甘え下手で世話焼きの天羽、相性は良くない。

 

「……だって、一緒に遊べるだけで楽しいから」

 

それでも一緒にいられるのは、天羽が嘘のつけない素直な性格で、垣根が甘やかしたがりだからだろう。

 

「じゃあほら、俺はペンギンなんだろ?ぬいぐるみでも買ってやるよ。集めてるもんなお前、こういうの」

 

「えっ、いいよ、別に」

 

「一匹じゃ足りねぇのか?ならオスメスで二匹?」

 

「そんなに要らないよ!」

 

持っていた缶をひったくり、そのまま手を握ってぬいぐるみが所狭しと並んだ棚へと向かう。

コツメカワウソにカニ、イルカとアザラシ、ペンギンとジンベエザメ。

いろいろな生物の可愛らしいぬいぐるみが大中小と並ぶ棚に立ち止まると、彼女は目に見えて焦り始める。施しを受けるのが何よりも嫌いな彼女には、何かを買ってもらうということが屈辱的なのだろう。

 

「一匹ならいいんだな?」

 

「あっ、いや、そういう意味じゃなくて──」

 

彼女を無視して棚の中から一体、垣根の胴体ほどあるぬいぐるみを引っ張り出すと、片手でつかんでレジへと向かう。

しかしその背中を追いかけて、というより引き止めようとピーピー鳴く天羽の声が煩わしくて、思わず足を止めてしまう。お節介、甘やかしたい感情はあれど、嫌がられるのなら止める理性はまだ持ち合わせていた。

 

「じゃあ、じゃあ!あたし、ジンベイザメ買う!」

 

腕を引き止めて、彼女が言った言葉に耳を傾ける。しかしあまりにも突然すぎて、その言葉を完全に理解することはいくら垣根とてできなかった。

 

「はぁ?なんだ突然」

 

「交換こしよーよ。それなら、フェアでしょ?」

 

小走りで棚に向かうと、天羽はペンギンより大きめなジンベエザメのぬいぐるみを持ってくる。

魚を抱えて、まるで名案を思いついたかのように笑う少女の姿にまた吐き気が込み上がり、胸焼けがしてしまう。この感情は一体なんなのか分からぬまま、ペンギンを握って少女を見つめると、さらに彼女の顔は華やかになった。

 

「貰うこと自体は好意的なんだな」

 

「貰ってばかりなのは嫌だし、遠慮したいけど、でも垣根くんが選んだものをもらえるのは嬉しいから」

 

目尻が落ちて、頬が緩む。いつもは見ない乙女の姿に吐き気がひどくなる。

 

「……そう思うなら、早く名前で呼べよな。俺だけ名前呼びじゃねーか」

 

「あっ」

 

恋の病が催す吐き気。

不治の病に苦しみながら、垣根は照れ臭い笑顔を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

学生は帰る時間。水族館の外、空はもう日が落ちていた。

 

「迎えは来たって?」

 

「うん、すぐそこだって」

 

「そうか。そこまで送る」

 

駅までの直通バスやタクシーが止まる水族館のエントランスを二人歩く。握った手を離さないで、しっとりとした空気の中、名残惜しそうに少女は呟いた。

 

「でもいいの?帰っちゃって」

 

「変なこと考えんなよ。帰らせるに決まってる」

 

「そう……」

 

「そしたら、また会う理由ができるだろ?」

 

まだ離さないでと訴える彼女の瞳に打ち勝って、その手を離す。

明日からまた秘密の関係に戻る。それが嫌なわけではないが、公に出来ないのは寂しい。

 

けれどデートとは、寂しいくらいで帰すのがちょうどいい。

 

「……楽しみにしとくね、帝督くん」

 

見知った車が止まると、天羽はやっぱり寂しそうに笑う。

それでも、いつもと違う。愛があるとわかっている顔。

そして頬に当たる体温。

 

「なんだ、言えるじゃねぇか」

 

もう馬鹿の一つ覚えのように誘うことはしない。

ただの可愛らしい乙女が、そこにいた。

 

あのゲームは彼女の負けで終わる。

あとはただ、普通の青春を送るだけ。

 

遠くなる車を見つめ、ただ願う。

 

この甘酸っぱい日々が、ずっと続くことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「途中ハラハラしたが、円満に終わったな」

 

「俺たちがいるって分かってながらあの距離感……腹たつにゃー」

 

少年と少女の別れを、エントランスの柱から覗く人たちがいた。

黒髪と金髪のツンツン頭。

友人たちの勇姿を見届けるため、甘い別れを惜しむカップルを遠くからコソコソと影から見守っていた。、

 

「けど、よかったな。無事に終わって」

 

「それもそうだな」

 

上条当麻と土御門元春。垣根たちが誰にも認識されずにデートを終えれたのは彼らのおかげ。

大事な友人たちの初デートをからかい半分とお節介半分でセッティングした彼らは、仕事を終えた晴れやかな顔でその姿を見つめていた。

 

「ラーメン食って帰るか」

 

「おう!」

 

日が落ちる。

幸せそうな友人たちの姿を尻目に彼らは歩き出す。

 

男子高校生二人。夕暮れの中で大切な友達の幸せを願っていた。




偶像終わりです!ようやく!!
次回からは現実編(?)です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。